2020年1月4日土曜日

初心忘るべからず 2020年の抱負に代えて

初心忘るべからず
誰もが聞くことわざの一つだ。
主にベテランが自嘲する際に多用される。

昨年は屋号も改め再スタートを切った当「番次郎書店」も、初心を忘れることなく、4年目となる2020年も、にわかに、とは言わずとも、「初心を忘れることなく」始めることにしたいと誓う。

初心とは
油断大敵、の意味合いもあるが、ここでは別の機会としたい。
それよりももっと前、ボードゲームそのものに出会ったばかりの頃の話だ。

ボードゲームが好きで、クイズが好き。
ボードゲームのクイズを作成するうちに、100問になり、1000問になり、本を作り、勧められるがまま、ゲームマーケット2017秋にはとうとう初出展を果たした。

ボードゲームのことを知ったばかりの「あの頃」
ゲームマーケットのブースに立つ方々は本当に「神さま」だった。
有り体に言うと「いつかブースに立ちたい」など、当時は思える頭がなかった。
「(今の自分の実力では到底)立てるはずがないだろう」が本音としてあったのだ。
そんな僕だったが、いつしか時を重ね、2019年のイベント出展数は実に9回を数え、先日はついにコミックマーケット(C97 2日目)への当選をも果たしたのだ。
どのイベントも本当に楽しいものばかりだった。早押しボタンをかたわらに、クイズを読み、本を売り、立ち寄った方々と談笑するひと時が、何事にも変えがたい幸せだった。

売れ行き「だけ」を考えると失敗に転じるものもあるにはある。が、楽しさの価値観を僕はそこに見出してなどいない。

夢を追え、と人は言う。

もっぱらそれらは、若い人に向けて経験者が口にすることばだ。

それは夢、すなわち「空想上にしか存在し得ないもの」を空想のままで終わらせることなく、「現実」として形に表す作業のつらさ、大変さ、翻って面白さ、楽しさを決して忘れるな、と忠告しているのではないだろうか。

寒い冬の時期、布団の中から出たくない朝と同様に、夢から目覚め、夢を現実として走らせるには、多くの労力、幾ばくかの犠牲を伴う。
得られるであろう果実を想像しながら、目の前の荒野をイチから耕す作業は想像するだけで酷なものだ。やはり多くの方は、現実に立ち返ることなく「夢」のまま実らぬ果実を妄想するだけで終えてしまうのだろうと考える。
それでも手を動かしているうちに、若葉が息吹き、幹が育ち、時折り手伝う人があらわれるようになり、まだ見ぬ大輪の花へと大きな前進を遂げるのだ。

「ボードゲーム」に触れること、遊ぶこと、体験すること…etc。
「初めての気持ち」とは、それよりももっと深い場所に根差す「初めてのチャンス」そのものから、全身で感動を吸い上げられることにあるのではないかと考える。

大きな野望はないけれど、夢として「あんなこといいな、できたらいいな」が、実際に「できた」ことへの喜び、感動。少し前の自分が「夢」すなわち「形のないもの」として妄想した作品を、実際にこの手で作り上げた感動、そしてそれらを勧める担い手となる喜び、それら喜びの根本となる「初心」こそ、経験を重ねるほどなおざりになってしまうのだ。

僕はあまり考えることなく行動に移す場面が、ことさら2019年は特に多かった。
行動力の陰で無鉄砲と揶揄されるほど、臆することなく全国各地のイベントに顔を出し、クイズを広げ、挨拶に回り、現地の方々と卓を囲んだ。
それも「初めての気持ち」とりわけ「初めてチャンスをつかんだ時の喜び」を忘れないよう、知らずして自分に言い聞かせていたのではないか、と、振り返る。
臥薪嘗胆?
少しズレるけれど、意味合いは似たようなものかもしれない。


だから僕は、創作活動やイベント出展等を通じる上で、これからもチャンスがあれば積極的にステージに立ち、そのための準備には決して労を惜しまず、できうる限り最高の舞台を成し遂げたいと心から願う。
そして夢を夢として萎ませるだけではなく、夢の中の塊をできうる限り手で描き、形にし、自分の中での「現実」を作り上げる年にしたいと誓う。
そう、あの時の
「ステージに立つこと、そのものが夢だった」
そんな『初心』を決して忘れないよう、2020年も(資金と身体の続く限り)動き回りたいと思います。

ふつつか者(サークル)ですが、2020年もご愛顧のほど、宜しく御願い致します。

0 件のコメント:

コメントを投稿

目に見えない精神の話

 7月12日(月) レイアウトに少しずつ手をかけることにした。 ノートに書いて、パソコンの画面に落とし、画面を調整する繰り返しだ。目に見える形にすると、抜けた部分が見えてくる。 その中で気がついたことがある。 世界樹の迷宮という私の好きなRPGがある。 その隠しダンジョンの話だ。...