2019年6月8日土曜日

自分の姿を探すためー名古屋の旅で考えた由無し事ー

ボードゲーム会に持ち込む作品は、自分の遊びたいものばかりをチョイスするのではなく、現在の流行や、滞在時間、会全体でプレイされている作品を事前に予習した上で、全体の流れから勘案し、厳選して持ち込むようにしている。
本当に遊びたい作品はまた別の機会に、と。
たとえ個人的には絶賛する作品であっても、周囲の状況を鑑み、やむなくリストから外される、
そんな作品も多い。

そんなことを考えるうちに、いつの頃からか、私はボードゲーム会に「自作のボードゲームクイズ」と「早押しボタン」を持ち込むことをやめていた。



先日、名古屋へと足を運んだ。
ゲームマーケットの締め切りに追われ、制作中はなかなかご挨拶のできなかった方へ、小冊子を届けに上がることが主たる目的だ。

諸所のトラブルに見舞われながら、無事に名古屋へと到着。
今回のゲームマーケットで素敵なビーズのペンダントを作成していただいた「あいこん屋」の「たま様」と合流する。

ボードゲームは始めたばかり、でも、ゲームマーケット自体には関心があるらしく、気になる作品を伺ったところ、幻影探偵団、CMYK!などの話題作を答えてくれた。

たま様と合流し、その足でゲームストア・バネストへと向かう。

店長の中野さんはこの日もTシャツ姿で動き回っており、所狭しと並べられた国内外のボードゲームに囲まれた空間で、中野さんの活気ある声が飛び交っていた。
「宝の山ですね」と語るたま様だったが、おそらく興味のない方からすれば「おもちゃの延長線上」にしか映らないことだろう。
宝の山や、中野店長に差す後光などが見える由縁も、ひとえにその人が持つ知性と興味とが織り成せる技だ。

しばらくすると、ポッドキャスト「今夜もアナログゲームナイト」メインMCの太陽皇子、アシスタントのプーさんらが来店される。
御二方ともバネストには大変親交のある方々だ。

ポッドキャスト内では、特に皇子の巧みなインタビューが印象に強く、その際の何かコツのようなものをお聞きしたかったのだ。
皇子曰く、事前に台本を用意し、聞いて欲しいこと、ここはカットするところ、などを綿密に調整するとのこと。
自分の聞きたい事項を、その場の思いつきでポンポンと投げかけるようでは、それはインタビューではなく「尋問」になってしまう。
「相手への気遣い・心遣い」、それこそが皇子の番組が多くのリスナーに長く親しまれる所以なのかなと感じとれた。

たま様と別れ、皇子が主催するボードゲーム会「アナログゲームギークバー」へと向かう。

会場となるピアノバー「アドリアーノ」は、平日夜の時間帯ながら県内外を問わず多くの参加者が集い、各々が「ボードゲームが好き」、「遊ぶこと、ともに卓を囲むことが何よりも好物」というベクトルに沿う形でひしめき合った。

各テーブルに分かれ、私は前々から興味のあった「モザイク」という作品をプレイする。
タイル生産で有名な岐阜県多治見市のボードゲーム製作者が、地元のタイルを活かした作品を、という願いで作成された作品だ。




(写真はモザイク・クオも含めた4人対戦)

囲碁とパズルを合わせたような、実力勝負の中で意図せず爆発的な連鎖が発生し、都度、逆転劇が繰り広げられる。
特に今回はチーム戦ということもあり、自分だけではなく、相手への絶妙なパスワークも必要とされる。
見た目の鮮やかさと造形美からは想像もつかないほどの不思議な作品に、思わず魅了された。

第二部
好きな作品を、ということだったので、恥ずかしながらも自作のクイズセットを取り出す。
愛好される方、ボタンを押してみたかったという方数名で、クイズの卓が催されることに。

ゲームマーケット以来の問題読みで幾らかの失敗はあったものの、無事に収集がつき、自分の満足する形でゲームを終えることができた。
その場を取り払うかのように次の作品へと移行する。
やはりいざという時に自分の作品を大手を振って紹介するほどの、今風の言葉で「高い自己肯定感」なんて、とても湧くものではない。


名古屋の旅を終えた私は、帰りの新幹線に揺られつつ、またいつもの作業へと移行することにした。
前回のブログで「休みを入れる」と綴った舌の根も乾かぬうちに、この体たらくぶりである。

暗闇だけが過ぎ去る車窓をぼんやり眺めつつ、自分が「読まれるかどうかもわからない小冊子」をどうしてここまで制作してきたのか、その理由について、改めて考えることにした。

大枚をはたいて出展し、制作を続ける意味ってなんだ?
自分が好きだから、という曖昧な動機でも、儲かるから、といった目に見える動機でも、そのどちらでもない。

おそらく自分の中の根源は、もっともーっと単純で
「制作しました」→「読みました」
そんなコールアンドレスポンスを受け取ることができたからこそ、ここまで心身ともに継続できたのではないか。
頑張っただけではなく、その証として、少なからず反応がある。
良かれ悪かれ、何かしらの反応があるからこそ、反省が生まれ、また次へのモチベーションが醸成される。制作し、当日にそれなりの売上を見せ、ハイ次、だなんて、それは何だかすごくもったいない気がするのだ。
綺麗事かもしれないけれど、私の中でゲームマーケットはあくまで区切りの一つであり、当日いらっしゃらなかった方、入手を逃した方などに向け、広報活動はこれから先も続くものと考えている。

だからこそ、応援していただいた方、自分が応援したい方に、自分の表現しうる現時点での最高傑作を、自らの足でお届けにあがりたい。
そこで上がったレスポンス、感想やアンケートの評価といった目に見えるもの、もしくは、直接お会いした際にかけられる何気ない「いつも読んでます」の一言が、実は自分にとって恐ろしいほどのモチベーションに繋がっていたのではないか。
今はそんな気持ちで溢れている。


次は2週間後の大阪。「いかが屋」様が主催する「クリエイターズ交流会」、それが終わると、7月の北海道ボドゲ博まで一直線だ。
交流会の中では、主催者の意向で「肩書き」を作るように宿題が課せられている。
何でも良い、自分を表す何かしらの文言をつけるように、とのことだ。

私の肩書きって、なんだっけ。
「ボードゲームのクイズ制作」
少し前までの自分ならば、自他ともに認めるそんな肩書きがつけられたかと思う。
制作をガラリと転換させた昨年末から数え、早半年が経過した。
ブログを出版し、なぞなぞを作り、あまつさえ4コマ漫画を描くなど、クイズ以外にもあれこれそれと手を出した自分の姿は、少なくとも半年前の自分は想像すらできなかったに違いない。

有り体な例え話だが、「目」は常に正面を向くように造られている。
鏡でも使わない限り、自分で自分の姿を目視することはできない。
自分の姿を確認するためには、己を向く他者の目が必要となり、それらは何かしらの交流を通じることでのみ培われるのだ。

だから私は、ボードゲームと同じく、相手との対話を何よりも大切にしたいと思うし、それこそ応援してくださる方に対しては、居丈高になることなく、できうる限りのおもてなしを持って返したい。
先に挙げた「コールアンドレスポンス」の土壌を、自ら動きやすい形で整えるのだ。

そして生まれる「対話」を通じ、今の自分が、何を見て、何を考え、相手に何を提供でき、そして相手から何を受け取れるのか。
それらをすくいあげ、こし取り、バラバラとなった破片をパズルのようにつなげる中で、うっすらと垣間見える「自分の姿」。

それこそが作品を綴る中で、自分が最も大切にしたかったことだったのか、そして、これまで小冊子を綴ることができたモチベーションの最たる所以だったのかな、と、今回の名古屋の旅を終える中で、そう結論づけた。


バネストでは9月14日(土)に20周年記念ゲーム会が開催される予定だ。
私もいつか何かしらの形で、バネスト様を表現する役割の一端が担えたら、と、心から願う。











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