2018年3月31日土曜日

ボードゲーム実録小説ーRe:Setー

山梨、朝、気温6度。
昨日の温暖な気候が幾分落ち着き、今朝はいつもの春の装いを見せる。
カーステレオの曲をお気に入りのナンバーに変え、いつものコンビニで、熱く苦目のコーヒーを口にする。
毎朝の日課だ。
それも、今日で終わる。
このところ部屋に篭りきりで荷物の整理に追われていた僕は、久しぶりの通勤経路に少し驚いていた。
「桜が咲いていたんだなぁ」
ツイッター上では連日の如くお花見の報告が上がり、色とりどりの桜の花がTL上を賑わせていた。
カーエアコンを入れると、ひんやりとした空気が、暖気として取り込まれる。

昨夜のこと。
荷造りが終わらない旨を虫の噂で知ったという妻は、バイト先の店長に無理を言い、二日間の休みを調整し、わざわざここまでたどり着いたのだという。
部屋に溢れるダンボールの山は、そのほとんどが趣味で集めたボードゲームだ。
「集めたね、これ」
「…うん」
気まずい雰囲気のまま、淡々と作業を続ける僕と妻。

寝る前にお茶を飲み、妻ならばと思い、本音を打ち明けた。
「あのさ、実は、ボードゲームの趣味、やめようと思うんだ」
「どうして?」
「新居になったら、色々と迷惑かけるでしょ。それに、この先もこの趣味を続ける自信が、今は持てないんだ」
しばらく無言だった妻だったが、しばらくしたのち、こう口にした。
「あなたってさ、この先ボードゲームやめたら、絶対にあとで後悔する、そんな人。この先、貯金だって少しはあるんだし、まずは向こうでバイトを見つけて、また趣味は趣味で続ければいいじゃない」
「・・・。」
「だってあなた、ボードゲームの話をする時が、一番楽しそうにしているんだもの」
「そっか。」
こめかみの辺りがググッと締め付けられ、僕はうつむいたまま、黙ってその言葉を飲み込んだ。


朝4時、すでに日課となった「毎日1問クイズ制作」を終え、自分にムチ打つ気持ちで
「現職場最後の出勤日です。報告して、手続きしてきます」
とツイートした。

「今日も失敗した。こんな俺は死んでもいい」
「あー誰か俺を殺してくれんかなー」

いつものツイートがいつもの調子で上がってくる。
親指でそれらを流しながら、僕はふと先ほどのツイートを確認した。
多くの方から「いいね」の反応がついていた。
いいねの星印がハートマークとなったことで、何かしら「背中を押されたような」気分となった。

午前8時、忙しい上司の合間を縫って、辞令書は滞りなく交付された。
靴が磨かれていない、制服がおかしい、他部署の上司が、まるで歌舞伎の餓鬼さながらの口上を背中越しに叫んでいた。
いつもの人間はいつもの調子だったのか。
あと数時間もすればこの気持ちも揮発するだろうか。
僕は大きくかぶりを振った。

辞令書交付の後も、書かなければならない書類は山ほどあったらしく、年度末調整で忙しない人事担当者の横で、僕はひたすら書類にペンを走らせた。
貴重な午前中は、ほぼ事務的な作業で潰れることとなった。

11時を回り、ようやく書類地獄から解放される。
身辺を整理し、関係各部署に挨拶に回ることにした。
「子どもがボードゲームできなくて、残念がってました」
「宴会芸、面白かったよ」
「小説書くの、待ってるから」
並べ立てられた美辞麗句は、さながら「アズール」のタイルに似ている。悪くいうと、つぎはぎだらけに過ぎない。
雑多な浴びるも、結局攻撃を加えた張本人は「仕事で手が話せない」素振りを見せていた。

課長に挨拶し、「がんばれよ」と肩を叩かれる。
一礼し、僕は後ろを振り返ることなく、足早に玄関を後にした。

12時。
遠方で隣接する学校のチャイムの音が聞こえる。
ウエストミンスターの鐘、というそうだ。
ロンドンのビッグ・ベンで鳴る、あの鐘の名前と同じだ。
ジューヌ・ベルクの小説「80日間世界一周」では、この鐘の音を聞き、主人公が絶望に打ちひしがれ、また、歓喜に満ちる、重要な役割を持つとされる。
出発前にツイッターをチェックする。
朝のツイート主は相変わらず件のツイートを続けていた。

「俺みたいに失敗ばかりの人間は死ねばいい」
「俺のツイートだから、好きなことつぶやいたっていいでしょ!」

僕はそっとミュートのボタンを押し、カーステレオのボリュームを二つ上げた。
ランダム再生されたスピーカーからは、樋口了一の歌う「1/6の夢旅人2002」が流れ始めた。

リセット。
その言葉を聞いたのは「ワードバスケット」だっただろうか。
僕がボードゲームに没入するきっかけとなった、思い入れのある作品だ。
手札を山に放出し、1枚カードを多く手に取ることで、リフレッシュが可能となる。
枚数だけ見れば負荷のかかる行為だが、行き詰まりを見せたデッキをすべて排除する意味合いならば、価値のある行為となる。
僕は何とは無しに「リセット、」という言葉をつぶやきながら、もう2度と足を踏み入れることのないであろう通勤経路をひた走った。
カーステレオから2番の歌詞が流れる。

「たどり着いたら そこがスタート
 ゴールを決める 余裕なんて今はない」





2018年3月26日月曜日

褒めるゲーム会に行ってきましたレポ

みなさんキャッチャーですか。ばんです。

先日はゲームカフェぶんぶん様にお邪魔しました。主催はおーなーさん。


で、この会のテーマが「とにかく褒め合って気持ちよくゲームをする会」なの。


周りとほめ合いながら、気持ちよく月曜日を迎えるなんて、最高かよ。



最近、身の回りのことで忙しかったから、ゲーム会に参加するなんて実に2ヶ月ぶり!

だから今回はしっかり遊ばせてもらったぞ。


いつものように感想書いていきたいと思います。




1 ベストフレンドS

まずは褒めるゲームの定番「ベストフレンドS」からスタートだ。

親が引いたカードのお題に沿うよう、周りのみんなは付属の「ピクセルスレート」と呼ばれるボードに回答して、親はそれを「オリばんチャート」形式で発表、1位の人にカードを贈呈するってゲーム。

お題は「マイベスト◎◎」と書かれているから、みんなは必ず「親の喜ぶようなテーマ」を考えなきゃいけないってわけ。

ランキング1位に輝いた時の嬉しさってホント最高〜〜!
まるで「気持ちが通じ合った」って感じで、まさに「ベストフレンド」っぽくなっちゃう。
終わったあともみんなでフレンドリーな気持ちになる辺り、キャッチャーよね。


2 WAになって語ろう(*´∀`)

次はWAになって語ろうを遊びました。
先日「タモリ倶楽部」でも紹介されましたね。(。・ω・。)

タイトルの通り、みんなで輪になってカードに書かれたお題のトークを行うというゲーム。
「大人になってできるようになったことは?」のように、ご先祖さまに報告するという趣旨でみんなに話すというテーマも練られています。
中には「3つ前の質問はなんだったかな?」といったカードも混じっているので、ちゃんと覚えておかなければならないゲーム性も含まれています。
勝ち負けはなく、協力型なので、家族みんなで楽しめるところがいいですね。
本音トークや赤裸々トークも入り乱れ、つい妻へのプロポーズの話をしてしまいましたf(^_^;)


3 クレルソンと夜明けの展覧会(Exhibition of down with KRERUSON)

ざっくりいうと、かわいいウサギのクレルソンとなり、美しい風景を作るゲーム
全員に風景ボードとキャンバスボードが配られます。
最初の手番から順番に、山や建物などの風景を宣言、全員でキャンバスボードに差し込みます。
この時、一度刺した風景ボードは刺し直しできません。
風景ボードには○や△などの模様が入っていて、最終的にそれがいくつ見えているかによってポイントが加算されます。
できあがった作品はみんなで展覧会。ポイントが最も高い人が勝利となります。

点数の評価が人によって変わるという点がキモで、背景に太陽があるのですが、人によって「見える」「見えない」が違うため、ポイントや評価も大きく変わってきます。
かといって、この風景ボード、以外と大きくて、あとで刺したものが後々になって邪魔になることもしばしば。
でも、できあがった作品はとてもメルヘン♪どの作品も絵本の世界に入ったような素敵な作品ばかりで、評価を忘れてついつい見とれてしまいましたぁ。


4 ピタンゴ たまにはワーバス以外も


ピタンゴは,お題が書かれたカードを使ってプレイする,新感覚しりとりです。

■ゲームの流れ

プレイヤーに各7枚のカードを配ります。

カードには名詞ではなく「強い」「透明な」などの「お題」が書かれています。

最初の言葉を決め、(例えば「りんご」の「ご」)各プレイヤーは自分の持っているお題カードどれかを使い、連想される名詞を宣言します。

例えば「強い」のカードを出して「ゴリラ!」など。

全員が納得できたらゲームは続行,カードをいち早く無くした人が勝利です!

■プレイ感

最初は「透明な」で「空気」など全員が納得するものを考えるのですが、次第に,カードを無くしたくなる焦りからか,半ば強引な名詞を出すようになります。

「悲しい」で「ルー大柴!」
「光る」で「コイル!」

全員には「イエローカード」が手元に配られているため,おかしいと感じた場合,いつでもイエローカードを出して全員に判定を求めることができます。

このゲームはアルゴ同様「頭を使う」だけあり、何度も連続してプレイするうち,だんだんと脳が活性化されるからか、プレイ自体の回転も早くなります。
当初は5分ほどかかっていた時間も、3回目は2分で決着がつきました。

理系のアルゴに文系のピタンゴ、ご家族と一緒にいかがでしょう。


5 おえまる

こーんにーちはー!!番次郎スタッフ、バンちゃんですでーす!!

今回紹介させていただくのは、「おえまる」です。

1枚目のカードに書かれている数字の数だけカードをめくり、その記号と数を使って全員でお絵描きをするというゲームです。
Nや◎といった記号を、いくつか用意されたテーマから一つ選んで、大体の絵を描いていくのですが、これが全然予想不能の連続。
星のマークが出たから、
金魚になるかな?○が出てくるとうれしいな、

と思ったら、

それから後は正方形や五角形など…。

「どう使えばいいの…?」といった図形ばかり。

それでも上手く使えた人はちゃんと配置できるなど、使い方がちゃんと出ていました。

時間の関係で1度だけだったけど、2回目も遊びたいなぁ。


6 我が社のロゴを描きたまえ

こんばんは。バンちゃん@この日は昼過ぎまで体調不良だったヒト、です。

最後の1ゲームはこちら!じゃじゃーん!クリメージ制作「我が社のロゴを描きたまえ」

このパッケージ、まさに日曜夜にピッタリと思われるかもしれません?!

え?ならない???(スミマセンw

タイトルの通り、親が出したお題のロゴマークを「こうだったはずだ」と思い浮かべながら描いていくお絵かきゲームです。

ただし、正しく描いた作品ではなく、あくまで「みんなのイメージに一番近い作品」にポイントが入るシステム。

今回のテーマは「ツイッターの鳥」

「右向きだっけ?」「足はあったかな…」などワイワイ話し合いながら、一斉にオープン、

「目なんてあったっけ?」
「さえずり、だから口は開いていた…と思う」

などなど、全員三者三様の「ツイッターバード(仮称)」に一同大笑い。
(重ね重ね、写真がなくて本当にごめんなさいm(_ _)m)


以上、思いのほか長文になってしまいましたが、最後まで読んでくださってありがとうございました。

それではみなさん、また次回更新まで、ごきげんよう!

2018年3月24日土曜日

「常識」こそが「非常識」の話

3月24日放送のタモリ倶楽部「お釈迦さま生誕2480年くらい記念!お寺ゲームを通して檀家の増やし方を考える」の会を視聴した。
ようがくじ不二の会制作「檀家」「WAになって語ろう」の紹介や実際のプレイなどが放送され、ゆるく楽しむことができた。

その中でひとつ、タモリさんの発言の中の
「時間かかったなーこれ!」
という言葉に、少し引っ掛かりを覚えた。

時間かかった、というのは、手番にダイスを振り、出目に応じた「接待」と呼ばれる処理を確定、処理しつつ未確定のものを全て無くし次のプレイヤーに渡す、という一連の流れの話だ。

ヘックメックなどを普通にこなしているならば至って普通に見える。

あくまで推測の域に過ぎないが、通常のすごろくの場合、自分の番に介入できるプレイヤーはあくまで「自分自身」だ。
ダイスを振り、マスの指示に従い、駒を動かす、といった一連の行動を、基本的には「自分自身」で行う。
以前「人生ゲームの紙幣はなぜ今もドルなのか?(リンク元:ZAKZAK記事)」という記事を読んだが、日本という文化の特性上「お金の取引をあまり好まないと思う」という企画担当者の池田氏の談は、この「手番に他人が介在できる文化が未成立だった時代の流れ」ではないかと考える。

先のヘックメックの場合、あくまで私自身の場合に限った話だが、手番プレイヤーがダイスを振る手番の間、他のプレイヤーとなったら「イモ虫が出ているなら今取っておいた方がいいんじゃない?」「今25出ているなら、無理して狙うより、Aさんのタイル横取りしてみるのもいいんじゃない?」など相手に茶々を入れあったりもする。
ダイスを振るといった単純作業の中に、「相手との会話」がスパイスとなり、思いもよらなかった選択肢が生まれ、俄然面白みが増す。

この「檀家」も、一人黙々と接待をこなすというスタンスよりむしろ、ダイスの出た目をみんなでワイワイ議論しながら、会話ありきで楽しむことこそ、本質ではないか、と考える。



慣れていない方にボードゲームを紹介する際、この「普段、我々が「当たり前」だと認識していたことが、実はそうではなかった」問題に関し、つい先日もツイート上で「インスト、コンポーネント、サマリ、といった言葉は通じない」といった内容が取り上げられていた。

それを踏まえて、先ほどの「檀家」の説明部分を見返してもらいたい。
「時間かかった〜」から後の文章だ。
この部分がスッと頭に入るようならば、あなたはすでにボードゲームとしての知識を備えていると自覚してもいい。
先の文章を噛み砕いて説明するならば、こうなるだろう。(※一例です)

時間かかった、というのは自分の番にサイコロを振り、出た目に応じた「接待」と呼ばれるそれぞれの指示に従いつつ、出た目が全て決まるまで残りのサイコロを全て振り直し、サイコロの数を無くしつつ接待の指示を決定させ、サイコロがゼロになり、「接待」が終わった段階で次の人に順番を移す、という一連の流れの話だ。


私はここで「ボードゲーム初心者に対しても平易な言葉遣いを!」などと主張したいわけではない。
わからない方には、その都度、わかる言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
むしろ「そんなこともわからないの?」「そんなの知って当然でしょ」といった目線で語る行為を危惧しているのだ。

先日、横浜ゲームカフェ「ぶんぶん」様の生放送に出演する機会を設けていただいた際のこと、MCのNoisyGALSさやかさんが「こんなのわかんない人いるんですか?」と口にしたセリフに、つい条件反射で「それわからない人に失礼ですから!」と声を荒げてしまう場面があり、放送後の帰りに「言いすぎてしまった…」と自己嫌悪に陥った。
知識があるから、知識が壁となり、邪魔をする。
「郷に入っては郷に従え」などと都合の良いことわざを盾に取り、自分の身代に合わせようとする。
極端な例だと、津田塾大の創設者「津田梅子」は、幼少の頃から海外に長く滞在しており、日本に帰国した際、日本の文化はおろか日本語すらまともに口にできなかったというエピソードを持つ。


「ボードゲームは楽しいから、もっとみんなで遊ぼうよ!」と投げかけておきながら「でも専門用語や独自のルールに関しては自分で勉強してね」では、誰も入ろうとするわけがあるまい。
その辺り、サマリやコンポーネントなどの用語が一切登場しないUNOや人生ゲームの取扱説明書を一読すればわかってもらえるだろうか。

(参考:人生ゲームMOVE!ダウンロードFAQ

ボードゲームは楽しい、そして、楽しく遊ぶ姿は多くの方を魅了する。
ならば、排他的ではなく、もっと協調的でなければならないはずなのだ。
難しい話ではなく、わからない方には、その都度、わかるような言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
もちろん、それらは当然「購入者に丸投げ」ではなく、「周囲の人間全員でなし得る諸動作」であるべきではないだろうか。


4月になり、新しい人材が入る季節。
新しい風を入れるか、取り入れた上で社の気風になじませるか、
そんな問題が毎年浮上する中、この「ボードゲーム独自の文化」に染まっていた自分の立ち位置を時折振り返る重要性について、改めて実感する放送回だったように思えたのだった。



2018年3月18日日曜日

継続って難しい、の話

先般、人気ポッドキャスト「ほらボド!」が配信200回を迎えた。
祝福のツイートが多数寄せられ、アクセス数は過去最高を更新したという。
今回は、以前私のブログにも記事として掲載した(http://hibikre.blogspot.jp/2017/10/blog-post_20.html)が、改めて「継続すること」の意義について考えてみたいと思う。

ツイート上で毎日1問、ボードゲームクイズを出題している。
毎朝、出勤時に「#今日のTBQ」と題し、該当ツイートに表示する。
昨年12月から開始したこの習慣は、3月18日現在で87問目、3月末を持って、実に100問目を迎える。
毎日、たったの1問。
だから、ツイート上にこれまで目立った反響はない。
がしかし、これは決して「Bot」のような、登録してある問題をランダムで出題するといったものではなく、その日の私の気分で考えているものだ。
ひな祭りにはひな祭りに準じた問題を、バレンタインにはチョコレートにまつわる問題を出題したりもした。

Botに任せるのではなく「自分で毎日考える」
それには純然たる理由がある。
この「1日1問」を自分に課した動機が「自己鍛錬の一環」に依るものだからだ。
これまでボードゲームのクイズといった日陰なジャンルに目を向けてもらえることなどなく、少しでも興味を持ってもらえるよう、影の努力をする。
そのためには、何度も目に止まるよう街かどで配布されるチラシのような形で注目される、ツイート上で「バズった」ような注目のされ方も手段としては考えられるだろう。
しかし、今回の「1日1問」は、それらを取り払い、自己錬成に重点を置くこととした。
「毎日一問、必ず自力で問題を作る」
ツラくても、ネタがなくても、決して作り置きせず、その場で考える。
だからこそ常に新鮮な問題を提供することができ、また、自己の錬成による自信と力がつくのだ、と信じて。



ランニングに似ている。
「走るぞ!」と決めたら、無理なく走ることのできるメニューを考えなければ、すぐに挫折してしまう。
普段走り慣れていない人が、走る前段階から「早朝、毎日10km!」などのメニューを組み立ててしまうと、「今日は昨日頑張ったから」「今日は雨が降っているから」などと自分に言い訳をつけてサボってしまう、いわゆる「三日坊主」の憂き目に遭いかねない。

何故か。
それは努力の成果が実るために、しばらく時間を要することもその一因なのだ。
努力が成果として目に見えた実感として感じ取るまでには、しばらく時間を要する。
走っている最中は、ランニングの素晴らしさについて知る由もない。
息が上がり、体は重くなり、つらさだけが先行し、脳内でひたすらモチベーションの維持に奔走する、自分を騙し騙し、走り続け、自分が納得するまで力を出し切る。
走りきったあと、一息ついて体を休め、回復の期間を経たのちに、恐ろしいほど身についた筋肉の量を実感する。
あいにく、その実感する期間は、あくまで私の実感としては、少なくとも1ヶ月、ちゃんとした成果としては3ヶ月ほど時間を要するだろう。
「頑張ること」「頑張ればその場で成果が出ること」
そんな目立つばかりの努力ばかりに目を向けがちで、それまでのモチベーションを維持するといった(ある意味地味な)努力については、どうも目を背けがちではないだろうか。
無論、ランニングに限った話ではない。勉強だって何だって、できる人間は常日頃から努力を怠っていない。
「どうしてそんなに勉強できるの?」
それは、あなたが「無理だ!」と突き放し放棄した作業を、延々延々と繰り返していたからなのである。


では、肝心の「モチベーションの維持」に関しての話に移る。

継続するコツは、継続を続けている人ならば皆が知っている。
「無理をしないこと」
「労力を最小限に抑えること」
「頑張らないこと」
これに尽きる。頑張ってあれもこれも、と頑張りすぎると、先に挙げたように、次に向けて期待されるハードルも高くなるだろうし、そのために背負う労力、エネルギーもねずみ算式で増えて行く。
適度に休憩や遊びの部分があるからこそ、長く続く。
機械だって、車のハンドルだって、みんなそう。

また、脳は大きな変化に対しエネルギーを消耗する生物と聞いた。
いわゆる「老害」と呼ばれる問題は、この「年配者が新しい慣習を受け入れることができず、自分だけのしきたりだけで物事を取り仕切ろうと考えること」による錯誤から生じると聞く。
それは、脳が老化するに従い、新しい物事を学習する能力が衰えるからだという。
脳の老化に伴う現象なので、実年齢に比例することなく、若年層であっても、俗に脳年齢の高いとされる人は、総じてこのような傾向にあるとのことである。


明日を憂い、食料を備蓄する。
しかるに、あくまで耳学問ではあるが、保存食の缶詰の大半が「不味く」作られている理由の俗説には「美味しいとつい食べてしまうから」「不味く作り、その状況下でも口にせざるを得ない、それが保存食の意義だから」と知った。
確かに、各国の軍隊のレーションなどを見ると、甘くべとついた、カロリー計算しかなされていないような糧食の数々が目につく。

継続する場合もそうだ。
備蓄してしまうと、備蓄したものには何らかの「カビ」のようなものが生えてしまい、最悪、お蔵入りのまま処分する形となる。
だから日々継続するためには、毎日同じメニューをただこなすのではなく、その日の特性などを勘案した話題提供などを必要とされるのである。


「この春、自分自身を変えたい」
そう考えている方へ。
毎日少しずつ、何かを継続されてはどうだろう。
好きなことでいい。簡単なことで結構。
ただし、雨が降っても、雪が降っても、毎日毎日、できることが条件だ。
「簡単なことじゃないか」周りはそう馬鹿にするかもしれない。ひょっとすると、自分自身すら「ナメてかかっている」ことだろうかと思う。
継続の強さ、計り知れない難しさとは一体何か。
総じて、中国の老子が提唱する「道」の精神とは何か、弱い力で毎日継続することがいかに難しいのか、それらを体感できただけでも収穫だと考えている。


継続することを愛し、その愚直に戦い続ける姿が多くの国民の心を打った、往年の名プロレスラー、ジャイアント馬場こと故・馬場正平氏の名言がふとよぎる。

アナウンサー「(5000試合達成のインタビューにて)次の目標は6000試合ですか?」
「5000の次は、5001」

作品はアウトプットで磨かれる〜4コマ漫画制作日誌〜

今回のゲームマーケット春は、本当に広報らしい広報活動もそっちのけで制作の方に勤しんだので、せめて自分のブログの中だけでも宣伝させてください。 なぞなぞの本、クイズの本、とともに、もう一冊、わたしのブースの片隅を賑わす本がある。 「きょうもボドびより。」と称された4コ...