番次郎の盤上万歳!!

2018年6月18日月曜日

パーソナルクイズ 解答解説

このブログを書いている時点でちょっとした「パーソナルクイズ」が賑わいを見せておりますので、流行に便乗し、私も問題作成の勉強になるかなと思い、先ほどガキ使を録画に任せて作成致しました。

https://buddymeter.com/quiz.html?q=HpRSd5P

「語ろーぐ」などのコミュニケーションゲームに関わらず、コードネームなども「親のそれとなく出したヒントで理解ができた一体感」は得も言えぬ喜びがありますね。
久しぶりに自分のことをさらけ出すことができて、作成中もウキウキしておりました。

問題の解答です。是非チャレンジ後にご覧になってくださいね。





私が過去眠ったことのある場所は何処?
集中治療室
パソコンのサーバルーム
閉店後の居酒屋
氷点下-30度の山奥

解答>氷点下-30度の山奥

遭難した、わけでは無いのですが、20年ほど前、仲間内全員でゆるキャン△よろしく雪山登山に出かけた時のこと(メンバーは男ばかり4人)、誰かが「雪のかまくらの中が暖かいのは、実は雪山の寒さは雪の冷え込みではなく大気の冷え込みだからだ」とかいうものですから、それなら俺が寝袋出して、穴を掘ってその中で寝てやろうと思い、夜中の1時、タコツボのような穴の中、寝袋一枚で眠りました。
翌朝やけに寒いなーと思ったら氷点下マイナス33度、あまりの冷え込みに吸った空気でむせるレベル、流石に身の危険を感じた我々はすぐさま下山しました。
感想としては、空気さえ遮断すれば確かに暖かいと感じましたが、おそらくそれはここが北海道だったからだと思います。

私が高校時代、勉強に疲れた挙句にやってしまった失敗はどれ?
全校集会で倒れ入院
自転車で居眠り運転
猫に向かって延々とトーク
センター試験当日に遅刻

解答>自転車で居眠り運転

高校時代は遅れてきた反抗期が発生、親に「勉強と部活の両立なんて絶対無理!」と言われたら「そこまで言うなら両立してやる!」と返す刀で返事し、以後、合唱部と勉強(進学校だった)を両立するべく、睡眠時間を4〜5時間に削減、足りない睡眠は移動中の電車や休み時間をフル活用しておりましたが、それでも慢性的な寝不足に苛まれ、ご飯を食べながら眠り、トイレに入りながら眠り、挙げ句の果てに、通学中に自転車を漕ぎながら眠ってしまい、電柱に激突しましたが「学校に遅れる!」と思い、ほうほうの体で通学しました。
追記ですが、その際、周囲に「倒れてます!ご主人!人が倒れてます!」と必死になって私の存在をアピールしてくれたのは、電柱のそばに建てられていた御自宅のワンちゃんでした。忠犬だったかと思います。将来は犬を飼いたいです。

手取り13万だった新入社員の頃、その内約10万を何に使っていた?

読書
音ゲー
貯金

解答>音ゲー

コナミの音楽ゲーム、ビートマニア、ポップンミュージックなどに、まぁ熱中しておりましたわ。馬鹿みたいにお金をつぎ込みました。税金、家賃等差っ引いた当座の生活費が13万だった新人の頃、10万をゲーセンの筐体につぎ込んで延々とボタンをバチバチ叩いていた時代もありました。残り内訳は1万が食費、5千円が書籍、残りがガス、水道、電気、通信費でしたっけ(借財等なし)ここまで熱中しながら、自分の中の音ゲーブームは約5年を持って終焉を迎えるのでした。(サントラは聞きますけれどね)

この中でどうしても食べられないものはどれ?
紅茶のシフォンケーキ
松茸のお吸い物
ゴーヤチャンプル
レーズンパン

解答>紅茶のシフォンケーキ
(※画像はイメージです)

適度に甘いものが好きです。アンパンやまるごとバナナが大好物です。
一方で「甘すぎるスイーツ」が大の苦手で、いわゆる「チョコレートケーキ」のような「甘い×甘い」を何乗も掛け合わせたようなお菓子が食べられないのです。
もうひとつ、コーヒーも紅茶もストレート、砂糖抜きで飲む方なので、「甘い紅茶」を口に入れると脳が混乱し「甘い?お茶?」と拒否反応を起こすのです。昔興味半分で飲んだ甜茶(てん茶)も同じ理由で飲めなかったなぁ。


私の親が、小学1年の時にサンタクロースからだとプレゼントしたものはどれ?
絵本グリム童話全集
NEW人生ゲーム
デジタルの腕時計
現金五百円

解答>現金五百円

今流行りの「効率化」を時代の最先端で進めてきた私の親は、クリスマスとお正月のお祝い事すら効率を進めようとし、小学生の私が「どうしてうちにはサンタさんが来ないの?」の問いに「サンタさんはお正月にくるから待ってな!」と一言。いざお正月になった際、親から「はい、サンタさんから」の名目でプレゼントとお年玉を一緒に贈呈するというブラック企業顔負けの業務効率を邁進。
その後、弟が12月26日に、妹が12月12日に生まれたのですが、さも当然のごとく効率化に勤しみ、12月25日は「クリスマス記念誕生パーティ」と銘打ち、全ての祝い事が集約される1日に設定されました。

私はあるクイズ番組の出場権を獲得するも、上司にそれがバレて出場禁止となった経歴があります。その番組はどれ?
パネルクイズアタック25
クイズ¥ミリオネア
連続クイズ!ホールドオン
今世紀最後のウルトラクイズ

解答>連続クイズ!ホールドオン

山口智充さんらが司会を務めるNHKお昼のクイズ番組に、予選を受け、渋谷の本戦出場まで決まり、収録が土日なのでいざ行かん、でも一応テレビに露出するから上司に一言断っておくか、と話したところ、あらん限りの声で怒声を浴び、止む無く土壇場で辞退することになりました。
上司の提示した条件は「出るなら当然優勝し、かつ全問正解、そうでなければ面目が潰れる」とのこと。番組をご覧になったことのある方はご承知おきかと思いますが、この番組、問題の難易度が高いのですわ。そりゃ無理でしょ、と。ええ、今でも後悔することの一つです。やっぱり「やった後悔よりやらない後悔」ですね。


私はギャンブルの類に一切手を出さないポリシーがあります。その最たる理由はどれ?
親がパチンコ好きだったから
お金がもったいないから
タバコのにおいが苦手だから
人生がギャンブルだから

解答>人生がギャンブルだから

親は「そんなお金があったら美味しいものを食べる!」と言ってギャンブルの類を行いませんが(でも宝くじは大量に買う)私は宝くじすら一切購入する気になれないのです。
自分の稼いだお金が努力することなく「増える」ことに興味を持てないこと、それから、今生きていること自体ギャンブルだから、わざわざ身銭を切ってまで勝負に明け暮れることはしなくでもいいでしょ、と、割と冷めた考え方を持っております。
確かアメトーーク!か何かで関根勤さんも同様のことを話していたと思います。

次の格言のうち、私が「これは違う」と考えているものはどれ?
良薬口に苦し
百聞は一見に如かず
後悔先に立たず
今日できることを明日に伸ばすな

解答>良薬口に苦し

この言葉の真意って「今は自分にとって不利な状況かもしれないけれど、良薬口に苦し、という言葉があるように、これも一つの勉強と思って頑張らなきゃ!」と、自分を励ます意味で自分で発する言葉だと思っています。つまり、相手が「俺のいうことをちゃんと聞け!「良薬口に苦し」というだろ!」と無理強いすることではない、と思うのですが、どうも後者の意味合いで都合よく使用されるケースが多いように感じます。
似たような意味の言葉に「忠言耳に逆らう」とありますが、こちらはちゃんと自分が主語に置き換わっている(正しい言葉は耳に入りにくい、という意味)ので、自分を戒める意味で使用する言葉だと感じる日々です。なお解釈は個人的なものです。


私は、とある理由から鹿児島県民であることを隠す場合があります。それは何故?
鹿児島弁の翻訳を依頼される
焼酎を飲まされる
暑い場所に長時間放置される
かるかん饅頭をお使いされる

解答>焼酎を飲まされる

これは「鹿児島県人あるある」の一つではないかと思います。居酒屋で鹿児島県人を暴露した瞬間「へぇ、じゃあお酒強いんだ」「焼酎は芋なんでしょ」と勝手に思われる始末です。私、奄美大島出身の父の家系がお酒を一滴も飲めないという血を受けついたおかげで、さほどお酒に強いわけでも、焼酎に強いこだわりがあるわけでもないのですわ。居酒屋ではジョッキでビールが飲みたいです。


大変お疲れ様でした。最後に……。

っと、最後の問題くらいは「チャレンジした人だけのお楽しみ」にしておきたいと思います。
ヒントの画像だけ掲載致しますね



最後までチャレンジしてくださり、本当にありがとうございました。
いつか皆さんにお話したかったのですが、なかなか機会に恵まれず、今回、いいきっかけになったかと思います。
是非また次回、作成したいと思います。

2018年6月11日月曜日

創作落語 その2「双六名人」

創作落語を考えました。かなりの荒さが目立ちますが、雰囲気だけでもお楽しみくださいませ。





古くは徒然草第110段にも、双六名人に関する記述があります。

「双六の上手といひし人に、その手立を問ひ侍りしかば、「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし」と言ふ。」

「双六名人という人に、その方法を尋ねましたところ、「勝とうとして打つのではない。負けないように打つべし、どうすれば負けないかと考え、その手を打たず、一目でも遅く負けるような手をおくべし」という」

と、これはまぁ当時の盤双六を通じた処世訓を謳ったものでございます。

時に時代は江戸中期、とある長屋に1人の男が住んでおりました。
この男、まぁ昼間っから酒を飲んでは遊んでばかり、しかし双六の腕にかけては右に出る者がいないとあって、町では評判がある男、
年がら年中遊び呆けては、その双六の腕を鼻にかけてばかりいたのでございます。

「ちょいとお前さん、また働きもしないで遊びに出かけるのかい?ちょっとはこのボロ屋に銭でも入れておくれよ」
「へへっ、そうは言ってもよ、俺のこの腕っぷし、お前の耳にだって入ってるんだろ?」
「双六だけでおまんまが食えますか!うちはとんと火の車なんですよ!ちょっとは真面目に働いたらどうなんです?」
へいへいと押し切られたかのようにその男は町へと出て行きます。

「まったくあの人ったら、双六の腕は達者かも知れませんが、このまま遊んでばかりだと、明日の身代もどうなるかわかりやしない……
そうだ!この町の長者さんなら、何か相談に乗ってくれるかもしれないわ!」

「ごめんやしー」
「なんだ双六名人とこのカミさんじゃないか。え?どうしたこんな昼間っから」
「いつも亭主がお世話になっております、実は長者様に、折り入って相談に参ったのです」

妻はそう言ってとうとうと語り出します。

「というわけで、何かお知恵はないものかと」
「そうかい、それは困った、よし、ならば私にひとつ、妙案がある」

そう言うなり長者は、長屋の奥から、見たこともない箱を取り出します。
「長者様、これは一体なんですの?」
「実は先日、南蛮渡来のエゲレス人から、珍妙なすごろくがちょうど手に入ったところでしてな」
「こんな可愛らしいネズミの絵が、すごろくですって?」
「いいかい、よーくお聞きなせぇ、「びばとっぽ」という名の、ちょっと変わったすごろくとなっているのだよ」

長者様はそういうとそっと箱を開けます。
中から飛び出しましたのは見るもかわいいネズミたち!
「キャア!ね、ネズミ!!」
「慌てなさんな、これは人形でしてな。まあ簡単に言やぁ、さいころでこれを上がりに進めたら良いっちゃあ良い。でも、それだけじゃないんだ」
「はぁ……びっくりした」
「でな、1の目を出すと、このネコが背後から襲ってくる。襲われたネズミたちは食べられるんじゃ」
「まぁ、可愛らしいネコちゃん!」
「もうひとつ、道中にねずみの友人の家があって、そこに逃げ込めば、抜けることもできるんじゃ」
「そうですの、あら?この黄色くて、丸い…長者様、これはなんですの?」
「んー、せんべいだったかのう」
「おせんべい!なんとまあ贅沢なねずみさんですこと!」
「まあそりゃともかく、最後の上がりまでネズミを向かわせるか、途中の家に逃げ込むかを繰り返して、このせんべいをたくさん手に入れた人の勝ち、なんじゃ。ほら、この書物にも、遊ぶ姿が描かれておるじゃろ」
「ほうかごさいころくらぶ…?長者様は本当になんでもお持ちですのね」
「詳しくは、ここのおなごらを見ればよくわかる」
「ふんふん、まあ!これなら、いくら名人といえども、ひと泡吹かせることができますわね!」
「よし!そうと決まれば、ワシも早速、双六名人に太刀打ちできる仲間内を集めてくるかの」
「長者様、恩に着ます!」

……と言うわけで、この村一番の大勝負、噂が噂を呼び、どんなものかと見届けようと、多くの野次馬が集まります。

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、町一番の双六名人が、三人の若い衆と、南蛮渡来の双六で争うなんて、余所じゃあ決して見られないよ!」

町ではさながら八幡様の祭りのような、てんやわんやの大騒ぎ。
「あの双六名人もついに観念する時が来たか」
「南蛮渡来の双六は何か」
と、小さな盤面の周りには、すでに多くの人だがりが出来ております。

「へっ、どんなものかと思ったら、ちみっこいガキのおはじきじゃねぇか、朝飯前の海苔茶漬け、何人でもかかって来いってんだ!」
「いいか名人よ、お前のカミさんからのたっての勝負だ。負けたら観念し、ちゃんと真面目に働くんじゃぞ」
「なんでもやってやらぁ、この双六名人の名にかけて、カエル一匹でもおいらより前に出ようものなら、皿洗いでもどぶさらいでもなんでもやってやらぁ!」

双六名人は鼻息を荒くし、まずはさいころを振ります。
「まずは早速1の目だ」
「名人、ついでに言っておくが、この双六では一の目が出た時には、駒を進めながら「にゃー」と泣くっていうらしいんだ」
「またちんけな決まりがあるんだな。よーし……、「にゃおぉん!」」
「お前さん!!まさか本当に猫又にでも取り憑かれたんじゃ…」
「馬鹿な事言っちゃいけねぇ!」

名人は続けます
「1、ほら「にゃおぉん!」」
「また1、「にゃあぁん!」
「1だ、「にゃぎゃぁぁ!!」」

山猫の如き名人の鳴き声とは裏腹に、ひたひたと猫は這いずりよって参ります。
「なんだなんだ俺っちの駒、全然進まないじゃねぇか!」
「どうした名人、いつもの調子は」
「ちょいと待っとくれ、ここでピンゾロを出せば逆転できるんだけんども」
「見苦しい言い訳は後回しだ、さぁどうする、隣の家に入りこめば、とりあえずこのせんべいを1つ取る事ができるんだが」
「けっ!そんなしみったれたせんべいのかけらなんざ、酒の肴にもなりゃしねぇ!」

名人は頑として上がりを目指すのですが、猫は背後から容赦なく襲ってきます

「さぁ名人、聞いていたと思うが、二週目からはこの猫が2つ進むことになるんだが」
「ついに化け猫が本性を現しやがったな!だがな、ここで食い下がっちゃ男がすたるってんだ!」

速度を上げて背後から迫り来る猫に、ついに名人、為す術もなく全ての駒を食われてしまいます。

「また1か、(すぅー)「うみゃぁぁぁぎゃああわあぁ!!」」
割れんばかりの声も虚しく、名人の持つ最後のネズミのコマも、ついにネコに御用となります

「あぁ名人、ついに最後のネズミも食われちまったか。それじゃ精算だ。八兵衛は六つ、お近は四つ、金次は最後に上がりに入ったので六つ足して八つ、名人は1匹残らず猫に食われちまったからなしだ」
「くっ…俺としたことが名人の面目丸潰れとは、情けねぇ…、」
「名人よ、これで目が覚めたじゃろ。双六なんぞに現を抜かしてねぇで、これからは心を入れ替えて、ちゃんと真面目に働くんじゃぞ」
「長者の旦那、おいらもようやく目が覚めたでござんす、これまでずいぶんと女房には迷惑をかけやした。これからは真面目に働くことに致しやす、そうと決まれば話が早い!どぶさらいでも、ねずみ取りでも、何でも言いつけてくんなせぇ!」
「それには及ばんよ、何せさっきの鳴き声で、町中のネズミが逃げ失せちまった」

お後がよろしいようで


2018年6月1日金曜日

トナカイはサンタとともに 僕の17会体験記 当日編(ごたごた)

先日5月31日(木)に行われた17期交流会「17会」、通称「トナカイ」の備忘録です。
前編「準備編」と、後半「当日編」に分けての報告となります。


準備編(ぐだぐだ)はこちらから
http://hibikre.blogspot.com/2018/06/17.html


当日編(ごたごた)

結局、画像・音声環境の器材を整えることができず、ぶっつけ本番のまま、当日を迎えることとなった。
天候は雨模様。夏を迎えるというのに、曇天模様で、気温も高くはない、沈んだ朝。
降りかかる不幸だけは、入った先のスーパーで折り畳み傘を盗まれたり、カバンの紐がちぎれて使い物にならなくなったり、と、あたかもピタゴラ装置のように続く。
「これで本番は成功間違いない!٩( ᐛ )و」
ツイート上で強がってはみたものの、胃の中からは今にもエイリアンらしき強酸にまみれた生き物が食道を伝って出てくるような。

15時を回り、重い足取りで中野へと向かう。戦国武将ならば、誰の士気を上げるまでもなく、見かねた部下の手で撃ちのめされていたに違いない。

17時15分、kurumari店内ではしょうさんがテキパキとテーブルや椅子などの準備に取り掛かっていた。
「できましたよ!」の声にはたと気がつく。以前依頼してあった「mentimeter」のアンケートが完成したというのだ。
早速視聴する。選択肢が絞られ、画像も付属、追加で質問も用意されるなど完成品は想像以上だった。さすが、使用されていらっしゃる方に一任されるとこうも上手く調理されるのか、といった見本のような出来栄えだ。

アンケート企画の盛り上がりを確信したところで、次は持ち込み器材の調整を行う。
とはいえ大した準備は必要とせず、画面に映し出された通りにWi-Fiのパスワードを入力すればいいだけ、
の、はずだったが、緊張してしまうと、この程度の作業すら頭が拒否反応を起こし、思うように働けない。
設定、パスワード、など一連の流れを理解し、何とか画面入力できるように至るまで、結局間に合わせることができないまま本番を迎えることとなった。画面には口を開けたカバのスクリーンセーバーが荒々しく映し出されていた。

手続きに手間取るうち、最初のお客様が到着する。ミープルボタンでお馴染みのたかミープル様だ。
奥の方へと案内すると、こちらがワンオペで手間取っていることを察したらしく、手書きのメモを取り、サッと「会計を済ませたらタグを取って」と記載してくださった。
お金を管理していることを自覚し直した私は、画面の作業を捨て、直ちに会計の方に戻った。
予定していた時間となり、続々と参加者が集う。
作業に没頭してツイッターを確認し損ねたが、到着の遅れる方が数名いらっしゃる旨も、この時点でようやく把握する。
引きつるような笑顔を作り、飲み物を出したりオーダーを取ったりといった作業に従事する。
遠くのテーブルでは談笑する声が上がる。すでに顔見知りの方同士、和気あいあいとした雰囲気でテーブルを囲んでいるようだ。

18時が過ぎ、18時20分が過ぎ、全員が集まらない、特に今回のキーパーソンである翔さんが集まらない、という状況の中、連絡を入れ、会をスタートさせた。

オープニングセレモニー、
クイズ番組の形式の、言うなれば「一人コント」だ。
それも「全ての答えが『17』になる問題」である。

まずはこちらをお聞きください
(曲が流れる)
「この曲はしゅぴ〜る遊園地が歌う「ボードゲームファイター」です。この曲の中で「シェフィなんて」何匹いかない、と歌われていたでしょう」

ピンポン!17!

「ゲームマーケットデビュー組で行われる各同期会の中で、幅広い作品とデザイナーが並ぶことから各方面の注目を集めている、通称を「トナカイ」といえば、会の名称は何でしょう?」

ピンポン!17!

「これより17期同期会、開催したいと思います!」


すでにこの時、全身から汗が噴き出していた私。
料理が運ばれ、飲み物が酌み交わされ、華やいだ声で、各テーブルが盛り上がりを見せている。
しょうさんが助言する。
「自己紹介、しないんですか?」
ぼんやりしていた私はハッと我に帰り、遅れた分のタイムスケジュールを見直しながら、すぐに自己紹介の時間を入れることにした。
さすが、デザイナーの方は自己紹介に馴れた方が多いようで、自身の作品の宣伝も兼ねた簡潔な自己紹介をどの方もテキパキと話してくださった。

間髪を容れず、次なるイベントは「mentimeterを使用したアンケート企画」の出番だ。
URLを入れるだけ、とはいえ、Wi-Fiのパスワード等を入れる時間に手間取ることを想定せず、少々スムーズに運べなかった点が反省事項だっただろうか。
それでもこの企画に間違いはなかったようで、アンケートそのものの面白さも含め、大成功だった実感を覚える。
アンケートの項目に関しては、諸処意見もあると思うけれど、これも私なりの形として、一旦心に留めておきたい。
何より、アンケートの項目を増やしてくださった(とりわけ皆さんが興味を持ってくださった項目を)kurumariのしょうさんの手腕に、心から感謝したい。

19時を回った頃、ふと、たかみさんが立ち上がり、今回を皮切りとした新たな企画を立ち上げたい、といった趣旨のプレゼンを始める。
聞けば、自身のミープルボタンを活用した、新たなプロジェクトやコラボ企画を考案中だという。
全体を通じ、彼の熱量の高さに圧倒される。
業界を更に、盛り上げたい、伝えたい。
その上で何かできることを、模索し、その一歩目を後押ししてくださる方を求めているような。
私も勉強すべき点が多く、これまで内向的に活動していた自分の活動を、もっと彼のように外へ向けて積極的にアピールするべきだと、プレゼン中に内省したのであった。


遅れて到着された翔さん、カトウヒデユキさんらも含め、参加を表明された全員が無事に到着し、会の雰囲気もいよいよ“たけなわ”を迎える。
この雰囲気を盛り下げないために、次なるイベントをどうするべきか、裏手に回り、ウエノさんにコソコソと相談する。
実はクイズの他に、今話題の「STREAMS」を用意していた。
大人数でプレイでき、ルールも簡単、と、この場で広げるにはうってつけのゲームである。

けれど、その場の流れで、否、ひょっとすると無意識のうちに私が「ボドゲクイズやりたいです!」と懇願したからだったか、
その辺りの記憶は曖昧だが、急遽「ボードゲームクイズ」を開催する流れとなった。

急遽、とはいうが、実は今回のために特別問題を40問ほど用意していたのだ。
「17会」ということでおあつらえ向きに「2017年」をテーマにした問題ばかりを取り揃えた。

一か八か、恐る恐る出題する。
出題の様子を動画で撮影するしょうさん。
あとで上がったツイートを確認すると、案の定、緊張で声が上ずっている。
最終結果は、赤が最後に華麗な逆転勝ちを収め、大いに盛り上がりを見せているようにも見えた。

出題を終え、乾いた喉を烏龍茶で潤す。
予想をはるかに超える疲労に、私はもはや、気力だけで立つしかなかった。
普段から少食気味だった私は、この日もまともに食事などありつけなかったため、空腹に疲労が相まって、店内の照明以外、目に入るものの判別が一時期困難な状態だった。
外の風を浴びていると、しょうさんがやってきて、こう話してくれた。
「皆んな、ゲームではなく、会話してますよね。良かったじゃないですか」

店内を覗くと、確かに開始からだいぶ時間が経過していたものの、テーブルやカウンターでは、トークに花が咲いていた。

ふとカウンターに目をやると、らめるさんがオムライスにケチャップでイラストを描いている。



オムライスは、先ほどのパネルクイズに「17」をあしらったデザインだ。
感動屋の私は、喉の奥の小石が外れそうになるのを寸前でこらえつつ「ありがとうございます」とお礼を述べた。

楽しい時間もあっという間に過ぎ、時刻は21時、中締めの時刻を回る。
翔さんに依頼し、締めの乾杯と、全員の「しゅぴ〜るゆうえんち♪」で締めることを提案した。
珠洲ノらめるさんが取り仕切る。

「しゅぴ〜るゆうえんち♪」

動画の詳細はツイッター「#17会」のタグを参照して欲しい。

時間はとうに過ぎたが、解散するでもなく、ゲームに、話に、興じる参加者の方々。
一方で、すでに事切れてしまい、ただひたすら烏龍茶を煽るだけの道服人形と化した私。
これだけ有名なデザイナーが集まっている会だというのに、ゲームもできず、名刺も渡せず、疲労も重なり、何だか、自分が惨めでしょうがない。
「もっと堂々としてくださいよ」
見かねたウエノさんに諭されて、三度気合いを入れ直す。
引きつりながらも笑顔を作り、一人一人デザイナーに回って、感謝の言葉を述べた。
この会は有名なゲーム会を主宰される方も数多く参加されている。ゲームが好きで会を開いた主催者が一番ゲームできない、といった話はよく聞くが、それは時間的な都合に加え、あれこれ回るうちに疲労や業務等も重なるからなのだろうか。
何にしても、齢四十、体力の衰えを実感する。


閉店の時間を迎え、最後の参加者とともに中野kurumariを後にした。
外に出ると、すっかり雨は上がっていた。今宵は年に1度のブルームーン、見ると幸せになると耳にした覚えがある。
帰宅するや否や倒れるように布団に潜り、毛布の中から「#17会」のタグを追う。
「楽しかった」
「またぜひ2回目もやりましょー」

・・・泣いてもいいんだよね。
ここが我が家であることを確認し、私はシーツで涙を拭った。
成功したのか、な?
自分が成功したと思えたならば、それはそれでいいや。

頑張りを評価されたのか、会の冒頭、TUKAPONさんから以前制作されたというボードゲームを頂戴した。
「glasgow」(グラスゴー)」と呼ばれるこの作品は、小箱いっぱいに、まばゆいばかりのガラスタイルが詰まっていた。
紙ではなくガラス製のタイルを用いたエリアマジョリティのようで、色とりどりのタイルが目に映える。
それは暗い寝室の中、スマホの明かりに照らされ、キラキラと光を放っていた。
私はそのガラスタイルが、口の中に唾液をもよおす錯覚を覚えるまで、手に取ったまま、じっと眺め続けていたのだった。



(ご拝読ありがとうございました)

トナカイはサンタとともに 僕の17会体験記 準備編(ぐだぐだ)


先日5月31日(木)に行われた17期交流会「17会」、通称「トナカイ」の備忘録です。
前編「準備編」と、後半「当日編」に分けての報告となります。


準備編(ぐだぐだ)


きっかけは何だったのだろう、と、過去のログを紐解いてみると、どうやらGW明けの5月9日ごろから構想自体は始まっていたようだ。
「18会」と称される同期会がゲームマーケット大阪の際に話題となり、随所でゲームマーケットデビュー組が集まり、(同期会が)できたらいいね、といった話で持ちきりとなった、ゲームマーケットの興奮冷めやらぬ、そんな時期。

「17会、しませんか」
ツイートに上がったその言葉を発端とし、中野オムライスバーkurumari店長ウエノさん、しょうさん、そして18会を取り仕切った「ボドっていいとも!」MCの翔さん、あらいさん、珠洲ノらめるさんらが集まり、ツイッターのグループが結成、場所と日程、そこからツイプラにて告知がなされるまで、僅か1日足らず、思った以上にあれよあれよと事は進んだ。
「考えるより、動け」
ブース等々運営する中で、職場の上司からガミガミ指導されるではなく、先の翔さんや「ワンナイトマンション」製作者のぎゅんぶくさんらの動く姿勢を観察して覚えた、私なりの格言だ。

ツイプラの告知を行ったその流れから、当日の運営から、全体の取り仕切りに至るまで、全て私に一任される流れとなった。
いや、むしろでしゃばりの私が相変らずいつもの調子で「取り仕切りたいです!」と申し出てしまったのだろうか、そのあたりの記憶がとんと抜け落ちてしまった。
ともあれ、任されたとあらば、私の持てるだけの力で、最大限の会を開こうではないか。

かくして、残された時間となる約3週間あまりの中、独り着々と運営の準備に入った。


まずは業務でも何でも、コンセプト(軸)を明確化しておかなければならない。
前回開催された18会の様子は、ツイッターのTLでも概略が伝わってきたので、概略の検討はついている。
18会の主眼は「情報の共有」
不安な点が多く、縦横のつながりを求めていたであろう18年デビュー組にとって、今後の方向性を勉強しながら楽しく語らう「18会」の意味合いは、非常に大きかったのではないか。

では「17会」はどうあるべきか。

ぼんやりと、ではあるが「堅苦しい勉強会」にはしたくはなかった。
前後の幅があるとはいえ、1年ほど運営の知見を持った上での情報共有は「多少なりとも掌握している」という認識があり、また、勉強会を全面に出した交流会ならば、別のゲームカフェでもおそらく開催が為されるはずだからだ。

だから今回はあくまで「楽しむ」ことに主眼を置くこととした。

「楽しむ」とザックリ書いたけれど、楽しむことは、案外難しい。
こちらが「楽しんでね!」と提示したことに対し、一方通行となってしまっては相手が迷惑を被るだけだ。
迷惑を考えず、美味しいからとフルコースをオーダーしては、せっかくのディナーも全て廃棄処分に帰することとなる。
シチュエーション、場の空気、原案と、第2案、3案、予備案、等々、全ての対策を含めて「相手のその場に応じて」の行動を鑑みる必要がある。

もうひとつ
「楽しむ」が主眼ならば、「掛け持ち」も許容していいはずだ、と。
この17会を企画した際、18会に参加された方、またはデビュー自体はそれ以前の方からも「是非参加したい」という嬉しい声が上がった。
今回の主旨を「楽しむ」に軸を合わせたならば、それら基準をいい意味で曖昧にすることができる。
第一、皆が集まり楽しく語らう場において、厳密な規定など必要あるまい。
むしろそれらしがらみを取り払った方が、上下分け隔てなく様々な意見、作品が集まり、予想だにしなかった多くの面においてプラスに傾くはずだ。

全ての舵を切る方向が整った。
「どなた様もお気軽にどうぞ」
同期会とは謳ったが、特に「同期」という文言を強く明示することは避けた。
結果、18期の方から、果てはかなり前にデビューされた方まで、幅広い層の方が参加されることとなった。
これも17会の面白みにつながったと、終わってから実感している。


方向性が決まったとはいえ、ただ集まって、飲んで食べて、だけでは、単なる飲み会と変わらない。
主催するからには、何かしら「来てよかった」と実感してもらうだけの、イベントを用意しなければならない。ならない、というより、自分だったら「そうしたい」
しかして、先に挙げたように、楽しませることを追求すればするほど、先の見えない迷路を彷徨い続けることとなる。
「楽しいことって、なんだっけ?」
普段、酒の入った席上において、馬鹿らしい宴会芸くらいしか能のない自分にとって、エンターテイメントの限りを知り尽くしたボードゲームデザイナーの前で、最大級の「楽しいこと」を提示する、となると、何をすればいいのだろう。
BINGO?紙ペンゲーム?何かボドゲでも?・・・etc、etc…。
あれやこれやと思索を巡らす内に、だんだんと目の前が暗転する。
何故だろう、自分自身が、多くの方と集まって楽しく語らえるような、そんな会にしたかったはずなのに。

ふと気がつけば、ツイプラの参加者は開始4日目にして、当初の予定の半分を超える10名もの方が「参加します」の表明を示している。「興味あり」まで含めると、自分の想定していた定員を優に超える数だ。
皆の期待値に比例して、積み重なるプレッシャー。
何か、動かなければ。
私生活の関係上、「安易にポチる」ことで精神衛生の安定を図っていた生活も鳴りを潜め、ひたすら横になり、翌朝は走る、本棚の本をパラパラとめくる.…。
焦燥感に苛まれる中で、時間だけが無情にも過ぎていく。


1週間という期間は、五月の風の如く、サラサラと流れていった。
17日日曜、ノートに殴り書きしたようなメモを取りまとめ、私は一度kurumari店舗にお邪魔することにした。
改めて店内全体の確認と、懸念事項の確認・調整だ。
実は今回、店内に据え付けの巨大なモニターと、店内に流すことのできる音響設備について使用ができないか、といった具体的な話も考えていた。
先の18会でもパワーポイントを表示するなどの活躍ぶりを見せた巨大モニターは、優に50インチはあろうかという大きさで、店内のテーブルに着席されている方ならばどなたでも目に入る設備である。
これを使わない手はない、
・・・と考えるも、あれがしたい、これは(自分の技術的に)無理、と、出来ては投げ、を、先日から延々と繰り返していたのだ。
幸い、以前購入したは良かったものの、結局ホコリをかぶってしまった旧型のAppleTVがあったことを思い出し、ならばモニターにiPadの画面を表示できるのではないか、と考え、その有効活用が宿題となっていた。

手に持った一冊のノートには、当日の調整事項がこれでもかと言わんばかりにグジャグジャと書き殴ってある。

18時開店と同時に店内に入る。
ウエノさんの姿は見えず、ホールでは他のスタッフの方々が所狭しと動いていた。
事情を説明し、他のお客様が来店するまで、私は手短に概要の説明と懸案事項の調整、そして当日全体の流れを頭の中でシミュレートした。
モニターは、改めてその大きさを実感する。
音響設備も加えると、さらに効果は絶大だ。
あいにく私の使用するパソコンがMacだったこと、相手先がWindows端末だったことで幾分の不都合はあったかな、と考えたが、それも誤差の範囲だ。
ノートに記載した懸念事項、値段、料金、料理、アルコールの有無、個室等について一つ一つ確認する。
しばらくするとウエノさんが到着、ここで前回18会の状況について、概略の内容や全体の流れ、雰囲気といった話を聞く。
比較や負けん気、といった話ではないが、17会は17会として、できることをしたい。
その熱意だけでも、参加された方に伝えられないだろうか。

ストレスがピークに達した私は、kurumari名物のオムライスを注文することなく、ウーロン茶だけを2杯ほど煽り、その日は帰宅した。
音響の点検は「ケーブルが足りない」というポカミスを犯してしまい、この日は調整出来ずじまいに終わった。


数日後、ツイッターのグループチャットにて翔さん、ウエノさんらと軽くミーティングを行う。
人数の上限は、先に店舗の方と調整し、22名+α(カウンター分)と申し受けてはいたが、翔さん曰く、上限を設けた方が良いとのアドバイスを受ける。
このまま青天井に人数が加算される状況も、見ている分には楽しいだろうが、いざ本番になり、運用や切り盛りなどの面で首をしめることになる姿など火を見るより明らかだ。
現在19名、上限を残り3名とし、締め切りを少し早めて1週間後の日曜とし、ツイートに流した。
駆け込み需要があったせいだろうか、残り3枠はあっという間に埋まり、残りの枠は3日とたたずに埋まってしまった。心苦しかったが「締め切りました」とツイート上で報告する。

次は「イベント」だ。
各地のデザイナー交流会に参加し、その際の「アンケート」企画が大変評判良く、自分でも実施したいという思いが募り、今回の企画の一つとして取り入れることにしたのだ。
「楽しむ」ことを主眼にしたので、できうるならば「勉強」「情報共有」といった観点からは一線を画したものにしたい、チャット上で、そうメンバーに伝えた。
すなわち「ゲムマでは何部頒布しますか」「売上はどれくらいですか」といった真に迫る質問というより、むしろ「ゲーム会で食べたくなるお菓子は何?」「国内のカフェとエッセンシュピール、旅行に行くならどっち?」といった、ありていに言えば「どっちでもいいよ」という質問がいいな、と考えたのだ。

頭の中で、事前にアンケート用紙を配る、と考えていたところ、kurumariのしょうさんが面白そうな提案を持ち出してきた。
メンチメーターって知ってます?
慌てて調べてみると、どうやらアンケートのできるウェブサイトのようだ。
以前、某ゲームカフェでクイズに関連するイベントを行った際、似たようなソフトウェアを使用した記憶があったが、このメンチメーターは「アプリを介さずに投票できる」点が魅力的に感じた。
使い方次第では4択に限らずボードクイズ等にも汎用ができそうだ。(基本無料、一部有料で機能拡張が可能)

少し試してみる。日本語にも対応しており、操作もパワーポイントが使いこなせるならば至って簡単だ。

しょうさんの勧めと、メンチメーターに一目惚れした私は、早速この「アンケート企画」を具体的に立ち上げることにした。
質問項目を来週日曜までに4、5個ほど考える、という宿題を己に課した私。
しかし、年を重ねても相変わらず計画性のない私は、当日まで宿題の存在を失念しており、当日朝になってから、慌てて店内で記載するという対応のマズさを露呈するのだった。

当日まで残りわずか、本当に大丈夫なのだろうか。

(後編につづく)
http://hibikre.blogspot.com/2018/06/17_1.html




2018年5月27日日曜日

ミドリムシの話

ミドリムシの話をしたいと思う

近年では「ユーグレナ」の名称でも親しまれるミドリムシは、栄養豊富な食品として、発展途上国の貧困な子供たちにクッキーなどに加え配布されるなど活用されている。
国内でもその高い栄養素がサプリメントや化粧品などにも利用され、需要の高まる中、ついに人工的な繁殖に成功、安定的な供給ができるようになった。

生物学的に見ると、食物連鎖の最も下に位置し、多く繁殖したところでそれ以上に多くの生物に必要とされる、まさに「縁の下の力持ち」的な存在だ。

万能である一方、あまりにありふれすぎるあまり、皆がそれを「さも当然」として扱う存在
理科の実験でドロ水から容易に採取されるなので、有り難みも薄く、また、そんな微生物を安全に口にできるなどと、当時は知るよしがあるはずもない。
まして、名前に「ムシ」が入っているが故、多くの方に誤解されることもあったのではなかっただろうか。


皆に必要とされる存在とは、皆にそう「ぞんざいに扱われる」ものではないか

今回のゲームマーケット春、私は数多くの失敗を経験した。
あれだけ綿密な業務を調整したにも関わらず、広報活動もろくに行うことができず、文章校正に多大なミスを生じ、当日は発送品の到着ミスなどブースの運営に支障をきたし、その後の委託販売等も大きく遅れを取るなど、作品全般に大きな痛手を被った。
ゲームマーケットのアンケート評価にも、一時期、作品名もブース名も、評価の対象として上がらなかったほどだ(現在は修正済み)
その後の対応の不備も重なり、せっかく先回築き上げた評判を、大きく下げる結果となってしまった。

失敗は本当に痛い。失敗など、したくは無い。
誰しもがそう思う。
失敗に限らず、労力全般を包括して、そう言えるだろう。
これまでの宣伝、これまでの制作時間、テストプレイ、文章構成、等々、全てに費やした時間が、あたかも全て「マイナスカード」を突きつけられるが如く、反転してしまったからだ。
自分の中で頑張りを提示した分だけ、比例するようにリスクは上がっていく。
ゆえに多くの方は「リスクヘッジ」を念頭に置き、時に安寧の道を選んだりもする。

だからこそ、
意を決して虎穴に入ったからこそ、見えてきたものがある。
傷口が少しだけ癒えた今、言えることがある
それは「今まで見えなかったものが見えてきた」ことだ。

それでも作品を応援してくださる方がいらっしゃった
「買います」「待ちます」と声をかけてくださる方がいらっしゃった
「次の作品を期待しています」とおっしゃる方がいらっしゃった

作品を冷たく見放された中、それでも暖かく見守ってくださった方が、その目にハッキリと映ったのだ。

ゲームマーケットから一ヶ月が経過する。
心と体は、未だ不安定のまま揺れ動いている。
きっと今はまだ、ゲーム用語的に「しゃがむターン」なのだろう。
あたかも筋肉の超回復のような、筋細胞が修復する痛みのような、今はその痛みに耐える時なのかもしれない。

かっこいい言葉を並べたけれど、正直な話をすれば、次回の作品に向けての構想など、何も立ってはいない。
傷口もそんなに癒えてはいないし、やはり失敗のリスクを覚えているのは、頭ではなく「身体」のようで、手が、指が、ピクリとも動かない。動こうとしない。
きっとまた作品を生み出した時には、あの日のような大失敗の憂き目に遭うかもしれない、それを身体が「覚えてしまった」のだ。

でも、私は信じる。
いつの日か、歩み出す時が来る。
その時こそ「あの時自分は、正しい選択をしたのだ」と、
そう自分を慰めてあげたい。

いつの日か、皆が作品を求め、その一方で失敗をけなされ、それでもじっと耐えることのできる度量を持ち合わせる、

失敗し、絶望のどん底から、痛みに耐え忍び、再び立ち上がってきた、
そんな僕なら、きっとそれができるはず。


自分が将来向かうべき作品は、そんな「ミドリムシ」たる存在でありたいと願う。




2018年5月20日日曜日

目に見えるものを感じよ 目に見えぬものを感じよ

(5月20日1945更新)

シンプル イズ ベスト、という言葉がある。

先日発表されたディアシュピール主催「制服コンテスト」
http://www.dear-spiele.com/dearspiele_con01/
最優秀賞、優秀賞を含む受賞された作品はいずれも、派手すぎず、主張しすぎないという点で、私の目にはいずれの作品も好印象に映った。

有名ゲームカフェの制服だから、アンティークな店内に合わせた、もっと派手めの衣装に評価が下るのかな、とも思ったが、割合シンプルなデザインが高く評価されていたようだ。

シンプルに行き着くまでの、工程に関する話題について、今回はテーマにしたいと思う。

シンプルなデザインは、そこに向かうまでの道筋に、バイパスのような行程が設けられていたわけではない。
何度も何度も、高く険しい峠を行き来し、何時間もかけてようやくたどり着いた先こそ、実はバイパスを使えばものの30分でたどり着くといった、それこそまさに「洗練された」デザインだ、と個人的には考えている。

「腑に落ちない」
そう考えるのも無理からぬ話だ。


果樹園ではもうすぐ「摘果」の作業が最盛期を迎える。
美味しい果実を実らせるためには、余剰となる果実を、実入りとなる前に摘み取っておく大事な作業だ。

制作も、イメージとしては、それに通じる箇所がある。

付け足すだけでは、足すだけでは、過剰となる。

だから、何度も付け足した後は、余分な部分を削ぎ落とし、核となる部分を残し、より一層洗練させる必要がある。

稚拙な経験ながらも、ボードゲームを少し多く購入し、その中で多くの作品を拝見する機会があった。

ゲームの作品をいくつか目にし、限られた枠の中で事細かにキャラクターの効果を示すべく、製作者は様々な苦労を重ねてきた。
文字を埋める作業一つとっても、フォントやポイント数、背景や文字色、効果をアイコンにするなど、果ては「要らない効能は一箇所にまとめる」といった各種工夫を行うなど、その労苦は計り知れない。
あるいは、特殊効果や、特別な人物、拡張ルールに拡張パック、ヴァリアント、等々
一つの要素を加えることにより、全体のバランスが大きく変化し、それにより、再度ゲームバランスの再構築を余儀なくされたことだろう。
ルール全体の「抜け」も考えなければならなかっただろうと思う。
それらを時折気にしつつ、プレイすることも、まま、あった。


先日、主に堀場工房のイラストを担当されていることでも知られる漫画家のたちばないさぎ先生が、自身の作業風景をツイートされたので引用したい。

https://twitter.com/isappe21/status/994883229126660096

記事内で「デフォルメ」と表現されていらっしゃるように、一度リアルな頭身を製作した上で、必要のない部分、省略できる部分を極力排除し、全ての線に無駄をなくした作品が、あのような形となったと思慮する。

なべとびすこ先生の短歌を読んでいると感じる「短歌」の世界も、三十一文字の言葉のどれもが洗練され、語るべき自身の溢れる思いの丈を、あれだけの言葉に凝縮したのだと、その削ぎ落とすセンスにただただ脱帽する。

洗練を重ねることで、自らの主張、「自分の真に伝えたいメッセージ」を明確化することができ、果ては余計に波及した効果を冷静に対処するといった効果を持つ。
正しく洗練された作品は、見た目もスッキリとしてデザイン的にもスマートだ。

製作者サイドには、都度、それらの真贋を確かめる能力が求められる。

何が必要で、何が不必要な情報なのか
SNSで頻繁に流れる必要以上の情報に、踊らされてはいないか


つい先日も「余計な部分も記載しなければわからない」といった内容のツイートが界隈を賑わせた。
思いつくだけの内容を記載しておくことは、ある意味、いたちごっこに近い。
「***はできません」
「***はしないでください」
これを専門用語では「ネガリスト」と表現する。
ダメだダメだ、と体裁上に記載することで、「じゃあ***しなければOKなんだ」と受け手が取り得る条文の記載要領だという。
制限を加える文言を先に明示することで、受け手はかえって制限なく行動できるという、表現方法の一つだ。
余談だが、反対に「***ができます」を多用した文言だと、受け手に「じゃあ、それ以外の手段、方法は原則禁止か」と縛りを持たせる文言となる。「ポジリスト(ポジティヴリスト)と呼ばれる。
必要、不必要な場面はTPOに応じるため、それらを事細かに一つ一つ数え上げていっては際限がなくなるため、これらの表現は法律の世界などでよく用いられている。


閑話休題
ピカソのゲルニカでも、この「余分な部分をそぎ落とす」場面があったことを思い出す。
学生時代、両親と興味本位で見たピカソの作品に「えー、こんな落書きみたいな絵でお金がもらえるんだったら、私も画家になろうかしら!」と母親がごちていた。
ご覧になられたことのない方は、彼の若かりし頃の作品をご覧になるといいだろう。
あの一連の作品も、一度「山の最高峰を登頂した上で」行き着いた彼なりの哲学なのだ。


過程を評価せず、結果ばかり、出来上がったものばかりがもてはやされ、そこに行き着くまでの、努力などといったステータスは、評価されにくい時代にある。
売れるためには、ツイッターでバズらせ、製作過程をSNSで都度報告させよ、といった具体的、数値的なアドバイスを送る方もいらっしゃる。

私の考えは少し異なる。
出来上がった作品の細部に、それら努力の結晶は如実に現れるもので、見る人が見れば、その違いは歴然なのだ、という前提だ。

年始のテレビでは恒例となった「格付けチェック」のようなもので、一見して気がつきにくい製作者のこだわる細やかなメッセージ、味わい、じっくりと時間をかけて熟成させたアイディア等、それらは熟練のプレイヤーに「見えない形」となって届くはずなのだ。

「こだわりました!見てください!どうかよろしくお願いします!」
もっと告知をしろ、アピールしろ、と、前職の時代は上司に何度も指摘を受けた。
言わなければ解らない、伝わらない。
だからもっと言葉で、態度で示せ。
嫌なら嫌だ、そうはっきり物申せ…。

そうではない。
今ならはっきりと、上司に、そう進言できる。

洗練された作品の、過程を踏まえた味わいを、心眼に映ずるまでの気づきを得るには、相当量の経験と熟練、など、実はそれほど必要としない。

日頃我々が脳に蓄えている情報量は非常に多く、実際に見たり、感じ取ったりなど五感をフルに活用し、それを潜在意識という大脳のフォルダに膨大な量の記憶として蓄積されているのだ。
その中から、即座に使用できる、必要最小限の情報量のみを「海馬」の部分に一時保管する。
必要な能力は「常に周囲に対し興味関心を持ち続ける、観察眼」であり、それらを販売する側が触媒として刺激することもできるだろうが、私はむしろ購入されたお客様一人一人が「発見する」楽しみを持たせてあげたい、と願う。
興味を持ってくださった方々は、箱を開けた瞬間から、作品に向けての目線が一方通行となる。
淡い恋愛のように、細部に目を注ぎ、疑問を持ち、観察を続け、些細な変化を見逃さず、細やかな違いであっても、すれ違った瞬間「ん、何だか今日はオシャレだね」「実はネイルを普段とちょっとだけ変えただけなんです」と声をかわすような、

いわばユーザーに対し声高にあれこれとアピールすることより、むしろ「言葉ではうまく表現できないけれど、なんとなくイイ!」を、手に取ってくださった皆様一人ひとりの感性に訴えること、
創作作品に求められる能力とは、そのことだったのではないだろうか。


ゲームマーケット春の作品をプレイする中、あくまで私の知見の上で、「これは多くの苦労が伺えるな」「このデザインに行き着くまで、紆余曲折あったのだろう」「何度もテストプレイされた形跡があるな」といった情景が目に浮かび、説明書を片手に目が潤んでしまう場面が多々あった。
制作に携わった方々の多大なる苦労と汗がにじむ作品を、これからも大切にプレイすることで貢献していきたい。
そして、それら制作に携わる努力の汗と涙の一片を、少なからず汲み取れるようになったことが、自分にとって何よりもうれしい。


2018年5月13日日曜日

ゲームマーケット2018春 〜全ての参加者にエールを〜

ゲームマーケットに出展、来場されました方々、大変お疲れ様でした。


先日のゲームマーケット2018春では、数多くの作品が出展され、多くの方で賑わいを見せた。
人気作は開始早々列を形成し、土、日と二日連続にも関わらず疲れた体にムチを打ち、参加者はカタログ片手に注目作を追い、出展者サイドは笑顔を見せながら売り場に立つ姿も見受けられた。


カタログのサークルカット提出から始まる数ヶ月前からの入念な準備、いや、それこそ、ルールの基軸となるアイデアは前回のゲームマーケット終了時から持ち合わせていた、なんて方もいらっしゃることだろう。
思考が形となり、テストプレイを繰り返す中で、表現したい物の本質がブラッシュアップされ、真に自分の表現したい作品が、世に登場し、お披露目される。
夢が現実となる、まさにその瞬間だ。


サロマ湖100kmウルトラマラソンでの話。
壇上に立った有名ランナーが、スタート直前の走者に向けてこんな言葉を送った。

「ウルトラマラソン参加者は、ゴールした人が勝者ではありません。この日のために努力を重ね、今、こうしてスタートに立っている、皆さん全員が勝利者なのです!」

かつてはイチロー氏も、羽生善治氏も、著名人ならば皆「成功ではなく、成功に至る過程が重要」と語った。
ゲームマーケットも、売れる売れないではなく、出展の舞台に無事作品を生み出すことができた、その過程で既に勝利者なのだ、と、私は今回ブースに出展された方々に改めて畏敬の念を送りたいと思う。

当の自分は、というと、あれだけ入念に準備を計画、万全の体制を整えたにも関わらず、事前の広報活動は後手に回り、私生活のごたごたも重なった上、体力的にも精神的にも無理、無茶な創作を強いられ、当日は荷物が手元に到着していないハプニングに苛まれ、挙句、売り場を任せた人間とのコンタクト不足により委託予定分がキャンセル、さらには、翌日から寄せられる誤表記(エラッタ)報告の嵐、度重なるいわれのない陰湿なツイート、etc…。

あおる予定だった祝杯は、連日連夜、やけ酒を浴びる羽目となり、無理な作り笑いでメンタルを支える日々を送っている。
人生とは、かくも難しい。

・・・。

閑話休題
土曜出展だった私は、時間が取れたことも幸いし、日曜はのんびりとブースを回ることにした。
兼ねてからツイート上を賑わせていた話題作はやはり列が絶えない。
巨大ウボンゴ3Dや謎解きイベントは、順を待つだけで買い物の時間が終わりそうだ。
試遊スペースはどこも満席で、笑い声や、中には阿鼻叫喚が上がる台もちらほらあるなど盛り上がりを見せていた。

予約を回るだけで、あたかもRPGのダメージ床の如く、すり抜けるたびにMP(マネーパワー)がじわじわと消費される。
この辺りも、補給体制も含め、きちんと管理しなければすぐに瀕死となってしまうので注意が必要だ。


後日「ジップロックのような媒体が少ない」といったツイートも目にしたが、簡素なパッケージ販売ならば、埼玉ゾンビ研究所制作の「ダイイングメッセージ」や、BGM盤上遊戯製作所委託の「皇子のトリテ。」といった作品も目にしたし、それこそ「モックアップ」や「シート印刷」などの作品ならば、他にも見逃した作品があっただろうかと思う。
印刷会社各社が全国各地で広がりを見せ、また、多くのデザインや媒体を通じて作品の表現が可能となった。
それらを披露する場として、今後もゲームマーケットを楽しむことができたのなら、と私はふと考えた。

多くの抱えきれない買い物を手にし、私はこれらの作品を「養い育てる」番となる。
大河の流れの如く、多くの作品がごうごうと音を立て、多くの方の手に渡った。
淀みなく澄んだ水は、渇望する今だからこそ美味しさが倍増されるのだ。
製作者から多くの期待が込められたバトンに応えられるよう、私は今後、製作者の想い、気持ちを余すことなく、骨の髄まで作品を堪能したいと思う。


ゲームマーケットに集うのは「お客と商業者」ではなく「同好の士」だからだ。