2018年2月24日土曜日

「好き」を「嫌い」に変えないで

昔話をしたいと思う。

小さい頃から本を読むことが大好きで、外に出て遊ぶより、家に閉じこもり、ずっと絵本を読む方が好きだった。
本を読むことも好きだったので、必然的に、読書感想文をつけることも好きで、当時つけることになっていた小学校の読書感想文ノートは、一年生の立場でありながら、学年はおろか、学校内でもダントツの冊数を誇っていた。

もちろん、県内の作文コンクールも総なめにし、小冊子に名前の掲載されない冊子などない、当時はそう言い切れるほど山ほどの賞状を持って帰った記憶がある。

そんな読書感想文だったが、一時期、見向きもしたくなくなる程嫌いになってしまう時期があった。

読書感想文は、決まって、当時の担任の先生が褒めてくれた。
字の丁寧さや分量の多さなど、思い返せば、その褒め言葉の語彙も豊富で、同じ言葉を二度使われた記憶がないくらい多くの言葉で当時の私を褒めてくださった。

そんな先生が、10月の或る日、育児休暇に入ることとなり、代理の先生が入ることとなった。

その先生も、今思い返せば、特段悪すぎる、というわけではなかったのかもしれないが、読書感想文に関して、一つ引っかかることがあった。

12月に行われる県の読書感想文コンクールに向け、先生から全員に宿題として作文を提出された。

私は何の苦もなく、嬉々として原稿用紙3枚ほどを書き上げ、翌日、先生に提出したところ、その日の終礼で
「番次郎くんは放課後、残りなさい」
と呼び止められることになった。

皆が4時間目で切り上げる中、私は先生から「君は文才があるようだから」という言葉と、赤文字でびっしりと修正の加えられた作文用紙に身じろぎしながら、先生とつきっきりで、その日の夕方遅くまで、読書感想文を書き上げることとなった。
その日だけでは収まらず、翌日も、そのまた翌日も、赤文字だらけの習性は何度となく加えられ、書き直し、書き直し…。
月曜日に始まったこの放課後居残り作文は、結局、その週の金曜日まで続くこととなった。

下校途中、一人、私は涙を流した。
「どうして?今までみんなが褒めてくれた読書感想文が、どうして急に「居残り勉強」になっちゃったの?」
親に尋ねるも「あんたのことを認めてくれたのだからありがたいと思いなさい」の一点張りで聞く耳持たず。
誰もわかってくれなかった。

「こうしてほしい、ああしてほしい」
周りの期待(という名目の「都合」)があるからこそ、それとは反比例する形で、当人には余計な苦しさが付加される。
それが発端となり、これまで幸せに映った風景が、一転して奈落の世界へと叩き落とされることだってあり得るのだ。
結果、作文コンクールは見事に落選した挙句、私はしばらく作文に関して見向きもしなくなってしまった。

期待をかける側と、かけられる側の、意識の齟齬。
記憶は定かではないが、有名な音楽家にも、神童と呼ばれる才能がありながら、酒飲みの父親がスパルタに育て上げた影響で一時期音楽から離れたというエピソードがあったはずだ。

ボ育て、という言葉が私の周りで盛んに叫ばれている。
その本質は「ボードゲームを通じ、多くのマナーを身につけよう」であり、決して親の「エゴ」ではないはずだ。

少なくとも私はそう願っている。

2018年2月19日月曜日

私の応援メッセージ その1

先日、とある席上で、こんな話を耳にした。

「海外のゲームクリエイターは非常にもてはやされている」

この言葉を受け、私はいても立ってもいられなくなった。
どうしても、今すぐにでも、感謝の言葉を伝えたい。

今回は私の尊敬するボードゲームクリエイターに焦点を当て、日頃、なかなか伝えることができなかったお礼の言葉を、このブログを通じ、述べさせてもらいたいと思う。
時間と体力の都合上、5人に限定させてもらった点、ご了承願いたい。

1.ノスゲム様(代表作:マムマムマーガレット、マトリンゴ)

安価を追求しがちなボードゲームの世界に、敢えて「高い品質と優れた芸術」で勝負し、現在も独自の路線で活躍する私の中では頑固職人的存在。クオリティは言わずもがな。洋風に和のテイストが絶妙にマッチしたウッドバーニングの技法は、メルヘンチックな世界観との相性も抜群で、見るものすべてを魅了する。
もちろんゲーム性そのものの完成度も高く、飾ってよし、遊んで良し、ボードゲームの新たな形を模索した先駆的存在とも言えるでしょう。前年度からその技術を活かしたトートバッグやエプロン製作などにも力を入れるなど、多方面で露出のある一年となることと存じます。山梨のクリエイターとして、陰ながら応援したいと思います。


2 かぶけん様(代表作:戦国ドミノ、アニマルズ)

激動となった一年の果実を、そろそろ手にできた頃でしょうか。「浪速のクニツィア」の異名を持つだけあり、手がけたゲームは動物や可愛らしいキャラクターをあしらうなど間口を広げつつ、中身はしっかりと腕を必要とする頑固な職人系の作品が多く、裏を返せば、「やればやるだけ上手くなる」といったゲーム根本の面白さを熟知されている第一人者と言えるでしょう。
人柄も明るく、時にそれが多くの人の賛同を集め、長年の夢であったと称される名作「コプラス」は無事完成に至り、再生産プロジェクトも多くの方から予定を超える注文数に至るなど、もはやその世界は最早「浪速」から「日本を代表するクリエイター」として呼び声高い存在となったのではないかと存じます。


3 ぎゅんぶく様(代表作:ワンナイトマンション、スノーマンション)

手に取った第一印象は実に猟奇的な作品でしたが、内容は実にフレンドリーな作品でそのギャップに驚かされた印象が深いです。
ツイプラを立てると、必ずといっていいほど多くの人で賑わうイベントとなった「ワンナイトマンション」は、関東各地のイベントで引っ張りだこの人気クリエイターですが、本人はそんなことなど気にかける様子もなく、いたって普段通りの笑顔で振舞います。
それもそのはず、制作者のぎゅんぶくさんの人となりを知ると一目瞭然、とてもほがらかで、人当たりも良く、インストも大変上手く、何事にも動じない、もちろんゲームをプレイするときは本気になる、本当にボードゲームが好きで、そして自身の作品をもっと多くの方の手にとってもらいたい一心があるからこそ、ここまでアグレッシヴに活動される、まさに「ゲーム制作者かくあるべし」ではないかと、私も肝に銘じながら今後の活動に勤しみたいと思います。


4 あんちっく様(代表作:ディレロア、すごろくダンジョン)

ゲームマーケットなど各地のゲームイベントに自家用車で馳せ参じては、独自路線のカード、ボードゲームを中心とした販売を手がけるデザイナー様、兼ねてから「変則将棋」の名手としても知られており、趣向を凝らしたアブストラクトはその辺りの技巧を取り入れたものだと思慮できます。
ツイート本文もいたって爽やかなお兄さん。明るくユーモラス、だからこそ何でも新しい作品や作風を取り入れ、チャレンジする気風が見られるのでしょう。自分の考えや古い慣習などに固執することなく、柔軟な思考ができるからこその各種作品は、値段もとても良心的でユーザーフレンドリー。ボードゲームの本質とは何かを突き詰めた場合、個人的には、この方の活動に行き着くのではないかな、と改めて実感する次第です。

5 yasーo様(Kawasaki factory プロデユーサー

正確にはクリエイターではなく「プロデューサー」なのですが、尊敬している方なので応援させてください。
天は二物を与えずと言いますが、この方の類い稀なる才能を見る限り、神様の不公平を呪わずに入られません。自社制作の作品を数多くプロデュースされるだけではなく、言わずと知れた「ワードバスケット初代名人」の称号を手にされ、それだけにとどまらず、流れるようなインストの巧みさや各種ゲームの技術や溢れんばかりの知性、そして私のような始めての人間に対しても丁寧にエスコートできる優しさ、何より、外見から漂う気品は多くの女性を魅了してやまないでしょう。
その天才が満を辞してプロデュースされた自信作「アニマーレ・タッティカ」は名の通り高い戦略性で多くのプレイヤーをうならせ、私の中の不朽の名作に君臨し、今でも各種ゲーム会に必ず持参するまでに愛着を持つようになりました。


他にもまだまだ、尊敬すべき方はたくさんいらっしゃいます。その2があれば是非その際に紹介したいと思います。

皆さんの共通点として「笑顔が眩しい」ことが挙げられます。

普段人見知りの激しい私でも、優しく(それがたとえ営業スマイルだろうが)エスコートしてくださった方ばかり、だからこそ、多くの方に愛され、多くの方から作品を寄せられたのではないか、と想像すると、クリエイターの人となりはその作品に如実に表れるものであり、また、クリエイター自身を創造するものは、やはりそのひととなりであるのかな、と妄想するのでありました。

日本中の全ボードゲームクリエイターの皆さまに、幸あれ!






2018年2月17日土曜日

子ども心とボードゲーム

大人になるってなんだろう。

そのことについて、今回は少し書き出してみたいと思う。

少し前のこと、臨床心理士を交えた心理テストを受けたときのこと。
診断結果は「幼児化の傾向が強い」
このタイプは精神的に子供らしく振舞うことが多く、精神的にもろく、時に紳士的な対応にかける反面、辛抱強く、上の者に対し従順で、努力家の傾向がある、などと診断された。

この「子どもらしさ」について、自分の持つ子供らしさとは何か、しばらく喉元に引っかかり離れなかった。

例えば、下園壮太著「自分の心のトリセツ」によると「大人になるとは理不尽を受け入れること」と記述されている。
大人社会に介入するということは、多少の理不尽も甘受すること、ありていにいえば、「努力は報われないこともある」と悟り切ること、とも言える。

私はもうすぐ40歳を迎える。
不惑の年。
恥ずかしながら、この歳になっても未だ「努力で崩れぬ壁などない」を信条とする人間であり、確かにそう言われてみれば、世の不条理に関し、どっしりと受け入れるだけの余裕を持ち合わせるからこその大人ではないか、と、短絡的に想像することができた。

さて、ボードゲームの話である。

「テストプレイなんてしてないよ」という作品が人気を博している。
カードに表記された理不尽とも呼べる指示に従い、それらをかいくぐりつつ勝利を目指すといった内容で、全国各地のゲームショップでは軒並み品切れが相次いでいる。

ボードゲームの世界で忌み嫌われる「理不尽さ」を、敢えて「楽しむ」という方向に照準を変換させる、このアイディアに、私はもはや脱帽するより他はない。

プレイヤーは皆、それら理不尽な世界に没入しつつ、笑いながらカードを読み合わせている。

先ほどの話の中で「大人社会は理不尽を甘受すること」と記載した。
この「テストプレイ〜」を照らし合わせると、この作品は、それら社会に仕向けられた理不尽を真っ向から肯定するという点で、実に「大人な作品」だ。
そして不思議なことに、プレイヤーは皆、笑って理不尽を受け入れている。
この錯誤は一体なんだろうか。


思うに、「真剣味が皆無」だからではないだろうか。
真剣にプレイせず、各々が「遊びの一環だ」という前提があるからこそ、カードの中の理不尽を受け入れるという土壌が自ずと形成されているのではないか。

では、仮にこの作品で、高額な賞金をかけた大会が開催されることとなった場合、どうなるだろう。

答えは簡単。「見た目が変わる」
これまで笑って楽しんできた作品が一転し、欲望と勝算の渦巻く、全く別の作品として生まれ変わるに違いない。

大人社会、理不尽な世界とは、それら「受け入れ難い全て」を、「運命」という強引なベクトルで半ば強制的に合わせ飲むことと言えるのではないか。

「勝利は時の運」という言葉があるように、努力しても必ず勝算がつかめるものとは限らない。
勝負の世界で何が起こるか、は、当日の天候や体調、それこそ「ツォルキン・マヤ神聖歴歴」の歯車の如く、何かのきっかけで大きく歯車がガコガコと動き出され、結果、予想だにしなかった出来事が出力される。
それらを我がごととして受け入れる度量を持ち合わせるからこそ、真の大人と呼べるのではないだろうか。


私は基本的にゲームは理論立てて考えるタイプだ。
しかるに、運に左右される作品も嫌いではない。
それは、運によって生じる「理不尽」もまたボードゲームが教えてくれる「人生の味わい」だと解釈しており、「時に上手くいかないこともある、だからボードゲーム(人生)って、面白い」を実感できる瞬間があるからこそ、長く趣味として没入できるのかな、と、幼心ながら考えてみたりするのであった。

2018年2月12日月曜日

井の中の蛙と大海と ーニケ静岡で学んだ話ー

(2月12日 PM19:30更新)

私の住む山梨県のお隣、静岡県に、「ニケ会」と呼ばれるゲーム会があるという。
かなり評判の良いゲーム会ということで、前々から行こう行こうと思いつつ、これまで行きあぐねていたのである。
ようやく日程を取り付けることのできた私は、前日からすでに緊張して眠れなかったほどだ。
その一部始終を書き留めておきたいと思う。


早朝に目が覚め、どうしてもその日に済ませなければならない用事を猛烈な勢いで片付けた私は、大きなスーツケース2つ分の荷物を抱え、車で2時間ほどの、グランシップ静岡に向けて出発した。

PM13:30、何とか到着
60人規模の会場は既に大勢の人でにぎわっていた。
子供から大人まで、受付の方曰く、常連から(私のような)初参加の方も大勢いらっしゃるのだという。
緊張の面持ちで辺りを見回すと、名古屋からはポッドキャスト「今夜もアナログゲームナイト」でおなじみの太陽皇子のスタッフも駆けつけていらっしゃる。
同卓では中野のkurumariでお会いしたピピタパンさんやじゅんやさんなどもご一緒だ。
テーブルでは「フリッケンアップ」と呼ばれる作品がすでに始まっており、子供たちも交えてプレイされている。皇子のインスト術は、いつ聞いても丁寧かつ無駄がなく、とてもわかりやすい。

遠方から歓声を送りつつ、私もその場に混ぜてもらった。

ゲーム自体はそれほど難しいものでもなく、白と黒のコマに分かれ、相手の駒を指で弾き倒すことが目的のゲーム。大人に混じり、子供達も混じっての参戦だ。
しかしこれが思うようにいかない。場所を移動するか、遠方から一気に弾くかの判断は非常に難しく、失敗する姿を子供らに嘲笑され、思わずむきになってしまう。
それでも、上手く相手のコマを弾き飛ばせたときにはハイタッチをするほど嬉しくなる。
この辺りのさじ加減が、この作品の最大の魅力と呼べるのだろう。

少し休憩を取った後、次は私の手持ちから「ナンバーナイン」を広げることにした。
私は手持ちのゲームを得手不得手特に気にすることなく持参する性格なので、説明はするものの得意である保証などないわけで、当然、このゲームに関しても、私自身は相変わらずビリを独走していた。

昼過ぎに到着し、気がつけば時刻は4時をまわっていた。
頃合いを見計らい、私のボードゲームクイズを広げることに。
早押し機や、このために作成した新作問題も用意し参加者を募ると、物珍しさからだろうか、周りに少しばかり人だかりが出来た。
準備も整い、和やかな雰囲気から少しピリリとしたムードへと切り替わる。それらを一緒くたにしつつ私のクイズは進行した。
念願叶い、太陽皇子が回答者として参加される機会に恵まれた。ピンポンの正解音、「正解!その通り!」という私の声に、思わず周囲から歓声が上がる。
この盛り上がりだけでも、参加する意義は十分あったといえよう。

夕方6時を回るというのに、人だかりは一向に途絶えることはなかった。
このゲーム会の特徴として、個人が「面白い」と思ったゲームならばなんでも、みんなが面白さを共有することにあった。
こと、各地のゲーム会やゲームカフェといえば「誰それが新作を持ち寄り、新作ゲームをプレイする」といった、ともすれば「ゲーム品評会」に傾注するきらいがある。
しかし、このニケ会では「カタンやろうぜ」や「ナンジャモンジャをしましょう」など、往年の名作ゲームを、普段の通り、みんながワイワイ遊ぶような光景が見受けられた。

もちろん「ブタ牧場」「象のトランペット」「キャッシュ&ガンズ」など海外の名作も数多くプレイされてはいたが、ゲームの希少価値などまるで気にすることなく、参加された方全員が、童心に返り、ワイワイと遊んでいる。
小学生であろうとも、きっちりと戦略を立てながら真剣にカードを切り、大人サイドも、子供だからといって容赦することはしない。
大人と子供の立場はあくまで対等であり、フラットな世界が醸造されている。

しかし、それらは同時に笑顔を育んでいた。終了後は対戦者同士が互いにハイタッチするような、しがらみのない、ラグビーの「ノーサイド」の世界がそこには広がっていた。


これらは、「ボ育て」や「ボードゲームの各種メリット」といった形態で各種メディアがこぞって取り上げている「ボードゲームかくあるべし」といった、目指すべき理想の姿ではないだろうか。

フラットな立場での真剣勝負は、同時に、双方に自然と笑顔を育む。
真剣に相手に向き合うからこそ、相手のことを真に分かり合える、
そのための空間こそが、まさにボードゲームがもたらす恩恵であり、ニケ会に参加された一人一人が、少なからずその恩恵に授かっているのだろう。

桃源郷という言葉があるならばこういった世界のことを指すのではないだろうか。

そんなことがふと頭をよぎった。

時間を惜しみつつ、私は帰りの高速へ車を乗りつけた。


さて、以前も記事にしたのだが、私は有意義な時間のあとになると、必ず気持ちが落ち込んでしまうクセがある。
これにはいつも、ゲームをやり尽くした後の疲労感に伴うものだとのだろうかと自分で慰めてもいたのだが、どうやらそれは少し錯誤が生じていたのかもしれない。

「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がある。

何も知らないカエルのような自分にとって、今回の大規模なゲーム会は、まさに「東海の大海原」とも呼べる。
自分の領域、そして新たな可能性を改めて知ることができたこと、さらにこの「ニケ会」が取りなす大きなフィールドを垣間見ることができた時の、軽い絶望。
「まだ足りない、まだ自分には足りないんだ」
自分の小ささを自覚することへの、抵抗と、恥辱。
ブルーな気持ちの根源は、疲弊した体力も相まって、それらが加算されて生じるものだったのだ。

しかして、それらは、しばらく経過した後に、必ずや悲しみから野心へと取り変わっていく。
体内の自浄作用は、時間の薬を交えた上で、自ずと修復するように出来ているものなのだ。
あくまで自分の中の経験則だが、これまでもそうだったし、これからも、きっとそうに違いない。


きっとしばらく時間を要するだろう。
けれど、それは次回に向けての血となり、肉となり、自分の中の新たなエネルギーとなり、生まれ変わっていく。
巡り巡って、自分の中の未知なる領域へ、そしてそれらは、この「ニケ会」が進む新たな一歩の糧へと、回帰していくものではないだろうか。


学ぶことの意味合いが非常に大きかった今回のニケ会で、とても多くの人に出会い、ボードゲームに触れ、そして数多く学ばせてもらい、主催の方をはじめ参加されました方々、大変感謝しております。

ありがとうございました。是非、次回も、参加致します。

<オマケ>
当日披露いたしました動画クイズを公開いたします
よろしければ御笑覧ください



学ぶこと、奢らないこと。〜バネスト20周年記念ボードゲーム会に参加して〜

名古屋市北区のゲームストア・バネストが今年で20周年を迎える。 それを記念し、20周年記念ボードゲーム会と銘打たれた大規模なゲーム会が開かれるのだという。 開催の知らせを耳にした私は予定の有無など考えずに申し込みを済ませた。 ゲームマーケット秋に向けての入稿や来週に迫る神...