2021年6月22日火曜日

退路を絶って

 



6月22日(火)


今日は少し込み入った話となります。



4コマ執筆後、ゲームマーケット秋の通知が届いたので、ザッと変更事項を確認したのち即座に応募した。


出展価格や開催期間など、大きく変更された次回内容に、出展者の多くが躊躇する中、割とあっさり踏み切ることにした。事もあろうに両日だ。


一冊800円のクイズ本など、記録に残るほどの数を売り切らなければ儲けなど出るはずがない。


それでも一歩踏み出す時の足の軽さは、遠い昔に読んだダイの大冒険の氷炎将軍フレイザードの行動を元にしている。


ためらわず踏み出したのち、問題は走りながら考える、とは、課長島耕作にもあった言葉だと思う。


まずは進むこと、それだけで相手からリードを奪える。

時の理はそれだけ戦略で大きく作用するのだ。即断即決を求められる管理職には必須の要件だ。


もちろん決定したからといって問題が解決するはずもない。

これから大きなお金をどこかから工面しなければならない。


近所の神社にお参りに行く。


「やりたいことに全精力を注ぎ込み、反面、少しでもメンタルを乱すような相手とは相応の距離を取る、そんな今の自分の行動スタイルは間違っているかもしれない。事実、私自身には相談相手すらいない。スペースなど立ち上げようなら1人孤独に喋ることとなるだろう。


それでも進むことにした。

もう一つの理由が、本当にこの秋の出展が最後になるかもしれないからだ。


目に見えるヒット作も生み出せない中、ボードゲームの問題作りにかけた5年間は本当にあっという間だった。

そんな中、少しずつではあるが、ボードゲームに関するクイズのツイートやクイズの動画は増え、ボードゲームカフェで開催されるクイズ会などもちらほら見え始めた。


私の存在など、潤沢にお金を費やして動画コンテンツを量産する組織とは対称的に、お金は日に日に目減りし、大きな創作イベントすら限られてしまう有様だ。加えて年齢は40を超えたハゲのおっさんにすぎない。


だから自分は、この出展で大きな変化がなければ、潔くボードゲームから撤退して別の道を見出そう。

冗談ではなく本気でそう考えている。


休め休めと言われても、ここまで後に引けない戦いの中、のんびり休む時間すら惜しいのである。


焦りかもしれない。


それでもこの秋が最後の創作だと自分の心の退路を断ち、体にムチを打ちつつ、また明日も頑張ろうと思う。


問題のノルマはさらに増えたが、時間の猶予はある。じっくり腰を据えて頑張りたい。

2021年6月21日月曜日

茨の道

 6月21日(月)

朝から体力気力が布団に吸収され、朝のうちにお休みの旨をツイートした。

体調は至って健康だが、土日に動きすぎたからか、心身の重さには耐えられなかった。


ほぼ一日中、横になって過ごす。

時折ツイートが悪い話題で溢れかえるのをぼんやり眺めていた。

明日また頑張りましょうかと誓う。


何をしなくてもお腹は空くし、1日がなくなると創作の時間も減る。

のんびりしてはいられないが、メンタルの不調はそれだけで視界に映る界隈の話題も曇った眼鏡で見えてしまう。

これからは気分も上げていかなくては。


とにかく、今度の創作に全力を傾注しなくては。

「いつも通り」でもダメで、その先にある「成果を残すこと」を踏まえなければならない。

それは創作だけではなく、多くの方の信頼や芸術といった名前を残す作業となる。

知識がそれに代替できると思っていたのだが、人は目に見えないステータスを本当に汲み取ってはもらえない。

「伝達が大事」とは、先の芸術本で何度も語られている話題だ。


こんな創作スタイルだから、おそらく周りのペースや手段からは大きく外れている。当然、理解される方も少ないだろう。

独自の世界を甘い世界と捉える人はその辺りの「茨の道」が視界に入っていない。

頼ろうにも頼る相手もなく、その一方で、ブルーオーシャンだの一人勝ちだのと欲を張っているように受け取られる。


周りのギスギスした社会情勢に話題も及ぶかもしれないが、ここでは控えるとして、それでも笑顔を見せて、また明日も「そうなったらいいな」という自分を見せつつ頑張ろうと思う。


誰にも真似できない、むしろ真似してついて行こうとしない、そんな茨の道を、また明日も進もうかと思う。






2021年6月20日日曜日

自信を取り戻せた日

 6月20日

マスクをつけての長時間外出はやはり過呼吸に陥るからか、帰宅後の疲労感もかなりのものである。これに夏場は高温となるのだから、今年一年を乗り切れるか不安である。


昨日は4コマ後に思い立ち、千葉県は成田のPLAY!2号店様にご挨拶に伺った。


親交のある千葉県の有名ボードゲーマーでひしめく店内は、新旧問わず流石のラインナップで締められていた。

店長ご夫婦もとても明るく、以前茂原のTSUTAYAでお会いした旨を伝えるとすぐに打ち解けた。卓を囲む面々には、どどめのボドゲーンでおなじみのどどめさんもいらっしゃった。


本当にご挨拶だけを済ませ、帰宅する。

ついでに3ターンで終わるゲームをようやくゲットする。


翌日も疲れは取れず、結局約束の時間まで横になりながら疲労の回復を図った。

感染症を心配したが、熱もなく、何よりセブンの固めプリンが美味しくいただけるのだから何ら心配することもなかった。


神楽坂のテンビリオンポイント様へ


店長のヒガさんは以前神保町のアソビカフェに勤めた名物店長。DJもデザインもインストもこなす敏腕店長だ。


手持ちのクイズ本を無事にお渡しでき、まずは安心する。


クイズ本を手渡す際、早押しボタンを購入された旨を聞きつけ、ならばと問題を作成することにした。

ボツ問題をまとめるつもりが、あれもこれもと入れ込むうちに、結局全て新問題ばかりの収録となった。


何よりも驚いたのは自分だ。

少し前までうんうんと苦しんだ問題作成が、他の方のためだったとはいえ、2時間ほどで30問ほどの問題を工面できたのだから。


良い具合に力が抜けたからだろうと思う。

ほんと、もう私に問題作成は無理だと諦めかけた頃だった。有名クイズYouTuberが蹂躙すれば、私の代わりなどいくらでもいると感じた頃だった。


まだまだ力は残っているようだ。そして人よりも、少し前に進んでいるようだ。


問題をさらに磨き、これからもうしばらく前を走ることができるよう、自分の道を走るしかないのかな。

2021年6月18日金曜日

相手を通じて自分を「見る」

 6月18日(金)


お金をあまり気にせず、感染症対策を入念に、今日もご挨拶に回ることにした。

4コマを描き上げたあとで、あまやどり様、コロコロ堂様にご挨拶に回った。

両店のお店で、あいも変わらず問題作成のために1人ひたすら説明書などを読みふけった。


作業に集中していると、周りの声、特にSNS周りの情報が遮断される。

後になって「40代男性1人の相席はさせない」なんてつまらないツイートが話題となっていたことに気がつく。

余裕がなくなれば、そんなことも考えてしまうのかもしれない。

コロコロ堂のお店の方としばしお話し、この時間の大切さ、お互いの余裕のなさ、などを話した。


手を動かすその先にある、自分でも見えない世界。

それはいつかの瀬戸口みづき先生が漫画に収めたように、周りから指摘を受けることで、自分として成し得ていくものかもしれない。


自分のことは自分ではわからない。

それは性格のことでも、業績のことでも、そうだと言える。


サークルとして活動する以上、人から見られていることを意識しなければ。


今日は帰宅後、サクッと問題作成に移った。

力を抜いたからか、20問ほどの問題をあっさり2時間ほどで作成できた。

それでも手癖で作った問題が多数なので、これからさらにオリジナリティを広げなくては。

それは何より自分を見る周りからの目線で訴えられる事項だ。


頑張るしかないのかと自分に言い聞かせ、また明日も少しずつ動こうかと思う。

緊急事態宣言も解除・緩和された国の真意は、ウイルスによる感染の脅威か、はてまて、苦しみの声を上げる世論の声を汲み取ったのか。

真意は定かではないが、自分もきちんと地に足を付けて明日も頑張れるようゆっくり休もうと思う。

2021年6月17日木曜日

休むという「怖さ」

 


6月17日


昨日くらいから頻繁に見るツイートに「休憩をすることで能力は上がる」という論文のツイートが発表になった。


筋肉の超回復の理論で、同意する意見も多く、論文全文を読んだわけではないが、その根拠もたしかなもののようだ。


日記も、4コマも、そしてノスゲムさんのキャスでも、周りからもう少し休むよう促されている私。


純粋に「たるむのが怖い」のだと思う。


元プロボクサーの渡嘉敷勝男さんが減量に苦しんだ頃、コップ一杯の焼酎を飲むよう指導されたそうだ。

アルコールの力を借りて体温を上げ、代謝を促進し、その後の練習に繋げるというコーチからのアドバイスだったという。

渋々飲んだ渡嘉敷さんは「世界で一番不味い酒だった」と語ったそうだ。


休むと筋肉がつく、その理論はわかる。今の体育会系の部活動も、積極的に休息をとるトレーニングを組み込んでいるし、私の記憶では米軍のトレーニングにも「休むこと」をワークサイクルに組み入れていたはずだ。


そこまでわかりながらも、手を止めることは純粋に「怖い」


この1日で周りからは確実に差が開く。だらだらしている自分、堕落した自分を、休みが明けた途端にキッと気持ちを切り替えることが、果たしてできるだろうかという不安。怠惰に負けてその後の業務に支障が出るのではないかという漠然とした不安。


真面目という言葉の真意が「小心者」「英断できない」という経験則だ。


作業をすることで得られる安心感は、まさしくブラック企業で悪い効率の中深夜まで残業するそれだ。周りからは努力賞としか言葉を受けない。


それでもなお、前に進もうと思う。


休むときはいずれ体が悲鳴を上げて勝手に休むだろう、と、甘く見積もっているからだ。


前のめりで倒れてやるさ。


ハードボイルドながら、割と本気でそんなことを考える1日だった。


気の弱さから今日は表立って外出ができなかった。明日こそはと誓う。

2021年6月16日水曜日

笑顔が戻ると

 6月16日


お金を使うことはある種の投資だという。


そう考えると、私は投資家として失敗しているのかもしれない。


4コマを描き終え、催促されたことを受けて浅草の喫茶あかねでコーヒーを頂戴する。

平日お昼の時間は至って静かで、店長と話をしながらコーヒーを堪能した。

ここでも「人柄ですよね」という話でまとまった。


夕方からはキャス配信を立て続けに聞く。

ボドラボDDTのちむ店長はこの度の支援に笑顔が戻っていた。

「笑顔でよかった」など暖かいコメントが並ぶ。

私も

「ツラさ苦しさを表情に出さないことが美徳とされる社会の中、声を上げることの大切さを学びました」

と返した。(文章一部書き足しています)


苦しい状況だったのか、と声をあげることは今の時勢としてとても大切な事項だ。

苦しさを隠して突然倒れては、周りも迷惑なのだろう。もっともこれは私のような管理者目線のセリフだ。


偉そうに語ってはいけないが、苦しさをひた隠しにする私も胸が痛む思いがした。

占いによると今日は絶好調らしかったが、そんなことばかり考えるうちに、絶好調のぜの字も感じられなかった。


お金に余裕はない。武士は食わねど高楊枝、の気持ちで、自分に向けての投資分を今日も自分以外の相手に回す。

正しいのかはわからない。

それでも周りの笑顔には変え難い。


問題作成は難航しつつ、何とか進んだような。

少しずつ進めましょうか。


笑顔が戻ると気持ちも前を向く、そんなことを考える1日だった。

2021年6月15日火曜日

捨てる神あれば

 6月15日


捨てることができず今に至る。

目の前にうず高く積まれたボードゲームの山も、そのうちそのうちと言いながら未だ手をつけないままだ。


断捨離とは、むやみやたらにものを処分することではない。

無駄だと思ったものを分別して処分し、空いた箇所に新たなものを吹き込む、といった流れだ。


動かないものを動かすことで、部屋の中の対流を促す、これは経済活動もそうだ。


今日は久しぶりにボードゲームカフェにお邪魔し、お客さんの頃合いを見計らい、博学のスイクン店長に問題をチャレンジしてもらった。


読みながら、出題しながら、問題のアラが発見できる一連の流れ、加えて、しばらく倹約生活が続いたからか、ボードゲームカフェの千円が多く感じるようにも感じた。

これも全て、暗く溜まった空気を循環させるための一呼吸と割り切ることにした。


大きなきっかけがなければ動かない、ではなく、小さなきっかけを元に大きなきっかけを掴む、と、自分の中で考えることにした。


些細なことがきっかけで、思いも寄らない道へと進む、これは我が国でも「牛に轢かれて善光寺参り」という諺がある通りだ。



献血もそうだ。最初は本当に金券(当時は五百円の図書券)がもらえるという下心丸出しの参加だった。しばらく時間を空けたのちに再開し、今回で92回目を済ませることができた。


捨てることが上手い人、すなわち、過去のやり方や経験に固執しないことこそ、次の大きなステップを踏み出せるのだろう。

自分の作品も未だクイズの本という領域から抜け出せないままではあるので、とても耳が痛い話だ。


血漿を抜き、少しだるさを感じた体には、数日もすれば新たな血液が生成されるのだろう。


もっと大胆に、色々と手放せたら、気持ちも方向も変わるのかもしれない。


明日もまた4コマに問題に、手放しつつ頑張ろうと思う。

2021年6月14日月曜日

派生する期待

 6月14日

ドイツ年間ゲーム大賞キッズ部門賞に、ブルーノ・カタラ作「ドラゴミノ」が選出された。


というニュースなのに、それを気にされる方は本当に少ない。


以前クルマリのuenoさんと「今年の年間ゲーム賞(ノミネート作のこと)、まったくチェックしてないわー」という話題で盛り上がった。

日本語化されている作品で比較的名前を聞く作品は「ミクロマクロ:クライムシティ」で、バネストの中野さんも一押しだった。次にパレオ、ファンタジーレルムズ、が続くだろうか。

それら作品をプレイされた方、そして自分の頭で感想を綴られた方は、本当に、本当にごく一部ではないかと思う。

今回のドラゴミノが、過去の同賞に輝いた「キングドミノ」のキッズ版だと認識される方はさらにさらに絞られる。


だからこそ問題に最適、とも言えるけれど、要は「そこまで情報を知ることの意味」を、つい考えてしまった。


作業中に流していた万屋楽団さんのツイキャスライブで、お二人から「どこに行こうとしているのか」をつぶやかれた。


本心を話すと、私もこの先がどうなるのかわからない。


そんなものだと思っている。


ほんの数年前、ワトソンという、あらゆる知識を組みこんだコンピュータをアメリカのクイズ王と対決させる企画が大々的に行われ、並み居るクイズ王を相手に優勝してしまった。


その報を聞き、私も第一印象は「すごいことなのかもしれない、けれど、それをどうするの?」と疑問が拭えなかった。


それらを解説したNHKサイエンスZEROでは、医療など人間の考える領域を発展させた考えのできるコンピュータの存在などを学んだ。その数年後に富嶽が登場、現在は多くのシミュレーションで活躍する身近な存在だ。


AができたらAのみにあらず、そこに派生するBやCの生まれる楽しみ。


それは努力して手に入れることのできた、大きなオマケのようなもので、私もそれを密かに期待しつつ、毎日の作業を行なっている。


漫画を描くことで、漫画に落とし込めるなりの考え方も身につくかもしれない。

どこかから別の依頼を受けた際、4コマでまとめる能力と画力が発揮されるかもしれない。

全ては未知数だ。


どうなるかはわからないし、それで食っていけるのか、と問われると言葉に詰まる。

それでも、前に進んだ先には、思いも寄らなかった偶然の出会いがあるかもしれない。


そう期待しながら、明日もまた頑張ろうと思う

明日は久しぶりに献血に向かう。

2021年6月13日日曜日

忍耐の種を蒔く

 6月13日


小学校の頃に読んだ「吉四六とんち話」だったはず。

ある日吉四六さんが隣の家との境に囲いを立て始めた。奇妙に思った奥さんが何をしているのかと尋ねたら「隣の家の夫婦ゲンカが移るといけないから垣根を立てている」と話す。

奥さんは笑って「ケンカなんぞ移るものか」と返すと吉四六さんは「いいや、移るものだ」と返す。

終いにはお互い道具を持ち出して今まさに大ゲンカが始まるかといったところで吉四六さんが言う

「ほら見てみろ、ケンカは移るじゃないか」


ツイート上をずっと眺めていると、悪い話題も当然目に入る。

意見したことに対し思うような返信が届かなかった場合、不安に駆られ、ストレスにも感じる。

詳しい話は省略するが、いわゆるSNS疲れと呼ばれる一つの形だろうか。


そんな時は心の中にサッとカーテンを下ろし、自分で避けるよう務めている。

本来は苦しい意見も体内に取り入れながらアップデートすることこそ大切だとは思うが、毒となる言葉はやはり毒であり、これはどんなお布施にも感謝の気持ちを返したお釈迦様でも、悪い言葉だけは蓋をして返さなかった話もあったことを思い出す。


制作は変わらず苦しい。

4コマもクイズも、なかなかネタの思い浮かばない中、脳の片隅に残った欠片を集めてネタへと昇華している。

見えない部分の苦労は、ことSNS周りにエンターテイメントが年中広がる今の時勢、伝わりにくいことなど承知の上だ。


だからこそ、自分だけでも「喜びの種」を蒔こうと思う。


4コマもクイズも、双方に通じる考えは「数秒でも楽しんでもらえる時間」を提供することだ。


笑うでもいい、興奮するでもいい、疲れた時の清涼剤とも、知識の栄養補給でも何でも構わないから、せめて数秒くらいは悪い考えの移らない時間を取って欲しい、が私の創作のコンセプトだ。


そのためにも、創作だけではなく、自ら発する苦い言葉は、なるべく心の中にしまうことにしよう。

問題提起はせず、自分の考えのままを、できる限りユーモラスに伝えよう。


最近のTwitterではそんなことを心がけている。


「君の心の庭に忍耐の種を植えよ

 その根は苦くとも、その実は甘い」

ジェーン・オースティン(イギリスの絵本作家)


2021年6月12日土曜日

海を見に行く

 6月12日


作れども作れども一向にノルマの減らないクイズ作成、と、並行して綴っている4コマ制作。どちらもその日の朝に考えをまとめ、編集するスタイルを取っている。

当日にまとめる理由は単純で、メモにもまとまらないほどアイデアが出ないからだ。朝ふっとしたきっかけでネタをまとめて、お昼前後に更新できたことは毎度毎度本当に奇跡である。


評判はどうあれ、更新することそのものに、毎日続けること自体に意味があると考えている。

ダメなら次、次、と回せば良い、基本はそんなスタイルだ。


にしても、


以前読んだ技術書「カタルシスプラン」では「相手に伝えること」を特に重要視した。

伝わらなければ評価すら手にできない

それは重々承知している。


毎度更新することで、多少の評価が得られる4コマと、一方で内容柄、秘密裏に制作するクイズ集、その両天秤にお昼はタガが外れてしまい、しばし無気力となってしまった。


こんなとき、真水を浴びに行くことをだいぶ前に勧められた。


山梨に住んでいた頃は、近傍の山中湖によくぼーっとしにいったもの。

横浜は浜というくらいなので基本は海岸沿いの街なのだが、砂浜そのものは電車にしばらく乗車した金沢八景に向かう必要があった。もう一方は鎌倉だ。


外に出ることそのものが億劫だったため、出発したのは14時30分を回った頃だ。到着したのは15時30分、しばらくの間、砂浜を散歩し、リラクゼーション音楽ではない生の潮騒の音を耳にする。


幸福論のアランや詩人の谷川俊太郎は、気分転換に海に行ったという。


寄せては返す波。

周りはビーチバレーの集団や潮干狩りを楽しむ子ども連れ、日光浴を楽しむ外国人観光客などさまざまだった。


大海と対峙する時間は、何か高尚なことなど思い浮かぶはずもなく、しばらくザザーンという自然の音に耳を傾けていた。

ぼーっとする時間、やはり頭の中は飽和していたのだろうか、頭がじんわりと痺れる感覚に陥った。

小一時間ほど堪能し、のんびりと散歩を兼ねて帰宅する。


問題のノルマは一向に埋まらなかったが、少しずつ前進できたことで自分を褒めることにする。

創作作業は長期戦だ。短期戦の勢いでスタミナを使い切ってはいけないのだ。


ツイートをひらけば心に悪い感情を起こすセンシティブなツイートも多い。

私が愚痴や悲鳴を口にすることで、それら火に油を注ぐ形になりかねない。

所詮オッサンの愚痴など誰も手を差し伸べてはくれないのだ。


それなりに考えをまとめ、その日暮らし、行き当たりばったりの創作活動がまた明日も続く。


見えない未来の不安を、今を頑張ることで切り開く、といえば多少カッコがつくかも知れない。

明日もまた同様に、体を壊さないよう頑張ろう。

リピートするが、創作は長期戦なのだ。

2021年6月11日金曜日

思えば遠くへ来たもんだ

 6月11日


今日の4コマも評判が良く(いいね50超え)更新後、かたときもスマホから目が離せなかった。これがいわゆる「いいね」の弊害だと実感する。

応援は欲しい、けれど、それにつきっきりになると、自分の作りたい作品が曇ってしまう、は、前回も気をつけた事項だ。

「ボードゲームのクイズを作っています」と大手を振って自己紹介してはいるけれど、今ひとつ伝わった実感もないし、「クイズ?何それ」がやっぱり印象に残るのではないかと思う。


今月と先月で約500問ほどの問題を作り、少しだけ当時の「なんでも作れそう」の勘が戻ってき始める。


500問、

思えば遠くへ来たものだ。

過去の自分の作品から、自分自身で実感できるほど、かなり遠くの方へ歩いてしまったようだ。


もちろんいい顔ばかりではない。リスペクトの気持ちを持たなければ、私の活動などすぐに破綻してしまう。


次の手、次の手、をどんどん考慮しなければ、一本でやっていくには私の力はあまりに頼りない。


夏の暑さに力つき、あれよあれよと時間は過ぎる。

土日は混み合うと考え、明日も外出を控えようと思う。


問題は作ってはボツに、4コマも今日はいくつかネタを生み出した中の作品だ。

そうやって自分の中のフィルターでろ過しながら、作品を磨き上げること。


それが私なりの個性なのだと思う。


不安は尽きない。

でも、今は走るときだ。


周りで応援される方のためにも、今は体に気をつけて走ろうと思う。


下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...