2018年8月26日日曜日

すごいぞワンナイトマンション、スゴイぜ!ぎゅんぶくさん

今回はぎゅんぶく屋の代表「ぎゅんぶく」様(以下「ぎゅんぶくさん」)を紹介したいと思う
ぎゅんぶく屋といえば2016年「スノーマンション」に続く作品「ワンナイトマンション」を2017年に発表、ゲームマーケット秋、春と多くのお客さんで人気を集め、ワンナイトマンションは一時品切れが続くといった状況も。
今年8月に開催された「すごろくや祭」では常に人の途絶えないブースとなるなど、今話題のデザイナーである。

ワンナイトマンションについて簡単に説明したい。
(細部リンク先参照)




ある洋館(高級マンション)にて、館の主人が殺害されてしまった。
警察が来るのは翌朝。通信も途絶えた、そんな中、殺人犯を野放しにするわけにはいかない。
そこで全員が集まり、今夜一晩、殺人犯を地下牢に閉じ込めようと話し合いを行うのであった。

最初のプレイヤーは殺人犯も加えた人数分+2枚の山札から2枚を引き、自分が「担当したいと思った役職」のカードを手元に残し、残り一枚を別の相手に渡す。渡された相手は山札から新たに1枚を引き、2枚のうちから自分の担当したい役職を手元に残し、カードを持たない別の相手へ…
これを繰り返し、最後のプレイヤーは「地下牢に閉じ込めたい」1枚を決定、場の「黒の部屋」に裏向きで配置する。
3分間の話し合いを行い、誰が殺人犯のカードを持っているかを予想(地下牢に入っている場合もあり)。時間経過後に投票を行い、最も得票数の多かったプレイヤーの役職カードを改めて地下牢のカードへと配置。
地下牢に閉じ込めた(という設定の)カードをオープンし、翌朝、見事に殺人犯を閉じ込めることに成功できたならば一般人陣営の勝利。他の人物が入ってしまったならば、殺人犯陣営の勝利となる。


簡単なルールと、強い中毒性を秘めた様々な役職、ダークなシナリオとポップなイラストがマッチした世界観、
何より、短期的なシナリオの中に、人間の深層心理をえぐるように交錯する様々なドラマがわずか3分という時間の中で生み出される、傑作カードゲームである。


昨年、品川に所在するボードゲーム喫茶「天岩庵」で開催された「ゲームデザイナー座談会」の場で、面白いエピソードを拝聴する機会に恵まれた。

この「ワンナイトマンション」を作るきっかけとなったのは、人狼ゲームをプレイした時だという。

夜のターン、全員が目をつむり、占い師(夜の手番の際、該当する人物が人狼か否かを確認することができる)がぎゅんぶくさんを指名して宣言する。
「あなたは人狼ですか?」
この呼びかけに、通常なら周囲に気づかれないようハンドサイン等で合図するところを、うっかり
「はい」
と、声に出してしまったのだ。

失敗し赤恥をかいたぎゅんぶくさんだったが、そこで挫けることはなかった。
「人狼が苦手な人でもわかりやすい、そんな人狼ができないだろうか…」

そこで生み出された「ワンナイトマンション」は、従来の人狼ゲームとは異なる点が多く、一例を挙げると、目をつぶったり、他人の役職を確認したり、ゲームに参加しないGM(ゲームマスター、司会進行役)を必要としたり、といった行為が極力排除され、ルールそのものの簡略化に成功している。
初めてプレイした私は、人狼というよりむしろ「クク21」に近い印象を受けた。


作品そのものの魅力は実際にプレイしてもらうこととし、ここではぎゅんぶくさんの人柄としての魅力を更に掘り下げていきたい。


ぎゅんぶくさんはとにかく活動的だ。

都内各所のボードゲームカフェでは、定期的に「ワンナイトマンション体験会」が開催され、連日多くの参加者がワイワイと対戦を繰り広げている。
参加者の中には、この作品に合わせて日程を調整する「追っかけ」も存在するほどだ。

体験会に併せ、ぎゅんぶくさんはテストプレイ会や、作品そのものの感想などを直接生の声で聞き、作品にリアルタイムで磨きをかけている。

その際のテストプレイ会も、実に今年の年初から開催し、怪盗のイラストも数回ブラッシュアップされている。

回数に回数を重ね、洗練に洗練し、多くの労苦の元に完成された作品は、デザイナーのぎゅんぶくさんはもとより、他の作品よりもひときわ多くの方の目が、手が、愛情が、育まれた、いわば「皆に愛されし作品」である。

そしてこの夏、ワンナイトマンションは新役職を加えた拡張「アナザークリミナル」を発表し、コミックマーケット夏で頒布、中には複数個購入される方もいらっしゃったというほどの人気ぶりだったという。


ぎゅんぶくさんは、天真爛漫だ。

サスペンスな内容とは対照的に、とても人当たりがよく、疲れていても、いつも笑顔でゲームの説明をし、流れる汗を止めることなく、ゲームの参加者に加わる。
いや、ひょっとすると私が見ている陰では別の顔を見せているのかもしれない。
そうであろうとも、オンとオフの切り替えがハッキリできる方として尊敬できる。

笑顔の傍らには、多くの人が集う。
ぎゅんぶくさんのブースには、デザイナーという括りだけでも、「ボドっていいとも!」メインMC「翔さん」、オオツカ製作デザイナー兼Gamez白楽火曜店長「大塚健吾さん」、river gamesデザイナー「シキリト」さん、同ブース「魔法陣のルール(仮)」デザイナー「しろこど」さん、雑誌ALL GAMES出版AHC代表あまおち総統、etc…etc…枚挙にいとまがない。

フォロワー様の言葉を借りるが「良い店(居酒屋)は、その店の常連客で決まる」という言葉がある。
人格を形成するものの尺度として、集まる人の人となりを観察される方もいらっしゃることだろう。

ぎゅんぶくさんの元に集う方はいずれも「職人」さんであり、「情に厚く」「楽しむことをとことん追求」される方ばかりだ。

当然、女性層のファンも多い。
体験会には女性も多く、これまでの人狼ファンに加え、人狼を苦手としてきた層も加えた大勢の女性客が顔を覗かせている。

私と話すとき、ぎゅんぶくさんはいつも照れながら、腰を低くし、はにかんだ笑顔を見せる。
この人あたりの良さこそ、ぎゅんぶくさんの持つ魅力のひとつなのだろう。


そんな「ぎゅんぶくさん」のワンナイトマンションは、今年のゲームマーケット日本一を決める祭典「ゲームマーケット大賞2018」において、並み居る作品を抑え、現在まで一次通過を果たすなど、その人気は途絶えることを知らない。


良い作品は、良い人が紡ぐ

飛翔する翼の裏では、誰しも悩みがあり、苦しみがあり、悲しみがつきまとう

諸所反論はあれど、私は「人の心を動かす作品」とはこうあるべきだと思うし、むしろ「こうありたい」と願っている人間の一人なのだと、このブログを執筆しながら改めて考えたのだった。



ワンナイトマンションはすごろくや、イエローサブマリンを始め全国のボードゲームショップ他、大手家電量販店でも絶賛発売中です。




2018年8月21日火曜日

多くの人・作品・時間に触れる「幸せ」 静岡ボードゲーム会ニケ!参加レポート

先日、静岡県内外のボードゲーム愛好家が一堂に集うゲーム会「ニケ!」に参加する機会に恵まれた。
今回8月で19回目を迎える。
私自身の参加は2度目だ。

前回レポート「井の中の蛙と大海と -ニケ静岡で学んだ話-」http://hibikre.blogspot.com/2018/02/blog-post.html


興奮のあまり早朝から目が覚め、予定時間を前倒しで一路、車を静岡市内へと走らせた。

会場内では多くの参加者が、来場時間とともに多くの作品をプレイする。
先日発売されたばかりの最新作、有名定番作品、昨日のテレビで話題沸騰の作品はもとより、自作ゲームのテストプレイに、販売することもないであろう自作ゲーム、トランプなど、まさに「ボードゲームのバイキング」であり、どのテーブルからも華やぐ声が上がっていた。

私も長距離運転の疲れをコーヒーでごまかし、まずは「ウンチしたのだあれ」からプレイする。
静岡市内に店舗を構えるCafeBINGOのオーナー、能登ごいた保存会長野支部「総長」氏ら有名ボードゲーマーが集い、カードを配る手に無駄な力が入ってしまう私。

その後も「ワードスナイパー」「Drop it」「デクリプト」「ワンナイトマンション(拡張込み)」等々、13時の開場時間から21時の閉館時間までみっちりと遊び行ってしまった。


ニケ!の魅力は、参加者の誰もが「ボードゲームを心の底から楽しんでいる」姿にある。

ボードゲームカフェに通われる方や、ボドゲ会に参加される方は、すべからく、ゲームを楽しんでいるはずでは?
そんな声が上がるかと思う。

私自身がそう
参加のたび「何か面白いゲームないかなー」と品定めしつつ、真新しい、話題の作品に興味を示し、以前遊んだことのある作品は「今はいい」と敬遠してしまう。

何故か。
それは私の場合「楽しい時間のもったいないおばけ」が発動してしまうからだ。

せっかく来たのだから、せっかく参加したのだから
少しでも自分の体験したことのない「衝撃的な感動」が欲しい、欲しい!

その為には、以前体験し、すでにある程度の感動を享受し終えたであろう作品は後回しにしたい、したい!

一方で「ボードゲームなんて本当にわからない方」に関し、名も知らない傑作ボードゲームを勧めたところで「感動するかどうか」の保証が(その人にとって)掴めない以上、やはり躊躇してしまう。
だから「メディアに登場した」作品は、やはり根強い人気を誇る。
そしてそれらは「ある程度ボードゲームに熟知された方」が敬遠する傾向にあることは、先に述べたとおり。

「ボードゲーム初めての方も参加OK!」
そう謳う会は多い。
しかしこの二律背反を上手く解決する策が登場しない限り、この「混じり合わない関係」は一生こじれたまま、
そう考えていた。

今回のニケ!に参加し、それらが完全に払拭された。

初めての方も、熟練の方も、同じテーブルで、多くの作品を、「初めてだから」と手加減することなく、和気あいあいと楽しんでいる。
楽しむことが「できている」

いくつか理由があるかと思うので、あげて行きたい。


◆ゲーム数、参加者が多く、選択の幅が広い

持ち込みゲームの数が非常に多く、また、多くの参加者が集う、それだけ選択の幅が広いということは、必然的に「自分の遊びたい作品に、遊びたいだけの人数が集う」のである。
今回の参加者は最大で100人を超えたと聞く。子供から高齢者、初めてからベテラン、ジャンルの強弱に至るまで、しかし「ゲームを楽しみたい」という根底で繋がるからこそ為し得た会だと考える

◆説明できる人が多い

人が多く集まる、ということは、それだけ「ボードゲームに熟知された方」も割合として多く集まる。
つまり「できないゲーム」がそこには存在せず、面白そうだけれどできない、という状況に陥ることがない。
好きな時に、目に止まった好きなゲームをプレイできる、非常に恵まれた環境にあるのだ。

◆多種のゲームを遊べる「安心感」

多くのゲームに触れることができる、ということは、翻って「挽回のチャンスがある」ことにつながる
すなわち、1ゲーム1ゲームにかける比重が「丁度良い塩梅」となり、程よい熱量で勝負を挑むことが可能となる。
負けても悔しがることなく、次の勝負で勝てば良いのだ。
じゃあもっと「プレイ自体を楽しもう」といった雰囲気が自然と形成される、会全体が成し得る独自の空気はここにあるのではないかと考える

◆たくさんの作品に気兼ねなく「チャレンジ」できる

先ほど「バイキング」に例えたが、私の場合、目新しいものの次は「確実に面白さの保証されているもの」次に「全くわからないけれど興味の出てきたもの」と、あれこれチャレンジしたい心が生まれ、それに賛同される方が「私も!」「僕も!」と手をあげてくれる。
初挑戦の方、何度もプレイされた方、それぞれが入り乱れでプレイし、仮に大差をつけて勝敗を決したとしても「じゃあ次はこれ!」の流れへと移行する。この軽さと「ノリ」こそがニケ!の最大の魅力ではないだろうか。



21時、撤収開始の時間。
残り時間を惜しむように、新たに作品を立ち上げ、多くの参加者と語らい、会は静かにフェードアウトしていった。

後ろ髪を引かれる思いで私も会場を後にした。

私自身も「ゲーム音楽を読み札にしたかるた」「海外のトランプ(ゴルフをプレイ)」「シャットザボックス(フランスの伝統ゲーム)」といった、普段のボードゲーム会では「目にも止まらない」それどころか「敬遠されるだろうから滅多に持ち出さない」作品を敢えて持参し、幸いにも、多くの方から好評を頂いた。



ここにしか無い出会い、体験
それらを形取る根本は人に終着する。
挑戦する心に、成長は生まれ、その連鎖は二次関数の如く飛躍的な伸びを見せるだろう。
そしてそれらを暖かく向かい入れる「土壌」があってこそ、多くの人材が育ち、成長した人が、また多く伝承し、良いことが各地に伝播される・・・。

多くの理解ある方々に愛され、支援され、今後もそんな参加者とともに成長するニケ!を、私自身も稚拙ながら愛好家の一人として応援したいと心から乞い願い、また、帰宅の途につきながらも、早速「次は何を持参しよう…」とあれこれ画策してはニヤニヤが止まらない自分であった。


次回はボードゲームのクイズができると、いいな。





2018年8月11日土曜日

空気で読み取る好き、嫌いの話

ボードゲームに限った話ではなく、私が何かを好き、嫌いで判別する要素の一つに「空気」という項目がある。

人で例えてみたい。

直接お会いした際に、五感を持って感じ取った、空気的な概念の、風格、表情、発する言葉、声質、体臭、仕草、居心地、等々、それらを含めた総合的な雰囲気で好き嫌いを判別する。
している。
いや、「していた」のだ。
自分でそう自覚してはおらず「無意識のうちに」である。


百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので、多くの方が持つ数多くの印象を受けるより、直接学習した自分の体験を主に尊重する性格だ。

私自身がそう「イケメン」「イケオジ」と呼ばれるカテゴリーから大きく外れることから、多少ひがんでいる文面にも見えるかもしれない。
多少言い訳じみた解釈になるが、赤ん坊が生まれて最初に発達する器官は嗅覚と言われる。視覚、聴覚などはそれらより後だとか。
また、今よりさらに年を重ね、先に衰える器官は視覚、次第に聴覚等は衰えるものの、嗅覚は鋭敏さを増す方も多いと聞く。香水などの調合を行う調香師の方に熟年層が多い話も道理といえよう。


先日、さるボードゲームのテストプレイ会にお邪魔した際の出来事。

主催は先般のゲームマーケット春出展や各種レビュー記事など多彩にわたる活動で知られる「まつなが」氏で、すでにこのテストプレイ会は恒例となっている。

参加する直前はまだ世に生まれぬ作品に辛辣な評価を下されることに関し、非常に胃が痛い思いをしたものだが、始まって仕舞えば実にアットホームな雰囲気で進行し、作品全体の好意的な意見や、ルールの根本がわからないからこそ生まれる多種の意見、アドバイスが忌憚無く頂ける、大変貴重な時間となった。

前職で、いわゆる「ブレスト(ブレインストーミング)」といえば、忌憚ない意見と称する「相手を気遣う意見」を求められ、意見交換というを冠しつつ時にはディベートに発展したり、結局上役が資料にあれこれ口を出すだけの公開修正指導の場に成り下がることもあり、見えない壁、見えない障壁、見るべき相手の表情、見るべき周囲の空気、等々考慮した上でそれでも何かしら発言を求められるという、個人的にかなり苦手な場であった。

「満足したら、そこで成長は止まる」
厳しく言及する指導者が大好きなセリフのひとつだ。
しかし、受け止めた言葉を最終的に取捨選択するのはあくまで受け手の話だ。
嫌な言葉の中にたとえダイヤの原石が眠っていようとも、泥の中からそれらを探求しろといって土のう袋ごと相手に放り投げるなど、それは指導者として怠慢に過ぎない。
相手の良い点を見つけ、悪かった点は改善案をともに考え、自分なりの一案を用意する、
それができてこそのアドバイスではないかと常々思う。


閑話休題
ボードゲームをプレイする際も、作品自体の面白さより、気がつけばやはり「空気」を重視していた。

例えば周囲の環境、どれだけ世界各地の賞を総ナメにするほど面白い作品であろうとも、ファミレスや混み合う電車の中でプレイする作品となると、相応の作品が別にあると考えて選別する。
私はカフェやゲーム会などの雰囲気は主催者(店主、店員、あるいは常連客)の人望、人格が形成するものというポリシーがあるので、入った瞬間「失敗した!」と感じる場所には、しばらく時間をおいたのちに足を運ぶよう心に留めている。

一緒に同卓される方やプレイ中の空気となると尚更であり、意識しなくともこちらには不思議と肌身で伝わってくるものである。
こればかりは感覚によるものなので往々にして勘違い、気持ちのすれ違い等も生じることだろうが、「つまらない」「面白くない」といった相手の発する「無言の信号」は何故かこちらにも痛いほど伝わるのである。
それとない仕草だろうか、顔の表情だろうか、発する言葉の端々だろうか、詳しい理由は定かではないが、こと「マイナスの情報」に関しては空気を通じ敏感に察知できてしまう、これは何も私に限った話ではないと認識している。


以前「言語だけのコミュニケーションでは真意は伝わりにくい」旨のブログを書いた。
(第59回「インストは気楽に、気さくに、の話 https://hibikre.blogspot.com/2018/07/blog-post_28.html」)
そこでも少し触れたが、インストを行う際、直接目に触れる言語のみの情報よりも、更に突っ込んだ「身体から発するメッセージ」すなわち

「視覚」相手の表情、盤面全体の流れ、駒やカードの動き
「嗅覚」汗、体温、等によって生じる相手の微妙な空気、空腹等の体調など
「味覚」喉、口内の乾き等
「触覚」大きさを伝える際の牌やカードの感触、
「聴覚」相手の発する声質、周囲の喧騒等

これらを「本人が意識することなく」体が(脳が)空気で伝えてくるのだ。
「空気読め!」と指摘された際は、単に取扱説明書を朗読し続け、こうした「周囲の状況をシャットアウト」したまま読み進める場合が多々発生するからなのか、と、自分の中で猛省する。

この「空気を読む」ことが発展した「何らかの体の信号」は、少し前に話題となったアントニオ・R・ダマシオが提唱する「ソマティックマーカー仮説」(※発汗や心拍数などの身体反応が意思決定の品質に大きな影響を与えるとする仮説、細部割愛)にも関わるかもしれない。今はまだ自分の勉強不足ではあるけれど、この話題に関し、将来的にもっと深い面まで追求していきたいと思う。

最後に、 sasshi&saashi著「創造的な習慣(中)」OKAZUbrandの林尚志氏のインタビューを引用し、締めの言葉としたい。

(テストプレイに関し)
表情は重要ですね。この人は真剣にやっているのか、そうでもないのかを見極めるんです。(中略)そういう意見は聞いてもしょうがないですよね。逆に言うと言葉自体よりも、つまらなそうに遊んでいたかどうか、それがすでに「意見」なわけです。


2018年8月9日木曜日

創作ボドゲ落語その三「大捕り物」

ボードゲームをテーマに創作落語を考えました。
少々荒削りとなっておりますが、ご了承ください






昨今でも石川五右衛門と並び、大どろぼうの代名詞といえばご存知「ねずみ小僧次郎吉」でございましょう。
義賊という名を冠しまして、大きな屋敷に忍び込み、千両箱を小脇に抱えては、身代のないあばら家にそっと小判を差し入れまして、己は闇夜に消えて行く、なんてまぁ、さながら大江戸版のサンタクロースといったところでございましょう。

笑ってばかりも要られません。騒ぎを聞きつけ跡を追いますが、いつもほうほうの体で逃げられる、銭形のとっつあん的な役回りも存在するわけでございまして

「あーあー、昨夜も逃げられちまったでやんすよこんちきしょう、あの逃げ足の速さ、なんとかならねでやんすか」
そう毎日口に致しますのは、「くせ者じゃー出会え出会えー!」のかけ声でおなじみ、御用役人め組の子分、八っつあんでございます。
「うるせえうるせえ!八、お前んとこはまーたあのねずみ小僧の野郎を逃がしちまったのかい。まったく。これじゃ代々続く「め組」の名がすたるってぇもんだ」
「でも親ビン、奴の逃げ足の速さっつったら、江戸中で一、二を争うほどの健脚だって評判、親ビンの耳にも入ってるんでやんしょ?」
「まあな、だがな、俺だって毎度一泡吹かされてばっかだとよ、そのうち日本橋魚河岸の越前ガニになっちまう。」
「なんとかならねえもんでやんすかね」
「そこで妙案だ」

親分はそう言うなり帳面を取り出しまして、サラサラと格子模様を書き記します。

「親ビンこれは何です?あっしが見るに、囲碁盤か何かだと思うんでやんすが」
「八よ、実は先日物知りの長者様に聞いた話なんだが、南蛮渡来の子どもらっちゅうのは、これでいつも遊んでいるんだと聞いたのさ。こりどおる、とか言っとったかな」
「長者のお子さんは福島のご出身でやんすか?」
「それはままどぉる」
「あっしは何処もすり傷なんぞ…」
「オキシドールと言いたいのかこの馬鹿!とにかく、この盤面は御江戸八百八町、これからわしとお前さんは、盤面のはじとはじから一手番ずつこの駒を進めていくんだ、でな、先に相手のはじの方に駒を進めたほうが勝つ」
「へぇ、駒っつったら王将やら飛車やら頑強でイカツイものと相場が決まっているんでやんすが、南蛮渡来の駒なんてぇのは、何だかこう、ひ弱なものでやんすな」
「それはともかく、ただ逃げるだけじゃない、八百八町の長屋には長ーい塀がつきもんってんだ。この駒を進める代わりに、塀を一個立てることもできる」
「親ビン、それじゃ完全に囲い込んだ方の勝ちってわけで…」
「まあ慌てなさんな。実は完全に囲ってしまってはいけない、という決まりになっておるらしい」
「おかしな決まりでやんすな」
「窮鼠猫を噛む、ということわざを知っているか八よ、追い詰められたネズミってのは、勢い余って猫を噛んじまうこともあるんだ。だから追い詰めるんじゃなく、必ず逃げ道を一つ確保してやる、古くは兵法の指南書にも書いてあることじゃ」
「よしきた!やり方はわかりやしたぜ親ビン。早速この花の御江戸の大捕り物、早速始めると致しやしょう!」

親ビンと八っつあんは向かい合いまして、早速駒を手に取りまして、互いに両端へと歩みを進めます。

「よし、これで右半分を塀で囲ったでやんす」
「八、相手の進路を囲うってことは、自分の進路をも塞ぐってことを、忘れちゃいかんぞ」
「わかってやすぜ親ビン。いざとなったらこの塀を乗り越えてですね」
「インチキはいかん」
「穴を掘って塀をくぐったり、バイクに乗ったり…」
「…お前さん、映画「大脱走」のスティーヴ・マックイーンを知らないなんて言わせねぇぞ」

時刻はとうに午の刻を過ぎてはおりますが、親ビンと八っつあんの熱戦は続いているわけでございます

「親ビン、もし、ですがね、いや人生に「もしも」や「あの時」なんて言葉、あるはずがない、常に前を向いて進め、人間の目は、前を向くように…」
「細かい御託はいいから、さっさと要件を言え!」
「親ビンのさっきの手でやんすがね、あっしが左にこう駒を進めると…ほら、もうあと2手で終いになるんでやんす」
「ああ!今の待った待った!」
「親ビン!今のご時世、大相撲の「待った」にだって罰金があるでやんす。」
「くぅ〜参った、降参じゃ。ここは大人しく負けを認めるとするめいか」
「酒はぬるめの燗がいいでやんす」
「この程度で祝杯なんざ一億万年早いわ!ああもういい、もう一度勝負だ、次こそ絶対に勝つ!」

その後、何度も何度も勝負を挑む親分でございましたが、八っつあんの腕っ節にあれよあれよと切って捨てられる親分。

「親ビンどうするでやんす。これであっしの29連勝、藤井聡太も裸足で逃げるでやんすなぁ。」
「うむむむ…よっし!こうなりゃ奥の手だ。おいカミさんよ、羽織を持ってきておくれ」
「どこに行くでやんす?」
「八、ちょっとばかり時間をくんな。なぁに、すぐに戻ってくっからよ。ちょっくらねずみ小僧次郎吉んとこで弟子入りしてくる」


おあとがよろしいようで





2018年8月7日火曜日

にんげんっていいな すごろくや祭 3講演感想

8月5日(日)のすごろくや祭、大変多くの方で賑わいを見せた。
私も人気のデクリプトやトマトマトなど、多くの作品を購入したり、手にとって遊んだり、試遊スペースにてプレイしたりなど、存分にボードゲームの楽しさを満喫した。

その中でも、特に午後から行われた講演会が、大変興味深く、印象に残ったので、備忘録として綴っておきたいと思う。

講師は、伝統ゲームの魅力を語った草場純先生、ボードゲームに携わる仕事に関し語った渡辺範明先生、ボードゲームを通じた縁結び(有り体に言うと婚活パーティ)と具体的施策を語ったニシヤマエリカ先生、の御三方。

必死でメモを取りながら、感動にむせびつつ、講演を拝聴した。

草場先生が語る伝統ゲーム、地方には「ごいた」「ごにんかん」他にも「かっくり」「くろふだ」といった知られざる伝統ゲームが眠っており、それらは面白さが「純化」されているのだという。

確かに「麻雀」を考えると、麻雀の魅力はその洗練されたルールにあると誰もが口にする。
役と点数を覚えさえすれば(昨今はそれすらPCやカメラで弾き出すアプリも登場したが)老若男女誰でも楽しめ、かつ、長時間遊んでも飽きがこない。
長時間のボードゲームが苦手でも徹マン(徹夜で麻雀)なら今でも大丈夫、という熟年諸氏は健在するほどである。

麻雀の文化的背景は勉強不足で、たった今、目の前のPCでサラッと調べただけの知識に過ぎないが、少なくとも100年以上の歴史を持つだけあり、草場先生のおっしゃるように、人と歴史が作品を洗練させ、より深い魅力を引き出してきたのだろう。

もうひとつ、紹介があった「なかなかほい」という、これは「わらべうた」の部類に入るだろうか。


先ほどの「純化」の話もそうだが、そもそも「ボードゲーム」に「取扱説明書」、「アイコン」、といった補足説明が必要な点に関し、常々頭を悩ませていた。
動画をご覧になった方は気がついただろうか。
「なかなかほい」という言葉自体を初めて聞いた方も、動画を見た「だけ」で、どんなゲームなのか理解できたのだ。
本来、ゲームとは、説明書もいらない、駒もサイコロも、何もいらない。ひょっとすると、説明すらいらない。
「こっちおいで。見ててごらん。なんとなくわかるから」
余分なものがそぎ落とされ、口伝なり何なりの形で伝承され、面白さのエッセンスだけが残り、その結果、こうした「おばあちゃんが、小さな子どもと、一緒に遊べる形」として継承されたのではないか。
いらない、と述べたが、いつしかそれにさらなるゲーム性を持たせようとした誰かの手によって、駆け引き、正体隠匿、といった概念を「必要最小限」の味付けで加えていったものこそ、ゲーム本来の面白さを引き出す極上な作品へと仕上がっていったのではないか、と。

「私の目指していたボードゲームの形」の行き着く先は、ひょっとすると、これだったのではないか。

先生の著作「遊びの宝箱」にも掲載があると聞き、慌てて購入した。



次に、ドロッセルマイヤーズ店主 渡辺範明先生「ボードゲームの仕事」と題し、ボードゲーム全般に携わる各種の仕事の紹介がテーマの講話だ。

パッと思いつく・つくる系(デザイナー、グラフィックデザイナー等)、・売る系(ショップ、スタッフ、輸入バイヤー等)、・遊ぶ(カフェ、プレイスペース)の他にも、例えば「プロデューサー(編集者)として企画やコスト等管理する職業」、「経営の立場となる」「ジャーナリスト」など、幅広い業務があることをご教授くださった。

印象的だったことは「商材としてではなく、愛情を持って接することのできる人」という言葉だった。

つい先日、某猫カフェの経営者が、自身の経営する猫カフェのずさんな管理により多くのウイルスを飛散させてしまった、という痛ましい事件があった。

猫カフェ『MOCHA』猫パルボウィルス感染を公表し謝罪 関東全店舗を臨時休業に
OLICON NEWS 2018.08.03付
https://www.oricon.co.jp/news/2116870/full/


詳細は不明だが、ネット界隈であちこち噂が飛び交うこの事件も、関係者の「商材として扱うモノに対する愛情の有無」を必要とさせられるのではないか、と再確認した事件だった。

人・モノ・金、商売を行う上で切っても切り離せないこれらに関し、やはりそこには人が介在する。先のボードゲーム王選手権でも人の存在、人のありがたみを痛感した。上に立てば立つほど人、モノ、カネを動かせる社会人として権威、権力を持つことも、この歳で痛いほど勉強した。
細部経済の話は省略するが、「面白い」作品を、時には舞台袖から「面白いよ!」と導く職業も存在するということを教えてくださった。

何より、「ボードゲームは好きだけれど、だからといって何ができる、というわけでもない」という若者に向けて、「そんなことはない!」と陽光を導いてくださったように感じた。


3つ目はニシヤマエリカ先生による「ボードゲームがつなぐ縁」の話。
これまで数多くの婚活パーティにボードゲームを活用されたという先生の、その活用法を伝授するといった内容の講話だ。

私自身が既婚者ゆえに直接参加したことはないのだが、聞くところによると、婚活パーティとは、先生の話では「1対1でしゃべり→あとはフリー→2、3人の名前を書いて発表、晴れて同じ名前が揃ったならば成立、おめでとう!」という流れだとか。
私の聞く限りだと、それに加え、途中に簡単なマスゲームが入る。しかも、手を繋いだり、一緒にダンスをしたりなど、軽いスキンシップを取り入れたもの、という、それにボードゲームがどう関わってくるのか、大変興味深かった。

ニシヤマ先生の方法は一風変わっている。

まず最初に「ボードゲーム」を持ってくる。しかも「グループ戦」だ。
キャプテン・リノを例に挙げたが、グループ対抗の、しかもドキドキが「吊り橋効果」を呼ぶのだろう。なるほどなるほど。
その後盛り上がって話してもらい、その後、もっと話したい相手を封筒にこっそり入れて渡してもらい、あとはご自由に、といったスタンスだ。

スキンシップもない。その上、勝ち負けの判断も曖昧なので、躍起になって勝敗を意識するといったこともないだろう。

その上、以前とある方のツイートで「女性は(ボードゲーム中の)男性のココを見ている」という話題で、相手の口調や、カードをさばくてつき、相手のエスコート等々をそれとなく観察しているらしい(全ての女性がそうであるか否かはさておき、諸所の不満点や自分がされて嬉しい行為が相手の印象として心に残るという点は男性視点でも同意できる)
企業のアイスブレイクでボードゲームが取り入れる話は昨今よく聞く話だが、これを婚活パーティに応用、組み込まれたという点に、大変感動を覚えた。

講演中は実際に「テレパシー」というゲームを体験する。
あるお題に沿って全員が回答を一つだけ書き、自分以外に一人だけペアを作ることができたら成功、というゲームだ。
テーマは「ホラー映画に出てくるもの」
ほぼ全員がボードゲーマーという状況の中、「お墓」「貞子」「ジープ」「ベッド」などが上がるも、いずれもペアが完成しないという激ムズコースとなる。
ニシヤマ先生「じゃあバンちゃん!」
私「えーと、「チェーンソー」」
後方から「ありましたー!」の声が上がる。拍手喝采、見事ペア成立。
(のちにこの方が、恐れ多くも「ふうかのボードゲーム日記」http://fu-ka.livedoor.biz/archives/1853859.htmlで知られるふうか氏だったことを知る。あわわわわ……。)


三講演を通じ、やはりボードゲームは「人」の世界だと実感した。

草場先生の「なかなかほい」を遊びながら、私はつい涙腺が緩んでしまった。
それはおそらく、この伝統遊戯が持つ温かみ、勝ち負けのヒリヒリしたものとは別の、人間が織りなす面白さがあるからだと、その場で実感した。
渡辺先生の紹介された多くの職業を拝聴しながら「遊ぶだけに留まらない、ボードゲームの世界を通じ、もっと社会的に貢献できることがたくさんある」といった、父性的な導きを感じ取ることができた。
ニシヤマ先生のコミュニケーション術を体験しながら、ボードゲームをただ遊ぶ中では捉えきれなかった多くの側面や可能性が秘められていること、それは対人コミュニケーションと殊更相性が良いことを伝授された。

いずれも「人と人」とが織りなす世界だ。

昨今のツラい事件、とりわけ、自分の居場所、存在感、自分自身の価値観や立ち位置について、時折ふと立ち止まってしまい、不安定な足場に気がついた瞬間から震えが止まらず、泣き出したり、逃げ出したり……。

そんな時、特効薬とはいかないものの、触媒としてのボードゲームが存在し、ボードゲームを通じた「人間の存在」、ひるがえって「相手を通じるからこそ見えてくる「自分自身の姿」」があるのかな、と考えた。
もちろんそれらはボードゲームに限らず「何かを真に楽しんでこそ見えてくる姿」であるはずだ。
「人を作るものは人である」その根本が揺るぐことは決してないはず。
しかるに、今回の三先生の講話を拝聴し、人を癒し、人を支え、人を形作るそれら要素としてのボードゲームの持つ多くの可能性を学び、そして、それら可能性の断片は、人間自身が本来持ち合わせている「真の欲求」に根付くものではないのか、と実感した。


こんな私でも、まだ、頑張れそうだ。
そう思えると、なんだか心がポンポンと弾み、会場を出た後もしばらくは高鳴る興奮を抑えきれなかったのであった。








2018年8月6日月曜日

Self Similarity ボードゲーム王選手権 始動ノ章」

準備編 http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity.html
当日編 その1 http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_5.html
当日編 その2 http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_52.html



最終回

当ブログ初、4回に分けて寄稿した「ボードゲーム王選手権体験記」も、この項で最終稿となります。
よろしければお付き合いください。
(8月6日16:25 一部文章推敲)


おやつのないおやつ休憩後、いよいよ決勝進出者の発表。
順位が下位から発表される。
既にチーム内の序列が「王様と物乞い」程にかけ離れてしまったパートナーの「のざくに」氏と「中の上くらいには、いるよね」と話していたので、運が良ければ8、7位くらいか、と予想していた。
それでも一抹の期待を手にし、10位、呼ばれない!9位、8位…なかなか登場しない我が「ゲームボーイおじさんず」

末端の7位まで発表されたところで、司会のいけだてつや氏の口から、決勝進出の5名+1名の発表は一気にモニターに映し出される旨が告知された。

何とまあ残酷な演出を。

目を閉じ、手を握り、唇をきっと引き締め、さながら「帰れま10」のランキングを待つ芸能人のような面持ちで、私はただただ天に祈りを込めた。

モニターが映し出される。


6位…。
ここで我々ゲームボーイおじさんずのチャレンジは事実上の終焉を迎えた。

「いやー悔しい!是非また来年リベンジを!」
といった感想を胸に、涙の粒でも流せば、それなりに絵面が取れたのかもしれない。

しかし、現実の私はというと、何故か「笑っていた」と思う。
「悔しいなぁ、惜しかったなぁ、早押しボタン、押したかったなぁ、いやはははは!」
高笑いでも不敵な笑みでもなく、何か「仕方ない、今はこの苦境も乗り越えなければならないのだ!」といったとき、自ずと顔に現れる、あの超越感とやるせなさとが入り混じった「いつものやつ」だ。

ところで、今更になるのだが、この前年度覇者「のざくに」氏、とても顔の広い方で、メビウスママにも「先日お会いしたばかりです」とご挨拶したり、決勝ステージ進出者のほとんどの方がどんな方かを熟知されているという。
ボードゲーム歴の浅い私とは大違い、それどころか、そんな方のパートナーを買って出るという厚かましさに、我ながら今になって震えが走る。

そんなのざくに氏の助言を元に、決勝進出者を簡単に紹介したい。

現役&退役JCチーム:予選1位通過。先の「キャプテンリノ 」ではトップとなる11階の高層マンションを建設し周囲の注目を浴びていた。JCは「ジェリージェリーカフェ」の略称。
チームフロチャ:東京都中野のゲームBar「フローチャート」のメンバーによるユニット。我々と同テーブルで、終始「前日に(出場を)決めた」「勘でいけた」と話しながら、上位入賞を果たす、いわゆる「「全然勉強してないよー」と言いつつテストで高得点を叩き出すクラスの優等生」的なイメージ。
モジャモジャ:勝負に関し常に真剣で、リノに関しても二人で猛特訓を重ねたと話す、メンマ氏らネット界隈でもその名を轟かす有名な方で構成されたグループ。実際お話すると、ツイッター上と同様、とても紳士的な方で安心しました。
R&Y:Rael氏率いるグループ。ボードゲーム業界を始め幅広く顔を持つことでも有名。ボードゲームの所蔵数が常人を超えることでも知られる、計り知れない知識と探究心を併せ持ち、おそらく早押し形式でなければ間違いなく優勝候補に上がっていたであろう組
ボードゲームおっぱい:有名人気ポッドキャスト「ボードゲームおっぱい」MCマダム・ザザ氏とバブル大佐こと渡辺範明氏の二人によるユニット。ドイツゲームと製作者目線に関する知識はチーム内でトップクラス。

気持ちを切り替え、決勝の舞台を鑑賞する。

決勝は4問先取の早押しクイズ。お手つき・誤答は問題の解答権を失うのみ。
ボタンはいわゆる「ヘソ型」の本格派だ。

この「決勝早押しクイズ」に関しても、事前の話し合いの際「のざくに氏」と「どういった問題形式となるのか、ずっと話し合いが行われていた。
公式HPによると

「早押し形式です。 「ボードゲーム王」ならではの、「なんでそんなことまで知ってるの?!」と思わずヒいてしまうようなマニアックなお題と回答のせめぎ合いで、会場は大きく盛り上がることでしょう!」

この言葉を題意通りに汲み取って良いものか、本当に難しい問題ばかり出題された場合、運良く決勝に「勝ち上がってしまった」組が、決勝の舞台で「さらし者」となる可能性だってある。
ならば、出題形式を大きく変える可能性も否定できない。
例えば「アナグラム問題」(「社畜たんの戦いか?」→カタンの開拓者たち)
または「次のゲームの作者は誰でしょう?解答権は、目の前のブロックス3Dをいち早く組み上げた人から権利を得られます」、なども、クイズ王ではなく「ボードゲーム王を決める」という趣旨ならば、決してあり得ない話ではなかった。

そんな私の期待が「良い意味で」裏切られ、決勝は超難問早押しクイズが次々に出題される。

「秘書はカレン… 」ピンポン!「ライナー・クニツィア!」
「シュティムド・ゾーを原作…」ピンポン!「アルハンブラ!」

先のツイキャスにて入念な予習対策を行った私だったが、正直、これら「難しすぎて出題されないだろう」という問題は早々に切り捨てたのだ。
コメントを寄せた方からも「難しすぎる」と評判が悪かったから、というのも一つの理由だ。

決勝はどのチームも一進一退の攻防を繰り広げる中、ボードゲームおっぱいチームが3問先取でリーチをかけ、直後、モジャモジャチームが追いかけるように3問目を正解し後を追う。
次の問題、会場全体に緊張のムードが漂う。

問題>ワン老師に集まり教えを説く、という内容の、鹿児島県奄美大島の原ハブ屋で販売されているカードゲームの名前は何?

一瞬の静寂がこだまする。本日出題分の中でも特に高難度ではなかっただろうか。

ピンポン!
ボタンに手をかけたのは、モジャモジャチームだった。
「俺、これ、持ってる」
小声だったが、私はその声を聞き逃さなかった。

「ハブ拳!」

「正解です!」
司会のいけだてつや氏がそう宣言した瞬間、第2代ボードゲーム王が「モジャモジャ」チームに決定した。

会場からは割れんばかりの拍手が巻き上がる。
なにせ、あの超難問を切り抜け、映えある王者の座に勝ち上がったのだ。誰もが「ボードゲーム王」として、その深いボードゲーム愛を認めるはずだ。


全体で記念撮影を行い、翌日の「すごろくや祭」会場準備へと移行するスタッフ。
後押しされるように、我々参加者らは会場を後にした。


前日に、私があおるのは、勝利の美酒か、末期の水か、苦いビールか、などと愚鈍な考えを巡らせていた。
しかし、その後のざくに氏に誘われた打ち上げで、実に半年ぶりとなるビールを口にした時、こうもアルコールに弱くなってしまった自分に驚いた。
アルコールを口にすると、ただでさえ受け入れ難い目の前の現実世界が、一層、夢の世界のように感じるのだ。
目の前には、普段ツイッター上にいらっしゃる方、界隈の著名人、知識人、尊敬する方ばかり、そんな中に、私がいることそのものが何よりも不可思議で、あたかも真っ白い絵の具に誤って朱色の絵の具が混ざってしまったかのような、ぐにゃぐにゃと、ぼんやりと、視界の中で夢とも現実とも無い物語を巡らせていたのだった。


後日。

同会場のすごろくや祭にも参加した私。疲れの抜けきれない体は、久しぶりにアミノ酸の粉末を入れてごまかした。

のざくに氏はこの日も会場で業務を担当。笑顔で来場者にゲームの説明を行なっていた。本当に頭が上がらない。
昨日のことも含め軽くご挨拶をする。
のざくに氏は笑顔でこう話す。

「嫁が「バンちゃんさんが一番楽しんでたようだね」って話してましたよ」

その言葉で、私の肩からほぅと大きな荷物が降りた気がした。

昨日のイベントで「一番楽しんだ人間コンテスト」があったならば、それはまちがいなく、私だったはず。
何ヶ月も、それこそ、1年以上も前から予習を重ね、当日は思いっきり楽しんだ。
クイズが楽しかった。面白かった。
多くの方と出会い、多くの方の知識、ボードゲーム愛を肌身で知り、まだまだ自分には「知識」こそあれど「愛情」に欠けていたのだろう、と。
もっと、もっと遊ばねば。ボードゲームを「勉強する」ではなく、今後は「楽しく遊ぶ」に、シフトチェンジしなくては。
嗚呼、神様、何もできないこんな僕に、ボードゲームを教えてくださり、ありがとうございます。
そう、心から感じた。
本当に、本当に、幸せな1日だった。

「エライヤッチャエライヤッチャ、ヨイヨイヨイヨイ
踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら、踊らにゃ損損」

そんな夏らしい、阿波踊りの合いの手が、ふと、頭をよぎる。
「アタマ空っぽの方が 夢詰め込める」、なんて歌詞もあっただろうか。

一番楽しめたのが私だったなら、それが最高じゃないか。

そう自覚した瞬間、何だか胸の奥がジンと熱くなった。
慌てて目の前の会場を見渡すと、すごろくや祭は大勢のお客様で賑わっている。
老若男女、大勢の方が、心ゆくまでボードゲームを堪能し、ボードゲームの楽しさを存分に味わっている。

楽しまなきゃ。

私はこわばっていた顔が緩んでいく様を感じながら、多くの方でごった返す体験台へと足を運んでいった。
私は一介のボードゲームクイズ屋だ。
ボードゲームが、ボードゲームのクイズが、大好きだったのだ。




(ここまでご覧下さり有難うございました。)

2018年8月5日日曜日

Self Similarity ボードゲーム王選手権 機動ノ章

前々回 準備編 http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity.html
前回 当日編 その1 http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_5.html


続きを書く前に、前回あまりに慌てて執筆した為、いくつか補足したいと思う。

まずボードゲームクイズ (筆記)の結果について、本文中にあるよう、その場で点数を計算して相手に渡す方式だったので、自ずと採点結果を知る結果となった。
私のチームは172点、幸先としてはまずまず。
あとで知ったのだが、上位を走るチームは187点、180点をマークしていたようだ。

すなわち、この地点で大きな差はつかなかった。

仮にこの「ボードゲーム王選手権」が「クイズ主体の大会」ならば、ここで大きく水をあけられてしまうと巻き返しが難しくなるはずだが、今回の趣旨はあくまで「ボードゲーム王」、クイズ王とは一線を画すらしく、この筆記ペーパーで例え100点代を叩き出したとしても、のちのゲームで十分巻き返しが可能だった、と、後になって知ることとなる。


無論、そんなことなど知る由もなく、勉強量に比して、思うほどの結果を残すことができず、出鼻から挫かれる私。
肩を叩きながら励ます「のざくに」氏。
「よし!ここから頑張りましょう!」と私も負けじと意気込んで見せてはみたが、すでに心理面では右肩下がりの曲線を描いていた。

そんな心境のまま「キャプテン・リノ」まで失態を犯したのだから、いよいよ落ち込みのグラフは加速度を増す一方だった。

15分ばかりの休憩を挟み、ひとまず肚の中に気つけのコーヒーを入れる。
ここからはテーブルを離れ、相手との戦いとなる。
チーム戦を想定していたので、まさかここにきて、心強いパートナーが「一時的に」とはいえ、自分の元を離れることに、いささかの不安を隠しきれなかった。

次なる種目は「ボードゲームライン」。
カードに表記されたルールで「カードライン」を行う。細部は「カードライン」(リンク先:ハンドマンのボードゲーム紹介)等を参考にしていただきたい。

本家とルールが違う点として
・1戦目と2戦目は並べる項目が変化する
・誰かが手札を出し切ったら1巡する(同点1位となる可能性もある)
・ノーミスボーナスあり

席移動後、個装されたカードを各々に配る。
第1戦のテーマは「箱の大きさ」だ。
今回は「横幅の大きさ」となる。



大会公式HPより図を拝借したが、「ワニに乗る?」と「ウミガメの島」の間の差はわずかに5mm、計測の方法は定かではないが、1mm単位の「誤差とも言えるような」箱の大きさに大苦戦することとなる。
私の初期手札は、簡単な小箱が1つに、見るからに大箱が1つ、そして「おばけキャッチ」と「ごきぶりポーカー」
!!箱の大きさがほぼ同じどころか、作者まで同じではないか(デザイナーはジャック・ゼメ氏)

やられた・・・。こればかりは「霊感ヤマカン第六感」で答えるしかない。
(既にこの例えを出すあたりに私の年代を感じるが気にしない!( ´ ▽ ` )ノミ)

気持ちがナーバスな時ほど、運命の女神は微笑むわけもなく、撃沈する私。
結局すべり込みで2位に食い込む。

メンバーを変えた第2戦は「ドイツゲーム賞受賞作、受賞した年代順に並べよ」

一瞬「これはチャンス!ドイツ年間大賞は全て暗記した!」と息巻いたが、そんな私の期待を裏切るかのごとく、配られたカードには「ドイツ年間ゲーム賞ノミネート作」のカードも当然混じっている。
コンセプトって「ボドゲであそぼ」では2014年フランス年間大賞って言ってたはず、でもそれに「違うんじゃない?」って修正が入っていたようないなかったような・・・?
ベガスに至っては既に記憶の隅にも。

ここでもかろうじて2位を死守。
遠方の卓ではメビウスママさんが見事「ノーミスクリア」の偉業を成し遂げ注目を浴びていた。さすが!

カードのミス等があったとはいえ、マンハッタンやティカルなど、旧盤のデザインではヒントとなってしまうようなボードゲームのほとんどは「新盤」のデザインとされている点に出題者のちょっとした「イヤらしさ」を感じた。

それにしても、第1戦、第2戦とも、トップで抜けられる方は「必ずこれで上がれるカード」を最後まで残し、自分の手番にそれを切って上がる、という勝ち方をされていたのですが、カードラインってそういうゲームでしたっけ?


のざくに氏とすれ違いざまに軽く会話を交わす。
向こうも2位通過らしく、ここでお互いのボーナスこそなかったものの、大きな過失もなく、少しスコア的にも心理的にも安定できたようだ。

続いては「ルールピット」に移る。

カードに表記されたルールを「ピット」の要領で集め「できました!」と宣言、場にオープンし、他のプレイヤーは並べられたカードから何の作品かを推理し答える、というもの。

しかし、並べられたカードに一枚でも「間違っているルール」があった場合、例えボードゲームを類推できたとしても「×」を書くことができる。

仮に「未完成だった」場合、例え類推できたとしても「正しい答えを書いてしまうと得点にならない」のだ。
ちなみに配点は「完成ボーナス30点+正解ボーナス30点」その他のプレイヤーは「正解すれば30点」
だがしかし、ルール未完成だったプレイヤーは上記60点はもちろん入らないし、その他のプレイヤーも、ピットが完成しなくとも、相手の間違いを指摘し「×」と書くだけで手堅く30点が入るのだ。
この辺り、もう少しルールを煮詰めて欲しかった。

そして案の定、私自身がその「ボーナスチャレンジ」に失敗することになる。

5枚、6枚、と完成し気が焦る私。同卓には先ほど活躍されたメビウスママに有名ボードゲームポッドキャスト「ボードゲームおっぱい」MCのマダム氏など錚々たる面々だ。

一か八か、勝負の「完成しました!」とオープンするも、マダム氏から「2枚目、カード違ってますね」との指摘が入る。
!!
想定していた回答は「ラミィキューブ」。対して2枚目には「配られたカードには〜〜」の表記。ラミィキューブで扱うものは「タイル」でありカードは一切使用しないため、この時点で「チャレンジ失敗」となる。

仮に修正を加えるとすれば、この「×」の部分だろうか。指摘後やり直し、でいいのでは?

私以外のプレイヤーにまんまと30点を献上した私はここでも気落ちしたまま次のテーブルへ。

無理なチャレンジは失態の元だと心に秘めた第2戦は、司会者も「難しいルールを加えてます」のお墨付きを加えてとなる。

カードをオープン。開始早々、明らかにルールが分かりそうなものを特定のプレイヤー間”だけ”でグルグルと交換する、まさに「ピット」らしい戦い方。

ニムトのカードが5枚、6枚と順調に集まり、ここでまたオープンをかけたい衝動にかられる。
が、先ほどの失態を反省し、ぐっとこらえる。30秒ほど経過すると、右隣のプレイヤーが、どうやら「ベガス」を集めたらしき完成のコールをかけた。

しかし、あいにく彼も間違いカードが混じっていたため、申し訳ない気持ちでいっぱいのまま「×」を書かせていただいた。

完成ボーナスはギャンブル性も高いから、もう少し点数があってもいいよね、と周りで話した。


一方ののざくに氏は直前で遊んだらしき「ウェンディゴの怖い話」を見事揃えることができ、ボーナスを獲得できたと話す。

先の筆記ペーパーもそうだが、とりわけ最近話題となった作品が(ウェンディゴの怖い話なんて発売が今年6月末頃、アズールの年間ゲーム大賞もカードラインのカードに含まれていた)クイズとして出題されていた点、次回以降の傾向と対策に取り上げたいと思う。


最後の種目は「ゲーマーデモクラシー」
4択問題で、全員の得票数が多かった選択肢が正解となる。
全8問、1問30点、合計240点、最終種目として最も配点が高く設定されており、かつ、競技の特性から、ワンミスが命取りとなってしまう大変危険な種目だ。

問題は多彩だった。
「ボードゲームといえば?」
・カタン ・人生ゲーム ・ドブル ・アグリコラ 

といった「迷うことなくカタンでしょ」的な問題から

「5色目のプレイヤーカラーは何色?」
・黒 ・白 ・紫 ・ピンク

など票が割れる問題まで様々であった。

ここでも我々はミスを犯す。
「ボードゲームデザイナーといえば?」
・ライナークニツィア ・カナイセイジ ・アレックスランドルフ ・ウォルフガングクラマー

この選択肢に、二人の意見が「ランドルフでしょ!」で一致した。
迷う余地など一切なかった。

フタを開けると、ランドルフ卿に向かったのは我々のチームのみ。多くのチームが「クニツィア博士」の元へと向かう。

「一生ガイスターします!」
僕はそう捨て台詞を吐いた。

2問の失点と、なぜか1問全員だったために得点は0となり、結果、150点。

全ての予選を終え、祈るような気持ちで結果発表を待つべく、本日3本目の缶コーヒーをあおる。

結果から先に書くが、善戦虚しく、決勝に上がることはできなかった。

続く。http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_6.html

Self Similarity ボードゲーム王選手権 鬼道ノ章

8月4日土曜日、AM4:55

いつものように早朝ランニング、シャワー、朝ごはん、読書、少しブログの方を更新、

そして移動中に、有名デザイナーの顔写真と主要作品の最終確認



Table Games In the World様「ボードゲームデザイナー名鑑」http://www.tgiw.info/2018/06/boadgame-designers.html  のページを「白黒で」印刷したもの
というのも、前回の予選ペーパーも白黒用紙だったことから、顔写真を白黒で認識させる必要があったからだ。
つまり「フリードマン・フリーゼが緑の髪」だったと記憶しても、白黒だとそれがぼかされてしまう、などといったことが懸念されるのだ。

とはいえ、少しコーヒーを飲みすぎたせいもあり、気もそぞろ。大学受験当日はこんな気持ちだったか、と懐古したりなど。

緊張のために一足早く到着。会場30分ほど前の10時25分現在、どうやらロビーには私一人。
コーヒーを飲みつつ多忙な「のざくに」氏を待つ。

エントランスには続々と有名知識人の方が登場する。
人見知りの激しい私の中の数少ない知人である元JellyJellyCafe店員「あらい」氏に遭遇、軽く会話したり、手持ちのクイズで練習したりなど行う。

考えてみれば、クイズの大会ではなく、あくまで主体は「ボードゲーム」、カルトクイズの随一を決める大会ではない。問題を手がけられたテンデイズゲームズ田中誠氏の「楽しんでもらう」という軸がブレてしまっては、話にならない。

11時10分、無事に前年度覇者「のざくに」氏到着、体調の万全をお互いに確認しあい、会場入り。
手持ちのパンフレットを確認すると、多くのボードゲームカフェやショップが協賛されているらしく、チラシなどが数多く挟まっていた。
11時30分、司会のいけだてつや氏が華々しく開会のコール。
「男性陣は「僕の」、女性陣は「私の」全員で「ボードゲーム王になるぞー!」と叫びましょう!」
さすが司会業に慣れていらっしゃる。そのコールが発せられ、会場のムードは一気に盛り上がりを見せた。
私もついムキになり、声に力が入ってしまったこと、反省すること然り。

さて、スケジュールがHPと大幅に変更され、時間はマキのペースで展開。
「おやつタイム」という名前の「おやつの出ない休憩」を2度ほど挟むものの、全体的にタイムテーブルは「場の流れを鑑み」だったのかな?
おやつタイムは、おそらく今年4月の「メビウスゲームズ25周年ゲーム大会」をイメージされたのかな、と勝手に想像致します(あちらは美味しい軽食がたくさん提供されたとお聞き致しました)

愚痴を吐くのは後回しだ。
早速第一の関門「ボードゲームクイズ (筆記ペーパー)」だ。

当初予定されていた動画クイズ (入れるとしたらどう出題する予定だったのだろう?)が抜け、4択問題、全66問。200点満点。
配点も変動が激しく、簡単な問題は1問1点、上級問題1問10点、画像問題1問3点(難易度にバラつきあり)、つまり数問用意された上級問題を外してしまうとほぼリカバリーが効かなくなってしまうのだ。

知識に加え推理能力を必要とするこの上級問題、解いている間はとても楽しかったけれど、間違うプレッシャーに押されてしまい、思わずペンが震える。
何より、あまりに緊張しすぎ、簡単な問題の選択肢の一つ「ナインタイル」がどんな作品だったのか、を、急にど忘れしてしまったのだ!(オインクゲームズ本当にごめんなさい)

だから、かもしれない。
これまで私自身が「クイズ 」を一匹狼で戦ってきた故に、仲間と協力してクイズを解く、という感覚の楽しさ、面白さがつかめなかったのだ。
のざくに氏は横から多くアドバイスしてくださる。
分からない問題にボールペンでチェックを入れたり、二人とも分からない問題は自分の意見を提示し、それでも私がこうだと決めたならば、完全に信頼してくださる。

協力する、とはこういうことだったのか。

わずか30分という短い間に脳漿を絞りながら出した解答。
答え合わせはその場で、同テーブルの他のプレイヤーの回答を交換しあい答え合わせをする。ううむ、不正防止の観点からも、ここはちょっとお金を出して、マークシートか何かにするべきだったのかな、と思います。

続いては「協力キャプテンリノ 」
こちらも前回、多くのプレイヤーを苦しめたゲームだ。

配点は1〜5段で崩れた場合、5段目までの得点、6〜10段目は1段積み上げるごとに10点、11段目〜15段目までは1段積み上げるごとに15点、最後の一人となった場合ゲームはそこで終了し、20点がプレゼントされる。(倒壊するまでプレイさせても良かったと思うけれど)
配布されたカードには「×2」があらかじめ抜かれており、各プレイヤーは手札を「1枚」ずつ持ち、積み上げてドロー、仲間と交代、を繰り返す。積み上げる制限時間は1分。高層階でリノを引くという憂き目に遭う、こともザラにあるのだ。
後からも述べるが、運営全体に「プレイヤーにムチ」を与え過ぎかな?と思しき、少し厳し目のルールがいくつか見られた。このリノに関しても、前回多くのプレイヤーが15階に到達したことからのルール改正だとは思うのだが、個人的には「少しやりすぎかな」と感じた。(結局吐いちゃうのね愚痴)

空調は切られ、司会者のコメントも控え目となるため、プレイ中は否応なく緊張感が漂う。

さて、私のチームである。
順調に積み上がるとはいえ、手持ちのカードが1枚では作戦の立てようがない。7、8階でリノカードなど引こうものなら血の気が引いたのだ。
それでも慣れた手つきでスッスッとカードを配置するのざくに氏。一方でプレッシャーがダイレクトに指先に響く私。

9階クリア。10階は…私の手番だ。

落ち着け!と心に念じるも、ガチガチ震える指先を抑えることができず、敢え無く崩壊する。
結果、9階。
遠方ではしっかりと建築技術を重ねたタワーが、11階の高層マンションを建築していた。
拍手喝采。司会のいけだ氏も終始絶賛の嵐だった。


続く。http://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_52.html






2018年8月4日土曜日

Self similarity(ボードゲーム王選手権起動ノ章)


8月4日(土)に開催されましたボードゲーム王選手権、体験レポートを綴ります。
あまりに文章が多くなりましたので、準備編、当日編(後日アップ予定)の二編に分けます
よろしくお願い致します





この日をどれだけ待ち望んだことか。

昨年は職場の上司に追いやられ、泣く泣く出場を見送った。
今年も身の回りの諸事情により、一時、出場を見送ろうとしかけた。


出場の動機は、あくまで興味本位に過ぎない。
これまでコツコツと作成した個人的趣味趣向に関し、それらがどこまで通用するのか、試せる場があるならば試してみたい。

ムクムクと湧き上がる興味と反比例し、重なるスケジュール、都合を入れてくる相手方。


実は一度だけ、奇跡的に予定の空いた瞬間があった。
「予定が空きました!一緒に出場される方を募集します!」
このツイートに、とある知識人の方が立候補され、寸前まで応募に手をかけた、のだ。

しかし、ここでもやはり先方は「土曜日の予定、お願いします」と一方的なメールをよこす。
やむなくその方には断りの連絡を入れることとなり、一時は出場を断念する。

半ば諦めつつも、ゲームマーケット秋の作品も兼ねた問題作成に勤しむ日々。

数日後、別の”ある”方が募集をかけてきた。当初予定されていらっしゃった方の都合がつかなくなり、急遽募集をかけられたらしい。


もう、自分の中で二度目は無い。
ギリギリまで調整、の天秤が逆に傾いた私は、ついに先方の面接官に対し「本当にすみません、その日は予定があります」と、断りの連絡を入れるに至った。
本格的に「勉強をしよう、対策を取ろう」と決めたのはこの日だった。言うなれば、普段の勉強から「試験勉強最後の追い込み」に切り替えた、といったところだ。

とはいえ、本番まで日数はわずかとなり、相手方との調整、練習の日程も限られている。
自分の勉強だけではなく、これからは同時並行的に体調と精神の管理を最優先に管理しなければならない。

相手方のタイムラインは連日連夜、不眠不休のツイートが並んでいる。
少しでも私がリードを取り、率先して頭に知識を入れなければ、先導するどころか足を引っ張る結果となってしまうのだ。

7月某日
関東圏内は何処も38度越えの猛暑日が続く。
クーラーの壊れた室内は蒸し風呂の如く、とても勉強ができる環境ではない。
近隣のカフェでは毎日イベントが開催されており、とても一人が入り「取説を読ませてください」とふらりと入れるような雰囲気ではなさそうだ。

無料Wi-Fiの入る喫茶店に入り、コーヒーをお供に、ひたすら取扱説明書や、関係書籍を熟読する。


時間が足りない。
ならばと思い、勉強法もこれまでと一風変わった方法を取り入れることにした。

その一つがツイキャスライブだ。

傾向と対策としてクイズを作成し、ある程度の問題数が蓄積できたら、ツイキャスライブにて問題を読み上げる、というもの。



作っては、キャス、を何度か繰り返し、問題の内容をその都度、脳に定着させていった。
少々破天荒な勉強法だったかと、自分でも思う。


7月末日、都内某所
相手方と、直接お会いできる貴重な機会。ともすれば今日が最初で最後となるかもしれない、だからできうる限りの対策を、限られた時間内に収めたい。

早朝から簡単なプレゼンを用意する。

2時間ほどしか取れないであろう調整時間に、できうる限りの内容を詰め込むことができ、かなりの手応えを実感できた私。




本番直前になりようやく完成する15段のリノに狂喜乱舞してみたりなど。
問題対策も随分と行ったと思う。ビジュアル対策に、音声対策、右脳問題対策として、アナグラム、パッケージ暗記、ドイツ語翻訳、etc…etc……。



しかし順風満帆に進むはずもなく、大会前に付き物のスランプ状態は、御多分に洩れず、今回も発動する。


今回のキーコンセプトは「ボードゲーム愛」であり、決して「ボードゲーム知識王」などではない。
「ボードゲームを最も楽しむことのできた人間が勝利する」大会なのだ。

私は今、楽しめているのだろうか?

無理に私が「勉強する」こと自体、何か馬鹿らしいことをしでかしているのでは、と、本番前だという大事な時に、ふと立ち止まってしまった。
3日前、しばし茫然とする。

ライバルと思しきフォロワー諸氏は、ボードゲームの合宿や、美味しいご飯などの画像を絶え間無くツイートする。
酒も飲まず、甘いものや油物は脳に悪かろうとなるべく控え、たんぱく質と野菜、魚が中心の食生活を送り、ひたすらクイズ制作や関係ワードをノートにまとめる、といった作業に没頭する私とは大違いだ。

「何真面目くさって勉強してるんだよ。お祭りじゃないか。楽しむイベントじゃないか」
そんな心の声すら上がってくる。

・・・。
悔しくて、悲しくて、楽しむべきボードゲームに苦しめられている今の自分は、愛情の愛どころかまるで「悲哀」ばかりではないか。
涙がこぼれた。そう自覚した瞬間、指が、身体が、動かなくなる。


それでも、走り続けるしか、ない。

自分の走らせているペン先が、書き綴ったノートの束が、無駄骨だ、という事実を直視したくはなかった。

たとえ自覚したとしても、振り返ることなく、今は走り続けるしかなかった。

そういえば数日前、私はこんな言葉を目にした

「いいこと考える直前って、なぜか落ち込んでいたりします。」
(「抱きしめられたい」糸井重里著より)

落ち込む今があるからこそ、ひょっとすると本番、良い成果のための、飛躍があるのではないか。

そうありたい、そうあることを、願うしかない。


そんな、決して最良とはいえない心境の中、本番は計画通りやってくるのだった。


8月4日土曜日、この日も関東は1日酷暑の予報。

前年度覇者「のざくに」氏を筆頭とするゲームボーイおじさんず、いざ、決戦の地へ。



次回、当日編に続くhttp://hibikre.blogspot.com/2018/08/self-similarity_5.html

作品はアウトプットで磨かれる〜4コマ漫画制作日誌〜

今回のゲームマーケット春は、本当に広報らしい広報活動もそっちのけで制作の方に勤しんだので、せめて自分のブログの中だけでも宣伝させてください。 なぞなぞの本、クイズの本、とともに、もう一冊、わたしのブースの片隅を賑わす本がある。 「きょうもボドびより。」と称された4コ...