番次郎の盤上万歳!!: 酷評されているゲームで遊びたい論

2017年7月24日月曜日

酷評されているゲームで遊びたい論

一時期ネット界隈で「NFM」ノット・フォー・ミーという言葉について是非を問われた。
誤解を恐れないよう、私の知る限りのことを綴っておきたいと思う。
この言葉は、おそらくかなり昔、21世紀初頭のネットスラングで、フィギュアメーカーのラナ(現在は別の企業と業務提携)の製作したフィギュアに対し某所の掲示板にて「ラナの新作を買わないスレッド」が隆盛を誇る時期があった。
その際のルールとして、「言葉の最後に必ず「買わないけど」を添えること」が提示された。
「これすげえ色合いきれい。値段も手頃。買わないけど」
「見た目エロい。部屋に飾るのは気がひけるな。買わないけど」
どうも私は、上記一連の流れはそれらを汲む言葉のように見えてしまう。
この言葉は時代を通じ「ノットフォーミ」という言葉に変貌し、私には向いていない、という意味、とりわけ「(他の誰かしらにきっと相性のいい人がいるとは思うけれど)私は遠慮しておきます」の意味で使用されるようになった、と解釈している。
もっとも、これも私自身がいわゆる「ネット老人」であるからとも言えるが。

それはさておき、今の私は、とりわけこの「ノットフォーミー」と皆が呼ぶゲーム、いわゆる皆に敬遠されて手に取られないようなゲームを渇望している状態なのである。

別にあまのじゃくを気取っているわけではない。

私は今、稚拙ではあるが、ゲームを製作している。
ゲームを製作する上でやはり根幹となる「アイディア」を、様々な場面から取り込まなければならない。
それは模倣する箇所に加え、自ら創造する箇所も必要である。
「自分ならこうする」
それを一から構築する作業は、自分が想像していた以上に難航を極めた。
関係書籍を読みあさったり、手当たり次第ゲームに触れたりするものの、名作と呼ばれるゲームには隙や粗といったものがなく、面白い反面
「この作品に比肩するレベルか。そんなの絶対無理!」
といったモチベーションの低下にも繋がってしまったのだ。

そこで、少し荒さの目立つこれらのゲームが際立ってくる。

プレーの途中「これはどうすれば面白くなるのか」「自分だったらどう面白くできるのだろうか」などを考えながらプレイすることで、アイディアは無数に生まれてくる。
いわゆる「セルフヴァリアントルール」の完成だ。
「このキャラの能力はルールを崩壊している。能力値を少し下げたほうがいい」
「最後が運に集約される。いっそそれらを省き、手持ちでできるように工夫すれば面白くなりそう」
・・・
それらのメモを集約すれば、立派なアイディア帳となる。
負から生まれた正、とも言えるだろうか。

これらの作業が生み出すもう一つの利点として、作業の効率化が挙げられる。
本来、アイディアを出す作業とは、一般企業のブレスト(ブレインストーミング、ざっくばらんに意見を出し合う作業のこと)などにおいても、まずはテーマと前提、それに関する何らかの材料ありきで進んでいくものだ。
それに対する知見がない者は、同じ土俵にすら立つことができず、取り残さたまま場の進行をぼーっと眺める状態に陥ってしまいかねない。
一つの作品を皆が一様に味わいながら意見を出し合うことにより、それら土俵が同じになる。
それはできれば皆が共有できるような、意見を出しあえるようなものが好ましい。
共感できる人がいる安心感
対立できる意見があるという一体感
そのためにも、完全性のあるゲームより、むしろ少しマイナス対象の目立つようなゲームがあるとありがたい。

ダメな作品を「ダメだ」「クソだ」とこき下ろすことは誰でもできる。
先ほどツイッターを眺めていると「人間は知恵という高度な文明を持っている」という言葉が流れてきた。
パスカルのパンセも「人間は考える葦である」という言葉を残した。
言葉尻だけ捉えている方へ、あの言葉は「人間の力というものは、大自然に比べると最もか弱い存在であり、いわばそれは沼に生えている一本の葦(わら)のようなものにすぎない。しかし、それは考える葦である」という意味であることを補足しておく。

考えることで、可能性は無限に広がる。
それはあたかも、スクラップの山から光る鉱石を見つけ出す作業に通ずることなのかもしれない。
与えられた選択肢から、できることを絞っていき、可能性を見つけ出す作業、そういえば「あてっこついたて」を遊びながら、それらを学んだ気がする。

ブログを綴っていると、ふと、こんな言葉が浮かんできたので、今回の締めの言葉としたいと思う。


「広い土地を手に入れるのは難しい
 けれどやはり、都市に住もうと思う
 狭さの中にも、豊かさは作れる。緑はなくても、風は吹く。
 そんな知恵や技工夫や技術が、この国にはきっとあるのだから

 考えよう。答えはある。」

(磯島拓也「ヘーベルハウスCM」より)

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