2019年1月19日土曜日

人は、誰かになれる。-沖縄旅行記 後編-


沖縄旅行記、前編はこちら>https://hibikre.blogspot.com/2019/01/blog-post_18.html




沖縄旅行、二日目。

曇天模様の空はひんやりとした海風を運ぶ。
気温13度、想像しづらいだろうが、南国といえど、冬場は寒さを感じ得るのだ。
念には念を、と持参したパーカーがきちんと役割を果たすとは。




旅の目的である、昨年のゲームマーケット秋にてお手伝い頂いた「たまご」さんと逢う。
多忙な業務の傍、時間を縫って駆けつけてくれたのだ。
人望の厚さと、持ち前の豪快さ、一方で、説明の繊細さなど多くを併せ持つ、言うなれば「ワイルドカード的」存在だ。

私個人たっての希望で、海を見に行く。




沖縄の海は淡く、広大。
白い砂浜に透き通った水辺では、この時期も数名の海水浴客が戯れていた。
「幸福論」のアランは悩んだ時、海を眺めたという。
さざ波の音は耳に脳に心地よく、多くの詩人が「優しさと雄大さを運ぶ」と表現した、その一片を私も汲み取ることができた。

沖縄本土全体に漂う独特の「のんびり」としたムードを、「沖縄時間」と表現するのだとたまごさんは教えてくれた。
腹が空いたら飯を食い、眠くなったら眠り、遊びたくなったら歌い踊り、少し前に見かけた「経営者がその時間で金を稼ぐよう持ちかけ、その稼いだお金でどうするのかを問われたら「毎日食べて寝て踊るのさ」」と答えた、あの笑い話をふと思い出した。

ルーズ、というわけではない。
察するに、高い必要性を感じないのだろう。
あくせくするな、のんびり生きよう。
それが人間らしく生きる、本来の在り方なのだ、と。

一方で、島国という特性上、新しい文化、新しい情報を積極的に取り入れようとする側面も見られる。
そのためか、遠方のお客様を熱く歓迎する文化が敷かれており、いわば「お客様が何よりのご馳走」と言わんばかりに、私のような来客を多くのご馳走でもてなしてくれた。

北海道の地でも触れた「楽しさを追求し、楽しさの髄を集めた文化」然り、(例えば節分豆を落花生で行うなど)その土地土地の「文化」と呼ばれる背景には何かしら「住む人間の人柄、土地柄」が根付くものだろう。

昨日お邪魔した「カッパのお城」様でも、店主が積極的に「見知らぬボードゲーム」をお客である私に勧めてきたことが、嬉しくもあり、何と無く不思議でもあった。
これもその「沖縄」という土地柄が持つ「楽しいことはどんどん提供しよう」といったおもてなしの精神に基づくものかもしれない。
「めんそーれ(沖縄の方言で「ようこそ」の意味)」とは、まさに沖縄ならではの言葉だ。

昼はちゃんぽんをいただく。





リンガーハットでおなじみの麺を想像したが、沖縄のそれは、野菜炒めを卵でとじたものをご飯の上に乗せたワンプレートランチだ。沖縄ではこちらが一般的だという。
醤油ベースの濃い味付けがご飯にマッチし、食の細い私もかなり食がすすむ。




腹も膨れ、一路「サイコロ堂」様へ。
ゲームマーケットでは都内「コロコロ堂」様とコラボ、年始には価格を大きくオーバーする内容のボードゲーム福袋を販売し話題となった、県内有数のボードゲームショップ・カフェだ。



所狭しと並ぶラインナップは、店内の他に別の倉庫にもストックされていると伺った。
不朽の名作から、最新作のLift OFFまで、先の沖縄時間も相まって、店内は何時間となく過ごしたくなる雰囲気だ。

訪れる常連客も、ボードゲームを遊びに、というよりむしろ「気さくで明るい店長との他愛もない会話」を楽しんでいるように見られた。

これまで各種ゲーム会やカフェにて「定められた時間を最大限楽しもう」とガツガツ多くのゲームを取り出す姿勢だった自分にとって、サイコロ堂様のまったりとした雰囲気は自戒の念すら覚えた。

たまごさん、途中から現れた時化さんらを交え「ギズモ」をプレイ。

緊張と疲れでつたない説明となってしまったことを、この場を借りて謝罪申し上げたい。
しかしながら、さすがインストのプロを誇るたまごさん、説明のプロは聞き手としてもプロフェッショナルであり、私の穴抜けばかりだった説明をきちんとプレイできるまで補足していただいた。
もちろんゲームの内容を一番理解できたであろうたまごさんが勝利をさらっていったことは言うに及ばず。




昨夜も披露したマムマムマーガレットは小洒落た店内でも見栄えし、多くの方の目を引く。
ハンドメイドを手がける方にもプレイしていただき、その丁寧な装飾と、細部にまでこだわったゲーム性に終始感服されたご様子だった。


次に、時化さんお手製のコリドールで対戦する。
時化さんには話していなかったが、実はお邪魔する前に、かなり攻略法を研究していたのだ。
つい立ての置き方と、先読みの方法など、個人的な研究が功を奏し、序盤は優勢に駒を進め、また向こうを上手く妨害できたつもり、だったはずだが、やはり「コリドール普及委員」を自称する相手が数枚も上手、実に一手差で無念の敗北を喫する。
「生兵法は大怪我の基」と先人は上手く言ったもの。次こそリベンジを誓う。


他にも「41」(トランプゲーム)など。
トランプや紙ペンゲーム、ダイスゲームは「いつでもどこでも誰とでも」といったアナログゲームの汎用性の高さも相まって、私は多くのゲームカフェで披露する。


夕刻となり、次はもう一軒のゲームカフェ「五郎茶屋」様へ。



海外から国内作品までこちらも数多くの作品が集う五郎茶屋様では、この年末もクイズや音楽など多くのイベントで盛り上がりを見せた様子。
店長も美麗で明るく知的な方で、多くの作品に自ら興味を示し、先日も単身東京のカフェ様を訪問に訪れるなどパワフルな一面を併せ持つ。

常連のお客様は「いろはことば」をプレイ中。制作された「サイタニヤ」様もこちらに訪れたのだとか。

五郎茶屋様では私個人の作品を主に披露する。

まずは「おさかな小石」
LOGOS社のカードゲームで、最近まで絶版が続いていたが、最近になり、ようやくすごろくや様から再販が発表された。
対面となり、池の魚を効率よく釣ることが目的で、軽さとジレンマがうまく合わさった、昨年の上半期、私のベストゲームに上がる作品だ。

次に拙著「ボードゲームクイズ」を。
先日のクイズ会での「優勝者」、「問題製作者」、「主催者(店主)」、「たまごさん(インストプロ)」の巴戦となり、勝負は一問ごとにパネルの争奪戦となる、かつてない激戦を呈する。
僅差でパネルを獲得した店主が逆転で勝利をもぎ取る形となった。

もうひとつ「ゲーム音楽かるた」
ゲーム音楽でプレイするかるた、と表題そのままの内容で、かるたで勝負する横軸と、音楽を聴く縦軸の両側面を楽しめる作品である。
マリオからAIR、スプラトゥーンからねこあつめまで新旧取り揃えている点が手前味噌ながら自慢だ。
傾向として「ゼルダ」「ファイアーエムブレム」の札が取られにくく、「AIR」「サクラ大戦」の札が瞬時に取られる傾向にあったのかな、と雑感する。

店内で注文した「ホットのさんぴん茶」が絶品で、鼻にスッと抜ける香りが心地よかったので、来店の際は是非ご賞味あれ。

ホテルに戻り、この二日間を振り返る。

明るい店内、気さくな店長。
それらに集うミツバチのごとく、沖縄の各カフェでは多くのお客様が、ボードゲームカフェという場で「ボードゲームカフェという空間」を楽しんでいるかの印象を受けた。

それらは先に挙げた沖縄の風土が持つ、時間の流れ、県民性、そして何より、店主の人がらによるもので、「ゲームカフェでボードゲームをする」といった縛りのゆるさが程よく内包されているのだろう。

働きたい時に働き、食べたい時に食べ、休みたい時に休む。
それらを寛大に受け入れ、包み込み、決して表舞台に出ることなく、常に影で見守るような、言うなれば、沖縄に群生する大樹の如き存在。
それこそが沖縄のゲームカフェだったのか、と考えた。

ガジュマルに代表される沖縄の大樹は、幹も低く、自ら大きく存在を誇示することこそないが、それらは長い時間をかけ、大きな枝葉を為し、新たな影を作り、新芽が息吹き、鳥を呼び、次の世代へとその幹を為し得て行く。

カッパの城、コロコロ堂、五郎茶屋、三者三様、各々が持つ独自の形で沖縄のボードゲーム界隈を、傍らで見守りながら盛り上がりを支えていたような。
そこに新たな「ボードゲームカフェの存在とあるべき姿」を垣間見た気がした私は、疲労する身体の中、心だけがすこぶる弾んでいたのだった。


最終日。

初日から姿を見せることのなかった晴れ間は結局この日も顔を出すことはなく、朝からあいにくの雨模様。
普段傘をささない私もついに観念し安物の傘を購入する。

下半身がずぶ濡れとなりながらお土産物を物色し、無事に帰りの飛行機へと乗り込む。

人混み溢れた飛行機の中で、ぼんやりと考えた。

二進法の考え方では「1」に対局する値は「0」となる。
「有」か「無」すなわち、やるか、やらないか。
やらなければ「0」のまま。何かを行うことで「1」となり、次の桁数へと派生する。
思い切って飛び込むことで、見えてくる世界。
すなわち「0」とは「0」のまま固定された状態のことであり、「1」→「0」に変動することとは意味合いが異なる。

今手にするものを全て吐き出すことで、新たに手にできるもの。
それらは自分をすべからく改心させるものではなく、髄にある部分を残しながら、雑味の部分だけを巧く入れ替えるような。

人はそうして、誰かに会い、成長し、新たな「誰か」へとなり得るのだろう、か。

しばし自由な身となり、こうした放浪の旅を行いながら、私自身、その目指すべき「誰か」となり得たら嬉しい。
帰りの飛行機で、ぼんやりと、そんなことを考えた。



PM16時、羽田空港着。
東京は旧暦の正月を間近に控え、一層厳しい冷え込みを見せたらしい。
慌ててスーツケースからオーバーを取り出すと、旅路で綴ったメモがはらりと飛び出した。



落書きのようなメモを眺めながら、また作業に追われる日常に帰ること、そして、完成した作品をお土産に、いずれまた沖縄にお邪魔すること、
そんな諸々を胸に秘めながら、私はスタンドで買った熱いコーヒーをぐっと傾けた。

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