2018年3月24日土曜日

「常識」こそが「非常識」の話

3月24日放送のタモリ倶楽部「お釈迦さま生誕2480年くらい記念!お寺ゲームを通して檀家の増やし方を考える」の会を視聴した。
ようがくじ不二の会制作「檀家」「WAになって語ろう」の紹介や実際のプレイなどが放送され、ゆるく楽しむことができた。

その中でひとつ、タモリさんの発言の中の
「時間かかったなーこれ!」
という言葉に、少し引っ掛かりを覚えた。

時間かかった、というのは、手番にダイスを振り、出目に応じた「接待」と呼ばれる処理を確定、処理しつつ未確定のものを全て無くし次のプレイヤーに渡す、という一連の流れの話だ。

ヘックメックなどを普通にこなしているならば至って普通に見える。

あくまで推測の域に過ぎないが、通常のすごろくの場合、自分の番に介入できるプレイヤーはあくまで「自分自身」だ。
ダイスを振り、マスの指示に従い、駒を動かす、といった一連の行動を、基本的には「自分自身」で行う。
以前「人生ゲームの紙幣はなぜ今もドルなのか?(リンク元:ZAKZAK記事)」という記事を読んだが、日本という文化の特性上「お金の取引をあまり好まないと思う」という企画担当者の池田氏の談は、この「手番に他人が介在できる文化が未成立だった時代の流れ」ではないかと考える。

先のヘックメックの場合、あくまで私自身の場合に限った話だが、手番プレイヤーがダイスを振る手番の間、他のプレイヤーとなったら「イモ虫が出ているなら今取っておいた方がいいんじゃない?」「今25出ているなら、無理して狙うより、Aさんのタイル横取りしてみるのもいいんじゃない?」など相手に茶々を入れあったりもする。
ダイスを振るといった単純作業の中に、「相手との会話」がスパイスとなり、思いもよらなかった選択肢が生まれ、俄然面白みが増す。

この「檀家」も、一人黙々と接待をこなすというスタンスよりむしろ、ダイスの出た目をみんなでワイワイ議論しながら、会話ありきで楽しむことこそ、本質ではないか、と考える。



慣れていない方にボードゲームを紹介する際、この「普段、我々が「当たり前」だと認識していたことが、実はそうではなかった」問題に関し、つい先日もツイート上で「インスト、コンポーネント、サマリ、といった言葉は通じない」といった内容が取り上げられていた。

それを踏まえて、先ほどの「檀家」の説明部分を見返してもらいたい。
「時間かかった〜」から後の文章だ。
この部分がスッと頭に入るようならば、あなたはすでにボードゲームとしての知識を備えていると自覚してもいい。
先の文章を噛み砕いて説明するならば、こうなるだろう。(※一例です)

時間かかった、というのは自分の番にサイコロを振り、出た目に応じた「接待」と呼ばれるそれぞれの指示に従いつつ、出た目が全て決まるまで残りのサイコロを全て振り直し、サイコロの数を無くしつつ接待の指示を決定させ、サイコロがゼロになり、「接待」が終わった段階で次の人に順番を移す、という一連の流れの話だ。


私はここで「ボードゲーム初心者に対しても平易な言葉遣いを!」などと主張したいわけではない。
わからない方には、その都度、わかる言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
むしろ「そんなこともわからないの?」「そんなの知って当然でしょ」といった目線で語る行為を危惧しているのだ。

先日、横浜ゲームカフェ「ぶんぶん」様の生放送に出演する機会を設けていただいた際のこと、MCのNoisyGALSさやかさんが「こんなのわかんない人いるんですか?」と口にしたセリフに、つい条件反射で「それわからない人に失礼ですから!」と声を荒げてしまう場面があり、放送後の帰りに「言いすぎてしまった…」と自己嫌悪に陥った。
知識があるから、知識が壁となり、邪魔をする。
「郷に入っては郷に従え」などと都合の良いことわざを盾に取り、自分の身代に合わせようとする。
極端な例だと、津田塾大の創設者「津田梅子」は、幼少の頃から海外に長く滞在しており、日本に帰国した際、日本の文化はおろか日本語すらまともに口にできなかったというエピソードを持つ。


「ボードゲームは楽しいから、もっとみんなで遊ぼうよ!」と投げかけておきながら「でも専門用語や独自のルールに関しては自分で勉強してね」では、誰も入ろうとするわけがあるまい。
その辺り、サマリやコンポーネントなどの用語が一切登場しないUNOや人生ゲームの取扱説明書を一読すればわかってもらえるだろうか。

(参考:人生ゲームMOVE!ダウンロードFAQ

ボードゲームは楽しい、そして、楽しく遊ぶ姿は多くの方を魅了する。
ならば、排他的ではなく、もっと協調的でなければならないはずなのだ。
難しい話ではなく、わからない方には、その都度、わかるような言葉遣いで説明すればいいだけの話だ。
もちろん、それらは当然「購入者に丸投げ」ではなく、「周囲の人間全員でなし得る諸動作」であるべきではないだろうか。


4月になり、新しい人材が入る季節。
新しい風を入れるか、取り入れた上で社の気風になじませるか、
そんな問題が毎年浮上する中、この「ボードゲーム独自の文化」に染まっていた自分の立ち位置を時折振り返る重要性について、改めて実感する放送回だったように思えたのだった。



2018年3月18日日曜日

継続って難しい、の話

先般、人気ポッドキャスト「ほらボド!」が配信200回を迎えた。
祝福のツイートが多数寄せられ、アクセス数は過去最高を更新したという。
今回は、以前私のブログにも記事として掲載した(http://hibikre.blogspot.jp/2017/10/blog-post_20.html)が、改めて「継続すること」の意義について考えてみたいと思う。

ツイート上で毎日1問、ボードゲームクイズを出題している。
毎朝、出勤時に「#今日のTBQ」と題し、該当ツイートに表示する。
昨年12月から開始したこの習慣は、3月18日現在で87問目、3月末を持って、実に100問目を迎える。
毎日、たったの1問。
だから、ツイート上にこれまで目立った反響はない。
がしかし、これは決して「Bot」のような、登録してある問題をランダムで出題するといったものではなく、その日の私の気分で考えているものだ。
ひな祭りにはひな祭りに準じた問題を、バレンタインにはチョコレートにまつわる問題を出題したりもした。

Botに任せるのではなく「自分で毎日考える」
それには純然たる理由がある。
この「1日1問」を自分に課した動機が「自己鍛錬の一環」に依るものだからだ。
これまでボードゲームのクイズといった日陰なジャンルに目を向けてもらえることなどなく、少しでも興味を持ってもらえるよう、影の努力をする。
そのためには、何度も目に止まるよう街かどで配布されるチラシのような形で注目される、ツイート上で「バズった」ような注目のされ方も手段としては考えられるだろう。
しかし、今回の「1日1問」は、それらを取り払い、自己錬成に重点を置くこととした。
「毎日一問、必ず自力で問題を作る」
ツラくても、ネタがなくても、決して作り置きせず、その場で考える。
だからこそ常に新鮮な問題を提供することができ、また、自己の錬成による自信と力がつくのだ、と信じて。



ランニングに似ている。
「走るぞ!」と決めたら、無理なく走ることのできるメニューを考えなければ、すぐに挫折してしまう。
普段走り慣れていない人が、走る前段階から「早朝、毎日10km!」などのメニューを組み立ててしまうと、「今日は昨日頑張ったから」「今日は雨が降っているから」などと自分に言い訳をつけてサボってしまう、いわゆる「三日坊主」の憂き目に遭いかねない。

何故か。
それは努力の成果が実るために、しばらく時間を要することもその一因なのだ。
努力が成果として目に見えた実感として感じ取るまでには、しばらく時間を要する。
走っている最中は、ランニングの素晴らしさについて知る由もない。
息が上がり、体は重くなり、つらさだけが先行し、脳内でひたすらモチベーションの維持に奔走する、自分を騙し騙し、走り続け、自分が納得するまで力を出し切る。
走りきったあと、一息ついて体を休め、回復の期間を経たのちに、恐ろしいほど身についた筋肉の量を実感する。
あいにく、その実感する期間は、あくまで私の実感としては、少なくとも1ヶ月、ちゃんとした成果としては3ヶ月ほど時間を要するだろう。
「頑張ること」「頑張ればその場で成果が出ること」
そんな目立つばかりの努力ばかりに目を向けがちで、それまでのモチベーションを維持するといった(ある意味地味な)努力については、どうも目を背けがちではないだろうか。
無論、ランニングに限った話ではない。勉強だって何だって、できる人間は常日頃から努力を怠っていない。
「どうしてそんなに勉強できるの?」
それは、あなたが「無理だ!」と突き放し放棄した作業を、延々延々と繰り返していたからなのである。


では、肝心の「モチベーションの維持」に関しての話に移る。

継続するコツは、継続を続けている人ならば皆が知っている。
「無理をしないこと」
「労力を最小限に抑えること」
「頑張らないこと」
これに尽きる。頑張ってあれもこれも、と頑張りすぎると、先に挙げたように、次に向けて期待されるハードルも高くなるだろうし、そのために背負う労力、エネルギーもねずみ算式で増えて行く。
適度に休憩や遊びの部分があるからこそ、長く続く。
機械だって、車のハンドルだって、みんなそう。

また、脳は大きな変化に対しエネルギーを消耗する生物と聞いた。
いわゆる「老害」と呼ばれる問題は、この「年配者が新しい慣習を受け入れることができず、自分だけのしきたりだけで物事を取り仕切ろうと考えること」による錯誤から生じると聞く。
それは、脳が老化するに従い、新しい物事を学習する能力が衰えるからだという。
脳の老化に伴う現象なので、実年齢に比例することなく、若年層であっても、俗に脳年齢の高いとされる人は、総じてこのような傾向にあるとのことである。


明日を憂い、食料を備蓄する。
しかるに、あくまで耳学問ではあるが、保存食の缶詰の大半が「不味く」作られている理由の俗説には「美味しいとつい食べてしまうから」「不味く作り、その状況下でも口にせざるを得ない、それが保存食の意義だから」と知った。
確かに、各国の軍隊のレーションなどを見ると、甘くべとついた、カロリー計算しかなされていないような糧食の数々が目につく。

継続する場合もそうだ。
備蓄してしまうと、備蓄したものには何らかの「カビ」のようなものが生えてしまい、最悪、お蔵入りのまま処分する形となる。
だから日々継続するためには、毎日同じメニューをただこなすのではなく、その日の特性などを勘案した話題提供などを必要とされるのである。


「この春、自分自身を変えたい」
そう考えている方へ。
毎日少しずつ、何かを継続されてはどうだろう。
好きなことでいい。簡単なことで結構。
ただし、雨が降っても、雪が降っても、毎日毎日、できることが条件だ。
「簡単なことじゃないか」周りはそう馬鹿にするかもしれない。ひょっとすると、自分自身すら「ナメてかかっている」ことだろうかと思う。
継続の強さ、計り知れない難しさとは一体何か。
総じて、中国の老子が提唱する「道」の精神とは何か、弱い力で毎日継続することがいかに難しいのか、それらを体感できただけでも収穫だと考えている。


継続することを愛し、その愚直に戦い続ける姿が多くの国民の心を打った、往年の名プロレスラー、ジャイアント馬場こと故・馬場正平氏の名言がふとよぎる。

アナウンサー「(5000試合達成のインタビューにて)次の目標は6000試合ですか?」
「5000の次は、5001」

2018年2月24日土曜日

「好き」を「嫌い」に変えないで

昔話をしたいと思う。

小さい頃から本を読むことが大好きで、外に出て遊ぶより、家に閉じこもり、ずっと絵本を読む方が好きだった。
本を読むことも好きだったので、必然的に、読書感想文をつけることも好きで、当時つけることになっていた小学校の読書感想文ノートは、一年生の立場でありながら、学年はおろか、学校内でもダントツの冊数を誇っていた。

もちろん、県内の作文コンクールも総なめにし、小冊子に名前の掲載されない冊子などない、当時はそう言い切れるほど山ほどの賞状を持って帰った記憶がある。

そんな読書感想文だったが、一時期、見向きもしたくなくなる程嫌いになってしまう時期があった。

読書感想文は、決まって、当時の担任の先生が褒めてくれた。
字の丁寧さや分量の多さなど、思い返せば、その褒め言葉の語彙も豊富で、同じ言葉を二度使われた記憶がないくらい多くの言葉で当時の私を褒めてくださった。

そんな先生が、10月の或る日、育児休暇に入ることとなり、代理の先生が入ることとなった。

その先生も、今思い返せば、特段悪すぎる、というわけではなかったのかもしれないが、読書感想文に関して、一つ引っかかることがあった。

12月に行われる県の読書感想文コンクールに向け、先生から全員に宿題として作文を提出された。

私は何の苦もなく、嬉々として原稿用紙3枚ほどを書き上げ、翌日、先生に提出したところ、その日の終礼で
「番次郎くんは放課後、残りなさい」
と呼び止められることになった。

皆が4時間目で切り上げる中、私は先生から「君は文才があるようだから」という言葉と、赤文字でびっしりと修正の加えられた作文用紙に身じろぎしながら、先生とつきっきりで、その日の夕方遅くまで、読書感想文を書き上げることとなった。
その日だけでは収まらず、翌日も、そのまた翌日も、赤文字だらけの習性は何度となく加えられ、書き直し、書き直し…。
月曜日に始まったこの放課後居残り作文は、結局、その週の金曜日まで続くこととなった。

下校途中、一人、私は涙を流した。
「どうして?今までみんなが褒めてくれた読書感想文が、どうして急に「居残り勉強」になっちゃったの?」
親に尋ねるも「あんたのことを認めてくれたのだからありがたいと思いなさい」の一点張りで聞く耳持たず。
誰もわかってくれなかった。

「こうしてほしい、ああしてほしい」
周りの期待(という名目の「都合」)があるからこそ、それとは反比例する形で、当人には余計な苦しさが付加される。
それが発端となり、これまで幸せに映った風景が、一転して奈落の世界へと叩き落とされることだってあり得るのだ。
結果、作文コンクールは見事に落選した挙句、私はしばらく作文に関して見向きもしなくなってしまった。

期待をかける側と、かけられる側の、意識の齟齬。
記憶は定かではないが、有名な音楽家にも、神童と呼ばれる才能がありながら、酒飲みの父親がスパルタに育て上げた影響で一時期音楽から離れたというエピソードがあったはずだ。

ボ育て、という言葉が私の周りで盛んに叫ばれている。
その本質は「ボードゲームを通じ、多くのマナーを身につけよう」であり、決して親の「エゴ」ではないはずだ。

少なくとも私はそう願っている。

2018年2月19日月曜日

私の応援メッセージ その1

先日、とある席上で、こんな話を耳にした。

「海外のゲームクリエイターは非常にもてはやされている」

この言葉を受け、私はいても立ってもいられなくなった。
どうしても、今すぐにでも、感謝の言葉を伝えたい。

今回は私の尊敬するボードゲームクリエイターに焦点を当て、日頃、なかなか伝えることができなかったお礼の言葉を、このブログを通じ、述べさせてもらいたいと思う。
時間と体力の都合上、5人に限定させてもらった点、ご了承願いたい。

1.ノスゲム様(代表作:マムマムマーガレット、マトリンゴ)

安価を追求しがちなボードゲームの世界に、敢えて「高い品質と優れた芸術」で勝負し、現在も独自の路線で活躍する私の中では頑固職人的存在。クオリティは言わずもがな。洋風に和のテイストが絶妙にマッチしたウッドバーニングの技法は、メルヘンチックな世界観との相性も抜群で、見るものすべてを魅了する。
もちろんゲーム性そのものの完成度も高く、飾ってよし、遊んで良し、ボードゲームの新たな形を模索した先駆的存在とも言えるでしょう。前年度からその技術を活かしたトートバッグやエプロン製作などにも力を入れるなど、多方面で露出のある一年となることと存じます。山梨のクリエイターとして、陰ながら応援したいと思います。


2 かぶけん様(代表作:戦国ドミノ、アニマルズ)

激動となった一年の果実を、そろそろ手にできた頃でしょうか。「浪速のクニツィア」の異名を持つだけあり、手がけたゲームは動物や可愛らしいキャラクターをあしらうなど間口を広げつつ、中身はしっかりと腕を必要とする頑固な職人系の作品が多く、裏を返せば、「やればやるだけ上手くなる」といったゲーム根本の面白さを熟知されている第一人者と言えるでしょう。
人柄も明るく、時にそれが多くの人の賛同を集め、長年の夢であったと称される名作「コプラス」は無事完成に至り、再生産プロジェクトも多くの方から予定を超える注文数に至るなど、もはやその世界は最早「浪速」から「日本を代表するクリエイター」として呼び声高い存在となったのではないかと存じます。


3 ぎゅんぶく様(代表作:ワンナイトマンション、スノーマンション)

手に取った第一印象は実に猟奇的な作品でしたが、内容は実にフレンドリーな作品でそのギャップに驚かされた印象が深いです。
ツイプラを立てると、必ずといっていいほど多くの人で賑わうイベントとなった「ワンナイトマンション」は、関東各地のイベントで引っ張りだこの人気クリエイターですが、本人はそんなことなど気にかける様子もなく、いたって普段通りの笑顔で振舞います。
それもそのはず、制作者のぎゅんぶくさんの人となりを知ると一目瞭然、とてもほがらかで、人当たりも良く、インストも大変上手く、何事にも動じない、もちろんゲームをプレイするときは本気になる、本当にボードゲームが好きで、そして自身の作品をもっと多くの方の手にとってもらいたい一心があるからこそ、ここまでアグレッシヴに活動される、まさに「ゲーム制作者かくあるべし」ではないかと、私も肝に銘じながら今後の活動に勤しみたいと思います。


4 あんちっく様(代表作:ディレロア、すごろくダンジョン)

ゲームマーケットなど各地のゲームイベントに自家用車で馳せ参じては、独自路線のカード、ボードゲームを中心とした販売を手がけるデザイナー様、兼ねてから「変則将棋」の名手としても知られており、趣向を凝らしたアブストラクトはその辺りの技巧を取り入れたものだと思慮できます。
ツイート本文もいたって爽やかなお兄さん。明るくユーモラス、だからこそ何でも新しい作品や作風を取り入れ、チャレンジする気風が見られるのでしょう。自分の考えや古い慣習などに固執することなく、柔軟な思考ができるからこその各種作品は、値段もとても良心的でユーザーフレンドリー。ボードゲームの本質とは何かを突き詰めた場合、個人的には、この方の活動に行き着くのではないかな、と改めて実感する次第です。

5 yasーo様(Kawasaki factory プロデユーサー

正確にはクリエイターではなく「プロデューサー」なのですが、尊敬している方なので応援させてください。
天は二物を与えずと言いますが、この方の類い稀なる才能を見る限り、神様の不公平を呪わずに入られません。自社制作の作品を数多くプロデュースされるだけではなく、言わずと知れた「ワードバスケット初代名人」の称号を手にされ、それだけにとどまらず、流れるようなインストの巧みさや各種ゲームの技術や溢れんばかりの知性、そして私のような始めての人間に対しても丁寧にエスコートできる優しさ、何より、外見から漂う気品は多くの女性を魅了してやまないでしょう。
その天才が満を辞してプロデュースされた自信作「アニマーレ・タッティカ」は名の通り高い戦略性で多くのプレイヤーをうならせ、私の中の不朽の名作に君臨し、今でも各種ゲーム会に必ず持参するまでに愛着を持つようになりました。


他にもまだまだ、尊敬すべき方はたくさんいらっしゃいます。その2があれば是非その際に紹介したいと思います。

皆さんの共通点として「笑顔が眩しい」ことが挙げられます。

普段人見知りの激しい私でも、優しく(それがたとえ営業スマイルだろうが)エスコートしてくださった方ばかり、だからこそ、多くの方に愛され、多くの方から作品を寄せられたのではないか、と想像すると、クリエイターの人となりはその作品に如実に表れるものであり、また、クリエイター自身を創造するものは、やはりそのひととなりであるのかな、と妄想するのでありました。

日本中の全ボードゲームクリエイターの皆さまに、幸あれ!






2018年2月12日月曜日

井の中の蛙と大海と ーニケ静岡で学んだ話ー

(2月12日 PM19:30更新)

私の住む山梨県のお隣、静岡県に、「ニケ会」と呼ばれるゲーム会があるという。
かなり評判の良いゲーム会ということで、前々から行こう行こうと思いつつ、これまで行きあぐねていたのである。
ようやく日程を取り付けることのできた私は、前日からすでに緊張して眠れなかったほどだ。
その一部始終を書き留めておきたいと思う。


早朝に目が覚め、どうしてもその日に済ませなければならない用事を猛烈な勢いで片付けた私は、大きなスーツケース2つ分の荷物を抱え、車で2時間ほどの、グランシップ静岡に向けて出発した。

PM13:30、何とか到着
60人規模の会場は既に大勢の人でにぎわっていた。
子供から大人まで、受付の方曰く、常連から(私のような)初参加の方も大勢いらっしゃるのだという。
緊張の面持ちで辺りを見回すと、名古屋からはポッドキャスト「今夜もアナログゲームナイト」でおなじみの太陽皇子のスタッフも駆けつけていらっしゃる。
同卓では中野のkurumariでお会いしたピピタパンさんやじゅんやさんなどもご一緒だ。
テーブルでは「フリッケンアップ」と呼ばれる作品がすでに始まっており、子供たちも交えてプレイされている。皇子のインスト術は、いつ聞いても丁寧かつ無駄がなく、とてもわかりやすい。

遠方から歓声を送りつつ、私もその場に混ぜてもらった。

ゲーム自体はそれほど難しいものでもなく、白と黒のコマに分かれ、相手の駒を指で弾き倒すことが目的のゲーム。大人に混じり、子供達も混じっての参戦だ。
しかしこれが思うようにいかない。場所を移動するか、遠方から一気に弾くかの判断は非常に難しく、失敗する姿を子供らに嘲笑され、思わずむきになってしまう。
それでも、上手く相手のコマを弾き飛ばせたときにはハイタッチをするほど嬉しくなる。
この辺りのさじ加減が、この作品の最大の魅力と呼べるのだろう。

少し休憩を取った後、次は私の手持ちから「ナンバーナイン」を広げることにした。
私は手持ちのゲームを得手不得手特に気にすることなく持参する性格なので、説明はするものの得意である保証などないわけで、当然、このゲームに関しても、私自身は相変わらずビリを独走していた。

昼過ぎに到着し、気がつけば時刻は4時をまわっていた。
頃合いを見計らい、私のボードゲームクイズを広げることに。
早押し機や、このために作成した新作問題も用意し参加者を募ると、物珍しさからだろうか、周りに少しばかり人だかりが出来た。
準備も整い、和やかな雰囲気から少しピリリとしたムードへと切り替わる。それらを一緒くたにしつつ私のクイズは進行した。
念願叶い、太陽皇子が回答者として参加される機会に恵まれた。ピンポンの正解音、「正解!その通り!」という私の声に、思わず周囲から歓声が上がる。
この盛り上がりだけでも、参加する意義は十分あったといえよう。

夕方6時を回るというのに、人だかりは一向に途絶えることはなかった。
このゲーム会の特徴として、個人が「面白い」と思ったゲームならばなんでも、みんなが面白さを共有することにあった。
こと、各地のゲーム会やゲームカフェといえば「誰それが新作を持ち寄り、新作ゲームをプレイする」といった、ともすれば「ゲーム品評会」に傾注するきらいがある。
しかし、このニケ会では「カタンやろうぜ」や「ナンジャモンジャをしましょう」など、往年の名作ゲームを、普段の通り、みんながワイワイ遊ぶような光景が見受けられた。

もちろん「ブタ牧場」「象のトランペット」「キャッシュ&ガンズ」など海外の名作も数多くプレイされてはいたが、ゲームの希少価値などまるで気にすることなく、参加された方全員が、童心に返り、ワイワイと遊んでいる。
小学生であろうとも、きっちりと戦略を立てながら真剣にカードを切り、大人サイドも、子供だからといって容赦することはしない。
大人と子供の立場はあくまで対等であり、フラットな世界が醸造されている。

しかし、それらは同時に笑顔を育んでいた。終了後は対戦者同士が互いにハイタッチするような、しがらみのない、ラグビーの「ノーサイド」の世界がそこには広がっていた。


これらは、「ボ育て」や「ボードゲームの各種メリット」といった形態で各種メディアがこぞって取り上げている「ボードゲームかくあるべし」といった、目指すべき理想の姿ではないだろうか。

フラットな立場での真剣勝負は、同時に、双方に自然と笑顔を育む。
真剣に相手に向き合うからこそ、相手のことを真に分かり合える、
そのための空間こそが、まさにボードゲームがもたらす恩恵であり、ニケ会に参加された一人一人が、少なからずその恩恵に授かっているのだろう。

桃源郷という言葉があるならばこういった世界のことを指すのではないだろうか。

そんなことがふと頭をよぎった。

時間を惜しみつつ、私は帰りの高速へ車を乗りつけた。


さて、以前も記事にしたのだが、私は有意義な時間のあとになると、必ず気持ちが落ち込んでしまうクセがある。
これにはいつも、ゲームをやり尽くした後の疲労感に伴うものだとのだろうかと自分で慰めてもいたのだが、どうやらそれは少し錯誤が生じていたのかもしれない。

「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がある。

何も知らないカエルのような自分にとって、今回の大規模なゲーム会は、まさに「東海の大海原」とも呼べる。
自分の領域、そして新たな可能性を改めて知ることができたこと、さらにこの「ニケ会」が取りなす大きなフィールドを垣間見ることができた時の、軽い絶望。
「まだ足りない、まだ自分には足りないんだ」
自分の小ささを自覚することへの、抵抗と、恥辱。
ブルーな気持ちの根源は、疲弊した体力も相まって、それらが加算されて生じるものだったのだ。

しかして、それらは、しばらく経過した後に、必ずや悲しみから野心へと取り変わっていく。
体内の自浄作用は、時間の薬を交えた上で、自ずと修復するように出来ているものなのだ。
あくまで自分の中の経験則だが、これまでもそうだったし、これからも、きっとそうに違いない。


きっとしばらく時間を要するだろう。
けれど、それは次回に向けての血となり、肉となり、自分の中の新たなエネルギーとなり、生まれ変わっていく。
巡り巡って、自分の中の未知なる領域へ、そしてそれらは、この「ニケ会」が進む新たな一歩の糧へと、回帰していくものではないだろうか。


学ぶことの意味合いが非常に大きかった今回のニケ会で、とても多くの人に出会い、ボードゲームに触れ、そして数多く学ばせてもらい、主催の方をはじめ参加されました方々、大変感謝しております。

ありがとうございました。是非、次回も、参加致します。

<オマケ>
当日披露いたしました動画クイズを公開いたします
よろしければ御笑覧ください



2018年1月27日土曜日

夢を持つことと積みゲーの話

あくまで僕、一個人の意見として聞いて欲しい。

夢を持て、と人は言う。
それは夢を持つ、持たないとでは、モチベーションそのものに計り知れないほどの差が生じるからではないだろうか。

今回はそんな話をしたいと思う。

四、五年前になる。
とあるマラソン大会に出場することとなった私は、現時点での体力に自信を持つことができず、半年前の丁度この頃から入念な走り込みを行った。
計画的な練習メニューと準備、業務調整に至るまで、細部に渡り練習メニューをエクセルで取りまとめた。
強度別の練習メニューから休息の日時、更には本番から逆算した食事や睡眠のメニューまで取り込んだ日程調整のおかげもあり、本番は無事に完走するに至り、念願のメダルを手にすることができた。

「今でもこのメダルを手にするたびに、辛く苦しかった日々を…」
といった美談があれば良かったのだが、内実、傍観したところで腹もふくれないメダルなど、手に入れてしまえば単なるオブジェと化してしまったのだ。

何故だろう。
あれだけ、生活のほぼ全てを犠牲にしてまで手に入れたといっても過言ではない、そんなメダルだったはず、なのに、だ。

思うに、夢という存在は、やはり「夢」なのだ。
夜、眠っている時に見るものと同義だ。
つまり、覚めて現実に戻ってしまえば、よほど強烈なものでない限り、時間とともに消えてしまう。
現実という存在に、帰結してしまうのだ。

ボードゲームを買って、買ったまま積んだまま放置する問題に似ている。
せっかく高いお金を出して購入したボードゲームを、どうして積みっぱなしにしてしまうのか。
買って遊ぶだけ買えばいいではないか、と、側から見ている人はそう指摘するが、やめられない。
それは、ボードゲーム購入の中に、「夢」すなわち「空想世界で楽しむ作業」という工程が含まれているからではないだろうか。
到着し、現実に手に入れたという「満足”感”」と「充足”感”」で、すでに夢の作業工程は満タンとなり、入手できたボードゲームは付随的なものとなったから。
無理やりこじつけると、そう理論づけることができる。

「こんなこといいな できたらいいな 
あんな夢こんな夢 いっぱいあるけど
みんなみんなみんな かなえてくれる
不思議なポッケで かなえてくれる」

この印象的な旧世代のドラえもんの歌詞は、現在、少し変更されている

「大人になったら 忘れちゃうのかな
そんな時には思い出してみよう
(中略)
ドラえもん そのポケットで かなえさせてね」

夢をなんでもかなえてくれる、いわば「現実にはあり得ない世界」を提示した歌詞とは対照的に、新世代(といってもだいぶ年数は経過したが)の歌詞は「この夢のような世界は未来に起こりうるかもしれない」といったニュアンスを含んでいるようにも受け取れる。
あくまで筆者の憶測に過ぎないが、時代の経過に連れ、不可能と思われたことが次々に可能となった現代において、夢の存在意義が「かなわぬもの」から「かなえるもの」へとシフトチェンジしたからではないだろうか。

何か長期的な作業を行うに当たり、高いモチベーションを維持するためにも、夢を見ることは決して悪いことではない。
しかし、その「夢」の存在意義が「叶わないもの」であるならば本末転倒だ。
なぜなら、夢はもはや「かなえられるもの」として存在するものであり、叶えるに至る過程こそ、重要視しなければならない存在であるからだ。
目の前にポンと5000兆円提示されたら確かに嬉しいはずなのだが、それがはたしてモチベーションの維持になるかと言われると疑問符が生じる。
同じ夢ならば、汗水垂らして手に入れた5000円ほどの利潤に俄然価値を見出せると言えるのではないか。
(少なくとも私自身はそうだ。あぶく銭なら躊躇せずに使い込んでしまうことだろう)


夢という建造物は、自分自身で、土台からコツコツと作り上げるからこそ、アリ塚の如く頑強となる。
近道など使うことなく、地道に、地道に、歩んだ人間こそ、夢の土台は日に日に強度を増し、どんな雨風にさらされようとも揺るぎないものとなるのだ。


受験シーズン、そして、ゲームマーケット制作追い込み段階、皆様に、陰ながらエールを送ります。





2017年12月19日火曜日

氷壁にピッケルを打ちながら(僕のゲームマーケット奮戦記 その1)

ゲームマーケットに関する、私の奮戦記です。
ただ、かなり長くなると判断致しましたので、少しずつ、更新したいと思います。
ごゆっくりお楽しみ下さい。



序章


元々、クイズを作ることが好きだった。
それ自体は自己完結で収めておけばいいだけの話。
ツイッターに「できました!ボードゲームのクイズです!」と取り上げても「難しい」「できない」の意見ばかり。
そもそもこの時「クイズとボードゲーム」の相性に、誰もが敬遠していたかもしれない。
2016年冬、私はそれでもクイズを作っていた。

ゲームマーケット春が終わり、手元に数多くの新作ゲームが並ぶ。


小冊子にしたいという思いはこのころから湧いたものだったと思う。
そう、漠然と、なんとなく。

背中を押してくださったのも、ゲームマーケットに長年携わった出展ブースの方だった。
「2次が空いてるよ。出てみたら?」
「クイズなんて、誰もまだ手をつけてないんだし、やってみたら」
クイズの本を頒布したい、それは私自身たっての思いだった。
しかし、今一歩踏み出せないそれら最大の要因は、先述の通り「誰も反応しないこと」に尽きる。
配っても配っても、誰も手に取ってくれない。
ゲーム会で「クイズをしましょう!」と持ちかけても、誰も反応してくれない。
クイズに対するなんらかの壁、認識の乖離、
出版するにあたり、私が挑まなければならない相手は、そんな大きな障壁だと、当時は気づくよしもなかった。

ともあれ、出展そのものは流水のごとく決まっていった。
「応援するよ」
「頑張って」
そんな励ましの言葉をもらいながら、いつしか私は、買う側の立場から一転し、売る側の立場へと変貌を遂げる。
本当にこの業界の方々は暖かだ。


8〜9月

何も考えていない、では余りにもお粗末だ。ことを起す以上、作戦を練るのは軍事としても、ビジネスとしても当たり前の算段であり、何かしらの戦略を組み立てなければ、それらは単なる「フリマの延長上」に過ぎない。
軍事史を紐解くと、主要指揮官の下には、副指揮官を筆頭に、広報担当、情報担当、作戦参謀、補給担当、の四役が控えているのだという。
まずは8〜9月までに行なった活動を、それら4項目を軸にあげていきたと思う。

広報活動

広報活動、何はともあれ、宣伝活動から足場を固めていかなければならない。根拠はないけれど、知ってもらわないことには始まらない、という漠然とした私のイメージだ。
取り掛かりは、目に見える広報活動、まずは「サークルカット」だろう。
このサークルカット、提出を求められる日時が9月半ば。実際にカタログが発行されるのはそれから2ヶ月後となる。
購入者層は当然カタログを読みながら「今回の目玉は何かな〜?」などと考えつつ思慮することだと思う。
しかし、ゲーム制作者にとって、9月の半ばにゲームの概案が出来上がっているケースは、よほどのことでない限りこんなんではないだろうか。
学校の勉強だって、2ヶ月前の履修要綱を前倒しにされると皆が慌ててしまうことだろう。
とはいえ、何も情報が記載されていないまま「新作あります」「お楽しみに!」だけが掲示されたサークルカットでは、広報としても何ら意味をなさない。
ゲームマーケット春を見ていても、やはり待機列で並びながら、蛍光ペンを片手に当日チェックする客層は多く散見された。
現時点で判明している情報を、出し惜しみすることなく、さらにもう一工夫欲しい。

デザインの本を読み漁る。
私のブースはI-006、TRPGなど、書籍のブースが並ぶ列だ。
傾向として、この物販のサークルカットは、かなり画力が高く、アニメ調のイラストが所狭しと並ぶ印象が強い。
書籍としてはクトゥルフ神話、または根強い人気のボードゲーム雑誌には、可愛くて胸の大きな女性が数多く登場する。
それらに対抗するためには
「空白を利用する」
そして
「メッセージを残す」
この二点に留意し、私はサークルカットを数パターン用意した。
「一答にかけろ」
「こたえにおいでよ」
「きみに、解けるかな?」
ボツになったメッセージを拾い集める。ニアピンはあるが、ホールインワンに届かない。
そんな中、クイズを作りながら、ふと、こんな考えが頭をよぎった。
「本を売りたいの?」
いや、違う。
私が売りたいのは、クイズを通じた「コミュニケーションツール」だ。
それは書籍の名を冠した、ある種の「ボードゲーム」と呼ばれる代物であってしかるべきだ。

私の中でそんな想いが、夏の日の入道雲のように、ムクムクと湧き上がる。

「読むボードゲーム、あります。」
サークルカットの文言は、そんな経緯で割とあっさり決まった。



情報活動

ネットのアンケートクイズは、得てして、高難度のクイズの正解率が高く、それらはクイズ製作者を錯覚させる。
わかる人しか選択肢を押さない、その事実に気がつくまでに、私はしばらく時間を要した。
つまり、全体の母数を知るための指標とはならないのだ。
宛になどならないし、してはいけない。
要するに、世間一般が「フリードマン・フリーゼのイメージカラーは緑色」だと知っているわけではないのだ。
ちなみに、この問題のTwitterアンケートでの正解率は実に80%を超えている。

怖い。
クイズ製作者は常に恐怖と戦っている。
問題に正解されると、あたかも人格を否定されているように思える。思えてしまう。
ゆえに、自ずと挑発的とも思えるような高難度の問題を作成するきらいが生じうるのだ。

問題作成に関しては、ある程度、メンタルの整った状態で作成できる環境があれば最高だ。
ひとまず、現段階では無理だろう。その理由は推して知るべし。



内容の充実

三番目の作戦参謀、これは内容の更なる充実に関する記述をあげていけば良いだろうか。

そもそも、この「ボードゲームクイズ」という存在は、別に真新しい、私が先駆的存在というわけでもない。
ネット界隈には数あまたのボードゲームというジャンルの問題が存在する。
関西老舗のゲームカフェ「デザートスプーン」では「ボドQ」と称するアンケート形式の問題を不定期に実施していた。(現在は停止中)
また茨城近隣を拠点に活動する「すぎ」氏は「コンポーネントクイズ」と称し、カードやコンポーネントの写真を示した上で「わかった」「わからない」といった形式のクイズを披露、今年のゲームマーケット春には書籍も出版されている。

そんな中、私は純粋に「クイズ」しかも「クイズの部分に特化した」作品を作り上げることに、何の需要があるのだろうか。

そんな折、「ボードゲーム王決定戦」の知らせが届く。
聞くと、この予選種目の中に「ボードゲームクイズ」があるというではないか。
願ってもない特需!
私はこの機会を逃すまいとし、零細時間をほぼ全てクイズの作成に取り付けた。朝も晩も、食事中も、寝る前も、片時もボードゲームのクイズ作成に明け暮れた。
「できました!クイズの予選にどうぞ!」
元々、BOTの為にと用意していた400問に、大幅な問題を再構築し、さらに、新たな問題を加えた620問を、ネットワーク上で一般公開した。

1ヶ月後、ダウンロード数を確認したところ、総数、実に1件。その1件も、私が外出先でプリントアウトに使用した際のカウントであった。
見たくはないけれど、これが現実だと痛感した。

では、なぜ私は今回、苦渋を舐めることとなったのか。
広報、情報、そしてこの後の補給活動の連携がなされていないからではないか。
どれだけ兵が強かろうと、幕僚が弱い組織はそのあたりから瓦解するのである。
問題作成、取り分け、手に取ってもらえるような、兵力の増強、魅力度を上げる施策、
こちらに関しては、一旦8月の段階では特出した何かを行なったわけではない。
むしろ、日々、クイズを更新し、毎日の実を太くすることに傾注したことだろう。
その代わり、1日もクイズを枯らすことなく、つらい時も悲しい時も、疲れている時も、必ずクイズには着手した。
やって見たら分かると思う。毎日行うことの大変さは、本当に毎日続けている人でなければわからない。
クイズは続けた。「DL1件」のメッセージを目に焼き付け、ただひたすら、続けた。
いわば「臥薪嘗胆」の心意気だ。いや、ここは「ごまめの歯ぎしり」が適切なのか。



補給活動

補給活動も忘れてはならない大事な行動だ。
給与を含む金銭的な面に加え、日程等スケジュール調整、感冒等体調管理、食事等栄養面の管理など、正常な状態を維持するためにはどうしても頭に入れておく必要がある。
これらを一人でこなさなければならない。
となると、やはりこのボードゲーム制作は、数人で役割を手分けして、できればきちんと役割を分担して行なった方が幾分軽減できる。

しかし、ここまで来てしまったのだ。退路を立たれた以上、後戻りはできないのだ。

とにかく一番大変だったことは、今後にも影響を及ぼすのだが「メンタルの維持・管理」であった。プライベートでも職業上でも、ネット上でもオフラインでも、何かにつけて人間と対峙しなければならない以上、この問題には正面切って向かい合う必要が生じる。
メンタル面でキツイ環境下では圧倒的不利だ。
体力的にどうにかなる、と自負できるならばそれで押し通せば良い。
これもやはり一人の力ではどうにかなる問題ではない。改めて今回の作品が出来上がったことは、ひとえに周囲の方々に拠る所が大きいと感謝するのである。


つづく

2017年12月4日月曜日

画力ゼロでもゲームはできる(僕のゲーム制作日誌)

「作品が良ければどんな作品でも売れる」
「ゲームなんて外見より中身が大事」
一顧客に過ぎなかった頃の私は、偉ぶって、そう大口を叩いていたと猛省する。
だから今回の小冊子「BoardGameQuiz」(以下「クイズ本」)も、当初は身内に配布するもの、自分だけが知るべきであるもの、という意味合いで作成に取り掛かった。

10月当初、原稿の第一案を刷り上げてみる。




硬く、読みづらい。良くも悪くも「教本」のようなものが出来上がった。文字を追うだけで睡魔が襲ってくる。

製作に携わった妻にも見せるが、元来、勉強を苦手とする妻のこと。最初の2、3ページを開いたっきり、見向きもしない。
「売ろうとする気、あるの?」
「まあ、身内に配るだけなら、これでも」

他愛もない返事でのらりくらりと避ける私に、現実に目を向けるよう差し戻してくれた方が、ネット界隈で多くのフォロワーを持つ「翔」さんとの出会いだった。
聞けば、今度ネット配信のラジオを立ち上げることになり、企画を募集しているとのことである。
興味のある話に、私もすぐに飛びつき、後日、ネット配信によるクイズ中継と、私自身初の広報活動を行うに至った。

その後も数回にわたり翔さん、ぎゅんぶく屋さん、大塚健吾さん、天岩庵さん、ゲームカフェぶんぶんさんなど多くの方との出会いを通じる中、ふと、こんな会話がどこかから飛び出した。
「今回のクイズ本、何部くらい発行します?」
「ええっと、身内に配るだけなので、50部ずつかな、と」
「50?!少なくとも100(部)は刷らないと!」

突然飛び出した「100部」という言葉に、私は少々たじろいでしまった。
妻から聞かされたコミケ(コミックマーケット)の世界では、100部も頒布するブースともなると、中堅クラスと呼ばれるのだとか。
初参加の、しかも、ボードゲームとは一線を画する媒体が、いきなり100部とは、我ながらおこがましいにもほどがある。
数日の間悩み、妻に打ち明ける。
「今回、ちょっと冒険して、100部頒布したいと思う」
「わかった、じゃ、ちょっと今の絵じゃ、ダメよ。ちゃんとしなきゃ」

そうだ。ちょうどここから、自己完結の世界から、提供するための立場へと変わったのだ。
とは言っても、私の画力など、いわゆる「白ハゲ」キャラを描くことで精一杯。今からみっちりイラストの勉強に時間を割くことも、安直に「いらすとや」から引っ張ってくることも、今になって考えたら可能だったかもしれない。
が、出来うるならば、それら考慮する時間を削ってでも、問題の精査に充当したい。
時間との兼ね合いで頭を抱える中、「悩んだら本屋に行け」を信条とする私は、行きつけの大型書店を何件もはしごし、手当たり次第に関係書籍を読み漁った。
その結果、どうやら解決の糸口は「洗練されたデザイン」にあるのではないかという結論に至った。

前置きが長くなったが、こうして私の小冊子は「デザインの一新」という形で大改造を行うこととなる。無論、匠となるのは私自身の手で。


1 更生

まずは本文全体の修正だ。
全体としてメモを羅列したに過ぎない為、この文面だけでは書類どころか下読みの原稿とも思える文面だ。
見せる工夫が必要であるし、何より、現状のままでは解答欄から目的の回答を拾う作業も困難を要する。
そこで

1 段組み

段を2段に区分することで、これまで余分だったスペースを切り詰めることができ、かつ、全体的にスマートな文面となった。
クイズという特性上、問題の文章を個別に、かつ、限られた中で文章をまとめる必要があった為、非常に頭を抱えた問題であったが、この段組みを行うことで多くの文字数を打ち込むことが可能となり、全体的な読みやすさ等大きな前進となった。

2 表示方法

次は「文章の重要度に応じる表示順序」だ。重要だからといって闇雲に大文字やアンダーラインを引くだけでは、皆がしゃしゃり出てくるだけで却って見づらくなってしまう。
その辺り、過剰な演出ばかりのバラエティ番組を想像してもらえたらわかっていただけるだろうか。
メッセージにも、順序、そして、謙遜が必要なのだ。

また、囲みやアイコン化に特化したパッケージはボードゲーム界隈でもよく見かける。
そこまでデザインにこだわる手腕はないが、丸や四角の中に文字を収め、アイコン表示する、というアイデアは、各種のデザイン書籍にテクニックとして収められていた。
囲み文字などの工夫は、特に白黒ベースの本文デザインに特に効果を発揮した。

こうして各ページ、出来上がったものを、ツイッター上に公開する。




反応は上々。見違えるように視認性も向上し、また、これまでの余白もスッキリし、文字も綺麗にまとまり、かつ、多くの文字が収められるという優れものとなった。


2 フォント

 文字フォントの問題が今回の私のクイズ本に大きな影響を与えたといっても過言ではない。
 当初、ネット上のアドバイスのまま、本文の文字フォントを「小塚フォント」で入力していた。小説などでは一般的なフォントだという。
しかし、こちらを使用すると、文字の行間や字間にかなりの隙間ができてしまう。可読性を引き換えに、大きな文書スペースが犠牲となる。
設定次第でなんとかなるとは思ったが、ここで詳細な設定をいじると、後に他の部分に影響を及ぼすことになるのではないか。各種設定は最小限に抑えたい。

ならば大胆にフォントを変えるべきではないか。

フォントを変えるだけでも、印象をガラリと変えることが可能だ。

(游ゴシック体、游明朝体で比較)

この図を見ても、上のゴシックと下の明朝体とで、受けるイメージが変わってくることがニュアンスでわかるかと思う。
読み手に温和な印象を与えるゴシック体とは対称的に、知的な印象を与えるならば明朝体、といった使い分けも可能だ。

そこで、本文以下、主要フォントを游書体に大きく変更した。
すると、これまで収納できなかった行間にちょうどいい隙間が生まれ、視認性もこちらで納得できるだけのものを確保することができた。

上々だ。

この決断を下したのは、実に入稿3週間前。上記の収納に併せ、本文の文字数と格闘していた頃の話だった。実に英断だったと思う。

本文だけではない。
表紙の問題も片付けなければならない。

先に示した通り、表紙のデザインは、単に目についたフリーフォントを読み込ませたに過ぎない。
装飾を抑え、かつ、視認性を高める工夫を。もちろん先に挙げた、順序等の工夫も併せて。
それを同時並行で叶えられるフォントを、何度も試行錯誤する。

一度、二度、再度、再々々々度
結果、現在の表紙に至るまで七度目のマイナーチェンジを繰り返すこととなる。



こうして私なりにデザインを取り入れた小冊子が完成した。
実に、入稿直前、4日前の出来事だ。







ゲームマーケット当日、ダンボールから生まれた我が子と初対面した時、私は口元から溢れる笑みが抑えきれなかった。
この時点で心配が確証に変わった。
「目に留まれば売れる」
それくらい、キャッチーな見た目の小冊子が、今まさに産声をあげたのだ。


結果、予定していた分は午後1時前に完売となり、予約キャンセル分も含め午後4時には全ての小冊子を売り切ってしまった。



デザインを意識すると、昨今では「インスタ映え」「萌え」などの言葉が付加するように思慮する。
しかるに、本来、デザインには見た目だけではなく「機能性」が内在する。洗練されたデザインには一眼に泊まるだけの魅力や購買意欲を掻き立てるだけの魅力と、製作者が真に訴えたい主張をアピールするだけの強い訴求力を併せ持つものだ。

それらが両立するためには、幾分の技術力が確かに必要だろう。

とはいえ、意識すれば、周囲に映る多くの広告、看板、チラシなどの随所に、それらは反映されている。目の前のボードゲーム一つとっても多くのアイデアで成り立っている。
アートやデザインを意識する作品は、やはりゲームデザインも細部に至るまで洗練された作品が多い。
それは、デザインの世界が「継ぎ足し継ぎ足し」といった中に生まれるのではなく「継ぎ足す中で余分なものを削ぎ落とし、また継ぎ足す」中で洗練されるものだからではないだろうか。
そしてそれらは、技術力とは別の、「意識を向ける」いわば自己意識の変化で解決できるのだ。

表題に戻る。
安易にイラストを発注していたら、この事実に気がつかなかったのかもしれない。
「画力がなくとも、作品はできるし、それなりに売れる」
今回、あくまで私の中の見解では、そう結論づけるだけの材料が整った。

プロの見識では鼻で笑われる内容だろうが、ごまめの歯ぎしりだと思ってお目こぼし願いたい。

2017年11月9日木曜日

ゲームマーケット秋、個人的購入備忘録|中盤編

前編はこちら

さて、備忘録中盤編です。

私自身「ボードゲームクイズ」を頒布する身であるわけですが、ゲームマーケットはボードゲームだけではなく、書籍や関連グッズも多数販売されます。
今回は、それらのブースを一つにまとめることに致しました。


※前提としまして、こちらに記載の作品は、全て私「番次郎」自身が予約済み、または、なんらかの不備が生じない限り確実に購入することを前提に上げておりますそのため、他のブログ様に比して取り上げる数も少なめかと思います。あらかじめご了承ください。


(予約あり、の欄はゲーム紹介ページにジャンプします。そのページには予約フォームが掲載されておりますので、適宜ご確認ください)



鍋野企画 予約あり
新作のムッジーナは神経衰弱をテーマとした作品。「こどもから大人まで!シンプルで楽しい」、そのテーマは今作も継承されている模様。テーマだけ拾うと、HABA社の隠れた名作「誰だったでしょう?」を彷彿とさせる。まるでおとぎ話を紡ぐかのように、親が子どもと遊んであげたい、そんな手元にいつでも置いておきたい作品。イラストはもちろん鍋野たまさん。

Kino.Q 一部予約あり
ゲームマーケットで最近見かけるようになった変則神経衰弱、このブースが提供するのは「紙」、しかも信じるものは己の「触覚」。さらに、そこいらの上質紙ではなく、レザックだのOKフェザーワルツだの何が何だか…。この「触覚」という概念を引き出した(もちろん視覚を用いるならばそれもよし、でしょうが、できるならばね)遊び方にセンサーがビンビンくるわけです。この「脳内のどの細胞を新たに使えばいいのか教えてよ!」という感覚、新機軸の作品を体験する楽しみは、おそらくそこにあるのではないかと個人的に思うのです。
すでに「この人に遊ばせたい!」という候補が上がっております。名古屋の某盤上遊戯様、狂信者の某工房様、などを一堂に会し、頂上決戦する卓を見てみたい。。。

Corolla
お天気推理ゲーム「Weather Report」、コンポーネントは黒板と木製タイル。それら5日間の天気を一人の気まぐれ神様が決める。これに他の人間が「はい」「いいえ」で答られるように質問するという方式の、はっきりとルールが提示されていない中で、おそらく「連想ゲーム」のような作品を妄想する。
こういった作品、ゲームマーケットでなければなかなか入手できない。もちろん通販等手段を講じることで手に入れることはできるのでしょうが、それでも「神様となって天気を操作する」といった設定を導入部に持ってくる、と、このメルヘン世界に引き込むためにも、やはりシンプルながら練りこまれたデザインのトークンや黒板が必要だったのか、と。確かにこれならハートを掴みやすいです。
とにかく製作者のブログや一連のツイートがオシャレで、購入意欲をそそられる。それらもこの作品と合わせて読み合わせたいと思います。


するめデイズ 
新作「アニマランブル」、情報こそ少ないのですが、四人で行うゲームの様子。今後は取り置き予約なども行う模様。こちらは少し情報待ちです。
するめデイズ様の作品は人気作が多いため、各店舗在庫僅少となっていることが多く、出展の際、在庫品の出品も取り揃えていただける配慮も嬉しい。たのめナイン、ギオンフェスティバル、曖昧フェイバリットシングスなどの作品を購入するならこの機会を逃すな!

ひとりじゃ、生きられない。 予約あり
「?」と思ったあなたは正解。これがブース名。しかも今年春に頒布された「カゲロウ」は見事ゲームマーケット一次通過、とにかくプレイ後の余韻も含めた全体的な満足感は他の作品を凌駕する。
今回の新作は「嵐の前の静けさ」、テーマとなっているのは冬虫夏草、中国では漢方薬として用いられるあの菌類。生存競争の厳しさと、それにまつわる自然の摂理を、堅苦しい説教ではなく、ボードゲームを通じた「学び」という形で提示する、これもまた楽しみ方の方向としては別次元のベクトルではないだろうか。

HammerWorks
前回春では「ほんの気持ちです〜雅〜」などの隠れた名作を手がけた本ブースの新作は「画数加留多」、画数を手掛かりに行う?かるた?
と???が脳内を渦巻くばかり。情報が集まり次第予約する予定。

モグワイ 予約あり
新作「朧ニンジャスタートリック」は変則のトリックテイク。ん?そういえば前回からなんとなく「このゲームはトリテです」といった看板の作品をさほど見なくなったような。そんな中、イラストはもちろん長谷川登鯉先生、コンポーネントに手裏剣型のトークンをあしらうなど豪華仕様。こちらは別のサイトで豪華仕様の通信販売も行なっている。
また、店舗ではすでに在庫がなくなった、ゲームマーケット優秀作品「8ビットモックアップ」第2版の予約も受付中。運が良ければプレゼントも。通常盤をすでにお持ちの方は入替駒を別に500円で販売(こちらは予約なし)
8ビットモックアップはデザインに佐藤敏樹さん、アートワークに長谷川登鯉先生、最近では「ダイスエイジ」を手がけた御両名、といえばお分かりいただけるだろうか。

ジョイジョイジョイ 予約あり
初出展となる今回の作品「ドロケイBAR」は、泥棒と探偵とに分かれお酒を酌み交わし、相手を潰す、という内容。イラスト、内容、カードのデザイン、全てに作者のセンスが感じられ、即座に予約した。これまで飲み比べの作品といえば「レッドドラゴン・イン」や「ドワスレ」などが続いたが、こちらは鋭い心理戦を新たにフレーバーに加えたほか、ポップなデザインと女性探偵をスパイスに用いた意欲作。期待値は非常に高い。


<物販ブース編>

久遠堂 予約あり
新作ゲーム「キツネと葡萄」の面白さは作者自身が絶賛して回っているので私が紹介するまでもなく。広いブースでは他にもTシャツや缶バッジ、そして噂の「ミープルネックレス」や、来年のミープルカレンダーといったラインナップを取り揃える。少し前に噂されていた二人対戦ゲーム「ラベノス」も試遊できるかな?期待。


ハコノソト 予約あり
スタートプレイヤーをサッと決める「ダレカラダイス」、ダイスを2個降って「ハヤオキ」「ニバン」なら二番目に早起きしたプレイヤー、と、縁の下で活躍してくれる頑張り者。ハコノソト様はグッズ販売を手がけるブースなので、先のTBCの際もオシャレな木製ダイストレイなどを販売されました。カタログに記載はなかったのですが、それらも密かに期待したいところ。

堀場工房 
「ゲーマー妻のユーウツ」は実話を基にしたドタバタエッセイ漫画で、時折「やってしまった。。」と我が身に帰ることもしばしば。春に頒布された「PACIFIC GO」や「ミカンdeキャッと!」少部数ながら「筋肉猫」なども。個人的にはクリアファイルで頒布される500円ゲームに興味津々(追記:「ねどこをねらえ」という作品)。こちら、とにかくデザインが可愛いのです。

Cygnus 
言わずと知れたゲームサプライの雄。今作は、豊田えり先生デザインの、SLをあしらったデザインの「ダイスタワースチームレイルロード」は、ダイスが転がる際の音にもこだわったという逸品。カードスタンドは視認性と秘匿性を考慮し計算されたアーチ状。他にも、前回好評を博したカードフィーダーもさらにバージョンアップ、夏の東急ハンズで注目を浴びたTOKYO HIGHWAY ORGANIZERも待望の頒布と目移りするラインナップ。

BGM盤上遊戯製作所
ゲーム制作者向けに各種ブランクチップやカードの販売をされるという発表。前回名古屋では、とても綺麗に装飾されたカタログやサンプルチップも無料で配布され、それを眺めたり触れたりするだけでも十分価値はあった。製作者ならずとも、ボードゲーム制作って何?と興味の湧いた方は是非。

厚紙加工のコムス
こちらもダイスタワー、しかも紙製で折り畳み可能、頒布されるかは未定ですが、一見の価値はあるものと思慮。こちらでもゲーム制作の際の見積もり、商談会等を行うことを明示しております。私は直接相談に乗るわけではないのですが、興味のある方は是非。



すみません!案の定全てを網羅することができませんでした。
次回、後半に続きます。




2017年11月8日水曜日

ゲームマーケット秋、個人的購入備忘録|前半戦

ゲームマーケット秋、私も出展者として参加する。

だからと言って、購入数が減るわけではなく、むしろ予約数は前回春に比べ増加の一途を辿る。

今回は私個人が「予約済み」「購入予定」として、リストに含めているものを、備忘録として公開し、皆さんにもぜひオススメしたいと思います。


しかし、いざ記入すると、あまりに多過ぎてしまい、これはさすがに記入できる量の限界値を突破してしまったので、やむなく前、後編に分けることとした。

※「予約あり」という欄には直接フォームに飛ぶことが可能です。ただし、11月8日現在であり、製作ブースの都合により予約終了となる可能性があります。ご了承ください。



なお、こちらに記載されているリストは、まず間違いなく私、バンちゃんが購入、または予約済みのものだけを掲載しておりますことをあらかじめご報告いたします。念のため。


つかぽん 予約あり
今年のゲームマーケット最有力候補とも称される大人気パーティゲーム「ボブジテン」から待望の拡張が登場、「ボブジテン2」には身振り手振りで相手に伝える新たなキャラクターが、「私のボブジテン」には自分の好きな言葉を書き込めるブランクタイプのカードが、それぞれ混ぜて使用できる。
単に混ぜて遊べるだけではなく。使用することで、旧作が一層輝きを増す非常に素晴らしい拡張と言えるだろう。

BraveLily 予約あり
BraveとLilyによるユニット(土曜のみ)、こちらも今回初出展。特にLilyさんは現役の高校生 、とは言えその実力は「かくよむ甲子園出場」の実力をもって推して知るべし。
各所に練り込まれたシステムはシンプルながら洗練され、また、ファンタジーの雰囲気をデザイナー独自のセンスで構築した世界観に注目したい。
新作も「まどつく〜魔導書を作ろう〜」「傭兵の賭け事」「Secure Gesture」と豪華3作品+αを用意。さらに、ブース展示にも工夫を凝らし、ブース内もコスプレを行うなど、今回の出展にかける意気込みは他のブースに負けじと劣らじ。

ぎゅんぶく屋 
翔さん主催「ボドっていいとも!」第1回放送分から話題沸騰、人狼ベースでありながら軽いテイストでプレイできるので何度でも違ったテイストが楽しめ、その都度「次はこの役職で」「次はこの戦略で」といった戦い方を試したくなる作品。都内各所で開催された体験会でも人気騒然。今回はワンナイトマンションの他、前回春でも人気を博したスノーマンション+拡張、日曜出展時はオオツカ製作「ブックメイカーズ」の委託販売も予定

ハッピーゲームズ 予約あり
グラフィティ(落書き)+バックギャモン、略して「グラギャモン」、大人な雰囲気、でも実は中身が非常にフレンドリー。バックギャモンに初めて触れるという方にも手に取ってもらいたいという思いから、理解しやすい言葉使いや、少々難解な用語を極力排するなどといった読み手に優しい配慮も嬉しい。また、さすが本職とも呼べるデザインセンスの良さなど、その取扱説明書の素晴らしさは一見の価値あり。

ゲームNOWA
関西のデザイナーが手がけた、何度もテストプレイを重ね、丁寧に丁寧に作成されたという新作「戦国ドミノ」を主軸に、アニマルズなどを出展。戦国ドミノは戦国につきものの「豊臣」「徳川」が不在(織田、毛利、武田、上杉の4人)の、まさに通好みのチョイス。もちろんデザイナーは麻雀、ごいた等伝統遊戯の世界にも精通されているかぶけんことかぶきけんいち氏。色鮮やかなアブストラクトを彷彿とさせるゲーム性の中に、コプラス、エルタイルズ等デザイナー独自のエッセンスも垣間見える不思議な作品に思わずこちらから引き込まれる。

一年中未来 予約あり
大怪獣コトバモドスの英語版「ぽんこつFACTORY」は当初の段階から話題沸騰。コトバアワスは夏のTBCから個人的に期待していたワードゲーム作品。コトバアワスは500円のシンプルなゲームながら昨今流行の使い切り型の作品。どう言葉の技術を絡めていくのか、期待したい。

コンバディダス 予約あり
新作DEKITA!は一人から楽しめるカラフルな頭脳派パズル。見た目とキャラクターだけにとどまらず、初級へ、中級、上級編とズルズルと知らぬ間に引き寄せられる自在の変化に富む様で、すでにテストプレイの段階から各所のデザイナーの報告が上がっている。作者によるツイッターでは定期的に「詰めDEKITA配信」といったサービスなどその精神には余念がない。

ノスゲム 
マムマムマーガレットは完全手作り。それは木の素材だけではなく、巾着の布地に至るまで職人の手によるこだわりが見られる逸品。前回春は朝6時ごろに待機列に並んでいた人すら入手できなかったと噂されるほどの人気を博す。
今回は他に、ゲームマーケット内の会場内でも活躍すること請け合いのミープルバッグ2種(予約終了、当日販売あり)などを用意。

OKAZUbrand 予約あり
新作はネズミ海賊が主役の「ラッタニア」と「かうんとり」の2種。重量級から軽量級まで自在にこなし、海外メーカーからも表彰されるなどその評価は折り紙つき。
今作の取扱説明書では、これまでフライヤーとして別添だった説明マンガを取扱説明書に取り入れるといった意欲を見せる。
ブースではデザイナーとイラストレーターの仲睦まじいご夫婦が笑顔で対応されますので、購入する側もほっこりした気持ちになれます。


オオツカ製作 予約あり
ボードゲーム番組「喫茶安元」のディレクターを務めるなど、今年一年非常に多忙を極めたであろう放送作家大塚健吾氏による新作「ブックメイカーズ」が目玉。カード一枚一枚に詳細に記載された各キャラクターの裏設定やメッセージに、少年マンガ好きなら思わず口元が緩む。少年雑誌をモチーフとした装丁にも注目。

ケンビル 
新作「バイバイレミング」は愛嬌のあるキャラクターだけにあらず、その中毒のあるゲーム性は都内各所のゲームカフェ等で絶賛、ディアシュピールのまつなが氏もその面白さを賞賛する。いち早く手に入れたいという方はクラウドファンディングを利用するのも手。またマモノノ第2版はパッケージを一新して再登場。

高天原 一部予約あり
新作は可愛いワンちゃんが主役の「わんわんわんだふる」、ペンギンパーティのルールを基軸とし、愛くるしいキャラクター、それだけにとどまらず、高天原が持つ独自のジレンマを絡ませたゲーム性は存在するものと期待。それらが決して喧嘩することなく程良い頃合いで調合されている組み込み方はもはやベテラン職人の領域。
人気の「ホメロー。」「寿司カッパ」なども少部数頒布あるようですよ。

ポリゴノーツ 予約あり
前回春は大行列を形成したブースの一つ。ファンタジーの鮮烈な部分と神話的な部分のみを抽出した透明感のあるデザイン、そしてそれらが織りなすストーリー展開は今回も忠実に継承されており、続編のような新作「星龍の冠」「勇士の楔」もすでに期待大。
購入時、先着順に弱者の剣(カード補強版)が当たるスピードくじを行うとの情報が。

ASO部 
一部界隈で話題となっていた「大喜利+人狼」の人狼ゲーム「大狼」。その面白さは想像の域を超えること間違いなし。お題カードも豊富。飛び出す回答の展開に苦悶と笑いが混在するカオスな世界となることを今から想像するだけでわくわくする。

ゆるあ〜と 予約あり
ゲームマーケットの作品にもドイツゲームを意識した作品は多いが、こちらもその中の一つ。見た目敬遠していた「少し手強そう」だと思った作品が、案外フレンドリーな内容だった時の、一気にその間が収束するような感触、おそらくこの「ハンザの女王」にはそんなデザイナーの「触れてみて、遊んでみて、楽しんでみて」といった熱意のこもったメッセージが伝わってくる。まだ事前情報に過ぎないが、これは即座に予約して正解だったと思う。

daitai
春に引き続き「じゃれ本」を頒布、人気ポッドキャスト「ほらボド!」番外編でも取り上げられ、そのカオスな内容に皆がとりことなった、皆が寄せ集めた文章で短編小説を作成するゲーム。



後日、後半戦に続く。(描いてて思いましたが、これ、中盤戦になりそうな気が。。。)





2017年10月30日月曜日

子どもたちの意識と空間の話〜私の信州ボードゲームフリマスタッフ体験記〜

信州ボードゲームフリーマーケット

10月29日に行われるこのイベント、1ヶ月前から注目していたのは私だけではなかったはずだ。
ゲームマーケット前に少しでも買い控えしておきたいこの時期に、フリーマーケットで格安でボードゲームが手に入る、というだけでもありがたいというのに、有名ポッドキャスト「ほらボド!」のmomi氏や「今夜もアナログゲームナイト」の太陽皇子らスタッフも参戦されるというではないか。
その上、出展ブースも数多く、中にはゲームマーケット出展を見送られたために、今回のイベントを逃してしまうと、しばらく当該ブースの作品が入手困難となるのではないか、と危惧する作品もちらほら。
何より、能登ごいた保存会松本支部といえば、言わずと知れた、この度のごいた大会優勝の成績を誇る団体。ごいたに関しては看板を掲げる場所である。

言うなれば、トップアスリート勢揃いの世界陸上、といったところだろうか。

指折り数えつつ、軍資金なり当日の服装なり、準備を整えていると、ふとこんなツイートが目に飛び込んできた。

「当日のスタッフを募集しています」

せっかくのイベント、どうせ参加するならば、スタッフとして参加した方が、俄然面白いに決まっている。
私はツイートの内容もロクに確認することなく「スタッフ参加って、まだ間に合うのかな」といったツイートを流した。

実はこの募集、とうの昔、9月頭に募集自体が締め切られており、ツイッターの機能で昔のツイートが掘り起こされただけだったようだ。
たまたまツイートで流れたことをきっかけに、あれよあれよと事が運び、私はつい1週間前くらいから、お客の立場から一転、スタッフとして動くこととなった。

当日朝、なんとか台風の影響を受けつつも、天気は小康状態、

大きなスーツケースでは足りずに衣装ケースに買い物袋まで下げ、朝5時、一路長野県塩尻市へと向かった。

朝9時塩尻えんぱーく開場。
えんぱーくとは図書館と併設された会議施設。早朝から自習に訪れる学生で溢れる場所。おのずと言葉は抑え気味となる。

雨脚はこのころから強くなり、来場者数を少し気にかけていたが、それは杞憂に終わった。
フリーマーケットが大きく掲げられている本イベントではあるが、連珠、ポーカー、ごいた、モノポリーといったアナログゲーム全般の体験卓を広げている点が特徴だ。
館内は基本的に飲食も自由であり、美味しいコーヒーを提供するブースも並んでいた。


私の担当した親子ゲームブースは終始客足の途絶えることのない盛況ぶりを見せ、会場前「機を見てご挨拶に伺います」と回った私の言葉は見事に空振りに終わってしまった。
思えば、このところボードゲームクイズの小冊子に明け暮れており、ボードゲーム会はおろか、ボードゲームの説明自体久しぶりの体験だった。
慣れていないと、これほどまでエネルギーを消耗する行為だったとは。

終盤から言葉もしどろもどろとなり、子どもたちのパワーに押され気味となってしまったことは、大いに反省するべきだろう。

その中で、いくつか自分の中で分析できたことがあるので、備忘録としてとどめておきたい。

1 ボードゲームの普及について

持ち込んだゲームに関し、特に有名なものに関しては「これ知ってるー」「持ってるー」という声が上がった。
アナログゲームのイベントゆえ、親御さんもそれらに寛容なことであるといった認識はあったが、まさか宝石の煌めきを指差して「僕これ強いんだよ!お姉ちゃんに教わった」と自慢する小学1年生がいらっしゃったことは、正直驚いた。

特に「ブロックス」「ナンジャモンジャ」「ヒューゴ」などの、比較的安価かつ一般量販店でも入手可能な作品に関しては、幼稚園や保育園等でも遊具の一環として活用されているようで、それらで遊んでいる、説明もできる、というお子さんの声も多かった印象がある。

だから、かもしれないが、真新しいボードゲームに食いつきが良く、事前に主催者から「入手可能な作品をなるべく勧めるように。せっかく遊んだからには、入手できるようにしたいから」という意見を元に、なるべく一般量販店でも入手可能な作品、とりわけ、ゲームマーケット等でも入手が困難な作品は避けるよう心がけたのだが、子どもたちの興味を引いた作品は見た目の可愛い、見たこともない作品へ向けられていた印象がある。
具体的には「ひつじ算(鍋野企画)」や「みかんdeキャッと!(堀場工房)」のウケが良かった。

2 関連グッズも侮ってはいけない
 
加えて、今回ポーカーチップやプレイマットも、今回きちんとしたものを用意した。その辺りに興味を示す子も多く、ポーカーチップ(ハナヤマのプライムポーカーチップ)をしげしげと眺める子ども、ひらすらプレイマットを撫で回す子どもなど、こだわるところを、やはりきちんと見ているのだと実感した。

3 子どもたちの意識の変化

子どもは正直だ。ゲームがつまらなくなると「別のにしてー」と即座に、かつ声高に訴える。
負けが込んでいる時、説明が長い時、展開が退屈になった時、等々。
「これよりDSの方が面白いよ」とわざわざ叫ぶ子どももいらっしゃった。
確かに、計算も駒を動かす動作も、片付けなどの一連の所作も全て自分が行わなければならないアナログゲームの世界において、なんでもボタンを押すことで一切の動作を済ますことができ、その上、年齢に応じた愛嬌のあるキャラクターが待ち構えるデジタルゲームの世界は、子どもに限らず、全ての年齢層にとって魅力的に聞こえるはずだ。

そういった道に対し、あえて「こっちも面白いよ」と声をかけることはしなかった。
魅力を広げることが目的の軸から外れてしまう点、大変申し訳ないが、それらに多大なエネルギーを浪費するより、アナログゲームに興味を持ち始めた子どもに、もっと色々な作品があることを知ってもらった方が有益で、展望が開けると考えたからだ。

冷たい言い方になるかもしれないが、デジタルが良いならデジタルの道に進めばいい。
もしもデジタルの道を頓挫し、少しでもアナログゲームの道に興味を持ち始めた、その時に初めて魅力を存分に語ってあげたいと思う。

「ほぼ日手帳、今日の一言(10月30日付)」に、こんな言葉があったので紹介したい。

「自分はこうだから、みんなもこうなってね」というんじゃなくて、
「自分はこうで、みんなは違うけれど、まぁ、それもあるんじゃない?」
というふうに思えるかどうかが、すごく大きい違うなのかなと思います。
いまの時代、それが足りない気がして

「吉本ばななさんが「本当の大人になるために。」の中で」


そうこうしているうちに、時計の針は4時を回り、閉館の時間を迎えることと相まった。
名残惜しそうに「ねことねずみ」のパッケージを眺める子どもたち。

走りきった。限界値を超えて、走りきったのだ。

ふぅと息を吐くと、脳内で放出されたであろうドーパミンが一度に抜け、私の身体を疲労が襲う。
近くのソファにへばりつき、ぐったりとする。開演から、トイレに一度立ったきり、何も口にしていないことに、今さら気がついた。
うつむいているわけにはいかない。最後の気力を振り絞り、撤収の作業へと向かう。

大勢の人でごった返したであろう会場は、気がつけば、元の図書館・会議室としての顔を取り戻しつつあった。
いそいそと荷造りを始めている福井六段のテーブルに駆け寄り、にゃんこならべだけは首尾よくゲットすることができた。それだけでも御の字と言えるだろう。

スタッフが集まっている。
主催者を始め、各物販、体験ブースの担当者、ポッドキャスト収録のために名古屋から駆けつけたアナログゲームナイトのスタッフ、少しでも貢献を、という気持ちで出店に臨んだというほらボド!のmomi氏、疲れているであろうに笑顔どころか周囲の冗談にもリアクション込みで受け答えするいず嬢、松本ごいた会の緑色のはっぴを身にまとった監査官氏は終始会場を上へ下へと駆け回っており、感謝の言葉すらかけるタイミングを失してしまった。

皆、汗が輝いていた。
きっと、客として参加していたならば、出会えなかったであろう光景だ。思わず、胸がジンとアツくなった。

終礼が始まる。
大きなダンボール数箱はあっただろうかという中古ボードゲームはほぼ完売、空になった衣装ケースだけがうずたかく積まれていた。
momiさん、ノスゲムさんのブースも閉会を待たずして完売という成果。ごいたやバックギャモン、ポーカーなどの体験卓も大勢の人で賑わっていたと話す。

皇子がマイクを差し出す。番組冒頭のタイトルコールを収録するようだ。
「今夜も」
「アナログゲームナイト!」
誰よりも一番大きく、あたかもそれは雄叫びのような大声をあげたのは、何より私ではなかっただろうか。

皆が会場を後にし二次会の会場へと向かう。
とばりを落とした会議室は、静寂がこだまし、打ち付ける雨の音がこちらにまで聞こえるかのようだ。
私は打ち上げの列に続きたい気持ちを抑え、雨の中、家路を急ぐべく、車を走らせた。


無償ボランティアの問題が、ツイッター界隈に限らず、昨今話題となっている。
人間、生きていく上で、やはり金銭的な報酬があれば、俄然やる気が出るものだ。
やりがいだけでは人は動かない、そうバッサリ言い切る人だっている。

報酬、その言葉を、どう捉えるか。
金銭がなければ、確かに腹は膨れない。ボードゲームだって、目に見える報酬があるからこそ、勝利点を通じた勝ち筋を見いだすことができるわけだし、カタンなどの交渉ごとだって、徳や人情があるというだけで世界大会を乗り越えられるほど世の中は甘くはない。

しかし、金銭を通じた「自己肯定感」があれば、生きていくことはできないだろうか。

他者貢献、しかしそれは「自己満足の塊」にすぎなくたって構わない。

「笑いの文化人講座」(ホットカプセル出版)の、とある投稿に
「いつもクラスの掃除を頑張っているTくんに、どうしてどこまで頑張るのか尋ねたら、
「俺がこの世を変えてみせるという大きな勘違いじゃ」と返ってきた」
というネタがあったことを、ふと思い出した。
それに、なんとなく似た心境だ。
この大いなる自己肯定感、「自分がここにいてもいい、むしろ、ここに自分がいるからこそ、この組織が成り立っている」という、それは大いなる勘違いだっていい、それら居場所の探求こそ、ボランティアの真の定義ではないだろうか。


全体の輪の中に「自分がいてもいい」そして他人がそれを許容してくれる世界
それをアルフレッド・アドラーは「他者貢献」という言葉で表現した。

そんなことをボンヤリ思い浮かべながら、私は家路に着くやいなやドッと疲労に襲われ、祝杯をあげる用意もそのままに、床についたのだった。

お声がけくださった監査官様をはじめ、信州ボードゲームフリーマーケット主催者様、スタッフの皆様、各出展ブースの方々、そしてお足元の悪い中、来場されました皆様に、心から感謝致します。











下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...