2018年12月22日土曜日

ゲーム音楽かるたの紹介

私の創作ボードゲーム関連作品は、Board Game Quizだけではなく、実はもうひとつ「ゲーム音楽かるた」という作品がある。


学生時代からコツコツとゲームのサントラを集めに集めること約2万曲、それら趣味が興じて作成したこの作品、もちろん私が創造したものではない。
元ネタはかなり昔、ツイッターのTLに回ってきたもの。

かるたがボードゲーム(アナログゲーム)に含まれるかどうかはさておき、本格的なボードゲームと呼ばれる媒体に着手したことは今回が初めての経験となる。
触れたこと、学んだことは数多い。

私自身、かねてより「ボードゲームのインスト問題」と呼ばれる、説明書に関する各種問題に頭を悩ませていた。
インストをするのに説明書が難しい、相手に説明することが難しい、上手に聞く相手もそう多くはない。

ならばいっそ「取扱説明書のないボードゲーム」を作ってしまえばいい。

例えば「じゃんけん」に説明書はない。必要がないからだ。
後出しがどうだ、グーは石でチョキはハサミで、といった意味合いは後回しでもいい。
それらは承前、「わかっていることを前提に」ことが進むからではないか、と考えた。

説明書をなくすにはどうするべきか。
例えばNINTENDOSwitch「スプラトゥーン2」は、電源を入れた瞬間に簡単な「チュートリアル」が始まる。
これも導入部としての一つの方式だ。
また併せて、テレビゲームの利点とし「見ているだけでルールがわかる」ことも挙げられる。
「見ている人間が「楽しそう」「僕もやりたい」と集まる」
その環境の醸成には、やはり「ビジュアルと音声の情報」だけで内容の9割を伝えなければならないのではないか。

小冊子Board Game Quizは「遊び方自由自在」と銘打ち、「説明書不要」を主軸に取り組んだ。
「読むボードゲーム、あります」
サークルカットに記載した文言はそうした意味合いが込められている。




この「イズム」は本作「ゲーム音楽かるた」にも息づいている。
「説明書がいらない」
「誰かがプレイすると、それを見ている、周囲が興味を示す」
「見聞きするだけで内容が把握でき、プレイしたくなる」


もうひとつのトリガーを紹介したい。
実はこのかるた、持参してプレイすると反応は半々、といった具合だ。
「懐かしい!」「よくぞ集めた!」という好意的な意見とは対照的に「思ったよりさほど…」「ゲーム性は皆無」など否定的な意見もちょくちょくあがる。

それらも実は想定内だ。

ゲーム音楽のかるただけに「知識で勝てる」というX軸と、「聴いて楽しい」というY軸を併せ持つ。
己の記憶を活用し貪欲に勝利を目指すならば、このかるた、面白さとしては4/10くらいの評価だろうと思う。

これに、制作側の努力、そして「誰もが想像したけれど、誰も作り得なかった」が加味されると、どうだろう。

評価してくださる方は、本当に高く評価してくださる。
それもそのはず。ゲーム自体は有名であっても、すでに絶版となり入手が困難となったサウンドトラックからも何十となく取り札に含まれているからだ。(ポリシーとしてYouTubeから音源のDLは行なっていない)
もちろん一般的に有名な作品から選曲しているため、たとえ名曲であったとしてもゲームそのものの知名度が低い作品はなるべく控えているし、同名のゲームからは一曲だけという縛りをも設けている。(シルエット・ミラージュ、スーパーマリオRPG、ワンダと巨像etc、月風魔伝 etc etc…個人的名曲はたくさんあるのにぃ…。(涙))

この「自他共に認める非常にアクの強い作品」ゆえに、このかるたを持参する際は事前に連絡するか、もしくは要望があった場合にのみ、としている。
遊んでもらうなら、やっぱり、喜ぶ顔が見たい。

ひいては、ゲームの評価に関し、私は「遊ぶ人で左右される」という考えを持つようになった。
多くの批評家が論じる中、やはり否定的な意見が耳に大きな声で入るけれど、メンバーと、環境と、その日の体調と、その他諸々が影響し、ゲームの面白さなんて大きくぶれが生じるものだ、と。

だから、今はあまり作品の評価なんて気にしないことにしている。
高く評価されることは嬉しいけれどね。

そんな多くの想いを乗せたゲーム音楽かるた。
パッケージイラストは「大狼」などの作品で知られる「亞猫」氏が描いてくださりました。
ここに改めて感謝致します。

かるたは私に一言おっしゃっていただけましたら、クイズ同様、全国津々浦々、いつでも持参致します。


2018年12月15日土曜日

評価数ゼロのデザイン秘話-小冊子に隠されたデザインのあれこれ-

こちらはゲームデザインアドベントカレンダー2018に寄稿した記事です。
ボードゲーム根本のデザインとはそれる部分もあるかとは存じますが、何かのご参考となれましたら幸いです。




前々回、前回、そして3回目となる今回のゲームマーケット秋でも、懲りずにボードゲームに関するクイズの本を刊行することにした。

「出すぞ」と決めてから期間は約半年。
その間、単に問題を熟成させ、良質な問題を提供するだけに従事したならば、それはそれで楽しかったに違いない。

<前回秋に頒布した小冊子のページより>


しかしながら、そろそろ「大転換」が必要ではないか。
マンネリ、という言葉が妥当かどうかは定かではないが、同じパターンを続けることで、退屈何より成長そのものにブレーキをかけてしまう。

それは誰よりも私自身が一番身に沁みていた。

既存のクイズ本に準じた形式、言うなれば、無骨で、真面目で、良くも悪くもテキストベースな「小冊子」を、何とか「読んで楽しい本」にできないか。

幾度となく試行錯誤し、各種デザイン関連の本をかたっぱしから読み漁り、それでも心の中のモヤが晴れない状況の中、POO松本氏がツイート上で開催するデザイン講義の情報を入手した。

(参考)「プロデザイナーによる同人誌レビューがめちゃめちゃ参考になる togetter」https://togetter.com/li/1194227



初学者の私にとって目から鱗が落ちることばかり、いや、既存のデザイン関連本に記載がないどころか、ここまで奥深く「読みやすさ」に特出した書籍、アドバイスは、私の中に記憶がなかったのだ。

一連のアドバイスにいたく感動した私は、ここでしか入手できないと称される「コミックマーケット」にも初めて足を運ぶことになる。聞けばこの日は高温に加え、よりによって歴代最多の客足だったという。

這々の体で入手できたデザイン本を目を皿のようにして何度も反芻し、数ヶ月後、出来上がった私の小冊子がこれだ。



 


読みやすく、面白く、何処に出しても自信を持って推奨できる、そんな「既存のクイズ本から脱却したクイズ本」が完成した。

このページが完成するまでに、私がデザインに関し「受け入れたもの」反して「捨てたもの」をいくつかあげて行きたいと思う

●文字フォント

これまでの小冊子は文字の読みやすさと活字の持つ文学的なイメージから「明朝体」を採用していた。
しかしながら、小冊子を手に取ってくださる層は比較的「ボードゲームに興味はあれど、クイズに関し幾らかの抵抗を感じる層」だった。(個人的な意見です)
そこで、各種バラエティ番組を観察し、使用されている問題フォントを確認する。
明朝体は「学習」「勉強」の意味合いを持たせ、ゴシック体は「融和」「楽しさ」の面を持つものと判断した。

クイズの小冊子、読んでもらわないことには始まらない。
ならば目的が「勉強」ではなく「楽しさ」に主軸を置いたものである以上、こちらの変換は真っ先に行った。

(文字フォントの例。訴えたいメッセージの違いが感覚的にわかるだろうか)


使用する文字フォントを「ゴシック体」を軸に作成し、どうしても文学的にならざるを得ない文章(あとがきの部分など)に関しては明朝体を使用し、その都度、別の顔を持たせるようにした。


・挿絵に関して

前作「画力ゼロでもゲームはできる」(https://hibikre.blogspot.com/2017/12/blog-post.html)という記事をアドベントカレンダーに掲載しておきながら、やはり要所の場面で挿絵程度のイラストを描けた方が「都合が良い」と判断した。
(美麗なイラストは描けなくても良い作品はできる、というポリシーは未だ持ち続けております)

3ヶ月前、この程度の腕前



約3ヶ月、イラストをみっちりと練習し、自分の中で「それなりに」見栄えするイラストが出来上がる。



詳細(ブログ(僕のイラストができるまで「小冊子イラスト奮闘記」番次郎の盤上万歳!!)「https://hibikre.blogspot.com/2018/11/blog-post.html」)

こちらを、全面にアピールしたわけではない。
使用した場面はあくまで表紙の一部分、左上の隅、ちょこちょことキャラクターを登場させた程度。
料理で例えるならば「スパイス」として扱ったに過ぎない。




しかるに、キャラクターを登場させることで「小冊子に一体感」を持たせることができた。
ジャンル毎、バラバラだった小冊子全体を、看板キャラクターを登場させることで上手く取りまとめる作用を施すことに成功し、全体がより引き締まった。
イラストが描けなくとも、前作、前々作のような「ピクトグラムを掛け合わせたようなキャラクター」でも十分代用が効いたかもしれない。


・目線の誘導

次に着目した点は「目線の動き」だ。

前回までの小冊子は、各ページにパターンが定められており、型枠に沿った形で問題を当てはめていった。言うなれば「金太郎飴」のような形式だ。
この利点は「どのページを切り取っても、同様の楽しさを提供できる」点にあり、良く言えば「どこからでも楽しめる」悪く言うと「同様の風景が続くので、退屈で連続視聴に耐えられない」
前者は計算ドリル的、後者はパンフレットのようなものと勝手に解釈している。

目線の動き、そして、目に飛び込んでくる情報を一定にしないことで「脳に入る情報の均一化=退屈」を防ぐ、

そのためには、文字を羅列する他に、やはりデザイン面でカバーする必要性を生じた。

まず、目線の動きである。
色彩:「淡」→「濃」
この「淡い色の中で目立つ濃配色」を操作してみることにする。

白一色の文面で単に黒色だけを配置するだけでは目線の誘導を上手くサポート出来ない。
同じモノクロにも濃淡はある。

まず紙面全体に微妙なグラデーションを配した。



先のページ、こちらの画像では伝わりにくいが、中央の仕切り線の他に、実は背景色にもグラデーションがかかっている。
具体的にはK5→K15である。
このグラデーションは各ページに変化をつけた。次の見開きではK25→K35、次はK45→K65といった具合だ。
小冊子は全6ジャンル、見開きは各ジャンル3回、こちらは都度パターン化させることにより
「濃度の高いページは、難易度が高そう」
とニュアンスで理解させた。

ちなみに、色彩情報サイト「色カラー.com(https://iro-color.com)」によると
「黒」→威厳、陰気、恐怖、脅威、重力、上質、深さ
「白」→純白、空虚、軽い、潔癖、純粋、神聖、清潔、清純
などの情報を想起させるのだという。


また、こちらはページを開いた際の目線にも反映されている。
今回の小冊子は1、2ページの問題の解答を2ページ右隅にまとめて掲載した。
1ページ目に掲載されていない問題の解答を、先ほどの「淡」→「濃」で誘導してみることにした。






ページ左上から右下へと流れる、背景のヘクスタイルがそれだ。

ページ全体を見開きで確認した後、目線の誘導をサポートする役割を持たせた。
こちらはもう一つ、誘導の役割と同時に、文面の「白色一律」という視覚情報から、少しでも退屈となる文面に変化をつけ、視覚からの情報(ひいては脳の退屈を防ぐ作用)が均一とならないようサポートする一面をも併せ持つ。


◆可読性へのこだわり

まず、一部「可読性へのこだわり」は捨てた。
 良いデザインとは、芸術的な一面と、実用的な側面の、両面を併せ持つもの、と、私は昨年の記事で書いた。

では読みやすさにこだわってしまうことが、必ずしもデザインの良さに比例するのだろうか。

それらは「芸術的センス」のある一部デザイナーの仕事だ。
私のような見習いレベルの人間に、その両極端なステータスを同時並行で走らせることは到底難しい。

可読性
例えば「ふくろ文字」と呼ばれる、文字に枠をつける表記方法だ

袋文字を使用することで、柔和なニュアンスを文字だけで表現できる他、可読性、視認性も向上する。
しかるに、場面によっては、文字フォントが持つ独自のソリッドな感じを活かすことができない。

文字の大きさもそう。
老眼対策に文字を大きく、と、何度かツイートで見かけたものの、どうしても本小冊子、
文字を読ませることを主体とするものであり、文字の大きさ云々を多少犠牲にしてでも、より多くの活字を掲載したかったのだ。

あまりに度が過ぎたものは論外だが、
「読もうと思えばギリギリ読める」
そのレベルまで文字の大きさを下げることにした。
なお参考までに、今回は文字本文を8Pに基準を定め作成している。


解答欄の創意工夫

可読性といえば「判読可不可」のギリギリを行う工夫も行った。

私の小冊子に限らず、これまでのクイズ小冊子は「問題のあとは即座に解答を知りたい」層と「ギリギリまで考え、あとでゆっくり解答を確認したい」層が混在していた。

そのため、解答欄に関して、目に届く位置だと後者から「考える間も無く解答に目がいってしまう」、逆に解答を別ページに移すと「知りたいときに解答がわからず不便」と前者の層から不満が上がっていた。

前作の春にて解答欄を隠す為のしおりを添付したが、それでも他にデザイン面で解決できないかと考えた。

たどり着いた結論が「解答欄の配色」だ。



解答欄の配色を「敢えて見にくく」施すことで、一見して解答がわからないよう工夫した。
背景色はK60、文字色はK80、工夫次第でこちらも微細な調整が効くだろう。


また、難易度の高い問題のページは敢えて配色を変えている。



問題難易度の高いページに関しては「即座に解答を確認できる」よう比較的視認性の高い配色を施した。
背景色はK20、文字色はK40
難しい問題を使用する場面は「パーティ向け」というよりむしろ「自己の知識比べ」言うなれば「難しいと判断した際、即座に解答が判別できる」態勢が主体となるだろうと判断し、それなりの可読性を重視した。

専門用語に関して

ボードゲームをプレイする中でつい多用しがちな「専門用語」も然りである。

手前味噌ではあるが、今年9月、関西の大手クイズサークル「QuizDo」様にインタビュー記事の執筆を依頼され、その際に記述した内容の一部を紹介する。

(参考URL:ボードゲームとクイズ(4)QuizDo2018年11月5日)

(以下引用)
界隈だけで通じる言葉をつい多用するクセがついてしまうと、何かしら「コードネームを使用する錯覚」に陥るのか、気心の知れた界隈の結束は深まるかも知れませんが、一方では排他的となり、また、それらを使用した別の表現をしづらくなってしまうなどの弊害も生まれます。

専門用語の多用は厳禁だ。
しかし、敢えて「使うべき場面で使うこと」により、読み手との親近感を高める効果をも併せ持つ。
必要以上の多用は避けるが、要所要所での使用は積極的に用いることにした。

本小冊子には、一部専門用語を極力別の言葉に置き換えている。
(例)
「ボドゲ」→「ボードゲーム」
「初心者」→「ビギナー」
「イージー」→「カジュアル」
「簡単な問題、難しい問題…」→「1st STAGE、2nd STAGE、FINAL STAGE」
「スタピー」→「スタートプレイヤー」「最初の手番」
etc…

また、高難度問題の場面では「インスト」「ゲムマ」等の用語を敢えて使用し、親近感をより高めるよう施した。




出来上がりはしたものの・・・

これらをふんだんに取り入れ、無事に仕上がった作品ではあったものの、実はこれまでの評価件数は「ゼロ」である。
エゴサーチをどれだけかけても、デザインに関する評価は一向に上がってこない。

・・・。
頑張った時間量に比し、一件も評価がないことへの悲しさやら情けなさやらで、実は一度、本気で制作自体から手を引くことを考えた。

そんな時に、あることを思い出した。
今年9月に開催されたトークショーの中で、タンサンファブリークの朝戸氏が
「目立たないのがデザインですから」
と語った。

中国の老子の思想に「無為自然」という言葉がある。
こちらは何も感じさせない、相手にそれとなく気づかせる行為こそ、相手を支配している概念だという理論である。
無意識で行動する影には、相手の「それとなく操作する」行為が根付いている。

デザインの話を聞きながら、「言葉では言い表せないけれど、なんとなく、いい」が気づいたならば、デザインとしてそれは成功だったのではないか、
ならば、一件も上がらない評価とは、逆に「すでに購入者の中の意識化に根付いている」ものではないか、それはとても幸せなことではないだろうか。

そんなことをぼんやりと考えた。


今回、これら「目立たない箇所で頑張る影の主役たち」言うなれば「縁の下の力持ち」にスポットを当ててくださったことに、改めてお礼の言葉を述べたいと思う。
同時に、他の作品にも同様の「隠されたデザイン的工夫」を見定める目、それらを今後も養い、自分の制作の糧となれたらと心から願う。

(了)








2018年12月13日木曜日

Passion-北海道遠征記 その2-

北海道遠征、二日目の朝。

昨夜、久しぶりに多量のアルコールを入れた結果、ひどく頭痛の残る朝。
飲まない習慣が根付いたおかげで、アルコールは翌朝残る根本すら消え失せていた。

朝食バイキングへ。
肉や魚などもってのほか、ご飯も茶がゆで済ませる羽目に。
食の宝庫で、食を堪能できない情けなさ。
目に止まった「ジャガバターの塩辛のせ」の、素朴で飾らない美味しさに、2個ほど頬張ってしまったが。


二日目は特急カムイに乗り、一路、旭川へと向かう。
4年ほど前に暮らしていた、思い出の地だ。

PM11時、最初に向かう先は老舗の玩具店「オモチャのたもちゃん」




昭和の雰囲気そのままの、家庭的で、和やかなたたずまい。
買物公園通りの変遷を、約70年、オモチャとともに見つめ続けた、含蓄のある風貌。

「静かになりましたねぇ」
店員のおばあさんはそう語る。
駅に隣接する大きな商業施設とは裏腹に、お店が並ぶ通りの方は閑散としている。
街頭放送が、雪一面の歩道に向かってカラカラと響きわたる。







一昔前から時が止まったかのような品揃え。
写真こそ撮らなかったが、ニンテンドースイッチやPS4のソフトもそれなりに充実している。

「応援します。頑張ってください」
ねぎらったはずの言葉すら、空に舞ったまま降りてこない。
どことなく感じる虚無感。


たもちゃんで懐かしのボードゲームを購入し、次はリサイクルショップを目指す。
途中「旭山動物園は?」などの戯言が聞こえた気がしたが、軽く無視することに。

こちらも時代が止まったようなラインナップ。
海外版「パーフェクション」(箱付き)、水道管ゲーム、懐かしアニメのかるた、等々、おもちゃというよりアンティークのような作品が並ぶ。

水道管ゲームが1500円と聞き、慌てて確保する。





少し早めにチェックインし、旅の経過を軽くまとめる。

地方の抱える問題って、何だったのだろう。
ボードゲームが人気で、それらを欲する声が上がっている。
そして集める人間は、それこそ旭川だろうが稚内だろうが、多くの作品を買い揃え、かつ最新作を心待ちにしている。
通販がこれほど流通する時代、遠方だろうが購入そのものの垣根はかなり下がったはずだ。

それでも「なぜ?」

ボードゲームが話題、これは体感で確信した。
それでも何かしら感じる「都会と地方の違い」って、何だろう?

頭数の問題?情報量の問題?
そして何より、ボードゲームのクイズばかりこさえている私に、何ができる?


ややこしいことを考えてながら、その日はなかなか眠りにつくことができず、深夜遅くまで、いかさん(@bodoge_ika)とツイキャスでおしゃべりをした。


最終日は本屋とスーパー、コンビニを回る。
お土産となる「地方銘菓」を物色することが目的だ。



ふと目に留まった「onちゃんオセロ」HTBが新社屋となった際、「商品化してほしいグッズ」第1位に選ばれ、登場した瞬間に即完売した逸品。なぜか本屋で見つける。はい購入。



「ボードゲーム天国(パラダイス)01、02」聞き慣れない雑誌だと思ったら、創刊が2003年。海外パッケージも同名タイトルながら初めて目にするものばかり。



当時のゲームマーケット の様子なども写真入りで掲載されており、貴重な史料をゲットできた。もちろん新品である。

前日の売り上げは、書籍とボードゲームでほぼ空になってしまった。
「これも地域貢献なのだ」と自分に言い聞かせる。


PM16時、羽田到着。
北海道より体感で冷え込む関東。
油断すると即座に風邪をひくかもしれない。
早めに長湯につかることにしよう。


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帰りの飛行機の中で、一つだけ、ぼんやりと考えた。
Passion
パッション
「情熱」を意味するこの英単語には「苦難」の意味も含まれているのだとか。

情熱の中には苦難も内在する、のか。

その言葉を反芻するかのように、僕はキャビンアテンダントが差し出すコーヒーをぐいと飲み干した。




2018年12月10日月曜日

勇気一つをともにして ー北海道遠征記 初日ー


「北海道か。一人で考えるにはいい場所だ。」


某アニメの最終回の台詞を回想しながら、私は先日開催された盤祭1st.の疲れが未だ癒えぬ体で、一路、北海道へと飛んだ。

「北海道で初となる、ボードゲームのイベントを」
ツイート上で目に止まった主催の「サイコロキネシス」様の言葉に反応したことがその発端だ。
復興だとか、気風を盛り上げようだとか、崇高なことではない。
事はもっと単純で、私の中の「面白そう」というセンサーが脳内で働いたからに過ぎない。

ことさら、最近の私ときたら「面白そうなこと」への感度が敏感で、かつ、原来のフットワークの軽さも相まって、ここぞとばかりに人生を謳歌する日々が続いている。
明日の生活など視野に入れてはいない。ましてや予後の人生など。
さながらセミのようだ、と、周囲に漏らしている。


12月8日、土曜日、AM9:20



前日の悪天候はどこへやら。澄み渡る空に、一面の銀世界。
声を響かせると、はるか遠方の国まで届きそうなほど、広がる「大地」。

着いたぞ、北海道。

感動をあらわにしたツイートには、思いも寄らぬほど多くの方から反応をいただく。

重いスーツケースを抱えつつ、当初向かうは、札幌のボードゲームカフェ「こにょっと。」様。


かくれが、を謳うだけに、店内は、飾らない照明に低めの天井、個人収集とおぼしきフィギュアが陳列された内装、厳選されたボードゲームの棚には、新旧様々な作品が並ぶ。

周囲を見回すと、カタンやチケット・トゥ・ライドなどがプレイされているようだ。

「初めての方が多いんですよ」

屈託のない笑顔で語るのは店長のきむち。さんだ。
お店を訪れるお客様の多くは、初めての方、ボードゲームそのものに興味を持って訪れる方が多いのだという。

「うち、あまり常連さんがいないので」
きむち。さんは続ける。

私はその言葉を、一般のカフェで「常連」と呼ばれるような、店舗側に良い待遇をされる方が少ない、という意味として捉えることにした。
長居したくなるほど雰囲気の整った店内に、笑顔に満ちて誰からも愛される店長・店員さんも加わるならば、常連の存在がつかないこと自体がおかしい。
私なら、たとえ旭川に住んでいようとも月2、3は通い続けていたはずだ。




壁には「ウボンゴ3Dタイムアタック」や「カルカソンヌ2人対戦募集」など、初めて訪れた方に向けて「こちらが今ホットです」をそれとなく示すよう促すアイデアがほどこされている。
料金のシステムも時間単位ではなくシフト制なので、残り時間を気に止めることなく重いゲームもプレイでき、つい長居したくなる。
看板に偽り無し、まさに「隠れ家」だ。

愛嬌溢れる店長は、最新作の「おみかん様」を持ってせわしなく店内をめぐる。
ボードゲームカフェパスの特典の一つ「店長の愛のビンタ」も、お土産として受け取っておくべきだったと、後になって悔やむこととなる。

次に向けての時間となり、私は名残惜しくも店内を後にした。

隣のブースでご一緒となるこかげ工房の弓路様と道中のタクシーで話をしながら、私はまたもクイズで大声を上げることを前もって平謝りした。
ブースの方にも恵まれている。

会場前へと到着。PM17時、すでにとっぷりと日が落ちていた。



本番だ。
立会い十分、待ったなし。

会場に入り、袖をまくり、盤祭で培った会場設営をもとにブースを作成する。
手早く、黙々と。



ものの20分足らずで今日のステージが完成する。
時刻は17時25分、開場まで30分以上も時間があるというのに、入口前にはすでに20名以上のお客様が列を成していた。

持参した「携帯カイロ」を配布して回る。
来場者の方々は皆一様にキョトンとした表情を浮かべる。
ボードゲームのイベントで、ボードゲームではなく「クイズの小冊子」を頒布に訪れたのだ、さもありなん、といったところだろう。
幾ばくかのアウェイ感が、当初から私はぬぐいきれなかった。
だから、誰よりも気合いを入れ、元気さをアピールした。
「落ち着いて!」という天の声を受け、ハッと我に返った時は、開場の実に5分前だった。

18時、いよいよ幕が開く。
怒涛のごとく押し寄せるお客様は、2階階段の入口近くまで伸びていたと受付の方から伺った。
大勢の方々が期待を寄せ、興味関心を寄せていたイベントだ。
それに全身全霊で応えなくてはならない!

「世界で唯一の、ボードゲームのクイズの本です!」

大声で小冊子を頒布する。
大声で問題を読み上げる。
光るボタン、「正解っ!」の声に呼応するかのように、歓喜の声と、周囲の目線がこちらに集まっていることを肌身で感じる。
ゲームマーケットでも盤祭でも同様に味わった、脳内に広がるドーパミンのごとき快感。

楽しい!

2時間、ノンストップ。
頬の筋肉のけいれんから、ひたすら笑っていたのだろうと邪推する。
喉は枯れてダミ声となり、主催から差し入れがあった烏龍茶は開始30分で空いてしまう。
外気温とは反比例に体全体から滝のように吹き出す汗。
そんな状態のまま、私はクイズを読み、クロスワードを配り、お金を預かりながら小冊子を手渡していった。

ブースには多くのフォロワー様も訪れた。
ラミィキューブ北海道王座決定戦など大会運営で活躍されるゲームパーソングループ主催佐野まさみ様。
私個人のフォロワー様からも高い人気のKTA様からは噂に轟くブーメランを拝見させて頂く。
知的なツイートが魅力のオヨット様にも無事にご挨拶に成功できた。
ゲームマーケット秋新作「ヒントをいいます」が人気の常盤倶楽部「かみやパパ」様もご挨拶に訪れる。
東京からも、ゲームマーケット秋ではぎゅんぶく屋ブースでその豪腕を発揮した名プレイヤー「ヤマドリ」様が会場を訪れ、励ましてくださる。

ツイートを覗くと、多くの方からの応援メッセージや「いいね」の数。

多くの方からの後押しを受け、つい涙腺を潤ませてしまったが、終了時刻はまだ先。グッと喉元に押し込んだ。
エンディングまで、泣くんじゃない。

午後8時
未だ会場は熱気で溢れ返る。人の波は途絶えることを知らない。
用意した100部近くのクロスワードは配布を終え、新刊も残すは約1/4、既刊も残りわずかとなった。
最後の追い込み。あらん限りの声をあげてアピールする。
改めて、心に刻む。
私は頒布ではなく「クイズを遊びに来た」
その立脚点を決して忘れないように。




8時20分、撤収のアナウンス。
終わった…。
口元からエクトプラズムのようなものがモコモコと湧き出る私。

最後の気力を振り絞り、撤収を始めつつ、目の前のもんじろう様から「男気野球拳」と、地元北海道のサークルというkoke様のブースから「ダンジョンマーケット」を慌てて購入する。



一旦荷物をホテルに預けたのち、遅れて懇親会に参加。




新鮮で濃厚な海の幸に舌鼓を打ちつつ、今回の主催となったサイコロキネシス室田様、Cygnus様らを取り囲む。

実に名古屋遠征以来、約3ヶ月ぶりとなるアルコールで早々に酔ってしまった私。

「3年目が勝負だから」
隣で座る笑顔のCygnus様から、ふと、そんな言葉を頂戴する。


実はこの北海道遠征前、誰に話すこともない秘めたる悩みがあった。
「クイズなんて、もういいかな」
ボードゲームのクイズ小冊子制作に全力を傾注したこの半年、こもりっきりの、孤独の作業。
寝食を忘れ、ひたすら問題制作に没頭する私。
当然、失うものも多かった。
それに対するリターンは、お金の面も、反響の面でも、私の期待を超えるものではなかったのだ。
加えて、飛んでくる言葉は、内容に対する批判・誹謗ばかり。

「無駄な努力」という言葉は決して嫌いではないが、さすがに今回ばかりは心に負ったダメージが大きく、どれだけ励まされようとも、立ち上がる気力すら湧かなかった。
出ると宣言した以上、ゲームマーケット大阪ぐらいは顔を出すとして、それを終えたら、静かにフォードアウトしよう。

冗談ではなく、真剣にそう考えていた。

先のCygnus様の言葉に、私は肩の力がスッと抜けた。
まだ2年目。
まだ成長過程。
くじけたと宣言するには、まだ時期尚早、か。

グイグイと杯を傾け、再度涙を喉元に押し込む。

おかげで、その日に誘われた大先輩からの二次会を断る羽目となった。

這々の体でホテルのベッドに潜り込み、今日の様子をツイートで振り返る。

なんだかひときわ騒がしい人間がいるな…。
まるで他人事のように自分と思しき人間のツイートに反応した。

物質も雰囲気も「熱量」があってこそ、周囲にそれらが派生するではないか。

こんな私に、何か貢献できることがあったのか。


昔ギリシャのイカロスは
ロウで固めた鳥の羽根
両手に持って飛び立った
太陽目指し飛んでいく
勇気一つを共にして

童謡で知られるイカロスの寓話では、哲学者のイカロスはその後太陽へと向かう先で墜落してしまう。
しかしながら、その意思は、後代にまで受け継がれる、という内容だ。

墜落でも追突でもなんでも、チャレンジしたことはそれなりに評価される、か。

ベッドの中でぐだぐだと考えているうちに、私はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。


アルコールは飲みすぎると翌日に残るということをすっかり忘れたまま。


(二日目に続く)









2018年12月6日木曜日

私の出会ったボードゲーム業界の「ボッケもん」ベスト3

この一年間、私なりにボードゲーム、特に制作面をメインに多くの方と交流する機会に恵まれた。



その中で出会った、「ボッケもん(生まれ故郷である薩摩地方の言葉で「男気のある、豪快な、男らしい」というニュアンスの言葉)」、すなわち、私の印象に強く残っている方を紹介したい。


これまで当ブログでは「ぎゅんぶく氏(第71回 すごいぞワンナイトマンション、スゴイぜ!ぎゅんぶくさん)」「たまご氏(第74回 たまごさんの話)」など尊敬すべき方を数名紹介してきたが、他にも今年は、多くの方々に巡り合う年だったと回顧する。
上記2名は「殿堂入り」として、今回はその他にも3名を私なりの言葉で紹介したいと思う。


3位 翔氏(TwitterID:@shousandesuyo)

ボードゲームに関する各種活動の火種を切って活躍される方。今年度だけを数え上げても、webラジオ「ボドっていいとも!」メインMC、18会(ボードゲーム2018年デビュー組による同期会)、17会(2017年デビュー組、同)、ボードゲームカフェパス制作、雑誌「ALL GAMES」記事担当、ボードゲーム制作のための相談会、等々、数多くの製作者に手を差し伸べ、多くの会に積極的に参加し、多くの方から愛された。
エッセンからの帰国後、一時期活動を停止された際、多くの方が不安の声を上げるほど、その徳の高さを実感したのではないだろうか。
何度も直接お会いする機会があり、その「誰に対しても人当りしない」、あたかも何か全身から発する「人徳の高さ」を身を以て実感した。


2位 やぬきけんじ。氏(TwitterID:@yanuyanu33)

囲碁、将棋、連珠、バックギャモン、トランプ、ドミノ、東八拳、等々、伝統遊戯なら何でもござれ。ボードゲームも勿論その腕は確証済み。
笑顔が印象に残る方で、行く先々で楽しいことを探し出す方。
義理と人情にとことん厚く、直接お会いしお話する中であふれんばかりの「遊びに対する深い情愛」が伝わり、関東を離れるお別れの会では多くの方が別れを惜しんだ。私もつい涙腺を緩ませてしまった。
普及活動を行う中、楽しい場所、楽しい環境があらば積極的に顔を出し、多くの知見を広げるその飽くなき姿勢は本当に脱帽し、今回秋の新作への大きな刺激となったこと、この場を借りて感謝申し述べたい。
現在は長野住まいであり、多くの方から関東への帰省を望まれていることからも、その人望の高さが伺える。


1位 いか氏(TwitterID:@bodoge_ika)
ポッドキャスト「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」MCとして活躍する傍ら、ツイキャスライブ上にひょっこり顔を出しては、その高い知見からのアドバイスや屈託無い意見を提示される方。
この2018年、「podcastの敷居は高くともツイキャスライブなら」と多くの方に勧めて周り、製作者、パーソナリティにかかわらず多くの方が「ツイキャス」という媒体を利用し自己の新たな発信源となるきっかけを生んだ、影の立役者でもある。
長年ボードゲームに携わっているベテランながら、決して自ら名乗り上がることをしない、積極的に裏手へと回り、遠方からエールを送り続ける、ブースの応援とあらば手を挙げ、人一倍頑張りを見せるという、そのあまりに謙虚な姿勢が多くの方の称賛を呼び、人気ポッドキャスト「おしゃべりサニバ」MCすながわ氏など、いか氏を心から慕う方も数多い。かくいう私もその一人である。


まだまだこのボードゲームの世界に浸かり、紹介しきれないほど多くの素晴らしい方々と出会うことができた。時間があれば、是非また機会を設け、紹介したいと思う。
そんな素晴らしい方々と出会うきっかけを生んでくれたボードゲームに感謝したいと心から思う。




2018年12月4日火曜日

等身大の自分を探して 汗と涙の関西遠征記-二日目-

初日(盤祭1st.)https://hibikre.blogspot.com/2018/12/blog-post_3.html


関西遠征記二日目の朝。

あれだけ多くを抱えた我が子ら(小冊子)は、昨日の晩祭1st.で無事に親元を離れていった、

はずだった。

しかしながら、目の前にはそれなりの売上金、まばゆいほどのボードゲーム頒布ブース、一時の気の緩み…。

結果、さほど軽くはないままのスーツケース一式を抱え、私は一路、大阪府南区のボードゲームスペース「ファミーリエ」様へと向かった。

多くのお子様が訪れると評判のこのファミーリエ様、そちらで「すがえり様」主催のボードゲーム会に参加することが目的だ。

途中のコンビニで軽く腹ごしらえを済ませ、到着は午後12時30分頃だっただろうか。

店内はバリアフリー。テーブルの他に「こたつ」も数脚常備され、子どもたちが華やいだ声で大人たちと賑わいを見せている。

店長さんよりも我先にとご挨拶に飛び込んできたのも、お子さん方だった。

パワフルなお子さん方も過ごしやすいスペースという印象で、壁にはツイート上で話題となった「ボードゲーム新聞」なども掲載されていた。
多くの方に好評のようで、すでに6号が発行されているようだ。

主催の方が到着するまでの時間、クイズなどを披露する。
ボタンの方はこちらでも好評だったが、如何せん、私の問題作成能力が悪く、子どもたちは「押したくても(わからないから)押せない」ことで離れていく場面も。
問題の難易度を更に考慮すべき点は今後の反省材料としたい。

主催が到着し、まずは「ワードスナイパーファミリー」を。
私の購入する作品は比較的「初めての方でもベテランの方でもルール説明が簡単でかつ楽い」作品が多く、こうした「初めての方」が混じる会では重宝する。

主催の「すがえり」様は気さくで笑顔の素敵な方。
初めて、を主張されてはいたけれど、DOMEMOなどでは初プレイながら積極的に「ブラフ」などを織り交ぜるなどすでにゲーム的な戦略を熟知されている様子。
勝敗を気にせず多くの作品に触れたい、全身で享受したい、という意欲が全身からにじみ溢れる、とても活力的な方だった。
ならば私もそれに応えるべく、どんな方でもご満足できる作品を堪能してもらいたい、という思いで対抗することにした。
この辺りの「負けん気の強さ」も、私の中の「大人になりきれない部分」と呼べるのだろう。反省は後からすることにしよう。

ゾンババ(ひとりじゃ、生きられない制作)、ドメモ(ランドルフ作)、コードゼクスクロス(JOINT GAME FACTORY制作)、ゴモジン(JELLY JELLY CAFEリメイク作)、あてっこついたて(スヲさんち制作)などをプレイ。
コードゼクスクロスは難しさの中に「解答できた先の達成感」というバランスが絶妙で、脳内で全てのキーセンテンスが一本に繋がった際のドーパミンの溢れ具合がたまらず、思わずガッツポーズしてしまうほど。
迷うことなく購入してしまった。

あてっこついたても、特に子どもたちに好評だった。
先の盤祭1st.でも感じたことだが、クイズとは「難しい問題を学習・作成して悦に入る」ことが目的ではなく、クイズを通じ正解がわかることで、気持ちや考えを共有できることが第一と考えるのだ。
「出題者と解答者とのコミュニケーション」という言葉でうまく表現できるだろうか。


時間となったため、名残惜しくもお暇することに。
店長の熱いお人柄で、お土産の特性「ごいた竹ごま」を頂戴する。

丁寧にハンカチで包みながら、私はふと、その日の疲れからか、涙が溢れそうになった。

そっと袖口でぬぐい、気持ちをツイートしてごまかしながら、帰りの新幹線までのわずかな時間、立ち寄れそうな場所をリストアップする。


一軒目、梅田のボードゲームカフェ「ピエット」様へ。

多くの賑わいを見せる路地の裏に所在するピエット様、その店内はまるで大切な客人をおもてなしするかの如く美麗で整った、それでいて家庭的な内装、そんな玄関を入ると、二階からは気さくで明るい店長が出迎える。
店長のクロ様はツイキャスライブ上でもお世話になっており、その豊富な語彙力と鋭い知識は、店内に並ぶ多くの作品に活かされていることだろう。
周囲を眺めると、玄関先には多くのボードゲーム関連書籍が並ぶ。その片隅に、私の小冊子も稚拙ながら並べてもらうことができた。

二軒目、谷町四丁目に位置するボードゲームショップ&スペース「GUILD」様へ。

こちらは一転、高層ビルが立ち並ぶ中のオアシス的な存在。
ビルの上層階をエレベーターで上がった先には広めに確保されたプレイスペース。
店長の「大阪」様と、愛嬌のあるイラストを手がける「アリサ」様は双方とも前職の知見を生かし、胸のプレートに「説明できます」の表示。
広く明るく、清潔感あふれる店内では、夜の7時を回る時間ですでに多くのボードゲームプレイヤーが店内貸出可能の多くの作品を楽しんでいた。
説明に東奔西走する店長に、多くの方からの愛情をひしと感じることができた。
こちらにも無事に小冊子を寄贈することができた。


新幹線ホームに到着したのは出発の10分前。
お昼頃から何も食べず、観光どころかお土産すら買わず、せめてもの思いで入ったキヨスクで、大阪名物と銘打たれた「牛タン弁当」を確保する。

また来るから、必ずやその時に買いますとも。

誰に言うとも知れぬ約束を誓い、私は帰りの新幹線の中でとろとろと眠りについた。

まどろみの中で、観光こそできなかった今回の遠征を振り返る。
風景も名物も堪能できなかったけれど、多くの「人」に巡り会えた。
「人情」に触れ合うことができた。
そしてそれは、今回ゲームマーケット秋で「私が最も作品内に取り入れたかった主軸」だったことを、ふと、思い出した。

今回の遠征で、私自身という人間を「等身大で」見てもらいたかった。
「私はボードゲームのクイズを作っています。叫んでばかりいます。趣味に走っています。相手の喜ぶ顔が何よりも好きです。メンタルは極度に弱いです」
初めての地で「私」という人間を全力でぶつけ、私とは何か、私に何ができるのか、それらを探求することこそが、何よりも今回の目的だった。

今回の遠征で、相手を通じて垣間見えた「私」の姿を、肌身で知ることができたような気がする。
私は何よりもボードゲームが好きで、クイズも好きで、それらを通じた「相手の笑顔」が、何よりも好きだったのだ、と。

小難しいことを考えているうちに、新幹線は小田原を過ぎ、新横浜を時間通りに到着する。
次は北海道ボドゲ博だ。

札幌でも、また、「私、番次郎」という等身大のままを表現する旅にしたいと願う。




(了)




2018年12月3日月曜日

汗と涙の関西遠征記 初日

よし、クイズしよう!


きっかけは本当に勢いだった。
「私はボードゲームのクイズができるなら、全国津々浦々、どこでも駆けつけます!」
そんなツイートを書き込んだ手前、何かしら矜持のようなものもあったかもしれない。
「できるのか?」
「やってみろよ!」
そんな遠方の野次を浴びながら、私は心の赴くまま、なけなしのお金をはたいてチケットを取り、12月1日、一路、神戸三宮へと向かった。

ゲームマーケット2018秋。
私のブース「番次郎」では小冊子の新刊を頒布した。
しかしながら、ブースに立つ張本人に、その自覚は薄れており
「遊びに行きます!」「クイズをしに行きます!」
浮かれていたのだろうか。もっぱらツイートにはそんな言葉だけが踊っていたように思える。

新神戸駅。AM9時42分。
先日の有明の寒波はどこへやら。
待機列は冷えるだろうと用意した携帯カイロは今回も使わずに終わるだろうと危惧するほどの好天に恵まれる。
私はスーツケースいっぱいに積まれた荷物を抱え、一路、神戸クリエイティブセンターKIITOへと向かった。

10時に到着すると、主催のコロンアークの田邊氏を筆頭に、数名のスタッフと思しき方が設営を開始されていらっしゃる。
私もそれに混じり、早速机・椅子の搬入を行うことに。
暗く冷えた体育館のようなKIITO室内に灯りがともり、人が加わり、看板が設置され彩も添えられ、会場はほんのりと熱を帯びていく。

10時30分ごろに個人ブースの設営を開始する。
ゲームマーケット当日はお手伝いさんと二人で設営したので、今回初めてブースの設営を一人で行うこととなったが、長机一つに並べるというだけでも、1時間を超える時間を必要とした。



準備完了の写真をツイート上に流し、下唇をきっと噛みしめる。

始まるのだ。

初めての地で、売るのではなく「楽しさ」を提供する。
今日は私自身が全力で「楽しむ」1日にするのだ。

PM12時。盤祭1st.が幕を開ける。
大勢の方が奥へ奥へと列を連ねる。


声をあげ、新刊のアピールを行う私に、沿道の方が興味を示す。
早押しボタンに手をかけるので、早速問題を読み上げる。
ゲームマーケット同様、初めての方でも手に取りやすい問題の方に程よい感触がつかめたようだ。

Twitter上でお見かけする多くの方も訪れる。
「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」人気MCのいか氏、月刊漫画ジヘン好評連載中「天王寺さんはボドゲがしたい」作家mononofu先生、ダブルナインなどのポップなイラストで知られるプラネ画伯、ボードゲーム&クイズ会「Table-ON」主催者で知られる杉・俺太郎氏、主催ゲームマーケット最終候補にノミネートされた「ドッペル言語」製作サークル「昼夢堂」作者flat氏など。まだまだ大勢の方がいらっしゃった。
後日、ゲームNOWAのかぶきけんいち氏のツイートに私の必死に読み込む姿が上がっていたが、見るからに魚河岸の競り市場を彷彿とさせ、我ながらひときわ汗臭いブースだったかと反省する。

とはいえ、早押しボタンは好評で、問題を読むと多くの方が興味を示してくれる。
「俺も、俺も!」とボタンに手をかけ、問題を読む声に思わず力が入る。
小冊子頒布後、好意ある声の中、批判的な声、商標登録をちらつかせる声なども耳に入り、数日前からナーバスな状態が続いていた。
表題のNEXTAREA、次の場所へ、とは、それら裏向きな意味合いも込められていた。
しかしこの「問題を読む時間」だけが、脳内で麻薬のようなものが放出されるような感覚に陥った。
心の底から楽しいと思えた瞬間だった。

お会いできた方の中でも印象的だった方を数名だけ紹介したい。
大ちゃん様はゲームマーケット秋でもいらっしゃった方。今回も参加され、ボタンを押しにいらっしゃった。
とてもユニークな問題を提供されましたので、私自身、とても参考に、勉強にさせていただきました。ありがとうございます。

こっぺ様もゲームマーケット秋にもいらっしゃいました。
「構成の方、担当しますよ」というご意見を頂戴する。
前回、今回の制作で多くの方にご迷惑をおかけしたこの問題、次回以降、きちんと向き合わなければならない。
実力のある方の構成があるならば是非お願いしたい。そのことに気づかせていただきありがとうございます。

もうお一方。お名前を失念致しましたが、私の兼ねてからクイズに関する悩みを話したところ、その方もクイズに携わっていらっしゃる方で、私と同様に考えていらっしゃる、その気持ち、方向性だけでかなり気持ちが救われました。
あの時は本当にありがとうございました。


飲まず食わずで3時間が経過し、喉が限界に達したため、たまりかねて自販機にお茶を買いに向かう。
そこでしばしの時間、買い物を済ませた。
ぺけ先生の額縁入りイラストは制作中ずっと励ましとなっており、今回の新作ももちろん購入。
万屋楽団様の新作も普段のツイキャスライブから制作の苦労・工夫等を聞いており、これは入手すべきと思い購入。
プラネ画伯の画集を見かけた瞬間迷うことなく購入。
目の前のDDTブースにて頒布中の妖怪セプテットは財布の中の所持金不足でやむなく諦める。危うく売上金に手をつけるところだった。

PM4時、残すは1時間。
すでに下巻とEXTENDが完売御礼。
中には片付けを始めるブースもちらほら。
私はそれでも声を上げ、最後の追い込みをかける。

遊びに来る。ボタンを押しにくる。
問題を読み、「正解!」の声を上げる。
ふと気がつく。
クイズの何が好きだったのか。

問題を読みあげた時、相手が「わかった!」と答えてみせる、
その瞬間に見せる笑顔が好きなのだ。
その瞬間に「相手(解答者)と気持ちが通じた!」と実感できる、その瞬間が大好きなのだ。
だから私は解答側よりも「司会側」の方に力を入れるのか、と。

クイズって、やっぱり面白いよ。


PM5時。無事に閉幕。
結果、予定数を大幅に超える小冊子を頒布することができた。
しかし、それ以上に、多くの方をクイズに誘うことができたことが何よりも嬉しかった。

駆け抜けた。5時間、フルマラソン以上だ。
ふぅと飲み残しのお茶を開け、いそいそと撤収を始める。
ブースの方も含めた全員で椅子やテーブルを片付ける。小さい会場ならではの、主催側と出展側の一体感。
これらが味わえることも一つの醍醐味なのだろう。

熱気を帯びた会場が、冷たい体育館の姿に取り戻す。
その姿を背にしホテルへと到着した私は、結局その日に向かうはずだった近隣のゲームカフェの予定などを全て投げ出し、こんこんと眠りについた。

睡魔に陥る直前、明日寄贈する予定の小冊子だけは、何とか目視で確認することができたのだった。




(2日目に続く)









2018年11月28日水曜日

たまごさんの話

たまごさんのことについて書かせて欲しい。

たまご.egg氏(以下「たまご」さん)、関東一円、特に横浜、川崎を中心に活動の拠点を広げる。
インスト(インストラクション、ゲーム導入部の説明を担当する役回りのこと)の達人で、重いゲーム、軽いゲーム、どんなゲームでもその「聞かせ方」がとても上手い方として知られる。

そんな方から連絡があったのは、ゲームマーケット当日の運営体制で頭を抱えていた3ヶ月ほど前の盛夏だっただろうか

「どうしてもそちらのブースでお手伝いさせてくれませんか」

ちょうど人手も足りなかったことと、何よりあのインストの名手がブースに立ってくれるというだけでも百人力という言葉に反応し、私は一も二もなく飛びついた。

当日は言わずもがな。前日もブースに立っていたという疲労の色を見せることなく日曜もブースに立ったたまごさんは、私の小冊子を事前にパラパラとめくっただけで内容の概略を掌握、そのままブースで宣伝活動に従事してくれた。
お陰さまを持って、我が小冊子は無事、予定数を全て完売する快挙を成し遂げたのだった。

その後の話。

以前よりたまごさんは「ボランティアです。謝礼は必要ありません」と断固としてお礼を受け取ろうとしなかった。
そこで私は、片付けの最中、そっと前日に購入した「クランズオブカレドニア」の包みを手渡そうとした。
たまごさんは苦笑しながらこうつぶやいた。
「そうじゃ、ないんですよ…。」

私は結局プレゼントの包みを持ち帰ることとなった。


社会に出て間もない方へ。
覚えておくといい。
世の中には少なからず存在するんだ。
「人の喜ぶ顔」が大好きで
「人が喜ぶ」ことを何より自分の幸せに還元できる人が。

そんな人の一番の栄養は
こちらが最大限の笑顔を見せること。
こちらが一番幸せになってあげることなのだ。


たまごさんは沖縄在住だけれど、数年前まで川崎近隣で「たまご会」というボードゲーム 会の主催も担当されていた。
会費は基本500円だが、お菓子を持参で-100円、遠方からいらっしゃった方は−100円、途中で抜ける方は−100円、逆にずっと滞在される方は−100円…etc
最終的に100円で数時間遊ぶこともできる、実に太っ腹な会を運営されていることで有名だった。
もちろん会そのものは毎回大赤字だったことだろう。
それでも多くの方が「たまごさんの会なら」と遠方から駆けつけ、たまご会には数々のボードゲームが並び、多くの参加者やクリエイターが参加される会となった。


自分の身代を削ってでも相手に奉仕するたまごさんだから、悪い人間からのオファーもあったことだろうと察する。
しかるに、それらを取り巻く多くの善導者が、たまごさんを守り、支えてくれた。
「善導をもって悪を取り払え」とは、ブッダの言葉だったかと思う。

会の最後は、自分の疲れを見せず、一人一人に返信するたまごさんを、誰もが愛し、誰もが慕った。
たまごさんと同様、私たちも皆、たまごさんの喜ぶ顔が好きだからだ。

ゲームマーケットが終わり、祝勝会と称し、二人で焼肉を食べることにした。
が、疲れと睡眠不足も相まって、終始無言のまま肉を頬張ることとなった。
カルビよりも塩タンよりも、最後の方に注文した、鶏ガラベースのわかめスープが美味しかったという意見で一致した。
そこでようやくお互いに笑みがこぼれた。

ふと、一筋の涙が頬を伝った。
バレないようにそそくさと拭ったのだが、気づかれてはいなかっただろうか。



たまごさん
いつも深夜遅くまでご苦労様です。

たまにはゆっくりして、英気を養ってください。
そして一月、必ずそちらに遊びに伺いますから。


抱えきれないほどのお土産をカバンに詰め込んで、ね。

2018年11月13日火曜日

僕のイラストが出来るまで<小冊子イラスト奮闘記>

今回の小冊子に関し、わずかながら、宣伝させて欲しい
新しい小冊子に向けて、今回は少しばかり「イラスト」の練習に傾注したからだ

読まない、と勝手に前置きして続ける。(相手の目には届くと思うがやむを得ない。事実なのだ。)
きっかけは、今年春ごろ、某所で開催された「初心者限定イラストボードゲーム会」。
それほどイラストが上手くない方も参加OKという触れ込みだった為、当時、イラストに全く自信のなかった私も喜び勇んで参加を表明した

詳細を書くのもおぞましい。
蓋を開ければ、参加者以外のギャラリーが急遽参加、中には店内で飲酒した状態の人間も。
某お絵描きボードゲームをプレイ、案の定、酩酊状態の人間にイラストの不備を馬鹿にされ大笑いされる。
開始30分、いたたまれなくなった私は早々に離脱した。

涙が出てきた。
絵が描けないことをここまでコケにされたことに、腹ただしさと惨めさと悔しさとが入り交じり、涙がとめどなく溢れた。
会のその後は更なる惨劇を生み出したらしく、下手なイラストはツイッターで名前付きで晒された挙句、仮想Tシャツの図案にされるまでに至った。

イラストが上手くなりたい
ネガティブ思考で生まれる考えはプラスに働くわけがない。
それは悪の組織が正義を駆逐する考え方だ

しかし、腹わたが煮えたぎるこの思いを、何とかペン先で昇華しない事には、どうにも収まりがつきそうになかった。
以来、私は一にも二にも、白い紙に向かって必死の思いでペンを走らせた。


とはいえ、締め切りまでわずか半年足らず。
その上、学生時代から図画工作が大の苦手だった私。
発表するにしても相応のレベルが求められるに違いない。

現に描き始めのイラストなどこの程度だ。



そんな自分が「小冊子に掲載できる程度」に技量を高めるには?
方法は一つ
「ピンポイントで描き続ける」しかなかった。

幸い、描くキャラクターは頭の中で決まっていた。
そこで、ピンポイントに狙いをつけ、徹底的に「それだけ」を描く。
野球で例えるならば、相手投手のストレートだけに狙い球を絞るようなやり方だ。

万能選手のようにどんなイラストでも自由自在に描き表せるような、それは後でも構わない。
今は「依頼されたイラスト」を忠実にこなすだけでいいのだ。

表紙イラストに一枚絵が掲載できるだけでも御の字
描けば描くだけイラストは上手くなる、はず。
どこかで目にしたその言葉だけを望みの綱とし、何枚も、何枚も、同じ構図、同じキャラクターを、飽きることなく、描いて、描いて、描きまくった。


2ヶ月後、



この程度のイラストでも、正直、自分の中では満足のいく出来栄えだった。
その後、こうなり





3ヶ月後、ようやく、その後の母体となるイラストが完成する




少し欲が生まれた私は、更に挿絵へ、アイコンへ、と、その幅を広げる事にした。
言うなれば、自分の中にもう一人「イラストレーター様」を雇い入れた感覚だ。
無論、体というリソースは有限であり、イラストばかりに時間を割くわけにはいかなかった。
描きながら問題の作成、修正を並行して行う。デザインも同時に。
体力的にも精神的にも、日々、本当につらい毎日だった。


何枚も描く。
描けない自分が情けなくなる。
そんな時には臆する事なくツイッター上でアドバイスをもらう。
心優しいツイッター界隈の諸先輩から、多くの暖かいアドバイスをいただきながら、半年の歳月をかけ、ついに小冊子が完成した。



(※挿絵の一部)

問題構成、イラスト、デザイン、全てを自分一人で手がけた本。
おそらく「ボードゲーム」という縛りならともかく、「クイズ本」という枠で俯瞰しても、イラスト、デザインにここまでこだわった本など珍しいのではないだろうか。

っと、
奢ってしまった瞬間、技量は下り坂となる
だから上を向かなければならない。
登山家は山を登ることを目標とするが、登り終えた、少し休んだのちに、下山し、また登り始めるのだ。

幸いツイッター上には、目指すべき諸先輩のイラストが日々TL上に上がっている。
僕も満足することなく、まだ上、まだ上、を目指すべく、今日もまた誰も見ることのないイラストをぼつぼつと描き続けるのだった。


小冊子BoardGameQuizが日々進化を続けるために。










2018年11月1日木曜日

Board Game Quizの新しい遊び方

このすごろくの新しい遊び方。

アクセスありがとうございます。
このページでは小冊子を使用した「新しい遊び方」を逐次更新していきます。
(30.12.18更新)

1 シャット・ザ・BINGO!


必要なのは、運と知識と、ちょっとオ・ト・ナ・のテクニック

プレイ人数
司会者含め3〜7人程度
プレイ時間
10〜15分

用意するもの
●小冊子
●サイコロ2つ
●人数分の紙とペン
早押しボタン

遊び方

司会者は解答者全員に紙とペンを配ります
解答者は縦×横が3×3のマスを描き、その中に1〜9の数字を一つずつ書き入れます

マス目ボードは全員に公開した状態でクイズを行います

クイズに正解した解答者はサイコロを振り
①2つの目の合計の数1マス
または
②現在塗りつぶしていないマス目2つを使用して、出た目の合計の数となるマス2マス分
のどちらかを塗りつぶします

もしも自分の手番にどのマス目も塗りつぶせないならば、サイコロチャレンジは失敗となり、何も塗りつぶせず、次の問題に移ります

(例)
Aくんは最初のクイズに正解し、サイコロを振り、2と3を出しました
そこで足して5となる「5」のマス目を塗りつぶしました。
次の問題に正解したAくんは再びサイコロを振り、今度は2と4を出しました
「1」と「2」と「3」→3つ塗ることはできません
「1」と「5」→すでに「5」のマスは塗られているため、塗りつぶすことはできません
Aくんは「2」と「4」もしくは「6」のマスのどちらかを塗ることができ、今回は「2と4の二つのマス目」を塗りつぶしました

こうして縦、横、斜めのいずれかが1列そろったら1BINGO
3BINGO先に達成できた解答者の勝利です






2 ゲムマ一周双六ゲーム

目的
誰よりも早く早押しクイズに正解し
ゲムマ一周を目指そう!
誰よりも早くゴールに到達できたプレイヤーが優勝です

プレイ人数
司会者含め3〜6人
プレイ時間
10〜20分

用意するもの
●小冊子
●双六ゲームボード
●人数分のコマ(司会者除く)
●早押しボタン
(用意できなれば、ベル、挙手等で代用できます)

遊び方
◆早押しクイズに挑戦!
司会者を一人決め、司会者は小冊子から問題を読み上げます
他のプレイヤーはそれに答え、見事正解ならば自分のコマを
決められた数だけ進めます。お手つき、誤答のペナルティはありません。

◆コマの進め方
・最初の問題に正解したプレイヤーは「2マス」進みます
・以降、正解したプレイヤーが最終的に到着した先に描かれているマスのサイコロの目が「次の問題に正解したプレイヤーの進む数」となります

もしも進んだ先に「他のプレイヤーのコマ」があった場合、
「ジャンプアップ!」としてさらに3マス進めます
その先に相手のコマがあったならば更に3マス進めます
(※FREE ZONEのマスだけはジャンプアップが起こりません)
先にゴールマスに到着(ピッタリでなくてもOK)できたプレイヤーの勝利です
特殊マス
飛行機
飛行機でひとっ飛び!飛行機の先のマスへ進むことができます
×2
次に進める数は、一問前の目の2倍の数となります
FREE ZONE
このマスに到達したプレイヤーは、1〜4の中で次に進める数を事前に宣言することができます。このマスに限りジャンプアップは発生しません


こちらからDLできます すごろく.jpg  説明書.pdf

3 JOKER3

クイズ+ババ抜き
誰よりも早くポイントに到達せよ!
ただし、JOKERにはご用心…

プレイ人数
司会者含め3〜5人
プレイ時間
15〜20分

用意するもの
●小冊子
●トランプ
●早押しボタン
(用意できなれば、ベル、挙手等で代用できます)

遊び方
まずトランプから、解答者の人数に応じ、以下のカードを抜き出します
2人/A3枚、2、JOKER
3人/A3枚、J、2、3、JOKER
4人/A4枚、J、2、3、JOKER
そのほかのカードは箱にしまいます

カードをよくシャッフルし、全員の手の届く位置(司会者の前など)に、裏返した状態で一列に並べます
この時、司会者のみどこに何のカードがあるかを確認し、Jのカードがあれば「オモテ」にします

司会者は解答者に応じ、以下を基準に、あらかじめ問題数を決めます
2人/10問
3人/15問
4人/18問

(※お手つき、誤答含む)

◆早押しクイズに挑戦!
問題に正解した解答者はカードを一枚取り、数字を確認し、自分の前に裏向きのまま並べます
A=1点、J=1点、2、3=各2、3点、JOKER=-3点
●目の前のカードがなくなったら、次の問題以降、正解者は「他のプレイヤーのカードを横取り」することができます
(しなくてもかまいません)
相手から横取りしたJのカードは、横取りしてもオモテのままにしてください
自分のカードはいつでも確認でき、いつでも並び順を変更することができます

◆勝利条件
以下の条件を最初に達成したプレイヤーが勝利です
①先に規定ポイントに達成できた
2人/5点
3人/7点
4人/8点

② 最初に決めた数の問題を全て読み終えた時点で、最も得点の高いプレイヤーが勝利します


2018年9月1日土曜日

実力差と楽しさとの狭間で…

今年の高校野球決勝、大阪桐蔭対金足農業、蓋を開けると、13−2、と大差をつけられての試合となった。

思うに、高校野球などを見ていると、スポーツの世界ではこうも残酷な勝敗が下ってしまうものかと、はたと気づかされる。

ボードゲーム芸人であり本職は高校野球芸人であるいけだてつや氏らがアピールする「高校野球の世界の輝かしいドラマ」などはあくまで膨大な高校野球の中のごく一部だと、そう自覚しなければ、つい高校野球そのもの、ひいてはスポーツの世界全体を「バラエティ番組」か何かと錯覚してしまう節がある。感動や涙といった「ドラマ性」などはあくまで一端に過ぎない。

本当に「手に汗握る」ドラマチックな試合というものはごく一部であり、その下には数々の、至って普通の試合展開、到底追いつかないほど点差の開いた試合、序盤で勝敗を喫したような試合、逆に序盤であっさり勝負が決まった試合、等々、それらの頂上にドラマ性が秘められた僅かな「上澄み液」が一部残っている、そんな世界なのだ。

語弊が生じないように先に述べておきたい。
ここで記載している内容は、いわゆるテレビや映画に見られるような「最後の最後まで勝負の行方がわからない」的な演出の話題であることを断っておく。
金足農業の試合は確かに感動を呼んだ。それはこのチームの持つバックボーンを視聴者の誰もが知り得ていたからではないだろうか。

確かに、実力差がモノを言う勝負の世界は得てして冷酷なものだ。
腕がモノを言う、ボードゲームの世界で「アブストラクト」と呼ばれる世界では「腕」こそが「力」であり、盤上の采配を振る人間に実力差が生じていれば、当然、盤上の展開もつまらない展開となる、逆も然り、である。


すごろくや祭の話
草場純先生の講演の際、私はたまりかねて質問した
「先生、将棋の世界に「見る将」という言葉がありますが、どうお考えですか」
それに対し師の先生の話は
「あれはプレイしていない。ドラマを求めているのだ」

この回答には数々の意見があるのだろうが、私はその時、ドラマを求めすぎている人々は、プレイ自体に「感動」を求めているのではないか、と受け止めた。
プレイする人間がプレイすることそのものに楽しみを見出す中、それを側から見ている人間、テレビ的な立場での「視聴者(プレイに参加していない第三者)」は、その世界に何かしら「非日常」や「感動」を求めようとしているのではないだろうか、と考えた。

翻って、ボードゲームの話。
ボードゲームの世界でもいわゆる勝負に飽くなき貪欲な勝ちを求める、いわゆる「ガチ勢」と呼ばれる界隈と、勝負など二の次で良く、あくまでその場の雰囲気を楽しもうとする「エンジョイ勢」とが相容れない関係ではないか。とまで叫ばれている。
ガチ勢が跋扈すると視聴的には非常につまらない展開となるだろうし、逆に、エンジョイ勢が跋扈すると視聴者的には面白くなるだろうが、ガチ勢としても、もちろんゲーム的な面白さの側面も損ねてしまうだろうと懸念されている。
その両天びんについて、兼ねてから問題視されてきたのだ。

もちろん私も、何らかの形で結果が排出される「ボードゲーム」という媒体である以上、勝利に関し意識こそすれど、あまりに貪欲に勝ちを狙う、に刮目しすぎるがあまり、本来ボードゲームが持つ「場の雰囲気の楽しさ」を損なっては元も子もない、と考えるに至る。

一方で、バランス調整の施された作品には実力差がついてしかるべきである。あれだけ長年継承された伝統ゲームの麻雀、囲碁、将棋、アブストラクトではない「モノポリー」や「桃鉄」ですら実力差がつけば大差で勝敗が下される世界なのだ。

だからこそ面白くもあるのだが、では互いに実力差が生じる中、運に左右されることなく勝負が伯仲する作品、に行きつくためには、どうすればいいのだろうか。


その問いに関し考えを巡らせていると、実は意外なバラエティー番組に眠っていることに気がついた。
「クイズヘキサゴンⅡ クイズパレード」である。

これに関し、次回更に追求したい

続く

2018年8月26日日曜日

すごいぞワンナイトマンション、スゴイぜ!ぎゅんぶくさん

今回はぎゅんぶく屋の代表「ぎゅんぶく」様(以下「ぎゅんぶくさん」)を紹介したいと思う
ぎゅんぶく屋といえば2016年「スノーマンション」に続く作品「ワンナイトマンション」を2017年に発表、ゲームマーケット秋、春と多くのお客さんで人気を集め、ワンナイトマンションは一時品切れが続くといった状況も。
今年8月に開催された「すごろくや祭」では常に人の途絶えないブースとなるなど、今話題のデザイナーである。

ワンナイトマンションについて簡単に説明したい。
(細部リンク先参照)




ある洋館(高級マンション)にて、館の主人が殺害されてしまった。
警察が来るのは翌朝。通信も途絶えた、そんな中、殺人犯を野放しにするわけにはいかない。
そこで全員が集まり、今夜一晩、殺人犯を地下牢に閉じ込めようと話し合いを行うのであった。

最初のプレイヤーは殺人犯も加えた人数分+2枚の山札から2枚を引き、自分が「担当したいと思った役職」のカードを手元に残し、残り一枚を別の相手に渡す。渡された相手は山札から新たに1枚を引き、2枚のうちから自分の担当したい役職を手元に残し、カードを持たない別の相手へ…
これを繰り返し、最後のプレイヤーは「地下牢に閉じ込めたい」1枚を決定、場の「黒の部屋」に裏向きで配置する。
3分間の話し合いを行い、誰が殺人犯のカードを持っているかを予想(地下牢に入っている場合もあり)。時間経過後に投票を行い、最も得票数の多かったプレイヤーの役職カードを改めて地下牢のカードへと配置。
地下牢に閉じ込めた(という設定の)カードをオープンし、翌朝、見事に殺人犯を閉じ込めることに成功できたならば一般人陣営の勝利。他の人物が入ってしまったならば、殺人犯陣営の勝利となる。


簡単なルールと、強い中毒性を秘めた様々な役職、ダークなシナリオとポップなイラストがマッチした世界観、
何より、短期的なシナリオの中に、人間の深層心理をえぐるように交錯する様々なドラマがわずか3分という時間の中で生み出される、傑作カードゲームである。


昨年、品川に所在するボードゲーム喫茶「天岩庵」で開催された「ゲームデザイナー座談会」の場で、面白いエピソードを拝聴する機会に恵まれた。

この「ワンナイトマンション」を作るきっかけとなったのは、人狼ゲームをプレイした時だという。

夜のターン、全員が目をつむり、占い師(夜の手番の際、該当する人物が人狼か否かを確認することができる)がぎゅんぶくさんを指名して宣言する。
「あなたは人狼ですか?」
この呼びかけに、通常なら周囲に気づかれないようハンドサイン等で合図するところを、うっかり
「はい」
と、声に出してしまったのだ。

失敗し赤恥をかいたぎゅんぶくさんだったが、そこで挫けることはなかった。
「人狼が苦手な人でもわかりやすい、そんな人狼ができないだろうか…」

そこで生み出された「ワンナイトマンション」は、従来の人狼ゲームとは異なる点が多く、一例を挙げると、目をつぶったり、他人の役職を確認したり、ゲームに参加しないGM(ゲームマスター、司会進行役)を必要としたり、といった行為が極力排除され、ルールそのものの簡略化に成功している。
初めてプレイした私は、人狼というよりむしろ「クク21」に近い印象を受けた。


作品そのものの魅力は実際にプレイしてもらうこととし、ここではぎゅんぶくさんの人柄としての魅力を更に掘り下げていきたい。


ぎゅんぶくさんはとにかく活動的だ。

都内各所のボードゲームカフェでは、定期的に「ワンナイトマンション体験会」が開催され、連日多くの参加者がワイワイと対戦を繰り広げている。
参加者の中には、この作品に合わせて日程を調整する「追っかけ」も存在するほどだ。

体験会に併せ、ぎゅんぶくさんはテストプレイ会や、作品そのものの感想などを直接生の声で聞き、作品にリアルタイムで磨きをかけている。

その際のテストプレイ会も、実に今年の年初から開催し、怪盗のイラストも数回ブラッシュアップされている。

回数に回数を重ね、洗練に洗練し、多くの労苦の元に完成された作品は、デザイナーのぎゅんぶくさんはもとより、他の作品よりもひときわ多くの方の目が、手が、愛情が、育まれた、いわば「皆に愛されし作品」である。

そしてこの夏、ワンナイトマンションは新役職を加えた拡張「アナザークリミナル」を発表し、コミックマーケット夏で頒布、中には複数個購入される方もいらっしゃったというほどの人気ぶりだったという。


ぎゅんぶくさんは、天真爛漫だ。

サスペンスな内容とは対照的に、とても人当たりがよく、疲れていても、いつも笑顔でゲームの説明をし、流れる汗を止めることなく、ゲームの参加者に加わる。
いや、ひょっとすると私が見ている陰では別の顔を見せているのかもしれない。
そうであろうとも、オンとオフの切り替えがハッキリできる方として尊敬できる。

笑顔の傍らには、多くの人が集う。
ぎゅんぶくさんのブースには、デザイナーという括りだけでも、「ボドっていいとも!」メインMC「翔さん」、オオツカ製作デザイナー兼Gamez白楽火曜店長「大塚健吾さん」、river gamesデザイナー「シキリト」さん、同ブース「魔法陣のルール(仮)」デザイナー「しろこど」さん、雑誌ALL GAMES出版AHC代表あまおち総統、etc…etc…枚挙にいとまがない。

フォロワー様の言葉を借りるが「良い店(居酒屋)は、その店の常連客で決まる」という言葉がある。
人格を形成するものの尺度として、集まる人の人となりを観察される方もいらっしゃることだろう。

ぎゅんぶくさんの元に集う方はいずれも「職人」さんであり、「情に厚く」「楽しむことをとことん追求」される方ばかりだ。

当然、女性層のファンも多い。
体験会には女性も多く、これまでの人狼ファンに加え、人狼を苦手としてきた層も加えた大勢の女性客が顔を覗かせている。

私と話すとき、ぎゅんぶくさんはいつも照れながら、腰を低くし、はにかんだ笑顔を見せる。
この人あたりの良さこそ、ぎゅんぶくさんの持つ魅力のひとつなのだろう。


そんな「ぎゅんぶくさん」のワンナイトマンションは、今年のゲームマーケット日本一を決める祭典「ゲームマーケット大賞2018」において、並み居る作品を抑え、現在まで一次通過を果たすなど、その人気は途絶えることを知らない。


良い作品は、良い人が紡ぐ

飛翔する翼の裏では、誰しも悩みがあり、苦しみがあり、悲しみがつきまとう

諸所反論はあれど、私は「人の心を動かす作品」とはこうあるべきだと思うし、むしろ「こうありたい」と願っている人間の一人なのだと、このブログを執筆しながら改めて考えたのだった。



ワンナイトマンションはすごろくや、イエローサブマリンを始め全国のボードゲームショップ他、大手家電量販店でも絶賛発売中です。




2018年8月21日火曜日

多くの人・作品・時間に触れる「幸せ」 静岡ボードゲーム会ニケ!参加レポート

先日、静岡県内外のボードゲーム愛好家が一堂に集うゲーム会「ニケ!」に参加する機会に恵まれた。
今回8月で19回目を迎える。
私自身の参加は2度目だ。

前回レポート「井の中の蛙と大海と -ニケ静岡で学んだ話-」http://hibikre.blogspot.com/2018/02/blog-post.html


興奮のあまり早朝から目が覚め、予定時間を前倒しで一路、車を静岡市内へと走らせた。

会場内では多くの参加者が、来場時間とともに多くの作品をプレイする。
先日発売されたばかりの最新作、有名定番作品、昨日のテレビで話題沸騰の作品はもとより、自作ゲームのテストプレイに、販売することもないであろう自作ゲーム、トランプなど、まさに「ボードゲームのバイキング」であり、どのテーブルからも華やぐ声が上がっていた。

私も長距離運転の疲れをコーヒーでごまかし、まずは「ウンチしたのだあれ」からプレイする。
静岡市内に店舗を構えるCafeBINGOのオーナー、能登ごいた保存会長野支部「総長」氏ら有名ボードゲーマーが集い、カードを配る手に無駄な力が入ってしまう私。

その後も「ワードスナイパー」「Drop it」「デクリプト」「ワンナイトマンション(拡張込み)」等々、13時の開場時間から21時の閉館時間までみっちりと遊び行ってしまった。


ニケ!の魅力は、参加者の誰もが「ボードゲームを心の底から楽しんでいる」姿にある。

ボードゲームカフェに通われる方や、ボドゲ会に参加される方は、すべからく、ゲームを楽しんでいるはずでは?
そんな声が上がるかと思う。

私自身がそう
参加のたび「何か面白いゲームないかなー」と品定めしつつ、真新しい、話題の作品に興味を示し、以前遊んだことのある作品は「今はいい」と敬遠してしまう。

何故か。
それは私の場合「楽しい時間のもったいないおばけ」が発動してしまうからだ。

せっかく来たのだから、せっかく参加したのだから
少しでも自分の体験したことのない「衝撃的な感動」が欲しい、欲しい!

その為には、以前体験し、すでにある程度の感動を享受し終えたであろう作品は後回しにしたい、したい!

一方で「ボードゲームなんて本当にわからない方」に関し、名も知らない傑作ボードゲームを勧めたところで「感動するかどうか」の保証が(その人にとって)掴めない以上、やはり躊躇してしまう。
だから「メディアに登場した」作品は、やはり根強い人気を誇る。
そしてそれらは「ある程度ボードゲームに熟知された方」が敬遠する傾向にあることは、先に述べたとおり。

「ボードゲーム初めての方も参加OK!」
そう謳う会は多い。
しかしこの二律背反を上手く解決する策が登場しない限り、この「混じり合わない関係」は一生こじれたまま、
そう考えていた。

今回のニケ!に参加し、それらが完全に払拭された。

初めての方も、熟練の方も、同じテーブルで、多くの作品を、「初めてだから」と手加減することなく、和気あいあいと楽しんでいる。
楽しむことが「できている」

いくつか理由があるかと思うので、あげて行きたい。


◆ゲーム数、参加者が多く、選択の幅が広い

持ち込みゲームの数が非常に多く、また、多くの参加者が集う、それだけ選択の幅が広いということは、必然的に「自分の遊びたい作品に、遊びたいだけの人数が集う」のである。
今回の参加者は最大で100人を超えたと聞く。子供から高齢者、初めてからベテラン、ジャンルの強弱に至るまで、しかし「ゲームを楽しみたい」という根底で繋がるからこそ為し得た会だと考える

◆説明できる人が多い

人が多く集まる、ということは、それだけ「ボードゲームに熟知された方」も割合として多く集まる。
つまり「できないゲーム」がそこには存在せず、面白そうだけれどできない、という状況に陥ることがない。
好きな時に、目に止まった好きなゲームをプレイできる、非常に恵まれた環境にあるのだ。

◆多種のゲームを遊べる「安心感」

多くのゲームに触れることができる、ということは、翻って「挽回のチャンスがある」ことにつながる
すなわち、1ゲーム1ゲームにかける比重が「丁度良い塩梅」となり、程よい熱量で勝負を挑むことが可能となる。
負けても悔しがることなく、次の勝負で勝てば良いのだ。
じゃあもっと「プレイ自体を楽しもう」といった雰囲気が自然と形成される、会全体が成し得る独自の空気はここにあるのではないかと考える

◆たくさんの作品に気兼ねなく「チャレンジ」できる

先ほど「バイキング」に例えたが、私の場合、目新しいものの次は「確実に面白さの保証されているもの」次に「全くわからないけれど興味の出てきたもの」と、あれこれチャレンジしたい心が生まれ、それに賛同される方が「私も!」「僕も!」と手をあげてくれる。
初挑戦の方、何度もプレイされた方、それぞれが入り乱れでプレイし、仮に大差をつけて勝敗を決したとしても「じゃあ次はこれ!」の流れへと移行する。この軽さと「ノリ」こそがニケ!の最大の魅力ではないだろうか。



21時、撤収開始の時間。
残り時間を惜しむように、新たに作品を立ち上げ、多くの参加者と語らい、会は静かにフェードアウトしていった。

後ろ髪を引かれる思いで私も会場を後にした。

私自身も「ゲーム音楽を読み札にしたかるた」「海外のトランプ(ゴルフをプレイ)」「シャットザボックス(フランスの伝統ゲーム)」といった、普段のボードゲーム会では「目にも止まらない」それどころか「敬遠されるだろうから滅多に持ち出さない」作品を敢えて持参し、幸いにも、多くの方から好評を頂いた。



ここにしか無い出会い、体験
それらを形取る根本は人に終着する。
挑戦する心に、成長は生まれ、その連鎖は二次関数の如く飛躍的な伸びを見せるだろう。
そしてそれらを暖かく向かい入れる「土壌」があってこそ、多くの人材が育ち、成長した人が、また多く伝承し、良いことが各地に伝播される・・・。

多くの理解ある方々に愛され、支援され、今後もそんな参加者とともに成長するニケ!を、私自身も稚拙ながら愛好家の一人として応援したいと心から乞い願い、また、帰宅の途につきながらも、早速「次は何を持参しよう…」とあれこれ画策してはニヤニヤが止まらない自分であった。


次回はボードゲームのクイズができると、いいな。





2018年8月11日土曜日

空気で読み取る好き、嫌いの話

ボードゲームに限った話ではなく、私が何かを好き、嫌いで判別する要素の一つに「空気」という項目がある。

人で例えてみたい。

直接お会いした際に、五感を持って感じ取った、空気的な概念の、風格、表情、発する言葉、声質、体臭、仕草、居心地、等々、それらを含めた総合的な雰囲気で好き嫌いを判別する。
している。
いや、「していた」のだ。
自分でそう自覚してはおらず「無意識のうちに」である。


百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので、多くの方が持つ数多くの印象を受けるより、直接学習した自分の体験を主に尊重する性格だ。

私自身がそう「イケメン」「イケオジ」と呼ばれるカテゴリーから大きく外れることから、多少ひがんでいる文面にも見えるかもしれない。
多少言い訳じみた解釈になるが、赤ん坊が生まれて最初に発達する器官は嗅覚と言われる。視覚、聴覚などはそれらより後だとか。
また、今よりさらに年を重ね、先に衰える器官は視覚、次第に聴覚等は衰えるものの、嗅覚は鋭敏さを増す方も多いと聞く。香水などの調合を行う調香師の方に熟年層が多い話も道理といえよう。


先日、さるボードゲームのテストプレイ会にお邪魔した際の出来事。

主催は先般のゲームマーケット春出展や各種レビュー記事など多彩にわたる活動で知られる「まつなが」氏で、すでにこのテストプレイ会は恒例となっている。

参加する直前はまだ世に生まれぬ作品に辛辣な評価を下されることに関し、非常に胃が痛い思いをしたものだが、始まって仕舞えば実にアットホームな雰囲気で進行し、作品全体の好意的な意見や、ルールの根本がわからないからこそ生まれる多種の意見、アドバイスが忌憚無く頂ける、大変貴重な時間となった。

前職で、いわゆる「ブレスト(ブレインストーミング)」といえば、忌憚ない意見と称する「相手を気遣う意見」を求められ、意見交換というを冠しつつ時にはディベートに発展したり、結局上役が資料にあれこれ口を出すだけの公開修正指導の場に成り下がることもあり、見えない壁、見えない障壁、見るべき相手の表情、見るべき周囲の空気、等々考慮した上でそれでも何かしら発言を求められるという、個人的にかなり苦手な場であった。

「満足したら、そこで成長は止まる」
厳しく言及する指導者が大好きなセリフのひとつだ。
しかし、受け止めた言葉を最終的に取捨選択するのはあくまで受け手の話だ。
嫌な言葉の中にたとえダイヤの原石が眠っていようとも、泥の中からそれらを探求しろといって土のう袋ごと相手に放り投げるなど、それは指導者として怠慢に過ぎない。
相手の良い点を見つけ、悪かった点は改善案をともに考え、自分なりの一案を用意する、
それができてこそのアドバイスではないかと常々思う。


閑話休題
ボードゲームをプレイする際も、作品自体の面白さより、気がつけばやはり「空気」を重視していた。

例えば周囲の環境、どれだけ世界各地の賞を総ナメにするほど面白い作品であろうとも、ファミレスや混み合う電車の中でプレイする作品となると、相応の作品が別にあると考えて選別する。
私はカフェやゲーム会などの雰囲気は主催者(店主、店員、あるいは常連客)の人望、人格が形成するものというポリシーがあるので、入った瞬間「失敗した!」と感じる場所には、しばらく時間をおいたのちに足を運ぶよう心に留めている。

一緒に同卓される方やプレイ中の空気となると尚更であり、意識しなくともこちらには不思議と肌身で伝わってくるものである。
こればかりは感覚によるものなので往々にして勘違い、気持ちのすれ違い等も生じることだろうが、「つまらない」「面白くない」といった相手の発する「無言の信号」は何故かこちらにも痛いほど伝わるのである。
それとない仕草だろうか、顔の表情だろうか、発する言葉の端々だろうか、詳しい理由は定かではないが、こと「マイナスの情報」に関しては空気を通じ敏感に察知できてしまう、これは何も私に限った話ではないと認識している。


以前「言語だけのコミュニケーションでは真意は伝わりにくい」旨のブログを書いた。
(第59回「インストは気楽に、気さくに、の話 https://hibikre.blogspot.com/2018/07/blog-post_28.html」)
そこでも少し触れたが、インストを行う際、直接目に触れる言語のみの情報よりも、更に突っ込んだ「身体から発するメッセージ」すなわち

「視覚」相手の表情、盤面全体の流れ、駒やカードの動き
「嗅覚」汗、体温、等によって生じる相手の微妙な空気、空腹等の体調など
「味覚」喉、口内の乾き等
「触覚」大きさを伝える際の牌やカードの感触、
「聴覚」相手の発する声質、周囲の喧騒等

これらを「本人が意識することなく」体が(脳が)空気で伝えてくるのだ。
「空気読め!」と指摘された際は、単に取扱説明書を朗読し続け、こうした「周囲の状況をシャットアウト」したまま読み進める場合が多々発生するからなのか、と、自分の中で猛省する。

この「空気を読む」ことが発展した「何らかの体の信号」は、少し前に話題となったアントニオ・R・ダマシオが提唱する「ソマティックマーカー仮説」(※発汗や心拍数などの身体反応が意思決定の品質に大きな影響を与えるとする仮説、細部割愛)にも関わるかもしれない。今はまだ自分の勉強不足ではあるけれど、この話題に関し、将来的にもっと深い面まで追求していきたいと思う。

最後に、 sasshi&saashi著「創造的な習慣(中)」OKAZUbrandの林尚志氏のインタビューを引用し、締めの言葉としたい。

(テストプレイに関し)
表情は重要ですね。この人は真剣にやっているのか、そうでもないのかを見極めるんです。(中略)そういう意見は聞いてもしょうがないですよね。逆に言うと言葉自体よりも、つまらなそうに遊んでいたかどうか、それがすでに「意見」なわけです。


2018年8月9日木曜日

創作ボドゲ落語その三「大捕り物」

ボードゲームをテーマに創作落語を考えました。
少々荒削りとなっておりますが、ご了承ください






昨今でも石川五右衛門と並び、大どろぼうの代名詞といえばご存知「ねずみ小僧次郎吉」でございましょう。
義賊という名を冠しまして、大きな屋敷に忍び込み、千両箱を小脇に抱えては、身代のないあばら家にそっと小判を差し入れまして、己は闇夜に消えて行く、なんてまぁ、さながら大江戸版のサンタクロースといったところでございましょう。

笑ってばかりも要られません。騒ぎを聞きつけ跡を追いますが、いつもほうほうの体で逃げられる、銭形のとっつあん的な役回りも存在するわけでございまして

「あーあー、昨夜も逃げられちまったでやんすよこんちきしょう、あの逃げ足の速さ、なんとかならねでやんすか」
そう毎日口に致しますのは、「くせ者じゃー出会え出会えー!」のかけ声でおなじみ、御用役人め組の子分、八っつあんでございます。
「うるせえうるせえ!八、お前んとこはまーたあのねずみ小僧の野郎を逃がしちまったのかい。まったく。これじゃ代々続く「め組」の名がすたるってぇもんだ」
「でも親ビン、奴の逃げ足の速さっつったら、江戸中で一、二を争うほどの健脚だって評判、親ビンの耳にも入ってるんでやんしょ?」
「まあな、だがな、俺だって毎度一泡吹かされてばっかだとよ、そのうち日本橋魚河岸の越前ガニになっちまう。」
「なんとかならねえもんでやんすかね」
「そこで妙案だ」

親分はそう言うなり帳面を取り出しまして、サラサラと格子模様を書き記します。

「親ビンこれは何です?あっしが見るに、囲碁盤か何かだと思うんでやんすが」
「八よ、実は先日物知りの長者様に聞いた話なんだが、南蛮渡来の子どもらっちゅうのは、これでいつも遊んでいるんだと聞いたのさ。こりどおる、とか言っとったかな」
「長者のお子さんは福島のご出身でやんすか?」
「それはままどぉる」
「あっしは何処もすり傷なんぞ…」
「オキシドールと言いたいのかこの馬鹿!とにかく、この盤面は御江戸八百八町、これからわしとお前さんは、盤面のはじとはじから一手番ずつこの駒を進めていくんだ、でな、先に相手のはじの方に駒を進めたほうが勝つ」
「へぇ、駒っつったら王将やら飛車やら頑強でイカツイものと相場が決まっているんでやんすが、南蛮渡来の駒なんてぇのは、何だかこう、ひ弱なものでやんすな」
「それはともかく、ただ逃げるだけじゃない、八百八町の長屋には長ーい塀がつきもんってんだ。この駒を進める代わりに、塀を一個立てることもできる」
「親ビン、それじゃ完全に囲い込んだ方の勝ちってわけで…」
「まあ慌てなさんな。実は完全に囲ってしまってはいけない、という決まりになっておるらしい」
「おかしな決まりでやんすな」
「窮鼠猫を噛む、ということわざを知っているか八よ、追い詰められたネズミってのは、勢い余って猫を噛んじまうこともあるんだ。だから追い詰めるんじゃなく、必ず逃げ道を一つ確保してやる、古くは兵法の指南書にも書いてあることじゃ」
「よしきた!やり方はわかりやしたぜ親ビン。早速この花の御江戸の大捕り物、早速始めると致しやしょう!」

親ビンと八っつあんは向かい合いまして、早速駒を手に取りまして、互いに両端へと歩みを進めます。

「よし、これで右半分を塀で囲ったでやんす」
「八、相手の進路を囲うってことは、自分の進路をも塞ぐってことを、忘れちゃいかんぞ」
「わかってやすぜ親ビン。いざとなったらこの塀を乗り越えてですね」
「インチキはいかん」
「穴を掘って塀をくぐったり、バイクに乗ったり…」
「…お前さん、映画「大脱走」のスティーヴ・マックイーンを知らないなんて言わせねぇぞ」

時刻はとうに午の刻を過ぎてはおりますが、親ビンと八っつあんの熱戦は続いているわけでございます

「親ビン、もし、ですがね、いや人生に「もしも」や「あの時」なんて言葉、あるはずがない、常に前を向いて進め、人間の目は、前を向くように…」
「細かい御託はいいから、さっさと要件を言え!」
「親ビンのさっきの手でやんすがね、あっしが左にこう駒を進めると…ほら、もうあと2手で終いになるんでやんす」
「ああ!今の待った待った!」
「親ビン!今のご時世、大相撲の「待った」にだって罰金があるでやんす。」
「くぅ〜参った、降参じゃ。ここは大人しく負けを認めるとするめいか」
「酒はぬるめの燗がいいでやんす」
「この程度で祝杯なんざ一億万年早いわ!ああもういい、もう一度勝負だ、次こそ絶対に勝つ!」

その後、何度も何度も勝負を挑む親分でございましたが、八っつあんの腕っ節にあれよあれよと切って捨てられる親分。

「親ビンどうするでやんす。これであっしの29連勝、藤井聡太も裸足で逃げるでやんすなぁ。」
「うむむむ…よっし!こうなりゃ奥の手だ。おいカミさんよ、羽織を持ってきておくれ」
「どこに行くでやんす?」
「八、ちょっとばかり時間をくんな。なぁに、すぐに戻ってくっからよ。ちょっくらねずみ小僧次郎吉んとこで弟子入りしてくる」


おあとがよろしいようで





学ぶこと、奢らないこと。〜バネスト20周年記念ボードゲーム会に参加して〜

名古屋市北区のゲームストア・バネストが今年で20周年を迎える。 それを記念し、20周年記念ボードゲーム会と銘打たれた大規模なゲーム会が開かれるのだという。 開催の知らせを耳にした私は予定の有無など考えずに申し込みを済ませた。 ゲームマーケット秋に向けての入稿や来週に迫る神...