踊る阿呆に見る阿呆
それに対し、もっとみんなが「踊る阿呆」になったらいい、と、何かの本で読んだ。
踊る阿呆を見る「利口」
それはことさら、阿呆を嫌う人間が好むのではないか。
「利口」とは、ツッコミ芸を真似ることではない。
阿呆の言動を、さらに面白おかしく転換する言動だ。
残念ながら私の周囲にも、阿呆を馬鹿にするあまり、自分を「利口側」の人間に錯覚するような人間を見かける。
それらは何か、自分なりに創作を固めた人間に不思議と集約する。
もっともっと作り込んで、失敗を含めた経験が刻み込まれたならば、利口側が本当の意味で「阿呆」になるかもしれないと言うのに。だ。
プライドだろうか、メンツだろうか。
それらは年を重ねるごとに増える物だと父親から教わった。
でも、周りを見ていると、十代二十代にもそんなスタンスで眺める人間を見かける。
私を超える阿呆になってくれ。
そして私を面白おかしく転換してくれ。
そうでなければ、私はあなたを信頼したりはしない。
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