2022年5月6日金曜日

抱負

 ボードゲームに限らず、創作物を見たときに思い出すことがある。

探偵ナイトスクープの回だった。自分の考えた最強の拳法を披露したいという中学生、周りはその滑稽さから笑いを堪えていた。会場からも失笑の声が上がった。

対決したのは生前のアンディ・フグだ。

フグは中学生を相手に真剣に戦った。一才の手加減をすることはなかった。

試合後、フグは中学生に語りかける。

「自分も小学生のとき、karateを習い、周りからずっと笑われた。そんな自分が、karateを続け、こうして戦っている。だから僕は真剣に戦った。僕は笑わない。」


ゲームマーケットを含む各種イベントでは、それこそルールに抜けがあったり、本当に面白いのか疑問に思う作品も数多く見受けられる。

それでも自分は決して笑わないこと、馬鹿にしないことに留意している。

それは何より、自分の創作そのものが笑われの対象にあるからだ。

周りから絵が下手だと笑われ、余計な心配をかけ、そして今もまだ、大成しているとは言いづらい。

そんな4コマを描き続け、丸3年が経った。


ボードゲームだけのクイズを必死で作った。周りはやっぱり文句をつけ、欠点をあげつらった。

そんなクイズ制作が、6年目となった。


いいねの数もRTの数も、売れた本の絶対数も、決して誇れるものではない。

しかしながら、周りを笑わず、そして自分は笑われ、そんな生活に身を置いている。


今日は44歳の誕生日だった。

相変わらず貯金通帳の目減りに胃を痛めながら、またいつものように頑張ろうと思う。

2022年5月5日木曜日

メリハリ

 名古屋ボードゲーム楽市の前前日配信会に少しだけお邪魔した。


ここだから少し吐き出そうと思う。自慢話は苦手なのだ。

Twitter DMのやり取りの中、何となくふんわりとした配信会の気配を察知したので、インタビュー形式と、多少の押しの強さを計算して臨んだ。

来場される方が何を望むか、おそらくゲームマーケットの新作、そして、多少減少傾向とはいえ、感染症対策は万全である旨を話すことができた。周りの目にどう映ったのか心配だ。


できるところはしっかり、そして、閉める箇所はしっかりと閉める。

その辺りのメリハリは本当に大事にしたいと思う。


全体の配信を聞きながら、感染症対策に言及したサークルは私だけだったことがちょっとした自慢だ。

それを何となく「小うるさいオッサン」を演じることで、その熱量を伝えられたらと願う。


熱は伝わる。それは冷たい箇所も然り。

肌感覚の鋭さは皆が持ち合わせているものだ。


自分の役割をしっかり保ちながら、明日も通常通り過ごす予定だ。

2022年5月2日月曜日

先駆者の悩み

 「成功する人間は、周りと違うことを始めた人間だ」

なんてツイートが回るたびに「言うのは簡単だけどねー」と傍観する私。

初めての世界、そして、周りと違うことを始める世界は、真っ青な空というよりむしろ雑踏の中である。

新天地というと聞こえもいいだろうが、実際は誰もそこに手をつけなかった場所、草は生え、木々は伸び、虫が活況する土地だ。そこを開拓するからこそ「先駆者」と呼ばれるにふさわしいのだ。隠しコマンドを発見する喜び、ではなく、先人が開拓した舗装道路とは別のけもの道を歩くようなもの。

実際に自分もまだ開拓者の恩恵に授かってはいないので、どうしてもネガティブなイメージばかりが先立つ。

一人しか競争相手のいない世界は、孤独であり、いつも「自分以上のエリートがすぐに蹂躙するさ」などの怖さも控えている。それは日本初のマーダーミステリー専門店や日本初のボードゲームカフェなどが、結局メディアへの露出が多い他店に知名度として追い越されている現状を見ても明らかだ。日本初のボードゲームカフェ「f ORTUNE21」などは現在は閉店となっている。

先駆者を「甘い汁だけ啜る人気者」と見てほしくはない、という話だ。それを今日はどうしても書き綴っておきたかった。


名古屋への荷物も発送を終えた。名古屋、千葉、そして来月なかもずでハッキリと成果が出なかった場合、今朝はそんな不安に苛まれた。

その都度、どこかで見知った「サナギが限界を迎えたとき、美しい蝶が羽ばたく」の言葉を脳に焼き付ける。


もうすぐ44歳か。もうしばらくだけ自分に挑戦しようと思う。


2022年5月1日日曜日

共鳴

 お昼から気合を入れ直し、動画クイズを6本ほど作成した。書いては作り、脳内の知識を吐き出すだけ吐き出す、そしてまたインプットに明け暮れる、そんな毎日だ。

応援の声を背に、今日もまた名古屋に向け、ボードゲームクイズ会に向け、クイズの制作に明け暮れた。もう5年ほど経つのか。それでも未だ手に取るだけの成長の実感が湧かない。


4コマも数えてみると5月4日で1周年を迎えることがわかった。たとえその日まで毎日更新できたとして、315話、前作「きょうもボドびより。」が足掛け2年で644話だった。その半分にも満たない数だ。あの頃の「絵の旨さより、まずは頭の中のネタを形にすること」でまっすぐだった自分に、成長したであろう今もまだ追いつけそうにない。

成長、成長と口にはすれど、過去の成長前の自分が、劣っていたのかと問われると、決してそうとは言えない。

まっすぐに、好きなものに従順になり、ひたすら苦手とするもの、人に目を背けた、そんな自由な生き方ができたことが、ここ数年の何よりの財産だ。決してお金には結びつかないだろうとも、周りに何か少しずつ幸せな気持ちを届けること、それが制作側としての自分の役割だ。


無償の愛は、そのひとつひとつが小さくとも、多く集めることができる。

もちろん一方的な恋愛のように、誰それ個人の心に響くことが、その量だけから見れば圧倒的に少ないだろう。

がしかし、恋愛は共鳴する。

共鳴すると、周りにその音が響くのだ。


自分は決して万人受けする前者の存在ではない。それは周りに迷惑をかけているといった意味ではなく、周りの理解が得られないことでの孤独であり、一人突き進むがゆえの孤独である。

それでもまだ、誰か一人の心を動かせたなら、周りへの共鳴があるものではないかと信じる。


その共鳴が、一人、二人、4人、8人、と、数を増やしていけますよう。

2022年4月30日土曜日

踏み出す

 4月のほぼ毎日をこの日記ブログに充てる習慣をつけた。今日が4月最後、少しずつではあるが文章の形として気持ちを綴る練習になれば幸いだ。


ボードゲームクイズ会の予約を入れた。カフェの定期イベントと重なるからという理由で一回を勧められ、言われるがままテーブルを予約した。

どうなるかはわからないが、決まった箇所から手をつけ始め、糸がほつれるようにあれよあれよとことが進んだ感じだ。


「最初に手をつけたら、作業の半分は終わりだ」とは、ギリシャのソポクレスか誰かの言葉だったと思う。(調べない)

体が道に沿って進み、それを脳がサポートするような、だから最初の一歩目を特に大事にする。出来上がった形から、あとで反省すれば良いのだ。


4コマ4巻の発送も少しずつ開始した。今日が土曜日、発送業務が遅れることを見越した上で、先んじて発送することが狙いだ。


そして今回のおまけ漫画のテーマとなった、リハビリ中の大ちゃんにもこっそりと送付した。

書き手の自分を鼓舞するかのように、また書き物に勤しむ連休を迎える。負けるものか。

2022年4月29日金曜日

第一歩

 昨日のブログで「初心者の目線でできる強み」を書いた自分だったが、今日丸一日かけて作った動画クイズが底知れず高難度となってしまった。

新しい着眼の問題は多いものの、決して誇れる内容とは言えない。

それでも、動画クイズの一つの形態として、また、声を出さないクイズの最初のたたき台として、かなり完成された動画クイズができあがったと見れば、大成長とは言えるだろうか。


丸一日、テレビで見たクイズをできる限り忠実に再現する、そんな作業だ。

デザインの観点からすれば笑われて当然、決して大手を振って自慢できるものではない。

そんな想いはあれど、今は暇さえあれば作った動画を見返すほどお気に入りとなった。

以前ダイスの珠工房さんが「自分の好きな作品をお裾分けする感覚」と話されていた。

丸のまま同意はできなかったが、自分の好きなように創作するスタイルは心の底から尊敬できた。

同意できない、とは、やはりクイズというものが「解答者ありき」だから、自分の作ったものを相手に評価し、答えてもらわなければならないから。自分の好きなものだけデトックスするかのような創作も悪くはないはずだが、好きなものは相手に喜んでもらえるその「好きの先」が見えてこそではないか。と考えた。


明日で4月が終わり、次第に近づく名古屋の旅程。

周りは今日から始まった大型連休で、大いに羽を伸ばすツイートを見かける。


毎日作業、明日も作業

沈む気持ちは、明日の成功を夢みることでしか払拭できない。

だから今は頑張る時間なのだと自分に言い聞かせ、また夕方からお品書きを頑張ることにした。


目線が伸びること、その第一歩、そんな創作だ。

2022年4月28日木曜日

初心者の目線

しばらくぶりに クイズを勉強し、山のように存在する「問読み動画クイズ」をひたすら解き回っていた。

「初心者用ベタ問」

と称された問題が、どれも自分が勉強した当時(だから20年ほど前)の「上級者向け問題」ばかりだったことを気付かされた。

「視力検査で使うCのマークを何と呼ぶでしょう>答え ランドルト環」

など、クイズプレイヤーは増えつつあるのに、問題がさらに比例するかのように難易度が跳ね上がっている、それを「初心者ならこれくらいできて当然」と言わんばかりに、難易度の高い問題を出題する。


自分もボードゲーム「初心者向け問題」に苦労した人間だから気持ちはよくわかる。作っていくうちに自分の中でインフレする感じだ。バラエティ番組のおバカ解答者が、次第に知識を身につけ、ついに一般知識を身につけてしまう、あの感覚に近い。


先日「ボードゲームクイズ」と称されたクイズブログを堪能した。

率直な感想として、クイズというより試験問題を解かされている気持ちに苛まれた。観点はユニークだけれど、遊び心が少なく、本当に一問一答の知識を試されている感覚だ。

先に挙げた「出題する中のインフレ」と向き合い、目線を下げ、これでもかと視点を下へ下へと向けることで、良質の問題は出来上がる。

同時に、そんな良質の問題は、至って評価から外される。解く側からすれば、簡単な問題など軽すぎる鉄アレイのようなもので、退屈に過ぎず、つまらないと感じるのだろう。


4コマもそう。

初めての方に目線を合わせると、作る側の難しさとは対称的に、読む側の評価も刺激がなくつまらないと感じる。

初めての方の視点を下げる努力は実際に作らなけば実感できない。

声高に叫びたい気持ちをグッと抑えて、今日も自分は、初めての方の視点で頑張った。

初心者、未経験者の目線で作品を作る、作れることは、もはや一つの魅力なのではないか。

自分の作品も、そんな魅力を載せられたらと願う。


2022年4月27日水曜日

寂しさ

 101回目のプロポ…献血を済ませることができた。

正直、まだ体の疲れは癒やし切ってはいないのだが、それでも貢献できる部分は先に貢献したかった。名古屋までに少しでも徳をためておかなくてはならないと考えたのだ。


大好きなバーグのカレーを食べ、家に戻り、また作業を進めた。

いよいよ念願だった「ボードゲームカフェでのクイズ会」も、現実味を帯びてきた。

できるところから少しずつ、の精神で、ツイプラの形だけを整えた。


競争で初めての方がギスギスする雰囲気は好きではないので、自分でも楽しめるような、バラエティ色のあるクイズをあれこれ考えた。

問題はカフェの予約で、時間とテーブル、椅子を予約の際に入力必須とされるので、何人集まるか不明のクイズ会など予約を入れようにも入力ができない問題に直面した。

その辺りも、某ブログの人は考えていたのだろうか。


貢献したい気持ちと、その期待にそぐ得ない気持ちのすれ違いは、精神的にとてもつらい。

それは「相手に施しを」のお節介心が叶わないときの寂しさにも通じる。


寂しいといえば、今日また自分より数倍も有名な某ボードゲーム漫画家が、引退を仄めかす発言をしていた。


ボードゲームを題材とする漫画は、一時期に比べかなり落ち着いた。今も継続されるこけし氏、ディスカバリーゲームズのハム蔵氏、店舗で数えると「ばねこみっく」のごーちん氏らも続くが、そんな中、私だけが変わることなく淡々と続けている。


筆を置く姿を見ると、なんだかこちらに「もう描けるだけのネタは尽きた」と訴えられているようでとてもつらい。

まだ、まだその奥底に、水脈があるかもしれないのに。

そう信じながら、正しくは、自分に問いかけながら、今日も、そして明日からもまた4コマを綴ることに決めた。


あきらめてなるものか。

2022年4月26日火曜日

追随

今度の名古屋で頒布する予定の4コマ新刊が無事に到着した。

改めて数えると、この新刊で、ちょうど30冊目となる。総ページ数は1000ページを超え、作った問題は本にまとめただけで3000問オーバー。4コマもSNS更新分だけでもう900話を超えた。

クイズ本に始まり、4コマやエッセイ、パズルにレシピ本など、本当にさまざまな本を作ったもの。とはいえ、売上など完全に赤である。

他に追随する相手がいないからこそ、その凄さ、強さ、制作の辛さが伝わりにくいのかもしれない。

もっと自信を持て、とあるが、比較となる対象やライバルの存在もなく、周りの評価と自分自身の肌感覚だけを頼りに、無理やりモチベーションを上げた結果が今、だ。

積み上げたものの大きさを、この4月の時期は考える期間なのかもしれない。

何をしてきたのだろう

積み上がった作品の数が、そのまま力となり、知識となり、経験となるものだと、頭ではわかっているつもりでも、手にとるような実感が今ひとつ手にできない。


自慢話は好きではないが、明日もまたいつも通りに頑張る日となることが、少し悲しく、また、それだけのことだったと自分に虚しく投げかける。


このブログも、日々続けることで、何かしら周りが追随できない力が身についているはずだ。

ランニングも、献血も、何もかもそう。


明日はまた献血へ向かう。

そしてまた4コマを描く。

そうするうちに、あっという間に名古屋はやってくるのだろう。

2022年4月24日日曜日

やるせなさ

 何やかや迷った挙句、結局この日もゲームマーケットの二日目を参加することにした。

昼の1時ごろに到着し、並ぶことなくスムーズに入場、周りのサークルにご挨拶へと回った。


会場の密を避けるためサークル数は感染症前に比べ少ない。感染症禍でのゲームマーケットも3年が経過し、出展料の高さや体調の都合等やむない理由で参加を断念された方も多く見受けられた。

かくいう自分もその一人で、ゲームマーケット大阪の出展料が半分返ったとはいえ、春に出展できるだけの手持ちを用意するのは本当に怖かった。


少し戻って、昨夜の話。


再来週開催の「ボードゲーム楽市」のポスターを、いつもの柚プリントさんに発注した。いつもながら仕事が早く、注文後ものの1時間もかからず印刷、配送のメールが届いた。

柚プリントの根幹は「同人印刷が初めてでも対応できる印刷業者」だ。トンボや塗り足しなどの用語がわからなくても、画像を送ればそのまま印刷してもらえる。

その柚プリントさんも、本感染症禍の煽りを受け、現在は縮小体制での営業だ。


感染症憎し、と声を荒げても何の解決にもならない。それは承知している。承知してはいるのだが、この不況と感染症のダブルの煽りが、本当に愛されるお店や人を奪い去ったかと思うと重い気持ちになる。


悲しさ、厳しさ、それは自然の摂理のようなものと自分に言い聞かせ、それでもやるせ無い思いの消えない中、自分の胸に手を置き、また作業に戻ることにした。


厳しい最中で、どれだけもがくことができるか、目の前の購入品に、製作者の魂を感じ取りながら、またペンを走らせた。


2022年4月23日土曜日

格差

ゲームマーケットの参加を検討に検討し、結局「お手伝い」という形で向かうことにした。


当初「もし仮に大規模なクラスターが発生し、参加者全員が隔離処置を命ぜられた場合、名古屋のイベントすらも不参加となってしまうと考えたのだ。

お手伝いとはいえ参加する形をとった以上、体調に変化がなくとも参加を断念しなればならない。大きな賭けでもあった。


元来の出展料の高さもあって今回春のゲームマーケットは参加を諦めた。秋も値段が同じなら、当然出展はできそうにもない。

そんな重い面持ちの中、わずかな時間ながら会場内の空気を味わうことができたのは幸いだった。お声がけくださった珠工房の珠さんには深く感謝したい。


普段は出展側に立つ自分が、ほんのわずかな時間だけ会場内の購入に回った。

とはいえ、元々そう多くも手持ちがなかったため、欲しい作品は吟味を重ねることにした。具体的には、後日家電量販店に並びそうな作品や、のちのイベントでも入手の叶うと踏んだ作品は今日のところは後回しにすることにした。


周りを見ると、紙のポスターは思ったよりも少なく、タペストリーやサークル布といった、何度か使いまわせるような布シートをうまく活用したブースが目立ったように思える。

また、サークル単独の参加も見た感じだと以前よりグッと少なく、共同出店や共同ブース、中の人員をうまく回して交代で店番や休憩を取るなど工夫していた。


言うなれば、時流に合わせた紙のポスターを貼り、自分の作品を自分の手だけで販売する、といった、これまでの自分の動きとは真逆の動きとなっていたことに気がついた。


進化というのか、格差というのか、

貧乏オッサン一人というサークルが約5年もの間、ほぼ一人で作品を作り、一人でブースに立ち、感想も文章に綴り、広報もデザインも何もかもを一人で手がける時代では無くなったのかと思うと、急に足取りが重くなった。


落ち込んでばかりもいられないと思い、とりあえずご飯だけを済ませ、目の前のポスター入稿を済ませ、今夜は早めに休むことにした。


「頑張れば誰かが見てくれる」

その言葉を信じて、頑張るより今はない。

明日からもまた一人で頑張ることにする。

下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...