2022年6月30日木曜日

15分だけしゃべるキャス

毎日15分だけ一人でしゃべるツイキャスライブも700回を超えた。内容が内容だけに消去したものも若干数あるが、それを含めるともう少しだけ足されるだろうか。

15分間の中に、あったことを、極力面白おかしくしゃべる、それも最近は、弱音や愚痴や悲鳴なども混じるようになった。

しゃべりながら、メンタルの弱まりを実感できたときが、休むサインではないかと考える。
スマートフォンの画面を通して、ほんの2、3人、たとえ0人だろうともしゃべるように努めている。即座に数十人も集まる有名創作者やアイドルに比べるまでもなく、肩書きも実績もない自分としては上出来だろうと思う。

どれだけ長くなろうとも、20分を超えたことは稀となる。それは自嘲として「おっさんの長話など聞きたくない」と口にはするが、本質は、中身をしっかりまとめてしゃべることで30分の内容を15分くらいに脳内でまとめる練習を兼ねている。
30分もしゃべっては相手も退屈するだろうし、そうなると、伝えたいことを軸とするツイキャスライブの目的が変わってくるのではないか。

長く家に引きこもる中、今日もツイキャスライブの時間だけしゃべる練習ができた。
自分勝手に喋るではなく、相手にしっかりと伝えるようにしゃべる、そのためには、きれいな言葉を使わなくては響かない。

明日より7月。明日もまた勉強の日々が続く。

2022年6月29日水曜日

臥薪嘗胆

ボードゲームの新型クイズを改めて作ってみた。

先日、kurumariのuenoさんにアドバイスを受け、自分のコマの制作がどこまでできるかを試す意味もあった。

午後いっぱい全ての時間を使い、何とか一本の動画クイズが完成した。


悔しい思いをバネにした。


創作を馬鹿にされ、人格を否定され、それは自分が信頼を置く一創作者だったから、反動が強かったのかもしれない。


何千ものフォロワーを持ち、ツイートは常に100,200当たり前。創作界隈でも幅広い人脈を持つ人間だ。

一人ではなく、複数存在する。

その人脈などを含めると、さらに広域に渡るのだろうか。


目元から涙が溢れる。

悔しさ、悲しさはバネにすること。そして、複数存在する自分のような人間を馬鹿にする相手を、必ず見返すこと。

ゲームマーケット秋まで日は短い。臥薪嘗胆、必ず太刀を返すさ。



2022年6月28日火曜日

我慢

 朝一番にサイコロ堂店主の「苦しいだろうけれどなるべく面白味に満ちた店舗苦しいです」ツイートを目にし、「推しは推せるときに推せ」の言葉を思い出し、4コマ後、神保町リブレスト様へと向かう。

「いつも応援しておりました。閉店は残念です」

一度も足を運ばないのにその言葉は不義理だろうと思い、一度行ってみたかったお店にご挨拶だけを済ませることができた。

その後はkurumariに寄り、こちらも店長らにご挨拶だけを済ませて帰宅した。

人身事故で電車が大幅に遅延したものの、これも幸運の前触れと思い、やり過ごした。


一寸先のことはわからない、それはここ数年の感染症禍で痛いほど思い知らされた。

家に引きこもったところで何もできず、こっそりと旅程を組んで、こちらもお店にわずかばかりの小銭を落として帰る、そんな旅ももう懐かしいと思えるほどだ。

小さなタネが、大きな大樹へと成長するためには、一つ一つ、その可能性を育んでいかなくてはならない。

それは魔法を信じるでも、奇跡を待つでもなく、本当にタネを蒔くこと、それが何かしらの軌跡へと結びつくのではないか。


今朝、5年前にはカードスタンドなどを含むボードゲームグッズもそう多くはなかったことに気がついた。

先人に感謝すると同時に、当時「俺のものを勝手にパクるなよ」的な、醜い権利主張合戦(表彰登録まで行なっていたのかは知るよしもないが)も目にした。

そこからここまで、我慢できるのかどうか。

目の前の4コマとクイズ本を眺めながら、そんなことを考えた。

2022年6月27日月曜日

ツイキャスにて

毎日15分だけツイキャスライブを行なっている。
話していることは日々の雑談や思ったことなどを、できる限り面白おかしく話すことだ。
センセーショナルな話題も、お得な情報も、何もない、雑談というカテゴリに含まれるキャス配信だが、それを行うわずか15分も、自分の内面ではない、あくまで表向きの自分を出すように心がけている。
聞く相手を不幸にしてはならず、聞く側、そして話す自分自身も、明るく話すうちに明るい気分に変換されるのではないか。
脳に「今の自分は楽しいですよ」と訴えかける行為かも知れない。

勉強に疲れたときも、一日家に引きこもっていたときも、不思議と話す話題には事欠かない。
脳内に引っかかった思いや言葉を、出来うる限り自分の言葉で表現し、形にする作業に近いのかも。
それは周りの雑談配信とは一線を画し、画面を超えた向こうには、その配信を楽しみにされる他の方がいらっしゃると想定して話す。
暗い話題も、悲しい話題も、笑顔で話すうちに、それが笑いへと昇華される、その練習だ。

そのためには、普段から出力する言葉も、出来うる限りプラスの言葉で、綺麗な言葉でなければならないはず。
ネガティブな言葉は、ネガティブな言葉が好きな人を呼び寄せてしまうからだ。
逆も然り、ポジティブな言葉は、ネガティブな言葉を寄せ付けないとも言えるだろうか。

整理して、整えて、金銭面も含めた不安は尽きないけれど、少なくともプラスへと化ける自分を、本当の自分だと錯覚してもいいので、探究していけたらと願う。

2022年6月25日土曜日

踊る阿呆

 踊る阿呆に見る阿呆

それに対し、もっとみんなが「踊る阿呆」になったらいい、と、何かの本で読んだ。

踊る阿呆を見る「利口」

それはことさら、阿呆を嫌う人間が好むのではないか。

「利口」とは、ツッコミ芸を真似ることではない。

阿呆の言動を、さらに面白おかしく転換する言動だ。

残念ながら私の周囲にも、阿呆を馬鹿にするあまり、自分を「利口側」の人間に錯覚するような人間を見かける。

それらは何か、自分なりに創作を固めた人間に不思議と集約する。

もっともっと作り込んで、失敗を含めた経験が刻み込まれたならば、利口側が本当の意味で「阿呆」になるかもしれないと言うのに。だ。


プライドだろうか、メンツだろうか。

それらは年を重ねるごとに増える物だと父親から教わった。

でも、周りを見ていると、十代二十代にもそんなスタンスで眺める人間を見かける。

私を超える阿呆になってくれ。

そして私を面白おかしく転換してくれ。

そうでなければ、私はあなたを信頼したりはしない。


2022年6月24日金曜日

セミ

 4コマは1日休み、5巻目の制作に没頭こそしたものの、全体としては4割くらいだろうか。

おまけ漫画はまだ半分も残っているし、今日はようやく活字ページが8割ほど埋まったくらいだ。焦る必要こそないものの、多少の無理を働かなければ間に合う算段ではない。

お笑いの顔と、noteの顔、そしてクイズの顔、ツイキャスライブの顔、

それぞれすべて自分自身であり、まったく違った面を見せつつも、noteに真剣に向き合うからお笑いもできる、クイズもできる、そしてツイキャスライブも続く。

noteやクイズなど真剣味を帯びた部分をこなさなければ、とても自分にお笑いなんて生み出せない。

考えをひねるから、笑いが生まれる。

それには、きちんと軸となる考え方がそびえなければならない。

決して正論を並べるだとか、界隈の話題に一緒に考えるとか、そんな単純な話ではなく、今ある状況をいかに自分の中へと落とし込むか、に、集約されるのではないか。

知識の畑を耕し、笑いとして収穫できる部分と、クイズに落とし込める部分と、そんな具合に、持てる知識を根こそぎ生かす感覚に近い。

頑張ると宣言する中で、体だって鍛えなくては。心技体はすべて一体とならなければ一つの考えが生まれない、とこれはあくまで自論ではあるが。


周りの華やかな作業キャスを尻目に、羽化を待つセミのように、今はまだ地中でエネルギーを蓄える期間だと自分に言い聞かせる。



2022年6月23日木曜日

65点

SNS更新分だけで4コマを 1000話、各所にお送りしたプレゼント4コマや挿絵などちょこちょこしたものを含めるとまだカウントできるかもしれないが、一応の大台に乗ることができた。

noteに詳細は記載したが、書ききれなかったマイナスな部分を補足する形で綴る。


本4コマは、現在も絶賛活躍中のボードゲーム関連制作者に

「(君の本は)ゲームマーケット以外では売れない」

「普通の漫画なんて買わない。私はキュンキュンしたい(キュンキュンした漫画が読みたい)」

といった声を真芯に受けて育った。

そして、その言葉をかけてくださった方は、今回の4コマ、note、どちらにも反応してはくれなかった。

見かけてスルーしたか、既にミュートしているため見知ることもなかったか、細部の観測はできなかったが、きついアドバイスを投げる割にずいぶん冷たいのでは?とも考えた。


以前デザインの本で「65点の作品を目指せ」とあった。

足りない35点は、私のことがどうしても許せない人間が10%、作品そのものがやっぱり嫌いな人間が15%、それらを振り向かせることは諦めろ、という話で、その65%の内訳は、書いた作品ならなんでも買ってくれるはずの神様が10%、すでに人間性をご存知で、作品が良ければ買ってくれる神様が15%、そして、作品や人間性などまるでわからない、新規の層が残り40%、だ。

だから気にせず作品に打ち込め、と、そんな趣旨であった。


気を悪くする人間への最大限の抵抗が、私個人が幸せに過ごすこと。

だから今は苦しいけれど、もう少しだけ歩き出そうと思う。

決して綺麗な話ではないけれど、自分のモチベーションを処理するのに綺麗も汚いもあるまい。

2022年6月22日水曜日

一喜一憂

 少しずつ新刊を進める。あまり精神衛生上良いモノではないが、周りが遊び食べ休む時間に少しずつ進めるしか追いつけないのかなと思ったりした。

運気が上がる上がると称された六月ももうすぐ終わる。

手に取った運気向上の実感こそ湧かないが、体力だけはしっかり取り入れたのちに安全に進めるしかないのかなと思ったりした。

ツイートの反応に一喜一憂するな、といったツイートは今日も流れてきた。

ツイートでかなりの反応だったものの短命に終わったジャンプの漫画などが例に上がっていた。

売れる売れないをモチベーションの第一に優先させると、どうしてもそれがツイートの反応になってしまうのではないか。

それを何よりも心配しなければならない。

考えがうまくまとまらないのは、もう脳内で出力しきったからだろうか。

明日また更新できたら、精神衛生上、ゆっくりしなくてはならないのかも。

2022年6月21日火曜日

環境

 手の職が無くなってから、ずっと創作を続けていたように思える。

本を読み、絵を描き、文字を綴り、動画や加工技術も全て独学で学んだ。

過去の偉人が残した言葉を信じ、自分の能力を一途に続けてきた。

そのための環境周辺も整えた。有体に言えば、応援もしないのに口だけは出すフォロワーは徹底して無視を決めた。それはどちらかと言えば、私より先にボードゲームの世界に携わった方が多かった。

忠告は「私がそれをやりたくない理由を語っている」に置き換えて読んでいる。

失敗も所詮自分一人、責任も何もかも一人だ。

同じことだけれど、一人はやっぱり孤独で、誰かに自分を信じてもらうことがどれだけ難しいかを実感する。

それはとりわけ、近くなり親しくなればなるほど、その「信頼の対象」から外れるはずだ。

「似たもの」が集まるのであれば、自分の周りには、そう周りを茶化す人間は集まらないはずだ。

自分の周りの人間関係を、あらためてながめ、その環境の幸せさにあらためて感謝する1日。

2022年6月20日月曜日

唯一の手段

 4コマの原稿をあらためて見直し、急遽2ページの漫画を差し込むことにした。

喜怒哀楽の「哀」の部分が抜けていたので、それを足した感じだ。

哀しみ、とはいうけれど、いわゆるBAD ENDのような展開は、自分も好きではない。もっと有体に言うと、「ボードゲーマーの悲哀」や「気分の悪くなった経験」などは綴らない。それは綴りながら自分もペンが止まるはず。

だから、読んだ方に「爽やかな涙」が流れるよう、それを2ページでまとめるには、というお題に立ち向かった感じだ。

室内気温は32度を超え、お古のiPadも熱暴走が始まった。資材が整わずに新刊が出ないことだけは留めたい。


作業作業で詰めることが、嫌なことを忘れる唯一の手段だ。

blenderの勉強も含めて、少しずつ進めていけたらと思う。

色々手を出すと、意外と簡単だった(一手番だった)ことに気がつく。ブルーバックのクロマキー動画も意外と簡単だった。

2022年6月19日日曜日

炎上商法

 備忘録として綴っておくことにしたい。

伊集院光さんが自身のラジオで「炎上商法の功罪」について、プラモデルの抱き合わせ商法を例にとって話していた。

人気プラモデルの抱き合わせ商法は、悪徳の度合いで何段階かに分かれ、人気のガンダムのプラモと一緒にできるか否かでそれらが決まっている、といった話をされていた。

そして、そうしたプラモ屋さんは、周りの評判がガタ落ちした。「ああ、そんな売り方をするわけね」と。

ボードゲームカフェにもあったなぁ。今はもう完全に徹底してしまったけれど、金に空かせてプレゼントのオンパレード、おごる、あげる、そんな繰り返しで客を集めたばかりに、創作者どころか同業者にも嫌われていただろうか。

炎上商法がイコールに例えられる。人の噂も七十五日というように、周りが発言を気にしなくなるまでしばらく鎮火を待つ、そんな人は有名クリエイターにも大勢いる。

自分はどうしても、過去に同業者を馬鹿にする人間の作品を手にとって応援したいとは思えない。

相手先にお金がまわることも憚られるため、なるべく作品から距離を置くことにしている。

それはSNS全盛期となった今、創作側と購入側との距離が否応なく近づいた功罪でもあるのではないか。

そんなことを考えながら、なんでもすぐツイートする、そのクセを自分もなんとかせねば。

思うだけならまだ大丈夫。その気持ちをもとにどうするか、その判断ができるからこその大人だと思っている。

下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...