2022年6月28日火曜日

我慢

 朝一番にサイコロ堂店主の「苦しいだろうけれどなるべく面白味に満ちた店舗苦しいです」ツイートを目にし、「推しは推せるときに推せ」の言葉を思い出し、4コマ後、神保町リブレスト様へと向かう。

「いつも応援しておりました。閉店は残念です」

一度も足を運ばないのにその言葉は不義理だろうと思い、一度行ってみたかったお店にご挨拶だけを済ませることができた。

その後はkurumariに寄り、こちらも店長らにご挨拶だけを済ませて帰宅した。

人身事故で電車が大幅に遅延したものの、これも幸運の前触れと思い、やり過ごした。


一寸先のことはわからない、それはここ数年の感染症禍で痛いほど思い知らされた。

家に引きこもったところで何もできず、こっそりと旅程を組んで、こちらもお店にわずかばかりの小銭を落として帰る、そんな旅ももう懐かしいと思えるほどだ。

小さなタネが、大きな大樹へと成長するためには、一つ一つ、その可能性を育んでいかなくてはならない。

それは魔法を信じるでも、奇跡を待つでもなく、本当にタネを蒔くこと、それが何かしらの軌跡へと結びつくのではないか。


今朝、5年前にはカードスタンドなどを含むボードゲームグッズもそう多くはなかったことに気がついた。

先人に感謝すると同時に、当時「俺のものを勝手にパクるなよ」的な、醜い権利主張合戦(表彰登録まで行なっていたのかは知るよしもないが)も目にした。

そこからここまで、我慢できるのかどうか。

目の前の4コマとクイズ本を眺めながら、そんなことを考えた。

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