2019年12月2日月曜日

頑張りの、その先へ レイアウトの勉強、一年間の成果発表

こちらの記事は‘Advent calendar 2019 今年一年がんばったことをテーマに記載した記事です。



クイズが好き、ボードゲームが好き、
そんな想い全開でダダダっと綴った「Board Game Quiz」は、Cygnusさんら関係各位のお勧めがあったこともあり、2016年ゲームマーケット秋にて初出展し、一部の巻は途中完売する僥倖に至った。



もちろん反省することもしかり。本の体裁を何とか保っただけの「計算ドリル」といった見た目も払拭できなかった。
次に頒布をするまでに、何かしら大きな見た目の改革を行わねばと、自分に言い聞かせ、試行錯誤を続けた2年目の秋、拙著4冊目となる小冊子の頒布。



ページ全体のレイアウトはもとより、ジャンル構成から色彩、あまつさえ挿絵イラストまで、色々と挑戦した一冊。

大きな変革と同時に、身の回りのあらゆる“モノ”を失った、そんな2019年初頭。
ふと気がつけば昭和53年生まれの自分は「大厄」を迎える。
確かに多難だった前厄の一年、そして続く大厄の年、それもまあ、大厄ならば致し方あるまい、と無理やり考えを押し込み、兎にも角にも体調だけは整えつつ次回作を捻出せねば、と、次なる計画だけはしっかりと練り上げていたのだった。
部下をとことん酷使するブラック企業の上役を全く笑えない。

しかしながら、「最新刊が常に最高傑作!」をモットーとする自分にとって、ほんの数ヶ月前とはいえ、出来立てほやほやの新刊のどこから手を加えるべきなのか、など、しばらく考える余地などなかった。
目の前の作品を宣伝する製作者が、次の作品のアイデアを閃いたとツイートするほどの天才的な感性など、自分に持ち合わせているはずもなく。
普段の落ち着きのなさに加え、あらゆる面での勉強量の絶対的な不足。
次回ゲームマーケット大阪を控えた小冊子制作を目の前に、僕には愕然とする余裕どころか、逆に「たとえ中身が入れ替えただけのものであろうとも、それはそれで十分形になるのでは?」といった妙な余裕すら構えているほどだった。

そんな中、制作の熱量そのままで購入したAdobe Create一式は、未だPhotoshopを簡単に覚えただけの状態だった。
制作を続ける上で、もっと良いツールに関しても勉強しなくては。

次回ゲームマーケット大阪に向けての執筆を続ける中、見様見真似で「Illustrator」と「InDesign」をイチから勉強するにした。もちろんこれも独学だ。
幸いAdobe Createのページには「ことはじめシリーズ」と題し、初級、中級等に区分された懇切丁寧なチュートリアル動画が無料で視聴できる。
https://helpx.adobe.com/jp/creative-cloud/tutorials-explore.html

これらをじっくりと視聴しつつ、とにかくいじってみることにした。
Illustratorなんて図の書き方からすでにわからない。まして当時の僕に取って「パスのアウトライン」「不透明度を下げたレイヤーを焼き込みリニアに変更」など当時の自分にとって古文書のような文言に聞こえる。
形は違えど、ボードゲーマーが「スタピー取って初手から連続手番で資源確保するのが拡大再生産の勝ち筋じゃないの?」と、よどみなく口にできるようなものかもしれない。

愚痴を吐いてもしょうがない。まずは実践だ。
簡単な図形一つ書くにも、何時間もの時間がかかる。
「フォトショの方が楽なのに。」と何度もひきかえそうとした、が、同じ心境を昨年Photoshopをいじりながら「パワポの方が楽じゃん」と口にした僕なので、これもいずれ慣れるだろうと構えることにした。

三ヶ月ほど経過しただろうか。
少しはIllustratorの基本的な使い方も覚え、少なくともこれくらい簡単なアイコン程度ならものの30分程度の時間で作成できるようになった。
まずは一歩だけ前進。

同時並行して進めたIn Designも多少の使い方を覚えた。
InDesignは文字の段落分けやカーニング、縦中横等も比較的楽に行えるため、小冊子どころか、ポスターやお品書き等に関しても今後手放せない存在となった。



斯くして我は独裁者に、こそなれなかったが、数ヶ月ほど勉強した成果がそれなりに現れたゲームマーケット大阪新刊「Analog Game GAMEアナログゲームのなぞなぞブック」「きょうもボドびより」は完成した。


実は12月末、初めてコミックマーケットに赴き、この小冊子を執筆中、同人誌レイアウトのツイート講義を毎回開催されるPOO松本先生に、前巻「NEXTARTEA」のレイアウト御指導を願った。
クイズの本というアドバイスも難しい本にもかかわらず、大変詳細なアドバイスを頂戴することができた。



その際、何かしら私の行動が先生の琴線に触れたらしく、先生がアドバイス受講者に限定で配布した「鬼の1日講義チケット」を獲得することができたのだ。

不安な面持ちで4月にお会いし、名の通りビシバシと各所の指導を仰ぐ。独学が主体だった自分にとって、これが最初となる「相手からのレクチャー」だ。

レイアウト指導をもとに、ゲームマーケット大阪→春までのわずかな制作時間ながら、この時、実に「クイズ本リメイク」「なぞなぞ本2巻」「4コマ本2巻」という3冊同時進行を計画し、文字通り死にそうになりながら這々の体で無事に3冊とも入稿。ゲームマーケット2019春、頒布。



そのご縁もあったのだろうか。ゲームマーケット春が終わった後、堀場工房の作品イラストを務める漫画家「たちばないさぎ」先生から、御自身の講義を拝聴できるという機会にも恵まれた。
4コマのイラストも、キャラクターにばかり傾注し過ぎ(現に今もそうであるため)こちらで講義を受けた「遠近法」「パース法」といった内容が脳内に染み渡るように入り込む。


早速作品に反映させる。上手くいかない。めげずに次!
心ある読者の甲斐もあり、連載中の4コマは大きなバズりなど一度もなかったものの、更新頻度を一定のペースに保ちつつ、次回以降の3巻、4巻と頒布を継続することができた。

そしてもう一方、






夏頃、無謀とは思いつつ今回のクイズ小冊子「2019年史(仮)」のプロジェクトが走り出した。
従来のボードゲームクイズのほかに、ページ内には年表やその月の出来事といったおまけ要素を多数そろえた上で、見ていて飽きないよう、レイアウトや編成を細部計画することした。

クイズというX軸と、史実を綴るというY軸、その両方を、どちらの読み手にも、わかりやすく伝えるための本。
だからこそ、より高い水準の「読みやすいレイアウト」を求められた。

「見習」という言葉があるように、独学の基本は諸先輩方の見様見真似、とはいえ、その真似するべき対象となる作品が手元に見つからないという現状だ。
古本屋などを巡っては、教科書、参考書などをパラパラとめくり、問題構成や年表の書き方などを参考にしようとするものの、どれもがいわゆる「霞ヶ関文書」のような、言うなれば「きれいにまとめました。読みやすさなど二の次です」といった書籍が大半を占めていた。
これを読んで受験勉強か、うん、学生諸君は本当にお疲れ様です。

一切の取っ掛かりが見つからないまま、結局締め切り間近となった次回ゲームマーケット秋のサークルカットには「2019年を振り返る」と最低限度の情報しか提示できないまま送付するに至った。

考えたってしょうがない。何かしら動かなくては。

ないと分かった以上、自分の観測できる範疇で頑張るしかない。
年表だから、時代構成に合わせる?
数性があるならば、グラデーションを入れよう
最も強調すべき言葉は何?

何日も頭を悩ませながら、少しずつ、少しずつ、その牙城を崩しにかかる。



9月初頭、ようやく叩き台となる第1案が完成。
文字を大きめに、どちらかといえば、前作のレイアウトに忠実な構成だ。
一点工夫したといえば、問題そのものをカード化させ、あたかもアナログゲームらしい演出を施したことだ。

しかしながら、黒が画面に強調されると目に余計な負荷をかける。
適度な余白がなければ、ぎゅうぎゅうとしたイメージとなってしまう。

配色を再検討することに。
モノクロとはいえ、白と黒の組み合わせは無限にもつながる。
とはいえ、白一辺倒だと視線が滑ってしまう。
資料をパラパラとめくり、アイコンを施すことにする。

出来上がるまで何度もプリントし、確認。

第2案、第3案と熟考するうち、制作期間は瞬く間に過ぎていく。

独り作業で苦しむ中、唯一の心のオアシスはネット上だった。
評価をしてくれたのも、励ましてくださったのも、ひとえにネット上で頂戴した各種のアドバイスだった。
もちろんツイート上には心にもない注文や言葉、ほかのブースの和気あいあいとしたテストプレイの様子も日々目に飛び込んでくる。
“落ち込んではいけない、そもそも土壌が違うのだ”
何度となく自分に言い聞かせつつ、どうしても深く悩んだときは、とにかく横になった。
食欲の落ちた自分にとって、眠ること、横になることが気分転換の一つとなった。
少し気分が上向きになったら外を軽く走り、お金に余裕があったら手当たり次第に本を買い、ひたすらページを繰った。

10月、締め切り2週間前。
ようやくページ全体のレイアウトが徐々に固まりを見せる。


ここからようやく細部問題の修正、挿絵や背表紙の作成などの作業へと移る。
あれほど計画的に進めたはずの作業も、結果、締め切りまで時間を切り詰める日々が続いた。

10月27日、無事に4コマも含めた小冊子2冊を無事に入稿する。


数週間後、目の前には、少なくとも半年前には想像だにできなかった小冊子の箱が、今まさに眼前に積まれていた。
「自分が作ったのか…」
しばし放心状態となる自分。ここまでできたという自覚が今ひとつ保てない。
当然だ。
ちょうど一年前までIllustratorもイラスト技術も何も手にしていなかった人間が、それなりに技術が施された本を「これを自分が作ったのだ」とポンと手渡されたところで、まずは疑うのが本筋ではないか思う。



亜熱帯の動植物ほど急激な伸び代があったわけではないけれど、自分なりに発芽した、成長の証。

濃い目のコーヒーを淹れ、ダンボールの包みに気をつけながら一息つく。

喜びは後からふつふつと湧き上がるものなのか、興奮のあまり、その夜はなかなか寝付けなかった。
ゲームマーケット秋本番が、本当に楽しみとなった。
さながら遠足を待つ小学生の面持ちだ。


あれから少し時間を置いた今、改めて本を見返すと、諸所「こうした方がいい」「ここはこうできる」といった目線で(偉そうに)自分へのダメ出しを発動してしまう。
あの時は確かに「傑作だ!」「これ以上はできない!自分の力の限界!」と感じたはずだったのに、だ。

喉元過ぎればなんとやら、
これも自分の本当に悪いクセで、苦しい、もう勘弁!と感じた出来事も、数日経てば記憶の隅に追いやられ、目の前には美麗な思い出ばかりが残ってしまう。
「あのときできた自分がいる。だから、今なら、きっとこれもできる」
去年の今頃は思うことすらできなかった視界の最中、僕はあのとき「これができたらなんだってできるはず」といった希望はどこへやら、「次はこれ」「自分はまだ未熟者だ」と、その開けた視界に一切目もくれようとはしていない。

来年になれば、今とは違うまた別の世界を、この目で見たい。
そのためには、今この手にある豊穣の喜びを一旦脇におき、喉元に忘れたはずの「できない苦しみ」を何度となく味わいながら、またも進まなければならないだろう。

まあ、それも、いいか。

未だ眼前の視界は霞んでいるけれど、自分の目指している方々、自分が目標とする方々が、どうやらそんな頂上近辺で楽しく談笑している気がするからだ。

負けるものか。
僕はさかずきの代わりに買った炭酸水をぐいと飲み干すと、数週間後に控えたイベントに向けて、またペンを走らせるのだった。

今年一年、本当にありがとうございました。
取り敢えず来年も、無理のない範疇で、走り続けてみようかと思います。

2019年11月26日火曜日

「売れる」から「売る」への挑戦 僕のゲームマーケット秋2019奮戦記

11/27AM8:40 一部推敲


ボードゲームに関するクイズ・4コマの小冊子。
苦心した末に、無事に念願の入稿。

早割特典も使用でき、それなりに時間の余裕を持った僕の次なる作業は、広報活動へと移る。
精鋭「番次郎書店」、店長兼店員兼掃除当番兼おやつ係も含め全て自分一人というブース運営だ、当然、いちばん自分が苦手とする宣伝活動も一人で行わなければならない。

殊更、今回秋に至っては4コマとクイズ本という2作品同時進行に加え、印刷業者を変更したこともあり制作が難航を極めたため、締め切り寸前まで作業に明け暮れる羽目となった。
全ての時間を作業に充てたこともあり、本来なら宣伝等に割く時間も最大限作業へと費やしてしまった僕。

まして綺麗どころとはいえない40過ぎのオヤジという加齢に、周囲のキラキラしたボードゲーム制作とは対照的な「本」だけを制作・頒布するサークルである。

それでも僕は、否、それだからこそ、ほかのサークルとは違う「何か」にチャレンジしたかった。

そのひとつが「売れる」ではなく「売ること」だった。

今回秋はそんな「売ること」に尽力した内容をテーマとし、少々駄文を綴ろうと思う。



具体的な数は控えるが、注文部数は前回春と同じ部数だけ発注した。
2週間後に静岡アナログゲーム祭、盤祭2nd、さらに年末以降もコミックマーケット97、沖縄じょーとー市など多くのイベントを喫緊に控え「少し心許ないかな」と不安にもなったが、兼ねてからの自己肯定感の小ささにより、今一つ自分の作品に自信を持てなかった。
広報で最も大切な「自分の売り」とする行為であるハズなのに、だ。

制作を終え、魂の抜け殻となった身体を引きずるように、11月初頭に行われたボードゲーム新作体験会「フォアシュピール」へと足を運ぶ。
新旧問わず、多くの作品で賑わうを見せる本イベントも好評につき実に2回目を迎える。

席の空いた作品を見計らい、数作ほどプレイする。
サントラをつける作品、本物の貝を使う作品、見た目のデザインがおしゃれな作品、etc、etc…。
どの作品も手が込んでおり、インストを兼ねる製作者からは作品に対する強い意気込みすら伝わる。
「負けないぞ!」といった反骨精神でも沸くようならば、僕だってもう少し違う成長が見られただろう。
しかしながら、これら作品と同列に私の本が語られることに心底恐怖を感じ、ゲームマーケット直前、僕は怯える仔犬の如く、仮病を使ってでも出展キャンセルのことばかり考えるようになっていた。

「落ち込んでばかりもいられない…。」
少し熱めの風呂に浸かりながら悶々とする僕。
ひとつ確かな事実があるとするならば、周囲のボードゲームサークルと同じような広報活動が、書籍中心で展開する僕のサークルにイコールで結びつくものではない、ということ。
具体的には、体験すれば興味を引くというものでも、読んで貰えば100%魅力が伝わるというもの、おそらくだが、そのいずれでもない。
周りと毛色の違うサークルだからこそ、別の切り口を模索しなければならない。
しかるに、そんな問題をズバッと解決できる妙案など、今の気落ちした頭では到底浮かぶはずもなかった。

3日ほど延々考え続け、何かしら気分転換を図る目的も兼ね、僕はこの日、物置と化した作業部屋を少し片付けることにした。
ふと、本棚から1冊の同人誌が顔を出す。
今年の夏コミで購入した「Hello Design(朝倉千景著)」という本だ。

読み返すと、実に衝撃的な内容だった。
「売る」と「売れる」の違いから、コミケでの販売方法を著者ご自身の体験から具体的一案を提示するという内容だった。
ページを繰るたびに新しい発見が飛び込んでくる。
夏にあれほど何度もページを追ったにもかかわらず、今こうして身に迫る状況だと、脳内に浸透する圧が俄然違う。

落雷の如く打ちひしがれた僕は、慌てて脳内を整理した。
これまでの僕は、Tweet告知や事前の告知など、当日「◯◯を見て来ました!」といったお客様ばかりに目線を向けてはいなかったか。
それらはこの小冊子の言葉を借りるならば「売れる」努力となる。
この小冊子が提唱する「売る」ことのエッセンスとは、当日、何も情報を仕入れていないお客様に、作品を知ってもらい、手に取ってもらい、そして購入してもらうこと。
それは自分がこれまで最も重要としながらも、最も苦手と自覚し、結果として自ずと目を背けてきたことだった。
それら「売る」ための努力に、もっと目を向けるべきではなかったか。


苦手、と記述したが、もちろん自分でそうだと思いこんでいるにすぎない。
人よりも大きな声を出すことができ、ポスター、お品書き等の準備も万端で、あまつさえ物販の横には試遊するための早押しボタンまで用意されている。
ほかのブースが羨むほどの御膳立てがすでに出来上がっているのだ
あとは己に潜む心のスイッチさえ切り替えたならば、180度苦手意識が克服、できる!
ーーーー理論上は。

早速実践だ。
手始めに「売れる」準備を整えることにした。
「売れる」ためには、できうる限り多くの方に事前に作品を知ってもらうことだ。無論、ツイートをバズらせて便乗して、などではなく、もっと正攻法のやり方で、だ。

一人こもりっきりの作業が続くと、どうしても精神を阻害する要素がつきまとう。
手垢のついた言葉だが「人は一人では生きられない」とされる。
それは他人と共存するといった意味合いのほかにも、他人を見るという行為を通じるなかで、翻って自分の姿を垣間見るためにあるのだろうと感ずる。

そこで、残されたわずかな日数で、できうる限り多くの方の目に触れさせるよう時間を割いた。
まずは多くのカフェ様にお礼に上がるとともに、作品を置いてもらうようお願いに回った。
他にも、失礼とは思いながら、ゲームマーケットに参加の叶わない遠方のプレイスペースにも数部送付した。
Tweet上での4コマも、無理やり時間を取って継続するよう心がけた。
そうした上で、自分の作品を、より多くの目に、ゲームマーケットに直接関係の如何にかかわらず、晒すよう心がけた。

もちろん相応の批判、非難、中傷等、トゲのある言葉もあり、実際、数名の方から影で心にもないツイートを目にすることもしばしばもあった。
そのたびに、偉人の言葉、哲学の名言などをメモし、都度目にしては反芻しつつ、何とか乗り切ることにした。
取って飾られたような言葉だったが、その時の僕に取っては何よりのカンフル剤となった。
ゲームマーケット直前は、そんな精神面との闘いがしばらく続いた。


追い討ちをかけるように、不覚にも1週間前から体調を大きく崩してしまった。
インフルエンザは陰性との反応だったが、さすがに風邪の諸症状には抗うことができず、直前の土日は止むなく終日布団で横になる羽目となった。
何もできない苦しさは、体力面と共に精神面も否応なくむしばむ。
日課の4コマもさすがに休まざるを得ず、ここに来て最も貴重な土日含む3日間を布団の中で過ごすこととなった。

開けた月曜のツイート上では心配の声が上がる。
そんな中「これも休むための日だ」というアメリカのおかんさんの言葉に涙し、僕は経口補水液をがぶ飲みしながら当日着の荷物をまとめ始めた。

そうする間に、いつのまにか自分の中で、今回のゲームマーケットが「売る」ことに挑戦する場という目標が自ずと具現化されていることに気がついた。
予約を取らないなら売り切れが不安、どれくらい売れるか分からないので持ち込む量も不安、
ならば「最悪の状況を加味した上で、かなりの数を持参しよう」
そして試遊台や売り込む方法を吟味し、当日の売り込みに最大限努力を傾注しよう。

事前予約や宣伝活動に特段大きく力を注がなかったことなどもあり、とうとう有名ブロガーらが選出する「ゲームマーケット2019秋オススメ作品」に拙著が一切上げられることのないままだったが、それらも「仕方ないな」と一切気に病むことなく、ゲームマーケット当日はついにその日を迎えることとなった。


当日のことを綴る前に、前日の謝罪から綴っておきたい。
特に強くこだわっているわけではないが、僕の番次郎書店ブースは初出展以来「日曜出展」を貫いている。
来場者数を比較すれば自ずと来場者の多い土曜出展に目も向くだろう。がしかし、それでもアウェイで闘いたいという気持ちは、自分の中に潜む「天邪鬼」が働いているからだろう。

冷たい雨の降りしきる中、11月23日土曜、ゲームマーケット1日目。
あらかた予想はしていたが、荒天にも関わらず、待機列は前回春を凌駕するほど長蛇の列を形成した。

会場後の10時15分に待ち並んだのちに30分ほど雨にさらされつつ、無事に会場に入ることができた。
目的の買い物を済ませる他に、出来上がった小冊子を、数名の方に届けることが本日の目的だ。

北海道でなぞなぞの本を手に取ってくださった、この日も明るい笑顔でブースのお手伝いに立つゲームカフェ「こにょっと。」店長のきむち。さん
デザインだけではなく当日の販売スタイルも手本とする箇所が多かった同じく北海道の名物ブースCygnusさん
長年ゲームマーケットの趨勢を見つめ続けたザ・同人作品を手がけるラブリー会さん
他の方にも手渡すべきだったと手持ちの少なさを悔やんだが、お渡ししたかった方に無事届けることができ、まずは安心する。

「ゲムマって半年間の取り組みの成果が如実に出る」とは、後日、鍋野企画の鍋野ぺすさんがツイートされた言葉だ。
Cygnusさんに書籍を手渡した際、「よく頑張ってる」「デザインも向上している」という温かい言葉をかけてもらった。

長らく見せること叶わなかったが、これが半年、自分の頑張った成果だった。ようやく、ようやく、何かしらの評価となったのだ。

その場では何とか堪えることができたものの、帰る間際にご挨拶へと回ったノスゲムさんのブースで、思いもよらぬ「マムマムマーガレット」のケースを頂戴し、とうとう僕は堪えることができなくなってしまった。
病後の情緒不安定だったことも相まって、とめどなく涙が溢れてしまったのだった。
おろおろするノスゲムさんを見かねてか試遊台のいかさんが慌てて駆けつけ周囲の数名で介抱されるという醜態を晒してしまう。
若い女性ならともかく、四十を過ぎたオッサンの涙など、どう足掻こうが無様以外の何者でもない。
ただ、周囲の優しさと、自分がこれまで少しずつ積み上げて来た成果が決して間違いではなかったことに対する、何かしらの自信が芽生えていたことを感じた。
決して大きな成果ではない、小さく、か弱く、いわば朝顔の双葉のようにちっぽけな存在にも映るだろう。
けれども、それは自分の中で確かに太く根を張り、茎をつけ、あらんかぎりの葉を伸ばし、全身から水分を吸収しようとする姿にも感じたのだ。

たもとで涙を拭いつつ早めに帰宅・就寝し、迎えた当日の朝。




来たぞ、2度目となる青海展示棟。



まずは当日のブース配置だ。
こちらは例年とほぼ同じ。
強いて挙げるならば、早押しボタンを「本格派」に仕様変更したことぐらいだ。
試遊一体型というスペースは、体験した直後の目線がそのまま作品へとスライドできるという利点を持つ。
早押し機は音が生じるため、周囲に気を配りながら、迷惑にならない範囲で音量を調整する。



次に呼び込みだ。
病み上がりという最悪のコンディションの中、スプレーするタイプの喉の薬を2本ほど常備する。
今回は呼び込みの言葉も洗練させた。
短いフレーズで、ズバッと、作品の魅力を伝えることだ。

たとえば「バナナ」を売り込むとする。
バナナの魅力ってなんだろう?
甘いよー、美味しいよー、でもそれは充分にこと足りるだろう。
さらに洗練させるならば「カリウム豊富!」「疲労回復に!」「栄養満点!」
食べた後の皮を気にされる方には「ゴミはこちらで片付けます!」などの言葉も有効かもしれない。

それら売り文句をTPOで使い分けることにした。
具体的には
「2019年を締めくくる本です」
「世界でここだけ、本屋さんにもありません!」
「ボードゲームのクイズ本はこちらのブースです」
「Twitterでほぼ毎日連載中です」
終わり間際には「お土産にいかがですか?」も有効かもしれない。
もちろん即興で考えたフレーズも中にはあった。
こうした売り文句を楽しめるようになると、苦手としていた売り子もより一層楽しく感じ得るかもしれない。

午前10時、祈るような思いのまま、いよいよ幕を開ける。
僕のブースは開幕当初の長蛇の列とはとんと縁のない至って平和なブースだ。
時間とともに興味を持ったお客さんが顔を出し、本をパラパラとめくっては、立ち去っていく。
しかしながら、その場での宣伝効果は予想以上に高いものだった。
まず声かけとともに配布したチラシやフリーペーパーをどんどん受け取ってもらえた。
土曜日に受領したヤブウチリョウコさんのフリーペーパー「ボドゲフリペ」の効果もあり、多くの方が立ち止まってくれる。
同時に、フリーペーパー横の本やチラシにも目を滑らせてくれる。
おかげさまで手元のフリーペーパーやチラシは終了時間前にほぼ全て配り切ってしまい、追加で受領に赴くほどの人気を誇った。

頒布のペースは、本当に均一な直線といった様相を見せた。
何時の時間帯が売れる、といった様子は特段感じられず、各時間均等に人が訪れ、手に取ってもらえた、が個人的な体感だった。

そして何より「ボードゲーム初めてです」という方が多く、それは子ども連れや子ども向けといった意味合いではなく「ボードゲームのイベントに来てみたはいいけれど、自分はそれほどボードゲームに詳しくはない」といった方が多い印象で、とりわけ私の書籍では「なぞなぞ本」「初めてのボードゲームクイズ本」といった本に人気が集中した。

また、ボードゲーム会やボードゲームカフェに置くための本を探す方もブースに訪れ、そんな方には「事前の知識が一切なくても読めてしまう4コマです」「クイズには解答解説を全問つけました!」の売り文句で積極的に作品をアピールした。

食事を取る時間も忘れ、声は枯れ果て、喉の薬はとうに一本が空となった。
それでも僕は問題を読むたびに笑顔が溢れた。
先の自信へとつながる話題かもしれないが、作品が相手の手に渡ることへの不安より、その時はとにかく今は元気に巣立つ我が子を見守る気持ちでいっぱいだった。そして何より、クイズが、ことさら自分の作成した我が子、もといボードゲームのクイズが大好きなのだ。

撤収するブースもぼちぼちと現れる16時過ぎ、それでも僕は売るのをやめなかった。
ワンオペであるため片付けを並行しつつ、きっと誰かが来る、本を欲しいと現れる誰かを信じて、最後の1分1秒まで頒布を続けた。
事実、最後となるお客様は16時58分に現れた。
「初めてでも楽しめる本はないですか?」というオーダーにこちらをどうぞと案内している最中、とうとう閉会の拍手が鳴り響いたのだった。

終わった。
蓋を開けてみると、持ち込んだ小冊子はどれも完売まで残り5、6冊という結果を果たした。
決して負け惜しみではなく、「完売」という「欲しかった方全ての手に行き渡らない結果」より何倍も自分の中で最高となる結果に終わった。MAXは「残り1冊で完売」である。
全体としてあくまで概算ではあるが、事前に小冊子の存在をご存知だった方1/3、番次郎書店というブース名を知り得ており、新刊の存在を立ち寄ってから知った方1/3、そして当日初めて当ブースの存在を知り、ボードゲームのクイズ、なぞなぞ本を初めて手に取ってくださった方1/3、だっただろうか。

念のためにと事前に買った冷たいお茶を一口だけ含むと、苦味と甘さが内混ぜの少し不思議な味がした。
気を張っていたからか、座り込んだ途端に押し寄せる急な疲労、そして強い眠気。
慌てて残りのお茶をがぶ飲みし、梱包した荷物を依頼しにかけ回る。



全ての片付けを終えると、会場はまた以前の静けさを取り戻そうとしていた。
ほんの1、2時間前までむせ返るほどの熱気に溢れていた会場は、また冷たいコンクリートの会場へと姿を取り戻し始める。
そそくさと机と椅子を片付けると、会場には何台もの車両が行き来し、フォークリフトが大きな唸り声を上げてステージを解体し始めた。
邪魔にならないようそそくさとその場を立ち去る僕は、実に10時間ぶりとなる外の空気を浴びた。
ひんやりとした風が熱のこもる体温を否が応でも奪う。
僕は汗が冷えないようしっかりとジャンパーをかかえ、足早にりんかい線ホームへと向かった。

楽しい1日だった。
売ること、頒布すること、ひいては自分の表現した作品が相手に伝わることが、これほど楽しく幸せなことだと、改めて実感できた、そんな1日だった。
りんかい線の同じホームでは、お世話になった「ボドムライス屋」ことkurumariのメンバーとお会いできた。
「最高に楽しかったです!」
開口一番、僕の口から飛び出した言葉はそれだった。
もちろん小冊子の売れ行き自体もそうだが、何よりも今回「売ることを目標」に挑戦したことで、きちんと手に取るだけの成果を残せたことが嬉しかった。
それは幼い頃、自転車を補助輪なしで乗ることができたときのような、とるに足らないほどの成長かもしれない。
それでも、こうして無事に一歩目を踏み出すことができたことも、ひとえに目線を配ってくださった周囲のおかげであり、自分一人の力では到底なしえなかったのだ。
「人は一人では生きられない」
やはり人は見知らぬどこかで支えられて、自分がいる
感謝しなくては。


翌日、微々たる額ではあるが、売上の一部を義援金へと充てることにした。
今回の小冊子が「2019年史」だったこともあり、今回被災された方や何らかの事情により作品やボードゲームを届けられなかった方に、出来る限りの支援をと思い立ったのだ。
「見知らぬ誰かの、支えとなりますように」
今度は僕がお返しに回るターンとなるのだ。


暫し身体を休めた次は、2週間後に「静岡アナログゲーム祭」「盤祭2nd」が控えている。
ゲームマーケットは僕にとってひとつのゴールに過ぎない。
楽しいを待つ方々一人ひとりに届けること、幸いにも今回体験した「売ること」の研究、成果が、これからの活動にも反映できるよう、

走りますとも。

とはいえ、身体が資本であることも同時に学びましたので、健康第一に考えたいと思っています。

(了)





















2019年10月26日土曜日

軽い気持ちで作ること 12,13冊目となる本を描き終えて

ボードゲームのクイズ本を2017年から作り続け、今度、3度目の秋を迎える。
クイズの本としては6冊目、全体としては12冊目となる今作、
テーマは「2019年史」だ。


「ボードゲームの1年(歴史)を綴る本」
アイデアそのものは、そう斬新なものではないはずだ。
おそらくボードゲーム を趣味とされた方なら誰しも一度は「この年にあった出来事を簡単にまとめた本、書類」自体のアイデアは考えたことではないか。

しかしながら、辺りを散策しても、それらをまとめた本が見当たらない。
検索の仕方が悪かったのか、または、何かの雑誌のワンコーナーに掲載されていたため、私自身が見つけきれなかったのか。
ともかく、現状として私自身が一番読みたかった本が何処を探しても見つからない、という状況だった。

「ならば私が作る!」
と、こうして2019年に関するボードゲームのクイズ本を作成するに至った、という、経緯とも呼べない経緯でこの本は始まってしまった。

「しまった」とあるけれど、要は自分の中で難しく考えることをキッパリとやめ、まずは走り出すことに決めたのだ。
最初はこう、次はこう、と、入念な計画を立てることはとてもとても楽しい。あたかもそれは、遠足の当日よりも、前日に300円以内のおやつを買いに走ることの方が楽しいことに似ている。頭の中で空想を巡らせてばかりで「行動」に移すまでに余計な時間をかけているクセがつくと、だんだんと行動が億劫となり、次第にその一歩目が鈍重となってしまう。
「しのごの言わず、まあやってみましょう」
と、まずは外野を気にせず「本を作る!」とだけ脳内の壁に掲げ、かくしてボードゲームクイズ制作はスタートしたのであった。


簡単にスタートしたは良かったが、目の前の障壁は予想以上に行く手を阻む。
まず持ってデザインの壁。
歴史を綴る本となれば、当然、歴史年表が必要となるが、どこを当たっても求める年表の作り方が掲載されていない。

そして、あてにしていたインターネット上の情報がかなり少ないことに気がつく。
途中の更新が抜けているブログもあり、書き手の趣向がかなり偏ったブログもあり。
何かしらの参考にはなったものの、やはり実際に見聞きした情報には敵わないという実感だった。
百聞は一見に如かず、とはよく言ったもの。前回の制作と同様に店頭のパンフレットを片っ端からかき集め、手で、足で、情報を獲得するより他になかった。


次は問題の総数だ。
時事問題を中心とした方向性は良かったけれど、ただでさえ縛りのある「ボードゲーム」というジャンルに加え、その年の、その月にあった出来事を絡めるとなると、何重にも問題制作に制限が加わってしまう。
そうなると難易度は必然的に高騰する。
「そんなの知らんわ!」と見放されてしまっては、せっかく手塩にかけた問題が台無しだ。

歴史に、問題に、加えて、おまけの要素をどうするか。
何日も何日も試行錯誤は続いた。

コラムを書き、解答・解説も書き綴っては見直した。分量は軽く1万文字を突破した。
もちろん問題そのものがボツになってしまうと、せっかくの解説も道連れとなってしまうわけで…。


締め切り2週間前、ようやく表紙デザインが完成
完成の日の目が見えはじめた。



直前になっても中身のレイアウトの変更、微修正は続く。
特に11月を出題の範囲とした関係上、直前になっても情報の変更が飛び込んでくる。
一例を挙げると「キャットアンドチョコレートガチャピンチャレンジ編」
こちらは今年5月に発売された人気大喜利ゲームの新作であるが、実は直前になって「非日常編」の発売があることを知り、問題文の「2019年の新作は…」と記述した部分を微修正する必要に駆られた。


さて、いくらクイズ制作が趣味の人間とはいえ、こう毎日クイズ本の作成、修正に没頭していると、当然「嫌気」もさすというもの。
ツイート上を眺めると、時折、周りの製作者のテストプレイに華やぐ姿が流れる。
それらを横目に作業を続けていると、思わず発狂したくなるほどの精神状態にもしばしば襲われた。

そんな心理状態を救ったのは、4コマを描く時間だった。
つまり、作業を作業で埋めたのだ。
クイズ制作とは真逆のことを行い、精神の安寧を図るという、これもかなり無茶といえば無茶な施策を練った。
とはいえ、4コマも他のボードゲームの漫画を執筆される方からすれば毎回「月とすっぽん」ほどの反応だったが、それでも臆することなく「毎日」を目標に描き続けた。

クイズにも言えることかもしれないが、4コマ制作のバロメーターは何より「描き手である自分が楽しむこと」だった。
相手を楽しませることを主眼に置くと、どうしても読み手にすり寄った作品となってしまう。そうなると自分の本当に描きたかった作品の軸がブレてしまい、最悪、作品が継続できなくなってしまう。
だから日々の4コマについては、反応を気にせず、無理をせず、相手を貶めたり傷つたりせず、そして何より(時にパロディーも加えながら)自分の描きたいものを描くというスタンスを取った。


そんな2足のワラジをこさえながら、締め切り直前となる金曜日の徹夜を経て、ようやく完成、入稿。










今こうして時間を置いて眺めると、やはり諸所の粗さが目立って見えてしまう。致し方あるまい。

しかしながら、この「不可能が現実となった瞬間」の達成感は、いつ何時であろうとも感慨深い。
それは作品の出来不出来ではなく、制作の過程に苦労を重ねた分、二次関数のように跳ね上がっていくものだ。
まして、半年前には当の自分自身が「できない!」「無理!」と自分の中で突き放していた作品だ。正直、手元にない以上いまだ大きな実感は湧いてこない。


入稿完了の画面が大きく表示されると、しばらく私は動くことができなかった。
余程気を張っていたのだろう、肩に、腰に、内臓に、ドッと疲労が押し寄せる。
ゴロリと横になってしまうと、そのまま立ち上がることができないのではないかという具合だ。

きつく締めたはちまきをゆるめ、冷蔵庫の麦茶を口にする。
ツイート上には早速「おめでとうございます」の温かいリプライが飛び込んできた。
秋の嵐吹き荒ぶ中、それらの言葉は疲労しきった心に深く、暖かく、じんわりと染み入った。

これまで本当にご迷惑をおかけ致しました。
もうしばらく元気を取り戻しましたら、作品と併せまして、ゲームマーケット当日に御恩返しに回りたいと思います。




2019年9月25日水曜日

孤独に立ち向かう 神戸・三宮ボドゲフリマ遠征記

先週から続く関東外への遠征に、正直、気持ちよりも身体が先に悲鳴を上げた。
抜けない疲労に、抜ける毛髪、ざらつく肌に、テカる脂汗……。
こと、創作活動とは、自分の中の全てを表現するに留まらず、聞いてもらう相手を想い、尽くす気持ちが整理された上で、何かしら自らの犠牲を伴う行為なのかもしれない。

勢いに任せて出展を申し込み、気がつけば出発が目の前に差し掛かり、アワアワと無駄にもがいているうちに、あれよあれよと三宮の地へと降り立った。

会場となるkiitoは、過去にも盤祭1stなどのボードゲームイベントが開催された場所でもある。
新幹線の新神戸駅から程近く、近隣の宿泊施設も豊富、足を伸ばせば明石、加古川、姫路なども行動圏内というロケーションだ。

今回私は、前日入りの予定を組んだ。
過去の盤祭1st.では会場設営のボランティアに名乗りを上げ、設営や片付けなどをお手伝いした。無論今回も喜び勇んでボランティアスタッフへの参加を表明した。
会場までのアクセスをトチり遅刻を余儀なくされたという前回の経験を踏まえ、今回は前日から現地入りし、更に会場から徒歩圏内のビジネスホテルを予約するという徹底ぶりだ。

とはいえ、それほどがんじがらめの計画を立てたわけでもなく、前日、後日の予定などは特段定めず、空いた時間は自由気ままに周辺を散策することにした。

手元のボドパスを頼りに、まずは姫路市のB-cafe様へご挨拶に伺う。



店内は所狭しと新旧のボードゲームが並ぶ。国内未流通のベガス拡張「Boule Bird」のような、設置してあるカフェも少ないはずの作品も立ち並ぶほどだ。
しかしながら決して雑然ではなく、どの作品も中身まで丁寧に整理、管理されている様子で、過去に私の作成した小冊子も、早押し機の中で大切に保管されていた。

店内をポッドキャスト「豚の鳴き声」で耳にするアタック氏が明るく出迎える。
美味しいコーヒーが評判と看板にある通り、味わい深く、香りも豊か。苦味はほどほど、口の中で爽やかに広がる酸味がフルーティでとても美味しい。
ついついお代わりしてしまった。

素敵な雰囲気には、自然と気心の知れた仲間が集うもの。
しばらくすると常連と思しき多くのお客様で賑わいを見せた。

お礼を済ませ、姫路市の近傍、加古川市に所在する「駒の時間」様に移動する。

明日の出展を間近に控え、店内には多くのボードゲームが箱詰めされ、多くの方の手に渡る日を今や遅しと待ち構えているかのよう。

komaさんは変わらずの笑顔。
昨晩は遅い時間まで「スライドクエスト」のフィギアを塗装していたとのこと。
連日の作業で疲労もあったと察するが、そんな素振りを微塵も見せず、笑顔も交えながら他愛もない話をやり取りした。


加古川を後にし、この日の最後は知人と落ち合いながら、神戸市のトリックプレイ様へ。

「東にバネストあらば、西にトリックプレイあり!」
そう知人が紹介するお店では、こちらも国内外を問わず多くのボードゲームが整理されていた。
店内では日本語版の発売も控えた「ジャストワン」で盛り上がりを見せていた。

店長の明るい笑顔を眺めるうちに、この方は本当にボードゲームが好きなんだ、と、肌感覚ではあるが痛く、強く、それでいて確かな感覚で伝わる。
そんな暖かく、居心地の良い雰囲気のお店だった。


翌朝
懸念されていた悪天候は何処へやら、朝8時の段階では路面がほぼ乾燥し、風も涼しく穏やかで、空には少し厚めの雲が一面を覆う程度だった。
暑くなく寒くもなく、開催日としてこれ以上のない好天に恵まれたのではないか。

ボランティアスタッフとして動く予定の私は、ギッシリと詰まったキャリーケースを肩にかけ、一路会場となるkiitoへと向かった。

場内では手慣れたスタッフが明るく、テキパキと指示を出す。それに従い、あらかじめ掲載された配置図に机を搬入、設置する。
当日のアクシデントで見送られた方を含めても、やはり作業人員の頭数、絶対値が足りない。
指示された作業を一通り終え、次は一般車の誘導や人員の整理などに移行する。
少し早めに取り掛かったとはいえ、時間ギリギリまで作業は続いた。
指示する側のテキパキとした動きに加え、決して罵声が飛び交うことなく皆が一丸となり、清々と、かつ、笑顔も交えながら行った証とも呼べるだろう。

とはいえ、私の本来任務はブースの運営である。
わずかな時間の合間を縫って、自分のブースの設置に取り掛かる。
開場1分前に何とか体裁だけ整えることのできた我がブースでは、名古屋のバネスト20周年記念祭でも活躍を見せた本格派早押し機「SPALLOW6」がデンと構える。
隣ではゲームマーケット春でもお世話になったEJIN研究所のEJINさんが、いつもの笑顔でブースを展開した。
「ネタはいい、けど、絵がなぁ…」
勢いに任せて頒布した4コマの本にもありがたい意見を頂戴する。普段こうした直接意見を上げてくれる方は、SNSを通じた上でもなかなか拾うことが難しく、とても身に染みた。

この日は、各ブースでの経験も豊富なシオンさんが応援に駆けつけてくれた。
二人体制となったブースは個人の作業量に余裕が生まれるほか、自分では気がつかなかった各方向の目も多くなるため、効率は3、4倍も高くなる。
「試し読みできる本に値段を振っては」「ブースそのものも長く広く使えば」など、多くの意見を取り入れながらの運営が進む。

私のブースは、中古や新作を販売・頒布する他のブースとは趣が異なり、ひたすらクイズを読みつつ本を頒布する、いつものスタイルだ。
そのためか、他の来場者も当初は怪訝そうにこちらを見つめる。
今回の早押し機はさすが日頃お目にかかる機会の少ない本格派を奮発したおかげで、クイズ本との相性も抜群だった。
特に、前回の盤祭1st.、ゲームマーケット大阪では、ボタンを押したかったお子さんのニーズに叶う問題がなく、出題側となるこちらも手をこまねいていた。
今回は「ボードゲームをからめたなぞなぞ」も数多く取り揃えたおかげで、経験、未経験の有無を問わず、ボタンに興味のあった方が足を止めてくださったという印象だ。
それだけでも、今回の成果としては十分すぎるほどだ。

午後4時を回り、しばらくシオンさんに店番を任せ、私は簡単に各ブースのご挨拶へと向かった。
エレベーターオペレーターは兼ねてからチェックしていた作品。無事に確保できまずは一安心。
ステージにほど近い「いかが屋」ではクレイジータイムが格安だった上、じゃんけんチャレンジでさらに500円引きという太っ腹な企画で入手ができた。
高天原のブースでは、作品全般のイラストを手がけるぺけ先生が描いた、可愛らしく癒しのある各種イラストが販売された。こちらではポストカードを残らず入手する。
中古販売ブースはじっくり眺めるだけで時間を取りかねなかったので今回は見送ることにした。
ゲームNOWAブースではセルフリメイクとなる新作「8人の魔術師」「ワーデミック」を展示。明るくポップなイラストレーターのたかみまこと先生は、これまでの面影を残しながらも独特の世界観を活かしたイラストで、重厚な世界観ながら軽く明るいタッチで表現されたカードの数々につい惹きつけられる。

しばし休憩を取り、残り時間は30分。客足は未だ途絶える気配もない。
遠方では目玉商品が残されたと思しきクジの抽選に、多くの来場者が関心を寄せていた。

売り子のシオンさんはとてもパワフルで、すでにへばっている私を余所に、「漫画とクイズの番次郎でーーす!」と、変わらず場を盛り上げてくれた。

17時、閉場の時間。
4時間は本当にあっという間だった。
わずかな時間ながら、とうに声が枯れ、目がかすみ、汗まみれで軽く脱水のような症状が現れたところを見ると、この4時間がいかに熾烈なものだったか伺える。

周囲が撤収作業を始める中、いつまでもひとりでグズついている訳にもいかず、残った体力をあるだけ放出し、私はいそいそと片付けを始めた。


その後に開催された二次会でも出展側の疲れは何処へやら。スタッフを始め多くの方が盛り上がりを見せた。
次回開催の話題や、万屋楽団のサンジョウバ氏が京都にプレイスペースをオープンする話など、会の終わりまで終始話題は尽きなかったように見える。
普段あまりお酒を飲み慣れていなかった私は、とうに宴席での盛り上げ方を忘れてしまい、ふらつく頭の中、周囲の盛り上がりを余所にひたすら原稿作業に移行していた。実に勿体無い。


疲労が残る中で迎えた三日目の朝。
小冊子を手にし、この日は一路大阪へと向かった。

12時、東貝塚のファミーリエ様へ。
明るく気さくな店長は、他のお店では見かける機会の少ないという作品を紹介してくれた。




電子カードを利用し、音楽を作るという「カードゲーム」だ。
指定されたカードの出し入れはテクニックを要し、さながらDJの気分が味わえる。
スピーカーと連動し、きちんと音楽が鳴るという仕組みがニクい。

時間もたたないうちに、多くのお客様でごった返す店内。
友人、知人に加え、ご家族連れでのお客もちらほら。
畳敷きの座敷もある広めの部屋は、ボードゲームの興奮とはまた違う、静かにのんびりと楽しむ空間を提供するかのよう。

次は谷町四丁目のGUILD様へ。

連休の中日ということもあり、この日も変わらず賑わいを見せる店内では、店長の大阪さんと店員のアリサさんがこの日も慌ただしく駆け回っていた。
店内の販売スペースは、国内のボードゲーム作家を応援するかの如く専用スペースが設けられ、定期的にテストプレイ会を実施するなど、製作者の目線に立ったイベントが積極的に開催されている。

アリサさんに同人誌のことを相談に乗ってもらった。お二人の笑顔が店内の雰囲気をも象徴するかのよう。


ツイート越しに得た情報を頼りにお土産を買い込むと、出発の時間が間近に迫っていることに気がつく。
新幹線に飛び乗り、今回の道中も、食の宝庫関西のグルメを堪能できなかったと自戒する。
私の旅はいつもこうだ。


旅先でお会いしたイベントスタッフをはじめ、ボードゲーム製作者、カフェ・プレイスペースの方々、それらに携わる多くの方々。
私が魅力を感じた方々は、独特の「個性」を秘めていた。
「◯◯が好きだ!」という理由から実際に「◯◯をしたい!」「◯◯ならできそう!」と漠然と妄想する方は多数存在する。
しかしながら、そこから更に一歩踏み出し、手を動かし、実行に移した方は本当に、本当に少ない。
今日まで長く継続できた方はそこから更に絞られる。

独り孤独に立ち向かい、助け船もない状態のまま、悩み、挫け、幾度となく立ち上がり、徳俵に爪先だけで踏みとどまった状態のまま、「倒れるものか!」と粘り続ける。

それだけだ。
能力なんて何もない、いつでも倒れる覚悟を持ちつつ、紙一重で踏みとどまっているに過ぎない。

だからこそ、私はそんな個性の塊のような方々を心から応援したいし、いつかは自分もそんなデコボコした存在として、一員に加わりたいと願っている。
どれだけ虚勢を張ったところで、孤独の作業は、やっぱりツラい。
それは個性と呼ばれる形がいびつであればあるほど「現状のものとは違う」と周囲に認識され、自ずから疎外感を覚えるからだ。
それでも自らを信じ、泥だんごのように粘り強く自分の「個」を磨いて磨いて、核となる部分が見えるまでに磨き上げたところで、ようやく個性が鈍い光を見せ、そこでようやく周囲から評価の対象として土壌に上がる。世間の需要といった面はそれから先の話となるだろうか。

今回出会った多くの魅力的な方々は、己の中に秘めた「個」を、丁寧に、かつ、周囲からの目線に何度も挫けながら、それでも磨き続けた結果の証左だったように感じる。
継続することの難しさは、何かしらの形で意識的に「継続を実行」した人でなければ、その労苦は推し量れないし、第三者にも上手く伝わらない。
だからこそ個性的な存在にある方々は、裏を返せば、それだけ他に代用できない存在でもあり、いうなれば、誰からの助け舟、相談相手や代替できる相手も存在しないまま独自に歩みを続ける方ばかりなのだ。

私は、そんな方に寄り添い、話を聞き、何かしらの形で支援できるような存在でありたい。
寒さで震える道中に、そっと差し出す缶コーヒーのような温もりを、私も、私のできる限りの方法で、支えていきたいと思う。


帰りの道中で、普段は感じる機会のなかった、人との触れ合い、存在、それらを支える周りの存在の大切さを、身体の芯から感じつつ、新幹線は最寄駅のホームへと滑り込んでいった。

冷たい部屋に灯りをともし、私はまた、溜め込んであった制作作業へとペンを走らせたのだった。


2019年9月17日火曜日

学ぶこと、奢らないこと。〜バネスト20周年記念ボードゲーム会に参加して〜

名古屋市北区のゲームストア・バネストが今年で20周年を迎える。
それを記念し、20周年記念ボードゲーム会と銘打たれた大規模なゲーム会が開かれるのだという。

開催の知らせを耳にした私は予定の有無など考えずに申し込みを済ませた。
ゲームマーケット秋に向けての入稿や来週に迫る神戸三宮ボドゲフリマの準備等が差し迫る最中、後先を一切考えることはなかったのだ。まあ、いつもの私である。


バネスト記念ゲーム祭とは、今年で20周年を迎えるゲームストア・バネストを迎えての大規模なゲーム会で、バネストの店舗にほど近い北区役所の講堂を1日貸し切り、混乱を避ける為か入場者を限定した上で、総勢30卓ものゲームが一堂に会する大規模なゲーム会となる模様である。

厳正な抽選の末、15番の固定卓を拝命された私は「この晴れの日に相応しいボードゲームとは何か?」といった難問に、出発の直前まで延々と一人議論を重ねていた。
当日は定番の軽いゲームからテラフォーミングマーズのような重量級ゲーム、さらには、能登ごいた保存会長野支部がごいたを教授する卓や、カルカソンヌ日本選手権出場者と直接対戦できる卓、今話題の国内版マーダーミステリーが体験できる卓なども用意された。
わいわいからじっくりまで、ゴージャスかつ個性あふれるラインナップの中で、果たして自分の特色を活かしせるものは何か、何か…。

取り急ぎ、大勢でもプレイできる作品と、バネスト通販のラインナップでは目にできなかった作品を中心にふるいにかけ、加えて、先日奮発したばかりの本格派早押しクイズ機を持参することにした。


朝8時30分、新幹線は異常なく名古屋駅に到着。

腹ごなしと気合を込めて駅ホームのきしめんを勢いよくすすり、会場となる名古屋市北区役所講堂へと移動した。

会場内はすでにスタッフと思しき面々がテキパキと設営に取り掛かっており、右へ左へと活発な動きを見せていた。
集合時間の30分前に到着した私ではあったが、すでに愛知、滋賀、三重など中部地方を中心に、関東はおろか、福岡や台湾など、国内外を問わずそうそうたる顔ぶれが揃い踏みした。
中心で動くのは「今夜もアナログゲームナイト」メインMCを務め、店長の中野さんとも親交の深い太陽皇子氏だ。

適度に空調の効いた会場の中心では、今回の目玉となるトゥクトゥクウッドマンのタイムアタックが、金の屏風が配されたステージ上では東京・三鷹のボードゲームショップ「テンデイズ」様から提供のあった巨大スライドクエストや巨大ドクターエウレカなどがところ狭しと設置されていた。
いつものイベントの如く、私はちょこまかと設置を始める。
初お目見えとなる早押しスイッチはすこぶる快調で、辺り構わずピンポンと元気な音を上げていた。

簡単なミーティングが行われ、午前10時、開場。
しばらく諸注意が述べられた後、11時、いよいよゲーム会が開始される。

この日の中野店長(以下「中野さん」)は、主役となり盛大に祝われる立場ながら、Tシャツにジーパンという、こちらが拍子抜けするほど至って普段着のままで登場。


私の15番卓はいつものゲームイベント同様、開幕はスローペース。
ぽつんと寂しくカードを切ったり、ボタンを押したりなどの行為も、すでに手慣れたようなものだ。
周囲の卓を見回すと、既に多くの参加者らがワイワイとゲームに興じ、現在も根強い人気のテラフォーミングマーズや、国内未流通のディアボロダイスなど多くの作品が賑わいを見せていた。
特に中野さんらスタープレイヤーと一緒にプレイできる台などは引きも切らず活況で、トゥクトゥクウッドマンのスピードチャレンジでは多くのプレイヤーが悲喜こもごもの声を上げていた。

しばらく問題を読み上げていると、早押しボタンのピンポンという甲高い音に誘われたのか、数名の方が足を止めてくださった。
クイズに興味のある方、自信はないけれどボタンを押してみたかったという方、初めて目にする本格派ヘソ型早押しボタンに興味津々だった方など。
その一方で、久しぶりの問題読みに緊張と喉の調子を整えることをすっかりなおざりにしてしまった私は、ものの開始30分も経たずにガラガラ声を露呈し、周囲にあらぬ醜態を晒す羽目となった。いやはや情けなや。

主賓となる中野さんは、デンと座ったまま悠長に構える、といったそぶりを一切見せず、時間を見つけてはすべてのテーブルをハシゴして周り、参加者の一人ひとりに「いつもありがとうございます!」とお辞儀し、同卓を囲んで回っていた。
中野さんは本当にボードゲームが、そして人が、大好きだったのだろう。

クイズを広げる私の卓にも颯爽と現れるや、難問とおぼしき問題にもサラリと回答してくださった。
20年のバネスト店舗とともに蓄積された豊富な知識量と、休暇の合間をぬっては都内近隣のボードゲームカフェへと足を運ぶ、その飽くなき探究心が育んだ産物だろうと私の中で勝手に解釈した。

中野さんはそんな店内で振る舞ういつもの調子で、嬉々としてボードゲームに興じていた。

決して驕り昂ぶることなく、常に貪欲に、新たな発見を求めているかのような。

中野さんの探究心に潜む「源」って何だろう。

学ぶことは純粋に「楽しい」行為だ。
たとえそれが興味本位で調べたことであっても、次へ次へと知識欲が刺激され、今とは別の物に興味が湧く。
クイズなどを作成していると、ひとつの問題の対象に、あれにも関係する、こっちにも派生する、と、樹形図のように様々な広がりを見せる場面に遭遇する。
しばらくした後に、その対象が膨大となり過ぎたことに気がつくと、目の前にそびえる壁のあまりの高さに、為すすべもなく、しばし足がすくんでしまうだろう。

そんなとき、
「大変だから、やめる」か
「大変だけど、続ける」か

人はその分岐点で大きく二分される。

中野さんはきっと立ち止まらなかったのだ。
高い壁を見つめながらも、地道に、着実に、ゆっくりと歩みを進めたのだ。

さらりと書いてしまったが、そのバックには、体力面、精神面、更には、環境面、資金面、等々、見えない部分での残酷にも程近い決断を迫られたのではないか。

だからこそ「皆さんのおかげで」という中野さんの言葉には一層深みが増すのだ。

周りの方々のご支援を大事にする、しかしながら、その言葉の端々に垣間見える、高い叡智と果てなき強さ、そして何より、現状に甘んじることなく、次へ次へと新たな視点へと駆り立てる、果てなき探究心、そして、野心。


程なくして、全体ゲームが開催された。
ゲームは「KNISTER」、サイコロを用いたポーカー形式のビンゴゲームだ。

サイコロを振る人間はその場で指名され、看板キャラクター「ばねこ」のイラストを手がけた「のんだひろみ」先生や、「おぼえなサイコロ」などを手がけたデザイナー「らなとパパ」のラナちゃんら、名前を挙げるだけでも軽くめまいが生ずるほどの豪華な顔ぶれ(自分除く)が次々に選出される。
その上でトップの成績が80点台という激戦が展開された。私のヘボい点数など言うに及ばず。

続いては中野さんに対する質問コーナーだ。
「きっかけは何ですか」「好きなボードゲーム会は何ですか?」等々さまざまな質問が飛び交い、中野さん独自の知的かつユーモラスな視点でバッサバッサと回答を斬る姿が好印象だった。
そんな中、ひとつだけ中野さんが頑として回答を拒んだ質問があった。
「ネガティブは答えません!」
言葉は続く。
「ネガは3倍増しで、自分に返ってきますから」
それはこれまで自己を「子どもだ」とうそぶいてきた中野さんが、一瞬だけ我々に見せた「オトナとしての姿」だった。

会もたけなわとなり、中野さんが最後の言葉を述べる。

「寿命になったとき、ゲームカルチャーが今以上になっているように、新しい発見があること」

中野さんは20周年を迎えたこの日ですら、決してあぐらをかくことなく、常に変わらぬ姿勢で、参加者である我々からも何かを学び取ろうとしていたのではないか。

私は涙腺の緩みをこらえることができず、言葉を締める中野さんに惜しみなく拍手を送った。


会の終始を通じ、中野さんの言葉には「発見」「楽しんで遊ぶ」といったフレーズが端々から伺えた。
常に新しいものへ、失敗を恐れず、一歩一歩と前進する、アグレッシブで、チャレンジャブルな後ろ姿。
だからこそ、多くの方が魅了され、こうして多くの方々がお祝いに駆けつけたのだ。
「カッコイイ」の言葉だけでは括ることのできない、中野さんがバネスト店舗と共に歩んだ人生観すら垣間見える、終わってみれば、そんなイベントだったように思える。



ワンオペの態勢だったため、トイレ以外に席を開けることなく約8時間もの時間を過ごした私は、会が終わるや否や、へなへなとその場に座り込んでしまった。
カフェインで気を紛らわせようとコーヒーをぐい飲みし、周囲の状況に合わせつつ撤収作業へ取り掛かった。

学ぶこと、奢らないこと。
席上での中野さんの言葉は、ゲームマーケット秋の新刊を手がけている私には特段痛切に感じた。
そのためには、飽くなき探究心と挑戦精神、何より、少し息を整えたときに実感できる、周囲の存在のありがたさではなかっただろうか。

私は疲れた体もそこそこに、ホテルで身体を休めることなく、そのまま次の懇親会へと向かった。
多くの参加者の笑顔が弾んでいた。
それはきっと、今回のイベントで中野さんが我々一人ひとりに返してくださった「感謝の証」だったのかもしれない。

2019年9月7日土曜日

「「なんとなく」じゃダメ!」 根拠を結ぶことで広がる世界

今回は「何かに理由をつける」を今後全ての私の作品に心がける、という話をします。


今年の夏、読書好きを自称する私が、暇を見ては幾度となく読み返した本が「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日刊イトイ新聞・編)」だった。





任天堂の故・岩田聡社長の言葉をまとめ編集された著書で、あたかもおとぎ話を語るように綴られた珠玉の言葉の一つひとつに、私は涙を抑えきれなかった、そんな本である。

その中に登場する「ある言葉」を紹介したい。

ゲームの中に意味もなく置かれている石ころがある。
「どうしてこれを置いたの?」と訊くと
「なんとなく」とか言うんですけど、
「なんとなく」はいちばんダメなんですよ。
(p.159 「岩田さんの言葉のかけら その5」より)

なんとなく、というふんわりした感覚、フィーリング、よくわからないけれど心地の良い配置、
それらは一まとめに「個人の美的センスに委ねられるもの」と斬り捨てられる問題かもしれない。

しかしながら、私はこの言葉を目にするやいなや、身体中に電流がほとばしるほど強い共感を覚えた。


手前味噌ながら、少しだけ自書のネタバラシをする。

前回頒布した拙著「アナログゲームのなぞなぞブック2」の中で、ページのフッター部、印刷用語では「地」と呼ばれる部分に、小さく「魔女」が飛んでいたことに気がついただろうか。


フッター部分に黒く帯を引くことで、ある程度の視線制動といった効果に加え、ビル群を配置することで全体的な雰囲気の醸成を考慮したものだ。
「夜空に魔女が飛んでいたら…?」というアイデアが思い浮かんだのはしばらくした後。単に飛ばすだけではなく、ページ毎に飛行部分を変えることで著作の中の世界に少しでも没入してもらいたいと考えた。
加えて、自分が今どれくらいのページを読了しているかの目安としても使える。

さらにイメージを発展させ、最終ページにはこんなギミックも用意した。




少々見づらい点ご勘弁を。
ページ数に合わせて、魔女が「39」と口にしているように見えないだろうか。
このページは「あとがき」が感謝の言葉とともに綴られており、このセリフも「39(サンキュー)=thank you!」に掛けたジョークとなっている。


以上の連想ゲームは、仮にフッター部分がランダムに配置されていたならば、おそらくここまで凝りに凝ったギミックへと結びつかなかっただろうと解釈している。


ランダムに配置することは、私の中で「考えをそこで中断(SAVE)すること」を意味する。
どうしてこれがここに?どうして?なぜ?本当に必要?
そんな疑問を自分に突きつけながら日々創作活動を続けていると、次第に他からぬ自分が「いいと思ったからいいんだ!」と自暴自棄になり、果ては、考えること自体を放棄してしまう。
それは性格や環境といった根深い問題ではなく、単に今日の気象が悪かった、や、たまたま今日の機嫌が良くなかった、といった、実に取るに足らない問題であったりもする辺りが少々厄介だったりもする。


何かしらの理由をつけ、小さいながらも根拠をつけると、先に挙げたような「次への創作バトン」が産み出される可能性がある。

自慢話が続き恐縮だが、もう一例、先日名古屋で活躍されるNEZ様から、テラフォーミングマーズの企業カードのような制作カードを作りたいとお誘いがあり、喜び勇んで資料を提供した。

その際に出来上がったカードがこちら。


着目して欲しい部分は星の配置である。







ここも「岩田さん」で読んだ言葉を念頭に「ランダムではなく、何かしら根拠に基づく配置」を考えた。


「サイコロ」の部分から「魔女」の部分まで、上手く繋げると




制作して頂いたNEZ様に敬意を表し、星座のような「NEZ」の文字が浮き上がるギミックとなるよう配置した。


これら創意工夫、カッコつけると「デザイン」の一端となるのだろうか、それらは決して表立って主張する機会が多くはない。
むしろ私の中で、これらデザインの本質は「縁の下の力持ち」のような、周りに気がつかないうちに実は陰で支えていました、といった立ち回りでこそ活きる存在ではないかと考えている。
先日も「直角ではなく敢えて斜め右12度に折り曲げた横断歩道」が話題となったが、目にされた方の中には「何度も通ってはいたが、気がつかなかった」というコメントが数件上がっていた。

決して目立つ事はなく、「言葉では上手く表現できないけれど、なんとなく、いい!」に訴えるもの。
だからこそ、一辺倒ではなく本質まで理解が届き、言うなれば「わかる人だけがわかる」中身の本質の良さに気がつく、そんな「真の理解者」には感謝の言葉でいっぱいだ。

たとえ気がつかなかったとしても、所詮は陰の存在、腐ることなく「そんなもんだ」と割り切り、一部の「心良き理解者」のために、もうひと頑張りできるような。
創作活動のサイクルとは、目の前に提示された見返りに加えて、創作を続ける自分を真から理解していただける方へ「最大級のご奉仕」という意味合いも含まれているのだと、最近はその方向に考えが向く自分だ。

まだまだヒヨッコの自分。これからも岩田さんの「なんとなくは、ダメ!」の考えを創作活動の軸とし、秋の新刊も含めた制作に力を入れたい。
そして稚拙ながらも私の作品を本当に心待ちにされていらっしゃる方々に最大級の御恩返しができますように、こちらも最大限の努力で御恩返しをせねば、と、再度気合いを入れ直したのであった。


2019年8月27日火曜日

出会いは一期一会 ー突発的関西旅行記ー

それは突飛に思いついた旅だった。前準備も何もなく、行ってすぐ帰るという時間計画の他に本当に何も決めてはいない。
事後報告となるが、前準備の至らなさも含め反省する面は多々あるし、そのおかげで「できなかった」「見逃した」ことも非常に多かった。
旅というものは「しおり」があり「準備」があり、きちんとした計画や目的があってこそ真に楽しめるということを実感した。

唯一、定まっていたことがある。
今回の関西遠征は「お礼を伝えに行くこと」
来月21日に開催される「神戸・三宮ボードゲームフリーマーケット」の前に、一度自ら足を運び、関係各所へ御挨拶に伺うことが目的だ。


勢いに任せ、AM7時、駆け込むように新幹線に乗る。





2時間30分ほどで大阪に到着。ここまで本当に勢い一辺倒だったせいか、今ひとつ「大阪に着いた!」という実感がわかない。
関西弁の飛び交う喧騒、うどん屋やジュースバーで賑わう駅ナカ、それらの雰囲気を肌身で感じ取っているうちに、じんわりと「ここが関東ではない別の場所」であることを何となく自覚する。

ともあれ、最初の目的地は兵庫県加古川市に位置する「駒の時間」様だ。



多くの棋士を輩出し、「棋士の街」を看板に掲げる、いわばアナログゲームにもゆかりのある加古川。
こちらでボードゲームプレイスペースを切り盛りするkomaさん、Tokiさんの御二方はいつもと変わらぬ笑顔で私を出迎える。
先日8月17日、ラミィキューブ日本選手権兵庫予選会を兼ねたボードゲームイベント「ひょうごゲームこんべんしょん」が大盛況のうちに幕を閉じるなど、ボードゲームを中心に活動を展開する方々だ。
気さくな人柄で人望も厚く、県内外を問わず多くの愛好者が御二人にお会いしたいと訪れる。



何はともあれ、ボードゲームを広げる。
持参したキャリーケースには、9割がたボードゲームが詰まっていた。

ちょうどお店に、昨年のラミィキューブ全国大会王者の「なな」さんが親子で訪れる。
ななさんはラミィキューブに限らずボードゲームなら何でも興味を持つ女の子で、次から次へと作品を手に取っていた。



ななさん親子を交え「なつめも」をプレイ。

ポッドキャスト「万屋楽団のそれなりな日々」など多数のメディアで取り上げられた、この夏誰もがイチオシする、関西のボードゲームデザイナー宮野華也氏が手がけた作品である。
夏休みの期間内で、各種イベントや宿題をこなし得点を稼ぐゲーム。
イベントの種類やデザイン、候補を取るシステムに挙手制を採用するなど、要所要所で童心に帰ることのできる点が素晴らしく、中量級ながら思わず再プレイをとうずいてしまう中毒性を秘めていた。

加古川に別れを告げ、大阪へと戻る。

以前大阪でもご挨拶できたシオンさん案内の元、夕食は本場大阪の串揚げのお店へ入ることに。
牛肉やオクラなどに加え、こんにゃくやパン、チーズちくわなどの変わり種も豊富に用意されたお店で、時間いっぱいまで揚げ物を堪能した。

食後、心斎橋近くに店舗を構えるボードゲームカフェ「ピエット」様へ。
満席とのお知らせを受け、御挨拶だけ無事に済ませる。
店長のクロさんはこの日も額に汗しながらも笑顔で我々を招き入れ、賑わいをみせる店内をせわしなく動き回っていた。
邪魔にならないよう小冊子を一部寄贈し、次の目的地へと向かった。

谷町四丁目の「ギルド」様へ。
実は先日開催のボードゲームクリエイター交流会等各種イベント以外では足を運んだことがなく、会員証を発行することも今回が初めてとなる。
この日も店長の大阪さんと名物店員のアリサさんはいつもの屈託のない笑顔で、呼ばれたとあらばすぐさま遠方へとルール説明を補足しに飛び回っていた。

ギルド様では私の持参したゲームを一部プレイする。
金沢でも好評を博した「Fish &Ships」
可愛らしいパッケージながら、株ゲームの主軸のみを極限まで抽出した作品。
連続でプレイするたび、とても子ども向けとは思えないほどのアツい駆け引きが堪能できる。

少し遅い時間となったものの、この日の宿に無事たどり着き、疲れた体に最後のムチを入れながらこの日も4コマ漫画を作成した。

翌朝。
流石に年甲斐もなくはしゃぎすぎたからか、全関節にダンベルを吊り下げているかのような、重い、重い身体。
ベッドで横になりながら「ここに行きたい」という妄想は膨らみこそすれど、思惑とは裏腹に一向に身体が追いつかない。
引きずるキャリーケースが、あたかも奴隷の鎖に錯覚する。

エネルギーを補充するべく、阪急梅田駅構内に構えられた「元祖ミックスジュース」のスタンドへと移動する。
牛乳と果物だけのシンプルな味わい。コップのフチギリギリまで注がれた、冷たく飽きのこない飲み物。
「乳アレルギー」「果物アレルギー」そんな言葉は看板に書かれてはいない。
まさに古き良き昭和の風情が漂う、サラリーマン憩いの空間だ。

少し元気を取り戻したところで場所を移動し、本日向かうは一路「和泉府中」へ。
以前からお世話になっている「すがえり」さんのボードゲーム会に急遽参加する。



閑静な住宅地にたたずむデイサービス施設「自由帳」
少し早めに到着し、トランプなどを広げつつ、他の参加者を待つ。

関西に足を運ぶたびにご一緒する山路さん親子とも合流。
先日手に入れたという「となりのトトロ トトロのどんどこゲーム」をプレイする。


ババ抜きの要領で相手のカードや自分のカードをめくり、できる限り多くのどんぐりを集めるこのゲーム。
パッと見はお子さま向けではあったものの、プレイ感覚は中量級ドイツゲームのそれで、相手をかく乱させつつボーナスを得る攻防が終盤まで楽しめる佳作だった。

すがパンの会名物「美味しいパン」も堪能する。
こんがり焼き立ての小麦の香りに添えられたフルーツが芳しく、中のクリームが甘さ控えめで、甘いものが苦手な自分も美味しく食べることができた。

名残惜しくもあったが、別れを告げ、次の場所へ。

ヒカリゲームズ堺様へ。
こちらではネスターゲームズの作品も各種豊富に取り揃えられており、早速店内では「アメーバ」などの作品がプレイされていた。

少し大柄な店長が、お店の傍らで、プレイスペースも兼ねた店内全体を微笑みながら見渡している。

ネスターゲームズ作品の「カバとワニ」、そして偶然目に留まった格安の「通路」を発見し、併せて購入する。

もう少し、といったところで途中激しい夕立に会い、身体がしっぽりと水に濡れてしまう。
這う這うの体で裏中崎の「賽翁」様に到着。
少し前にはボードゲームクリエイターとして活躍中の珠洲ノらめるさんも訪れたという「ボードゲームミニフリマ」が開催中と聞きつけ、御挨拶も兼ねて伺ったのだ。

白熱色の電球で照らされた店内は、これまでと一風異なり、静かな大人の雰囲気が漂う。

濡れた身体で長居するわけにはいくまいと、こちらも軽く店主に御挨拶だけを済ませる。店主自慢のコーヒーは次回神戸・三宮の際に堪能することにしよう。
こちらでは「ヤバいか≒ヤバイカ」を購入することができた。

疲れた体の中であちこち動き回ったからか、空腹を忘れ、さながらゾンビのような風貌でふらふらと移動する私。
慌てて近くのうどん屋へ駆け込み、なんとか帰りの新幹線前に食べ物を堪能することができた。

PM9時04分、新大阪発の新幹線に乗り込んだ私。
風情のある旅、というより、これではまるで弾丸旅行だ。

リクライニングシートを倒し、前々から気になっていた「冷やしあめ」を口にする。
生姜のスパイスが効いた素朴な甘さに、旅の疲れも忘れ、思わず頬が緩む。

今回の旅でも、いろいろな「笑顔」を味わった。
「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」DJのいかさんが以前教えてくださった「大阪には味ではなく、人に会いに来て欲しい」という言葉が頭に浮かぶ。

前回私は「会いたい人に、いつでも会える」そんな時間、空間を目指したい旨の文章を綴った。

<リンク先:番次郎の盤上万歳‼︎「また、会いに行きますー関西プチ旅行記 備忘録ー(2019年6月26日)」https://hibikre.blogspot.com/2019/06/blog-post_26.html

今回の短い旅程を通じ、改めて人と人との出会いは「一期一会」という言葉に集約されることを学んだ。


一期一会
「一生に一度しか会う機会がないような縁」という意味で使用される言葉だ。
一期とは仏教で人の一生を意味し、千利休の弟子、山上宗二が用いたとされ、本来は「人と人との出会いを一生に一度の出会いと心得て、真心を込めて行う」という茶会での心得を教え伝えた言葉とされる。
(慣用句・故事ことわざ&四字熟語使いさばき辞典(東京書籍編集部 編)より引用)

ボードゲームの出会いは一期一会、そんな言葉を界隈では度々耳にするし、自分もさながら自嘲しつつ口にする。
ニュアンスとして「目の前に並べ飾られた作品は迷うだけ損」という意味合いではあるが、きっとカフェ、プレイスペースでの出会いもこうした本来の意味としての「一期一会」という言葉に集約されることだろう。

一度しか会えないかも知れない、そんな気持ちを込め、最大限相手に礼を尽くす。
その中で、自分も含めた全体の場が、最大限楽しめるにはどう立ち振る舞えばよいか。

それは決して「自分を犠牲にする行為」に安易に結びつけてはいけない。
今回の出会いを通じ、自分が大切にしたい相手を通した眼鏡が、自分も「相手にとって掛け替えのない一部の存在」として見えていることを実感した。

ツイート上での苦しみ、つらさを決して口にしない、そう固く誓いながらも、時に自虐的な言動として態度の端々に滲み出てしまった自分を深く内省するうちに、多くの方から「ゆっくり休んで」という言葉をもらったことをぼんやりと思い浮かべた。

帰りの新幹線は新横浜へ到着する。

むせかえるような暑さに終わりを告げたかのように、駅構内をひんやりとした空気が覆っていた。
私ははやる気持ちを冷たいコーヒーで抑えつつ、この日もいつも通り4コマの作成に勤しんだのであった。






2019年8月21日水曜日

小さく、強く、しなやかにー金沢ボードゲームマーケット体験レポー

2019.8.22.2110(加筆修正)



「良いことは先延ばしにせず、なるべく早めに始めよう」

これは最近、僕の中で格言としている言葉だ。時期を失せず、その場で出来ることならば、多少骨になろうとも即座に実行に移す。

とはいえ、そのためにはあらかじめ脳内に蓄積されてあった情報、とりわけそれらは活字や会話等、他者との交流を経て手に入れることができた情報からなる、いわば無意識下の行動ではないかと解釈している。

今回の金沢遠征も、後で思い返すと、OKAZU brand林尚志さんのかつてのインタビュー記事が、何かしら僕の頭の中に引っかかっていたのかもしれない。
林さんは先のインタビューでこう答えている。

(イベントに行くと交通費や出展料などがかかってしまいますが、そこを鑑みても出るべきという判断なのでしょうか?)

正直な話、ペイするかというとしませんね。なので、OKAZU Brandのゲームを色々な方に知ってもらうというところに重きを置いています。
あとは、旅行に行って美味しいものを食べると。
(中略)
特に「来てくれてありがとう」と言ってもらえると嬉しくなりますね


リンク先>ニコボド「【インタビュー】OKAZU brand・林尚志氏(後編:日本のボードゲームシーン、ルールライティングについて(該当部分は「全国のボードゲームイベントについて」より抜粋))」https://nicobodo.com/archives/interview-okazu-brand-3.html


「縁は奇なもの粋なもの」
本当に先人は上手い言葉を残すもの。

かくして、8月18日土曜日、AM9時43分、東京発金沢行きの新幹線に飛び乗った僕は、不安を期待で押し殺すかのように、一路、石川県金沢駅へと向かった。



大きなモニュメントが出迎える金沢駅は、国内外を問わず多くの観光客で賑わいを見せる。
高校野球も地元の星稜ナインが頑張りを見せ、街頭モニターの前では多くの方が足を止め、白球の行方を固唾を飲んで見守っていた。

漁師町金沢はもちろん魚介類、そして金箔工業等も有名だが、僕のおめあてはもっぱらB級グルメである「金沢カレー」だ。

市場の地下に位置する金沢カレーの老舗「チャンピオンカレー」
スパイスの効いたルーは粘性が高くドロリとし、おわん型に盛られたご飯やサクサクのカツとの相性も抜群だった。

お腹もふくれたところで、一路、今回お世話になる「ゲームスペース金沢」様へ足を運ぶ。



ゲームスペース金沢様の運営スタッフ様は、今回お世話になるボードゲームマーケットの主催・運営を主に務める。笑顔が素敵な、とても気さくでフレンドリーな方ばかりだ。
先に開催された北海道ボドゲ博でも、数名の方が様子を確認にいらっしゃるなど、その飽くなき姿勢には心の底から敬服する。

棚の中には数多くの有名ボードゲームが所狭しと並ぶ。
空調の効いた室内では、多くの方がボードゲームに興じていた。
室内をうろつく愛らしい番犬、ならぬ「番猫」は、僕の顔を不思議そうに眺めてはニャアニャアと高い声で鳴き叫んでいた。
とはいえこちらはゲームスペース、私も早速持参したボードゲームを披露する。重いゲームとは一風異なる軽めのゲームに少々不思議な面持ちだったが、取り出した「カルテル」「Fish&Ships」を喜んでもらえたようで僕自身とても満足した。


明日に備え、少し早めに就寝する。
が、もちろん眠れるわけもなく、喉の調子を整えるため、空調を切ったり入れたりを繰り返した。

翌朝。雲ひとつない青空。
眩しいほどの朝日で目が覚める。

気が急いた僕は、早めに荷物を整え、少し早めに現地入りした。中ではスタッフの方が机やイスの搬入の作業に没頭していた。
僕「番次郎書店」ブースに割り当てられたスペースは、力不足にもほどがあるほど大変広いものだった。
長いテーブルは3つ、イスも使おうと思えば5つまで。スペースも後方も含めて広く使用可能、その上、いつでもお手伝い可能というスタッフを2名もつけてくださるなど、まさに“いたせりつくせり”だ。
個人出展ながら、さながら「独り企業ブース」を運営する心地だった。

ふん、と気合を入れ、設営を開始する。
今回金沢では初めてA1版のポスタースタンドを作成・使用した。


1時間足らずで設営は完了。

私のブース運営スタイルは変わらない。
ひたすら声を出し、本を「頒布」する。「売る」のではなく「知ってもらう」
数々の有名ボードゲーム制作ブースが立ち並ぶ中、見慣れない本を頒布する唯一のサークルが僕なのだ。

カウントダウンとともに、本日のボードゲームマーケット、開幕。


気温32度と予想された今日の金沢市。
地下コンコースは天井からの光も差し込み開放感すら感じ、若干の風も吹き抜けるだろうと感じたが、人の熱と幾分高めの湿度に参ることとなり、後半はスタミナ、さながら熱中症との勝負と相成った。

北海道で大活躍した「冷たいおしぼり」は、この日も最後まで大活躍を見せ、来場された方を始め、スタッフや出展者の方、等々、多くの方に喜ばれた。


もともと汗っかきの僕。
吹き出す汗が紙媒体にかからないよう配慮し、時折スタッフから「抑えてください!」と諭されるほどの声を出しながら、僕は積極的にブースのアピールを続けた。
(もっと気楽に、のんびりと行ってもいいはずなのに、ね。)

「世界でここだけ!本屋さんでも売っていない、ボードゲームのクイズになぞなぞの本です!」
金沢の方、そして観光に金沢を訪れた方など、多くの方が足を止め、並べられた小冊子に興味を持ってくださった。
チラシやおしぼりを差し出すと、こわばった表情が瞬時にほころび、本当に嬉しそうな表情で手に取ってくださる。
それら表情の変わる様が嬉しくて、僕は疲れも忘れ、あらん限りの声を出してアピールした。

この日は能登ごいた保存会金沢支部の落成式が執り行われ、全国各地のごいた支部の方々や、東京・品川のごいた喫茶マーブルの方など遠方から多くの方が応援に駆けつけた。
会長の言葉に湧き上がる会場。
僕も誰よりも負けじとばかりに、割れんばかりの拍手で応援した。

15時を回る。すでに体力、気力、ともにレッドゾーンだ。
少し離れたスペースでは地元の星稜高校ナインが、こちらも熱い最中の甲子園で奮闘していた。
持参した梅タブレットを口にしながら、引き続き声を張り上げる僕。
スタッフが配置されているとはいえ、一人でブースを切り盛りすることを前提に進めていた以上、急な路線変更に対処できなかったからだ。人を上手く使うことの難しさを身を以て学ぶ。


16時30分、無事に終了。終わってみれば我がブースは、北海道と同じく上々の売れ行きを見せたのだった。
そして毎度のことながら、僕はここでスタミナゲージを使い果たす。

喉が痛む。
つばを飲み込むと、血液を含んでいるかのような、少し鉄っぽい味がした。
声はもう出ない。
終了後にも業務が残されているとは頭にあるのだが、それでも閉演時間一杯まで、声の続く限り片付けることなく延々とアピールを続けた。

だから、というわけではないが他の魅力的なブースを見て回ることができなかった。ゲームNOWA様では新作の試遊会なども行われていたようだが、あいにく指をくわえて眺めるしかなかった。
目の前には北条投了様の新作やもんじろう様の新作などに興じる参加者の方。
そんな僕を見かねたか、もんじろうブースの居椿氏がわざわざブースに新作「鳥たろう」を持参して頂けた。北条氏は拙著4コマの新作を手にし購入してくださった。
頭の中で何度もひれ伏しながら、僕はブース運営、とりわけワンオペについても今後見直さなきゃ、と考えることにした。


さて、事切れていようとも、会場の撤収を手伝うのは自分より他にいない。
残された体力を必死でかき集め、そそくさと撤収作業に移行する。
今回の金沢に携わった多くの方々が、イスや机をテキパキと、そして笑顔で「お疲れ様でした!」と声を掛け合いながら、最後まで指示の通りに動いて回った。

金沢ボドマのスタッフは会の終始を通じ笑顔が絶えなかった。
そして何より、現場監督がそんなスタッフに的確な指示を出す姿が印象的だった。
有能なスタッフと、それらを司る運営陣。
人を動かすためにはそれ以上の努力が必要だと、これはカーネギーの言葉だっただろうか。
撤収をしながら、ぼんやりと昨日のゲームスペース金沢に蓄積された膨大な量のボードゲームを思い出す。
あれだけの知識と経験、そしてボードゲーム等で培われた「団結心」があるからこそ、本イベントも無事に大きな事故等も起きることなく成功に導くことができたかな、と振り返った。

金沢ボードゲームマーケットは、今回5thを機に一旦お休みします、とアナウンスされた。

喉の奥の小石が外れないよう、僕は慎重にその言葉を飲み込んだ。

本当にお疲れ様でした。

一人ができることは、所詮、小さなことなのかもしれない。
しかしながら、一人が動かせるものの大きさを甘く見てはいけない。
それは結果としての量にとどまらず、その先に繋がるであろう、見えない部分に派生する部分も含めて、だ。
「自分の存在に悩んだら、部屋の中に蚊を一匹入れてごらんなさい」
ハリウッドのとある女優はそんな言葉でうそぶいた。

小さく、弱く、それは決して力づくではなく、しなやかに、和やかに。

金沢ボドマのイベントが投じた一石が、いつか大きな巨岩となり、大きな舞台を動かせる存在となるような。
わずかな時間に凝縮された体験を通じ、スタッフを始め運営に携わった方々、当日立ち上がった能登ごいた保存会金沢支部の方々、そして出展者や来場者を含む全ての方々が一丸となって、言葉の通り「金沢から盛り上げる!」、そんな計り知れない底力をひしひしと感じたのだった。

「再度の開催をいつでも心待ちにしております。」

故郷の両親が独り立ちする我が子を「いつでも帰っておいで」と見送るような、僕はそんな気持ちで暖かく見守ることにした。



翌日はあいにくの雨模様、らしいといえば実に「金沢らしい」天候だ。
たった一滴の雨粒が、疲れの癒えぬ僕の体を冷やしにかかる。
僕はそそくさとアーケードへと移動し、お世話になった方一人ひとりの笑顔をニンマリと思い浮かべつつ駅コンコースに並ぶお土産品を物色することにした。僕にとって、それが本イベントに参加した何よりの報酬なのだ。


(了)

ありがとうございました。





頑張りの、その先へ レイアウトの勉強、一年間の成果発表

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