2019年7月21日日曜日

「楽しみ」を刺激する側へ 北海道滞在記 その2

前回に引き続き、北海道遠征に関する内容です。

番次郎の盤上万歳!!第111回「そっと、手を取り合って 北海道ボドゲ博1.0備忘録」
https://hibikre.blogspot.com/2019/07/10.html

今回は北海道滞在中の、特に北海道ボドゲ博以外での出会いを中心に綴っていきたいと思う。

7/12 金曜
北海道に足を踏み入れたのは、実は前回冬以来、ではない。
ちょうど3ヶ月前だっただろうか。

「(北海道)ボドゲ博、興味はあるけれど、場所が遠いんだよなぁ」

そんな声を耳にし
「んなことはない!ならば今ここで俺が、パッと行って、パッと帰ってきてやる!」
と、勢いそのままに、翌日本当に札幌入りし、そのまま日帰りしてしまったのだ。
いやはや、勢いとは恐ろしい。


3度目となる札幌のボードゲームカフェ「こにょっと。」様



多くのボードゲーム界隈の著名人が通う有名店は、きむち。店長らをはじめ、明るく知的なスタッフが迎える。
胸に描かれた「インストできます」のTシャツがとても心強い。

待ち合わせの時間まで、自前のボードゲームを広げる。
私は特にトランプなどもプレイするので、41、カシノ、ゴルフ、ポートランド、ドゥピトーなどの作品も積極的に勧めて回る。


途中で通された親子連れと、たまたま遭遇した金沢ボードゲームマーケットスタッフの方々と共に卓を囲む。

小学生ほどの見た目のお子さんは翡翠の商人が大のお気に入りで、何度もプレイをしようと持ちかけた。
この辺りが興味深く、新しい作品を次に、次に、とプレイする私のような人間と違い、面白いと感じた作品を、味わい深く、じっくりと何度もプレイするのだ。
人によってスタイルは様々であることを痛感した。

金沢ボドマのスタッフも大変知的で、多くのボードゲームをプレイされていらっしゃる様子。
熱心だからこそ、それらに甘んずることなく、より多くの作品を求め、何より、どんな作品であろうとも全力でそれらを楽しもうとされる。
そんな姿に心酔し、次回のイベントも是非私の方でご尽力できることがあれば、と約束した。

しばらくして、やすらぎ企画のオヨット氏が来店。
私の中で今一番流行を見せる「ラマ」を同卓頂く。

オヨット氏は今回「三村人狼」という作品で北海道ボドゲ博に初出展されるとのこと。
都合により本番は顔出しできないとのことで、作品を先んじて受け渡してもらった。

トリックテイクに、人狼ならではの特殊効果がこれでもか、と搭載された特殊な作品。
かなりのバランス調整が行われたに違いない。
丁寧にバランスよく綴られたカードには、製作者のそこはかとない熱意や愛情が感じられる。


前回、前々回の北海道でも感じたことだが、時に人は無性に「滑稽さ」を欲しがるのではないか。
言うなれば、曲芸師が揃うサーカス団に光る、道化師役を乞い願う部分だ。

歳を重ねるに従い、あるいは、知力、体力、何かしらの力や自信をつけることで、自然とプライドも身についてしまう。
プライドをかなぐり捨て、何かを皮切りに道化の役を名乗り出ることは、とても、とても勇気のいる行為ではないか。

笑顔で対応するきむち店長、それらを支える大勢のスタッフ、終始笑顔の絶えなかったオヨット氏ら同卓された方々。
理解のある常連とおぼしきお客様が笑顔で支え合うからこそ「こにょっと。」が長く、そして多くの方に愛される存在ではないか。
わずかな滞在の中、笑顔で溢れる店内の雰囲気が、そう物語っていた。

オヨット氏と無事に落ち合った後も、引き続きゲームを広げていると、5時間という時間はあっという間に過ぎた
明日のこともあり、こにょっと。様を離れると、外は大降りの雨。
翌日の天候を気にしながら、足早にホテルへと戻っていった。


ボドゲ博の翌日は、大地氏のお誘いもあり、急遽、小樽市はキンダーリープ様へお邪魔する。

木の手触りと飴色の色合いが味わい深い、メルヘンな世界を切り取ったようなたたずまい。

中に入ると、一面、おもちゃ箱をひっくり返したような世界で溢れ、からくりの人形や見たこともないボードゲームが、所狭しと並べられている。

会を催すクレーブラッドの「はた」社長。
ボードゲームに初めて触れるであろう方にも、丁寧かつ紳士的に、わかりやすい口調で説明を繰り広げる。
店内で買い物をする多くの家族連れが、物珍しげにテーブルへと足を運ぶ。

はた社長は、今回のボドゲ博でも多くの国内作品を委託し、持参された方でもある。
委託を呼びかけた瞬間、即座に集められた作品の数々が、このクレーブラッドが持つ信頼の証を物語る。
搬送が困難とされたワードミノオーガナイザーも、自身の荷物の分量を割いてまで持ち込んだほど、作品への情愛を注ぐ方だ。

キンダーリープ様を後にし、短い滞在時間の北海道を後にする。


今回の北海道旅行を通じ、もっと自分は提供する側としてのセンサーを鋭敏に感じ取らなければならないと、強く感じた。

「楽しみたい」
それは多くの人の根底に眠り、何かの刺激を受けることで覚醒し、さらなる刺激を受け各人の持つ興味関心を呼び起こす。

情報化社会が叫ばれて等しい昨今、街を見回すだけで数多くの情報が、あたかもマリンスノーのようにズンズンと降り積もる。
多くの方が口を開けながら「何か面白いことでも、ないかな」と立ち尽くす中、今回出会ったきむち店長、はた社長をはじめ、ボドゲ博スタッフや出展者の方々、キンダーリープ店長や金沢ボドマスタッフなど多くの方が、ボードゲームという媒体を通じ、コミュニケーションの良さ、勝敗そのものが持つ思考の愉しみなど、ボードゲームを媒介とし、多くの感度を刺激しようと試みていたように感じた。

センサーを刺激する側は、時に道化の役を演じ、その影では尋常と呼べない努力を重ねながらも、相手に対しては汗など見せることなく、あくまで平然と、笑顔で接する。
強く、かしこく、何よりカッコいい。

“ほ ほ 蛍こい こっちの水は甘いぞ”

それはまるで、光り輝く蛍の群れを、そっと呼び寄せるように。

北海道という地で「ボードゲームの楽しさに触れるきっかけを待っていた」多くの方々が、今回の濃密な3日間をきっかけに、水の波紋が広がるが如く、輪を広げ、静かに、その小さな一滴が、北海道の大地に大きく芽吹きますよう。


・・・。

からりとした空気から一転し、未だ梅雨の開けない関東は、むせ返る暑さが漂っていた。

帰ってきた。
さあ、次回は私が、そのきっかけを生み出す手番となるのだ。







 





2019年7月17日水曜日

そっと、手を取り合ってー北海道ボドゲ博1.0備忘録ー

参考:番次郎の盤上万歳 勇気一つをともにして ー北海道遠征記 初日ー 2018年12月10日
https://hibikre.blogspot.com/2018/12/blog-post_10.html


出発にごたごたが続くことなど日常茶飯事だ。
前日の睡眠不足に忘れ物、飛行機の遅延に天候の急変etc,etc…。一流の経済アナリストですら株価の予想にあれだけ苦戦を強いられるのだから、一個人である僕の失敗談、経験談なんて実に些末な出来事に過ぎない。


「好事魔多しと言いまして」
Twitterではおどけて見せたものの、結局のところ、僕の膝は終始ガタガタと震えたまま、昨年冬以来となる新千歳空港へと着陸した。





北海道ボドゲ博1.0
「ボドゲで北海道を熱くしようぜ!」
そう銘打たれた今回のイベントは、小樽市を中心に活動を繰り広げるサイコロキネシス様を中心とした個人と有志の集いによる、北海道全体を盛り上げることを目的としたボードゲームの展示・頒布会である。

直前に募集したサークルは、深夜に募集をかけたにも拘らず翌朝には36ものブースが翌朝で締め切られるなどの人気と期待を寄せられていた。
OKAZU brand、TUKAPON、Cygnusなど、国内外でもその名を馳せる有名サークルが次々に名乗りをあげる、そんな中に一人、名もなき私のような出展者が、事もあろうにボードゲームのイベントでボードゲームを販売しないという特殊なサークルがひょっこり混じるなど、当の本人ですら知る由もない。
微力ながらも何か一体となって盛り上げることはできないかと、喜び勇んで参加フォームのボタンを押したのだ。

申し込んだまでは良かったが、肝心の頒布作品まで頭が回らない。
なにせ当の本人は、5月開催のゲームマーケット春で己の全精力を使い果たし、次のイベントどころか次回作の展望すらままならない状況だったのだ。

新作はないけれど、何かしらの形で応援できるものを、

そんな「せめてもの」といった想いから、面白半分にチラシを作り、来場者用のおしぼりを持参することにした。

おしぼりの調整は前日まで続く。
紙媒体が中心のイベント。こと、水回りのものは避ける必要がある。
そこで信頼あるColemanの保冷バッグを急遽買い揃え、駅の近くに有料で氷を調達できるスーパーを確認したのち、氷を詰める作業に専念した。

明日の道内、天候は曇りのち雨、危惧されていた炎天下もなく、道内全域は涼しくなる見通しとの予報。
そんな中、ゲームマーケット秋〜盤祭1st.〜から続く(ある意味余計な)施しに「私が余計な手を加える必要など無かったのでは?」といったジンクスすら頭をもたげた。

期待度とともに高まる、不安と緊張
何度か出展したはずの僕ですら、昨夜は眠ることに苦戦したくらいだ。運営する側のスタッフの気苦労は計り知れない。

午前11時30分
テレビ塔の2階ではオレンジの法被をまとったスタッフの面々が、広々とした会場を所狭しと動き回っていた。
「よろしくお願いします!」
会場一面に響くような声で挨拶をする僕。
「うるさい!」という返事を一瞥し、僕はひとり、設営を開始する。

長い距離を旅し、津軽海峡を越えた我が子(小冊子)。
丁寧に、大切に、この手で包み込みよう、そっと卓上に配置する。

準備完了。
そのほかのサークルも今や遅しとそろい踏みしている。
サイコロキネシス代表の室田様が、直接おにぎりを配って回る。
地元のコンビニエンスストア「セイコーマート」で購入したばかりの、大きいサイズのおにぎりだ。


時間ができたので、パンフレットに軽く目を通す。
「北海道ボドゲ事情2019」と題し、北海道全域のボードゲーム関連スポットが丁寧に綴られている。
これらパンフレットやスタッフの動きなどをひとつ取り上げても、本イベントがボードゲームに初めて触れる方やイベントそのものに初めて足を運ばれる方も含めた多くの愛好者を対象としたもので、それらに対し、十分すぎるとも言える配慮と、最後までそつのない心配りがなされたものであるという一片が伺えた。

応えなきゃ。

とはいえ、当方は番次郎「書店」と屋号を打つものの、基本私のサークルは、執筆から広報、販売促進から総務、丁稚に至るまですべて私一人が受け持っている。
「劇団ひとり」さながらのユニットだ。

隣のブースでは、道内のサークルである「のんたソ」様こと紅葉クレープ率いる北情報大森川研究所の方々、少し離れた場所では総帥率いるゲームカフェぶんぶん様、ClaGla様とタッグを組むTUKAPON様ら有名サークルが一堂に会し、各々連携を取りながら作業を分担している。
目の前では、こちらもゲームマーケット春に多くの方からの反響を寄せたNatrium lamp Games様、くじらだま様、アソビ・ツクース様、角刈書店様らが合同企画と称しイベントを立てているとのこと。

売るのも呼ぶのも、何から何まで孤独の作業となる私は、無駄にセコセコと体を動かすことで気持ちを払拭した。

しばらくすると、道内で活動される自称えぞのなぞの木工人、こと、「くらいみなる」様が、面白いものを見せてくださった。



聞けば、明治時代に作成された(という前提の)早押しボタンの復刻だという。
見た目だけではなく、強く叩くことでバン、バン!と甲高い音が鳴り響く。
細部の時代背景まで練り込まれた各種作品に「これぞ紳士の嗜み」のようなものを垣間見た。

午後13時、開場30分前。
頃合いを見計らった上で、事前に用意したおしぼりを配布する。
暑いさなかの待機中に汗でも拭いて涼んでもらおうと、こちらが勝手に用意したものだ。本イベント全体を取り仕切る室田さんは快くOKを出してくださった。
13時に配布を開始したおしぼりはみるみるうちにストックから消え、13時20分の段階で実に194個、200個近くのおしぼりを配布し終えるに至った。
13時25分、「待機列が200人を超えました!」とのアナウンスが入る。
改めて本イベントが、多くの人の期待を集められたのかが伝わった。

応えなきゃ。

義務感に似た思いを胸に、僕は再度ふん!と強めに息を吐く。


午後1時30分
カウントダウンのアナウンスとともに、開幕!

私のブースは開幕直後は静かなすべり出し。
早押しボタンの物珍しさと、徐々にトーンの高くなる売り声、
それらに呼応するかのように、来場者の目線は徐々に、ゆっくりと、こちらに興味を注いがれる。
謎解きに興味を持ってくださる方
クイズが大好きな方
ツイッターの4コマをずっと応援されていた方
ネットワーク上では伝わりにくい、直接お会いできるイベントからこそ届けられる「応援してます!」の声は、どんなイベントでもじんわりと胸に残るものだ。

昨日ハッスルしすぎた声の調子など構うことなく、僕は声帯がつぶれるんじゃないかと自覚するほどあらん限りの声を出し、本を頒布し、無我夢中になって問題を読み続けた。
だから、というわけではないが、会場内の細部状況を事細かに観察する余裕など到底持ち合わせてはいなかった。
目の前にいらっしゃる方々に一冊でも小冊子を届けたい、その一心にすぎなかったのだ。


4時間という時間は、怒涛のように過ぎ去って行った。

「終了でーす!」
会場内にアナウンスが流れる最中も、僕は枯れた声をなんとか絞り出し、ひたすら問題を「叫んで」いた。

目の前があたかも摩周湖の霧の如く、白く、ぼんやりと照り映える。

来場者は終始絶えることなく、閉園の時間まで、多くの方が購入に、試遊にと足を止めてくださった。

ふうと息をつき、後方に用意されたイスに腰を下ろす。
気がつけば上半身はエプロンまで汗にまみれ、スプレータイプの喉のクスリは半分もの量が消費されていた。

いつもならここで開放感とともに「やりきった!」という気持ちも芽生えるはずなのだが、あまりに疲労が重なったからか、うまく笑顔が作れない。

そそくさと梱包作業を開始し、テレビ塔を後にする。
夕方の北海道は相変わらず曇天で、時折小雨の様相を見せていた。
からりとした風が吹き抜け、汗にまみれた体からスッと体温を奪い去る。
聞くところでは、イベント開催中、札幌市内に大きな天候の崩れは無かったとか。
ついに天候にまで支えられるイベントへと成長したのか、と、ひとりうそぶきながら、僕は足早にホテルへと向かった。


公式発表によると、当日の来場者は674名と発表された。

https://twitter.com/Psykorokinesis/status/1150186457857814528

個人が行ったアンケートでは800人以上を予想する方が全体の3割を占めるなど、多くの方から注目を集めた今回のイベント。
それだけに、会の終了後からネット上でも多くの意見が飛び交っている。
多くの期待や次回に向けての要望など、すべてに目を通したわけではないが、ブースの内外問わず様々な意見が見受けられる。

僕は今回、小冊子を「頒布」に、足を運んだ。
敢えて販売(販売:売りさばくこと(広辞苑より))ではなく頒布(頒布:広くゆきわたるようようにわかち配ること(同))と使い分けた。
言うなれば「こうした楽しみ方もありますよ」と声を掛けて回ったに過ぎない。

改めて、今回配布されたカタログをパラパラと眺める。
印刷費に場所代、会場の維持費等も加えた金額を、わずかな入場料に抑えられたことは本当に頭の下がる思いだ。
ゲームマーケット大阪からチラシを配布して周り、地道とも言える活動でスタッフは道内外を回っていた。
それらに追随する形で、ある人は「#ボドゲ博ミシュラン」「#飯テロまでがボドゲ博」といったハッシュタグを用いタイムラインを賑わせた。
ある人は今回に向けての新作を用意された。
ある人は当日限定のおまけやゲーム、限定グッズなども用意された。
スタッフの熱に共鳴するかのように、多くの出展者が「俺も」「私も」と自ら手を挙げたのだ。

みな一様に「こうすると楽しいよ」といった気持ちがあったように思う。

それは決して「してあげた」といった傲慢な気持ちではなく
「今も楽しいけれど、これがあると、これをこうすると、ほら、もっと楽しくなる」
そんな提案が数多く取り上げられたように感じ取れた。

あたかも、何でも子どもの言うことを聞き入れあれこれ手を回すのではなく、そっと手を引き「こっちへ行こう」と、楽しい方向へと誘ってくれる親であるかのような。

北海道ボドゲ博の今後が、まさに北海道らしい、広大で、父性溢れるイベントとして、今後もあり続けますよう。
その一端に、僕のような単独のブースでも何かしらの一端が担えたならば、これにも勝る喜びはないのである。

2019年7月6日土曜日

否定の気持ちを応援へ ー茂原で出会った女の子の話ー

先日日曜、千葉県茂原市の蔦屋書店茂原店で開催された「蔦屋でボドゲーン!初夏のボードゲーム祭!」というイベントに(遠方でありながら)飛び入りで参加し、あまつさえボランティアまで申し込むに至った。


天候こそ荒模様だったものの会場は活気にあふれ、私の担当する子ども連れのブースは終始人の絶えない人気ブースとなった。

その中で出会った、一人の女の子の話。

どんなゲームでもニコニコと笑いながら楽しむ少し年頃のその女の子は、私の手にしていた「エスカレーション」というカードゲームをしげしげと眺めていた。

この「エスカレーション」、相手よりも多い数を場に出し、出せなくなったら、または出したくなかったら引き取る、引き取った枚数だけマイナス、と、とてもシンプルだが、一つ特殊なルールがあり、例えば「2」のカードを3枚一度に出すことで「6」として場に出すことができるのだ。

簡単なかけ算を要するため、ことお子さんとプレイする際は、ゲーム開始前に「かけ算は出来る?」と尋ねることが多い。関係の有無は定かではないが対象年齢も「10歳から」と表示されている。

女の子があまりに興味深く眺めていたので、いつものように「かけ算できる?」と尋ねる私。
「うーん、九九はできなーい。たし算なら」そう答える女の子。
まあ物は試しと思い、早速プレイすることに。

しかしながら、プレイ中は1戦目から白熱。かけ算ができないことなど何のその、女の子はたし算を駆使し、3の3枚出し(9の値に相当)や、13の2枚出し(26の値に相当)など、大人の私がたじろぐほど巧みにカードを切ってくる。

1戦目こそ辛くも勝利を収めた私だったが、2戦目、3戦目は完全にコツをつかんだ彼女が終始ペースを独占し、4戦目は手札も含め1枚もカードを引き取らない完全勝利を収めるなど、終盤からは彼女の圧勝に終わった。
「もっとやる!もっと!もっと!」
次へ次へとせがむ彼女の顔は嬉しさに満ち溢れていた。


「キミすごいねー!計算できないって話してたのに、すごく上手いじゃない!」
私が手放しに褒め称えると、彼女の口から、フッと、こんな言葉がこぼれた。
「私、ずっと学校でいじめられてたの。だから学校で勉強してないの」

聞くと、彼女は小さい頃から聞くに絶えないほどの醜いイジメに遭い、現在は別の施設に通っているのだという。
現在は小学4年相当のクラスに通う傍、算数の勉強が大の苦手だと屈託のない笑顔で話していた。

そうか、と私は声をかけ、またエスカレーションを広げようとしたところで、彼女の保護者らしきおばあちゃんに連れられ、女の子はその場を去って行った。

「大丈夫だ!心配ない!」の言葉をかけることのできなかった私は、取り残されたエスカレーションをそそくさと片付け、別のテーブルの支援へと回った。


「(お前には)絶対にできない!」
「無理無理!他にやってる人がいるから」
何かを始めようとして声を上げると、多くの方向からそんな助言にも似た言葉を浴びせられる。
本当に受ける。(受けた。)たくさん受ける。(受けた。)
あたかもこちらのやる気を削ぐかのように、ダメだ無理だ真実はこうだ現実を見ろだと言葉を並べる。
それが新規に開拓することであるならば、なおのことである。

でも、ちょっと待って。
それって「自分ができない、自分がやりたくない理由」を、こちらに押し付けているだけじゃない?

目の前に種子を渡され、育てられるか否かは、渡された側の問題だ。
周りの人間が一緒になって、種子の成長を阻害することこそ「やってはいけない」行為であるはずだ。


だから私はそれら否定の言葉を「応援しています!頑張ってください!」の気持ちに変え、時にそれらを贈り物や金銭(支援)という「形」に変えて、送るよう心がけている。


全ての挑戦者に、祝福があらんことを。

2019年6月26日水曜日

また、会いに行きます ー関西プチ旅行記 備忘録ー

久しぶりの高速バスに浮かれていた僕を諭すかのように、ツイート上にはつらつらと注意喚起のリプライが並べられた。
スリッパ、耳栓、アイマスク、本、首枕、メンターム…などの快適睡眠グッズをぎゅうぎゅうに詰め、僕は22時30分発ユニバーサルスタジオジャパン行きの高速バスに乗り込んだ。

今回の旅は「日曜日に大阪のボードゲーム ショップGuild様で開催される「クリエイター交流会」に参加すること。
とは言いつつも、要は1ヶ月ほど遅れた「ゲームマーケット慰安旅行」のようなものだ。








22日土曜日、朝7時40分 大阪駅バスターミナル到着。
前日に目にした天気予報がフェイクだったかのような、早朝から汗ばむ天候に見舞われる。

目に止まったうどん屋へ入り腹ごしらえ。

朝食うどんセット400円也。
暖かく、柔らかく、甘いおあげの乗った、関西のうどん。
この後、この関西のうどんの美味しさに魅了され、2泊3日の行程で4食ものうどんを口にする。
思えば前回の名古屋といい、僕は旅に出る毎に、ご当地の麺ばかりを食べている気がする。

電車を乗り継ぎ、一路、兵庫県加古川へ。
前回のゲームマーケット大阪でもお世話になった「駒の時間」のkomaさん、Tokiさんにお礼へ伺うことが目的だ。

ペイントスペースで初めてのペイントに挑戦する。
前日に「塗らない駒を脳内で補完する楽しみ」といったネタで4コマを描いた僕、多少のためらいもあるにはあったが、愛着のある駒を塗る時間は心が無になるからか、ひたすらフィギアの塗装に没頭する。


出来上がり。
集中力の持続しない僕は細やかな部分がうまくいかない。
それでもKoma様のサポートもあり、一方(写真右)はとても見栄えのするフィギュアが完成した。

数名のお客様が来店されたので、手持ちのゲームを広げる。
ここでもワードスナイパーやぎゅうぎゅうゴースト、台湾スナックバーなどの、パーティ向けでワイワイ楽しめる作品が好評を博した。

KomaさんもTokiさんも、ラミィキューブ全国大会等が差し迫る多忙な中で「駒の時間」を運営し、さらには私のような客人を温かくもてなしていただいた。
地方紙やネットニュースなどメディア各社で紹介されるなど、今やその名は関東はおろか全国各地へと轟くほどである。

出し惜しみすることなく紹介された国内外のボードゲームには、必ずお二方の笑顔が付加される。
「ボードゲームってコミュニケーションなんだなぁ」と、しばし感慨にふけったひと時であった。

夕刻となり、名残惜しくもお店を後にする。
慌てて飛び出したような旅路、この日の宿をなんとか姫路で見つけることができた僕は、疲れも相まってすぐさま深い眠りに落ちてしまった。


翌朝
案の定寝坊を決めた僕は、大阪へ向かう快速になんとか飛び乗り、一路大阪へ。
G20開催を控えた関西近隣は、コインロッカーや自販機備え付けのゴミ箱にも「使用禁止」の札が貼られるなど厳戒態勢が敷かれていた。

13時から始まるギルド様の交流会前に、少しだけ店舗を回ることにした。

昭和町のデザート*スプーン様へ。
前回大阪の際も少しお邪魔したこのお店では、有名クイズ王も度々足を運ぶなど、クイズに関するイベントが定期的に行われている。

店長の加藤さんと、しばしの間、自分たちでできること、これから望むこと、などを話し合った。

「頑張る人には、何かしらの報酬があって然るべし」
そう願ってやまない(言うなれば、幼い考え方を持つ)僕は、終始「僕のような人間でも何か応援できることはないか。」「単純に「お金」というと嫌う方もいらっしゃるけれど、お金で元気になるならば、それはきっと有用な使い方かもしれない」などと考えあぐねた。

時間を惜しみつつ、もう一軒、日本橋のキウイゲームズ様へ。

所狭しと並べられたボードゲームと、隣接されたプレイスペースにしばし圧倒される。
こちらでは現在となっては入手困難となった海外版の支離滅裂を購入。


ギリギリの時間の中、谷町四丁目のボードゲームショップ「ギルド」様へと向かう。


関西近隣の有名ボードゲームデザイナーが一堂に会した本イベント。
全体を取り仕切る「いかラジ」のいかさん、妄想ゲームズのHIROさんら、その他にも関西を代表するボードゲームクリエイターの面々が揃い踏みしている。

あまりの豪華顔ぶれに、そもそも「ボードゲームなど作ってもいない」僕は気後れしてしまう。
そんな一人うろたえる僕をよそに、会は予定通りに進行される。


まずは各グループに分かれ、イラストからボードゲームを制作するグループワークを体験する。

僕のチームの課題は、白と黒が明確化された独特のイラストが特徴的な作品。
イラストから連想を広げ、ゲームの内容を膨らませるという試みは、難しいかとおもいきや意外と進み始めると意外と良い方向に進み、時間いっぱいまで白熱した論議が展開される。
最終的に「カゲロウ Kage-Row」など、それらしきタイトルまで名付けられた。

各グループの発表へ。
協力ゲームあり、正体隠匿あり、メルヘンから学園モノまで、アートの世界をうまく表現した作品が次々に並ぶ。
とてもこの短時間で考えられたとは思えないほどのクオリティの高さに、一堂が驚愕する。
クリエイトする側も、やっぱりボードゲームで遊ぶことが好きなのだ、と、好きでなければできないのだ、と、改めて考えたのだった。

その後はフリータイムへ。
ウッドバーニング作家のノスゲム氏が手がけた作品は一際目を引く。


特徴的だったのは、すでに各製作者が完成品に近い「モック」を持参していたことだ。
各ルールやアートワークがあらかた煮詰まり、最終的なテストプレイの段階にまで仕上げた作品を持ち寄っていた。
その上、どの作品も面白さや魅力が様々で、次回ゲームマーケット秋での頒布を目指しているとはいうものの、もっと早い段階での製品化も可能ではないかなどと画策した。
何より、次回秋の展望など何も手についていなかった私は、肩身の狭い思いをしつつひたすらコーヒーを煽っていた。


夕食後、全体ゲームへ
「数字でダービー!!」と称される全体ゲームが披露される。
ルールはいたって簡単で、数を記載すればそのまま得点が獲得されるが、最小獲得ポイントと11以上の差が開いたプレイヤーは全てドボンとなる。
少し調べたところ「マネージャガ」というタイトルで、すごろくや著「大人が楽しむ紙ペンゲーム」や、メビウス25周年ゲーム大会などでも披露されたゲームのようだ
<リンク先:マネージャガ>
http://fuwa.o.oo7.jp/game/party/manager/maneJAGA.htm

大きければ良い、でもなく、また小さければ稼げない、などのジレンマを味わいながら、何度もドボンを喰らってしまった我々(万屋楽団サンジョウバさん、いかが屋おたまさん)のチームは見事にブービーを獲得したのだった。

大変好評を博したこのイベント。会の最後をいかさんの言葉が締める。
「次回も行っていいですか?」
大きな歓声が上がる。僕も思わず誰よりも大きな声で賛同の声を上げた。


20時、ギルド様を後にする。

この日はゲームNOWAのかぶけんこと「かぶきけんいち」さんがご自宅に招いてくださるとのことで、お言葉に甘えることにする。

途中のつけ麺屋「いろは」で、カレーつけ麺をいただく。
本当に関西では粉物ばかり口にしている印象がある。

ご自宅で、かぶけんさんの次回作をテストプレイしたり、今後のイベントについて話をしたり、など、夜更けまで時間を共有した。


翌朝。
かぶけんさんとの話が尽きない中、兵庫県のボードゲームのお店「シャッツィ」様へお邪魔する。





こちらにお邪魔するのは2年ぶり二度目だ。

<リンク先 番次郎の盤上万歳!! 2017年 2017年7月 関西を旅して気づいた「ボードゲームを形成するもの」とは。>
http://hibikre.blogspot.com/2017/07/blog-post_17.html

2年前とほぼ変わらぬ閑静な佇まい、しかしながらラインナップはいつ見ていても飽きの来ないラインナップ。
清潔感あふれる店内を、店長のキャロル様と、看板犬のジーニーちゃんが愛想よく出迎える。
知的でユーモアのある方とのおしゃべりは本当に尽きない。つい時間を忘れて話し込んでしまった。



「ブレーキングアウェイ」などのボードゲームを購入し、次の目的地へ
心斎橋の「ビー玉と空」様で開催されている「モノ・アイ展」へ。

こちらでは「ダブルナイン」などのイラストを手がける「プラネ」先生が呼びかけた、単眼のキャラクターを中心とした作品の展示展だ。

店主のゆうろさん自身も、実は昼夢堂のflat氏と親交があり、ボードゲームにも大変興味を示されていた。

ならばと思い、手持ちの「ワードスナイパーイマジン」をプレゼントする。
小さなパッケージの裏に、簡単なルールが4コマで掲載され、あまつさえ動画のQRコードが付記されている点などデザイン、システムのユーザーアビリティの高さに着目されていた。
デザイン、アートを手がけられる(同人誌なども執筆されているとのこと)方はそうした細やかな点にも着目するのか、としばし感服した。


帰る時間を気にしつつ、八尾のINST様でもう一ゲームだけ遊ぶことにする。

入口で身支度をを整えていると、こちらの顔を覚えていたらしき店長のてっちさんは、笑顔で中に招き入れてくださった。
偶然遭遇したかぶけんさんらも交え、クイズやトランプなどを少しだけプレイする。
温かい雰囲気が迎える店内は、しばし時間を忘れる。


21時、大阪バスターミナル出発。

帰りのバスの中、僕はまたいつもの旅情にひたっているかと思いきや、気持ちは軽く、明るく、不思議と笑顔を浮かべていた。

「次にまた会えますから」
思えば今回の道中で、多くの方にそう話しかけていたように感じる。

次があることの安心感。
それは同時に「今際の別れ」ではないことの安心感でもある。

次にまた会える
その確証があるならば、その時にまた、伝えきれなかったこと、できなかったことを、共有すればいい。
だからここでは、楽しいことを最大限でなくてもいい。腹八分目で満足できたらいい。お腹が空いた頃に、また会いに行けたらいい。

僕自身は、遅くとも次回9月、三宮で開催されるボードゲームフリーマーケットに、(たとえ出展側として申請できなくとも)参加を考えている。
だから出会いは「これっきり」ではない。必ず「次」がある。
次があるからこそ、お互いの気持ちに、ふんわりとした余裕が生まれるのだ。

「会いたい人に、いつでも会える。」
ゲームカフェ、定期ゲーム会、ひいてはゲームマーケット等も含めた各地のイベントが、「そこに行けば、会いたい人に、いつでも会える」
そんな場所となれたならば嬉しい。

多分、そこでも僕は変わらず、ボードゲームのクイズを読んでいるのでしょうけれど、ね。


帰りの旅路で、誰とも言わずそう約束しながら、バスは一路、横浜のバスターミナルへと向かった。

喧騒の街闇を、静かにバスが走り去っていった。









2019年6月15日土曜日

考えるって面白い!〜私の目指す「名脇役」の存在〜

私の中の傑作ボードゲーム「あてっこついたて」が、この春「ATEKKO(アテッコ)」というタイトルでリメイクされた。
豪華なコンポーネントにユーモラスなデザイン、これらが3000円を下回る価格で比較的容易に入手できることは本当に嬉しい。

この「ATEKKO」という作品、最初に断っておくと、やはり「一緒に遊ぶ面々で」面白さは少し左右される。
単に勝利しようとするならば、まずお題に対し難解な解答を書くこと(自分に自分の解答は回ってこない)、「パン」というテーマなら「明太子フランス」や「乾パン」、「寿司ネタ」なら「とびっこ」や「うなぎ」あたりだろうか。
そして質問も「ひらがな3文字ですか?」「赤いですか?」といった、言うなれば調書を取る形で徐々に絞り込めば、意外と目指すべき推理の方向性が見えてくる。
しかるに、このゲームの面白さは左にあらず。
単純明快なお題+ひとひねり加えたお題を提供し、回答結果で概略がおぼろげにつかめるような「面白い質問」がひねり出せたならば、俄然その場は盛り上がる。
「そのパンは食べることで主食となりますか?」「回転寿司では安い方の皿に乗っていますか?」
「質問力、問われます」この作品のリードコピーが意味するところを、私はそう捉えている。

同じくゲームマーケット春に、リゴレからワードスナイパーの新作「イマジン」が登場した。
「想像力」をテーマとする本作は、お題となる内容も「10分でできること」「東京ドームより広い場所」などの、知識とは一線を画した「イメージ」で回答する作品に仕上がっている。
基本のルールは早い者勝ちであるので、勝敗を意識するならば語彙量の豊富なプレイヤーが跋扈する印象がある、
かと思いきや、こちらも初めての方とプレイする際に、思わず周囲も「深イイ」を連発するほどの名回答が続出する。
「「や」のつく「燃えるもの」→「野望!」
「「け」のつく「生きていく上で必要なもの」→「経験!」
etc…。


私は自分の好きな作品を、自分だけではなく周囲に布教したいと考える少々「お節介焼き」な人間だ。
その為には「私自身がバイプレイヤー(名脇役)となること」が何よりも大切ではないか、という結論に至った。

上記に挙げた作品に限らず、すべてのボードゲームにおいて、私はさほど勝敗を意識してはいない。
強いて挙げるならば「その場の盛り上がり」を強く意識している。
こう記述すると一部から「勝敗があってこそのボードゲームではないか」と反論が上がるかもしれない。
一家言加える前に聞いてほしい。
私は考えることが大好きだ。
何か周りに面白いことはないか、自分で何か面白いことはできないか、そんなことばかり考えながら日々を過ごしている。

拙著「Analog Game GAME アナログゲームのなぞなぞブック」や「ボードゲームクイズ」を執筆した際、常に念頭に置いた言葉がある。


拙著「AnalogGameGAME」あとがきより


「考えるって、面白い」

慌ただしく過ぎる日々の生活で、ふと立ち止まり周囲を見渡すと、実は日常にひっそりと潜んでいた、よくよく考えると不可解なもの、出来事、現象。
空気は透明なのに何故空の色は青いのか、鏡が何故左右反対に見えるのか、お風呂に入ると何故気持ち良いのか、等々。考え始めるとそれこそキリがない。
そんな疑問の数々を、何故そのまま放置してしまったのか。
それはおそらく我々現代人が、生きることで必死となり、あるいは忙しさにかまけ、無意識の中でそれら疑問を背景と同化させ「考えてしまうと余計な労力となるから」と、敢えて我が視界の見えざる位置へと遠ざけてしまったからではないだろうか。

「考えるって、面白い」
スタピー、と聞けば「スタートプレイヤー」の略を思い浮かべ、スリーブをかける、といえばカードを保護するフィルムを装着させる姿が安易に想像できる。
今でこそ「ボードゲームで遊んでいる人なら知ってて当然」とされる言葉ひとつ取っても、ふと立ち止まって考えると、やはり側から見ると少し不思議な用語が飛び交っていることに気づかされる。
スリーブの語源は、洋服の腕を包んだり隠したりする部分を意味する言葉で日本語の「袖」に該当する。袖のない衣装をノースリーブ(no  sleeve、ちなみに和製英語) というが正にそれだ。「包む、隠す」という意味合いから、カードを保護する「スリーブ」の意味に派生したと考えられる。
ボードゲームであれ、クイズであれ、さらには勉強と呼ばれる諸活動ひとつひとつを取り上げても、先のような「発見」ができることに私は至上の喜びを感じ、ボードゲームプレイ中もその辺りを意識つつ、決して相手を過度に盛り立てることなくプレイするよう心がけている。

このブログでも何度か綴ったが、ボードゲームは一人ではプレイできない。
だからこそ、一緒に卓を囲む相手には「面白かった!」と感じて欲しい。
だから私は、強すぎず弱すぎず「一緒に遊んで面白い人」になること。
その為には「この人と遊ぶと、何か面白い発見がある!」と感じてもらえるような、そんなプレイヤーを目指す。
それが次にご一緒する際の見えない引き金となり、ひいては私が抜けた後でも、それら作品に興味を持つ発端となった先の「ボードゲームの面白さ」に繋がるのではないか。
その一端を私との卓で発掘できたならば、これに勝る喜びはない。

その為にも、私自身がエンターテイメントを一から学び、どんな方からも「また遊んでください!」と乞い乞われるような、私はそんなバイプレイヤーを目指し、日々研鑽していきたいと思っている。

ボードゲームって、考えるって、面白いよ!

2019年6月8日土曜日

自分の姿を探すためー名古屋の旅で考えた由無し事ー

ボードゲーム会に持ち込む作品は、自分の遊びたいものばかりをチョイスするのではなく、現在の流行や、滞在時間、会全体でプレイされている作品を事前に予習した上で、全体の流れから勘案し、厳選して持ち込むようにしている。
本当に遊びたい作品はまた別の機会に、と。
たとえ個人的には絶賛する作品であっても、周囲の状況を鑑み、やむなくリストから外される、
そんな作品も多い。

そんなことを考えるうちに、いつの頃からか、私はボードゲーム会に「自作のボードゲームクイズ」と「早押しボタン」を持ち込むことをやめていた。



先日、名古屋へと足を運んだ。
ゲームマーケットの締め切りに追われ、制作中はなかなかご挨拶のできなかった方へ、小冊子を届けに上がることが主たる目的だ。

諸所のトラブルに見舞われながら、無事に名古屋へと到着。
今回のゲームマーケットで素敵なビーズのペンダントを作成していただいた「あいこん屋」の「たま様」と合流する。

ボードゲームは始めたばかり、でも、ゲームマーケット自体には関心があるらしく、気になる作品を伺ったところ、幻影探偵団、CMYK!などの話題作を答えてくれた。

たま様と合流し、その足でゲームストア・バネストへと向かう。

店長の中野さんはこの日もTシャツ姿で動き回っており、所狭しと並べられた国内外のボードゲームに囲まれた空間で、中野さんの活気ある声が飛び交っていた。
「宝の山ですね」と語るたま様だったが、おそらく興味のない方からすれば「おもちゃの延長線上」にしか映らないことだろう。
宝の山や、中野店長に差す後光などが見える由縁も、ひとえにその人が持つ知性と興味とが織り成せる技だ。

しばらくすると、ポッドキャスト「今夜もアナログゲームナイト」メインMCの太陽皇子、アシスタントのプーさんらが来店される。
御二方ともバネストには大変親交のある方々だ。

ポッドキャスト内では、特に皇子の巧みなインタビューが印象に強く、その際の何かコツのようなものをお聞きしたかったのだ。
皇子曰く、事前に台本を用意し、聞いて欲しいこと、ここはカットするところ、などを綿密に調整するとのこと。
自分の聞きたい事項を、その場の思いつきでポンポンと投げかけるようでは、それはインタビューではなく「尋問」になってしまう。
「相手への気遣い・心遣い」、それこそが皇子の番組が多くのリスナーに長く親しまれる所以なのかなと感じとれた。

たま様と別れ、皇子が主催するボードゲーム会「アナログゲームギークバー」へと向かう。

会場となるピアノバー「アドリアーノ」は、平日夜の時間帯ながら県内外を問わず多くの参加者が集い、各々が「ボードゲームが好き」、「遊ぶこと、ともに卓を囲むことが何よりも好物」というベクトルに沿う形でひしめき合った。

各テーブルに分かれ、私は前々から興味のあった「モザイク」という作品をプレイする。
タイル生産で有名な岐阜県多治見市のボードゲーム製作者が、地元のタイルを活かした作品を、という願いで作成された作品だ。




(写真はモザイク・クオも含めた4人対戦)

囲碁とパズルを合わせたような、実力勝負の中で意図せず爆発的な連鎖が発生し、都度、逆転劇が繰り広げられる。
特に今回はチーム戦ということもあり、自分だけではなく、相手への絶妙なパスワークも必要とされる。
見た目の鮮やかさと造形美からは想像もつかないほどの不思議な作品に、思わず魅了された。

第二部
好きな作品を、ということだったので、恥ずかしながらも自作のクイズセットを取り出す。
愛好される方、ボタンを押してみたかったという方数名で、クイズの卓が催されることに。

ゲームマーケット以来の問題読みで幾らかの失敗はあったものの、無事に収集がつき、自分の満足する形でゲームを終えることができた。
その場を取り払うかのように次の作品へと移行する。
やはりいざという時に自分の作品を大手を振って紹介するほどの、今風の言葉で「高い自己肯定感」なんて、とても湧くものではない。


名古屋の旅を終えた私は、帰りの新幹線に揺られつつ、またいつもの作業へと移行することにした。
前回のブログで「休みを入れる」と綴った舌の根も乾かぬうちに、この体たらくぶりである。

暗闇だけが過ぎ去る車窓をぼんやり眺めつつ、自分が「読まれるかどうかもわからない小冊子」をどうしてここまで制作してきたのか、その理由について、改めて考えることにした。

大枚をはたいて出展し、制作を続ける意味ってなんだ?
自分が好きだから、という曖昧な動機でも、儲かるから、といった目に見える動機でも、そのどちらでもない。

おそらく自分の中の根源は、もっともーっと単純で
「制作しました」→「読みました」
そんなコールアンドレスポンスを受け取ることができたからこそ、ここまで心身ともに継続できたのではないか。
頑張っただけではなく、その証として、少なからず反応がある。
良かれ悪かれ、何かしらの反応があるからこそ、反省が生まれ、また次へのモチベーションが醸成される。制作し、当日にそれなりの売上を見せ、ハイ次、だなんて、それは何だかすごくもったいない気がするのだ。
綺麗事かもしれないけれど、私の中でゲームマーケットはあくまで区切りの一つであり、当日いらっしゃらなかった方、入手を逃した方などに向け、広報活動はこれから先も続くものと考えている。

だからこそ、応援していただいた方、自分が応援したい方に、自分の表現しうる現時点での最高傑作を、自らの足でお届けにあがりたい。
そこで上がったレスポンス、感想やアンケートの評価といった目に見えるもの、もしくは、直接お会いした際にかけられる何気ない「いつも読んでます」の一言が、実は自分にとって恐ろしいほどのモチベーションに繋がっていたのではないか。
今はそんな気持ちで溢れている。


次は2週間後の大阪。「いかが屋」様が主催する「クリエイターズ交流会」、それが終わると、7月の北海道ボドゲ博まで一直線だ。
交流会の中では、主催者の意向で「肩書き」を作るように宿題が課せられている。
何でも良い、自分を表す何かしらの文言をつけるように、とのことだ。

私の肩書きって、なんだっけ。
「ボードゲームのクイズ制作」
少し前までの自分ならば、自他ともに認めるそんな肩書きがつけられたかと思う。
制作をガラリと転換させた昨年末から数え、早半年が経過した。
ブログを出版し、なぞなぞを作り、あまつさえ4コマ漫画を描くなど、クイズ以外にもあれこれそれと手を出した自分の姿は、少なくとも半年前の自分は想像すらできなかったに違いない。

有り体な例え話だが、「目」は常に正面を向くように造られている。
鏡でも使わない限り、自分で自分の姿を目視することはできない。
自分の姿を確認するためには、己を向く他者の目が必要となり、それらは何かしらの交流を通じることでのみ培われるのだ。

だから私は、ボードゲームと同じく、相手との対話を何よりも大切にしたいと思うし、それこそ応援してくださる方に対しては、居丈高になることなく、できうる限りのおもてなしを持って返したい。
先に挙げた「コールアンドレスポンス」の土壌を、自ら動きやすい形で整えるのだ。

そして生まれる「対話」を通じ、今の自分が、何を見て、何を考え、相手に何を提供でき、そして相手から何を受け取れるのか。
それらをすくいあげ、こし取り、バラバラとなった破片をパズルのようにつなげる中で、うっすらと垣間見える「自分の姿」。

それこそが作品を綴る中で、自分が最も大切にしたかったことだったのか、そして、これまで小冊子を綴ることができたモチベーションの最たる所以だったのかな、と、今回の名古屋の旅を終える中で、そう結論づけた。


バネストでは9月14日(土)に20周年記念ゲーム会が開催される予定だ。
私もいつか何かしらの形で、バネスト様を表現する役割の一端が担えたら、と、心から願う。











2019年5月31日金曜日

タネを蒔く、タネを蒔く〜ゲームマーケット2019春 奮戦記〜

ボードゲームの祭典で、ボードゲームを頒布しないサークルが、ついにこの春で3年目を迎えることとなった。
代表作は「Board Game Quiz」という、言うなれば、ボードゲームのクイズばかりを集めた小冊子。
これまでにバカ売れしたかと言われるとそうでもなく、愛されているかと言われると、そう上手い言葉でもない。
ブースの中で、孤独に、大声で叫びながら、時折クイズを読み、西へ東へと頒布を続ける。
3年目となった春も、このスタイルを変えてはいない。
今回春のゲームマーケットでは、特に「繋がり」を強く実感できたことが印象的だった。今回はそれをテーマとし綴っていきたい。長くなりますことをあらかじめご承知置き願います。



前日となる金曜日、僕は地下鉄「馬喰町」駅改札で、関西からの来客を待っていた。
「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」MCのいか氏、りにょり氏、おけい氏の御三方、グループSNEの酢豚氏ら4名だ。
長旅の疲れも見せず、笑顔でこちらに向かう4人とは裏腹に、普段はスピーカー越しでのお付き合いのない大物ゲストの面々に、めまいがするほどうろたえる僕。

駅から徒歩10分ほど離れた場所に位置する「たいこ茶屋」へと向かう。
つたない記憶を頼りに先導し、ポッドキャストで耳にするいつものトーンを耳にしながら、ここ数日続く関東の真夏並みの暑さと明日に控えた会場内の様子などについてワイワイと話をした。
お刺身が食べ放題というこの居酒屋で、マグロやサーモン、穴子の佃煮など、銘々が山盛りの海鮮を頬張る中、この後も特に前日会になど呼ばれず、隙間の時間があれば細々とした作業を挟み込む私は、周囲の明るい表情とは対照的に、実は少しうつむき加減だった。
「横のつながりを大切にせなな」
いか氏が見かねたのか、明るい表情で僕の肩を叩く。

手持ちの小冊子をカバンにあるだけ関西の面々に押し付け、見送りを終えた僕は足早に家路へと急いだ。
明後日が本番だというのに、ブース設営の事前予行どころか、当日掲示するポスターの作成すらままならない。
制作に没頭するあまり、前々日まで「本番は、まあ、何とかなるだろう」といった悪い開き直りばかりが先行した。3年目になろうというのに、あいも変わらず学習しない僕。

ビタミン剤がわりのオロナミンCをぐい飲みし、敷き布やポスター、早押しボタンといった積載物をそそくさと準備する。
雑用を片付けるうちに、前夜という時間はあまりにも一瞬で過ぎ去っていった。


土曜日、
この日の僕は一般来場者として、主に購入や挨拶回りなどに当てる日を予定した。
あらかじめ作成した自作の買い物・ご挨拶マップは、前回秋に比べ赤ペンの密度が若干薄い。
とはいえ、注目作は今春も目白押しで、手当たり次第に購入を決めていくと予算がいくらあろうとも足りるはずがない。
第一、僕は3月に開催されたゲームマーケット大阪でも「それなりの量の」買い物を済ませている。
ニックネーム、FILLIT、ワードミノ、天才画家ボンといった現在も人気の続く話題作はその際に入手しており、仮にその合計を例年通りとして総額に含めてしまうと
…考えただけで背筋が冷える。

AM8時30分ごろに会場待機列へ加わる。
会場の中はひんやりと冷房が入り、この日の気温が30度を超える、と予想された外の気候とはまるで別世界のように感じた。
周囲を見渡すと、以前のように集団で何かを遊びながら待機するグループは少なめのようで、スマホにおしゃべりに、またはこの場でカタログを広げるというような静かに過ごされる方がちらほら見受けられた。
「サークルカットなんて誰も見ないから」と腐ることなく、この時間の有意義な宣伝媒体として積極的に情報提供できるよう、今後も工夫を凝らせたらと思う。


AM10時、拍手とともに開場。
あらかじめ形成された列から順番に、人が滝のように飲まれていく。
多少の焦りはあったものの、羽田から眺める限り、人の波はスペースのさらに奥へ、奥へと流れ、僕が狙いをつけていた一般ブースに限って言うならば、この時間の待機列であろうとも、数個しか製作していない限定品を無事に購入することができるほどだった。

ここから少し、僕なりの意見を述べる。
ゲームマーケットは面白いボードゲームを安価で購入できることばかりが目的、では無い。
これまで、SNSと作品越しに制作状況を応援していた製作者の方々が、今まさに眼前にそびえ立つことの嬉しさは、僕にとって商品を手にすること以上に多くの感情が刺激される。
ブース越しに、製作者一人一人の笑顔が輝いている。
説明をしながら、試遊をしながら、ともにプレイを続けながら、眩しい光の粒が周囲をまとっている。
製作者の方々は、皆、この日のためにギリギリまで努力を続けていらっしゃったのだろう。
その笑顔あふれるブースに、あたかも菜の花に集う蝶々の如く、多くの人が惹かれ、吸引されていくのだ。


買い物もそこそこに、今度は挨拶を周る。
電飾が迎える大きな企業ブースより、ここでしか出会う機会のない一般ブースの方が、個人的な滞在時間は長かったように思える。
効きすぎるほどの空調にまくった袖を戻しながら、愛想の良いブースではついつい長居し、僕は昼食も忘れ、日頃Twitter上でしかご挨拶のできなかったブースを転々とハシゴして回った。


ある程度の買い物とご挨拶回りを済ませた僕は、事前に約束した「ゲームNOWA」ブースのお手伝いへと向かうことにした。
「なにわのクニツィア」こと、かぶきけんいちさんがご挨拶に回る間、ブースにて物販の代役を務めるという大役を仰せつかったのだ。

この日も「特製ダイスタワー」や「宇宙(そら)逃げろ 第2版」など目玉となる商品は午前中であらかた完売し、残すはテーブルに数台だけが残された新作「ワードミノ」と、予約品の受け渡しのみという状況だった。
昼前であろうとも、人気作を求めて客足は絶えない。ワードミノの山は瞬く間に崩れていく。
予約品を手渡す間も、かぶけんさんにご挨拶を、と、多くの方がブースに訪れ、その都度「(力不足で)申し訳ございません…」と深々頭を下げる僕。
その脇では試遊の方も絶賛稼働中で、7文字以上完成となるチャレンジも「あしかがたかうじ(8文字)」を完成させる猛者が現れたほどの人気ぶりを博した。
ブースの傍らできびきびと動く、同じくゲームNOWAの「かえで」さんの手を借りながら、つたない支援を終える。
ゲームマーケットに限った話ではないが、今後無理なくブースを運営するにあたり、今後ワンオペレーションの体制では多くの面で限界が生じる、と痛感した。

1日目が終わり、購入品で膨れ上がったトートバッグを抱えつつ会場を後にする。
明日が本番だというのに、荷物の重さと外の熱で、体の中から外から、すでに疲労が隠しきれない僕。
帰り際のコンビニで肉系統の冷凍食品を買い込み、明日の準備もそこそこに、心配を押し殺すかのように無理やり布団に潜り込んだ。当然、眠気が訪れるはずもなかった。



二日目の朝。
この日も気温は30度を超えると予報が上がる。
昨夜の疲れを残したまま、多からぬ睡眠を確保できた僕は、当日の荷物ではちきれんばかりのキャリーケースを担ぎながら、一路、りんかい線に乗り込んだ。
前日も体感したことではあるが、朝の時間帯は公式のアナウンスで懸念されたほど携帯の電波は悪くはなく、少なくとも準備中の時間帯は室内中心部でも十分に電波を拾うことができた。
おそらく人がまばらのこの環境下でのテスト運転ならば、電波や空調といった話は設計者の設計通りだったに違いない。
まさに机上の空論、事件は会議室で云々、といった「お台場らしい」言葉が思わず口をつつく。

そそくさと荷物を探していると、隣のブースであるEJIN研究所のEJINさんが先に到着しており、きょろきょろする僕に段ボールの場所を教えてくれた。
今回、前回大阪の石膏粉末様、など、僕自身が大きな声を上げる、周囲からすれば実に「はた迷惑な」ブースだけに、周囲の方々の暖かい御理解を頂戴できることが何よりの支えだ。

設営中にいかラジのいかさんが現れ、助っ人として急遽ブースをお手伝いしてくださるという。
今回、フォロワー諸氏にも内密としていた当ブースの「隠し球」だ。
大物助っ人の登場に僕は深々と頭を下げ、当日は試遊台の問題読みをお任せすることにした。

AM10時、二日目の拍手が湧く。
ブースの中から人の流れを観察する。
初日と同様、せきを切ったように多くの人が向かう先は、隣のAフロア、企業ブースだ。
走らないでください!というスタッフの声がしきりに飛び交う。

昨日も似たような状況だった、そういかさんは話す。
並ぶ人数の大小はあれど、当初の目的(それは主に購入だろうと考える)は企業が販売するゲームマーケット先行販売品や、海外で話題となった作品の限定販売などの目玉商品だったのだろう。

程なく、隣のEJIN研究所に長蛇の列が形成される。
「いらっしゃいませ〜!」の声が空振りすると予感した僕は、声を止め、しばらくその列の成り行きをぼんやりと眺めていた。
列の流れは、完売報告の上がる10時30分ごろまで続いていたかと思う。

僕のブースは、極めていつも通り。
長打ができることもなく、予約された方々がパラパラと訪れる。
昨日お手伝いをしたゲームNOWAのブースで、購入を求める方が引きも切らず訪れる状況を目の当たりにしていただけに、少しだけ心がチクリとした。
そんな小さなトゲは、売り込みの声を張りあげることでごまかすことにし、いつも以上に大きく声を張る。
「ボタンを押していきませんカァー!」
空振り、めげることなく、再度声を張り上げる。
「タネを蒔いたからな。あの人はまた戻ってくる」
いかさんは気落ちした僕の表情を悟ったのか、そんな言葉を時折かけてくれた。
早押しボタンに、クイズ、なぞなぞ、4コマといった小冊子…。
…ボードゲームを目当てに来場された方からすればおおよそ見当もつかないブースに映ったかもしれない。
テーブルに積み上がっているものは紛れもなくクイズやなぞなぞの「本」ばかりである。

だから僕は「笑顔」を大切にした。
今でも自分の作品を眺めると、我が子のかわいさにニヤケ顔が抑えられない。
今回の新作3作品は、どの作品も2ヶ月前の大阪の時点では、完成どころか、他でもない自分自身が「できるはずがない!」と匙を投げかけた作品ばかりだった。
笑ってブースに立ち、笑顔で商品を説明し、「楽しんでくださいね!」と言葉を添えて商品を手渡す。
ゲームマーケットを何よりも楽しみに来場された方へ、僕からもその楽しさの欠片を届けることが、ひとえにこのブースに課せられた使命のように感じたからだ。

喉が枯れる。水が欲しいけれど、自販機はブースを隔てた屋外に位置する上に、トイレも少し離れた場所にある。
「のどぬーる」をのどに吹き付け、わずかな水分で喉をうるおす。
疲れていたかもしれないが、脳内に広がるランナーズハイのような心地から、残り3時間くらいならこのテンションを維持できるかな…できるよな!と半ば脅迫めいた言葉で自分を奮い立たせた。

当ブースは、終始大きな列形成がなかったものの、後半はコンスタントに人が集まった。
早押しボタンの効果は大きく、いかさんの読み上げる問題に多くの方が足を止め、脇で思わず「正解っ!その通りっ!」と声を上げる僕が、少しオーバーとも思えるくらい相手を褒め称えた。
「クイズって、面白い!」
その声を耳にするたびに、僕はえも言われぬ快感に陥った。


17時、拍手とともに閉幕。

…走りきった。

閉会の拍手とともに、目の前にグワワッと襲いかかる疲労感。
結果は、良くもなく悪くもなく「いつも通り」頒布数の増減に変動はなく、本当に「とんとん」の結果に終わった。良い言い方をするなら、興味を持った方にはすべからく手に取っていただけのだ。

確かに今回、制作活動一辺倒だったがゆえに、大きく宣伝・広報と言った諸活動に時間を割くことができなかった。
しかしながら「前回も買いました」「楽しみにしてました」といった声を聞くことができた。
それら声の一つ一つが、そのままの形でエネルギーとなり、その逆に、こちらから相手へと声を届けることができる。らせんのごとくどこまでも続く、僕が「幸せの連鎖」と呼んでいる、ゲームマーケットの醍醐味のひとつだ。
そして前回大阪でも実感した「人と人との繋がり」
今回も「助けに回ります」「何かあったら声をかけてください」といった力強い声援を立ち寄ったブースの先々で頂戴し、その都度、涙がちょちょ切れた。
「横のつながりを大切にせなな」
そうだそうだ、もっとつながりを意識しなくては。
そう考えを巡らせた。


感慨にむせぶ間も無く、僕は最後の空元気を放出させ、荷造りと、感謝の言葉を伝えに回った。
お台場はとっぷりと日が落ち、観覧車のイルミネーションがひときわ眩しく目に飛び込んだ。
古いスマートフォンは残り20%ほどの充電を残していた。これが家路に着くまでの最後になるのかな、と、僕は面影のなくなったテーブルの写真に「ご来場ありがとうございました」の言葉を添えてツイートを流した。

「早く、早く、何かを作りたい…」
はやる気持ちを抑えながら、僕は頭の中で予定した「打ち上げ焼肉」も「ご苦労さんビール」も全て返上し、たぎる創作意欲を熱いままペン先にぶつけようと、帰宅するなり、また4コマ、そして感想ツイートのまとめ作業へと取り掛かった。
とはいえ、体は実に正直なもの。
寄る年並と日頃からの疲労には敵わず、作業途中から始まった万屋楽団様のツイキャスライブ中に、スタイラスペンを握ったまま寝入ってしまったのだった。
MCサンジョウバさんの「寝てください」の声がかすかに耳に残っていた。


一夜明け
布団の中で昨日のことを振り返る。
バカ売れした訳でもなく、かと言って、大きく売れ残った訳ではなく、本当の本当に、いつも通りの売れ行き。
印象的だったことは、前にも拙著のクイズ本を購入された方が、再びリメイクのクイズ本を手に取ってくださったこと。
そして、バラではなく、新刊をまとめて購入された方が多かったこと。
実感はないけれど、これが「信頼を買ってくださる」という一つの形なのかもしれない。

そこで、屋号を変えることにした。
「番次郎書店」と命名したその経緯は、このブースが書店のような近所の商店街のように、街中に欠かすことのできない存在となるような、そんな意味合いも込められている。
この看板を汚さないためにも、さらに良い作品を、さらに面白い書籍を、これからも手がけていけたらと思う。
「ゲームマーケットに行くと、いつでも本を売っている」
番次郎書店が会場の片隅で、来場者の方にそんな言葉で気にかけてもらえる、それくらいちっぽけな存在でありたいと願う。

今回のゲームマーケットで、ひとつ心残りだったことがある。
今回も「同朋の友」を見つけられなかったことだ。
ボードゲームでクイズの本を作る、語り合える、そんな「同朋の友」を見つけきれなかったことだけが心残りだ。
ボードゲームをテーマにしたクイズ本に関して、ゆっくりと語り合えるような仲間を、次回秋以降も探し回ろうと思う。


ネット上では早速多くの議論が飛び交い、次のゲームマーケットに向け、カタツムリのごとくゆっくりと動き出している。

一方で僕は?というと。

今何がしたい?と問われたならば、「旅がしたい」と答えるだろうか。
昨年4月に現在の地に引っ越し、そのまま制作に没頭し、長らく休むタイミングを掴み損ねたまま、あれよあれよと今に至ったからだ。
時間の隙間があるとすぐに作業を入れてしまう、典型的なブラック気質の僕。
名古屋に、関西に、福岡に、長崎に、東北に、沖縄に、北海道に…etc、お世話になった方一人一人へ、転々とご挨拶をする旅。
そこで蒔いた新たな種が、芽を出し、花を咲かせ、タンポポの綿毛のように、風に乗り、また見知らぬ地の誰かの元で、小さな若葉を芽吹かせるのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えるうちに、僕はその日のゲーム会の時間を気にかけながら、うとうとと二度目の眠りに落ちたのだった。



<了>
ご視聴ありがとうございました。

2019年5月18日土曜日

作品はアウトプットで磨かれる〜4コマ漫画制作日誌〜

今回のゲームマーケット春は、本当に広報らしい広報活動もそっちのけで制作の方に勤しんだので、せめて自分のブログの中だけでも宣伝させてください。

なぞなぞの本、クイズの本、とともに、もう一冊、わたしのブースの片隅を賑わす本がある。

「きょうもボドびより。」と称された4コマ漫画は、制作者である私の「イラストが描けるなら、漫画も描けるのでは?」といった今考えると本当に各所から馬鹿だなと笑われそうな試みから派生した作品だ。




言うは易く行うは難し、何はともあれ、思うがままにペンを走らせ、ツイッターに公開してみると、意外に多くの暖かいコメントが寄せられた。

寄せられたコメントで調子に乗った私は、その後も毎日1本、ただでさえ時間のない小冊子制作の合間を縫って書き綴り、ゲームマーケット大阪で第1巻を頒布するに至った。





兼ねてからの夢、と周囲には漏らしていたが、実を言うと、描いた本人すら、夢にだに想像できなかった代物だ。
なにせこの私、半年前など、イラストなんてろくに描けなかった人間だ。それが形はどうあれ、漫画の本を出すことができたのだ。

まさに自分の趣味全開で出した本にも関わらず、手に取ったり、購入してくださったりなどの神様はいらっしゃったのだ。
千葉県のボードゲームカフェ「カラハンダ」様では店内用に設置しましたとツイートが上がり、喜び勇んでお礼に参ったこともあったくらいだ。


空想を形に変えることを、人は見くびることもあるだろう。
「それくらい(やろうと思えば)誰でもできる」
そんな言葉が、時折添えられる。

余談だが、学生時代に古文を勉強したときのこと。
「同じ日本語だからなんとかなるよね」
といった声をあげ、同級生の中にはハナから古文の勉強から目を背ける者もいた。
そんな学生ほど、「なつかし」という言葉の意味を問う問題に、ついつい「童心に帰る」を(いわば、制作者が「こっちに引っかかってほしい」と誘導する巧妙な選択肢)選んでおり、国語教師のニンマリする表情を試験の都度、目の当たりにしていた。ちなみに正解は「心惹かれる様」である。

閑話休題、思ってた、考えるにとどまっていた、なんて、正直私はさほど大きく評価してはいない。
考える、その次のステップは、何かに書き出す、そして披露し、修正を繰り返し、頒布する、
作品はそうしてアウトプットを繰り返し、自分の目ではない多くの視点からの意見を浴び、洗練され、磨かれ、成長を重ねていくものだ。

その際のステップは決して欣一化されたものでは、ない!

考える、と、公開する、この似て非なる二つの間に、どれだけ大きな段差があることかを、意外と多くの人間が「見誤っている」
たとえ目測を誤ろうとも、それら上がるにつれて段差の大きくなる障壁に、くじけることなく真っ向から立ち向かい、時に厳しい現実や辛辣な意見を浴びながらも、めげることなく不屈の精神で立ち上がり、また次の段へと這い上がる姿。
それは誰の目から見ても立派な姿ではないだろうか。


私の1巻は、たしかにゲームマーケット前、大きな反響もなく、当日は細々と頒布するにとどまり、その後も厳しい言葉を浴びる一方だった。
それゆえに、掛け替えのない「楽しみにしてました!」「面白かったです!」といった声援が、自分にとってひときわ印象に残るようにもなったのだ。


結果、私はくじけなかった。
喉元過ぎたる熱さとやらで、翌日から早速4コマを描いた、描き続けた。



そしてこの春、質・量ともにボリュームを増した2巻を完成させることができた。
あれからイラストも少しずつ勉強し、表紙画像も我ながら見違えるほど飛躍できたものかと自負している。


ボードゲーム知識ゼロでもなんとなく読めるボードゲームの漫画です。
よろしくお願いします。
(テレビ東京「勇者ああああ」のキャッチコピーっぽく)


4コマは現在も引き続き連載中で、5月18日、連載100話目を迎える予定となる。







2019年5月12日日曜日

ゲームマーケットは浄化を促す場

新しいことはそれ自体が魅力的だ。
新しいボードゲーム、新しいルール、新感覚、新機軸…
新しい、新鮮、というものは、その言葉だけで魅力的だ。

ボードゲームに限った話ではなく、新社会人、新番組、新成人、等々、新しいものそれ自体が多くの人を魅了する。
新しいものは、すでに在るものに対して、違う風を取り入れてくれる。
これまでに多少の食傷を感じていた人にとって、新しいものは、期待感も含めて何よりも貴重な存在だ。

古いものは、それ自体が魅力的だ。
昔から存在するボードゲーム、古来より伝わる伝統遊戯、すでに一般語となったルール…
古き良きものは多くの人を魅了する。

ボードゲームに限った話ではなく、看板役者、御意見番、生き字引、等々、いつもの存在は「そこに在る」だけですでに魅力的だ。
古き良きものは、組織に抜群の安定感をもたらす。
多少雰囲気が乱れようとも、最終的には絶対エースとなる存在がなんとかしてくれるであろうと、皆が期待を寄せる。
それだけで尊敬に値されるのだ。


対象となる二つを記述した。
どちらが悪いとも、どちらかに顔を向けろとも、そんな極端な話ではない。
強いて挙げるならば、その「両方」だ。
「老害!老害!」と新しい意見ばかりを追いかける自覚があるならば、古き良き作品に目を向ける必要があり、「昔は良かった」と古き良きものに固執していると自覚があるならば、最近話題の作品の傾向に目をやるものと考えている。

とある老舗のラーメン屋の店主が話す。
長年同じ味を継続させるためには、客に「変わらぬ味」と気付かせないよう、微妙に味を変化させているのだと聞く。
長年同じ味を続けると、客の方から「(味が)変わった」と意見されるそうだ。
時代の趨勢とともに、グラデーションのように微妙に変化する客層を柔軟に捉え、その都度、自分の在り方を変化させる、
それは商売に限らず、地球上の生物が厳しい時代を生き抜くために学んだ、ある種の処世術とも言えるのではないか。


翻って、ボードゲームの話。

ボードゲームを(決まったお店で)買う、(いつものカフェで)遊ぶ、ばかりでは、やはり自分の中の「情報」がどうしても偏ってしまう。
そこで、五感をフルに使い、ボードゲームを最大限に楽しむ日が1年に1度でもあれば、自分の中の凝り固まった筋肉が解きほぐされることだろう。


ゲームマーケットが2週間後に控えている。
日本最大規模を誇る、ボードゲームの祭典だ。

開催スタッフの方は「体験しに来てください」と口にする。
その真意を察するに、買うだけでは物足りない、目で、耳で、肌で、(時には)味や鼻など、五感で体感し、自分の中の「ボードゲーム」の感覚を自浄するための場ではないかと考えた。

日本最大級だけに、会場内にはそれこそ多くの参加者が集う。
有名芸能人、漫画家、プロ棋士、アイドル、ポッドキャスター、ユーチューバー、もちろん、製作者、イラストレーター、有名ブロガー、ボードゲーム会主催者、カフェ運営者、ツイート上で見かける大勢の方々、等々、自分より数多くのボードゲームに触れているであろうそんな方々と、ご挨拶でき、時に試遊台を囲み、ともにボードゲームについて語ることのできる、そんな稀有な体験イベントが他にあるだろうか。


そして何より、私は二日目となる日曜、ブースの人間として提供する側に立つ。
前回大阪でもそうだったように、私のコンセプトは「一体になって楽しむ」ことである。
売ること、買うこと、それ自体は後回しでもいいから、せっかくいらっしゃった方々と一緒に「遊んでもらう」「体験してもらう」そして何よりも「楽しんでもらう」ことを主軸に置き、立ち寄った方々が笑顔で立ち去っていただけるような、そんな運営を組み立てようかと考えている。


ゲームマーケットに来場された方が「あれだけ疲れたのに、早く帰ってボドゲしたい」と感じたならば、それは会場内できちんと浄化された証ではないか。今風の言葉で「デトックス」とも言うのだろうか。

私も何かをつかんでもらえるよう、これからの短い間に、一つでも面白いトリガーをこれから用意しなくては、ね。

2019年5月7日火曜日

気楽に頑張ります-41歳の抱負に代えて-

ボードゲームのクイズの本を作り、3年目となる今年。

勢いに任せ、2冊の本を出した。前後編に分け、1000問の問題を上・下巻に分けて収録した。
12月のゲームマーケット秋を終え、次回春、当時5月の開催まで制作は実質3か月弱。
昨年も締め切りギリギリまで問題の制作に明け暮れ、苦心しつつ何とか無事に続編を一冊作り上げることができた。

環境がガラリと変わり、記録的な酷暑にもめげず、その年のゲームマーケット秋、レイアウトを大きく変えた一冊を無事に頒布することができた。

同時並行して、翌年3月のゲームマーケット大阪に初出展の申し込みも済ませ、翌年開催されるゲームマーケット春の前に、何か作品を出すことはできないか、と、ぼんやり考えることにした。

秋が終わり、神戸、北海道、と小冊子を広報に上がる中、次回作への構想がぼんやりと浮かび、ノートにメモをまとめるうちに、空想が現実味を帯びてきた。

年末年始を返上し、まさかと思った新刊を、頒布することができた。
しかも漫画本も含め、2冊も。

それが3月中旬の話。
次回春まで制作時間は、残り1ヶ月半。

しかしながら、それでも小冊子の入稿を先日無事に終えることができた。
漫画本、なぞなぞ本、クイズ本
リメイクとはいえ、3冊同時刊行だ。



これが私、番次郎ブース出展の簡単な振り返りだ。

3年目となる今年、令和元年、年も41を迎えた。
これからは目もかすみ、肩が、腰が凝り固まり、歯や髪が抜け落ち、老化も急加速するのだろう。
いつまでも若くはない、ということだ。

それでも周囲のボードゲーム製作者の方に限らず、歳を重ねるに従い、良質な作品をどんどん提供される方が大勢いらっしゃる。
いつまでも歳のせいだと言い訳ばかりしてはいけない。


進むこと。歩き続けること。
無理をせず、できる範囲で「歩き続ける」うちに、見えない筋肉がついてくる。
「遊んでいるうちに自然と強くなる」
それはボードゲームを遊んでいる方ならば自ずと理解してもらえるのではないだろうか。


春先になると、時折、硬いアスファルトを突き破り花を咲かせるタンポポを道端で見かける。
強い力ではなく、弱い力で、何度も何度も押し上げるからこそ、織りなせるのだ。

北海道ボドゲ博の出展を決めた際、数名の方から
「有名サークルが名乗りを上げてくれました!」
と、私の名前を取り上げてくださった。
私自身、そんな自覚もなく、無論作品自体が爆発的に売れたわけでもない。
とはいえ、向こうはお世辞でもないそぶりだ。
確かにそこには「幾らかの知名度」が、私の知覚しない箇所で存在していたのだろう。
それは作品自体の知名度云々ではなく、何かしら「継続すること」で成し得られたものではないかと考える。

「継続できること」の強みとは何だろう。
ひとつに、それは「安心感」ではないだろうか。

ブランド力、という言葉にも置換できるこの言葉は、いわば「このサークルの、この人の作品ならば間違いなく面白い」と多くの方からの「信頼」で形成されている。
有名作の続編、有名ジャンルの一括り、好きなジャンル、等々、十人十色で形作られるそれらの「安心感」は、作品に多少の「ブレ」が生じようとも、根強く残ってくれるものなのだ。

もちろん我々人間はそれら「安心感という名の信頼」が、作品の度合いどころか、何気ない一言で、いとも簡単に崩れることも重々承知している。

だからこそ、大切にしたい。

私が制作に傾注した1年で欠けていた物、それは周囲に対する配慮、心配りだったのではないか。
「良い作品を作ることが、何よりの恩返しだ」
そう信じて疑わず、自分を犠牲にし、これまで作品を磨き上げてきたのだ。


令和元年 5月6日、41となる誕生日を迎え、その考え方を改めようと思う。


余裕を持つこと。

それはデザイン・レイアウトを学ぶうちに身につけた「余白」の持つ力だ。

これまでの小冊子は物量で圧倒し、いわば威圧的な雰囲気を醸していたのではないか、と反省する。
今回春の作品ではデザイン・レイアウトを一新させ、デザイン全体に「余白」を意識した。

そして何より、身を粉にして相手に尽くす姿勢から、こちらにも幾許かの余力が生まれるような予算設定を考慮した。

次はないかもしれない、では、先に挙げたような「安心感」は得られないと考え、「もう無いかもしれない」の不安を煽ってまで購入するべき作品作りでは無く、いつまでも続き、次回作も請い願われるような、そんな作品を私自身も作りたい。
そのためには、やはり中身を読んでもらいたい。中身で評価されたい。
レイアウトも含め、余裕を持って作品作りが提供できるような、そんな制作環境を整えたい。


41になり、前回、私のブースのコンセプトを「初めての人が立ち寄るギルド的なブース」とした。
そんなルイーダの酒場的な、世界樹の迷宮では金鹿の酒場のような、そんな立ち位置で、この一年は頑張りたいと思います。


こんなブースで、こんな人間ですが、よろしければ気楽にお付き合いくださいませ。



2019年4月20日土曜日

インプットとアウトプット

漫画家あやめゴン太先生のツイートにあった何気ない言葉だったと思う。

「なんでこんなに本があるの? それはね、本が好きだからだよ」

好きだから、必然的に、その総量は多くなる。
当たり前のようで、意外とそうでもないことがあることに気がついた。

ボードゲームが好きで、好きが興じて、ブース設営3年目となる今年、またも「3冊の新刊を出します」などと無謀なチャレンジを行う自分。
読みたい本はたまり、遊びたいボードゲームも積み重なり、できるか否かの気持ちばかりが焦る中、刻々と時間ばかりが過ぎていく。
周囲のテストプレイ会などのツイートを横目に、名門大学受験に匹敵する程のデスクワークが続く自分。
「好きなことって、何?」という錯覚に苛まれそうになると、邪気を払うかのようにかぶりを振って、また前を向く。
この頃はそんな生活を送っている。

量がその人を支える。
ボードゲームが好きだから、その人には、それだけのボードゲームの量的な数もあれば、または知識なり経験なりといった知的財産のようなものも存在する。
本が好きだから、本をたくさん所持しているし、必然的に、本をたくさん読んでいる。
TRPGのステータス振りのように、ある人はこの値が少なく、ある人はこの値が多い、それらを鑑みた上で、パーティ内での性格や役割が形成される。

逆も然り。
少なければ、やはり、何もできない。
手にする物量が少なければ、できる範囲もそれだけ限られるだろうし、また、インプットする量が少ないならば、絶対的な経験値を持つ人間に圧倒されてしまうだろう。

「好き」が持つ特徴の一つに、インプット、つまり内面に取り入れられるがゆえに、なかなか自分では見えにくい点ある。
自分で「**が好きです!」が見えにくい、自覚しづらい、自覚できるまで時間を要するのでははないか。

インプット、体内に取り入れることとは、自分の中に多くの「コト」「モノ」を「取り入れる」ことにある。
取り入れてしまうということは、体内で消化され、自分の中のパーツとして形成され、細胞の一つとして体内に組成される。
自分の中のひとつとなるのだ。
自分の中のパーツとなったものは、自分ではなかなかその利便性に気がつきにくい。
「人間は腕が二本あり、指を自在に動かせる」を、日頃から幸せだと感じている人は少ないのではないか。

では逆に「アウトプット」はどうか。
アウトプット、他人に向けて「主張」することで、自分の存在を他に「アピール」することができる。
「自分はこうなのです」「自分という生き物はここにおり、こんな形をして、これが好き、嫌いなのです」
常日頃から発信する言葉や言動などで、周囲の人間に「アウトプット」することで、自分の存在を「インプット」する役割を果たしている。
「ああ、他に比べて、自分はこうだったのか」「やっぱり私は**が好きだったのか」
アウトプットすることで、自分の「好き」を主張することで、改めて強く認識できるのだ。

好きなことを主張することは、深呼吸することに似ている。
窓を開けたら空気は「逃げ」たのちに新鮮な空気が「入る」
苦しくなったら、まずは呼吸を「吐く」
吐くだけ吐いたら、少しづつ「吸う」
他人ごととは言えないが、好きであることの回答を積極的に仰ぐのではなく、ゆっくり、無理せず、自分のできる範囲内で吸収すれば、自ずと自分の行なった回答はやってくる。
言うなれば、苦しみながら呼吸を行うことはない。
回答に無理をして急を寄こそうとするから「無理」が生じる。
それでもやはり、インプットする時点では見えにくい点を他人の目線で評価される嬉しさや喜びには到底かなわないのですけれどね。


ゲームマーケット春2019開催まで残すところ1ヶ月あまりとなった。
多くの製作者が大詰めを迎え、積極的に広報活動を行い、自分の作品をアピールしている。
「見てください!遊んでいってください!」
私個人として、ゲームマーケットはモノを売り買いする場、という目的は二の次、3、4、5の次ぐらいだ。
モノを買う立場として、それら製作者の方々の「好き」を全身に享受する場として
一方で、モノを売る立場として、私の「好き」を全身全霊でアピールする場として
臨む所存だ。

だから、今は必死でアウトプットを続けるしか、ない。
自分の中に蓄積された「好き」の総量をあらん限りに放出させ、小冊子にしたため、エナジーみなぎる小冊子として上手く昇華できるよう、最善の努力を行うより、他はない。
それが何よりのアウトプットであり、ひいては自分の「ボードゲームが好きなのです!」をアピールできる一番の方法ではないだろうか。


そんなことを考えながら、今回もまた多くの製作者様からたくさんの刺激を受けるために5月25.26日とビッグサイトにお邪魔したいと思います。
私は日曜L02ブースの片隅で、ひっそりと本を売りつつ、ボードゲームのクイズを読んでいることに致します。

よろしくお願い致します。



「楽しみ」を刺激する側へ 北海道滞在記 その2

前回に引き続き、北海道遠征に関する内容です。 番次郎の盤上万歳!!第111回「そっと、手を取り合って 北海道ボドゲ博1.0備忘録」 https://hibikre.blogspot.com/2019/07/10.html 今回は北海道滞在中の、特に北海道ボドゲ博以外での...