2022年3月28日月曜日

漫画雑誌を眺めながら

 愚痴を吐いたあとは後味も悪くなるもの、だからなるべく愚痴ではなく建設的な意見を綴ろうかと思うので、なるべくこの気持ちも書きながら整理する形を取りたい。


漫画雑誌を買う機会が増えた。少年漫画誌ではなく、私のようなミドルなおっさんが読むような、程々の刺激で、ほのぼの楽しめる漫画雑誌が多い。

大手書房が発売するその雑誌も、定期的に「新人マンガ大賞」を募集している。大賞作品は程なくして連載化され、ニューウェーブなどの肩書きとともに新たな漫画家として紹介される。


見ながら「漫画家のなり手が本当に少ない」ことを実感する。

そんな馬鹿な、と思われるかもしれない。Twitter等を覗けば、有名無名問わず多くのプロやアマチュアの作家が、引きも切らず優秀な漫画をアップデートされるし、無料で読むアプリなども隆盛を誇っている。


しかしながら、物語としてきちんと組み立てられ、オリジナルのキャラクターを確立させる方がどれくらいいらっしゃるのだろう。


感染症禍の煽りを受け、コミックマーケットのような大型イベントも自粛、縮小傾向、今や集英社や小学館などの大手出版社がゲームマーケットなどのイベントに出展ブースを構える、それくらいマンガの書き手を募集されているのだ。


フォトショップやクリップスタジオなど、絵を描くツールは本当に増え、さらには使いやすくもなった。

しかしながら、絵を描く人は増える一方で、物語をきちんと組み立て、即興のおかしさではなく(SNSではこちらの方が多くのいいね、RTを享受できるが)、物語そのものの組み上げられ方が確立されるとなると、そこには技術面の他の「経験」「勉強」「研究」など、知識の部分がどうしても必要となる。

ゲームマーケット出展者でもまま見かける「アイデアは出すから買い取って(えてして出展経験がそう高くない方に多い印象)」もそれに似たようなものかもしれない。想像を形に出すこと、それを万人に見てもらうこと、さらには、共感ばかりではなくユーモアの軸で勝負される方、そんな作品は本当に以前より少なくなった印象だ。

話がまとまらなくなりそうだが、要は、作画の技術だけではなく、自分は外見では決して伺うことのできない「物語の軸」を、もっと大切にしたいと考えてみた。

見えないということは、それだけ評価も厳しいものになるだろう。何せぱっと見で判断できない以上、評価の絶対数は減り、さらには、見た目の印象だけで相手にイメージを植え付けなければならないからだ。


それでも正当に評価してもらえるたった一人を探し、自分は正面からぶつかる作品を制作しようと誓う。




下手な鉄砲

 数を出す、とにかく初回から外に出す、とは徒然草の一節だっただろうか。 技が上達する人はとにかく描いたら世に出すこと、上達しない人は完成してから出そうとしいつまでも出さない、といった文言だったはずだ。 以前、兼ねてから応援していた創作者から「完成形しか見たくない」との言葉を頂戴し...