6月13日
小学校の頃に読んだ「吉四六とんち話」だったはず。
ある日吉四六さんが隣の家との境に囲いを立て始めた。奇妙に思った奥さんが何をしているのかと尋ねたら「隣の家の夫婦ゲンカが移るといけないから垣根を立てている」と話す。
奥さんは笑って「ケンカなんぞ移るものか」と返すと吉四六さんは「いいや、移るものだ」と返す。
終いにはお互い道具を持ち出して今まさに大ゲンカが始まるかといったところで吉四六さんが言う
「ほら見てみろ、ケンカは移るじゃないか」
ツイート上をずっと眺めていると、悪い話題も当然目に入る。
意見したことに対し思うような返信が届かなかった場合、不安に駆られ、ストレスにも感じる。
詳しい話は省略するが、いわゆるSNS疲れと呼ばれる一つの形だろうか。
そんな時は心の中にサッとカーテンを下ろし、自分で避けるよう務めている。
本来は苦しい意見も体内に取り入れながらアップデートすることこそ大切だとは思うが、毒となる言葉はやはり毒であり、これはどんなお布施にも感謝の気持ちを返したお釈迦様でも、悪い言葉だけは蓋をして返さなかった話もあったことを思い出す。
制作は変わらず苦しい。
4コマもクイズも、なかなかネタの思い浮かばない中、脳の片隅に残った欠片を集めてネタへと昇華している。
見えない部分の苦労は、ことSNS周りにエンターテイメントが年中広がる今の時勢、伝わりにくいことなど承知の上だ。
だからこそ、自分だけでも「喜びの種」を蒔こうと思う。
4コマもクイズも、双方に通じる考えは「数秒でも楽しんでもらえる時間」を提供することだ。
笑うでもいい、興奮するでもいい、疲れた時の清涼剤とも、知識の栄養補給でも何でも構わないから、せめて数秒くらいは悪い考えの移らない時間を取って欲しい、が私の創作のコンセプトだ。
そのためにも、創作だけではなく、自ら発する苦い言葉は、なるべく心の中にしまうことにしよう。
問題提起はせず、自分の考えのままを、できる限りユーモラスに伝えよう。
最近のTwitterではそんなことを心がけている。
「君の心の庭に忍耐の種を植えよ
その根は苦くとも、その実は甘い」
ジェーン・オースティン(イギリスの絵本作家)
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