2019年3月14日木曜日

会話の楽しさと時間とを ー関西遠征記 三日目ー

関西遠征記 

初日「笑顔と涙の前日イベント」http://hibikre.blogspot.com/2019/03/blog-post_12.html

二日目「出る杭は打たれ、伸びる」http://hibikre.blogspot.com/2019/03/blog-post_13.html


三日目、3月11日

ゲームマーケットから一夜が明け、空は幾分青空が見える。
アルコールに縁のない生活の私、久しぶりのお酒で数年ぶりの二日酔い。
今回の遠征で三度もラムネ菓子のお世話となる。


今日は先に開催されたBoard Game Selectionでお世話になったカフェ様に、時間の限りご挨拶に伺う予定を組んだ。

朝食をそこそこに、まずは昭和町の「デザート*スプーン」様へと向かう。
月曜は定休日だが、ゲームマーケット後ということで臨時に開業しているとのこと。


住宅街にたたずむ「デザート*スプーン」様。
敷居をまたぐと、国内外を問わず多くの人気作品が所狭しと並ぶ。
店長の加藤さんはクイズ会やごいた会、囲碁会など、各種のイベントにも積極的だ。

「結局はやりとり、なんですよね。ボードゲームもクイズも」

二人で話す中、飛び交う言葉に混じる「コミュニケーション」という言葉は、土曜から続く私の関西遠征で何度も登場したフレーズだ。

批判を覚悟の上で話すと、私はクイズが好きではあれど、いわゆる「競技クイズ」と呼ばれる世界からは一線を引いている。
私の中のクイズは「知識比べ」だ。
「私はこんなことも知っています!」など、これまで脳にインプットされた知識の引き出しを競う、それがクイズだと考えている。

前回秋に頒布した拙著「Board Game Quiz NEXTAREA」
競技クイズをなさるであろう方々から頒布するたびに「パラレルだ!(訳:問題の構文がおかしいため文章が推測できない、解答に疑義がある等、出題するに際し何らかの欠陥がある問題を意味するらしい)」と批判を浴びた。

私の考えは競技クイズを嗜む方々とは若干異なる。
クイズがスポーツではなくコミュニケーションである以上、どんな問題であろうとも「出題側の自由」である。
言うなれば、会話のやりとりの延長に過ぎない。

「スポーツではなくコミュニケーション」とは?
前々日の「ボードゲームシンポジウム」の際、草場純先生がスポーツと遊びの違いを明確に語った。

「スポーツは勝敗があり、ルールも厳格に定められている。遊びは、楽しむもの」

自分なりに解釈すると、格闘技の世界では相手に対する攻撃は認められているが、それは定められた範疇において、時間、場所等を厳格にすることで成り立っている。
だから、ビール瓶などの凶器を持ち込む行為は基本的に厳禁だ。
しかしながら、街で暴漢にあったとき「凶器は反則だ!」と犯人側に要求できるだろうか。


加藤さんと対話するうちに、私は改めて認識した。

ボードゲーム製作も、クイズの世界も、プレイする環境の中において、何人もの「人」が介在し、人間同士のコミニケーションがあるからこそ、円滑に成り立つ世界なのだと。

だから互いが相手を尊重してあげなければならない。
我も我も、とワガママばかりを主張していてはどこかにしがらみが生じてしまう。
誰かが誰かに我慢を強いられる、そうした関係はどこかに歪みやねじれのようなものが生じてしまう。
そういった関係が長く続くとは思えない。

一期一会の人生とはいえ、もっと人間関係は、気楽に、楽しく、お互いを尊重しながら、共存していかなければ続くものではない。

「ナンバーワンよりオンリーワン」が声高に叫ばれ、自己顕示欲と呼ばれる自分たちが「偉い」と主張し合う、俗な言葉では「マウント取り合戦」に発展してしまってはならないのだ。

ゲームマーケットの中には「お客様の世界が存在しない」と言われる。
全てが顧客であり、すべての顧客がフラットな立場であるからこそ成り立つ世界である、と。

製作者も同じ
「制作側の苦労や意見ばかりを通してばかりで「仕方ないだろ!」とプレイされる相手に我慢を無理強いさせるようでは、現状はどうあれ、その後のスタイルが成り立っていかないことだろうと加藤さんとの対話で結論づけた。

もっと気楽に楽しく共生できる世界を考えなければ
もちろんそれらに無理が生じてしまうようでは何の意味もなさない。

制作側として、制作に没頭するではなく、関わる全ての方々により居心地の良い環境とは何か。
制作する立場として、お互いが幸せへと進む展望を考えなくては。


お互いに話し込むうちに時間となり、予定を大幅に上回りデザートスプーンを後にする。
雨はいよいよ強くなったがそのまま傘を刺すことなく次の駅へと向かう。
目的地はINST様。
こちらはボードゲームセレクションの主催でもある店長のてっちさんにご挨拶するためだ。

到着
中のお客さんらと私の手持ちのゲームを広げる。
おさかなこいし、トランプ、センコウハナビシ、などをプレイしながら、ボードゲームは「質」よりむしろ、その時々での会話や表情、ノンバーバルなコミュニケーションがあってこそ濃密な時間を過ごせるものと実感した。

周りがムッとしていてはゲームの面白さもわからない上に、相手のコミニケーションのやり方すら見失ってしまう。
昨今流行の兆しを見せる会話禁止型のゲーム(例えばザ・マインド、マジックメイズなど)でも、会話が禁止された後には、その後の開放感が生まれ、解放後には周囲に笑みが溢れる。
先日「謎解きは形容詞の後で事件簿」の作品を手がけた万屋楽団のサンジョウバ様ともお話した際も、やはりプレイ後の感想戦が楽しいゲームとなるよう制作に気をつけたと伺う。

会話は楽しい。
ときにそれは、多額のお金を払う飲み会でも、SNS等に長い時間を消費してでも、求める軸は「会話の楽しさ」に根付く。


INST様を出て、乗り慣れない鉄道に悪戦苦闘しながら、今回の遠征でどうしてもお邪魔したかった兵庫県加古川のボードゲームプレイスペース「駒の時間(とき)」様へと向かう。

駅を降り、歩いて20分ぐらいだろうか。細い路地を曲がった先に見える建物。
無事に到着。

入るなり家庭的な雰囲気のお二人が迎える。
名物のトキさん、コマさん。
お二方ともゲームマーケット後のお疲れである最中も、常に笑顔を絶やさない。

店内には細やかで色鮮やかなフィギュアやペイントの道具が並び、ボードゲームが好きだということが歴の浅い私にも肌身で伝わる。

暖かい二人。
ゆるく流れる御二人の温かみの中、つい私は気持ちを許し、辛かったこれまでの心情を吐露してしまった。

お聞き苦しい身の上話にもかかわらず、笑顔でそれを聞いてくださったお二人。
家庭的で人情味のある「関西らしい」雰囲気に、つい甘えてしまい話し込んでしまう。

お店を運営する長い幾数年の中、笑いもあれば、涙もあったことだろう。
長い年月の中、わずか3年という私のボードゲーム暦の中では想像できないほど、数多くの世界を目の当たりにし、綴られてきたのだ。
この人生の、この「駒の時間」の中で、多くの人と、ボードゲームと共に歩んできた、重みのある空間。
お二人の顔には彫りの深い笑みがこぼれていた。

コマさんの携帯が鳴る。
私のことを聞きつけた「めとろ」氏が急遽駆けつけるというではないか。
この暖かさ、情熱も、関西と言う土壌が産み出したものだろうか。つくづく頭が上がらない。

「好きな人と、好きな時間を共に過ごす」
それは当たり前のようで、実に贅沢なことなのだ。

アラフォーと呼ばれる歳になり、年齢の大切さ、健康の重要性をひしひしと感じるようになった。
それらも相まって、歳を重ねるにつれ「好きな人と過ごせる時間」が、大枚をはたいてでも価値のあるものに思えるようになったのだ。
今回の遠征で学んだ「合わない(相性が悪い)相手」は、無言で、自然と人が去る。
ボードゲームは一人で遊ぶものではない。先に挙げた、楽しい会話や、相手とのやりとりがあってこそ、面白さが増すツールだ。
まして初めての相手であろうとも、作品次第では、個人が取り持つプライベートスペースのかなり奥まった部分まで立ち入ることもあるだろう。
「また一緒に遊びたいと思える相手」
カタンの作者、クラウス・トイバーの言葉が、深く心をえぐる。



帰りの新幹線に揺られながら、旅の中のわびしさ、そして「また会える」は「いつでも会えるとは限らない」の裏返しである、と、そんな焦燥感すら感じさせてくれた。

また来ます、いつか必ず来ます
言葉にならない気持ちを、窓ガラス越しに投げかける。

悲しい気持ちを抑えるべく、私は駅弁を2つほど買い込み、飲み込むようにお腹に詰め込んだ。
満腹感が寂しさ、悲しさを少しでも紛らわしてくれることを願い、お茶を口にし、しばし目を閉じた。


嵐のような関西の三日間が、ぐるぐると脳内を駆け巡る。
嬉しさ、楽しさ、そして、哀しさ、辛さ、
それらをスタンドのミックスジュースのごとく綯い交ぜにし、新幹線はものの2時間と立たずに私を元の自宅へと運んだ。

また新たな生活が始まる。

孤独な一日、ひとりの作業。
その後ろには、何十人、何百人、いや、陰で見えない何万人、何百万人もの後ろ盾があることも、今回の遠征で学んだ収穫の一つだ。

人が人を支え、そして、支えられて、今がある。

そんな人生哲学を教えてくれた関西の方々に、心から感謝致します。


「ボードゲームはコミニケーション」
ともすればさらりと流される言葉の中に、どれほど多くの意味合いが含まれているだろうか。
今回お会いした方々の屈託のない笑顔を思い浮かべ、私はやはり「いい人と良い時間を過ごすことができるならば、それがボードゲームが内包する素晴らしさのひとつかな」と、ぼんやりした頭で考えた。


風邪をひくことのないよう、厚めの毛布を頭からかぶりながら。

(了)

ありがとうございました

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