2018年7月21日土曜日

「結果はついてくる」という話

先日、有名ポッドキャスト「いかとりにょりとおけいの、いかがわしいラジオ」MC「いか@いかラジ」様にお招きされ、図らずもコラボキャスを行う僥倖に恵まれた。
キャスそのものは私自身のオーバーペースをいかさんがなだめ押さえつつ進行し、次第にペースが掴めたのか、終盤になり落ち着きを取り戻し、インタビューとしてワイワイ楽しく話せるキャスとなり、私自身、非常に楽しく過ごすことができた。

その中での一コマ

私はさほど自慢話をする方ではない。私の一人語りは、このブログの中でだけ、雄弁に語られている、それで十分だからだ。
それでも、ついいかさんの巧みなトークについ本音がポロリとこぼれてしまう。

私「ゲームの面白さって、やればやるほど上手くなることだと思うんですよ」
いかさん「ほぅ…」
私「だから、初めての方より、3、4回プレイしたことがある人の方がやっぱりゲームが上手くなる、これはしょうがない、それがゲームの面白さだし、本当に面白いゲームってその辺りを突いていると思っているんです」

……

考えてみれば実に当たり前の話で、例えば「坊主めくり」のような、山札を順番にめくり、坊主が出たら回収、といった遊びを延々と行うとなると、次第に「飽き」が生じる。
耳学問で恐縮だが、脳の学習能力は非常に高く、一度学んだ行為に関し、「いかに脳を働かせずに作業を続けるか」もしくは「次にこの行為を更に発展させるにはどうするべきか」を、瞬時に判断するのだそう。

成長と停滞の、分岐点は、まさに「そこ」にある、とも言える。

もちろん、どちらが常に正しい、というわけでもないことは自明だ。
疲労しているときは極力脳を休める選択を取らなければ、誤った行動に走るだろうし、逆に少し身体に余裕があるならば、積極果敢にチャレンジしてみるのも良いだろう。


こんな言葉があったので引用する。

いろいろとうまく回っていることについて、
「どうしてうまく行ってるんでしょうね」と、
人々はよく考えたり質問したりしています。
その答えのほとんどは、同じになります。

「人がよろこぶことをやっているからじゃない?」

なんとまぁ、単純なことでしょう。
逆に考えたら、さらにわかりやすいかもしれない。
「どうしてうまくいかないんでしょうか?」

「人がよろこばないことをやっていないかな?」

(糸井重里著「思えば、孤独は美しい。」より)

「結果はついてくる」
こちらも実に使い古された言葉だが、よくよく真理を考えてみると、結果は本当にペットの如く、主人に忠実に後をついてくるのだ。
悪態をつけば、悪態がついてくる
良い行いをすれば、良い行いが返ってくる
「情けは人の為ならず(人に情けをかけることは、巡り巡って自分の為になる、という意味の格言)とは言い得て妙で、今目の前の人間が悪態をついていたとしても(SNS界隈でたまに見かける)それは自ら手を下すまでもなく、その人の元に「返還」されるのだ。
言うなれば「わざわざ自分が制裁を下すまでもない」それどころか「皆が制裁を下す行為は、オーバーキル、行き過ぎなのだ。

ただ傍観すればいい。

反対に、相手の良い行いには、自分の元にもなついてくるよう、どんどんエサを与えてあげるといい。
褒める、という行為がまさにそれだ。
言葉にするのが照れ臭いなら、写真を撮りアップロードしたり、影で口伝えしたりなど、行うといい。

「褒める」行為が難しい理由の一つに、感情ではなく「意識」のひとつだから、と耳にした。

喜怒哀楽から間を置いた、己の感情を相手に「●●してもらえたから嬉しい」などの感情とは別の行為には、やはり慣れない人にとって、ある程度の訓練を必要とするかもしれない。

私は語彙力が〜云々で昨今はごまかす方もいらっしゃるが、昔のオタクは、自らのあふれる想いを「自分の知識」を放出することで表現した。
「私はあなたのことをこれだけ知っているのです」の熱量で、とうとうと語り尽くした。あれはオタクなりの誉め言葉だったと記憶している。(相手が迷惑だったかどうかはさておき)

何故「自分自身の言葉で伝えなければならない」のか
伝えることの重要性について、しばしば棚上げにしてしまいがちだが、これに関しスピノザ著「エチカ」第三部 定理五七に以下の記述がある。

「いかなる個人の感情でも、他の個人の感情とは決して一致しない。」

要は「感じ方は人それぞれだから、自分の思った言葉で、思うように表現して!」と述べている文言である。
そもそも、褒め言葉なんて、同じ言葉を何度貰ったところで、よほどのことがない限り嬉しいものではないか。


すでに酷暑と名高い7月が終盤を迎え、暦の上では大暑を迎えようとし、夏はさらに加速化する。
本日も桑名七盤勝負東京大会、もうしばらくするとゲームマーケット出展者発表にゲームマーケット大賞1次通過の発表、8月にはボードゲーム王選手権、中野ボードゲームフリーマーケット、9月に入ると、お邪魔者世界選手権日本大会、まだまだ国内のボードゲーム熱は製作者、競技者含め(もちろんドイツ年間ゲーム大賞の発表等もある為、購買層も含む)各種イベントが目白押しであり、熱戦冷めやらぬ、といったところだろうか。

私もそんな刻々と流れる慌ただしい日々に押しつぶされることのないよう「結果にコミットする」某CMの如く、できることから始めたい、できれば目の前のモニター越しの人だけでも幸せにできたら、と願う、そんな夏の日。AM8:58。



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