1. はじめに
2. なぜ継続できたのか
・楽しく描いたから
・応援があったから
・反応が薄かったから
3. 身についた力
・漫画を「構成」で見るようになった
・作品の方向性が見えてきた
・失敗が怖くなくなった
・何気ないところに目が向くようになった
4.まとめ
1.はじめに
先日、コツコツと継続して更新した4コマ「ボドびよ。きょうもボドびより。」が一区切りとなる500話に到達致しました。
ここまで応援してくださった方、お会いした際に「いつも見ています。楽しみです」とお声がけくださった方々に深く感謝します。
そんな中、
「継続は力なりですね」
の言葉をよく頂戴します。
本音を話しますと、僕自身、作品自体にそう大した力がついた実感はありません。
SNSでは、僕よりも数倍レベルの高い漫画家先生らが、今も面白い作品を更新されていらっしゃいます。
それに比べると僕なんて月とすっぽん、成長スピードも遅く、逆に1年と半年もかかったのにこの程度の画力?と鼻で笑われる事でしょう。
でも、確かに自分は「継続する力」だけは、多少なりとも身についた自覚があります。
今回は「なぜ継続できたのか」「継続することで身についた具体的な力」について、思うところをまとめます。
結論から述べますと「反応が薄かったから」具体的には「イイね・RT等の数が他に比して少なかったから」です。
2.なぜ継続できたのか
長く続けるためには何より「続けたい」「明日もまた描きたい」など「気持ちの持ち方」が特に重要と考えます。
依頼された仕事ではないので反応があろうとも当然報酬は無し。その上、会う人会う人に「下手だけどまた描くんですか?」と意見をもらうことなど日常茶飯事です。
そんな僕ですが、周囲の悪い意見に屈することなく、継続できた背景には、やはり「それでも僕は描きたいのだ!」など、ある意味「反骨精神」に近いモチベーションの維持が特に重要課題でした。
本項では自分が常に心がけた「モチベーション維持」の方法について取り上げます。
・楽しく描いたから
この4コマを始めた主たる動機はズバリ「4コマを描きたかったから」です。
2018年ゲームマーケット秋、拙著新刊ボードゲームクイズ「NEXTAREA」を制作した際、必要にかられ、これまで白ハゲキャラしか描いた事のなかった僕が、有り体にいうと「お絵かきゲームでは「画伯」要員として周囲から引っ張りだこだった」、そんな僕が、実に1日半もかけて挿絵となるキャラクターを描き上げました。
そこでの反応が思った以上に良かった事、何より「一つのキャラクターをイラストという形で世に生み出す事」の面白さに気がついたことなども重なり、次第にイラスト練習熱が高まりました。
鉄は熱いうちに土や羊と交換、…ん?早速特訓の開始です。
「毎日イラストの練習をしよう」「ならば漫画を描けば絵の練習にもなるし」と、本当に単純な理由から4コマを投稿したのがきっかけでした。
もちろんこのまま画力が高まると、他の拙著クイズ本などにも応用できるだろう、とも、次第に考えるようになりました。
が、始めた当時の画力ではむしろ机上の空論に過ぎず、あくまで一趣味の延長として、力を抜きつつゆるゆると続けました。作業ペースも今ほど長くはなく、本編となるクイズ制作の妨げとならないよう、合間を縫ってササっと仕上げるスタイルでした。
「楽しく描く」とは「描いている時間を楽しく過ごす」ことです。
ペンを放り投げたくなるほど描くのが嫌になる日も当然ありました。
そんな日は「以前から描きたいと思った絵」を描くことにしています。
たまに「版権はどうなの?」といった(きわどい)ネタも混ざる僕の漫画ですが(反省します)、自分の「描きたいモチベーション」を高めるためにどうしても必要となる要素でした。
・応援があったから
好きで描き続けていると、次第に読者も増えます。イイね、RTの数も半年ほど経過すると徐々に安定し始め、ずっとRT、イイねをつけてくださる方も少しずつ増えてきました。
好きで描くことが第一の漫画でしたが、ずっと応援してくださる神様のような方の期待を裏切るわけにはいかない、そんな気持ちも芽生えてきました。
それは作品レベルそのものの向上というより、安易な剽窃(俗な言葉で「ネタの丸パクリ」や「キャラクターのトレス」)だけは決してするまい、急な連載休止こそ、描く方、視聴する方、双方にとって不幸だ、と考えるに至りました。
・反応が薄かったから
僕の4コマは500話までに未だ大きな反響もありません。
RTも10つけば大ヒット、100なんて夢のまた夢です。
そんな反応の薄い4コマも、反応の薄さが時としてメリットに転じる場合があります。
1 好きなネタが描ける
大きなバズツイートに見舞われなかったおかげで、自分の描きたいネタを堂々を描くことができました。
以前どなたかが「何気ないツイートに数万もの反応があり、以来、作品の方向性が自然とそちらに向かうようになってしまった」と話されました。
制作するにあたり、反応をもらえることは何よりも嬉しいです。
しかしながら、フォロワー内外を問わず予想外に大きな反応を身に受けることで、自分の描きたい作品から「バズることを視野に入れた作品」へとシフトする可能性が拒否できませんでした。
負け惜しみにも聞こえますが、反応が薄かったことは、こと継続に関してだけはプラスに働きました。
2 数値に一喜一憂せずに済む
反応の数値=読者数、へとスライドできると考えています。
僕はツイートアクティビティをまともに研究したことはありませんので、たまに多く反応のあったネタ(それでも20イイね程度)があったとしても、あえて詳細な分析を行ってはいません。
あまりに強く「反応の数」だけを意識すると、無自覚に「高い数値を狙う」よう意識が働くと考えたからです。
「この時間の、これに関するネタを投稿すれば…」と期待した瞬間、肩に余計な力が入り、のびのびと描くことが阻害されてしまいます。
それを恐れた僕は、時間帯もきっちりとは決めず、ネタが出ないときは潔くあきらめる、そんな緩い気持ちで挑み、モチベーションを保つことにしました。
3.身についた力
・漫画を「構成」で見るようになった
綺麗なイラスト、笑える漫画、ドキドキするストーリー等々、僕はこれまでそうした「全体を感覚だけを通して眺める」ように漫画を読んできましたが、継続するうちに「全体の構成」や「レイアウト」へと意識的に目が向くようになりました。
具体的には、キャラクターの立ち姿や表情の描き分け方、4コマの起承転結、ネタの練り方、等です。
余談ですが、僕は普段の読書も「古典的名作」を読むのが好きで、考えに行き詰まったときは明治の文豪や分厚い名著に当たるようにしています。
そんな僕が「構成のお手本に」と愛読している漫画は「コボちゃん・カリアゲくん(植田まさし著)」です。
・自分の進む道が見えてきた
描く動機が「描きたかったから」と浮ついたものでしたので、当初は自分が本気で伝えたいこと、描きたかったことなど作品の真芯となるテーマを深く掘り下げてはおりませんでした。
案ずるなかれ、僕はそうした高尚な観点こそ「継続するうちに自然と身につく」と考えています。
僕の4コマは、制作しながら少しずつ「描きたいことの方向」が固まっていきました。
具体的には
・起承転結でまとめ、次の回に持ち越さない。
・続編は描かない。
・ネタは描きためない。必ずその日に考える。
・できなかったら潔く休む。
・台詞は手書きで書く。
・基本は「笑い」を描くこと。ホラーやサスペンス等で読者の不安を煽らない。
・どんな読者がどんな時間に見ているか分からないので、なるべく不快なものを描かない。具体的には「虫」や「したい」「排泄物」などです。僕の4コマに人気ブラフカードゲームの「○○○○ポーカー」が登場しないのもそれが一因です。
等々、最近では「表題にボードゲームの作品名をつける」も加わりました。
これら全ての制約は、掲載当初から「このスタイルで!」と取り決めたものではなく、大半は「毎日描くうちに自分から縛っていったもの」です。
描きながらおぼろげに見える自らの力量と対比させながら「今すぐできること」「今は無理なこと」を見極め、面白そうなことを取り入れつつ、自らの身動きもちゃんと確保できるよう、取り入れられる箇所はどんどん取り入れる、と決めました。
何度も描くうちに、彫刻のように少しずつ「自らの作品の個性となる土台」が出来上がっていきました。
・失敗が怖くなくなった
4コマを描き始めた当初は、せっかく描きあがたところで、いざというときにツイートボタンが押せなくなるほどの不安にかられました。
「ウケなかったらどうしよう」
「下手だやめろとコメントがついたらどうしよう」
そうした気持ちも、毎日継続することで払拭されました。
とはいえ、作品そのもののレベルが上がったわけでは“決して”なく、「面白くできなかったけれど、毎日続けばこんな日だってある」と自分を慰められるようになりました。
僕自身、未だその日の遅くまでネタ出しに困ったときのネタや、自分ではあまり自信の持てなかったネタの方に、むしろたくさん反応をいただける場合が多いです。
「何が受け入れられるかわからない」それがTwitterはじめSNSの世界だと自覚し、臆せずどんどん発表しようと考えるようになりました。
・何気ない日常に目が向くようになった
企業ではなく個人でサークルを運営する方とも交流があります。
例えば久遠堂の久遠さんやNSGクリエイトのエルさん、Studio Turbineさんなどの作品は、日常に潜む「おや?」と感じた部分にスポットを当てた作品が多い印象です。
漫然と過ごすうちについ見過ごしがちとなる日常の風景や面白みに「?」の視点を向ける、周りの優れたベテランボードゲーム製作者は、そうした目線を持ち合わせているように感じます。
そして何より、作品を通じ「漠然とした面白味を、確固たる面白さ」へと昇華させる能力に長けているものと考えます。
4.まとめ
たかが500話、されど500話、小冊子付属のおまけ漫画等を含めるともうあと少しだけ増えるでしょうか。元から飽き性だった僕が、それだけの作品を、実に1年半も費やした結果、得られたものの大きさを改めて振り返りました。
一言でまとめますと、一番のメリットは「楽しみを自ら発掘できる」力が身についたことと考えます。
4コマのネタは「大きな話題をわかりやすく伝える」意味合いより、むしろ「日常に潜む変わった物事の見方を漫画で面白おかしく表現する」ことではないかと振り返るようになりました。
言うなれば「面白さの発掘」です。
「いつか面白い漫画が描きたい!」といった願望は、「資材が足りないから勉強」「画力が足りないから勉強」などなど「本当に面白い漫画」を描くまでの手間隙が本当に膨大なものとなります。
むしろ「今の力や制作環境でも(自分が)面白いと思った漫画は描ける!」と開き直り、描き上げたあと「面白い漫画を描いたー!」と感じた方が、自分にとってより高い充足感を味わうことができました。
翻って、それら充足感が「次に頑張る」モチベーションへと繋がったものなのかな、と考えています。
反響も少なく、人気とはお世辞にも呼べない、そんな4コマ漫画でも、継続することだけはできる、継続できると「自分のできることが見えてくる」と、良い方向へ連鎖が広がります。
この先も、描くことそのものが苦痛とならない程度に、あくまで「のびのび楽しく描く」を基軸として、継続していけたらと考えます。
稚拙な漫画ですが、これからもよろしくお願いします。
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