2021年6月15日火曜日

捨てる神あれば

 6月15日


捨てることができず今に至る。

目の前にうず高く積まれたボードゲームの山も、そのうちそのうちと言いながら未だ手をつけないままだ。


断捨離とは、むやみやたらにものを処分することではない。

無駄だと思ったものを分別して処分し、空いた箇所に新たなものを吹き込む、といった流れだ。


動かないものを動かすことで、部屋の中の対流を促す、これは経済活動もそうだ。


今日は久しぶりにボードゲームカフェにお邪魔し、お客さんの頃合いを見計らい、博学のスイクン店長に問題をチャレンジしてもらった。


読みながら、出題しながら、問題のアラが発見できる一連の流れ、加えて、しばらく倹約生活が続いたからか、ボードゲームカフェの千円が多く感じるようにも感じた。

これも全て、暗く溜まった空気を循環させるための一呼吸と割り切ることにした。


大きなきっかけがなければ動かない、ではなく、小さなきっかけを元に大きなきっかけを掴む、と、自分の中で考えることにした。


些細なことがきっかけで、思いも寄らない道へと進む、これは我が国でも「牛に轢かれて善光寺参り」という諺がある通りだ。



献血もそうだ。最初は本当に金券(当時は五百円の図書券)がもらえるという下心丸出しの参加だった。しばらく時間を空けたのちに再開し、今回で92回目を済ませることができた。


捨てることが上手い人、すなわち、過去のやり方や経験に固執しないことこそ、次の大きなステップを踏み出せるのだろう。

自分の作品も未だクイズの本という領域から抜け出せないままではあるので、とても耳が痛い話だ。


血漿を抜き、少しだるさを感じた体には、数日もすれば新たな血液が生成されるのだろう。


もっと大胆に、色々と手放せたら、気持ちも方向も変わるのかもしれない。


明日もまた4コマに問題に、手放しつつ頑張ろうと思う。

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