2021年6月10日木曜日

ぼんやりした頭の中で

 6月10日

パソコンのモニターの前に座り、何をするわけでもなくTwitterを眺めたり音楽を聴いたりといった時間が長くなった。

頭に入らないところを見ると、脳が、体が、少し疲労している様子だ。


ここ数日の夏日に加え、現在まで一円にもならないブログや4コマ、クイズ制作といった作業(作業と呼ぶのもおこがましいが適当な言葉も見つからないので)に明け暮れた。


思いを文章に、そして、行動に移すことは本当に難しく、やるぞと決めて手を動かさなければ一向に始まらない。


適当な箇所で見切りをつけ、休み休み最後まで片付け、疲労し、また休み、毎日がそのくりかえし。


問題も改めて整理し、29問というノルマを自分に課した。

問題ももっと精査し、さらにレベルの高い作品を目指さなければ。


4コマも、ここ数日は比較的反応もよく、今回のネタは40いいねを超えた。


自分の作品が世に出て、それなりの評価をもらう、その繰り返しが中毒となっているかもしれない。


フリートを開けば話し相手も増えるだろうが、おしゃべりに使うようなネタも時間もない。

一問でも多くの問題ができるよう、作品として形になるよう、遠方からの声を頼りに、今は頑張る時期だ。


もうあと十日ほどで緊急事態宣言も明けるという予報だ。


15日には献血の予約も入れた。


自分を磨くこと、陰で頑張ることで、見てもらえることがある、と、今は信じて頑張るしかない。


もっとかっこいい言葉を綴りたいが、ぼんやりした頭ではこれが精一杯だ。

2021年6月9日水曜日

コミティア136参加備忘録

 6月6日日曜朝、参加するか否か前日まで本当に迷った「コミティア136(自主制作漫画誌展示即売会、以下「コミティア」)」へ向かうことを決めた。

会場は東京ビッグサイト青海展示棟。

一昨年の秋にはボードゲームのイベント「ゲームマーケット」も開催された場所でもある。


細部コミティア136公式URL

https://www.comitia.co.jp/html/136.html


参加を決めた一番の理由は、普段出展側として参加する自分が、こうした情勢下、参加者の側として、どこに向かい、どこに目が行き、どう感じたか、などを、肌身を持って感じ取りたかったからだ。


本ブログは私個人の備忘録として綴る記事となる。読者の方で仮に参考になる部分があれば幸いである。



当日の出展側として参加された方のツイートを見かける。

本情勢下でどういった人の入りとなるか、どれだけの売れ行きが見込まれるか、全く予想はつかめなったと話す。

緊急事態宣言の只中、つい先日は同じコミティアの地方イベント、北海道コミティア14が中止となったばかりだ。

その辺りも、昨年秋、そして今年の大阪、春とゲームマーケットを経験した自分の肌感覚に似ている気がした。


来たる当日朝。

天候はあいにくの雨。開場は11時1

10時を少し回る時間に最寄りの東京テレポート駅に到着した私。りんかい線の乗車率は体感で7割ほど。座ろうと思えば詰めて座席に座れる、といえば想像できるだろうか。


コミティアの入場方法は、事前に「ティアズマガジン」と呼ばれるカタログを事前に購入するシステムだ。(税込1300円、当日の2週間前となる5月23日に発売)こちらのカタログの購入数で、当日の入場者数を把握し、当日の入場制限を含めた人数の管理を行うとのこと。


当日販売も多少あったようだが、当日販売は長蛇の列ができることを鑑み、事前に購入することにした。


カタログ付属のチケットに名前と連絡先を記載、入口でリストバンドと交換する形である。耐水性があり、汗で崩れたりといった心配はなさそうだ。


入場の数を掌握する目的もあるため、会場内でリストバンドを外すことは厳禁とある。


検温は異常なし。

「検温OK」と表記されたピンクのリストバンドを身につけ、いざ外の待機列へ。

案内された待機列では、すでに多くの参加者が4列を守り並んでいた。



雨模様ということもあり、皆が傘をさして列に並ぶ。


コミックマーケットでは「周りの迷惑になる」という理由で、たとえ雨でも傘はささないことがエチケットとされたが(レインコート等はOK)、他人との傘がかからない距離間隔は、いわゆる「密」を避けるという意味でも良かったのかもしれない。「ちょうど傘の間隔を空けてお並びください」とスタッフからのアナウンスもあったほどだ。


待機列同士のわいわいと話し合う姿も見えない。それだけ周りも感染症対策に留意した上での参加ということなのだろう。


一旦動き出した待機列は、そのままの流れで入場口へ。

長く見えた待機列ではあったが、入場できた時間は11時15分ごろだった。


さて、参加自体を当日に決めたこともあり、事前の情報は、カタログにざっと目を通し、欲しい作品を2、3見繕った程度での参加だ。

カタログはサークルカットもそうだが、各サークルのおすすめやインタビュー記事など読み物として十分楽しんだ。


序盤から各サークルの元へスムーズに廻り、目当ての小冊子を物色する。幸い長蛇の列に並ぶことはなく、目的の買い物自体はものの15分ほどで終えた。


参加者でごった返し通路は歩くことすら難しい、といった以前のコミックマーケットとは雰囲気も大きく異なり、出展ブースの数も少なめで通路も大きく開いた分、通路は歩きやすく、周りのサークルがどういった作品を出品しているかを遠目でも確認することができた。



会場内をぶらぶら探索することにする。

幸い、コミティアは各サークルが「ジャンルごと」に位置どりされているため(「島」とも呼ぶらしい)カタログ付属の地図があれば、「欲しい作品のジャンル」がわかるようになっている。


地図を頼りに各ジャンルの作品を見て回る。私の目当ては主に「評論」「デザイン」などだ。

地図を片手にうろうろする自分が、以前ゲームマーケットの出展テーブルから眺めた来場者の姿に投影されたようだった。


事前にどんな作品が出品されるかといった事前の情報収集を怠った私にとって、サークル出展者の情報はスマートフォンでもカタログでもなく「各ブースのポスター」だった。


 大きなポスターに、今回イベントの出展作品が大きく掲示されているサークルは、うろうろする私にとって何よりも目を引いた。

 特に、今回各サークルが「頒布したい!」と強調された作品が一枚ドーンと描かれたポスターは特にインパクトが大きかった。

 以前自分も失敗したが、ついあれもこれもと「メニュー表」のようにレイアウトしてしまう。それはテーブル上のお品書きリストの役割で良いのかもしれない。

 また、こうしたイベントに不慣れな自分にとって、自分の現在地を掌握できる「現在のサークル番号」が合わせて記載されているポスター、お品書きにはつい目が止まった。


 応援するサークルの方へ、出発前のスーパーで調達した麦茶を手渡す。

 これも「青海展示棟はトイレも自販機も離れているので頻繁に通えない」ことを見越した自分の経験則に基づく。喜んでもらえてこちらも嬉しかった。こうした出展者・参加者相互のやりとりができるのも、オフラインならではの楽しみ方だ。



 仮設とはいえ青海展示棟はそれなりに広く、ぐるっと一周を歩くだけでも相当な距離となる。

 逆に考えると、全体をぐるりと2周し観察できるほどの余裕を持つことができたとも言える。


その後、買い逃しはないか全体をもう一周散策し、2時間ほどで会場を後にした。


 人手は少なかったとはいえ人の熱を甘く考えていた私は、帰りの電車では汗びっしょりのままとなった。



帰りながら今回気がついたことをおさらいする。


1 ポスター、掲示物のインパクトは重要


  後ろのポスターや、大きくサークルロゴ・キャラクターの描かれたテーブルクロス等で興味を惹かれた作品は、次にもう一周しようと決めた際のきっかけとなった。

 これも先にあげた「全体を眺める余裕」から生まれたものだろうと推測する。

 あれこれと細々描かれたものより、大きくドンと「今回の売り」を掲示するインパクトは、本当に大事だと実感できた。


2 整頓されたテーブルは重要


 作品をテーブルにポンと配置された作品より、クロスを引いたり、見本誌を用意したりといった配慮のなされたブース運営の大切さを改めて実感した。


 大手出版社のブースは作品も綺麗に整頓されていたので、自分もじっくり研究した。


 目を引く彩色のお品書きや簡潔にまとめられたお品書きリストは、それだけでも「作品への愛情」を受け取ることができた。

 細かい配慮だが、いざ購入する段階で背中を押す重要な要素だと実感できた。

 また自分が本を出すサークルということもあり、各出版社が無料で配布する「色彩事典」や「紙質の見本」などは大変勉強になった。

 次に立ち寄る際も、決して派手さはなくとも「テーブルが整頓された」サークルの方へと自然と足が向いた。


3 イベント外での活動も重要


 帰り際のタイムラインでは「会場内で頒布した作品は、BOOTH(個人通販)や委託店舗を利用し通販を行う」旨の流れをちらほら見かけた。


 会場では余裕を持って購入できた作品も、後日通販に並ぶや否や即座に完売となる作品もTwitterのタイムライン上で数多く目にした。


 こうした頒布の経路をいくつか持つことも本情勢下でのイベントにおける一つの特徴なのだろう。

 

 ツイートを検索すると、やはり「当日参加したかった!」などのツイートが数多く並ぶ。個人的な都合のほか、業務的な都合での参加を見合わせた方も大勢いらっしゃった。

 

 それゆえ、事前の告知を含めた広報や、多岐にわたる販促手段を確保することも、しばらくは頭においての活動となる、と改めて実感した。


 販促活動以外に、運営本部も「#エアコミティア」をつけ、SNSを通じたイベントで盛り上げようと努力された。

 こうした運営サイドの努力も、ゲームマーケットライブ中継「ゲムマライブ」に通じる気がした。


振り返って


「宇崎ちゃんは遊びたい」作者「丈」氏のツイートを引用する


それはもうひどいスランプに陥ってなに描いても全部駄目で先週丸ごと無駄にしてしまってて生きる気力すら見失いかけてたんだけど一か八か昨日コミティア行ってみたらちょっと復活してきた

同人イベント会場の空気でしか得られない栄養は確かにある

(引用元:https://twitter.com/syokumutaiman/status/1401753820774895618?s=20


 以前も私は「なぜそうまでリスクを冒してまでゲームマーケットに参加するのか」を自分に問うた。


 出展側となった際にそれは実感できた事項だが、参加者の方から受け取るエネルギーは本当に多い。

・自分の作品を目当てに購入してくれる方

・サークル名だけは頭にあり、当日新刊がないかご挨拶してくださった方

・作品は知らなかったが、説明をして作品を購入された方

等々、次への大きなモチベーションを受け取ることができた。


 逆の立場となった場合はどうだっただろう?

 

 参加者の側に立ち、改めて参加する側からも、出展者の熱意あふれる作品の数々を手にできた。

・読者としての感想を直接伝えることができた

・制作者から直接手渡されたときの制作者の笑顔を伺うことができた

・思いも寄らない箇所から自分の好きな作品、興味の湧いた作品を、制作者を通じ発見することができた

 作品の一つ一つから溢れんばかりの熱量を、綴られた文章やイラストなどを通じ、本当に多く受け取ることができた。


 資金に限度があり、また事前の予習不足も災いし、欲しいと思った全ての作品を手にすることができず、帰宅後に歯噛みする思いもした。

 購入するだけのイベントに留まらず、参加者、出展者、運営スタッフ相互が「安全安心を第一として、より一層界隈を盛り上げよう」と、長期間かけて制作された出展各作品は、今回参加者の側としてより多く購入できた作品の包みとともに、しばらく自分の中の一番のモチベーションとなる。

 先の引用元の「同人イベントの空気でしか得られない栄養」を自分なりに解釈すると、だいたいそんなところだ。  

 そんな目に見えない栄養こそ、創作を続ける自分にとって一番の収穫だと学んだのである。


笑いながら進もう

 


6月9日

昨日から続く夏日で身体も疲労に達した。

朝は久しぶりのランニングだったが、案の定、体も心臓も鈍っており、異常なほど心臓がバクバク言った。少し間違うと倒れるかもしれない。


4コマも何とか更新できた。

二日前に自分としてはかなり良い反応を頂戴できたので、それに引きずられないよう注意を払った。

Twitterでバズることの弊害は、脳が、体が、バズった時の状況を学習してしまうことだ。

作りたい作品から「バズるための作品」へ

シフトチェンジすると、本当に自分の描きたい作品が曇ってしまう。

適度に、ほどほどに、何より、創作の根幹を「自分の表現したいもの」に据えること。

簡単なようで、反応の数を気にしてしまう私にとっては、やっぱり難しい。


週末は天気が荒れるとはいえ、この暑さに夕方からは冷房を入れてしまった。

体温の上昇はそれだけで疲労を伴う、これも以前サロマ湖のウルトラマラソンで学んだことだ。

それだけ人間の体は繊細にできている証左だろう。


支援先のお店や個人の明るいツイートが目立つ。

自分も周りに支援できるほどの余裕はないが、それでも周りの笑顔を見ることは、自分もそのお裾分けを頂戴するようでとても気分が良い。

もっと資金が潤沢ならば、お店を貸し切ってボードゲームクイズイベントを大々的に行うのであるが、これも致し方なし。まずは自分の境遇から。


頑張る頑張ると何度も口にしながら、今はとにかくできるところまで。

問題の精査もここまで順調。明日もまた問題の制作が続く。

誰かが待つ、その日を夢見て、笑いながら明日も進むしかないのかなと思う。

2021年6月8日火曜日

外と向かい合う

 6月8日

朝からいつもの4コマ、夏日と聞いて慌ててこたつ布団を干し、クイズ本の制作、と、いつものように過ぎた1日。


イラストの練習にと、1500フォロワーを記念したイラストを描く。塗りの作業はいつもの4コマと違い、フィギアを塗装するような「無の境地」に浸れるため、集中はできるものの、その後の疲労感はいつも以上だ。


お金はないが、近所の業務用スーパーで枝豆を買い、てふや食堂さんのえだまめ料理を作ってみる。

ふさごと茹でることを知り、これも水っぽくならないための工夫なのかと思いながら、何とか完成。一人暮らしの自炊にしては良くできたほうだ。何よりツイートを通じ、改めててふやさんにお礼を伝えられたことが嬉しかった。


フォロワーもそう、料理もそう。悩むこと、できないことは本当に多い。ただでさえ手持ちのお金もない自分にとって、作品を外に発信し、それなりの反応がもらえることが何よりも嬉しいのだ。


コミティアで購入した「カタルシスプラン」にも、デザインアドバイス本にも、やはり一人ではなく周りに発信することの重要性が書かれていた。


インドかどこかアジア圏だったかと記憶するが、日本の教育と違い、他人に迷惑はかけるもの、他人を受け入れることが重要だ、と、これは浅学ながらアドラーの哲学にも通じるのではないか。


自分のできること、と、周りから期待されることは本当に違う。

本当に辛く苦しい、そんな中、それでも自分の中を出しながら、外と通じた時、自分の生きがいが生まれるのだろう。


貯金の目減りを気にしつつ、お金がなくてご支援できないことの苦しさと、それでも何かできないか、と、外と通じよう通じようと懸命にもがく自分。


三十度を超える夏日となった今日。

何もなくとも日は暮れ、また日はのぼる。

少しでも前へ、前へと前進することしか、今の自分には見えてこない。


応援の声はどこか遠くにあるはずだ。

今はただ、その期待に答えられるよう、彫刻品のように作品を磨くのみである。

2021年6月7日月曜日

気持ちの起伏の疲労感

6月7日


昨夜の疲労は思った以上に体に残り、今日は朝の遅い時間までぐったり横になった。

イベント明けの朝は、出展側でなくとも気を張ってしまうのだろう。

ぼんやりする頭の中、何とか4コマのネタを捻り出し、急いでペンを走らせた。それでも更新した時間は13時半ごろだった。


遅い時間ではあったが、思いのほか評判が良く、前作4コマで成し得られなかった「50いいね以上」を獲得することができた。


とはいえ、執筆の環境はさほど良くはない。電車でヨドバシまで出かけ、ペーパーライクフィルムを調達する。


クイズの制作、レイアウトの試行錯誤、そんないつもの日常でまたたく間にすぎる1日。


周りを見ると「月収5万円のどん底(から成り上がったサラリーマン云々)」「今月は月収2万円の貧乏漫画家」などの言葉が並ぶ。

「言ってくれるじゃないの」と思いつつぼんやりと眺める。

今日のおかずも半額の弁当だ。


運勢は最悪のバツマークだったらしい今日の一日。

気持ちの浮き沈みが大きいと、それだけで体を酷使するものだ。


嬉しい気持ちでも人は鬱になると聞く。


脳に過剰な疲労、とりわけストレスと呼ばれるもの、は、相手へ余計に負荷をかけてしまう。

人気の作品はその辺りを上手くコントロールできるものだろう。私の目指す作品とは何となく正反対のようだ。


嬉しいお知らせが並ぶタイムラインをよそに、誰が読むともしれないクイズをひたすら作る。

昨日お渡しした本は、あいも変わらず一般の人からすれば不可解な文字列の並ぶボードゲームのクイズ本だ。

提出したことを今になって後悔しつつ、明日を迎える。

Podcastを聴く元気もないので、このまま横になることにしよう。

気持ちの起伏は、本当に疲労を伴うものだ。と、前職で上司と交わしたやりとりをぼんやりと思い出す。


2021年6月6日日曜日

人と会う、って、面白い!

 6月6日

コミティアに行くことに決めた。前日夜、ようやく決心がついた。

当日まで参加することをひた隠しにした理由がそれだ。緊急事態宣言ただ中の今、良かれ悪かれこうした集まりに参加することはそれだけで周囲の目線を奪う。

 羨望の眼差しならいざ知らず、付き合いもない人から買い物などを持ちかけられるのは勘弁だ。

 それでも参加を決意した一番の理由が、参加する側として、イベントに熟練したスタッフの一連の動きを観察したかったからだ。


 詳細はまた別に綴るとして、当日は小雨模様。それでも冷たい雨にさらされながら1時間ほど長い橋を往復で歩かされたゲームマーケット2019秋に比べたら雲泥の差である。人間、慣れとはいささか恐ろしい。


 室内はブースの間隔が広くとられ、各種感染症対策は万全に行われていた。

 何より、普段のコミックマーケットとは人数も減少したであろうが、スムーズで快適、人の少なさは室内の空調がきちんと効いたことが何よりの証明だった。

 

 それでも長く歩き通しでは疲労も溜まる。


 所定の買い物を簡単に済ませ、次は深川のいっぷく様へ。


 雨が本降りとなり、室内でコーヒーを頂戴する。

 店員の刀さんといっぷくのこの先が良かったことを伝え、将棋のインストラクターを務めるという彼女に、店内のボードゲームをいくつか紹介する。

 

 ドメモ、ガイスター、FILLIT、ノイ、等々、お子さんを相手に教える先生だということで、お子さんでも楽しめる名作を紹介した。

 

 元々アレックス・ランドルフは日本国内で将棋の段を所有し、その知見を生かして名作ガイスターやツィクストを制作されたと聞く。


 だから、というわけでもないと思うが、将棋有段者の腕前はさすがなもので、一度ルールを飲み込むとすぐさまこちらの意を汲むかのようにひょいひょいと手筋を読み込んでくる。

 負けました、と深々と頭を下げる僕。


 久しぶりに人と話し、簡単に交流し、オンラインでは体験できない「人の良さ」を改めて実感した。


 楽しい人と楽しく話す時間は、単純に飽きることがない。

 

 それは楽しさを共有する場や時間が刻々とうつろうからだろう。


 次に会う時は、僕も成長して来ます。


 イベントでもいっぷくでも、離れた後はそんな思いが胸に去来しながら、いつもの変わらない自宅へと戻る。


 自宅は変化しないが、手を動かすことで、前へと進み、状況も攪拌され、作品はさらなる進化を遂げる。


 そう信じることで、自分も、そして相手も、お互いがお互いに成長できるはずだ。


 ネガティブな気持ちではなく、少しでも前へ、前へ。


 今月6月いっぱいでいつものいっぷくは終わり、新生「いっぷく」が誕生する。

 夏のコミックマーケットも無くなった今、次回のコミティアは9月だという。


 先のことはわからないけれど、次に会う時、自分もまた成長していますよう。

 それが次に出会えるであろう相手への感謝の気持ちなのだ。

2021年6月5日土曜日

できることの、1ミリ先へ

6月5日

ふと思い立ち、問題制作の修行を行うことにした。

与えられたお題に対して即興で問題を作成する、

少し前にもそんな修行を敢行し、無事に終えることができたという安心からだ。


今回はさらに範囲を狭め「ボードゲームのタイトル」とした。

1日募った結果、悪戦苦闘しつつ、何とか18問を完走することができた。


4コマも並行して描く。

もう少し無理をすればオンラインのクイズ会にも参加できたであろうが、時間と体に余裕はなかった。


「やりたいことは、できることの1ミリ先」

秋元康か誰かのそんな言葉を思い出す。


だから、自分のできる(もしくは「できると思っていること」)を少し、ほんの少しだけ背伸びしてやってみる。


無理はする、でも、決して「無茶」はしない。

その境目を動くように、頑張ることだ。


今日も何となく問題を作り本を読み、と過ごすうちにあっという間に1日が過ぎた。

動かない生活からゴミは生まれないらしく、今日のゴミ出しは買い物袋にして2袋のみ。

ゴミとなって排出される量も、率先して動かないことには増えないというわけだ。


安い炭酸を飲みながら、少しずつまた手を動かす。

できることの、その先に、何が待つのか。

少なくとも同情を誘って仲間を引き込む真似はしたくはない。

それはパワハラ上司の常套手段だ。


問題数にして、中間の問題が4問を含む6問、リメイク版の問題も残すは30問と少しだ。


問題制作、問題読み、それらが半年前より大幅に生み出せるよう、取り戻せたことが、今は何よりも嬉しい。

2021年6月4日金曜日

デザインと老子の話

6月4日


 今日の4コマはかなりの時間をかけた。大概私の作品はボードゲームのパッケージを丁寧に模写することがある。

 イラストの練習という意味合いもあるが、何より、模写された側が万が一でも目にされた場合(私の漫画など原作者が発見するほど有名でもないが)不恰好な作品ではお気を悪くされるかもしれない。


 朝7時30分ごろからラフを開始し、描き上げた時は12時30分を回っていた。

 5時間は最長ではなかったか。その前にトレンディを描いた時も4時間半ほどの時間を要したはずだ。


 だから、といっていいねの数が多くつくわけではない。

 悲しきかな、それがSNSの世界であり、RTもいいねもこちらから願って操作できるわけではない。

 努力賞では相手の目を引き止めることなどできないのだ。

 こちらはいつもの数となった。


 口を曲げていたところに、グループSNEから最近復刻された「コボルドのボードゲームデザイン」が届き、早速拝読する。


 難しい用語が並ぶハウツー本のようなものかと警戒したが、今もその名の褪せないボードゲーム制作者が、めいめいの理論で「ボードゲームに込めた楽しさ」を解説する本だった。


 ボードゲームの感想ツイートに並ぶ「楽しい」の言葉。

 曖昧であり、実にアナログな言葉だが、具体的にこれら「楽しさ」をどう表現するか。

 語彙力(個人的には語彙「量」だと思うが、ここでは合わせる)の足りなさでごまかすことなく、感情をどう揺さぶられる演出があったかをきちんと言葉で表現する、そのデザイン的な仕掛けが満載であった。


 日本語の「デザイン」という言葉は、しばしば「グラフィック」の意味合いで置き換えられることが多い。

 料理に例えると、美味しい食材(グラフィック)があれば、必然的に美味しい料理ができあがるかもしれない。

 デザインはその「調理法」に当たる部分だ。

 火加減、水加減、隠し調味料、等々、素材の良さを最大限に引き立てる術があれば、冷蔵庫の中の食材ですら豪華ディナーに変貌する、それだ。


 ボードゲームに限らず、名作にはそれら「言葉にするのは難しいけれど、なにか楽しい」を引き出すエッセンスが仕込まれている。


 絵柄の良さやルールの基盤とともに、眠っているはずではあるが、決して目立たない、中国陰陽道の「陰」の部分だ。

 老子の言葉にも「陰で相手を操作すること」こそ重要であるといった文言が並んでいたはずだ(言葉が曖昧ではあるが)。

 

 任天堂の故・岩田社長も「「なんとなく」が一番駄目なんです」とおっしゃられた。

 何かしら理由をつけ、確実にそこに配置する、そんな仕掛けができるよう、「なんとなく」ではなく「すべてにおいて理由が存在する」と誰か哲学者が話していたように、理由づけて説明ができるよう努めなければ。

 

 私の4コマもクイズ本も、そんな「隠された仕掛け」を、数多く搭載できるよう明日もまた頑張る。

 

 雨が降り、気圧に飲まれそうな中、今日も1日お疲れ様でした。

2021年6月3日木曜日

日々頑張るしかないのである。


6月3日

4コマの連載が30回となった。

とはいえ、あまり自慢するものでもない。イラストが上手く、そして毎ツイート数百数千バズりするアカウントに比べたら、どんなに多くても50いいね以上をもらったことのない私など微々たるものだ。

少し用事を思い出し、偶然立ち寄ったアニメイトの本棚には、イラストもシナリオも神様レベルの漫画家が群雄割拠という状況だ。


足はすくむ。

それでも「自分にしかできないこと」を信じて、またはある程度「外野の声に耳を預けずに」進むこと。

その中に、一人、二人、と理解者も現れるかもしれない。


理解者からの声で、自分の持つ魅力がわかることも、最近読んだ漫画から得られた知識だ。

好きな漫画家は、ネット上で見かけることが少ない。

それだけ作品を大事にされているということだろう。


私のほかにも、最近ペンを握り始めた方をチラホラと見かける。

そんな中でも、毎日毎日続ける人間など、自分も含めてそう多くはない。


私の漫画は、「漫画を通じて訴えたいこと」があるわけではない。

目にされた方がほんの数秒でも「くすり」と笑ってもらえる、そんな作品を目指している。

労力に比べると、その効果の実に少ないこと。

それでも自分の中の本当の実力を筆に込め、少しずつ、崖を上がっていく。


外野は批評し、あざけり、笑い、反撃でもしようものなら、売れている漫画と対比する。


私はじっと耐えながら、いつか、またいつか、と筆を握るだけ。


この漫画が56話に達すると、以前の漫画の累計と合わせて600話の更新となる。


長く続けることの難しさは、やはり体験しなければわからない。

その上、ことさら私に限っては、ネタを他人に委ねることもしてはいない。

自分の作品ぐらい自分で片付けたい。

だから他の作品よりも応援の声は少ない。


耐える時間。

梅雨冷えのように、晴天を待つための耐える時間が、30日に達したことを、今日もまた詰め込んだ作業の中で自分を許すことなく、積み重ねる、それだけだ。


アメリカのおかんさんからも、頑張る旨の報告が届く。

人気ブロガーのあっきいらびっとさんも、カレーショップを開店する旨の朗報が届く。


緊急事態宣言下、水面下では大きく根っこが胎動している。


私も負けてはいられない。

また明日も頑張るか。

2021年6月2日水曜日

お金と心のメンテナンス

少し前くらいから「いいねの数だけボードゲーム好きが答える」のタグが活況している。

元のネタは映画だったかと思う。質問内容をボードゲーム好きに合わせ、SM Rabittの狐鞭氏が作成した。


氏の活動は最近になってすごく活況しているように見える。

ほんの数ヶ月前、手元のお金が無くなったことでAmazonの欲しいものリストを公開、翌日にはすべて届けられたというエピソードが印象に残っている。


それを思い出すたび、お金の力は凄いと感じる。



先日も某デザイナー・イラストレーター氏も、ここでは表沙汰にはしないけれど、お金の良さ、素晴らしさをツイートされた。


私も日々削られる貯金の額面に戦々恐々としながら、日々ご飯と柴漬けで糊口をしのいでいる。

お金は必要であり、大切なものだ。


それを踏まえても、どうにも自分には、お金お金と日ごろの口癖だった人間、とりわけ親族や友人だ、が頭をよぎる。


汚いもの、とまではいかないにせよ、あまりにお金に執着しすぎると、我を見失ってしまうのではないか、と心配になるからかもしれない。


だから、というわけではないが、自分はその辺りを楽観的に考えるようにしている。


本が売れなければ、手持ちのボードゲームを売って、どこか田舎に引っ越そう。

そこで一人、自給自足で過ごすのも悪くはないかな。


もちろん今はたぎる創作意欲をクイズ本制作に傾注している最中だ。心配事を払拭するかのようにひたすら手を動かす、そんな毎日だ。


今日は朝起きることがとても辛かった。周りに報告すると、心配のリプライを届けた方もいらっしゃった。


オートバイのメンテナンスと同じ、回転させすぎるとオーバーヒートする。

やりたいことを行うためにも、体のメンテナンスは第一に。

その結果としてお金が返ってくることが一番僕にとって望ましい。


先行きは不安だ。以前占い師から「2月から運気は格段に良くなります」とあったが、4ヶ月経過し、未だ果報は届かない。


周りからは祝福の報告が続く。焦ってはいない、というと嘘になるだろう。

それでも好きなこと、結果を残したいことを、しっかりと行うためにも、体と心のメンテナンスだけはしっかりしよう。


明日もまたしば漬けをかじりながら創作する日々が続く。

負けるものか。

2021年6月1日火曜日

マウントを取らないクイズの調整

6月1日(火曜)


 クイズ制作はぼちぼち、といっても、少し前まで本当に1、2問を生み出すことすらできなかった自分にとって、目の前の情報をまとめて4、5問ほど生み出せるまでに勘を取り戻せたことは何よりも大きい。


 情報を整理し、60文字足らずにまとめる作業は、慣れないうちは困難を要する。区切り、削り、重要だと思った文言だけを残し、問題文をすべて伝えた時点で、目的とする割合の層に正解を認識させなければならないからだ。


 私自身がかつてそうだったと備忘録のように綴るが、問題制作に慣れないうちは、どうしても問題の難易度を「意図して」上げる傾向にある。


 解答者には答えて欲しいけれど、軽くわかってしまった際に、問題そのものの主導権が解答側に流れてしまうと考えるからだ。


 自分の中でクイズとは、わかったから、または解答者がわからなかったから「ドヤ顔」するツールではない、決して「ない」


「こんなこともわからないの?」とけなすような問題であってはならないのだ。その辺りの難易度調整に本当に苦心する。


 基本は「わかると楽しい」、その上で、わかるためのハードルを徐々に上げる、一人ではなく複数名を想定し、早くわかった方に解答権を譲る、そのための競技性も持たせなければならない。


 その辺りの匙加減は本当に難しい。


 これまで自分の作成したクイズ本が、どちらかといえば「ソロプレイ」、一人で読むことを想定した作品ばかりだからだ、と、思う。

 他のボードゲーム制作サークルと違い、楽しむ相手は私のほかには「本を手にした方」だ。

その先にいらっしゃるであろう複数名を相手とするための本、それがおぼろげながら見えてきた「次なるクイズの展望」なのかと思う。


 ボードゲームの垣根を越えた、最高の一冊、聞こえはいいけれど、そのために尽くす努力は問題のみにあらず、レイアウトやデザイン、広報や楽しみ方など、今ここでくすぶるわけにはいかない。



 6月に入り、この日記も軽く400字程度を目標に、週一から毎日綴ることに決めた。

どこまで続くかはわからないけれど、日々の4コマのように、気楽に、思うままに気持ちの整理ができたらと思う。

下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...