番次郎の盤上万歳!!: 画力ゼロでもゲームはできる(僕のゲーム制作日誌)

2017年12月4日月曜日

画力ゼロでもゲームはできる(僕のゲーム制作日誌)

「作品が良ければどんな作品でも売れる」
「ゲームなんて外見より中身が大事」
一顧客に過ぎなかった頃の私は、偉ぶって、そう大口を叩いていたと猛省する。
だから今回の小冊子「BoardGameQuiz」(以下「クイズ本」)も、当初は身内に配布するもの、自分だけが知るべきであるもの、という意味合いで作成に取り掛かった。

10月当初、原稿の第一案を刷り上げてみる。




硬く、読みづらい。良くも悪くも「教本」のようなものが出来上がった。文字を追うだけで睡魔が襲ってくる。

製作に携わった妻にも見せるが、元来、勉強を苦手とする妻のこと。最初の2、3ページを開いたっきり、見向きもしない。
「売ろうとする気、あるの?」
「まあ、身内に配るだけなら、これでも」

他愛もない返事でのらりくらりと避ける私に、現実に目を向けるよう差し戻してくれた方が、ネット界隈で多くのフォロワーを持つ「翔」さんとの出会いだった。
聞けば、今度ネット配信のラジオを立ち上げることになり、企画を募集しているとのことである。
興味のある話に、私もすぐに飛びつき、後日、ネット配信によるクイズ中継と、私自身初の広報活動を行うに至った。

その後も数回にわたり翔さん、ぎゅんぶく屋さん、大塚健吾さん、天岩庵さん、ゲームカフェぶんぶんさんなど多くの方との出会いを通じる中、ふと、こんな会話がどこかから飛び出した。
「今回のクイズ本、何部くらい発行します?」
「ええっと、身内に配るだけなので、50部ずつかな、と」
「50?!少なくとも100(部)は刷らないと!」

突然飛び出した「100部」という言葉に、私は少々たじろいでしまった。
妻から聞かされたコミケ(コミックマーケット)の世界では、100部も頒布するブースともなると、中堅クラスと呼ばれるのだとか。
初参加の、しかも、ボードゲームとは一線を画する媒体が、いきなり100部とは、我ながらおこがましいにもほどがある。
数日の間悩み、妻に打ち明ける。
「今回、ちょっと冒険して、100部頒布したいと思う」
「わかった、じゃ、ちょっと今の絵じゃ、ダメよ。ちゃんとしなきゃ」

そうだ。ちょうどここから、自己完結の世界から、提供するための立場へと変わったのだ。
とは言っても、私の画力など、いわゆる「白ハゲ」キャラを描くことで精一杯。今からみっちりイラストの勉強に時間を割くことも、安直に「いらすとや」から引っ張ってくることも、今になって考えたら可能だったかもしれない。
が、出来うるならば、それら考慮する時間を削ってでも、問題の精査に充当したい。
時間との兼ね合いで頭を抱える中、「悩んだら本屋に行け」を信条とする私は、行きつけの大型書店を何件もはしごし、手当たり次第に関係書籍を読み漁った。
その結果、どうやら解決の糸口は「洗練されたデザイン」にあるのではないかという結論に至った。

前置きが長くなったが、こうして私の小冊子は「デザインの一新」という形で大改造を行うこととなる。無論、匠となるのは私自身の手で。


1 更生

まずは本文全体の修正だ。
全体としてメモを羅列したに過ぎない為、この文面だけでは書類どころか下読みの原稿とも思える文面だ。
見せる工夫が必要であるし、何より、現状のままでは解答欄から目的の回答を拾う作業も困難を要する。
そこで

1 段組み

段を2段に区分することで、これまで余分だったスペースを切り詰めることができ、かつ、全体的にスマートな文面となった。
クイズという特性上、問題の文章を個別に、かつ、限られた中で文章をまとめる必要があった為、非常に頭を抱えた問題であったが、この段組みを行うことで多くの文字数を打ち込むことが可能となり、全体的な読みやすさ等大きな前進となった。

2 表示方法

次は「文章の重要度に応じる表示順序」だ。重要だからといって闇雲に大文字やアンダーラインを引くだけでは、皆がしゃしゃり出てくるだけで却って見づらくなってしまう。
その辺り、過剰な演出ばかりのバラエティ番組を想像してもらえたらわかっていただけるだろうか。
メッセージにも、順序、そして、謙遜が必要なのだ。

また、囲みやアイコン化に特化したパッケージはボードゲーム界隈でもよく見かける。
そこまでデザインにこだわる手腕はないが、丸や四角の中に文字を収め、アイコン表示する、というアイデアは、各種のデザイン書籍にテクニックとして収められていた。
囲み文字などの工夫は、特に白黒ベースの本文デザインに特に効果を発揮した。

こうして各ページ、出来上がったものを、ツイッター上に公開する。




反応は上々。見違えるように視認性も向上し、また、これまでの余白もスッキリし、文字も綺麗にまとまり、かつ、多くの文字が収められるという優れものとなった。


2 フォント

 文字フォントの問題が今回の私のクイズ本に大きな影響を与えたといっても過言ではない。
 当初、ネット上のアドバイスのまま、本文の文字フォントを「小塚フォント」で入力していた。小説などでは一般的なフォントだという。
しかし、こちらを使用すると、文字の行間や字間にかなりの隙間ができてしまう。可読性を引き換えに、大きな文書スペースが犠牲となる。
設定次第でなんとかなるとは思ったが、ここで詳細な設定をいじると、後に他の部分に影響を及ぼすことになるのではないか。各種設定は最小限に抑えたい。

ならば大胆にフォントを変えるべきではないか。

フォントを変えるだけでも、印象をガラリと変えることが可能だ。

(游ゴシック体、游明朝体で比較)

この図を見ても、上のゴシックと下の明朝体とで、受けるイメージが変わってくることがニュアンスでわかるかと思う。
読み手に温和な印象を与えるゴシック体とは対称的に、知的な印象を与えるならば明朝体、といった使い分けも可能だ。

そこで、本文以下、主要フォントを游書体に大きく変更した。
すると、これまで収納できなかった行間にちょうどいい隙間が生まれ、視認性もこちらで納得できるだけのものを確保することができた。

上々だ。

この決断を下したのは、実に入稿3週間前。上記の収納に併せ、本文の文字数と格闘していた頃の話だった。実に英断だったと思う。

本文だけではない。
表紙の問題も片付けなければならない。

先に示した通り、表紙のデザインは、単に目についたフリーフォントを読み込ませたに過ぎない。
装飾を抑え、かつ、視認性を高める工夫を。もちろん先に挙げた、順序等の工夫も併せて。
それを同時並行で叶えられるフォントを、何度も試行錯誤する。

一度、二度、再度、再々々々度
結果、現在の表紙に至るまで七度目のマイナーチェンジを繰り返すこととなる。



こうして私なりにデザインを取り入れた小冊子が完成した。
実に、入稿直前、4日前の出来事だ。







ゲームマーケット当日、ダンボールから生まれた我が子と初対面した時、私は口元から溢れる笑みが抑えきれなかった。
この時点で心配が確証に変わった。
「目に留まれば売れる」
それくらい、キャッチーな見た目の小冊子が、今まさに産声をあげたのだ。


結果、予定していた分は午後1時前に完売となり、予約キャンセル分も含め午後4時には全ての小冊子を売り切ってしまった。



デザインを意識すると、昨今では「インスタ映え」「萌え」などの言葉が付加するように思慮する。
しかるに、本来、デザインには見た目だけではなく「機能性」が内在する。洗練されたデザインには一眼に泊まるだけの魅力や購買意欲を掻き立てるだけの魅力と、製作者が真に訴えたい主張をアピールするだけの強い訴求力を併せ持つものだ。

それらが両立するためには、幾分の技術力が確かに必要だろう。

とはいえ、意識すれば、周囲に映る多くの広告、看板、チラシなどの随所に、それらは反映されている。目の前のボードゲーム一つとっても多くのアイデアで成り立っている。
アートやデザインを意識する作品は、やはりゲームデザインも細部に至るまで洗練された作品が多い。
それは、デザインの世界が「継ぎ足し継ぎ足し」といった中に生まれるのではなく「継ぎ足す中で余分なものを削ぎ落とし、また継ぎ足す」中で洗練されるものだからではないだろうか。
そしてそれらは、技術力とは別の、「意識を向ける」いわば自己意識の変化で解決できるのだ。

表題に戻る。
安易にイラストを発注していたら、この事実に気がつかなかったのかもしれない。
「画力がなくとも、作品はできるし、それなりに売れる」
今回、あくまで私の中の見解では、そう結論づけるだけの材料が整った。

プロの見識では鼻で笑われる内容だろうが、ごまめの歯ぎしりだと思ってお目こぼし願いたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿