2021年7月12日月曜日

目に見えない精神の話

 7月12日(月)


レイアウトに少しずつ手をかけることにした。

ノートに書いて、パソコンの画面に落とし、画面を調整する繰り返しだ。目に見える形にすると、抜けた部分が見えてくる。


その中で気がついたことがある。


世界樹の迷宮という私の好きなRPGがある。


その隠しダンジョンの話だ。通常のラスボスを倒すと現れる、難しさの髄を極めたダンジョンだ。制作者からの挑戦状とも受け取れる。


全5階層、最初は経路も長く敵も強いダンジョンだが、次第に落とし穴や全面ダメージ床なども襲いかかる。


そこで気がついた。

真のラスボスが眠る30階層は一本道である。実質、その一歩手前となる29階層がダンジョンの最難関となると言える。


その29階層は、ダメージ床でも、強豪ぞろいの敵でもない。

「ワープ地獄」の階層だ。


詳細は省くが、この29階層を「己が記憶を疑い絶望に叫んだ者達」と呼ぶ。

その一階手前が「流れ出る自身の血に気付き驚いた広場」だ。


何が言いたいかというと、体のダメージは回復アイテムや元々の体力も相まって対処法が確立されている。

一方で、冒険者を待ち受ける最大の難所が、自分の立ち位置がわからない、自分がどこを歩いているのか、進んでいるのか、戻っているのかすらわからない絶望の淵、つまり「精神的な疲労」だ。


見えない己の精神状態と対峙し、自分を信じ進むことが、どれだけ難しいことか。

先の29階も、ゲームだからマッピングなどの攻略ができるものの、実際の自分に照らし合わせるとどうだろう。


徒然草にも「体の汗は目に見える。心の汗は見えない」といった言葉が綴られていた。

一人で作業をこなすうちに、そんな心の悲鳴、疲労に注意を払いつつ、実は「まだ疲労が目に見えない」と甘くみてはいないだろうか。


もちろん制作の遅れ、他の制作者が美麗な作品で多くのツイートの反響を得ていることも、自分のそれに拍車をかけているのかもしれない。


戦うのは自分自身、信じるものは己のみ、哭きの龍はよく言ったものだ。


倒れるまで今日は頑張った。デザインもやめ時が見つからず、朝から晩までこの時間までずっと作業に従事した。

残業したからえらい、というツイートを横目に、黙々と頑張ることは、確かに美徳かもしれないが、それは心の衛生状態としてどうなのだろう?


あれこれ綴りたくなるのも、悲しい気分の時だからこそ。人は悲しいと詩人になるのだ。


明日はこの頑張りが多少報われますよう

七月は最高の運気だったことを今ふと思い出した。


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