2021年5月24日月曜日

オキシトシン的展開を 連載21話更新に向けて


 日記のような感覚でつけることにした。

 脳内では「雑誌編集者から求められたコラム」の体裁で、これから飽きるまでしばらく続けることにした。


 今後は問題制作も含めた「文書作成能力」をより一層高めなければ、

 しかしながら恩師に乞うようなお金も時間も私には持ち合わせていない。


 何も音沙汰がなければ3ヶ月で倒れるであろう今のうちに、思いの丈をつづれる場所を探し、まずは媒体を気にせず「書く習慣」から始めることにした。

 追記すると、本文も含め「需要があるから」という理由で創作するわけでもない。

 需要があるから、を軸にすると、私の場合、本当に創作の手が止まってしまうからだ。

 後ろ向きな言葉にも受け取れるけれど、私の作品なんてそうそう需要があるわけでもない。

 レッドオーシャン、ブルーオーシャンなどの言葉からは無縁の、所詮はボードゲームに特化したクイズの本という奇書だ。有り体に言うと、大きく売り上げを上げたところで100部にも達しない本である。

 需要の有無で言えば「ほぼゼロ」に近い。


 好きで書く、という前提だから、続けられる。

 需要のあるなしから無縁の世界だから、落ち込みは全て自分の責任にできる。

 とにもかくにも、上達する上で重要な「継続のモチベーション」を、人気や評判のあるなしで判別すると、すぐに手が止まる、という話だ。少なくとも私の場合は。

 自分のできる形で表現し、少しずつ薄皮を破るが如く練成する、その先に「読んでもらう方の笑顔があるから」さらに続くものだと思う。



 さて、もう一つ日課として継続してる4コマ「かみとさいころ」の更新が、21日連続を迎えた。

 21日という半端な数は、愛読書「3週間続けば人生が変わる(ロビン・シャーマ著)」の言葉を受け、事あるごとに目安とする、私独自の指標のようなものだ。


 これまで連載を続けた4コマ「ボドびよ。きょうもボドびより」も、足掛け2年で連載644話もの数を更新することができた。

 がしかし、連載の数を重ねるに従い、創作は日々困難を極めた。


 数々の制限を設けた自分に非がある事は承知だ。

 起承転結で終わらせ、セリフや説明はなるべく削り、少なくとも文章の締める割合を1、2割に抑えること、など、数を重ねるに従い、そのこだわりという名の制限は重なっていった。

 1話を書くために半日以上もの時間を費やすなど当たり前のようになった。


 それらを踏まえた上で、今回の4コマはさらに制限を加えることにした。


・いわゆる一般の「ボドゲあるある」から一歩踏み出した「初めての方の視点」を重きにすること


 ボードゲームのあるあるだけを綴るなら、私の勉強不足な点を含め、すでに多くの愛好者が笑いに昇華しているはずだ。

 そんな中、私は「漫画だからできることとは?」を突き詰め、単に面白おかしいエピソードから一歩踏み出した「それから先の考え方」をネタの軸に据えて綴ることにした。


もうひとつ。


・読んでもらう方に笑顔を届けられるよう、必ず1コマ「笑顔」を描くこと


 私の作品は、読者の琴線に触れるような「心動かされる作品」より、「いつもの日常に添えられる程度の、くすりとした笑い」を目指すことにした。


 少し前に読んだ本で、幸福を感じる脳内物質は、興奮を呼び起こす「オキシトシン的幸福」と、安定を呼ぶ「セロトニン的幸福」に分けられるのだという。(「精神科医が見つけた三つの幸福」より)


 心拍数が上がり、次へ次へと欲求が刺激される「オキシトシン的幸福」を追求すると、確かに多くの方の感動を呼びこむ素晴らしい作品に仕上がるかもしれない。

 その一方で、ついサスペンス的な、ドラマチックな展開へと考えが深化した場合、本当に自分の意図する創作の方向ができるのだろうか、と考えた。


 考えた末、私はもう一方の「セロトニン的幸福」、心拍数は抑えられる「いつもの日常」の笑いを目指すことにした。

 刺激は少なく安心して読める反面、心拍数は抑えられるため、必然的に悲壮的な、ドラマチックな展開はなく、自虐ながら実に退屈な展開が続く。

 力を抜いて作品を楽しんでもらう、という私の創作の方向性に合致していたのはこっちの方だと判断し、舵をきった。 


 毎日更新していることに加え、展開が退屈だからだろうか、以前より読者は目に見える形で減少し、代わりに「批評家」は増えるようになった。

 悲しいけれど、毎日更新する私の苦労とは裏腹に、ツイートを開けばイラストも展開も自分好みの漫画が活況するSNSの世界では、退屈な私の漫画の評判など到底及ぶすべもない。

 

 そこでもめげることなく、方向を切り替えることなく、学んだ術を筆にしたため、また翌日も描く、描く、描く……

 そんな執筆を続ける日々だ。

 先に挙げた「モチベーションの方向」も、この辺りに通じる考え方だ。


 作品には作者の人となりが自然とにじみ出る、と、多くの作家が口にする。

 4コマに限らず、ともすれば一度きりで読み捨てられるであろう私の各書籍にも、知らず知らず、私の秘めたる気持ちや想いが(もちろん私自身も知る由もない点)現れるているのだろう。

 なおかつ、それらはSNSという媒体の特性から、以前よりかなり至近になった読み手と作者との距離を通じ、伝播するものだろうと考えている。


 私はまた明日も創作を続ける。

 

 軸の整った想いを届けるには、相応の数をこなし、興味のある方の元へ届けなくては。


 4コマの先にある世界は、変わり者のキャラクターがわいわい動くだけの、ちょっと変わった日常の延長だ。

 だから明日もまたドラマチックとはいえない4コマを繰り広げる。

 それでも「応援する読者」、とりわけ第一の読者である「自分自身」に向け、全身全霊を尽くし、ペンを握る。


 資金的な悩みも含め、どこまで継続できるかわからないけれど、愛すべきキャラクターと応援する読者のためにも、とりあえずほんの先くらいまで走ってみようかと思う。

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