番次郎の盤上万歳!!: 関西を旅して気づいた「ボードゲームを形成するもの」とは。

2017年7月17日月曜日

関西を旅して気づいた「ボードゲームを形成するもの」とは。

「明後日、神戸に行くから」
唐突に口にした妻の言葉が聞き取れず、ついiPhoneの電波を疑ってしまった。
私たち夫婦は、これまで一度も関西圏内に足を踏み入れたことなどなかったのである。
それを急に「行きたくなったから」の一言で片付けてしまうあたりが手前味噌ながら我が妻らしい。
ならばついて行く、の言葉をとっさに繰り出したものの、行って何をするわけでもなく、そもそもせっかくの夫婦水入らずの旅を、こんなに無計画に進めても良いものだろうか。

みうらじゅん氏はこう語る。

「ふぐ食いに行こう」なんて、それ、ふぐを食いに行っただけで、旅ではありません。
「旅ふぐ」って言わないでしょ?それはふぐが目的だからです。
目的はできる限り持たないようにしないとね。そうしないと、旅を味わえないんです。
ただ行って、自分に「…始末におえねぇな」と感じるくらいでちょうどです。
(ほぼ日刊イトイ新聞「みうらじゅんに訊け!この島国 編」より)

だから今回の旅も、本当に、ふらっと行ってふらっと帰ってくる、そんな日帰り旅行にすることとした。

7月16日日曜、朝6時50分の新幹線で一路神戸へ、まずは妻の用事を一通り済ませる。
できることを終えて満足するとちょうど昼になったので、今度は私の方の用事に付き合わせることにした。

ああは言ってみたものの、事前に準備や前予習を済ませなければ不安になる性格だったので、前もって2箇所だけ、目処をつけておいたのだ。

まずは「schatzi」様へ
今年1月にオープンしたばかりの、国内2店舗となる中古ボードゲームショップだ。
閑静な住宅街にたたずむその店内に足を踏み入れると、そこはボードゲームが綺麗に陳列された、さながら「海外の博物館」を思わせる雰囲気だ。




店長のキャロル氏こと高橋さんは笑顔の眩しい素敵な方。
見慣れないゲームを手に取ると「これはすでに国内で流通していない…」「このゲームの遊び方は…」といった言葉で解説してくれる。
品揃えも抜群で、店長自らドイツで買い付けたものも置いてあるという。
付き添った妻はカウンターに並べてあった「ごいか人形」と「ハコオンナちゃん人形」に興味を注がれていた。
店内にはごいた番付も掲載されており、名の知れた方々の御法名が連なっていた。
普段ハンドルネームなどで活躍されている方も、番付表では本名が原則らしく、推測の域を超えなかったが「ああ、あの方か」と思しき方が案の定上位に食い込んでおり、非常に興味深かった。もちろん、店長の名前も、である。

前回のバネスト様訪問の際も感じたことだが、お客を吸引する要素に「店長の人柄」を私は強く認識している。
店長、店員の人柄があり、常連層が生まれ、そこから派生されるものこそ、お店を形取る独自の顔であり雰囲気ではないかと感じている。
その根幹にあるものが、店長の人徳であるとともに、経営等に対する細やかなこだわりや姿勢である、と。

シャッツィ様に入り、店長と接し、やはり私はこの店独特の「神秘的な空間」を感じた。それはあたかも異世界の、直接足を踏み入れたことはないけれどドイツや他の国の空気を切り取ったような、とりわけ、玄関の敷居をまたぐと「どこでもドア」的に飛び込んでくる世界に我々来店者をいざなってくれる。
スパイスを効かせるが如く、店長の笑顔があり、少し不思議な飲み物も冷蔵庫で冷えている。

私はつい財布の紐が緩み、予定を少し超える買い物をしてしまった。

シャッツィで購入したルートピアを飲みつつ、次の目的地に向かう。

次に訪れた先は、堺市の「第1回AEG堺ボードゲーム納涼祭2017」である。
普段ツイッター上でお会いしている方々にご挨拶することが目的だ。

座敷にはテーブルが二つほど。奥の方には高く積まれたゲーム。すでにもう一つの奥座敷では「モンスターメーカー」が広げられていた。
主催者である管理人様が笑顔で対応してくれる。この時は10人ほど集まっていただろうか。

実際にお会いすることは初めてということもあり、こちらも慣れないまま挨拶を済ませるが、それ以上にAEG納涼祭に集まった方々も気さくな方ばかりだった印象だ。

貫禄とユーモラスを併せ持つAEG主催の総統殿と対面する。
元々は、仲間内でドミニオンなどを遊ぶサークルとして発展し、今日まで至るのだという。

このAEGという団体は、私の印象だと、日本でドイツゲームが隆盛を誇る前からカードゲームに精通されていたこともあり、所持するゲームのラインナップも他のゲーム会に比し、モンスターメーカーやダイナマイトナースなどといった90年代の懐かしいゲームを多くプレイされることが特徴だ。

次のゲームまでしばらくあったようなので、持参した「マムマムマーガレット」を広げる。管理人殿にも、周りの方にも喜んで頂けたようだ。

早速ゲームの方へ。
まずは私のカバンから「あてっこついたて」を広げる。
昨年秋のゲームマーケットでも好評だった作品で、私の携行するゲームではレギュラーを張る作品のひとつだ。

稚拙ながらインストをし、「野菜」「動物園にいる動物」などのテーマで遊ぶ。
プレイされた方、特に総統殿にも「これはいい」と太鼓判を押していただく。まずは「つかみはOK」といったところか。

次に、AEGの試作ゲーム「ゲテモノプレゼンテーション」
お題カードを組み合わせてできる無茶なメニューを、親である部長にプレゼンすることが目的のゲームであり、私は試作の段階から興味を示していた。
ほぼ完成間近、調整の段階というこの作品も、ワイワイ遊ぶことに特出しており、勝敗はさておき、終始笑いの絶えないゲームであることを確信した。
その点、するめデイズの名作「せっかちプリンセス」を彷彿とさせる。

お茶を飲んで休憩していると、奥のテーブルでジュースをこぼすハプニングがあった。
しかも希少な「カプコン版カタン」のプレイ中で、カードやボードがビチャビチャとなってしまったのだ。
こぼしてしまった方が沈痛な面持ちで「すみません!すみません!」と連呼していたが、総統は「いいよいいよ」と怪訝な顔で答えていた。
この度量である。
先のシャッツィ様でもひしひしと感じたのだが、この度量があってこそ、人は集い、賛同されるネットワークは伸びていくものだと実感した。
それは傍で見ていた妻も同感だったらしい。

クイズの方を切り出すと、快諾してくれたので、いそいそと機材を取り出す。
この日のために用意した山のような問題の束を準備する。今回はボードゲームらしく、カードを奪い合う方式を採用した。
最終的に、一番回答できた方がマイナスカードを稼いだ上に、優勝した方は、ボードゲーム歴半年かつ点数カードを一枚しか獲得できなかった方となる結果となった。
企画運営担当としてこんなに美味しい展開はない。
思わず心の中で大きくガッツポーズである。
優勝者に表彰状まで用意されるというイベントも用意されていることを知らず、手持ちに何も用意していなかった自分を少し恥じた。
その上、なんと主催者側はこの私にも表彰状を用意していただき、総統殿から感謝状と記念色紙を受賞されるに至った。

わずかな時間ではあったが、楽しんでもらえたようで幸いである。

帰りの新幹線に乗り込みながら今回の旅を振り返る。
普段ボードゲーム会などに同行することなどなかった妻は「楽しそうで何よりだよ」と話した。
「もっと置いてけぼりを食らうかと思った。けれど、(ボードゲームに対する)見方が少し変わった。面白いかも!」と。
私はそれを聞き、満足した心持ちでしばしまどろんだ。

今回の旅で一番実感したこと、それは「ボードゲームを作るものは、何より「人」である」ことだった。
シャッツィの店主も、AEGの総統や管理人も、その優れた人柄にこそ私が一番惹かれ、ボードゲームかくあるべし、と実感できた瞬間ではなかっただろうかと振り返る。

いろいろな場面でボードゲームの良さを実感するが、特にその良さについて「ボードゲームカタログ201(すごろくや著)」に記載がある。

「遊んでみて感じるのは、何と言っても「人と遊ぶのは楽しい」ということでしょう。なんらかの体験や場の空気を誰かと共有するのはそれだけでも楽しいものですが、ボードゲームはその機会を簡単に作ることができるツールといえます」
(「近代ボードゲームの魅力」より抜粋)

野球の世界でも「たとえ投手が突飛な球を投げてしまう場合でも柔軟に対応できるだけの捕手役」があってこそ成り立つものである。ちなみに野球の世界では捕手のことを「守備の要」や「女房役」などと呼称する。

ボードゲームの世界においても、それら根幹に位置する方々の人徳があったからこそ、青々と茂った立派な大樹が育ち、鳥が集い、人が集まり、新たな枝葉が伸びていくものだと言えるのではないか。
この大樹の存在こそ、私がこの旅で一番実感したかったことではなかっただろうか。

大樹の幹を形成する存在、それは著名人たる存在に依存しているわけではない。
言うなれば若木に息吹く芽が、これからを支える存在たり得るだろう。
それはゲーム製作者はもちろん、ポッドキャストやゲーム会、カフェ等を運営される方々、ひいては「面白いから一緒に遊ぼうよ」と周りに勧める一個人であるとも言える。
虫など食われてしまっては、そこから問題が大幹に派生してしまうことは自明の理だ。


この日の関西は、京セラドームでTGFF(テーブル・ゲーム・ファン・フェスタ)、和歌山のテーブルオンワカヤマに珠洲ノらめるさんが来場、京都では大喜利のURRAIグランプリなどが実施されるなど、関西一帯でボードゲーム界隈が活況だった模様。
そんな日に、まるで導きがあったかのように旅をすることができたのも、何らかの見えない力、スピリチュアルな運命によるものだろうか。
ニーチェの言葉に「すべての運命は必然」とあるように、この旅のこの出会いも、何かしら偶然に見せかけた必然だったのだろうか、とも思ったりする。

新幹線が新横浜に入る。
夜のとばりが下りた街は、いつもの喧騒の街という様相のまま、私たちを出迎えてくれた。
自販機でブラックのコーヒーを口にし、私は家路を急ぐべく、カーステレオのボリュームを3つほど上げた。


1 件のコメント:

  1. 管理人(AEG)2017年7月18日 0:09

    先日は大変お世話になりました。AEGの総統ではない方です(笑)
    うちの代表はただの動かないデブ・・・いやあまり動かないただのデブですが人がいいのだけが取り柄なのは確かです。ボードゲームと人柄そして繋がりは大事ですね(^^)

    少しの時間ではありましたが楽しい時間でした。またお会いできればと思います。ありがとうございました(*´∀`)♪

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