2019年9月25日水曜日

孤独に立ち向かう 神戸・三宮ボドゲフリマ遠征記

先週から続く関東外への遠征に、正直、気持ちよりも身体が先に悲鳴を上げた。
抜けない疲労に、抜ける毛髪、ざらつく肌に、テカる脂汗……。
こと、創作活動とは、自分の中の全てを表現するに留まらず、聞いてもらう相手を想い、尽くす気持ちが整理された上で、何かしら自らの犠牲を伴う行為なのかもしれない。

勢いに任せて出展を申し込み、気がつけば出発が目の前に差し掛かり、アワアワと無駄にもがいているうちに、あれよあれよと三宮の地へと降り立った。

会場となるkiitoは、過去にも盤祭1stなどのボードゲームイベントが開催された場所でもある。
新幹線の新神戸駅から程近く、近隣の宿泊施設も豊富、足を伸ばせば明石、加古川、姫路なども行動圏内というロケーションだ。

今回私は、前日入りの予定を組んだ。
過去の盤祭1st.では会場設営のボランティアに名乗りを上げ、設営や片付けなどをお手伝いした。無論今回も喜び勇んでボランティアスタッフへの参加を表明した。
会場までのアクセスをトチり遅刻を余儀なくされたという前回の経験を踏まえ、今回は前日から現地入りし、更に会場から徒歩圏内のビジネスホテルを予約するという徹底ぶりだ。

とはいえ、それほどがんじがらめの計画を立てたわけでもなく、前日、後日の予定などは特段定めず、空いた時間は自由気ままに周辺を散策することにした。

手元のボドパスを頼りに、まずは姫路市のB-cafe様へご挨拶に伺う。



店内は所狭しと新旧のボードゲームが並ぶ。国内未流通のベガス拡張「Boule Bird」のような、設置してあるカフェも少ないはずの作品も立ち並ぶほどだ。
しかしながら決して雑然ではなく、どの作品も中身まで丁寧に整理、管理されている様子で、過去に私の作成した小冊子も、早押し機の中で大切に保管されていた。

店内をポッドキャスト「豚の鳴き声」で耳にするアタック氏が明るく出迎える。
美味しいコーヒーが評判と看板にある通り、味わい深く、香りも豊か。苦味はほどほど、口の中で爽やかに広がる酸味がフルーティでとても美味しい。
ついついお代わりしてしまった。

素敵な雰囲気には、自然と気心の知れた仲間が集うもの。
しばらくすると常連と思しき多くのお客様で賑わいを見せた。

お礼を済ませ、姫路市の近傍、加古川市に所在する「駒の時間」様に移動する。

明日の出展を間近に控え、店内には多くのボードゲームが箱詰めされ、多くの方の手に渡る日を今や遅しと待ち構えているかのよう。

komaさんは変わらずの笑顔。
昨晩は遅い時間まで「スライドクエスト」のフィギアを塗装していたとのこと。
連日の作業で疲労もあったと察するが、そんな素振りを微塵も見せず、笑顔も交えながら他愛もない話をやり取りした。


加古川を後にし、この日の最後は知人と落ち合いながら、神戸市のトリックプレイ様へ。

「東にバネストあらば、西にトリックプレイあり!」
そう知人が紹介するお店では、こちらも国内外を問わず多くのボードゲームが整理されていた。
店内では日本語版の発売も控えた「ジャストワン」で盛り上がりを見せていた。

店長の明るい笑顔を眺めるうちに、この方は本当にボードゲームが好きなんだ、と、肌感覚ではあるが痛く、強く、それでいて確かな感覚で伝わる。
そんな暖かく、居心地の良い雰囲気のお店だった。


翌朝
懸念されていた悪天候は何処へやら、朝8時の段階では路面がほぼ乾燥し、風も涼しく穏やかで、空には少し厚めの雲が一面を覆う程度だった。
暑くなく寒くもなく、開催日としてこれ以上のない好天に恵まれたのではないか。

ボランティアスタッフとして動く予定の私は、ギッシリと詰まったキャリーケースを肩にかけ、一路会場となるkiitoへと向かった。

場内では手慣れたスタッフが明るく、テキパキと指示を出す。それに従い、あらかじめ掲載された配置図に机を搬入、設置する。
当日のアクシデントで見送られた方を含めても、やはり作業人員の頭数、絶対値が足りない。
指示された作業を一通り終え、次は一般車の誘導や人員の整理などに移行する。
少し早めに取り掛かったとはいえ、時間ギリギリまで作業は続いた。
指示する側のテキパキとした動きに加え、決して罵声が飛び交うことなく皆が一丸となり、清々と、かつ、笑顔も交えながら行った証とも呼べるだろう。

とはいえ、私の本来任務はブースの運営である。
わずかな時間の合間を縫って、自分のブースの設置に取り掛かる。
開場1分前に何とか体裁だけ整えることのできた我がブースでは、名古屋のバネスト20周年記念祭でも活躍を見せた本格派早押し機「SPALLOW6」がデンと構える。
隣ではゲームマーケット春でもお世話になったEJIN研究所のEJINさんが、いつもの笑顔でブースを展開した。
「ネタはいい、けど、絵がなぁ…」
勢いに任せて頒布した4コマの本にもありがたい意見を頂戴する。普段こうした直接意見を上げてくれる方は、SNSを通じた上でもなかなか拾うことが難しく、とても身に染みた。

この日は、各ブースでの経験も豊富なシオンさんが応援に駆けつけてくれた。
二人体制となったブースは個人の作業量に余裕が生まれるほか、自分では気がつかなかった各方向の目も多くなるため、効率は3、4倍も高くなる。
「試し読みできる本に値段を振っては」「ブースそのものも長く広く使えば」など、多くの意見を取り入れながらの運営が進む。

私のブースは、中古や新作を販売・頒布する他のブースとは趣が異なり、ひたすらクイズを読みつつ本を頒布する、いつものスタイルだ。
そのためか、他の来場者も当初は怪訝そうにこちらを見つめる。
今回の早押し機はさすが日頃お目にかかる機会の少ない本格派を奮発したおかげで、クイズ本との相性も抜群だった。
特に、前回の盤祭1st.、ゲームマーケット大阪では、ボタンを押したかったお子さんのニーズに叶う問題がなく、出題側となるこちらも手をこまねいていた。
今回は「ボードゲームをからめたなぞなぞ」も数多く取り揃えたおかげで、経験、未経験の有無を問わず、ボタンに興味のあった方が足を止めてくださったという印象だ。
それだけでも、今回の成果としては十分すぎるほどだ。

午後4時を回り、しばらくシオンさんに店番を任せ、私は簡単に各ブースのご挨拶へと向かった。
エレベーターオペレーターは兼ねてからチェックしていた作品。無事に確保できまずは一安心。
ステージにほど近い「いかが屋」ではクレイジータイムが格安だった上、じゃんけんチャレンジでさらに500円引きという太っ腹な企画で入手ができた。
高天原のブースでは、作品全般のイラストを手がけるぺけ先生が描いた、可愛らしく癒しのある各種イラストが販売された。こちらではポストカードを残らず入手する。
中古販売ブースはじっくり眺めるだけで時間を取りかねなかったので今回は見送ることにした。
ゲームNOWAブースではセルフリメイクとなる新作「8人の魔術師」「ワーデミック」を展示。明るくポップなイラストレーターのたかみまこと先生は、これまでの面影を残しながらも独特の世界観を活かしたイラストで、重厚な世界観ながら軽く明るいタッチで表現されたカードの数々につい惹きつけられる。

しばし休憩を取り、残り時間は30分。客足は未だ途絶える気配もない。
遠方では目玉商品が残されたと思しきクジの抽選に、多くの来場者が関心を寄せていた。

売り子のシオンさんはとてもパワフルで、すでにへばっている私を余所に、「漫画とクイズの番次郎でーーす!」と、変わらず場を盛り上げてくれた。

17時、閉場の時間。
4時間は本当にあっという間だった。
わずかな時間ながら、とうに声が枯れ、目がかすみ、汗まみれで軽く脱水のような症状が現れたところを見ると、この4時間がいかに熾烈なものだったか伺える。

周囲が撤収作業を始める中、いつまでもひとりでグズついている訳にもいかず、残った体力をあるだけ放出し、私はいそいそと片付けを始めた。


その後に開催された二次会でも出展側の疲れは何処へやら。スタッフを始め多くの方が盛り上がりを見せた。
次回開催の話題や、万屋楽団のサンジョウバ氏が京都にプレイスペースをオープンする話など、会の終わりまで終始話題は尽きなかったように見える。
普段あまりお酒を飲み慣れていなかった私は、とうに宴席での盛り上げ方を忘れてしまい、ふらつく頭の中、周囲の盛り上がりを余所にひたすら原稿作業に移行していた。実に勿体無い。


疲労が残る中で迎えた三日目の朝。
小冊子を手にし、この日は一路大阪へと向かった。

12時、東貝塚のファミーリエ様へ。
明るく気さくな店長は、他のお店では見かける機会の少ないという作品を紹介してくれた。




電子カードを利用し、音楽を作るという「カードゲーム」だ。
指定されたカードの出し入れはテクニックを要し、さながらDJの気分が味わえる。
スピーカーと連動し、きちんと音楽が鳴るという仕組みがニクい。

時間もたたないうちに、多くのお客様でごった返す店内。
友人、知人に加え、ご家族連れでのお客もちらほら。
畳敷きの座敷もある広めの部屋は、ボードゲームの興奮とはまた違う、静かにのんびりと楽しむ空間を提供するかのよう。

次は谷町四丁目のGUILD様へ。

連休の中日ということもあり、この日も変わらず賑わいを見せる店内では、店長の大阪さんと店員のアリサさんがこの日も慌ただしく駆け回っていた。
店内の販売スペースは、国内のボードゲーム作家を応援するかの如く専用スペースが設けられ、定期的にテストプレイ会を実施するなど、製作者の目線に立ったイベントが積極的に開催されている。

アリサさんに同人誌のことを相談に乗ってもらった。お二人の笑顔が店内の雰囲気をも象徴するかのよう。


ツイート越しに得た情報を頼りにお土産を買い込むと、出発の時間が間近に迫っていることに気がつく。
新幹線に飛び乗り、今回の道中も、食の宝庫関西のグルメを堪能できなかったと自戒する。
私の旅はいつもこうだ。


旅先でお会いしたイベントスタッフをはじめ、ボードゲーム製作者、カフェ・プレイスペースの方々、それらに携わる多くの方々。
私が魅力を感じた方々は、独特の「個性」を秘めていた。
「◯◯が好きだ!」という理由から実際に「◯◯をしたい!」「◯◯ならできそう!」と漠然と妄想する方は多数存在する。
しかしながら、そこから更に一歩踏み出し、手を動かし、実行に移した方は本当に、本当に少ない。
今日まで長く継続できた方はそこから更に絞られる。

独り孤独に立ち向かい、助け船もない状態のまま、悩み、挫け、幾度となく立ち上がり、徳俵に爪先だけで踏みとどまった状態のまま、「倒れるものか!」と粘り続ける。

それだけだ。
能力なんて何もない、いつでも倒れる覚悟を持ちつつ、紙一重で踏みとどまっているに過ぎない。

だからこそ、私はそんな個性の塊のような方々を心から応援したいし、いつかは自分もそんなデコボコした存在として、一員に加わりたいと願っている。
どれだけ虚勢を張ったところで、孤独の作業は、やっぱりツラい。
それは個性と呼ばれる形がいびつであればあるほど「現状のものとは違う」と周囲に認識され、自ずから疎外感を覚えるからだ。
それでも自らを信じ、泥だんごのように粘り強く自分の「個」を磨いて磨いて、核となる部分が見えるまでに磨き上げたところで、ようやく個性が鈍い光を見せ、そこでようやく周囲から評価の対象として土壌に上がる。世間の需要といった面はそれから先の話となるだろうか。

今回出会った多くの魅力的な方々は、己の中に秘めた「個」を、丁寧に、かつ、周囲からの目線に何度も挫けながら、それでも磨き続けた結果の証左だったように感じる。
継続することの難しさは、何かしらの形で意識的に「継続を実行」した人でなければ、その労苦は推し量れないし、第三者にも上手く伝わらない。
だからこそ個性的な存在にある方々は、裏を返せば、それだけ他に代用できない存在でもあり、いうなれば、誰からの助け舟、相談相手や代替できる相手も存在しないまま独自に歩みを続ける方ばかりなのだ。

私は、そんな方に寄り添い、話を聞き、何かしらの形で支援できるような存在でありたい。
寒さで震える道中に、そっと差し出す缶コーヒーのような温もりを、私も、私のできる限りの方法で、支えていきたいと思う。


帰りの道中で、普段は感じる機会のなかった、人との触れ合い、存在、それらを支える周りの存在の大切さを、身体の芯から感じつつ、新幹線は最寄駅のホームへと滑り込んでいった。

冷たい部屋に灯りをともし、私はまた、溜め込んであった制作作業へとペンを走らせたのだった。


2019年9月17日火曜日

学ぶこと、奢らないこと。〜バネスト20周年記念ボードゲーム会に参加して〜

名古屋市北区のゲームストア・バネストが今年で20周年を迎える。
それを記念し、20周年記念ボードゲーム会と銘打たれた大規模なゲーム会が開かれるのだという。

開催の知らせを耳にした私は予定の有無など考えずに申し込みを済ませた。
ゲームマーケット秋に向けての入稿や来週に迫る神戸三宮ボドゲフリマの準備等が差し迫る最中、後先を一切考えることはなかったのだ。まあ、いつもの私である。


バネスト記念ゲーム祭とは、今年で20周年を迎えるゲームストア・バネストを迎えての大規模なゲーム会で、バネストの店舗にほど近い北区役所の講堂を1日貸し切り、混乱を避ける為か入場者を限定した上で、総勢30卓ものゲームが一堂に会する大規模なゲーム会となる模様である。

厳正な抽選の末、15番の固定卓を拝命された私は「この晴れの日に相応しいボードゲームとは何か?」といった難問に、出発の直前まで延々と一人議論を重ねていた。
当日は定番の軽いゲームからテラフォーミングマーズのような重量級ゲーム、さらには、能登ごいた保存会長野支部がごいたを教授する卓や、カルカソンヌ日本選手権出場者と直接対戦できる卓、今話題の国内版マーダーミステリーが体験できる卓なども用意された。
わいわいからじっくりまで、ゴージャスかつ個性あふれるラインナップの中で、果たして自分の特色を活かしせるものは何か、何か…。

取り急ぎ、大勢でもプレイできる作品と、バネスト通販のラインナップでは目にできなかった作品を中心にふるいにかけ、加えて、先日奮発したばかりの本格派早押しクイズ機を持参することにした。


朝8時30分、新幹線は異常なく名古屋駅に到着。

腹ごなしと気合を込めて駅ホームのきしめんを勢いよくすすり、会場となる名古屋市北区役所講堂へと移動した。

会場内はすでにスタッフと思しき面々がテキパキと設営に取り掛かっており、右へ左へと活発な動きを見せていた。
集合時間の30分前に到着した私ではあったが、すでに愛知、滋賀、三重など中部地方を中心に、関東はおろか、福岡や台湾など、国内外を問わずそうそうたる顔ぶれが揃い踏みした。
中心で動くのは「今夜もアナログゲームナイト」メインMCを務め、店長の中野さんとも親交の深い太陽皇子氏だ。

適度に空調の効いた会場の中心では、今回の目玉となるトゥクトゥクウッドマンのタイムアタックが、金の屏風が配されたステージ上では東京・三鷹のボードゲームショップ「テンデイズ」様から提供のあった巨大スライドクエストや巨大ドクターエウレカなどがところ狭しと設置されていた。
いつものイベントの如く、私はちょこまかと設置を始める。
初お目見えとなる早押しスイッチはすこぶる快調で、辺り構わずピンポンと元気な音を上げていた。

簡単なミーティングが行われ、午前10時、開場。
しばらく諸注意が述べられた後、11時、いよいよゲーム会が開始される。

この日の中野店長(以下「中野さん」)は、主役となり盛大に祝われる立場ながら、Tシャツにジーパンという、こちらが拍子抜けするほど至って普段着のままで登場。


私の15番卓はいつものゲームイベント同様、開幕はスローペース。
ぽつんと寂しくカードを切ったり、ボタンを押したりなどの行為も、すでに手慣れたようなものだ。
周囲の卓を見回すと、既に多くの参加者らがワイワイとゲームに興じ、現在も根強い人気のテラフォーミングマーズや、国内未流通のディアボロダイスなど多くの作品が賑わいを見せていた。
特に中野さんらスタープレイヤーと一緒にプレイできる台などは引きも切らず活況で、トゥクトゥクウッドマンのスピードチャレンジでは多くのプレイヤーが悲喜こもごもの声を上げていた。

しばらく問題を読み上げていると、早押しボタンのピンポンという甲高い音に誘われたのか、数名の方が足を止めてくださった。
クイズに興味のある方、自信はないけれどボタンを押してみたかったという方、初めて目にする本格派ヘソ型早押しボタンに興味津々だった方など。
その一方で、久しぶりの問題読みに緊張と喉の調子を整えることをすっかりなおざりにしてしまった私は、ものの開始30分も経たずにガラガラ声を露呈し、周囲にあらぬ醜態を晒す羽目となった。いやはや情けなや。

主賓となる中野さんは、デンと座ったまま悠長に構える、といったそぶりを一切見せず、時間を見つけてはすべてのテーブルをハシゴして周り、参加者の一人ひとりに「いつもありがとうございます!」とお辞儀し、同卓を囲んで回っていた。
中野さんは本当にボードゲームが、そして人が、大好きだったのだろう。

クイズを広げる私の卓にも颯爽と現れるや、難問とおぼしき問題にもサラリと回答してくださった。
20年のバネスト店舗とともに蓄積された豊富な知識量と、休暇の合間をぬっては都内近隣のボードゲームカフェへと足を運ぶ、その飽くなき探究心が育んだ産物だろうと私の中で勝手に解釈した。

中野さんはそんな店内で振る舞ういつもの調子で、嬉々としてボードゲームに興じていた。

決して驕り昂ぶることなく、常に貪欲に、新たな発見を求めているかのような。

中野さんの探究心に潜む「源」って何だろう。

学ぶことは純粋に「楽しい」行為だ。
たとえそれが興味本位で調べたことであっても、次へ次へと知識欲が刺激され、今とは別の物に興味が湧く。
クイズなどを作成していると、ひとつの問題の対象に、あれにも関係する、こっちにも派生する、と、樹形図のように様々な広がりを見せる場面に遭遇する。
しばらくした後に、その対象が膨大となり過ぎたことに気がつくと、目の前にそびえる壁のあまりの高さに、為すすべもなく、しばし足がすくんでしまうだろう。

そんなとき、
「大変だから、やめる」か
「大変だけど、続ける」か

人はその分岐点で大きく二分される。

中野さんはきっと立ち止まらなかったのだ。
高い壁を見つめながらも、地道に、着実に、ゆっくりと歩みを進めたのだ。

さらりと書いてしまったが、そのバックには、体力面、精神面、更には、環境面、資金面、等々、見えない部分での残酷にも程近い決断を迫られたのではないか。

だからこそ「皆さんのおかげで」という中野さんの言葉には一層深みが増すのだ。

周りの方々のご支援を大事にする、しかしながら、その言葉の端々に垣間見える、高い叡智と果てなき強さ、そして何より、現状に甘んじることなく、次へ次へと新たな視点へと駆り立てる、果てなき探究心、そして、野心。


程なくして、全体ゲームが開催された。
ゲームは「KNISTER」、サイコロを用いたポーカー形式のビンゴゲームだ。

サイコロを振る人間はその場で指名され、看板キャラクター「ばねこ」のイラストを手がけた「のんだひろみ」先生や、「おぼえなサイコロ」などを手がけたデザイナー「らなとパパ」のラナちゃんら、名前を挙げるだけでも軽くめまいが生ずるほどの豪華な顔ぶれ(自分除く)が次々に選出される。
その上でトップの成績が80点台という激戦が展開された。私のヘボい点数など言うに及ばず。

続いては中野さんに対する質問コーナーだ。
「きっかけは何ですか」「好きなボードゲーム会は何ですか?」等々さまざまな質問が飛び交い、中野さん独自の知的かつユーモラスな視点でバッサバッサと回答を斬る姿が好印象だった。
そんな中、ひとつだけ中野さんが頑として回答を拒んだ質問があった。
「ネガティブは答えません!」
言葉は続く。
「ネガは3倍増しで、自分に返ってきますから」
それはこれまで自己を「子どもだ」とうそぶいてきた中野さんが、一瞬だけ我々に見せた「オトナとしての姿」だった。

会もたけなわとなり、中野さんが最後の言葉を述べる。

「寿命になったとき、ゲームカルチャーが今以上になっているように、新しい発見があること」

中野さんは20周年を迎えたこの日ですら、決してあぐらをかくことなく、常に変わらぬ姿勢で、参加者である我々からも何かを学び取ろうとしていたのではないか。

私は涙腺の緩みをこらえることができず、言葉を締める中野さんに惜しみなく拍手を送った。


会の終始を通じ、中野さんの言葉には「発見」「楽しんで遊ぶ」といったフレーズが端々から伺えた。
常に新しいものへ、失敗を恐れず、一歩一歩と前進する、アグレッシブで、チャレンジャブルな後ろ姿。
だからこそ、多くの方が魅了され、こうして多くの方々がお祝いに駆けつけたのだ。
「カッコイイ」の言葉だけでは括ることのできない、中野さんがバネスト店舗と共に歩んだ人生観すら垣間見える、終わってみれば、そんなイベントだったように思える。



ワンオペの態勢だったため、トイレ以外に席を開けることなく約8時間もの時間を過ごした私は、会が終わるや否や、へなへなとその場に座り込んでしまった。
カフェインで気を紛らわせようとコーヒーをぐい飲みし、周囲の状況に合わせつつ撤収作業へ取り掛かった。

学ぶこと、奢らないこと。
席上での中野さんの言葉は、ゲームマーケット秋の新刊を手がけている私には特段痛切に感じた。
そのためには、飽くなき探究心と挑戦精神、何より、少し息を整えたときに実感できる、周囲の存在のありがたさではなかっただろうか。

私は疲れた体もそこそこに、ホテルで身体を休めることなく、そのまま次の懇親会へと向かった。
多くの参加者の笑顔が弾んでいた。
それはきっと、今回のイベントで中野さんが我々一人ひとりに返してくださった「感謝の証」だったのかもしれない。

2019年9月7日土曜日

「「なんとなく」じゃダメ!」 根拠を結ぶことで広がる世界

今回は「何かに理由をつける」を今後全ての私の作品に心がける、という話をします。


今年の夏、読書好きを自称する私が、暇を見ては幾度となく読み返した本が「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日刊イトイ新聞・編)」だった。





任天堂の故・岩田聡社長の言葉をまとめ編集された著書で、あたかもおとぎ話を語るように綴られた珠玉の言葉の一つひとつに、私は涙を抑えきれなかった、そんな本である。

その中に登場する「ある言葉」を紹介したい。

ゲームの中に意味もなく置かれている石ころがある。
「どうしてこれを置いたの?」と訊くと
「なんとなく」とか言うんですけど、
「なんとなく」はいちばんダメなんですよ。
(p.159 「岩田さんの言葉のかけら その5」より)

なんとなく、というふんわりした感覚、フィーリング、よくわからないけれど心地の良い配置、
それらは一まとめに「個人の美的センスに委ねられるもの」と斬り捨てられる問題かもしれない。

しかしながら、私はこの言葉を目にするやいなや、身体中に電流がほとばしるほど強い共感を覚えた。


手前味噌ながら、少しだけ自書のネタバラシをする。

前回頒布した拙著「アナログゲームのなぞなぞブック2」の中で、ページのフッター部、印刷用語では「地」と呼ばれる部分に、小さく「魔女」が飛んでいたことに気がついただろうか。


フッター部分に黒く帯を引くことで、ある程度の視線制動といった効果に加え、ビル群を配置することで全体的な雰囲気の醸成を考慮したものだ。
「夜空に魔女が飛んでいたら…?」というアイデアが思い浮かんだのはしばらくした後。単に飛ばすだけではなく、ページ毎に飛行部分を変えることで著作の中の世界に少しでも没入してもらいたいと考えた。
加えて、自分が今どれくらいのページを読了しているかの目安としても使える。

さらにイメージを発展させ、最終ページにはこんなギミックも用意した。




少々見づらい点ご勘弁を。
ページ数に合わせて、魔女が「39」と口にしているように見えないだろうか。
このページは「あとがき」が感謝の言葉とともに綴られており、このセリフも「39(サンキュー)=thank you!」に掛けたジョークとなっている。


以上の連想ゲームは、仮にフッター部分がランダムに配置されていたならば、おそらくここまで凝りに凝ったギミックへと結びつかなかっただろうと解釈している。


ランダムに配置することは、私の中で「考えをそこで中断(SAVE)すること」を意味する。
どうしてこれがここに?どうして?なぜ?本当に必要?
そんな疑問を自分に突きつけながら日々創作活動を続けていると、次第に他からぬ自分が「いいと思ったからいいんだ!」と自暴自棄になり、果ては、考えること自体を放棄してしまう。
それは性格や環境といった根深い問題ではなく、単に今日の気象が悪かった、や、たまたま今日の機嫌が良くなかった、といった、実に取るに足らない問題であったりもする辺りが少々厄介だったりもする。


何かしらの理由をつけ、小さいながらも根拠をつけると、先に挙げたような「次への創作バトン」が産み出される可能性がある。

自慢話が続き恐縮だが、もう一例、先日名古屋で活躍されるNEZ様から、テラフォーミングマーズの企業カードのような制作カードを作りたいとお誘いがあり、喜び勇んで資料を提供した。

その際に出来上がったカードがこちら。


着目して欲しい部分は星の配置である。







ここも「岩田さん」で読んだ言葉を念頭に「ランダムではなく、何かしら根拠に基づく配置」を考えた。


「サイコロ」の部分から「魔女」の部分まで、上手く繋げると




制作して頂いたNEZ様に敬意を表し、星座のような「NEZ」の文字が浮き上がるギミックとなるよう配置した。


これら創意工夫、カッコつけると「デザイン」の一端となるのだろうか、それらは決して表立って主張する機会が多くはない。
むしろ私の中で、これらデザインの本質は「縁の下の力持ち」のような、周りに気がつかないうちに実は陰で支えていました、といった立ち回りでこそ活きる存在ではないかと考えている。
先日も「直角ではなく敢えて斜め右12度に折り曲げた横断歩道」が話題となったが、目にされた方の中には「何度も通ってはいたが、気がつかなかった」というコメントが数件上がっていた。

決して目立つ事はなく、「言葉では上手く表現できないけれど、なんとなく、いい!」に訴えるもの。
だからこそ、一辺倒ではなく本質まで理解が届き、言うなれば「わかる人だけがわかる」中身の本質の良さに気がつく、そんな「真の理解者」には感謝の言葉でいっぱいだ。

たとえ気がつかなかったとしても、所詮は陰の存在、腐ることなく「そんなもんだ」と割り切り、一部の「心良き理解者」のために、もうひと頑張りできるような。
創作活動のサイクルとは、目の前に提示された見返りに加えて、創作を続ける自分を真から理解していただける方へ「最大級のご奉仕」という意味合いも含まれているのだと、最近はその方向に考えが向く自分だ。

まだまだヒヨッコの自分。これからも岩田さんの「なんとなくは、ダメ!」の考えを創作活動の軸とし、秋の新刊も含めた制作に力を入れたい。
そして稚拙ながらも私の作品を本当に心待ちにされていらっしゃる方々に最大級の御恩返しができますように、こちらも最大限の努力で御恩返しをせねば、と、再度気合いを入れ直したのであった。


笑われて、笑われて

 5月から心機一転開始した日々の4コマが、今日で150話、2年間ちょっとに及ぶ過去の連載文を含めると794話と、800話も目前となった。 今度の4コマも無事に2巻目の入稿を済ませ、次回イベントで1,2巻も含めた初めての頒布となる。 日々苦しい執筆だった。 心に響くしんみりとした言...