6月12日
作れども作れども一向にノルマの減らないクイズ作成、と、並行して綴っている4コマ制作。どちらもその日の朝に考えをまとめ、編集するスタイルを取っている。
当日にまとめる理由は単純で、メモにもまとまらないほどアイデアが出ないからだ。朝ふっとしたきっかけでネタをまとめて、お昼前後に更新できたことは毎度毎度本当に奇跡である。
評判はどうあれ、更新することそのものに、毎日続けること自体に意味があると考えている。
ダメなら次、次、と回せば良い、基本はそんなスタイルだ。
にしても、
以前読んだ技術書「カタルシスプラン」では「相手に伝えること」を特に重要視した。
伝わらなければ評価すら手にできない
それは重々承知している。
毎度更新することで、多少の評価が得られる4コマと、一方で内容柄、秘密裏に制作するクイズ集、その両天秤にお昼はタガが外れてしまい、しばし無気力となってしまった。
こんなとき、真水を浴びに行くことをだいぶ前に勧められた。
山梨に住んでいた頃は、近傍の山中湖によくぼーっとしにいったもの。
横浜は浜というくらいなので基本は海岸沿いの街なのだが、砂浜そのものは電車にしばらく乗車した金沢八景に向かう必要があった。もう一方は鎌倉だ。
外に出ることそのものが億劫だったため、出発したのは14時30分を回った頃だ。到着したのは15時30分、しばらくの間、砂浜を散歩し、リラクゼーション音楽ではない生の潮騒の音を耳にする。
幸福論のアランや詩人の谷川俊太郎は、気分転換に海に行ったという。
寄せては返す波。
周りはビーチバレーの集団や潮干狩りを楽しむ子ども連れ、日光浴を楽しむ外国人観光客などさまざまだった。
大海と対峙する時間は、何か高尚なことなど思い浮かぶはずもなく、しばらくザザーンという自然の音に耳を傾けていた。
ぼーっとする時間、やはり頭の中は飽和していたのだろうか、頭がじんわりと痺れる感覚に陥った。
小一時間ほど堪能し、のんびりと散歩を兼ねて帰宅する。
問題のノルマは一向に埋まらなかったが、少しずつ前進できたことで自分を褒めることにする。
創作作業は長期戦だ。短期戦の勢いでスタミナを使い切ってはいけないのだ。
ツイートをひらけば心に悪い感情を起こすセンシティブなツイートも多い。
私が愚痴や悲鳴を口にすることで、それら火に油を注ぐ形になりかねない。
所詮オッサンの愚痴など誰も手を差し伸べてはくれないのだ。
それなりに考えをまとめ、その日暮らし、行き当たりばったりの創作活動がまた明日も続く。
見えない未来の不安を、今を頑張ることで切り開く、といえば多少カッコがつくかも知れない。
明日もまた同様に、体を壊さないよう頑張ろう。
リピートするが、創作は長期戦なのだ。
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