番次郎の盤上万歳!!: 「常識」こそが「非常識」の話

2018年3月24日土曜日

「常識」こそが「非常識」の話

3月24日放送のタモリ倶楽部「お釈迦さま生誕2480年くらい記念!お寺ゲームを通して檀家の増やし方を考える」の会を視聴した。
ようがくじ不二の会制作「檀家」「WAになって語ろう」の紹介や実際のプレイなどが放送され、ゆるく楽しむことができた。

その中でひとつ、タモリさんの発言の中の
「時間かかったなーこれ!」
という言葉に、少し引っ掛かりを覚えた。

時間かかった、というのは、手番にダイスを振り、出目に応じた「接待」と呼ばれる処理を確定、処理しつつ未確定のものを全て無くし次のプレイヤーに渡す、という一連の流れの話だ。

ヘックメックなどを普通にこなしているならば至って普通に見える。

あくまで推測の域に過ぎないが、通常のすごろくの場合、自分の番に介入できるプレイヤーはあくまで「自分自身」だ。
ダイスを振り、マスの指示に従い、駒を動かす、といった一連の行動を、基本的には「自分自身」で行う。
以前「人生ゲームの紙幣はなぜ今もドルなのか?(リンク元:ZAKZAK記事)」という記事を読んだが、日本という文化の特性上「お金の取引をあまり好まないと思う」という企画担当者の池田氏の談は、この「手番に他人が介在できる文化が未成立だった時代の流れ」ではないかと考える。

先のヘックメックの場合、あくまで私自身の場合に限った話だが、手番プレイヤーがダイスを振る手番の間、他のプレイヤーとなったら「イモ虫が出ているなら今取っておいた方がいいんじゃない?」「今25出ているなら、無理して狙うより、Aさんのタイル横取りしてみるのもいいんじゃない?」など相手に茶々を入れあったりもする。
ダイスを振るといった単純作業の中に、「相手との会話」がスパイスとなり、思いもよらなかった選択肢が生まれ、俄然面白みが増す。

この「檀家」も、一人黙々と接待をこなすというスタンスよりむしろ、ダイスの出た目をみんなでワイワイ議論しながら、会話ありきで楽しむことこそ、本質ではないか、と考える。



慣れていない方にボードゲームを紹介する際、この「普段、我々が「当たり前」だと認識していたことが、実はそうではなかった」問題に関し、つい先日もツイート上で「インスト、コンポーネント、サマリ、といった言葉は通じない」といった内容が取り上げられていた。

それを踏まえて、先ほどの「檀家」の説明部分を見返してもらいたい。
「時間かかった〜」から後の文章だ。
この部分がスッと頭に入るようならば、あなたはすでにボードゲームとしての知識を備えていると自覚してもいい。
先の文章を噛み砕いて説明するならば、こうなるだろう。(※一例です)

時間かかった、というのは自分の番にサイコロを振り、出た目に応じた「接待」と呼ばれるそれぞれの指示に従いつつ、出た目が全て決まるまで残りのサイコロを全て振り直し、サイコロの数を無くしつつ接待の指示を決定させ、サイコロがゼロになり、「接待」が終わった段階で次の人に順番を移す、という一連の流れの話だ。


私はここで「ボードゲーム初心者に対しても平易な言葉遣いを!」などと主張したいわけではない。
わからない方には、その都度、わかる言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
むしろ「そんなこともわからないの?」「そんなの知って当然でしょ」といった目線で語る行為を危惧しているのだ。

先日、横浜ゲームカフェ「ぶんぶん」様の生放送に出演する機会を設けていただいた際のこと、MCのNoisyGALSさやかさんが「こんなのわかんない人いるんですか?」と口にしたセリフに、つい条件反射で「それわからない人に失礼ですから!」と声を荒げてしまう場面があり、放送後の帰りに「言いすぎてしまった…」と自己嫌悪に陥った。
知識があるから、知識が壁となり、邪魔をする。
「郷に入っては郷に従え」などと都合の良いことわざを盾に取り、自分の身代に合わせようとする。
極端な例だと、津田塾大の創設者「津田梅子」は、幼少の頃から海外に長く滞在しており、日本に帰国した際、日本の文化はおろか日本語すらまともに口にできなかったというエピソードを持つ。


「ボードゲームは楽しいから、もっとみんなで遊ぼうよ!」と投げかけておきながら「でも専門用語や独自のルールに関しては自分で勉強してね」では、誰も入ろうとするわけがあるまい。
その辺り、サマリやコンポーネントなどの用語が一切登場しないUNOや人生ゲームの取扱説明書を一読すればわかってもらえるだろうか。

(参考:人生ゲームMOVE!ダウンロードFAQ

ボードゲームは楽しい、そして、楽しく遊ぶ姿は多くの方を魅了する。
ならば、排他的ではなく、もっと協調的でなければならないはずなのだ。
難しい話ではなく、わからない方には、その都度、わかるような言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
もちろん、それらは当然「購入者に丸投げ」ではなく、「周囲の人間全員でなし得る諸動作」であるべきではないだろうか。


4月になり、新しい人材が入る季節。
新しい風を入れるか、取り入れた上で社の気風になじませるか、
そんな問題が毎年浮上する中、この「ボードゲーム独自の文化」に染まっていた自分の立ち位置を時折振り返る重要性について、改めて実感する放送回だったように思えたのだった。



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