2021年6月4日金曜日

デザインと老子の話

6月4日


 今日の4コマはかなりの時間をかけた。大概私の作品はボードゲームのパッケージを丁寧に模写することがある。

 イラストの練習という意味合いもあるが、何より、模写された側が万が一でも目にされた場合(私の漫画など原作者が発見するほど有名でもないが)不恰好な作品ではお気を悪くされるかもしれない。


 朝7時30分ごろからラフを開始し、描き上げた時は12時30分を回っていた。

 5時間は最長ではなかったか。その前にトレンディを描いた時も4時間半ほどの時間を要したはずだ。


 だから、といっていいねの数が多くつくわけではない。

 悲しきかな、それがSNSの世界であり、RTもいいねもこちらから願って操作できるわけではない。

 努力賞では相手の目を引き止めることなどできないのだ。

 こちらはいつもの数となった。


 口を曲げていたところに、グループSNEから最近復刻された「コボルドのボードゲームデザイン」が届き、早速拝読する。


 難しい用語が並ぶハウツー本のようなものかと警戒したが、今もその名の褪せないボードゲーム制作者が、めいめいの理論で「ボードゲームに込めた楽しさ」を解説する本だった。


 ボードゲームの感想ツイートに並ぶ「楽しい」の言葉。

 曖昧であり、実にアナログな言葉だが、具体的にこれら「楽しさ」をどう表現するか。

 語彙力(個人的には語彙「量」だと思うが、ここでは合わせる)の足りなさでごまかすことなく、感情をどう揺さぶられる演出があったかをきちんと言葉で表現する、そのデザイン的な仕掛けが満載であった。


 日本語の「デザイン」という言葉は、しばしば「グラフィック」の意味合いで置き換えられることが多い。

 料理に例えると、美味しい食材(グラフィック)があれば、必然的に美味しい料理ができあがるかもしれない。

 デザインはその「調理法」に当たる部分だ。

 火加減、水加減、隠し調味料、等々、素材の良さを最大限に引き立てる術があれば、冷蔵庫の中の食材ですら豪華ディナーに変貌する、それだ。


 ボードゲームに限らず、名作にはそれら「言葉にするのは難しいけれど、なにか楽しい」を引き出すエッセンスが仕込まれている。


 絵柄の良さやルールの基盤とともに、眠っているはずではあるが、決して目立たない、中国陰陽道の「陰」の部分だ。

 老子の言葉にも「陰で相手を操作すること」こそ重要であるといった文言が並んでいたはずだ(言葉が曖昧ではあるが)。

 

 任天堂の故・岩田社長も「「なんとなく」が一番駄目なんです」とおっしゃられた。

 何かしら理由をつけ、確実にそこに配置する、そんな仕掛けができるよう、「なんとなく」ではなく「すべてにおいて理由が存在する」と誰か哲学者が話していたように、理由づけて説明ができるよう努めなければ。

 

 私の4コマもクイズ本も、そんな「隠された仕掛け」を、数多く搭載できるよう明日もまた頑張る。

 

 雨が降り、気圧に飲まれそうな中、今日も1日お疲れ様でした。

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