3.11、震災の話を少しだけ話す。
僕の実家である鹿児島は、東北から距離はあったものの、連日流れる復興関連の番組に、ついに両親が根を上げるようになった。
震災関連の報道が流れるたび「テレビを消せ!」と怒鳴るのだ。
しばらくテレビから離れるどころか「復興に向けて頑張ろう!」といった言葉すら、あたかもアレルギーでも生じたかのように強く拒否を示した。
こうの史代著「夕凪の街、桜の国」のあとがきにも、著者であるこうの氏が「戦争を怖いだけの昔話にはしたくなかった」と言葉を綴った。
強いストレスに接すると、人間の身体はそれに強く抗う、だけではなく「ストレスを自ずから避けよう」とするのだと、これも脳科学か何かの書籍で目にした。
忘れよう、なかったことにしよう、
そう落とし込むことで、目の前の苦しみから一時的に逃れることができる。
決して「逃げちゃダメだ」といった自発的な行為ではなく、ストレスに耐えきれなくなった身体の拒否反応、防護反応ではないかと自分は考えている。
都内で発令された緊急事態宣言から、早1ヶ月を迎える。
先日、今日と、主催を手がけるゲームマーケット公式のTwitter(@GameMarket_)から「#知ったかゲムマ」「#エアゲムマ」開催のお知らせツイートが流れてきた。
「いろいろ自粛で心も憂鬱 そんなストレスをぶっ飛ばせ!」
そう銘打たれた「架空のゲームマーケットを創作するツイート」は、ゲームマーケット当日を予定した土曜日、多くの出展予定者、来場予定者が「#エアゲムマ」のタグをつけ盛り上がりを見せた。
実際のブース運営や、はたまた、ありもしない空想上の現場など、参加者の一人ひとりが、あたかも青海展示棟の様子を実況するかのように、我も我もと様々なツイートを展開した。
目を逸らしたい現実。
それに真っ正面から顔を上げる行為は嫌が応にも大きな苦痛や絶望を伴うものだ。
それでも、逃げることなく絶望を飲み込み、次へ、次へと前を向く姿勢、時にそれは己が苦痛をさらに伴おうとも、挫けたものに手を差し伸べ、うつむく人間一人一人の手を取るような姿に、僕は見て取れた。
ニーチェもこう語る。
「あなたがたが絶望におちいっていること、そこには多大の敬意を払うべきものがある。なぜなら、あなたがたはあきらめることを学ばなかったのだから」
(「ニーチェ著「ツァラトゥストラはこう言った」第四部 「「ましな人間」について」より)
逃げなかった。
走り出した。
その熱量は、周囲に伝播し、周りを心強くサポートする。
制作の熱を閉ざし、希望を絶やさんとする存在は、いつの時代も、厄災の審判を下す神様でも、恐怖に陥れる悪の大魔王でもなく、すべからく人間自身の行動に帰結するものだ。
しかしながら、逆もまた同じ。
頑張ろうという小さな熱量もまた、相手の心へと強く伝導する。
熱が熱を呼び、ろうそくがたいまつへ、たいまつから照明灯へ、と呼応するかのように、次第に大きな光が灯され、人々の向かうべき道先を照らす。
「正直いまは「前向いて行こうぜ」なんて軽々しく口にできる状況ではなく、本当に生きるか死ぬかだし、精神的なものも含めて病気は増加し、犯罪も増加するだろう。それでもなお、ゲームを作って行かなくてはならないと思う。」
(引用元 ;https://twitter.com/kariyakeiji/status/1253862927662084099?s=21)
ゲームマーケット事務局長の刈谷圭司氏は自身のツイートでそう語った。
僕が目指さんとする制作の根本は、どうやらその辺りに眠っているのではないかと最近は考えるようになった。
創作を動かすエネルギーとは、泉の如く自然と湧き出るものではなく、周りの創作熱に感化される形で、己が体内に秘められたエネルギーが周りと強く共鳴するかような、そんな形だ。
だから僕も、何か手を動かそうと決めた。
絶望に真っ向から立ち向かい、決して逃げることなく、少しずつ歩みを進めよう、そう改めて誓った。
3月末から続くこの自粛期間日誌も早5週目となった。
来週末は5月、新緑の季節を迎える。
見る者を楽しませる草花が役割を終え、種子を育み、若い木々へとバトンをつなぐ時期とされる。
自分に貢献できることは何か、なんて大それたことなど考えるに及ばない。けれど、僕が今できる全勢力を作品へと傾注できうるならば、小さくとも何かしら周囲を動かせるに違いない。
そんなことを願い、僕は今日もまた4コマに動画にと悪戦苦闘するのだった。
2020年4月26日日曜日
2020年4月19日日曜日
春キャベツの話 自粛期間中の由無し事
コロナ禍の御時世ではあるが、春本番を迎えた今の時期に春キャベツが店頭に並ぶ。
普通のキャベツより数倍も甘く、生でも茹でてもOKのオールマイティ選手だ。
春キャベツが甘い理由を、耳学問ではあるが「厳冬を迎えたから」と知った。
厳しい環境を迎えると、「ジッと耐えられる」よう、キャベツ自ら糖分を生成し、多くのエネルギーを蓄えるのだという。
この1週間も、先週と同様、限られた範囲の中で、自分のできることに傾注し日々を過ごした。
ペンとさいころのろいさんらが主催の「VAGE」にて初のオンラインイベントに参加した。
先週くらいから「毎日ボードゲーム動画クイズ」と称し、パワーポイントやフォトショップ等を駆使した映像クイズの開発、再現に時間を取った。
先週無事に入稿を終えたことだし、この1週間はもっとぐうたらしても良かったのかな、とは思う。
それでも何か手を動かさなければ、落ち着かなかった。
中野kurumari店長のウエノさんと軽くお話をする機会があった。
曰く「少しでも会話のやりとりがあると楽しいですね」
閉じこもる生活の中で一番苦痛なことは、自分にとって何より「外部と直接のやり取りが遮断されること」だった。
巷では「三密」「ソーシャルディスタンス」の言葉が飛び交い、相手との距離を遠ざけて生活するよう叫ばれている。
金銭的なやり取りは元より、何気ない日常の会話すら阻害されることは、こと独りの生活が長い自分にとってもやはり苦痛でしかなかった。
ニンテンドーSwitch「あつまれ!どうぶつの森」も僕のTLでは活況だ。
デザインを遊んだり、珍しい魚を釣り上げたり、といった従来の楽しみ方のほか、株価に相当するかぶのやり取りのほか、オンラインコードを駆使し、他のプレイヤーの村へと遊びに行く、招待する、そんなプレイスタイルを多く目にする。
オンラインゲームのフレンドコードをTwitter上でやり取りするなど、ボードゲームも、直接遊んだプレイ風景や感想をやり取りするスタイルから、インターネットを媒介し遠方の知人同士でワイワイプレイする、といったスタイルも、この3、4月くらいから頻繁に目にするようになった。
僕は、というと、相変わらず「自分にできること、提供できること」を日々考えながら変わらぬ毎日を過ごしている。
毎日制作するボードゲーム動画クイズも、一人黙々と、というより「楽しんでもらえる相手」を目の前に置くことが何よりのモチベーションだ。
そうした意味では、一人孤独に頑張る、なんてカッコいい姿ではなく、やっぱり努力した目線の先には相手の喜ぶ顔がある、ひいては「一人孤独に生きる」なんて、やっぱり自分には難しいのだろうと思う。
コロナが開けた頃、ちょうど暦の上で初夏を迎える。
5/6といえば、約3週間後に控えた昨年のゲームマーケット春2日目に向けてチラシやポスターなど細かな部分の制作を開始した時期であり、ついでに加えると、自分の42歳の誕生日でもある。
ゲームマーケット当日は5月にもかかわらず日中の気温が30度を超える日だった。
米大統領夫人が御台場にいらっしゃるとのことで、都内近隣はゴミ箱が封鎖されるなど厳戒態勢が敷かれていた。
昨年は昨年で、(気候の面とは別に)何かしらの制限があり、そんな中でも「仕方ないね」「こう対策するといいよ」と様々なアイデアが飛び交ったことを思い出す。
冬季に蓄えた養分が、暑い夏を前に、遅咲きで芽吹く頃。
同時に農村では田植えが始まり、苗床で育てられた稲が水田へと植えられていく。
ひとつの結果が生まれ、同時に、そこを起点として、始まりを迎える。
5月が間近に迫ると、僕は未だ暁を覚えぬ頭でそんな言葉を妄想する。
「ともに頑張りましょう」
今はただひたすら「自分のできることをこなす」のみだ。
普通のキャベツより数倍も甘く、生でも茹でてもOKのオールマイティ選手だ。
春キャベツが甘い理由を、耳学問ではあるが「厳冬を迎えたから」と知った。
厳しい環境を迎えると、「ジッと耐えられる」よう、キャベツ自ら糖分を生成し、多くのエネルギーを蓄えるのだという。
この1週間も、先週と同様、限られた範囲の中で、自分のできることに傾注し日々を過ごした。
ペンとさいころのろいさんらが主催の「VAGE」にて初のオンラインイベントに参加した。
先週くらいから「毎日ボードゲーム動画クイズ」と称し、パワーポイントやフォトショップ等を駆使した映像クイズの開発、再現に時間を取った。
先週無事に入稿を終えたことだし、この1週間はもっとぐうたらしても良かったのかな、とは思う。
それでも何か手を動かさなければ、落ち着かなかった。
中野kurumari店長のウエノさんと軽くお話をする機会があった。
曰く「少しでも会話のやりとりがあると楽しいですね」
閉じこもる生活の中で一番苦痛なことは、自分にとって何より「外部と直接のやり取りが遮断されること」だった。
巷では「三密」「ソーシャルディスタンス」の言葉が飛び交い、相手との距離を遠ざけて生活するよう叫ばれている。
金銭的なやり取りは元より、何気ない日常の会話すら阻害されることは、こと独りの生活が長い自分にとってもやはり苦痛でしかなかった。
ニンテンドーSwitch「あつまれ!どうぶつの森」も僕のTLでは活況だ。
デザインを遊んだり、珍しい魚を釣り上げたり、といった従来の楽しみ方のほか、株価に相当するかぶのやり取りのほか、オンラインコードを駆使し、他のプレイヤーの村へと遊びに行く、招待する、そんなプレイスタイルを多く目にする。
オンラインゲームのフレンドコードをTwitter上でやり取りするなど、ボードゲームも、直接遊んだプレイ風景や感想をやり取りするスタイルから、インターネットを媒介し遠方の知人同士でワイワイプレイする、といったスタイルも、この3、4月くらいから頻繁に目にするようになった。
僕は、というと、相変わらず「自分にできること、提供できること」を日々考えながら変わらぬ毎日を過ごしている。
毎日制作するボードゲーム動画クイズも、一人黙々と、というより「楽しんでもらえる相手」を目の前に置くことが何よりのモチベーションだ。
そうした意味では、一人孤独に頑張る、なんてカッコいい姿ではなく、やっぱり努力した目線の先には相手の喜ぶ顔がある、ひいては「一人孤独に生きる」なんて、やっぱり自分には難しいのだろうと思う。
コロナが開けた頃、ちょうど暦の上で初夏を迎える。
5/6といえば、約3週間後に控えた昨年のゲームマーケット春2日目に向けてチラシやポスターなど細かな部分の制作を開始した時期であり、ついでに加えると、自分の42歳の誕生日でもある。
ゲームマーケット当日は5月にもかかわらず日中の気温が30度を超える日だった。
米大統領夫人が御台場にいらっしゃるとのことで、都内近隣はゴミ箱が封鎖されるなど厳戒態勢が敷かれていた。
昨年は昨年で、(気候の面とは別に)何かしらの制限があり、そんな中でも「仕方ないね」「こう対策するといいよ」と様々なアイデアが飛び交ったことを思い出す。
冬季に蓄えた養分が、暑い夏を前に、遅咲きで芽吹く頃。
同時に農村では田植えが始まり、苗床で育てられた稲が水田へと植えられていく。
ひとつの結果が生まれ、同時に、そこを起点として、始まりを迎える。
5月が間近に迫ると、僕は未だ暁を覚えぬ頭でそんな言葉を妄想する。
「ともに頑張りましょう」
今はただひたすら「自分のできることをこなす」のみだ。
2020年4月12日日曜日
多くの目を持つ「チカラ」
毎回楽しみに拝聴しているスプーンラジオ(ポッドキャスト)「万屋楽団のそれなりな日々」第84回が先日配信された。
リンク先「万屋楽団のそれなりな日々「第84回 3月のLight and Geekと営業自粛について」の巻」」
https://yorozuyagakudan.com/2020/04/08/podcast084/
今回は特に京都府に店舗を構えるLight & Geek店長を務めるサンジョウバさんの経営手腕が(冒頭のアサトさんのお話も含め)評価される回だったように感じる。
実際に聞いてもらうと早いが、来店者数、新規入会者数、曜日ごとの来店者数や一人当たりの滞在時間、席数に至るまで、3月の集客情報を様々な角度から俯瞰し、売り上げや客層の詳細に分析する回だ。
僕は経営面に関しとんと素人だが、拝聴しながら、サンジョウバさんの持つ「多くの目」が、すごく素敵で、たくましいと感じた。
多くの目を持つことは、持ち前の強さばかりではなく、メンタル面もコントロールすることができる。
ざっくり野球で例えると、ストレート一本で勝負する投手と、様々な球種を使い分ける投手と、で、バッターに対する対応が異なる。投球前に悩む量は前者が、仮に崩れた場合の悩む量は後者が、それぞれ比較的負担が少ないと言える。
多数の視点を持つことは、周りを見る視点であり、ひいては「自分を省みる視点」を持つことにつながる。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」は孫子の一節からの引用だが、さらに掘り下げると、自分を知ることで余裕が生まれる。余裕が生まれると、適度に相手を牽制しつつ硬い守りに入ることができる。そして生まれた余裕を持って、周りに手を差し伸べることもできる。
戦術の面でも、予備戦力を多く保持する戦法は、特に浮動状況下で真価を発揮する。
(もちろん、ボードゲームや囲碁・将棋・麻雀などを嗜まれる本ブログの読者にはブログにまとめるべくもなく自然と身についた話ではないかと思うが。)
周りに差し伸べたその手は、別の人間がさらに手を伸ばしてくれる。そうして次へ、次へ、と等比級数的に幸せが連鎖し、増幅する。
知識なり、経験なり、とっさの場面で打つことのできる「次の一手」を幾つ引き出しとして控えているか、は、先のアナログゲームならば特に「実力」につながると直感的に理解できる。
ラジオ配信の途中にはこんな言葉も飛び出した。
「みんな(お客さんが)お金を払う気満々で来ている」
緊急事態宣言が為され、多くの方が外出の自粛、行動の制限を余儀なくされた。
悲観する方、逃避する方の一方で「次はこうします」「これから○○します。ご一緒にいかが」と、先へ先へと視点を変え、周りに手を差し伸べる方も数多く目にする機会もあった。
ボードゲーム界隈もボドっていいとも!の翔さんをはじめ、ツイキャスライブ、YouTube配信等で新作の応援をされる方、ペンとサイコロのろいさんが展開する「まいにち共通広場Live!」のTable top simulator等、オンラインでのボードゲームプレイも活況を見せている。
「ダメなら次」の目線を変えるチカラ、手を伸ばすチカラ、
そのためには苦しくツラい状況下の自分を慰め癒し、時に騙し騙し体を動かしながら、キッと顔を前に上げる強さも必要だったはずだ。
暗い話題が飛び交う昨今、こうした「人と人との温かみ」を実感する配信回だった。
僕もそんな「周りを幸せに」する、できる人間に向かうために、もっともっと勉強しよう、読書しよう、と、心に決めた。
リンク先「万屋楽団のそれなりな日々「第84回 3月のLight and Geekと営業自粛について」の巻」」
https://yorozuyagakudan.com/2020/04/08/podcast084/
今回は特に京都府に店舗を構えるLight & Geek店長を務めるサンジョウバさんの経営手腕が(冒頭のアサトさんのお話も含め)評価される回だったように感じる。
実際に聞いてもらうと早いが、来店者数、新規入会者数、曜日ごとの来店者数や一人当たりの滞在時間、席数に至るまで、3月の集客情報を様々な角度から俯瞰し、売り上げや客層の詳細に分析する回だ。
僕は経営面に関しとんと素人だが、拝聴しながら、サンジョウバさんの持つ「多くの目」が、すごく素敵で、たくましいと感じた。
多くの目を持つことは、持ち前の強さばかりではなく、メンタル面もコントロールすることができる。
ざっくり野球で例えると、ストレート一本で勝負する投手と、様々な球種を使い分ける投手と、で、バッターに対する対応が異なる。投球前に悩む量は前者が、仮に崩れた場合の悩む量は後者が、それぞれ比較的負担が少ないと言える。
多数の視点を持つことは、周りを見る視点であり、ひいては「自分を省みる視点」を持つことにつながる。
「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」は孫子の一節からの引用だが、さらに掘り下げると、自分を知ることで余裕が生まれる。余裕が生まれると、適度に相手を牽制しつつ硬い守りに入ることができる。そして生まれた余裕を持って、周りに手を差し伸べることもできる。
戦術の面でも、予備戦力を多く保持する戦法は、特に浮動状況下で真価を発揮する。
(もちろん、ボードゲームや囲碁・将棋・麻雀などを嗜まれる本ブログの読者にはブログにまとめるべくもなく自然と身についた話ではないかと思うが。)
周りに差し伸べたその手は、別の人間がさらに手を伸ばしてくれる。そうして次へ、次へ、と等比級数的に幸せが連鎖し、増幅する。
知識なり、経験なり、とっさの場面で打つことのできる「次の一手」を幾つ引き出しとして控えているか、は、先のアナログゲームならば特に「実力」につながると直感的に理解できる。
ラジオ配信の途中にはこんな言葉も飛び出した。
「みんな(お客さんが)お金を払う気満々で来ている」
緊急事態宣言が為され、多くの方が外出の自粛、行動の制限を余儀なくされた。
悲観する方、逃避する方の一方で「次はこうします」「これから○○します。ご一緒にいかが」と、先へ先へと視点を変え、周りに手を差し伸べる方も数多く目にする機会もあった。
ボードゲーム界隈もボドっていいとも!の翔さんをはじめ、ツイキャスライブ、YouTube配信等で新作の応援をされる方、ペンとサイコロのろいさんが展開する「まいにち共通広場Live!」のTable top simulator等、オンラインでのボードゲームプレイも活況を見せている。
「ダメなら次」の目線を変えるチカラ、手を伸ばすチカラ、
そのためには苦しくツラい状況下の自分を慰め癒し、時に騙し騙し体を動かしながら、キッと顔を前に上げる強さも必要だったはずだ。
暗い話題が飛び交う昨今、こうした「人と人との温かみ」を実感する配信回だった。
僕もそんな「周りを幸せに」する、できる人間に向かうために、もっともっと勉強しよう、読書しよう、と、心に決めた。
2020年4月5日日曜日
動かすこと
自宅での活動自粛生活も早2週間が経過した。
2週間前の外出以来、自宅から半径300m以上の外出は控えている。
お金の振り込みと軽い買い物、時折外に出て散歩をする程度だ。
自宅にこもってばかりいる環境は、とにかく目の周りの「物」が動かない。
当たり前のことだけれど、意識をして換気や片付けなどを行わない限り、目の前の本や手帳など微動だにするはずがない。
「引きこもりながら読むぞ!」と枕元に積まれた本も、「読むぞ!」と意気込まなければページすらめくることができない。
さながら「冬眠の熊」のように、周りの動向を伺いながら、ひたすら消耗を抑えてジッとする、ここ数日はそんな日々を過ごした。
買い物のため外を出歩くと、木々がそよぎ、風が吹き抜け、親と子どもの他愛もないやりとりが耳に入る。
普段は感じることのできなかった「自然のうつろい」、それを肌で、内蔵で。直に感じとることができた。
「退屈だ」と感じる由縁は、自分にとってどうも「変わり映えのない世界」に身を置くことであり、己に秘めた「変わりたい」の気持ちから大きく乖離しているからだろうか、などとぼんやり考えた。
俗な話ではあるが、ボードゲームの最中に、行動を制限され、動きたくても自由に動けない状況を「苦しい」と表現する。
職場でもプライベートでも「やりたいこと」を咎められ抑えられ、やむなく行動が制限される「苦しみ」と、言葉の他に意味合いも相通ずる。
それは自分の中の「変化したい」の欲求が鬱積し、発憤できない苦しさ、と、無理やりまとめてみた。
SNSでは絶え間なくツイートが流れ、動く。
有用無用問わず様々な情報が、秒単位で変化を遂げながら「動いて」いる。
絶えず流れる情報、動かない動けない自分。
自由のない束縛された苦しさは「退屈」の苦しさとも連動する。
そんな「退屈」ばかりを味わうと、次第に部屋の中で「自分の存在について」と出口のない哲学と格闘する羽目になる。
退屈の誘惑から懸命に逃れつつ「そんな中でもできること」を模索することにした。
小冊子の制作を継続することに決めた。
制作中の漫画、クイズ本等の創作に関し、手を緩めず、少しでも前へと体を動かすことにした。
それでもメンタルとシンクロする僕の諸活動は、ネタに苦しむ日やデザイン、レイアウトに苦しむことも度々あった。
頒布できる場所なんてわからない。
それでも手を動かし、どなたか欲する方のもとへと届ける算段を思いあぐねる時間は、幸せを味わうことができた。
ペンを握り、メモを取りまとめ、頭の中を紙媒体に起こす作業は、何より精神の安寧となり、いつしか「届けたい」の気持ちを上回る「世に生み出したい」が念頭となった。
4コマのレイアウト作業のほか、クロスワード本のPDF化、チラシで使用するクロスワードの手直しなど、気の向くままに手を動かしているうちに、1週間は瞬く間に過ぎ去った。
物理的なものも積極的に動かすことにした。
元来お金がないどころか、小冊子の売り上げの他にまとまった収入のない自分にとって、できる支援などたかが知れた。
それでも周囲の苦しむツイートに心を痛め、目に止まったお店には微額ながら支援・購入を行った。
その際は、できうる限り応援の気持ちも添えることにした。
「ご無理をなさらず」「お体ご自愛ください」
定型文とならないよう、ありのまま気持ちを言葉に乗せ、リプライするよう心がけた。
先週から続く引きこもりの2週間は、そんな「未来への勝手な妄想」に明け暮れていた。
今はまだ先のことなどわからない。そもそも、未来のことなど誰も知る由もない。
だからこそ今は、下へ下へと根を張ることに従事したように思う。
「明けない夜は無い」しかしながら、いつまでも暗闇の続く御時世では、ゴールも補給地点もないマラソンを延々と走らされているようにすら感じる。
それでも僕は、いつか迎えるであろうゴールまで、必死に走り続けようと思う。
自分だけではなく、皆が揃ってゴールのテープを切ることができるよう、無理のない範囲で手を差し伸べようと心に決めた。
そしてまたいつか、みんなで笑いあえるその日まで、日々明るい方向へと道を伸ばして行こうかと思う。
2020年3月28日土曜日
立ち止まる中で「できること」を
先週とは打って変わって、この1週間は自宅にこもり、必要なだけの買い物と気分転換を済ませる日々を送った。
どういった状況であれ、都知事からのアナウンスがあった以上、ウイルスの蔓延を防止するべく大きな移動を控えるべきと判断した。
2回分も残された青春18切符は、そのまま期限を迎えることだろう。
引きこもりの生活の中、自分の行い、振る舞いを改めて(というより半ば強制的に)見返そうと頭が動いた。
古典文学で見かける随筆家が、岩室にこもりつつ、ひたすら詩作にふけったように、自分も「これでよかったのか」「何をして、どう動くべきか」と自問自答にくれる、そんな毎日を過ごした。
ゲームマーケット春の知らせは、同じくゲームマーケット大阪で苦渋を味わった僕にとって「来たるべき道に来た」と構えてはいたものの、やはり精神的なダメージまで和らげない、と、体が判断したためか、内臓に重くのしかかる「やるせない気持ち」を排除することはできなかった。
出展が叶わなかったとはいえ、金曜にはコミックマーケット中止の連絡も相次いだ。
どうしよう、これから。
逼迫された状況下、足場がだんだんと切り崩される中で、自分の中の何を切り捨て、何を残すか、ボードゲーム的にいうと「手持ちカードの精査」の段階を経験する。
トレジャーのSLG「斑鳩」Chapter3「信念」のステージタイトルを引用する
Chapter3 信念 ideal
浮き世に絶対などというものは無く、
理不尽な思いを胸にして、途方にくれる時もある。
それを乗り越えるためには、確固たる信念と洞察、
そして幾分かの行動力を持つ必要がある。
自分に何ができる?
うつむいた先の僕の視線に、自分の手がけた小冊子の束が映った。
4コマにクロスワードに、あまつさえ分厚いエッセイ集、
この春で頒布を予定したはずの作品だ。
思い返せば、自分の中にある「楽しさ」の器が溢れ出した頃、僕は消費する立場から生産する側へとシフトした。
「楽しみ」の種をまき、育て、実った果実を配って回るだけではなく、初めて手にされた方が喜んでもらえるには?を自分に問いかけ、イラストを、Illustratorを、動画編集を、全て一から勉強し直した、そんな僕の集大成とも呼べる作品がこの3冊に凝縮されている。
「楽しんでほしい」
そんな想いを動力源とし、年末年始も缶詰になり、作り上げた大切な本だ。
「こんな面白い楽しみ方があるよ!お手にとって、ぜひ試してみてください!」
僕が小冊子を「販売」ではなく意図して「頒布」と言葉を改める由縁はそこに存在する。
そう
だからこの春は「多くの方に知ってもらう」と心に誓った。
そして、そのためにはどんな手段でも活用すると決めた。
これまで「自分の作品は他のボードゲーム作品とは異なるから」と、意図して同じ舞台に向かうことを躊躇してきた。
これからは他の出展ブースと同一線上で頑張ることに決めた。
もっと自分の作品が「笑顔を醸成できる」ベクトルとして同一なのだ、そして、対等に迎える作品なのだ、と、強く自覚することにした。
先日は長崎サニーバード様にて初のPodcastゲスト出演も果たした。
(第198回「世にも面白い!トランプとクイズの世界!!の巻!」 – おしゃべりサニバ~ボードゲーム大作戦改~ )
BOOTHにて初めてpdfでの販売、合わせて体験版の無料配布を行った。
(https://banjirou.booth.pm)
小規模のイベント告知には一も二もなく反応した。
考えたら足がすくむ、直感的にそう判断した。
寂しさで震える自分に浸っている余裕はない。
ドイツの哲学者ヨハン・ゴッドフリート・ヘルダーの言葉にも「わたしがここにいるのは考えるためではなく、存在し、感じ、生きるためだ!」とある。
作品を広め、手にされた方が「僕の提供する面白さ」を五感を通じ楽しんでもらえるような(無論そのために自分が崩れてしまうようではいけない)ワクワクを、自分のできる範疇で、これからも模索を続けよう。
制限された行動下だからこそ、無理もなく、無茶もなく、自分のできることをもう一度見つめ直し(品を下げることなく)貪欲に、ガムシャラに。
「楽しい!」のエネルギーが、冷え込んだ雰囲気に幾ばくかの熱を放出できますように。
こもりきりの部屋の中で、パソコンを打ちながら、今日も「なにができる?」を自問自答する、そんな今日この頃。
どういった状況であれ、都知事からのアナウンスがあった以上、ウイルスの蔓延を防止するべく大きな移動を控えるべきと判断した。
2回分も残された青春18切符は、そのまま期限を迎えることだろう。
引きこもりの生活の中、自分の行い、振る舞いを改めて(というより半ば強制的に)見返そうと頭が動いた。
古典文学で見かける随筆家が、岩室にこもりつつ、ひたすら詩作にふけったように、自分も「これでよかったのか」「何をして、どう動くべきか」と自問自答にくれる、そんな毎日を過ごした。
ゲームマーケット春の知らせは、同じくゲームマーケット大阪で苦渋を味わった僕にとって「来たるべき道に来た」と構えてはいたものの、やはり精神的なダメージまで和らげない、と、体が判断したためか、内臓に重くのしかかる「やるせない気持ち」を排除することはできなかった。
出展が叶わなかったとはいえ、金曜にはコミックマーケット中止の連絡も相次いだ。
どうしよう、これから。
逼迫された状況下、足場がだんだんと切り崩される中で、自分の中の何を切り捨て、何を残すか、ボードゲーム的にいうと「手持ちカードの精査」の段階を経験する。
トレジャーのSLG「斑鳩」Chapter3「信念」のステージタイトルを引用する
Chapter3 信念 ideal
浮き世に絶対などというものは無く、
理不尽な思いを胸にして、途方にくれる時もある。
それを乗り越えるためには、確固たる信念と洞察、
そして幾分かの行動力を持つ必要がある。
自分に何ができる?
うつむいた先の僕の視線に、自分の手がけた小冊子の束が映った。
4コマにクロスワードに、あまつさえ分厚いエッセイ集、
この春で頒布を予定したはずの作品だ。
思い返せば、自分の中にある「楽しさ」の器が溢れ出した頃、僕は消費する立場から生産する側へとシフトした。
「楽しみ」の種をまき、育て、実った果実を配って回るだけではなく、初めて手にされた方が喜んでもらえるには?を自分に問いかけ、イラストを、Illustratorを、動画編集を、全て一から勉強し直した、そんな僕の集大成とも呼べる作品がこの3冊に凝縮されている。
「楽しんでほしい」
そんな想いを動力源とし、年末年始も缶詰になり、作り上げた大切な本だ。
「こんな面白い楽しみ方があるよ!お手にとって、ぜひ試してみてください!」
僕が小冊子を「販売」ではなく意図して「頒布」と言葉を改める由縁はそこに存在する。
そう
だからこの春は「多くの方に知ってもらう」と心に誓った。
そして、そのためにはどんな手段でも活用すると決めた。
これまで「自分の作品は他のボードゲーム作品とは異なるから」と、意図して同じ舞台に向かうことを躊躇してきた。
これからは他の出展ブースと同一線上で頑張ることに決めた。
もっと自分の作品が「笑顔を醸成できる」ベクトルとして同一なのだ、そして、対等に迎える作品なのだ、と、強く自覚することにした。
先日は長崎サニーバード様にて初のPodcastゲスト出演も果たした。
(第198回「世にも面白い!トランプとクイズの世界!!の巻!」 – おしゃべりサニバ~ボードゲーム大作戦改~ )
BOOTHにて初めてpdfでの販売、合わせて体験版の無料配布を行った。
(https://banjirou.booth.pm)
小規模のイベント告知には一も二もなく反応した。
考えたら足がすくむ、直感的にそう判断した。
寂しさで震える自分に浸っている余裕はない。
ドイツの哲学者ヨハン・ゴッドフリート・ヘルダーの言葉にも「わたしがここにいるのは考えるためではなく、存在し、感じ、生きるためだ!」とある。
作品を広め、手にされた方が「僕の提供する面白さ」を五感を通じ楽しんでもらえるような(無論そのために自分が崩れてしまうようではいけない)ワクワクを、自分のできる範疇で、これからも模索を続けよう。
制限された行動下だからこそ、無理もなく、無茶もなく、自分のできることをもう一度見つめ直し(品を下げることなく)貪欲に、ガムシャラに。
「楽しい!」のエネルギーが、冷え込んだ雰囲気に幾ばくかの熱を放出できますように。
こもりきりの部屋の中で、パソコンを打ちながら、今日も「なにができる?」を自問自答する、そんな今日この頃。
2020年3月21日土曜日
肌身で感じた「強さ」 3週間の旅を終えて
新型コロナウイルスの影響は想像を遥かに超えるものだった。
ゲームマーケット大阪を含む多数の大規模イベントが自粛となり、開催を決行したイベントも、その客足は大きく落ち込みを見せるなど、全国各地の制作者、主催者、ボードゲームカフェ、等々、悲痛な叫びが上がった。
Twitterのタイムラインでも日々落胆の声が流れる。
そんな中、今回惜しくも頒布できなかった各作品を、通信販売等を利用し頒布しようと、またYouTube配信塔を活用し「独自の動画等で紹介します」と、そんな暖かい支援の声もあちこちで上がった。
「(こんなご時世だからこそ)ともに頑張りましょう!」
何事にも感化されやすい僕は、そんな心の声すらも敏感に察知した。
「下っ端のいちサークルながら、僕にも、何かの形で周りにご支援ができないか」
いつからか僕は、そんな取り止めのない問題で頭をもたげた。
2月中頃、大阪への宿泊予約を取り持つ旅行会社から「3日前までキャンセル料を無料とします」といった旨のメールが届いた。
そのまま返送すれば、文字通り、何もかもが「白紙」へと帰る。
白紙になるくらいなら、現地に行き、お店の方に御挨拶をしよう、「頑張りましょう!」の声とともに、少しばかりのお金を落としに行こう。
僕の決意は固まり、大阪遠征を続行するどころか、気がつけば、九州、名古屋も加え、全国各地へあれよあれよと旅程を立てるに至った。
無論、僕自身が病魔に倒れてしまっては本末転倒だ。体調管理だけは細心の注意を払うことにした。
決して無理をせず、僕が動ける範疇のこと「だけ」を。
2月28日に開催された埼玉県北越谷ZEST様の「エアゲムマ」を皮切りとし、僕は大阪、京都、兵庫、福岡、長崎、愛知、三重、千葉、……3週間ほど「ご挨拶」という形の応援に飛び回った。
行く先々でボードゲームのクイズを広げ、お話をし、卓を囲み、ご興味があればと新刊小冊子をお渡しに奔走した。
お店の中は、どの場所も、こちらが拍子抜けするほど明るい雰囲気だった。
店員さんはお客さんが少ないことを半ば自嘲気味に笑い、そして時折眼光鋭く「頑張りましょう!」と肩を叩きながら、迎えた状況にもめげることなく真摯に向き合い、少しずつ、少しずつ、前を向く、そんな力強さを肌身で感じることができた。
そして僕自身にも
「今度クイズ会をやりましょう!」
「YouTube配信なんてどうですか?」
「次の新刊はこの路線で!」
など励ましの声をかけてくれた。
僕はゲームマーケット出展が今年でやっと4年目となる、一般のサークルに過ぎない。
まして頒布している作品はボードゲームそのものではなく「ボードゲームに関するクイズ本」である。
売り上げもさることながら、大手を振って「頑張りましょう!」と主張できる立場にあらず。
そんな無名の僕にも手を取り、応援とともに励ましの声をかけてくれた。
僕はそれを聞くたびに、うっすらと涙をにじませた。
励ましのつもりが励まされてどうする、自分。
明日の動向すら刻一刻と変化する、未だ予断を許さない混沌とした状況の中、僕は旅先からの帰途で「僕は僕の感じたままに、今の現状を受け入れよう」と心に誓った。
不安、絶望、といったマイナスな面だけではなく、それら苦悩を迎えた先に、それでもなお、胸の内からふつふつとたぎる強い活力。
実際にこの目で見た「ありのまま」を、飲み干し、体内に取り入れ、そしてゆっくりと時間をかけて自分の言葉へと昇華する。
そう考えるうちに、気がつけば3週間にもわたる旅程は実にあっという間に過ぎ去っていった。
百聞は一見に如かず
百見は一考に如かず
百考は一行に如かず
百行は一果に如かず
中国・漢代のことわざだ。
今回の旅を通じ、現実を見ることの大切さ、そして何より、笑顔を提供される方一人一人の秘めたる真の優しさ、強さといった諸々を、肌身を通じ実感することができた。
学んだことは多かったけれど、今の僕の語彙量では、上手い言葉に乗せて表現するにはまだまだ時間がかかる。
想いを活字にまとめる作業に苦心しながら、僕はこれからもそんな情熱を持つ方々をこれからも応援しようと誓った。
焦ることなくゆっくりと気持ちを熟成させ、少しずつ活字として、作品として、想いを形にし、相手に届けることを続けよう。
僕にだって何かできることがある。
これから先も、各地で、応援の声を届けに回れたらと願う。
ゲームマーケット大阪を含む多数の大規模イベントが自粛となり、開催を決行したイベントも、その客足は大きく落ち込みを見せるなど、全国各地の制作者、主催者、ボードゲームカフェ、等々、悲痛な叫びが上がった。
Twitterのタイムラインでも日々落胆の声が流れる。
そんな中、今回惜しくも頒布できなかった各作品を、通信販売等を利用し頒布しようと、またYouTube配信塔を活用し「独自の動画等で紹介します」と、そんな暖かい支援の声もあちこちで上がった。
「(こんなご時世だからこそ)ともに頑張りましょう!」
何事にも感化されやすい僕は、そんな心の声すらも敏感に察知した。
「下っ端のいちサークルながら、僕にも、何かの形で周りにご支援ができないか」
いつからか僕は、そんな取り止めのない問題で頭をもたげた。
2月中頃、大阪への宿泊予約を取り持つ旅行会社から「3日前までキャンセル料を無料とします」といった旨のメールが届いた。
そのまま返送すれば、文字通り、何もかもが「白紙」へと帰る。
白紙になるくらいなら、現地に行き、お店の方に御挨拶をしよう、「頑張りましょう!」の声とともに、少しばかりのお金を落としに行こう。
僕の決意は固まり、大阪遠征を続行するどころか、気がつけば、九州、名古屋も加え、全国各地へあれよあれよと旅程を立てるに至った。
無論、僕自身が病魔に倒れてしまっては本末転倒だ。体調管理だけは細心の注意を払うことにした。
決して無理をせず、僕が動ける範疇のこと「だけ」を。
2月28日に開催された埼玉県北越谷ZEST様の「エアゲムマ」を皮切りとし、僕は大阪、京都、兵庫、福岡、長崎、愛知、三重、千葉、……3週間ほど「ご挨拶」という形の応援に飛び回った。
行く先々でボードゲームのクイズを広げ、お話をし、卓を囲み、ご興味があればと新刊小冊子をお渡しに奔走した。
お店の中は、どの場所も、こちらが拍子抜けするほど明るい雰囲気だった。
店員さんはお客さんが少ないことを半ば自嘲気味に笑い、そして時折眼光鋭く「頑張りましょう!」と肩を叩きながら、迎えた状況にもめげることなく真摯に向き合い、少しずつ、少しずつ、前を向く、そんな力強さを肌身で感じることができた。
そして僕自身にも
「今度クイズ会をやりましょう!」
「YouTube配信なんてどうですか?」
「次の新刊はこの路線で!」
など励ましの声をかけてくれた。
僕はゲームマーケット出展が今年でやっと4年目となる、一般のサークルに過ぎない。
まして頒布している作品はボードゲームそのものではなく「ボードゲームに関するクイズ本」である。
売り上げもさることながら、大手を振って「頑張りましょう!」と主張できる立場にあらず。
そんな無名の僕にも手を取り、応援とともに励ましの声をかけてくれた。
僕はそれを聞くたびに、うっすらと涙をにじませた。
励ましのつもりが励まされてどうする、自分。
明日の動向すら刻一刻と変化する、未だ予断を許さない混沌とした状況の中、僕は旅先からの帰途で「僕は僕の感じたままに、今の現状を受け入れよう」と心に誓った。
不安、絶望、といったマイナスな面だけではなく、それら苦悩を迎えた先に、それでもなお、胸の内からふつふつとたぎる強い活力。
実際にこの目で見た「ありのまま」を、飲み干し、体内に取り入れ、そしてゆっくりと時間をかけて自分の言葉へと昇華する。
そう考えるうちに、気がつけば3週間にもわたる旅程は実にあっという間に過ぎ去っていった。
百聞は一見に如かず
百見は一考に如かず
百考は一行に如かず
百行は一果に如かず
中国・漢代のことわざだ。
今回の旅を通じ、現実を見ることの大切さ、そして何より、笑顔を提供される方一人一人の秘めたる真の優しさ、強さといった諸々を、肌身を通じ実感することができた。
学んだことは多かったけれど、今の僕の語彙量では、上手い言葉に乗せて表現するにはまだまだ時間がかかる。
想いを活字にまとめる作業に苦心しながら、僕はこれからもそんな情熱を持つ方々をこれからも応援しようと誓った。
焦ることなくゆっくりと気持ちを熟成させ、少しずつ活字として、作品として、想いを形にし、相手に届けることを続けよう。
僕にだって何かできることがある。
これから先も、各地で、応援の声を届けに回れたらと願う。
2020年1月21日火曜日
それは一枚のポートフォリオ 沖縄じょーとー市報告レポ
ゲームマーケット大阪に向けての締め切りに追われる中、逃げ込むかのような形で、先日1月18日、僕は一路、沖縄へと飛んだ。
この日の関東は折からの雪模様、朝から強く冷え込む1日を迎えた。
しっかりとコートをかかえ、僕は人混みで賑わう機内へと単身乗り込んだ。
3時間ほどで那覇空港へと到着。
気温15度、まさかと思われるが、それなりに羽織るものが必要なほどひんやり肌寒い「沖縄らしい冬」。
市内を繋ぐ「ゆいレール」へと乗り込み、市内に位置するボードゲームカフェ「サイコロ堂」様へと向かう。
昨年は店舗を改装し、明るく、西洋風に、かつ以前の面影もさりげなく残すたたずまいだ。
早速お目当ての沖縄名物の「ルートビア」を注文する。
ガツンと飛び込む甘さとカラメルが喉の奥でスパークする。体のことなど考えず2本目も飲み干してしまった。
ふと目をやると、最新号の「メビテン」が配布されていた。
巻頭ページには「開運ボードゲーム占い」とある。
さてさて、気になるおうし座の運勢は?
「テーマは「トキメキ」。あなたの心をときめかせる何かに出会います。そのときがきたら、恥ずかしがらずに飛び込んでみて。それが転機になります。」
じょーとー市での「トキメキのある出会い」を、独り密かに期待することにした。
たまごさんらとともに、地元の郷土料理のお店へと向かう。
こちらの食堂で、もう一つのお目当てである「麩ちゃんぷる定食」を堪能する。
濃く味付けされた野菜炒めに、大盛りのご飯の牙城が崩れる。
熱と汗でへばらないような沖縄の食を堪能する。
翌朝、案の定昨夜の食べ過ぎで胃腸の張ってしまった僕は、朝食をそこそこに当日の最終準備へと取り掛かった。
この日は朝から清々しい晴れ模様にも恵まれ、当日の会場となる『ゆらてく』へ送ってもらった。
天井も高く、内装も綺麗、別の部屋では吹奏楽のグループが練習していたが、音響ひとつ漏れないという徹底ぶりだ。
設営を始めると、昨夜お邪魔したサイコロ堂の店主や、同じく県内のボードゲームカフェtoi toi toiの店主をはじめ、多くの出展者が、各々持参した魅力的な作品を次々に展開する。
県内で人形制作者として有名な「フリッキー山田」さんも登場し、愛嬌のある人形を目の前に配し、ペンを手に取り、黙々と作品制作へと取り掛かった。
今回「番次郎書店」としては珍しく、中古のゲームを展開するイベント。
採算は度外視し、ここでも「楽しむこと、交流すること」をメインに運営を展開することに決めた。
入口の近くでは、ボードゲーム制作者のクロクマさんら多くのボードゲーム愛好者らが、いまや遅しと開場の時間を待っていた。
14時、主催の声とともに幕が開く。
フリーマーケットも含めたボードゲームを主体とする沖縄初のイベント、多くのボードゲーム愛好者が待ち焦がれたのだろう。開幕当初から多くの人が我先にと流れ込む。
大きな混乱こそ無かったものの、事前に大きな注目を集めていた作品はものの5分も経たずに完売の報告が相次いだ。
僕の方も、それとなく並べてあったネスターゲームズやスカルキングなどの目玉商品が次々と手を離れていった。
賑わいを目にした様子で、近隣から、遠方から、そしてボードゲームにあまり馴染みのない方も含め、多くの来場者が途中からも大勢足を運んだ。
家族連れに、子供向けに、パーティ用に、と、次々に購入される。僕正面の話をすると、コヨーテ、キャットアンドチョコレートといった、いわば『ボードゲームに馴染みのある方なら遊び尽くしたような作品』の方にこそ多くの方が興味を持ってくれたように感じた。
開始2時間経過後も、いまだ人の波は途絶えることを知らない。
せっかくだからと用意した『早押しクイズ』も、閉会1時間前となった場面でようやく顔を出す。「正解すれば全品半額チャレンジ」の太っ腹なおまけ付きだ。
17 時、大きな混乱等もなく、じょーとー市は無事に閉幕。
会の終始を通じブースに張り付く形となった僕は、結局ほかのブースの掘り出し物を物色することすらできず幕を終えた。
軽くなった荷物を片付け、全員一丸となって会場を締めると、辺りはすでに暗闇の中だった。
心地よい疲労が身体からじんわりと溢れる。
終わってみれば、出展者、スタッフ、来場者、全てが笑顔に包まれたイベントだったように感じた。
ガツガツとモノを売りさばくといったイベントではなく、会場内すべての方と笑顔を共に過ごしたような、それはまるでおとぎばなしの世界の中のような、とても不思議な時間だった。
「イベントを通じ、沖縄のボードゲーマーが集まるようなイベントにしたい」
会の主催を務めた防波亭時化さんはそう話してくれた。
ゲームマーケットに来場される方の中にも、当日の買い物とは別に、遠方からいらっしゃる方との交流を楽しみに来場される方も多いと聞く。
それは形を変えた「同窓会」のようなイベントかもしれない。
個々人のプレイ歴、所持数、さらにはゲームカフェ、ゲーム会の主催・運営、それらの垣根を一切取り払い、その場の全員が忌憚なく「ボードゲームの話題」で楽しく盛り上がる場、もちろん僕のような外部の人間も排他的どころか、むしろ新たな風を取り入れるが如く手厚く歓迎してくれる、
まるで、バラバラとなったジグソーパズルのピースを、枠の中にひとつずつ丁寧に当てはめ、同窓会の思い出となるべき一枚のポートフォリオを全員で組み上げるような、とても地道で、膨大な作業だったことではなかったことだろうかと、改めて主催を務めた時化さんの頑張りを称えた。
翌朝、当日の購入資金として用意した幾ばくかのお金を、この度の首里城火災の復興支援基金へと回した僕は、制作中の頭を空にして街中をぶらぶらと散策することにした。
自分用のお土産も、ウムクジ天ぷら(サツマイモ団子)や砂糖天ぷら(サーターアンダギー)、バヤリースの石垣島パインなど至って庶民的なものばかりが並ぶ。
21時過ぎ、大勢の客を乗せた飛行機とともに、僕は冷え込みの続く関東地方へと無事に帰還した。
誰もいない部屋の中、いつものPodcastをつけながら、僕はまたいつもの執筆作業へと取りかかった。
こうしていつもの生活がまた始まりを見せるのだ。
初めは、本当にちっぽけなものだったかもしれない。
「できたらいいな」
そんな本当に些細な想いだったことだろう。
次第にその「好き」の想いが、熱を帯び、熱量を高め、それらが共鳴し、人を呼び、人を動かし、1人、2人、4人、16人…いつしかそれは大きな作品と成長を遂げる。
そんな「好きという想いの強さ」を肌身で学んだ、そんな実り多いイベントだったと振り返った。
改めて本イベントの主催を務めました防波亭時化様、たまんちゅ様、げな様、みみこ様ら実行委員スタッフをはじめ、たまごさん、出展者、多くの来場者、そして携わった多くの方々に、そして、ボードゲームを作らない僕のようなボードゲームのサークルを暖かく迎え入れてくださった沖縄の方々
に深く感謝申し上げます。
この日の関東は折からの雪模様、朝から強く冷え込む1日を迎えた。
しっかりとコートをかかえ、僕は人混みで賑わう機内へと単身乗り込んだ。
3時間ほどで那覇空港へと到着。
気温15度、まさかと思われるが、それなりに羽織るものが必要なほどひんやり肌寒い「沖縄らしい冬」。
市内を繋ぐ「ゆいレール」へと乗り込み、市内に位置するボードゲームカフェ「サイコロ堂」様へと向かう。
昨年は店舗を改装し、明るく、西洋風に、かつ以前の面影もさりげなく残すたたずまいだ。
早速お目当ての沖縄名物の「ルートビア」を注文する。
ガツンと飛び込む甘さとカラメルが喉の奥でスパークする。体のことなど考えず2本目も飲み干してしまった。
ふと目をやると、最新号の「メビテン」が配布されていた。
巻頭ページには「開運ボードゲーム占い」とある。
さてさて、気になるおうし座の運勢は?
「テーマは「トキメキ」。あなたの心をときめかせる何かに出会います。そのときがきたら、恥ずかしがらずに飛び込んでみて。それが転機になります。」
じょーとー市での「トキメキのある出会い」を、独り密かに期待することにした。
たまごさんらとともに、地元の郷土料理のお店へと向かう。
こちらの食堂で、もう一つのお目当てである「麩ちゃんぷる定食」を堪能する。
濃く味付けされた野菜炒めに、大盛りのご飯の牙城が崩れる。
熱と汗でへばらないような沖縄の食を堪能する。
翌朝、案の定昨夜の食べ過ぎで胃腸の張ってしまった僕は、朝食をそこそこに当日の最終準備へと取り掛かった。
この日は朝から清々しい晴れ模様にも恵まれ、当日の会場となる『ゆらてく』へ送ってもらった。
天井も高く、内装も綺麗、別の部屋では吹奏楽のグループが練習していたが、音響ひとつ漏れないという徹底ぶりだ。
設営を始めると、昨夜お邪魔したサイコロ堂の店主や、同じく県内のボードゲームカフェtoi toi toiの店主をはじめ、多くの出展者が、各々持参した魅力的な作品を次々に展開する。
県内で人形制作者として有名な「フリッキー山田」さんも登場し、愛嬌のある人形を目の前に配し、ペンを手に取り、黙々と作品制作へと取り掛かった。
今回「番次郎書店」としては珍しく、中古のゲームを展開するイベント。
採算は度外視し、ここでも「楽しむこと、交流すること」をメインに運営を展開することに決めた。
入口の近くでは、ボードゲーム制作者のクロクマさんら多くのボードゲーム愛好者らが、いまや遅しと開場の時間を待っていた。
14時、主催の声とともに幕が開く。
フリーマーケットも含めたボードゲームを主体とする沖縄初のイベント、多くのボードゲーム愛好者が待ち焦がれたのだろう。開幕当初から多くの人が我先にと流れ込む。
大きな混乱こそ無かったものの、事前に大きな注目を集めていた作品はものの5分も経たずに完売の報告が相次いだ。
僕の方も、それとなく並べてあったネスターゲームズやスカルキングなどの目玉商品が次々と手を離れていった。
賑わいを目にした様子で、近隣から、遠方から、そしてボードゲームにあまり馴染みのない方も含め、多くの来場者が途中からも大勢足を運んだ。
家族連れに、子供向けに、パーティ用に、と、次々に購入される。僕正面の話をすると、コヨーテ、キャットアンドチョコレートといった、いわば『ボードゲームに馴染みのある方なら遊び尽くしたような作品』の方にこそ多くの方が興味を持ってくれたように感じた。
開始2時間経過後も、いまだ人の波は途絶えることを知らない。
せっかくだからと用意した『早押しクイズ』も、閉会1時間前となった場面でようやく顔を出す。「正解すれば全品半額チャレンジ」の太っ腹なおまけ付きだ。
17 時、大きな混乱等もなく、じょーとー市は無事に閉幕。
会の終始を通じブースに張り付く形となった僕は、結局ほかのブースの掘り出し物を物色することすらできず幕を終えた。
軽くなった荷物を片付け、全員一丸となって会場を締めると、辺りはすでに暗闇の中だった。
心地よい疲労が身体からじんわりと溢れる。
終わってみれば、出展者、スタッフ、来場者、全てが笑顔に包まれたイベントだったように感じた。
ガツガツとモノを売りさばくといったイベントではなく、会場内すべての方と笑顔を共に過ごしたような、それはまるでおとぎばなしの世界の中のような、とても不思議な時間だった。
「イベントを通じ、沖縄のボードゲーマーが集まるようなイベントにしたい」
会の主催を務めた防波亭時化さんはそう話してくれた。
ゲームマーケットに来場される方の中にも、当日の買い物とは別に、遠方からいらっしゃる方との交流を楽しみに来場される方も多いと聞く。
それは形を変えた「同窓会」のようなイベントかもしれない。
個々人のプレイ歴、所持数、さらにはゲームカフェ、ゲーム会の主催・運営、それらの垣根を一切取り払い、その場の全員が忌憚なく「ボードゲームの話題」で楽しく盛り上がる場、もちろん僕のような外部の人間も排他的どころか、むしろ新たな風を取り入れるが如く手厚く歓迎してくれる、
まるで、バラバラとなったジグソーパズルのピースを、枠の中にひとつずつ丁寧に当てはめ、同窓会の思い出となるべき一枚のポートフォリオを全員で組み上げるような、とても地道で、膨大な作業だったことではなかったことだろうかと、改めて主催を務めた時化さんの頑張りを称えた。
翌朝、当日の購入資金として用意した幾ばくかのお金を、この度の首里城火災の復興支援基金へと回した僕は、制作中の頭を空にして街中をぶらぶらと散策することにした。
自分用のお土産も、ウムクジ天ぷら(サツマイモ団子)や砂糖天ぷら(サーターアンダギー)、バヤリースの石垣島パインなど至って庶民的なものばかりが並ぶ。
21時過ぎ、大勢の客を乗せた飛行機とともに、僕は冷え込みの続く関東地方へと無事に帰還した。
誰もいない部屋の中、いつものPodcastをつけながら、僕はまたいつもの執筆作業へと取りかかった。
こうしていつもの生活がまた始まりを見せるのだ。
初めは、本当にちっぽけなものだったかもしれない。
「できたらいいな」
そんな本当に些細な想いだったことだろう。
次第にその「好き」の想いが、熱を帯び、熱量を高め、それらが共鳴し、人を呼び、人を動かし、1人、2人、4人、16人…いつしかそれは大きな作品と成長を遂げる。
そんな「好きという想いの強さ」を肌身で学んだ、そんな実り多いイベントだったと振り返った。
改めて本イベントの主催を務めました防波亭時化様、たまんちゅ様、げな様、みみこ様ら実行委員スタッフをはじめ、たまごさん、出展者、多くの来場者、そして携わった多くの方々に、そして、ボードゲームを作らない僕のようなボードゲームのサークルを暖かく迎え入れてくださった沖縄の方々
2020年1月4日土曜日
初心忘るべからず 2020年の抱負に代えて
初心忘るべからず
誰もが聞くことわざの一つだ。
主にベテランが自嘲する際に多用される。
昨年は屋号も改め再スタートを切った当「番次郎書店」も、初心を忘れることなく、4年目となる2020年も、にわかに、とは言わずとも、「初心を忘れることなく」始めることにしたいと誓う。
初心とは
油断大敵、の意味合いもあるが、ここでは別の機会としたい。
それよりももっと前、ボードゲームそのものに出会ったばかりの頃の話だ。
ボードゲームが好きで、クイズが好き。
ボードゲームのクイズを作成するうちに、100問になり、1000問になり、本を作り、勧められるがまま、ゲームマーケット2017秋にはとうとう初出展を果たした。
ボードゲームのことを知ったばかりの「あの頃」
ゲームマーケットのブースに立つ方々は本当に「神さま」だった。
有り体に言うと「いつかブースに立ちたい」など、当時は思える頭がなかった。
「(今の自分の実力では到底)立てるはずがないだろう」が本音としてあったのだ。
そんな僕だったが、いつしか時を重ね、2019年のイベント出展数は実に9回を数え、先日はついにコミックマーケット(C97 2日目)への当選をも果たしたのだ。
どのイベントも本当に楽しいものばかりだった。早押しボタンをかたわらに、クイズを読み、本を売り、立ち寄った方々と談笑するひと時が、何事にも変えがたい幸せだった。
売れ行き「だけ」を考えると失敗に転じるものもあるにはある。が、楽しさの価値観を僕はそこに見出してなどいない。
夢を追え、と人は言う。
もっぱらそれらは、若い人に向けて経験者が口にすることばだ。
それは夢、すなわち「空想上にしか存在し得ないもの」を空想のままで終わらせることなく、「現実」として形に表す作業のつらさ、大変さ、翻って面白さ、楽しさを決して忘れるな、と忠告しているのではないだろうか。
寒い冬の時期、布団の中から出たくない朝と同様に、夢から目覚め、夢を現実として走らせるには、多くの労力、幾ばくかの犠牲を伴う。
得られるであろう果実を想像しながら、目の前の荒野をイチから耕す作業は想像するだけで酷なものだ。やはり多くの方は、現実に立ち返ることなく「夢」のまま実らぬ果実を妄想するだけで終えてしまうのだろうと考える。
それでも手を動かしているうちに、若葉が息吹き、幹が育ち、時折り手伝う人があらわれるようになり、まだ見ぬ大輪の花へと大きな前進を遂げるのだ。
「ボードゲーム」に触れること、遊ぶこと、体験すること…etc。
「初めての気持ち」とは、それよりももっと深い場所に根差す「初めてのチャンス」そのものから、全身で感動を吸い上げられることにあるのではないかと考える。
大きな野望はないけれど、夢として「あんなこといいな、できたらいいな」が、実際に「できた」ことへの喜び、感動。少し前の自分が「夢」すなわち「形のないもの」として妄想した作品を、実際にこの手で作り上げた感動、そしてそれらを勧める担い手となる喜び、それら喜びの根本となる「初心」こそ、経験を重ねるほどなおざりになってしまうのだ。
僕はあまり考えることなく行動に移す場面が、ことさら2019年は特に多かった。
行動力の陰で無鉄砲と揶揄されるほど、臆することなく全国各地のイベントに顔を出し、クイズを広げ、挨拶に回り、現地の方々と卓を囲んだ。
それも「初めての気持ち」とりわけ「初めてチャンスをつかんだ時の喜び」を忘れないよう、知らずして自分に言い聞かせていたのではないか、と、振り返る。
臥薪嘗胆?
少しズレるけれど、意味合いは似たようなものかもしれない。
だから僕は、創作活動やイベント出展等を通じる上で、これからもチャンスがあれば積極的にステージに立ち、そのための準備には決して労を惜しまず、できうる限り最高の舞台を成し遂げたいと心から願う。
そして夢を夢として萎ませるだけではなく、夢の中の塊をできうる限り手で描き、形にし、自分の中での「現実」を作り上げる年にしたいと誓う。
そう、あの時の
「ステージに立つこと、そのものが夢だった」
そんな『初心』を決して忘れないよう、2020年も(資金と身体の続く限り)動き回りたいと思います。
ふつつか者(サークル)ですが、2020年もご愛顧のほど、宜しく御願い致します。
誰もが聞くことわざの一つだ。
主にベテランが自嘲する際に多用される。
昨年は屋号も改め再スタートを切った当「番次郎書店」も、初心を忘れることなく、4年目となる2020年も、にわかに、とは言わずとも、「初心を忘れることなく」始めることにしたいと誓う。
初心とは
油断大敵、の意味合いもあるが、ここでは別の機会としたい。
それよりももっと前、ボードゲームそのものに出会ったばかりの頃の話だ。
ボードゲームが好きで、クイズが好き。
ボードゲームのクイズを作成するうちに、100問になり、1000問になり、本を作り、勧められるがまま、ゲームマーケット2017秋にはとうとう初出展を果たした。
ボードゲームのことを知ったばかりの「あの頃」
ゲームマーケットのブースに立つ方々は本当に「神さま」だった。
有り体に言うと「いつかブースに立ちたい」など、当時は思える頭がなかった。
「(今の自分の実力では到底)立てるはずがないだろう」が本音としてあったのだ。
そんな僕だったが、いつしか時を重ね、2019年のイベント出展数は実に9回を数え、先日はついにコミックマーケット(C97 2日目)への当選をも果たしたのだ。
どのイベントも本当に楽しいものばかりだった。早押しボタンをかたわらに、クイズを読み、本を売り、立ち寄った方々と談笑するひと時が、何事にも変えがたい幸せだった。
売れ行き「だけ」を考えると失敗に転じるものもあるにはある。が、楽しさの価値観を僕はそこに見出してなどいない。
夢を追え、と人は言う。
もっぱらそれらは、若い人に向けて経験者が口にすることばだ。
それは夢、すなわち「空想上にしか存在し得ないもの」を空想のままで終わらせることなく、「現実」として形に表す作業のつらさ、大変さ、翻って面白さ、楽しさを決して忘れるな、と忠告しているのではないだろうか。
寒い冬の時期、布団の中から出たくない朝と同様に、夢から目覚め、夢を現実として走らせるには、多くの労力、幾ばくかの犠牲を伴う。
得られるであろう果実を想像しながら、目の前の荒野をイチから耕す作業は想像するだけで酷なものだ。やはり多くの方は、現実に立ち返ることなく「夢」のまま実らぬ果実を妄想するだけで終えてしまうのだろうと考える。
それでも手を動かしているうちに、若葉が息吹き、幹が育ち、時折り手伝う人があらわれるようになり、まだ見ぬ大輪の花へと大きな前進を遂げるのだ。
「ボードゲーム」に触れること、遊ぶこと、体験すること…etc。
「初めての気持ち」とは、それよりももっと深い場所に根差す「初めてのチャンス」そのものから、全身で感動を吸い上げられることにあるのではないかと考える。
大きな野望はないけれど、夢として「あんなこといいな、できたらいいな」が、実際に「できた」ことへの喜び、感動。少し前の自分が「夢」すなわち「形のないもの」として妄想した作品を、実際にこの手で作り上げた感動、そしてそれらを勧める担い手となる喜び、それら喜びの根本となる「初心」こそ、経験を重ねるほどなおざりになってしまうのだ。
僕はあまり考えることなく行動に移す場面が、ことさら2019年は特に多かった。
行動力の陰で無鉄砲と揶揄されるほど、臆することなく全国各地のイベントに顔を出し、クイズを広げ、挨拶に回り、現地の方々と卓を囲んだ。
それも「初めての気持ち」とりわけ「初めてチャンスをつかんだ時の喜び」を忘れないよう、知らずして自分に言い聞かせていたのではないか、と、振り返る。
臥薪嘗胆?
少しズレるけれど、意味合いは似たようなものかもしれない。
だから僕は、創作活動やイベント出展等を通じる上で、これからもチャンスがあれば積極的にステージに立ち、そのための準備には決して労を惜しまず、できうる限り最高の舞台を成し遂げたいと心から願う。
そして夢を夢として萎ませるだけではなく、夢の中の塊をできうる限り手で描き、形にし、自分の中での「現実」を作り上げる年にしたいと誓う。
そう、あの時の
「ステージに立つこと、そのものが夢だった」
そんな『初心』を決して忘れないよう、2020年も(資金と身体の続く限り)動き回りたいと思います。
ふつつか者(サークル)ですが、2020年もご愛顧のほど、宜しく御願い致します。
2019年12月31日火曜日
さあ、やりましょうか。 2019年を振り返って
あれこれ考えず、まずはやってみましょうか。
ある意味開き直りとも言えるその言葉を心に誓った2019年。
数え年で42歳となる僕が、今年「大厄」を迎えることを知ったのは後々になってからのことだった。
聞けば、この前後3年間は転職や結婚など、何かを始めるに一番不適とされるのだとか。
しかしながら、僕のようなあまのじゃくは、きまって悪球にこそ飛び付きたがる性格なのだ。
新年早々、僕は4コマを描き進めた。
昨年、見様見真似で小さく挿絵を描き、イラストの練習も兼ねてアイデア出しの練習も出来たら、ならばいっそ漫画も描いてみよう、と単純に考えてみたのだ。
苦心して描くこと4時間、記念すべき最初の作品が完成した。
当時は「ボードゲームの4コマ(仮題)」と称し、アイデア出しの練習も兼ねて気の向くまま続ける予定だった。まして小冊子にまとめるなど、とても考えに及ばず。
この「描き溜めはせずその日に考える」「必ず4コマで終結させる」「ボードゲームがわからない方が読んでも何となく楽しめる」スタンスは現在も踏襲している。
イラストが下手なくせにやけに制限ばかり多いな、と、自分でも思うのだが、結果として現在まで270本以上の4コマを描き、小冊子も細々と4冊刊行した。来年1月には5冊目も頒布予定となっている。
僕は昨年までボードゲームのクイズ本ばかりを制作、頒布し続けた。
その中でどうしても「ボードゲーム初心者の方」が手にとってもらえない印象を払拭できなかった。いわゆる「カルトクイズ」として目を向けられていたのだ。
仕方のないことだし、改めて眺めると、たしかに問題内容も、かなり込み入った内容ばかりだ。
「初めての方でも楽しめる」それがアナログゲームの持ち味ではなかったか。
そこで以前から考えのあった「なぞなぞの本」を作成することにした。なぞなぞならば、昨今の謎解きブームに併せて大人でも子どもでも楽しめる。
しかしながら、当然そこに「アナログゲーム」の要素を加えるとなると、俄然作成の難度が増す。具体例はあげないけれど、ほかのアナログゲームのルールをそのまま流用しただけの出題にするのはあまりにも芸がない。
そこで一からなぞなぞを考える。大人になり、硬い頭で考えるなぞなぞがここまで難しいものなのか。さらには「アナログゲーム」という縛りまで加えなければならない。
何日も、何時間も、うんうん唸りながら考える。
図表も必要するので、MS Officeの図ではなく、きちんとPhotoshopやIllustratorを駆使したものも用意しなければならない。
こちらも一から学ばなければ。いうまでもなく、こちらも独学だ。
作品、図案、全てが手探りとなる状態のまま、ゲームマーケット大阪にてめでたく「アナログゲームのなぞなぞブック」そして二ヶ月後のゲームマーケット春、問題とデザインを一新した2巻が堂々の完成。
そしたらできた、できあがりなのさ。
そしてクイズ本だ。
正直に吐露すると、直前まで作成する気は無かった。
作成し頒布するたびに上がる問題のエラー報告、そして苦情、返品対応。何度も頭を下げ、お詫びの手紙を書き、ツイートをブロックされ、その上で何も上がらない期待の声、強くもない精神を削ってまで問題を作成する意味はそこにあるのか、と何度も後回しにするうちに、自然と忌み嫌う存在となっていた。
再燃したのは8月の第2回すごろくや祭、テンデイズゲームズ制作のボードゲームクイズだった。
50点満点の筆記クイズで残念ながら39点、しかもケアレスミスで2点を失った僕。
悔しさ以上に、ボードゲームとは違う、自分の知識の引き出しをうまく探り出してくれるクイズの魅力、とりわけ自分が興味を持つカルトな世界のクイズの魅力に再度心を奪われた。
「クイズって、やっぱり楽しい!」
僕はこの時、何かの形でもう一度クイズの本を作成する勇気をもらった。
テンデイズゲームズの田中店長には後日小冊子を持って御礼に伺った。
ゲームマーケット秋、2019年史を併せてまとめたクイズ本の完成。
制作に没頭し大した宣伝もできなかったものの、それなりの売れ行きを見せた。
そして、大厄として一番やってはいけない「何か新たなチャレンジ」も、積極的に行(ってしま)った。
年の初めには沖縄に、名古屋には3度、関西にはゲームマーケットを除いても5度、イベントを含めると、金沢、長野、静岡、千葉、山梨、北海道、等々、貯金の目減りに見て見ぬふりをしつつ、色々な方の元へとご挨拶に伺った。
旅先では、多くの方から活力と元気を頂戴することができた。
現地の方と卓を囲み、食事を交え、ゲームをし、会話を交わし、笑顔をやりとりする時間は、一人製作が続く自分にとって食より観光より何よりも幸せなひとときだった。
単純な性格なので、周りに励まされるたびに俄然創作意欲が増し、旅から帰るや否や横たわることなくパソコンのモニターと向き合った。
茶化した意見も極力耳に入れないことにした。
批判は批判としてきちんと受け入れた上で、自分の芯を決して曲げないよう、慎重に意見を精査することにした。
自分が自覚する性格、シャープペンシルよりも細くもろいメンタルだからこそ、ツイート上での余計な発言や茶々を極力耳に入れないよう注意を払った。
何より、そのためには自分が発する意見そのものが周りの気分を害するものであってはならないと決め、裏アカなどを作ることなく、落ち込んだ時には本を読み、面白い情報を取り入れ、発信するよう努力した。
結果として100%純潔ばかりのツイート、とはいかなかったものの、愚痴や悲鳴を吐露する寸前で極力「ちょっと待て!」とストップをかけるようになった。(それでも耐えかねて吐露することも多々ありましたが…)
ボードゲームのイベントで、ボードゲームではない作品(まして誰からも評価のない作品)を提供する変わったサークルが、懲りることなくまた新たな年を迎える。
何かと「オンリーワンだね」と揶揄されがちだけれど、僕自身、あまりその言葉を孤軍奮闘という意味合いよりも「独り勝ち」「独壇場」といった目線を向けられているようであまり良い気持ちはしない。
もっとほかのサークル様を積極的にお手伝いしたいし、コラボや無償提供などいつでも大歓迎だ。今年発刊されたヤブウチリョウコ様の#ボドゲフリペにも、そうした意味合いでクロスワードを提供した。
大厄を開け、本当の意味で「新たなスタート」が迎えられる2020年。
抱負、と問われても、目の前に積まれた予定をひとつづつこなすことから始めるより今は思いつかないし、何より「ボードゲームの歴史に名を残す」「大きな儲けを出し業界に名を轟かす」などの大それた野望があるわけでもない。
番次郎書店は「書店」と屋号にあるよう、これからもボードゲームに関する書籍を頒布し、イベントがあれば駆けつけ、クイズを読み、常に「楽しい」「面白い」を提供できるよう、これからも応援の限り走り続けたいと思います。
「さあ、やりましょうか。」
2020年もよろしく御願い致します。
ある意味開き直りとも言えるその言葉を心に誓った2019年。
数え年で42歳となる僕が、今年「大厄」を迎えることを知ったのは後々になってからのことだった。
聞けば、この前後3年間は転職や結婚など、何かを始めるに一番不適とされるのだとか。
しかしながら、僕のようなあまのじゃくは、きまって悪球にこそ飛び付きたがる性格なのだ。
新年早々、僕は4コマを描き進めた。
昨年、見様見真似で小さく挿絵を描き、イラストの練習も兼ねてアイデア出しの練習も出来たら、ならばいっそ漫画も描いてみよう、と単純に考えてみたのだ。
苦心して描くこと4時間、記念すべき最初の作品が完成した。
当時は「ボードゲームの4コマ(仮題)」と称し、アイデア出しの練習も兼ねて気の向くまま続ける予定だった。まして小冊子にまとめるなど、とても考えに及ばず。
この「描き溜めはせずその日に考える」「必ず4コマで終結させる」「ボードゲームがわからない方が読んでも何となく楽しめる」スタンスは現在も踏襲している。
イラストが下手なくせにやけに制限ばかり多いな、と、自分でも思うのだが、結果として現在まで270本以上の4コマを描き、小冊子も細々と4冊刊行した。来年1月には5冊目も頒布予定となっている。
僕は昨年までボードゲームのクイズ本ばかりを制作、頒布し続けた。
その中でどうしても「ボードゲーム初心者の方」が手にとってもらえない印象を払拭できなかった。いわゆる「カルトクイズ」として目を向けられていたのだ。
仕方のないことだし、改めて眺めると、たしかに問題内容も、かなり込み入った内容ばかりだ。
「初めての方でも楽しめる」それがアナログゲームの持ち味ではなかったか。
そこで以前から考えのあった「なぞなぞの本」を作成することにした。なぞなぞならば、昨今の謎解きブームに併せて大人でも子どもでも楽しめる。
しかしながら、当然そこに「アナログゲーム」の要素を加えるとなると、俄然作成の難度が増す。具体例はあげないけれど、ほかのアナログゲームのルールをそのまま流用しただけの出題にするのはあまりにも芸がない。
そこで一からなぞなぞを考える。大人になり、硬い頭で考えるなぞなぞがここまで難しいものなのか。さらには「アナログゲーム」という縛りまで加えなければならない。
何日も、何時間も、うんうん唸りながら考える。
図表も必要するので、MS Officeの図ではなく、きちんとPhotoshopやIllustratorを駆使したものも用意しなければならない。
こちらも一から学ばなければ。いうまでもなく、こちらも独学だ。
作品、図案、全てが手探りとなる状態のまま、ゲームマーケット大阪にてめでたく「アナログゲームのなぞなぞブック」そして二ヶ月後のゲームマーケット春、問題とデザインを一新した2巻が堂々の完成。
そしたらできた、できあがりなのさ。
そしてクイズ本だ。
正直に吐露すると、直前まで作成する気は無かった。
作成し頒布するたびに上がる問題のエラー報告、そして苦情、返品対応。何度も頭を下げ、お詫びの手紙を書き、ツイートをブロックされ、その上で何も上がらない期待の声、強くもない精神を削ってまで問題を作成する意味はそこにあるのか、と何度も後回しにするうちに、自然と忌み嫌う存在となっていた。
再燃したのは8月の第2回すごろくや祭、テンデイズゲームズ制作のボードゲームクイズだった。
50点満点の筆記クイズで残念ながら39点、しかもケアレスミスで2点を失った僕。
悔しさ以上に、ボードゲームとは違う、自分の知識の引き出しをうまく探り出してくれるクイズの魅力、とりわけ自分が興味を持つカルトな世界のクイズの魅力に再度心を奪われた。
「クイズって、やっぱり楽しい!」
僕はこの時、何かの形でもう一度クイズの本を作成する勇気をもらった。
テンデイズゲームズの田中店長には後日小冊子を持って御礼に伺った。
ゲームマーケット秋、2019年史を併せてまとめたクイズ本の完成。
制作に没頭し大した宣伝もできなかったものの、それなりの売れ行きを見せた。
そして、大厄として一番やってはいけない「何か新たなチャレンジ」も、積極的に行(ってしま)った。
年の初めには沖縄に、名古屋には3度、関西にはゲームマーケットを除いても5度、イベントを含めると、金沢、長野、静岡、千葉、山梨、北海道、等々、貯金の目減りに見て見ぬふりをしつつ、色々な方の元へとご挨拶に伺った。
旅先では、多くの方から活力と元気を頂戴することができた。
現地の方と卓を囲み、食事を交え、ゲームをし、会話を交わし、笑顔をやりとりする時間は、一人製作が続く自分にとって食より観光より何よりも幸せなひとときだった。
単純な性格なので、周りに励まされるたびに俄然創作意欲が増し、旅から帰るや否や横たわることなくパソコンのモニターと向き合った。
茶化した意見も極力耳に入れないことにした。
批判は批判としてきちんと受け入れた上で、自分の芯を決して曲げないよう、慎重に意見を精査することにした。
自分が自覚する性格、シャープペンシルよりも細くもろいメンタルだからこそ、ツイート上での余計な発言や茶々を極力耳に入れないよう注意を払った。
何より、そのためには自分が発する意見そのものが周りの気分を害するものであってはならないと決め、裏アカなどを作ることなく、落ち込んだ時には本を読み、面白い情報を取り入れ、発信するよう努力した。
結果として100%純潔ばかりのツイート、とはいかなかったものの、愚痴や悲鳴を吐露する寸前で極力「ちょっと待て!」とストップをかけるようになった。(それでも耐えかねて吐露することも多々ありましたが…)
ボードゲームのイベントで、ボードゲームではない作品(まして誰からも評価のない作品)を提供する変わったサークルが、懲りることなくまた新たな年を迎える。
何かと「オンリーワンだね」と揶揄されがちだけれど、僕自身、あまりその言葉を孤軍奮闘という意味合いよりも「独り勝ち」「独壇場」といった目線を向けられているようであまり良い気持ちはしない。
もっとほかのサークル様を積極的にお手伝いしたいし、コラボや無償提供などいつでも大歓迎だ。今年発刊されたヤブウチリョウコ様の#ボドゲフリペにも、そうした意味合いでクロスワードを提供した。
大厄を開け、本当の意味で「新たなスタート」が迎えられる2020年。
抱負、と問われても、目の前に積まれた予定をひとつづつこなすことから始めるより今は思いつかないし、何より「ボードゲームの歴史に名を残す」「大きな儲けを出し業界に名を轟かす」などの大それた野望があるわけでもない。
番次郎書店は「書店」と屋号にあるよう、これからもボードゲームに関する書籍を頒布し、イベントがあれば駆けつけ、クイズを読み、常に「楽しい」「面白い」を提供できるよう、これからも応援の限り走り続けたいと思います。
(※表紙画像は予定です)
「さあ、やりましょうか。」
2020年もよろしく御願い致します。
2019年12月16日月曜日
時間という宝物 関西遠征 その2
大阪に行くと決めた。
先週も足を運んだばかりだというのに、だ。
計画性の無いすちゃらかな私のこと。「なぜ関西に?」と問われても、特に気の利いた返しなどあるわけもない。
ジョージ・マロリーっぽく「そこに大阪があるから」とでも答えられたら、少しはかっこがついたのかもしれないけれど、現実は「年末年始はゲームマーケット大阪、春の原稿で缶詰になる予定なので、まとまった時間はここしかない」だった。
先週と変わらず、あたかも軽いドライブに向かうような軽〜〜い足どりで、私は一路
大阪へと向った。
新横浜駅、朝6時。
冷たい外気を吸うと、兼ねてから軋んだ虫歯がうずき出した。
この時間からすでに待合室は混み合い、キャリーケースを傍に多くのビジネスマンや家族連れが所狭しと姿を見せた。
いそいそと乗り込むと、普段からの疲れからか、新幹線の中では強烈な睡魔に襲われ、結果、カバンに忍ばせた数冊の本は目次すら開くことすらできず、僕は緩くなった目覚めのコーヒーだけを無駄に飲む羽目となった。
午前9時47分、新大阪に到着。
突発的な弾丸旅行とはいえ、向かう場所は決まってお世話になったボードゲームカフェ・プレイスペース様へのご挨拶まわりが主だ。
まずは昭和町のデザート*スプーン様へ。
ボードゲームセレクションのパーカーを羽織った店長がこの日も笑顔で迎える。
店内は以前よりもさらに豊富な品揃え。先週はフリーマーケットも開催される、変わらずの人気ぶりだ。
ここ昭和町周辺にも、ボードゲーム カフェ・プレイスペースの出店がこの1年で相次いだとのこと。
出店が多いということは、それだけ一般の方々に求められ、ある程度の集客も見込まれるからだろうか、と、素人の私は短絡的に考えた。
知的な店長とあれこれ話し込むうちに、1時間という時間はあっという間に過ぎていった。
次の目的地は東貝塚のファミーリエ様だ。
こちらでは本日ごいたの大会が開催されるとのお知らせツイートをお見かけしたばかりだ。
店内では、先月も神奈川でお世話になった店長と御子息、同じく白い法被姿の四国ごいた保存会を務める治朗さんが大会前の一戦を交えていた。
私も混ぜていただく。
実はごいた、しかも竹駒を打つのは数年ぶりのことで、ルールミスのチョンボもしでかすなど迷惑をかけてしまった。
竹駒のフィット感、竹の持つ独特の温もり、そして打ち出しの心地よい音、等々、カードやアプリでは味わうことのできない快感に、プレイ中も思わず笑みが溢れる。
何より、周囲の方々が楽しくごいたを打つ卓という環境にも恵まれ、私は時間を忘れ終始楽プレイに没頭した。
そういえばアニメ放課後さいころ倶楽部内で「ごいた」が取り上げられた際も、あくまで主観だけれど「楽しくプレイするスタイル」に内容が傾注されていたように感じた。
東貝塚を後にし、次なる目的地へ。加古川市内の某病院に向かうことにした。
入院・リハビリ中の「駒の時間」のkomaさんのところへお見舞いに行こうと考えたのだ。
東貝塚~加古川、地図アプリ上だと実に98kmもの行程となる。
数年前まで住んでいた山梨の中央線最寄駅「大月駅」~「東京駅」が約92kmだから、私の中の「移動感覚」はいつの頃からか大きくねじ曲がってしまったのだろう。
病棟には16時に到着、komaさんはプレイスペースで見せるいつもの笑顔でこちらを出迎えてくれた。
手元の紙バッグには、お店で独りを頑張るTokiさんが運んでくださったという数種類のボードゲームが顔を出していた。ボードゲームは周りの方々とも盛り上がりとても良かったとのこと。
面会スペースでお話を、は良かったものの、どちらかといえば普段身体にムチを打ちながら制作にはげむ私が逆に励まされる形となり、なにかとても申し訳ない思いでいっぱいとなった。
元気な姿のkomaさんは、周りに余計な心配を与えないよう、ツイート上にて極力多くの情報を出してきたのだという。
それはあたかもデキる指導者が部下に余計な不安を与えないような、温かい優しさや心温まる気遣いのようにも感じた。
励ましのパワーを頂戴した僕は、用意したお土産品を無事に手渡すと、この日は宿へと向かい早々に休むことにした。
翌朝はチェックアウトギリギリの時間までベッドに横になりつつ、簡単に身支度を整えた。
この日はまずボードゲーム アイドル、バーチャルボドチューバーなど多くの方に愛される「翔さん」も愛する、阪急梅田駅地下のミックスジュースを堪能する。
健康に気遣い、小松菜入りを堪能。
さっぱり飲みやすく、飽きの来ない味。
何杯でも毎日でも口にできる、大阪の方に愛される、いつもの、定番の味だ。
堺東駅へ。
新装オープンするヒカリゲームズ様へご挨拶することが目的だ。
前日のツイートからもかなりの疲労の様子を見せる店長は、それでも笑顔をこちらに向け、手厚くもてなしてくれた。
広く明るい店内はビルの高台に位置し、堺東駅を眼下に見下ろす抜群のロケーションだ。
ネスターゲームズにラブリー会様の作品など、関西でもここでしかお目にかかれない作品も数多く取り揃える。
開店から時間も経たないうちに、続々と常連のお客様が訪問される。
関西の有名ボードゲーマー山路さん親子は盤祭2ndでも大変お世話になり、今回も駄菓子のたくさん入った包みを頂戴した。
手には、タイトルこそ失念したものの、初めて目にする海外製のトリックテイクの小箱を抱えていた。
「堺市最強のボードゲーム団体」を謳うAVE!EURO GAME、通称AEG様にも2年ぶりの再開を果たした。
前回のゲーム会からまる2年が経過し、あれから自分も本を出し、ブースを出展し、あまつさえ漫画まで描くようになったと無事に報告を果たすことができた。
会員証を頂戴する。きちんとこちらの名前が入った、世界で一枚の会員証だ。
溢れるほどの温かさに、関西ならではの人情味をひしひしと感じ、思わず涙腺が緩む。
次はいよいよ谷町四丁目のプレイスペースGuild様へ。
こちらの忘年会に参加することが、今回の旅の行程唯一の目的だ。
13時スタートの忘年会では、製作者と愛好者が入り混じり、多くの卓でボードゲームが展開されていた。
オーナーを務める大阪さんはこの日も元気な声で説明(インスト)に奔走し、店長を務めるありささんが来店される方一人一人を丁重に対応する。今年は「エレベーターオペレーター」「ウケセメっ!」など数多くの作品にイラストを提供されるなど一躍を遂げた方だ。
6月開催のクリエイター交流会同様に、今回も参加する際は「肩書き」を表明する。
私は赤いマジックで「ボードゲームの本屋さん 番次郎書店店主」と書き記した。
荷物置き場も兼ねた会議室では、ツイート上でもお世話になっているメシノさんが土鍋を持参し、ガスコンロでご飯を炊いている最中だった。
水加減に火加減、全てに妥協のない炊き立てのご飯には、北海道から取り寄せたという「山わさび塩」が振りかけられる。
飾り気がない分、お米の純朴な甘さが一際引き立ち、噛むほどに唾液がしたたる、まさに「和のパティスリー」だ。さながらメシノさんは「和のパティシエ」といったところだろうか。
折角なのでメシノさんや、たまたまお見えになった万屋楽団のアサトさんを交え、数作品をプレイする。
・カンダタと愉快な亡者たち
・CHONMAGE ON THE HEAD
・ATEKKO(ルールはあてっこついたてに準拠)
数作品ほどプレイすると、全体ゲームの時間となり、司会の「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」MCの方々が場を取り仕切る。
今回のゲームは「ストレイキャット、サンタver.」
場を求めてうろうろする猫の動きを予想し、出来る限り多くの得点を獲得するゲームだ。
猫サンタの移動したマスに投票した人に得点が入るものの、猫サンタは少数派のマスに移動するため、できうる限り誰も投票しないであろう箇所に自分だけ投票すれば高得点を獲得できる。
そのため、右へ、左へ、と予想だにしない猫サンタの動きに全員が翻弄され、場は一気にヒートアップ。
そんな応援をしってか知らずか、サンタ猫は「ロンゲストロード」を獲得したり、またあるラウンドでは、サッと歩みを止めたり、など、さながら皆の応援をもてあそぶかのような動きを見せた。
3ラウンドが終わり、結果私は51点。
上位4名が表彰されるとあり、最多得点は140点、ウケセメっ!制作の宮野華也さんも第2位と健闘を見せた。ちなみに、第1位の方は謎解き制作などを手掛けられる方と記憶している。
夕食の時間となる。から揚げにピザにハンバーグ、もちろん先ほどのメシノさんの土鍋ご飯もカップに盛り付けられて沢山用意された。
前回6月のクリエイター交流会も同様だったが、盛り付けられた料理が瞬時に消えていく。
帰りの新幹線が迫り、私は何度も御礼を伝えながらguildを離れ、新大阪を立った。
新横浜駅のホームは冷え冷えとし、これまでほっこりとした私の体を急に冷やしにかかった。
「横浜線は上下線とも運転を見合わせ~」のアナウンスが流れ、私は止む無く別の駅に降り、2キロほど離れた家路を歩いて帰ることにした。
ホットのレモネードを傾けながら、今日の旅路での出会いを振り返った。
時間的余裕のないまま挨拶周りに奔走した先週とは打って変わって、比較的のんびりとしたご挨拶まわりだった気がする。(あくまで「気がする」だけ)
アイドルでも有名人でもない、どちらかといえば一般人に傾いている自分だ。
そんな手にとるような作品も何も持ち合わせていない自分が、ご挨拶のほかに提供できることとは何だろう、と自問してみる。
それは「ともに時間を過ごすこと」ではないかと考えた。
昨年6月、大阪北部を中心に大きな震災に見舞われた。
しかしながら、現在はそんな影すら微塵に感じないほど現在は復旧を遂げている。
「今こそ「なにわ」の底力を」をスローガンに、関西一丸となって復旧活動に取り組んだ話題は、今でも記憶に新しい。
関西に行くと、毎回私は、特別なグルメ観光もたくさんの買い物も後回しにし、まずはお世話になった方々との交流を楽しみに向かっていることに気がついた。
関西の方はいつでも温かく、家庭的で、関東の私でも軽蔑することなく、いつでも笑顔で迎えてくれる。
そこに恋人のような淡いドキドキはないけれど、いつでも会えるという絶対的な安心感と、まるで菩提樹のような芯の強さを実感する。
上手く例え切れないけれど、それは関西風の言葉で「おかんのような人柄」とも表現するのだろうか。
そんな方となら、大切な時間をいくら消費しても惜しくはない。
歳を重ねた今自分だから尚のことかもしれない。
身体よりお金より、何よりも時間というものは本当に大切に感じるのだ。
だから、大切な人との時間をこれからも本当に大事にしたいと願うし、その逆に、相手からも「もう一度逢いたい」と乞い願われるような。
自分もそんな人間になりたい。
その一心で、これからも頑張ろう。
無理のない範囲で、ね。
山路さん親子から頂いた駄菓子をかじりながら、いてもたってもいられなくなった私は、今日もまた遅い時間まで作業を続けることにした。
アサトさんからアイデアを頂戴した「アハムービー」は、何気ない一枚の画像が徐々に変化を遂げるというクイズだ。
日常もこんな風に、気づかないうちに、少しずつ、少しずつ、変わっていくものなのかな。
流れる画像をスマートフォンで追いながら、私はボンヤリとそんなことを考えていた。
デザート*スプーン様、ファミーリエ様、駒の時間様、ヒカリゲームズ様、いかが屋の皆さま、大阪さん、ありささんを含めguild様でお会いした多勢の方々…etc.etc。今回も本当にありがとうございました。お会いできて本当に嬉しかったです。
今回ご挨拶が叶わなかった多くの方とも、また是非(近いうちですとゲームマーケット大阪?)お会い致しましょう。
2019年12月11日水曜日
笑顔をお土産に 僕の静岡・関西遠征記 備忘録
怒濤の如くゲームマーケット秋2019が終わりを告げた。
制作もようやく一段落し、しばらくは購入した作品で遊びつつ、ある人は社会生活に戻り、ある人はゲームマーケット大阪、春に向けて再度準備を整える。
「お坊さんが走り回るほど忙しい」
お坊さんに限らず、ゲーム製作者も各々の形で「師走」という暮の洗礼を浴びつつあった。
そんな中、
我が番次郎書店は、疲れた体を引きずるように、2週間後に控えた静岡アナログゲーム祭り、翌日の「盤祭2nd」に向けて、いそいそと準備を始めていた。
いい加減に自分の年齢をわきまえなければ、いつまでも若くはないぞと己が体に言い聞かせたのもつい先日のことだったか、相変わらず反省しない自分。
僕だけではない。
これら地方イベントが、単なる「ゲームマーケット延長戦」にとどまらない事は、どの出展者の方々からも強い意気込みとして強く感じ取れた。
早くて夏頃から事前の告知を行った弓路さん、高河さん、ゲームカフェぶんぶんさんら静岡アナログゲーム祭りスタッフ一同、盤祭2ndを運営するコロンアークの「たなやん」こと田邊さん。
久遠堂の久遠さんや芸夢工房の北条投了さん、Mob+の宮野華也さんらは、この日に合わせてなんと新作ゲームを作成した。
ノスゲムさんはゲームマーケットでも人気を博したウッドバーニングのボードゲームブローチを数多く用意、この日のための新作なども多数取り揃えていた。
ボードゲームサプライなどで有名なuchibakoyaさんや、ボードゲーム制作やTRPGなど幅広く活動を展開する地元静岡のサークルCedarBook’sさんなど、ゲームマーケット秋ではお目にかかれない方にもお会いできることも地方イベントが発信する魅力の一つだ。
一方の僕も、そんな方々と対抗・吸引ほどの魅力的な何か、を持つわけではないが、今回もゲームマーケット秋などでそこそこの好評を博した「クロスワード付きチラシ」を用意することにした。
クロスワードを一から考えるという妙なこだわりをみせたおかげで、結局予定が過ぎた分の延長料金を支払いはしたものの、無事に入稿し、当日予定に何とか間に合わせることができた。
2週間はとても短く、送付や新規クイズなど細かな準備に追われるうちに、まとまった休みをろくに取るができなかった。
人気や名声どころか、イベントで小冊子を売る以外にまとまった収入のない自分、目の前には先のゲームマーケットで購入した山のようなボードゲームと、持ちうる限りの精力を注ぎ込んだ小冊子の段ボールがうず高く積まれていた。
RPGで例えるならば、これが僕の「装備」となるわけだ。
ひとつ確証があるとすれば「クイズは面白い」ということ。
少しのお金とわずかな確信だけをサイドバッグに詰め込み、僕は金曜昼12時、新幹線ひかり号にて一路、静岡県藤枝市へと向かった。
全国的な寒波が押し寄せる、まさに冬本番、普段は温暖なここ静岡も、少し肌寒い天候の一日。
少し早めに現地入りし、まずは会場の下見を行う。
体育館ほどの広さを持つ藤枝市文化センターは、適度に空調も効き、施設内の自販機やトイレなどの設備も十分に完備されていた。
現場を取り仕切る弓路さんらスタッフの指示に従い、力仕事を良しとする僕は机の設置に取り掛かった。
残りの時間はステージの整備だ。
エキサイティングブースを事前に確保した僕は、他のブースが華やいだ声でわいわいとブースを設営する姿を尻目に、一段高いステージ上で独り黙々と作業に取りかかった。
テーブル上に作品を展開する。
ワンオペも4年目になると、それなりに販促の方法が板につくものだ。
頒布品を並べるだけではなく、早押し機のセッティングに、当日に予定されている「クイズイベント」の準備も簡単に行わなければならない。
喉の方は本調子とまではいかなかったものの、ゲームマーケットからだいぶ時間が経過したこともあり、喉元はそれなりに潤いが戻っていた。
練習を兼ねて問題を読み上げていると、手の空いた方が参加にいらっしゃった。
「転々と市」「ジャパンジャン」などを展開するガーデンゲームズの樫尾さん、ひろむさん御夫妻や、同じ建物の3階でゲーム会を展開するやんまぁさんらがこぞってボタンを押しに参加する。
ピンポン!ブー!
高らかになる音楽に「正解!」の声も思わずうわずる。
スイッチの調子はすこぶる好調。
舞台を後にし、制作同士の前日会に参加を予定するも、この日も日々の4コマ制作を欠かすわけにはいかないと思った僕は、名物「さわやか」のハンバーグを泣く泣く逃すことにした。
翌朝。
近傍のホテルで充分すぎるほどの朝食を摂り、午前10時、いざ会場へと向かう。
前日に設営を済ませたとはいえ、出展料や音声調整など、細部のこまごまとした調整を済ませると、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
11時ごろ、事前に予約した地元焼津港のマグロ丼が到着し、しばしの腹ごしらえ。
かなりのボリュームに圧倒されつつ、名前の通り口の中でトロっと溶ける中トロ丼を堪能する。
午後12時、いよいよ開場。
僕の位置するエキサイティングブースはステージ上ということもあり、会場内の参加者からは少し足が遠のく様子。
それでも事前に用意した手持ちのチラシや早押しスイッチなどを駆使し、ゲームマーケット秋で学んだ(はずの)呼び込みを行う。
「年末年始にいかがですかー!」
「本屋さんには売ってませーん!」
会場内に響き渡る僕の声は、壇上ということもあったからか、かなりの高域に響き渡っていた事実を後になって知らされた。
次第に、ボタンに興味を持ったと思しき方がちらほらと壇上に現れる。
その都度僕は問題を読み上げ、ピンポンのボタンを押す。さらに興味を持った方には、小冊子のアピールも欠かさない。
汗ばんだ体が冷えないよう、時折、暖かい飲み物を口にする。
静岡アナログゲームマーケットは「イベントはみんなで作り上げるもの」というコンセプトのもと、出展者、来場者を含む、会場内全ての参加者を「一般参加者」と呼ぶ。
僕のブースにも、地元静岡のゲームカフェ「らみぃ」の店長をはじめ、ゲームマーケット秋では機会を失し購入できなかったという一般参加者が訪れた。
「ゲームマーケットには行けなかったので、嬉しかったです!」
この声を聞くたびに、それまでの疲れが吹き飛ぶようだった。
午後3時、この日のために用意した「クイズステージ」が開催される。
実はボードゲームにこだわらない「レギュラー問題」を作成したのは実に数年ぶりのこと。
難易度の調整に四苦八苦しながらも、普段のボードゲーム制作で培った「楽しさを重視した問題作成」を心がけた。
そのひとつが「勝ち負けなしの協力ゲーム方式」だ。
知識が勝負のクイズならば本来あって然るべしとされる「勝敗」の概念を取り払うことにした。
つまり「勝った、負けた」ではなく「クリアできた、できない」を要所要所に取り入れ、最終的に「一番貢献できた人を投票制で決めます。」といった方式でまとめる方式を取り入れた。
問題をとちってしまったり、全体的な難易度が定まらなかったりなど、司会として反省するべき面が多々あったものの、ツイート上では「楽しかった」といった声が上がり、僕は何とか救われた思いがした。
しばしの休憩を挟み、再び小冊子を頒布する。
閉館まで1時間となるも、客足は途絶えることを知らない。
近傍でゲーム会が開かれていることもあり、購入した作品をその場ですぐに遊べる態勢が整っていたことは一般参加者にとっても嬉しかったのではないだろうか。
わずかな隙間を見て、各ブースにご挨拶へ向かう。
ノスゲムさんのブローチはこたつ猫がBABELで遊ぶ作品が偶然にも残っていたので迷わずゲットした。
らめれこゲームズ!にはクリエイターの珠洲ノらめるさんらがいつもの笑顔で頒布を行なっていたので、併せて「おそらのゆうびんやさん」のお礼を無事に済ませることができた。
EJIN研究所のEJINさんも、昨夜下山した疲れを見せることなくブースに立ち、周囲に作品の説明を繰り広げていた。
忙し過ぎず、適度に、ちょうど良い距離。
暖房のせいもあったからか、僕は少しのぼせていたことに気がつき、慌てて自販機のスポーツドリンクをガブガブと飲み干した。
夕方17時、拍手とともに閉会。
大きな拍手が湧き上がる。
おもわずへたり込んだ僕だったが、翌日を控えている以上、ここで倒れるわけにはいけない。
疲れた体をだましだまし荷物をまとめ、僕は次の新幹線に乗り込むべく、そそくさと会場を後にした。
あたかも富山の薬売りのような姿をまとい駅ホームへと向かった僕は、近傍の立ち食い蕎麦屋にて勢いよく月見そばをすすった。
ツイート上では北海道勢と静岡勢とのご当地グルメ合戦が賑わいを見せていた。
そんな盛り上がりをよそに、僕は疲労も相まって移動中の新幹線でとろとろと眠りについた。
ホテルに到着した後も何となく空腹が抑えられず、結局僕は、近くのコンビニでおにぎりとエナジー系のゼリー飲料を買いに走った。
疲労の残る体のまま朝を迎える。
清々しい朝日には、少しうろこがかった雲が覆われていた。
納豆、味噌汁と大豆中心の朝ごはんをお腹に入れ、僕は次へと向かうべく朝の支度を始めた。
会場となる中崎町ホールは閑静な住宅街に位置し、近辺にはカレー屋や串カツ屋など食の見所も豊富だった。
主催となるコロンアークの田邊さんらと協力して会場を設営する。
とはいうものの、特別なステージ等も無い真っ平なスペースのため、机や椅子を配置したあとは、互いに配慮をしながら各々の試遊スペースを作成するのみだ。
販売スペースの設置も後ほどで良いため、時間の余裕も生まれ、大変ありがたかった。
僕は昨日同様に小冊子と早押しスイッチを準備し、てきぱきと、ものの15分ほどの時間で設営を終えた。
僕が担当する「番次郎書店」の試遊スペースは入口手前すぐ左手。必然的に待機列の状況が目に飛び込んでくる。
開場15分前、待機列には述べ30人ほど並んでいただろうか。
中には、確認できただけでも、大阪の有名ボードゲーマー山路さん親子や、ラミィキューブの強豪ななちゃん親子、人気Podcast「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」のおけいさん、同じくPodcast「木曜ゲーム会アフタートーク」MCゲームカフェ「賽翁」店主てちゅろんさん、更には関東から「ボードゲームカフェパス」「ゴリラ人狼」などの作品に携わったボドチューバーこと翔さんの姿も。etc,etc...。
「待っている時間にどうぞー」
僕は甲高い声を上げるとともに、本日分のチラシ兼クロスワードを待機列の方一人一人に配布して回った。
せっかくのパズルだ、上手に活かす方法はないかと模索したのだ。
実は前回ゲームマーケット秋も実践を試みたが、あいにくの雨模様だったこともあり断念してしまった。
今回の好天と待機人員に恵まれ、無事に実現することができたのだ。
午前10時、盤祭2nd、開場。
周りを見回す余裕など持ち合わせなかった自分だが、「前々から小冊子に興味があった」という方から「クイズそのものに興味は無かった」といった方まで、多くの方が興味を示し、ボタンを押しに足を運んでくれる。
もちろん、昨日同様、ボードゲームのイベントで、ボードゲームではない作品を提供する僕だ。参加者からの奇異な目も少しは慣れたもので、負けずに声を上げる。
「ボードゲームでクイズをやってまーす!」
「世界で唯一、ここだけでーす!」
そんな僕の姿を見かねてか、昨日の静岡アナログゲーム祭りでもお世話になった「いかラジ」のいかさんが問題を読みに駆けつけてくださった。
しばしの時間だったけれど、問題を「読む」側ではなく「解く」側に回るという体験も、久しぶりに味わうことができた。
時計の針は13時を指した。
机の配置を変え、次はいよいよ販売の時間へと移行する。
前回、そして昨日も活躍した、ヤブウチリョウコさんの「#ボドゲフリペ」を目の前にそなえ、昨日同様、準備は万端だ。
いつもと違う点は、早押しのスイッチが常備されていない点。
つまりは、純粋に「小冊子の中身で勝負」というスタイルだ。
先ほど以上に伸びた待機列は、開場15分前の段階で、ざっと述べ60人以上。
今回もバネストブースの「ファストスロース(ナマケモノレース)」や、uchibakoyaブースの「タンクチェス」、人気のscout!やボドゲイムhiroさんの小冊子も委託販売されるなど、ゲームマーケットにも負けず劣らじと目玉商品が揃い踏みする。
PM14時、販売の部、開始。
開幕は多くのブースで列ができるほか、机の配置がコの字だったことも影響し、中央部ではさっそく互いが購入したばかりの作品を見せ合うなどの姿がちらほらと見受けられた。
一方の僕は「これがラストだ!」と意気込み、最後の喉を振り絞る。
不思議と声のペースが落ちないことに気がついた。
もちろん声帯はすでに限界値を突破している。
それでも、ブースの前に立ち止まり、興味を持ってパラパラとページをめくる方がいらっしゃると、湧き水のように声が溢れ出た。
知ってもらう、体験してもらう。
前段の試遊、後段の販売、形は変われども、その根幹は同じ。
ブースを通じ、創作した作品を知ってもらうこと。そのやりとりの中でさらに興味を持った方に向けて、さらに作品をより知ってもらおうと提供する、そのスタンスは変わらない。
終わり頃となり、僕はご挨拶も兼ねてしばし回ることにした。
いつも絶えない笑顔のバネストでは、中野さんをはじめ多くのお手伝いさんがてきぱきと動き回っていた。ここでは注目作のファストスロースも無事に購入。
僕のブースからちょうど真正面に位置するuchibakoyaでは、関東でも根強い人気のタンクチェスを購入。前日前夜まで製作された詰め問題まで特典につくサービスぶりだ。
静岡、盤祭2ndと先行販売されたフダコマゲームズのマフィアNo.5も、試遊の段階で多くの方が体験に訪れるほどの人気ぶりを博した。
芸夢工房、サザンクロスゲームズでは新作「エイジオブタイラント」「THE実名報道」の話題作を無事にゲット。
その美麗な絵柄は切り絵となっているコロンアークの「メジャーアルカナ」も、ゲームマーケット秋で購入し損ねた作品。こちらで無事に購入。
・・・総購入額など訊くだけ野暮というもの。
夕方17時、盤祭2nd、無事に終幕。
片付けを終えた後は、いよいよバネストの中野さんとクレーブラットの畑さんとのトークセッションだ。
ここでしか聞けない深い話がポロポロと溢れる。
トークの終始を通じ、御二方の「この気持ちを伝えたい」という熱量の高さに圧倒された。
だからこそ、全国を回り、自分の身を投じてでも、ある意味、儲けなど多少度外視してでも、伝えたい、通じ合いたい、そんな気持ちがありありと伝わった。
その後は場所を写し、お酒を交えた二次会へ。
すでに体力、気力ともにヘトヘトだった僕は、ジョッキ一杯のビールで既にかなりの酔いが回った。
何を喋ったのだろう、失礼な言動は(おそらく)抑えていたはずだが…。
ふらつく足取りでなんとかその日のホテルに到着した僕は、備え付けのガウンに着替える気力もなく、そのままベッドへと倒れ込んだ。
「布団の中から出たくない」
打首獄門同好会の曲にそんなナンバーがあるけれど、僕は連日の無茶な遠征に加え、昨日一杯しか口にしなかった久しぶりのビールが体から抜けきれていなかったことなど諸々が重なり、ホテルのチェックアウトギリギリの時間までベッドから抜け出すことができなかった。
自由気ままの関西遠征、最終日は帰りの新幹線さえ厳守するほかには、特段予定した場所もない、自由気ままの旅。関西はこの日も穏やかな冬晴れに恵まれた。
うっかり阪急電車の乗り継ぎを間違えた僕は「まあいいや」と、そのまま法隆寺を観光するなど、少し送れた紅葉狩りを存分に堪能した。
ぐるりと遠回りしながら、向かった先は京都府伏見区のボードゲームプレイスペース「Light&Geek」様
先日12月1日にオープンしたばかりで、入口からはほのかに檜の香りが漂う。
店内は平日の昼間にもかかわらず、多くの若いグループがわいわいと賑わいを見せていた。
店長はPodcast「万屋楽団のそれなりな日々」を配信するボードゲームサークル「万屋楽団」のサンジョウバさん。
自身が手がける「謎解きは形容詞の後で事件簿」は第4回ボードゲーム大賞2次審査通過、第1回ボードゲーム セレクション店舗賞受賞など輝かしい成績を収めるなどの実力派サークルだ。
店内は「あ~ん」の読み仮名順できれいに整列された棚。
プレイスペースながら飲み物、食べ物の持ち込みはOK、その上、店内にはティーパックのお茶やコーヒー、冷蔵庫には冷たい缶ジュースも常備されているという気の回しようだ。
店内には有名ブロガー「うらまこのボドゲあれこれ」のうらまこさんが偶然にも来店中だったので、さっそくご挨拶、周囲の方も交え、手持ちの拙いボードゲームを広げる。
さすが幅広い知識に加え、多くのボードゲームを経験された方、プレイするや否やすぐさまゲームのシステムや勝負所を見抜き、明るい笑顔とともにさらりと勝利を奪っていった。さすがだ。
わずかな滞在時間の中、次の目的地に向けて京都を後にする。
僕が関西に向かうときは必ず足を運ぶ場所、加古川に構えるボードゲームプレイスペース「駒の時間」様だ。
komaさんはあいにく入院中。ご挨拶に伺うと、ちょうど見計らったかのように病棟でリハビリに励むkomaさんから店内のTokiさんに電話が鳴る。
僕はいつもより少し声のトーンを上げながら、病室にいるであろうkomaさんに向かって「頑張ってください!」と声をかけた。
喉の奥の小石が、ころりと落ちないよう、注意を払いながら。
電話を終えると、Tokiさんがコーヒーを入れてくれた。
ふと外の暗闇に気がつくと、時刻は夕方の17時、昨日の今頃もここまで深く闇に覆われていたのだろうか。
Tokiさんとしばしの時間おしゃべりをした。
駒の時間が奏でるフィギュアとボードゲームで囲まれた空間は、いつ足を運んでも心地よく、そこで繰り広げるおしゃべりは必然的に明るく華やいだものばかりとなった。
「京都のサンジョウバさんのお店は本当に良かったです!」
「盤祭、すごく楽しいイベントでしたー!」
帰りの時間が惜しくなるほど話は広がり、僕は帰りの新幹線が迫るギリギリまで話し込み、加古川を後にした。
新幹線に飛び乗った後、結局今回も旅の終始を通じ、お土産もグルメも満足に味わうことのなかった、過ぎてしまえばあっという間の遠征だった。
疲労と空腹が重なり、僕は帰りの新幹線でずっとまどろんでいた。
「何をしていたんだろう…。」
後ろ向きに、ではなく、あくまで前を向きながら、今回の遠征中に行った由無しごとを、自分の頭で整理することにした。
「クイズ、楽しかったです!」
「4コマ、いつも見ています!」
今回の旅程でお会いした方のそんな言葉が、本当に身に染みて嬉しかった。
問題やネタを全て一から考え、体裁を整え、失敗や雑味も度胸でごまかしながら、相手に笑顔で提供する。
上手くいったかどうかはわからない、ただ、今の僕の胸の中には、大きな充実感だけが残っていた。
その「充実感」の正体とは、自分にとって何だったのだろう。
「ゲームマーケットは是非『体験』に足を運んでください」
前回春、アークライトの野澤さんがラジオ番組に出演された際に口にした言葉だ。
「売るではなく、体験を提供する場」
それを聞き、前回春の番次郎ブースでは「ここでしか味わえない体験」をテーマとして運営を展開した。
単に小冊子を売るだけではなく、早押しボタンを用意したり、無料のパズルや小ネタ満載のパズル、他にも、実は司会者の読み方を研究し、問題を読む練習などをこっそりと行ったりもした。
それは何より「笑顔」こそ、自分のブースが求める最上級の提供品と考えたからだ。
適度な問題に難易度の調整、果てはなぞなぞや謎解きなど、「せっかくブースに立ち寄っていただいたならば、笑顔をお土産に帰ってもらおう」をテーマとしてブース運営を展開したこと。
そうだよ、そうだったよ!
ゲームマーケット春だけではなく、それから続く北海道ボドゲ博1.0や金沢ボードゲームマーケット、三宮ボドゲフリマ9も、根底は「笑顔をお土産に」だった。
興味を持った方に、直接作品の見どころを説明し、作品を通じた「笑顔」を添えて帰ってもらう。そのついでに小冊子を手にしていただけたら尚更良い。
今更ながら、僕の中でのブース運営の醍醐味とは、その短いやり取りの中で交わされる「笑顔」にあったのではなかっただろうか、と考えた。
そして、それこそまさにボードゲームと相性が良い「コミュニケーショのひとつであり「制作側が込めた想いを目で、耳で、肌身で、直接感じることのできる」「その逆に、ありがとうの気持ちを直接伝えることのできる」そんなやりとりを生み出す絶好の機会こそ、イベントが育む本質ではなかっただろうか、と。
歳を重ね、あらゆるしがらみが増え、次第に世間の目を気にするようになる、そんな中、「ボードゲーム」という後ろ盾で、老若男女の垣根を超え、ともに笑い、ともに涙し、ともに興奮できる、
一時でもそんな体験が提供できるよう、僕はこれからも作品を提供したいと願うし、そのためには、これでいいやと留まることなく、常に次へ、次へと自分自身を心身ともに進化・深化させなければと考えるのだ。
そうだと気がつけば、たしかに今日お会いした、Light&Geekのサンジョウバさんも、駒の時間のTokiさん、Komaさんも、ボードゲームカフェ、プレイスペースが奏でる心地よい空間には必ず「笑顔」があり、外を出た後もしばらくは心が暖かくなった。
知らず知らず、僕もそんな「笑顔」をお土産に頂戴した、というわけだ。
・・・。
無事に帰宅したときは、夜の23時をとうに回っていた。
遅くまで開いているスーパーでありあわせの弁当を買い、ようやくまとまった食事を口にすると、これまでの疲労がドッと関を切って押し寄せた。
「今日も4コマは休みます」と断りを入れ、スプーンラジオを流しつつ、僕はいつもの布団にくるまった。
ふと冷蔵庫の冷えが悪いことに気がつき、そこでようやくモーターの異常ランプが目に入った。
次のイベントでは冷蔵庫代くらいは稼がねば。
まあ、そんなに大きくないヤツでも、いいかな、なんて。
(了)
制作もようやく一段落し、しばらくは購入した作品で遊びつつ、ある人は社会生活に戻り、ある人はゲームマーケット大阪、春に向けて再度準備を整える。
「お坊さんが走り回るほど忙しい」
お坊さんに限らず、ゲーム製作者も各々の形で「師走」という暮の洗礼を浴びつつあった。
そんな中、
我が番次郎書店は、疲れた体を引きずるように、2週間後に控えた静岡アナログゲーム祭り、翌日の「盤祭2nd」に向けて、いそいそと準備を始めていた。
いい加減に自分の年齢をわきまえなければ、いつまでも若くはないぞと己が体に言い聞かせたのもつい先日のことだったか、相変わらず反省しない自分。
僕だけではない。
これら地方イベントが、単なる「ゲームマーケット延長戦」にとどまらない事は、どの出展者の方々からも強い意気込みとして強く感じ取れた。
早くて夏頃から事前の告知を行った弓路さん、高河さん、ゲームカフェぶんぶんさんら静岡アナログゲーム祭りスタッフ一同、盤祭2ndを運営するコロンアークの「たなやん」こと田邊さん。
久遠堂の久遠さんや芸夢工房の北条投了さん、Mob+の宮野華也さんらは、この日に合わせてなんと新作ゲームを作成した。
ノスゲムさんはゲームマーケットでも人気を博したウッドバーニングのボードゲームブローチを数多く用意、この日のための新作なども多数取り揃えていた。
ボードゲームサプライなどで有名なuchibakoyaさんや、ボードゲーム制作やTRPGなど幅広く活動を展開する地元静岡のサークルCedarBook’sさんなど、ゲームマーケット秋ではお目にかかれない方にもお会いできることも地方イベントが発信する魅力の一つだ。
一方の僕も、そんな方々と対抗・吸引ほどの魅力的な何か、を持つわけではないが、今回もゲームマーケット秋などでそこそこの好評を博した「クロスワード付きチラシ」を用意することにした。
クロスワードを一から考えるという妙なこだわりをみせたおかげで、結局予定が過ぎた分の延長料金を支払いはしたものの、無事に入稿し、当日予定に何とか間に合わせることができた。
2週間はとても短く、送付や新規クイズなど細かな準備に追われるうちに、まとまった休みをろくに取るができなかった。
人気や名声どころか、イベントで小冊子を売る以外にまとまった収入のない自分、目の前には先のゲームマーケットで購入した山のようなボードゲームと、持ちうる限りの精力を注ぎ込んだ小冊子の段ボールがうず高く積まれていた。
RPGで例えるならば、これが僕の「装備」となるわけだ。
ひとつ確証があるとすれば「クイズは面白い」ということ。
少しのお金とわずかな確信だけをサイドバッグに詰め込み、僕は金曜昼12時、新幹線ひかり号にて一路、静岡県藤枝市へと向かった。
全国的な寒波が押し寄せる、まさに冬本番、普段は温暖なここ静岡も、少し肌寒い天候の一日。
少し早めに現地入りし、まずは会場の下見を行う。
体育館ほどの広さを持つ藤枝市文化センターは、適度に空調も効き、施設内の自販機やトイレなどの設備も十分に完備されていた。
現場を取り仕切る弓路さんらスタッフの指示に従い、力仕事を良しとする僕は机の設置に取り掛かった。
残りの時間はステージの整備だ。
エキサイティングブースを事前に確保した僕は、他のブースが華やいだ声でわいわいとブースを設営する姿を尻目に、一段高いステージ上で独り黙々と作業に取りかかった。
テーブル上に作品を展開する。
ワンオペも4年目になると、それなりに販促の方法が板につくものだ。
頒布品を並べるだけではなく、早押し機のセッティングに、当日に予定されている「クイズイベント」の準備も簡単に行わなければならない。
練習を兼ねて問題を読み上げていると、手の空いた方が参加にいらっしゃった。
「転々と市」「ジャパンジャン」などを展開するガーデンゲームズの樫尾さん、ひろむさん御夫妻や、同じ建物の3階でゲーム会を展開するやんまぁさんらがこぞってボタンを押しに参加する。
ピンポン!ブー!
高らかになる音楽に「正解!」の声も思わずうわずる。
スイッチの調子はすこぶる好調。
舞台を後にし、制作同士の前日会に参加を予定するも、この日も日々の4コマ制作を欠かすわけにはいかないと思った僕は、名物「さわやか」のハンバーグを泣く泣く逃すことにした。
翌朝。
近傍のホテルで充分すぎるほどの朝食を摂り、午前10時、いざ会場へと向かう。
前日に設営を済ませたとはいえ、出展料や音声調整など、細部のこまごまとした調整を済ませると、時間は瞬く間に過ぎ去っていった。
11時ごろ、事前に予約した地元焼津港のマグロ丼が到着し、しばしの腹ごしらえ。
かなりのボリュームに圧倒されつつ、名前の通り口の中でトロっと溶ける中トロ丼を堪能する。
午後12時、いよいよ開場。
僕の位置するエキサイティングブースはステージ上ということもあり、会場内の参加者からは少し足が遠のく様子。
それでも事前に用意した手持ちのチラシや早押しスイッチなどを駆使し、ゲームマーケット秋で学んだ(はずの)呼び込みを行う。
「年末年始にいかがですかー!」
「本屋さんには売ってませーん!」
会場内に響き渡る僕の声は、壇上ということもあったからか、かなりの高域に響き渡っていた事実を後になって知らされた。
次第に、ボタンに興味を持ったと思しき方がちらほらと壇上に現れる。
その都度僕は問題を読み上げ、ピンポンのボタンを押す。さらに興味を持った方には、小冊子のアピールも欠かさない。
汗ばんだ体が冷えないよう、時折、暖かい飲み物を口にする。
静岡アナログゲームマーケットは「イベントはみんなで作り上げるもの」というコンセプトのもと、出展者、来場者を含む、会場内全ての参加者を「一般参加者」と呼ぶ。
僕のブースにも、地元静岡のゲームカフェ「らみぃ」の店長をはじめ、ゲームマーケット秋では機会を失し購入できなかったという一般参加者が訪れた。
「ゲームマーケットには行けなかったので、嬉しかったです!」
この声を聞くたびに、それまでの疲れが吹き飛ぶようだった。
午後3時、この日のために用意した「クイズステージ」が開催される。
実はボードゲームにこだわらない「レギュラー問題」を作成したのは実に数年ぶりのこと。
難易度の調整に四苦八苦しながらも、普段のボードゲーム制作で培った「楽しさを重視した問題作成」を心がけた。
そのひとつが「勝ち負けなしの協力ゲーム方式」だ。
知識が勝負のクイズならば本来あって然るべしとされる「勝敗」の概念を取り払うことにした。
つまり「勝った、負けた」ではなく「クリアできた、できない」を要所要所に取り入れ、最終的に「一番貢献できた人を投票制で決めます。」といった方式でまとめる方式を取り入れた。
問題をとちってしまったり、全体的な難易度が定まらなかったりなど、司会として反省するべき面が多々あったものの、ツイート上では「楽しかった」といった声が上がり、僕は何とか救われた思いがした。
しばしの休憩を挟み、再び小冊子を頒布する。
閉館まで1時間となるも、客足は途絶えることを知らない。
近傍でゲーム会が開かれていることもあり、購入した作品をその場ですぐに遊べる態勢が整っていたことは一般参加者にとっても嬉しかったのではないだろうか。
わずかな隙間を見て、各ブースにご挨拶へ向かう。
ノスゲムさんのブローチはこたつ猫がBABELで遊ぶ作品が偶然にも残っていたので迷わずゲットした。
らめれこゲームズ!にはクリエイターの珠洲ノらめるさんらがいつもの笑顔で頒布を行なっていたので、併せて「おそらのゆうびんやさん」のお礼を無事に済ませることができた。
EJIN研究所のEJINさんも、昨夜下山した疲れを見せることなくブースに立ち、周囲に作品の説明を繰り広げていた。
忙し過ぎず、適度に、ちょうど良い距離。
暖房のせいもあったからか、僕は少しのぼせていたことに気がつき、慌てて自販機のスポーツドリンクをガブガブと飲み干した。
夕方17時、拍手とともに閉会。
大きな拍手が湧き上がる。
おもわずへたり込んだ僕だったが、翌日を控えている以上、ここで倒れるわけにはいけない。
疲れた体をだましだまし荷物をまとめ、僕は次の新幹線に乗り込むべく、そそくさと会場を後にした。
あたかも富山の薬売りのような姿をまとい駅ホームへと向かった僕は、近傍の立ち食い蕎麦屋にて勢いよく月見そばをすすった。
ツイート上では北海道勢と静岡勢とのご当地グルメ合戦が賑わいを見せていた。
そんな盛り上がりをよそに、僕は疲労も相まって移動中の新幹線でとろとろと眠りについた。
ホテルに到着した後も何となく空腹が抑えられず、結局僕は、近くのコンビニでおにぎりとエナジー系のゼリー飲料を買いに走った。
疲労の残る体のまま朝を迎える。
清々しい朝日には、少しうろこがかった雲が覆われていた。
納豆、味噌汁と大豆中心の朝ごはんをお腹に入れ、僕は次へと向かうべく朝の支度を始めた。
会場となる中崎町ホールは閑静な住宅街に位置し、近辺にはカレー屋や串カツ屋など食の見所も豊富だった。
主催となるコロンアークの田邊さんらと協力して会場を設営する。
とはいうものの、特別なステージ等も無い真っ平なスペースのため、机や椅子を配置したあとは、互いに配慮をしながら各々の試遊スペースを作成するのみだ。
販売スペースの設置も後ほどで良いため、時間の余裕も生まれ、大変ありがたかった。
僕は昨日同様に小冊子と早押しスイッチを準備し、てきぱきと、ものの15分ほどの時間で設営を終えた。
僕が担当する「番次郎書店」の試遊スペースは入口手前すぐ左手。必然的に待機列の状況が目に飛び込んでくる。
開場15分前、待機列には述べ30人ほど並んでいただろうか。
中には、確認できただけでも、大阪の有名ボードゲーマー山路さん親子や、ラミィキューブの強豪ななちゃん親子、人気Podcast「いかとりにょりとおけいのいかがわしいラジオ」のおけいさん、同じくPodcast「木曜ゲーム会アフタートーク」MCゲームカフェ「賽翁」店主てちゅろんさん、更には関東から「ボードゲームカフェパス」「ゴリラ人狼」などの作品に携わったボドチューバーこと翔さんの姿も。etc,etc...。
「待っている時間にどうぞー」
僕は甲高い声を上げるとともに、本日分のチラシ兼クロスワードを待機列の方一人一人に配布して回った。
せっかくのパズルだ、上手に活かす方法はないかと模索したのだ。
実は前回ゲームマーケット秋も実践を試みたが、あいにくの雨模様だったこともあり断念してしまった。
今回の好天と待機人員に恵まれ、無事に実現することができたのだ。
午前10時、盤祭2nd、開場。
周りを見回す余裕など持ち合わせなかった自分だが、「前々から小冊子に興味があった」という方から「クイズそのものに興味は無かった」といった方まで、多くの方が興味を示し、ボタンを押しに足を運んでくれる。
もちろん、昨日同様、ボードゲームのイベントで、ボードゲームではない作品を提供する僕だ。参加者からの奇異な目も少しは慣れたもので、負けずに声を上げる。
「ボードゲームでクイズをやってまーす!」
「世界で唯一、ここだけでーす!」
そんな僕の姿を見かねてか、昨日の静岡アナログゲーム祭りでもお世話になった「いかラジ」のいかさんが問題を読みに駆けつけてくださった。
しばしの時間だったけれど、問題を「読む」側ではなく「解く」側に回るという体験も、久しぶりに味わうことができた。
時計の針は13時を指した。
机の配置を変え、次はいよいよ販売の時間へと移行する。
前回、そして昨日も活躍した、ヤブウチリョウコさんの「#ボドゲフリペ」を目の前にそなえ、昨日同様、準備は万端だ。
いつもと違う点は、早押しのスイッチが常備されていない点。
つまりは、純粋に「小冊子の中身で勝負」というスタイルだ。
先ほど以上に伸びた待機列は、開場15分前の段階で、ざっと述べ60人以上。
今回もバネストブースの「ファストスロース(ナマケモノレース)」や、uchibakoyaブースの「タンクチェス」、人気のscout!やボドゲイムhiroさんの小冊子も委託販売されるなど、ゲームマーケットにも負けず劣らじと目玉商品が揃い踏みする。
PM14時、販売の部、開始。
開幕は多くのブースで列ができるほか、机の配置がコの字だったことも影響し、中央部ではさっそく互いが購入したばかりの作品を見せ合うなどの姿がちらほらと見受けられた。
一方の僕は「これがラストだ!」と意気込み、最後の喉を振り絞る。
不思議と声のペースが落ちないことに気がついた。
もちろん声帯はすでに限界値を突破している。
それでも、ブースの前に立ち止まり、興味を持ってパラパラとページをめくる方がいらっしゃると、湧き水のように声が溢れ出た。
知ってもらう、体験してもらう。
前段の試遊、後段の販売、形は変われども、その根幹は同じ。
ブースを通じ、創作した作品を知ってもらうこと。そのやりとりの中でさらに興味を持った方に向けて、さらに作品をより知ってもらおうと提供する、そのスタンスは変わらない。
終わり頃となり、僕はご挨拶も兼ねてしばし回ることにした。
いつも絶えない笑顔のバネストでは、中野さんをはじめ多くのお手伝いさんがてきぱきと動き回っていた。ここでは注目作のファストスロースも無事に購入。
僕のブースからちょうど真正面に位置するuchibakoyaでは、関東でも根強い人気のタンクチェスを購入。前日前夜まで製作された詰め問題まで特典につくサービスぶりだ。
静岡、盤祭2ndと先行販売されたフダコマゲームズのマフィアNo.5も、試遊の段階で多くの方が体験に訪れるほどの人気ぶりを博した。
芸夢工房、サザンクロスゲームズでは新作「エイジオブタイラント」「THE実名報道」の話題作を無事にゲット。
その美麗な絵柄は切り絵となっているコロンアークの「メジャーアルカナ」も、ゲームマーケット秋で購入し損ねた作品。こちらで無事に購入。
・・・総購入額など訊くだけ野暮というもの。
夕方17時、盤祭2nd、無事に終幕。
片付けを終えた後は、いよいよバネストの中野さんとクレーブラットの畑さんとのトークセッションだ。
ここでしか聞けない深い話がポロポロと溢れる。
トークの終始を通じ、御二方の「この気持ちを伝えたい」という熱量の高さに圧倒された。
だからこそ、全国を回り、自分の身を投じてでも、ある意味、儲けなど多少度外視してでも、伝えたい、通じ合いたい、そんな気持ちがありありと伝わった。
その後は場所を写し、お酒を交えた二次会へ。
すでに体力、気力ともにヘトヘトだった僕は、ジョッキ一杯のビールで既にかなりの酔いが回った。
何を喋ったのだろう、失礼な言動は(おそらく)抑えていたはずだが…。
ふらつく足取りでなんとかその日のホテルに到着した僕は、備え付けのガウンに着替える気力もなく、そのままベッドへと倒れ込んだ。
「布団の中から出たくない」
打首獄門同好会の曲にそんなナンバーがあるけれど、僕は連日の無茶な遠征に加え、昨日一杯しか口にしなかった久しぶりのビールが体から抜けきれていなかったことなど諸々が重なり、ホテルのチェックアウトギリギリの時間までベッドから抜け出すことができなかった。
自由気ままの関西遠征、最終日は帰りの新幹線さえ厳守するほかには、特段予定した場所もない、自由気ままの旅。関西はこの日も穏やかな冬晴れに恵まれた。
うっかり阪急電車の乗り継ぎを間違えた僕は「まあいいや」と、そのまま法隆寺を観光するなど、少し送れた紅葉狩りを存分に堪能した。
ぐるりと遠回りしながら、向かった先は京都府伏見区のボードゲームプレイスペース「Light&Geek」様
先日12月1日にオープンしたばかりで、入口からはほのかに檜の香りが漂う。
店内は平日の昼間にもかかわらず、多くの若いグループがわいわいと賑わいを見せていた。
店長はPodcast「万屋楽団のそれなりな日々」を配信するボードゲームサークル「万屋楽団」のサンジョウバさん。
自身が手がける「謎解きは形容詞の後で事件簿」は第4回ボードゲーム大賞2次審査通過、第1回ボードゲーム セレクション店舗賞受賞など輝かしい成績を収めるなどの実力派サークルだ。
店内は「あ~ん」の読み仮名順できれいに整列された棚。
プレイスペースながら飲み物、食べ物の持ち込みはOK、その上、店内にはティーパックのお茶やコーヒー、冷蔵庫には冷たい缶ジュースも常備されているという気の回しようだ。
店内には有名ブロガー「うらまこのボドゲあれこれ」のうらまこさんが偶然にも来店中だったので、さっそくご挨拶、周囲の方も交え、手持ちの拙いボードゲームを広げる。
さすが幅広い知識に加え、多くのボードゲームを経験された方、プレイするや否やすぐさまゲームのシステムや勝負所を見抜き、明るい笑顔とともにさらりと勝利を奪っていった。さすがだ。
わずかな滞在時間の中、次の目的地に向けて京都を後にする。
僕が関西に向かうときは必ず足を運ぶ場所、加古川に構えるボードゲームプレイスペース「駒の時間」様だ。
komaさんはあいにく入院中。ご挨拶に伺うと、ちょうど見計らったかのように病棟でリハビリに励むkomaさんから店内のTokiさんに電話が鳴る。
僕はいつもより少し声のトーンを上げながら、病室にいるであろうkomaさんに向かって「頑張ってください!」と声をかけた。
喉の奥の小石が、ころりと落ちないよう、注意を払いながら。
電話を終えると、Tokiさんがコーヒーを入れてくれた。
ふと外の暗闇に気がつくと、時刻は夕方の17時、昨日の今頃もここまで深く闇に覆われていたのだろうか。
Tokiさんとしばしの時間おしゃべりをした。
駒の時間が奏でるフィギュアとボードゲームで囲まれた空間は、いつ足を運んでも心地よく、そこで繰り広げるおしゃべりは必然的に明るく華やいだものばかりとなった。
「京都のサンジョウバさんのお店は本当に良かったです!」
「盤祭、すごく楽しいイベントでしたー!」
帰りの時間が惜しくなるほど話は広がり、僕は帰りの新幹線が迫るギリギリまで話し込み、加古川を後にした。
新幹線に飛び乗った後、結局今回も旅の終始を通じ、お土産もグルメも満足に味わうことのなかった、過ぎてしまえばあっという間の遠征だった。
疲労と空腹が重なり、僕は帰りの新幹線でずっとまどろんでいた。
「何をしていたんだろう…。」
後ろ向きに、ではなく、あくまで前を向きながら、今回の遠征中に行った由無しごとを、自分の頭で整理することにした。
「クイズ、楽しかったです!」
「4コマ、いつも見ています!」
今回の旅程でお会いした方のそんな言葉が、本当に身に染みて嬉しかった。
問題やネタを全て一から考え、体裁を整え、失敗や雑味も度胸でごまかしながら、相手に笑顔で提供する。
上手くいったかどうかはわからない、ただ、今の僕の胸の中には、大きな充実感だけが残っていた。
その「充実感」の正体とは、自分にとって何だったのだろう。
「ゲームマーケットは是非『体験』に足を運んでください」
前回春、アークライトの野澤さんがラジオ番組に出演された際に口にした言葉だ。
「売るではなく、体験を提供する場」
それを聞き、前回春の番次郎ブースでは「ここでしか味わえない体験」をテーマとして運営を展開した。
単に小冊子を売るだけではなく、早押しボタンを用意したり、無料のパズルや小ネタ満載のパズル、他にも、実は司会者の読み方を研究し、問題を読む練習などをこっそりと行ったりもした。
それは何より「笑顔」こそ、自分のブースが求める最上級の提供品と考えたからだ。
適度な問題に難易度の調整、果てはなぞなぞや謎解きなど、「せっかくブースに立ち寄っていただいたならば、笑顔をお土産に帰ってもらおう」をテーマとしてブース運営を展開したこと。
そうだよ、そうだったよ!
ゲームマーケット春だけではなく、それから続く北海道ボドゲ博1.0や金沢ボードゲームマーケット、三宮ボドゲフリマ9も、根底は「笑顔をお土産に」だった。
興味を持った方に、直接作品の見どころを説明し、作品を通じた「笑顔」を添えて帰ってもらう。そのついでに小冊子を手にしていただけたら尚更良い。
今更ながら、僕の中でのブース運営の醍醐味とは、その短いやり取りの中で交わされる「笑顔」にあったのではなかっただろうか、と考えた。
そして、それこそまさにボードゲームと相性が良い「コミュニケーショのひとつであり「制作側が込めた想いを目で、耳で、肌身で、直接感じることのできる」「その逆に、ありがとうの気持ちを直接伝えることのできる」そんなやりとりを生み出す絶好の機会こそ、イベントが育む本質ではなかっただろうか、と。
歳を重ね、あらゆるしがらみが増え、次第に世間の目を気にするようになる、そんな中、「ボードゲーム」という後ろ盾で、老若男女の垣根を超え、ともに笑い、ともに涙し、ともに興奮できる、
一時でもそんな体験が提供できるよう、僕はこれからも作品を提供したいと願うし、そのためには、これでいいやと留まることなく、常に次へ、次へと自分自身を心身ともに進化・深化させなければと考えるのだ。
そうだと気がつけば、たしかに今日お会いした、Light&Geekのサンジョウバさんも、駒の時間のTokiさん、Komaさんも、ボードゲームカフェ、プレイスペースが奏でる心地よい空間には必ず「笑顔」があり、外を出た後もしばらくは心が暖かくなった。
知らず知らず、僕もそんな「笑顔」をお土産に頂戴した、というわけだ。
・・・。
無事に帰宅したときは、夜の23時をとうに回っていた。
遅くまで開いているスーパーでありあわせの弁当を買い、ようやくまとまった食事を口にすると、これまでの疲労がドッと関を切って押し寄せた。
「今日も4コマは休みます」と断りを入れ、スプーンラジオを流しつつ、僕はいつもの布団にくるまった。
ふと冷蔵庫の冷えが悪いことに気がつき、そこでようやくモーターの異常ランプが目に入った。
次のイベントでは冷蔵庫代くらいは稼がねば。
まあ、そんなに大きくないヤツでも、いいかな、なんて。
(了)
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