2019年3月12日火曜日

笑顔と涙の前日イベント 〜私の関西遠征記 初日〜

3月10日は前々から雨の予報と聞いていた。
私は急に思い立ち、1週間前くらいからだろうか、ジップロックを大量に購入することにした。
紙製の作品を取り扱う即売会、作品を購入された方が万が一雨にぬれる心配のないよう、一つ一つ作品を個装したのだ。
アメニティーもつけ、無事に荷物は送付。いつにも増して準備は万端。
体の震えは武者震いか、コーヒーの飲み過ぎか。
いずれにせよ、数日前から緊張が止まらない状態のまま、土曜の朝を迎えた。




3月9日AM09時33分
ホームでは若者の関西弁が早速飛び交っている。
街並みではなく、会話を通じて感じる「異郷の地」
飲みかけのお茶を一気に飲み干し、私は重い荷物をもろともせず、急ぎ足で改札ホームへと向かう。

カッコつけてはみたものの、根っから方向音痴の私は、結局待ち合わせに10分ほど遅刻することとなった。
相手はかねてからお世話になった方であり、尊敬する人の一人でもある「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」MC「いか」氏(以下「いかさん」と呼称)だ。
いかさんがブースを務める「いかが屋」は今回の新作「これっくらいのお弁当箱」も多くの方からの予約が殺到する人気ぶりと伺う。


土地勘のない私をレミングのように誘導するいかさんは、駅近くの「マクド」へと案内する。
お茶を飲みながら、今回の制作での苦労話が、つい溢れてしまう。
私の小冊子はデザインからイラスト、問題作成に至るまで全て私一人の作業だ。
一人とはいえ、手伝うよ、と手を上げた方がいないわけではない。
私は人にものを頼む行為が元来苦手なのだ。
理由は多々あれど、今回の作業もまた「無茶な」進行で進めていった。
血を吐くほどの努力、といった言葉があるが、幸い、血は吐いてはいない。
ただし、血の目やには出てしまった。


寝るに寝られず、寝ても覚めても、ずっと作業、作業。
頑張っても完成が見えない、顧客が手に取る、求めるであろう作品は、きっと「プロの手による、見た目も鮮やかな、かつゲーム性も高く、お値段もリーズナブルな作品」
・・・勝ち目がない。

だから、頑張るしかない。
一矢報いるための「何か」に秀でなければ、見てもらう事すら出来ない。

恐怖を拭い去るには、動くしかない。

いつしかそう自分に鞭を打ち続け、キツくなったらランニングをし、モチベーションが下がったならば冬場でも水風呂に入る、そんな毎日。

「みんな心配しとったんよー」
いかさんは私の話を終始笑顔で聞いていた。


コーヒーを飲み干し、次に向かった先は「ラーメン来来亭」
いかさん推薦の、味よし、ボリューム良し、関西一円では大変有名なチェーン店と伺う。




味玉ラーメンに(なぜか)アジフライ定食
このボリュームで1000円を切るお値段。
ラーメンといえば以前ツイート上で「じゃりン子チエ」の漫画を目にしたことがあった。
「落ち込むとな、元気がなくなる。元気がなくなれば食えなくなくなる!」
うろ覚えだが、そんな内容だったと記憶している。
だからおなかいっぱい食べられることは、元気のバロメーターと自分の中で解釈している。

漫画も、食事も、人情味のある、暖かい味。
私の中では粉物よりも「大阪らしさ」を強く感じる味だ。

普段一日1〜2食しか受け付けない私だったが、あっという間に平らげてしまった。

いかさんと駅ホームで別れ、次なる目的地「高槻現代劇場」へと向かう。
ボードゲーム界隈の著名人が集う「ボードゲームシンポジウム」の会場である。これだけの講師が集うイベントは関東でも滅多に開催されるものではない。
今回のテーマは「キッズゲーム分野への挑戦」
兼ねてから興味のあるテーマだったこともあり、私は盤祭1stでパンフレットを頂戴したその直後に予約を入れるほど待ちわびていたのだ。


会場入口がわからずウロウロする私に声をかけてくださったのは、兵庫県加古川のプレイスペース「駒の時間(とき)」のコマさんだ。

コマさんらと合流し数名で入場口を探し館の内外を行き来しつつも、なんとか会場受付に到着。


最初の講師は「すごろくや」店主の丸田康司氏。
テーマは「キッズゲームの現状」

講師はまずキッズゲームとは何か、といった観点から話す。
「ややこしいゲームを楽しめる人から「ややこしさが足りないゲームをキッズ向け」と呼んではいないか」
核心をつく言葉に思わず同調する。

ボードゲームは「大人にとって「子供も遊んでくれるし、自分も楽しい」稀有なツール」と話す講師。
だからこそ「大人も一緒になって遊んで欲しい」と言葉を加える。

「おもちゃを与えることで、子供だけで遊んでもらい、自分は自分だけの時間を確保…」
かつてのファミコン(ファミリーコンピューター)が流行に上がった背景はそんな親の思惑があったのではないかと指摘する方もいる。
だから、というわけではないだろうが、昨今の任天堂ハードのCMは「老若男女、家族で一緒に楽しむ姿」が画面に登場するよう見受けられる。
「家族同士の交流として」
もっと気軽に、気さくに、片意地張らず「ゲーム」だからと、もっと気楽に構えてもいいのではないか
聴講しながら思わずメモを取る手に力が入った。


分会の時間は、草場先生の話を聴講する。


伝統ゲームの中に垣間見える、アナログゲームの根幹とは。
「青山墓地」「丘の上の黒猫」など、民間伝承に根付く遊びを紹介し、実際に会場内で全員と遊んでみる
「恥ずかしさがあっては負けだ!」
何となくそんな義務感に追われた私は照れを隠すが如く人一倍大きな声で歌い、笑い、表情を豊かに楽しむことにした。
同会場の方々、本当にお騒がせ致しました。

講義に戻り、その中で「民族ゲームは遊びの中でいじめを疑似体験させる」ことが自然とできている、と話された。

これは私も少し前に似たことを思うことがあり、ツイート上で意見を伺った。

「ウソをつく大人になって欲しくないから(正体隠匿のような)ウソをつく作品はちょっと…」
という方にお会いしましたが、むしろそうしたシチュエーションを踏まえた上で「疑う、ウソを見破る考え方」こそ身につけておくべきなのかな、とふと考えたりしました
(原文ママ)

オーストラリアにも「キャッチ&キス」と呼ばれる、鬼役が子ども役を追いかけ、捕まると鬼からキスされる鬼ごっこがあるという。
細部は不明だが、こちらも先の話に登場する「捕まることへのペナルティが怖くて本気で逃げる」考え方に根付いたものではないか、と勝手に解釈した(鬼役になりたいか云々は別として)

言われてみれば、海外のキッズゲームにも鬼役に「幽霊」のコマを充てた作品が多い(これは私見です)が、これも幽霊に捕まることでの「ペナルティ」「捕まりたくない」何より「鬼(幽霊)にはなりたくない!」の意識を自然と芽生えさせることも一端にあるのではないか、と考えた。

ディスカッションも気になったが、どうしてもこの日にご挨拶したい場所があったため、途中で離脱し、谷町4丁目「ボードゲームショップ ギルド」様へと向かう。

先日の事前放送も元気な姿を見せた「ボドっていいとも!」の翔さん、ゲームマーケット秋でも多くの方から好評を博した「斯くして我は独裁者になれり」クリエイティブAHCのあまおち総統、カワサキファクトリー広報のyas-o様、先般のBoardGameSeledtionでも堂々の店舗賞を獲得された陽炎ゲームズのAkito様、最新作「ワードミノ」を満を辞して持参する「なにわのクニツィア」ことかぶけんさんら、有名ボードゲーム製作者様が大勢集う。

ボードゲームを制作していないため、とても肩身の狭い私。

笑顔で対応して頂いた「Guild」の大阪様は、今回の新作「Guildのおもちゃ箱」ゲームシステムを担当されている。
愛嬌のあるイラストを手がけたのは、その隣で笑顔を振りまくアリサ様だ。

数多くの作品に埋もれた私の書籍。
心なしか自信のような塊がスーッと消え失せる。

悲しんでばかりはいられない。

雨空の中、電車の遅延情報を後で知ると、次なる「前日会」へと足を運ぶ。

こちらでは兼ねてからご挨拶したかった主催の「川崎」様が笑顔で迎える。
きっと主催の人望・人徳だろう。こちらも普段「雲の上」のようなゲーム製作者・ポッドキャスター、人気ブロガーらが揃い踏みしていた。

おちょこ一杯にも満たないスパークリングワインで早速酔いが回った私は、多くの方が華やいだ声で話をする中、やはりポツンと浮いてしまった。

仕方がない。有名人でも、有名作を手がけたわけでもなんでもない、単なる「ボードゲーム好き」な一般人に過ぎないのだ。
翌日はボードゲームに関する本を売る、それだけの話。

川崎さんは普段の厳しいツイートからは想像できないほど、気さくで、明るく応対された姿が印象的だった。
会の終始を通じ、傍に話す相手がいらっしゃったように見えた。

笑顔は人を集める
聞きかじった言葉ではあるが、逆も然り「渋い顔は、人を寄せ付けない」
常に人が集まる川崎さん、いかさん、「ほらボド!」momi氏らとは真逆の私。
次回参加するまでに「笑顔」を振りまく練習をこなさなくては。


翌日の本番を控え、今日一日をベッドで横になりつつ振り返る。

いかさんとの数多くのやり取りの中に「好きな人間との時間」という言葉があった。

アラフォーを過ぎた私、先に挙げた人間関係のつらさ、痛みからか、苦手とする人間と無理してつきあい、好意を持った人間にほとほと騙され、搾取されることが、つい先日まであったのだ。
SNSでの「人間関係疲れ」も含め、孤独な中の作品制作、どんな意見であろうとも「神の啓示」と思いありがたく頂戴する、という世間の風潮に、隠しきれぬほどの疲れを感じた頃でもあった。
「生きている時間のリソースは有限」
「好きな人と付き合うだけで、それは十分」

嫌いな人間の意見に無理して迎合するよりも、自分に好意を寄せる方からの意見を汲み取り、自分のできることを模索し、反映させる。
今の私はその考え方に俄然「やる気」を見い出せるタイプだと感じる。

感じる、というのは「見い出した経験がある」といったプラスの視点ではなく「嫌いな人間の「お前はダメだ」という意見」を聞くなり、途端に「モチベーション」が急降下する性格からである。言うなれば「消去法」だ。
バイタリティ溢れる製作者様ならば
「多くの意見をください。むしろ、悪い意見をどんどんください!」
そうして多くの言葉を自分の中で精査し、より多くの意見を取り入れ作品に昇華できるのだろう。

精神状態が極度に低い私に、同じ芸当は、多分できない。
体がパンクしてしまう。
悪い意見を必要以上に吸収し、果ては人格批判とまで捉えてしまうだろう。

かといって、良い意見ばかりを取り入れ批判的な意見を排除してばかりでは「王様」のような体制となる恐れがある。

その折衷って、やっぱり難しい。

先のシンポジウムの中に「誰でも面白いゲームは存在しない」「これは逆も然りで、面白くないゲームは存在しない、誰かが必ず「面白み」を見出してくれる」

私の書籍に至っては、結局当日まで「面白そう!」といった前評判のツイートが上がることはなかった。
当然だ。誰も「ボードゲームで、なぞなぞ?」と聞き、掛け値無しに「面白いはずだ!」と太鼓判を押せる人物など、自分でもいないはずだと自覚する。

全てがマイナス発信の中、結局一日を通じ「笑顔」の重要性に苛まれながら、自分に一番足りない視点を突っつかれた前日。
笑顔で作業する、といった先の川崎さんを始め、シンポジウムでお会いできた「ンヌ」様や、Guildでお会いできた店長大阪様、アリサ様、ボードゲーム製作者様、前日会でお会いできた「さと」様、ら、私以外全ての方が、人見知りの激しい私にも屈託のない笑顔で振る舞ってくださった姿に、真面目で冗談の言葉も出ない私自身の勉強不足、特に対人関係の勉強不足を痛感し、ベッドの中で、悔し涙が溢れた。
翌日に控えた本番を前に、作り笑いすら作ることができず、その日は結局泣きつかれたまま眠りに落ちた。

昼過ぎから続く雨は、個室の窓ガラスを強く、強く打ち付けていた。

(二日目に続く)http://hibikre.blogspot.com/2019/03/blog-post_13.html




0 件のコメント:

コメントを投稿

目に見えない精神の話

 7月12日(月) レイアウトに少しずつ手をかけることにした。 ノートに書いて、パソコンの画面に落とし、画面を調整する繰り返しだ。目に見える形にすると、抜けた部分が見えてくる。 その中で気がついたことがある。 世界樹の迷宮という私の好きなRPGがある。 その隠しダンジョンの話だ。...