2017年7月15日土曜日

遊びきりゲームのメリットについて考えてみた

このところ、何かに取り憑かれたかのように、遊びきりゲームを購入するようになった。

最近発売されたものとして「ワトソン&ホームズ」や「T.I.M.Eストーリーズ」が有名だろうか。
少し前は「パンデミックレガシー」、遡れば「シャーロックホームズ10の怪事件」といったゲームブックもそれに近いものだろう。

気がつけば、ゲームマーケット等においても、そういった「遊びきりの形態」をとった作品を数多く見かけることに気がつく。
先回の春においても、新作旧作を含め、いろいろ購入していた。
メモを見返すと
「四国を攻めよ!」(サイタニヤ)
「GAMEBOOK」(ASOBIdept.)
等々。
複数回と縛りを加えるとまだ増えるだろうか。

この「一度遊んだらハイおしまい」というゲームを購入する行為について、購入に慣れないうちは、かなり抵抗があることだろうと思う。
費用対効果、といった小難しい言葉を考えるまでもなく、トランプやウノよりも高いボードゲーム、カードゲームにそれなりの投資をするにとどまらず、使い切りのゲームに手を出すからには、やはり心の中で「一度しか遊ぶことのできないデメリット」を超える何かが存在したのではないだろうか。
それらボードゲームが持つ魅力とは一体何なのだろう。

デジタルゲームの話をしたい。
3DS「ゼルダの伝説4つの剣+」というゲームがある。
エンディングまで、早ければ20時間もかからないゲームだ。
このゲーム販売当時、世はまさにスマホゲーム一色だった。
スマホゲームの多くはこれといったエンディングの概念が存在しないため、メーカーの意思で存続不可を余儀なくされない限り、半永久的にゲームの世界は続くことが特徴だ。
そんな中、本ゼルダは裏のテーマとして「短時間でクリアできる」ことを売りにして発売された。おそらく各種媒体において「費用対効果皆無」「高すぎる!」」当初、そんな言葉を一斉に浴びていたはずだ。
しかし、蓋を開けたら、これら評価は一気にプラスへと転じた。
このゲームが訴えたかったこと、それは確か伊集院光さんのラジオ番組でも語られていたと思うが、クリアできる楽しみを思い出してくれたこと、にある。
終わりのない物語が延々と続く、そんなゲームに辟易した頃、突如として発売された同作品は、短時間でさっくりとクリアでき、プレー当初はある種の物足りなさを感じたが、次第に「やっぱり俺、ゲームを買った以上はクリアしたかったんだ」という気持ちを再燃させてくれたのだ。
殊更私の場合など、あたかもスマホゲームが「味が途中で抜けてしまうガムを延々と噛み続ける」ような錯覚に陥ってしまい、以来私はスマホゲームに本腰を入れることがなくなってしまった。


うろ覚えであるが、第5回ボードゲーム川柳大賞の講評で、とある審査員が「今回はボードゲームを積む、といった悲哀に満ちた作品が多かった」といったツイートをされた。それだけボードゲーマーにとって「今あるゲームを消化する問題」は切迫しているものだと思う。その実、私自身もそうだ。
そんな折、こういった「遊びきりのゲーム」の存在はありがたい。思う存分ゲームの世界を堪能した頃にちゃんとゲームが寿命を迎えるのである。遊んだ後は気にすることなく処分すればいい。
いわば「ちゃんとゲームをプレイしきった感」に特出したボードゲーム、それが遊びきりゲームの特徴と呼べるのではないだろうか。

その点を踏まえていろいろ当たってみたところ、面白い言葉を見つけたので、紹介したい。

「ボードゲームは「一生もの」と考えていただけると良いと思います。「一回だけではなく何度でも遊べる」ということももちろんありますが、特に「世代を超えて使える」ことを強調したいです」
(すごろくや著「おうちでボードゲームforママ&キッズ」より)

この言葉は、とあるデジタルゲームの宣伝文句と連動させると一層興味深い。

「そこに隠し通路あるぞ」 新聞を読みながら教えてくれた親父は、昔 光の戦士だった。


(PSP版ファイナルファンタジー3キャッチコピーより)

2017年7月9日日曜日

ボードゲームクイズを400問ほど作成して気づいたこと

手前味噌ながら、このほど、当方でせっせと作成していたボードゲームクイズBOTの登録問題数が400問を突破した。


元々、ゴールデンウィーク頃に100問ほど作成したクイズの使い道がなく、BOTでもどうかと某フォロワーさんから勧められたことがきっかけで始め、最初のストックが50問、その場で50問を足して合計100問を実験的に運用、暇を見つけては問題のストックを更新していくことにした。それ以来2ヶ月余りで、実に400問を作成するに至るのだ。
手持ちのメモなど、問題の予備などを含めると、もう50問ほどストックがあると言えるかもしれない。

勿論、全てが順調だったわけではない。
BOT相手だから好き放題言えたのだろうか。
問題ミスをとことん責められたこともある。
問題の悪口など日常茶飯事だったこともある。
つい先日も出題ミスを修正したばかりであり、己の力不足、勉強不足を実感するとともに、問題作家と呼ばれる方々の苦労が伺い知れる。

とは言いつつも、400問ほど作成し、自分なりに分かってきたことがある。

それは単純に「ボードゲームの奥深さ」や「多面的な物の見方」といった表面的なものに留まらない。いくつか書き出してみたいと思う。

まず、ゲームの細かな部分に目が行くようになった。
普段ならまず見逃してしまうような部分も、なんとなく頭に入れておくことで「そういえばこのキャラクター、あのゲームにも登場していたような・・・」と振り返り、問題作成の材料にすることができるようになった。
それはゲーム内の細やかな演出面、さりげない小ネタ、こだわり、気遣いの面などにも派生する。
これらを発見するたびに「この作成者は本当にゲームを愛されているんだなぁ」と実感するのだ。
同じく、わからない言葉、意味のあやふやな言葉を即座に調べる癖がつくようになり、今ではスマホに飽き足らず、簡便なドイツ語の辞書が挿入された電子辞書を携帯するようになった。


また、ボードゲームを買うきっかけができたことも自分にとっては大きい。
これまで、何かと話題のボドゲ、最新のボドゲばかりを追ってばかりいたが、カルカソンヌやローゼンケーニッヒなど、それらの時代を象徴する古典的な名作がなぜ時代を超えて遊ばれているのか、に目を向けていなかったことに気がつき、不朽の名作と呼ばれる作品も積極的に購入、プレイするようになった。
えてしてこれらの作品は中古価格が安価な場合もあり(その逆でプレミア価格がついている場合も往々にしてあり)入手の楽しみ、ショップをのんびり回る楽しみが増えたこと、ボードゲームそのものに対する関心が一層高まったことを改めて自覚する。

古典的作品群をプレイすることで、それらがなぜ現代まで人気であり続けてきたのか、の意味も自ずと理解でき、また、昨今の話題作もなんらかの形で影響を受けていることがわかるようになるとボードゲームの世界が一層奥深くなり、今では「ああ、あの作品の流れを組むゲームね」と頭の中でそれらの源流が何であるのかを大方想像できるようになった。

そして、おそらくこれが一番大きなことではないだろうか、悩める者の気持ちが理解できるようになった。

問題を解くことは簡単だ。10秒もあれば誰だってできる。上記の通り、少し辻褄が合わなければ文句だって好きに言える。
しかし、問題を作成する側に立ってみたらどうだろう。
取材をし、情報を仕入れ、それだけではなく、問題文を工夫し、趣向を凝らし、少しでも面白おかしく、解く側にとっても楽しい問題作成を心がけなければ、すぐに離れていってしまう。

常々思う。問題なんて、難しくしようと思えば簡単にできる。自分だけが知り得た知識をそのままポイと問題文に放り込めば、問題なんてすぐに作成できるのだ。
でも、そんな問題、作成者の自慢話を聞いているようで実にうんざりするものだ。
「ドイツ年間ゲーム大賞を受賞した作品を第1回から順に全て答えなさい」
なんて問題、本当に解いてみたいと思うだろうか?
そこから少し掘り下げ、
「ドイツの主なゲーム賞であるドイツ年間ゲーム大賞、ドイツゲーム賞、アラカルトカードゲーム賞を全て獲得、ドイツボードゲーム界史上初の3冠を達成し一躍話題となった、デッキ構築型ゲームといえば何でしょう?」
と手を加えることにより、少しは融和できるのではないだろうか。
(答:ドミニオン)

そして、ふと、考えた。
悩み多き人、悩み苦しむ人とは、いわばこれら問題作成者の立場にあるのではないか。
普段回答者側として、受け身として生活している分にはさほど気にならない点も、問題を作成する観点となると話が変わり、考え、悩み、苦しむ。そして、回答者側から指摘を受ける。
問題を作成すれば、いかに問題を作成することが難しいかを実感できるだろう。
それほど悩み苦しむ人間は考えている、困難に立ち向かっていると言えるのではないだろうか。
上手く表現できないけれど、フランクルの夜と霧や洪自誠の菜根譚にも提示されている「困難が己を鍛え上げ、強くする」といった言葉を改めて実感するのだ。


少し話を戻す。
私はボードゲームが好きで、しかも、クイズが好きだった。
たまたまそれらを組み合わせて、趣味としているに過ぎない。
周囲を見渡しても(検索をかけても)同じ趣味を持たんとする方が見当たらない(探し方が足りないだけなのかもしれないが)

独り勝ちとも言えるだろうし、一方で、誰も相手をする人がいない、とも言える。


リデル=ハートの提唱する経営戦略に「最小抵抗線を利用せよ」という記述がある。
これは軍事的側面に当てはめるとわかりやすく、相手が頑強に守っている陣地ではなく、警戒陣地の薄い抵抗線(陣地線)に狙いを定めると、敵(ライバル)が手薄であるどころか、自陣の消耗を極限に抑えることもできるというのだ。

経営の話がしたいのではなく、これを一読されている方へ、是非、オンリーワンを目指して欲しいと願うのだ。
ボードゲームに限らず、専門的分野に焦点を絞り我が道を志すには、今からだと難しいかもしれない。それはすでに先駆者が存在するからであり、あまつさえ自分をはるかに超えた知恵者など社会を見渡せばそれこそ数限りなく存在するからだ。

しかし、貴方には他の方にはできない秘められた能力が眠っている。
それを発掘すればいい。

例えば、パズルが好きでパズル作家として頑張りたい、というだけならば私もさすがに考えてしまう。
プラスアルファの何かはないだろうか。
マラソンができるなら「マラソンができるパズル作家」文武両道、信頼できそう。
料理が得意なら「料理もできるパズル作家」新しいレシピができそう。
子どもがいるなら「子育て奮闘中のパズル作家」優しい目線のパズルも期待できそう。
何か一つ要素を加えるだけで、可能性は無限に生まれるのだ。

ともすれば、その中には自分も見えていない金鉱脈が眠っているかもしれない。
それらを切り口として新たな世界の展望が見えてくるかもしれない。
わからなければ、周囲の人間に尋ねたらいい。
友人でも、親でも、先生でも、上司でも、奥さんでも、子供でも、何なら、ツイッターのフォロワーでもいいはずだ。君の持つ大勢のフォロワーは、君の少しのわがままために使っても許されるはずだ。

夢や希望を語るにはもう遅い、なんて斜に構えず、
できることを見つけてみてはどうだろうか。
それは貴方の中に、必ず眠っている。
そしてそれらは大抵、失敗や苦しさの中にこそ、今まで自分が無駄だと感じていたものの中にこそ、案外眠っているものだと思うのだ。

この文章を一読されている全ての方に、幸多からんことを。

2017年7月3日月曜日

いろんな場所でBABELを建てよう!

BABELというゲームをご存知だろうか。
詳細は言うに及ばず。建設者と狂信者に分かれて紙製の塔を建設する正体隠匿系のゲームである。


しかし、どうも私がこのゲームを広げると、かなりの確率で塔が完成してしまうのだ。

理由は、どうも狂信者に不利となるゲーム性にあるようだ。
こう言い切ってしまうと語弊が生じるが、このゲーム、初めての方に勧めたい気持ちがある反面、ゲーム慣れしていない方からすれば、仮に狂信者となった場合、塔の建設を妨害するテクニックを有しておらず、ただただ建設されるのを眺めるだけの場面がままある。
さすが生きとし生ける人間。性善説とはよく言ったものである。

ならば、最初からもっと難易度を上げてやればいいだけの話。

そこで今回、色々な場所を想定してBABELを組み上げていくことにした。
すなわち、土台となる場所を、手を替え品を替え、用意してみることにしたのである。


<今回のルール>
◆8段目まで組み上げる。その際の壁カードは基本的に同じ高さ(番号)を使用
◆チャレンジは3回。できなければ失敗。その他のルールは取扱説明書に準拠し、例えば、組み上げる際は使用する紙以外には基本的に触れない。



① スポンジ
まずはスポンジ。台所で使用される一般的なものを用意。

重みで沈むことを想定したが、全く動じることなくあっさり8段目クリア。
もっと難しいことを想定していたが、このスポンジの難易度が以降のチャレンジを大きく左右することとなったため、非常に参考となった。スポンジを使用するプレイは見た目よりも派手なので、こちらは完全にパフォーマー向けと言えるだろう。




難易度★☆☆☆☆
派手さ★★★☆☆
手軽さ★★★★☆



②羽毛布団

スポンジの大成功に気を良くした私は、用意していた「バスタオル」や「緩衝材(プチプチシート)」といったものなどには目もくれず、一気に難易度を上げることとした。
押入れより、羽毛布団の登場である。
今日の関東は高温注意報が発令され、わが町も気温35度を超える猛暑日を記録するというこんな日に、羽毛布団を広げる輩こそまさに狂信者と言えるのではないか、という疑念も湧いたが早速プレイ開始♪

やはり空気をたっぷり含む羽毛布団は手強く、ふかふかの壁に阻まれ、7段目で1回目、崩壊。
めげることなく2回目。平坦な場所を構築し、そっと組み上げ、最上階の旗を立てて、いざ写真撮影・・・その瞬間に敢え無く崩壊!2回目も失敗。しかし希望の光を残す。
不屈の精神を持って3回目に突入。不安定な場所、重さで沈む場所、上がる難易度、頭の中で流れる中島●ゆき・・・できた!写真写真。撮れた!見事完成、と同時に崩壊する塔。よく頑張った(塔の方ね)。これはスリル感も含めて面白かったので、是非皆さんも作ってみてください♪(川島海荷アナの声で)



難易度★★★★☆
季節感★☆☆☆☆

③ 風(扇風機)

BABELの難易度を上げるには、と聞いて誰もが想像する方法こそ「風の使用」ではないだろうか。
どのくらい難しくなるのか。実際に試してみた。

1メートル後方から一般的な扇風機を使用、強度は7段階の4

最初は順調、しかし3段目、高くなるにつれ、風が紙を吹き飛ばそうとする。おそらくこれは本当に塔を建設する感覚に酷似しているのではなかろうか。いや知らないけど。
組み上げる途中で壁が飛ばされるので、急いで段を組み上げて土台の重石を作るという繰り返し。当然難易度も急上昇。
1回目、5段目で崩壊。2回目、7段目で崩壊。初の失敗か、と思われた矢先、8段目、見事に完成。パシャ!奇跡の一枚である。壁の崩壊具合から、難易度の高さが窺い知れるだろう。




難易度★★★★★
緊張感★★★★★


④ 傾斜

次に「傾斜をつけてみる」という方法で難易度を上げるアイデアを思いついた私は、手頃なもので傾斜をつけるにはどうしたら良いか少しばかり思案することにした。
ふと、目の前に、届いたばかりの「パンデミックイベリア」を発見。
「これだ!」
ゲーム会やカフェなどで一般的に使用されるゲーム箱程度の傾斜をつけた状態ならばどこまで難易度が上昇するのか、レッツ建築!

1回目、普通に組んでみる。3段目であっさりと崩壊。やはり傾斜がきつすぎるのか。
2回目も5段目で崩壊。ここにきて7段も積めない惨状。
よく考えろ。傾斜に合わせて壁カードをその都度組み上げ直す必要があるのではないか。

チャレンジ再開。次は傾斜に合わせて少し中央部の位置をずらして組み上げてみる。7段目、8段目・・・いびつな形の塔が組み上がる。
く、クリア!やはり人間、不屈の精神があるからこそ成長することを実感。先日惜敗を期した某若手棋士もこれを見て是非頑張ってもらいたい。(偉そうに…)



難易度★★★★★
技巧度★★★★☆

⑤ ボール

次に「不安定で動くもの」という観点から「ボールのようなもの」にチャレンジすることにした。
本来ならばビー玉やパチンコ玉が用意できればよかったが、たまたま目についた「カラハ」の玉があったので、こちらで代用することにした。
早速チャレンジ。しかしこれまで数々の修羅場をくぐり抜けてきた私にとって、もはやこれくらいの障害など取るに足らず。あっさりとクリアできてしまった。完全に感覚がマヒしている。果たしてこの先、ちゃんとした研究結果が生まれるのだろうか。




難易度★★☆☆☆
色彩度★★★★☆

⑥ ビーズクッション

羽毛布団という難易度の高騰するものは確かに良いかもしれないが、いざゲーム会などに持参するとなると軋轢が生じることは確かだろう。
ならばもっと手頃に手に入るものを考慮しなければならない。
そこで「ビーズクッション」の登場である。これならばぬいぐるみ売り場で比較的容易に手に入るではないか。早速チャレンジ。

うむ、これも羽毛布団ほどの難易度の上昇はないが、足場の不安定さにより難度を上げることはできたかな、という印象。
こんな口ぶりではあるが、実は撮影の際、油断して2回写真を撮り損ね、この写真は塔を組み上げた3回目であることはここだけの話にしてもらいたい。



難易度 ★★★☆☆
女子ウケ★★★★☆


<結論>
今回の調査結果、難易度をランキング形式にすると

1位 羽毛布団
2位 風(扇風機)
3位 傾斜
4位 ビーズクッション
5位 ボール、スポンジ

<感想>
手頃なもの、身近なものでも意外と簡単に難度を上げることができ、これならば狂信者も安全安心、しかもいずれの場合においても、ちょうど完成間近の8段目で崩壊するというゲーム的にも美味しいバランス。
ここまで計算されているとするならば私の中のBABEL愛はますます深まるばかり。

このゲーム、最高っす。



下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...