献血3日前の昨日から、食事に油物と砂糖を極力抜く生活を送る。肉もできるだけ食べず、マーガリンや砂糖と相性の良いパンなどもご飯に変える生活だ。思えばここまで自分の身代を考えると、とても贅沢をしたいなどとは思えない。
自分にご褒美を贈るような裕福な生活ではない以上、切り詰められるところは極力切り詰め、外に出てお金を使わない分、うちに篭って創作することで倹約する生活だ。もう4年、貯蓄は底をついている。
夜になるとそんな不安に苛まれ、占いの言葉にある「今年は(昨年から)運気が上がる」ことをぼんやりと信じながら、目の前に積まれた勉強の書籍と筆記のツールを握る。
世に認められる作品ができなかったとき、それはその時として、また別の片田舎でお金だけ持って移り住もうと考えた。それくらい気楽に構えていなければ不安で押し潰されてしまう。
そう考えると、努力ではなく、尻に火が付いたまま4年も創作を続ける、4年も勉強すれば東大に合格できる実力もつくだろうに、努力が足りないからか、今もまだ売れない本をひたすら作る毎日だ。
言葉に出してしまうと、それが本当に叶ってしまった時の対処ができないと思い、なるべく外に出す言葉には細心の注意を払うように心がけている。昔、テレビに向かってぶつぶつと口にするいい年の大人にだけは本当になりたくなかったので、SNSのニュースツイートや引用RTも極力控えているけれど、それも考えすぎなのだろうか。
頑張る姿は誰かが見ている、他の誰でもなく、天がそれを見ている、虚空に向かって努力をすることは見る人が見ればなんて非効率で無駄な努力なのかと馬鹿にもされるだろう。
自分を信じてやるしかない、それは稽古に明け暮れる力士が皆口を揃える。
私は偉くもなんともないので、成功された方の言葉をひたすら信じるだけだ。
明日の三連休最後の日も作業に明け暮れる予定だ。
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