2022年3月30日水曜日

話題はそこそこに

 タイムラインではこの時期ならではのパクリ騒動が話題ではあるが、ワイドショー的な話題はネガティブを増幅させるため(そうでなくとも目が向いてしまうので)話題から遠ざかり、自分は自分正面の作業に集中することにした。表紙、背表紙も完成し、あとはもう一度全体を見直して明後日の金曜には一通り完成を目指そうと思う。ここまで長かった。


ゲームマーケットのカタログが各出展者サイドに到着したらしく、むしろそちらの話題の方が私のタイムラインでは目立った。

拾い拾い情報を集めると、どうやら次回秋は10月末、会場は東123ホールと、会場は広くなり期間は短くなりと、そちらの興味が尽きなかった。


従来より数週間早いのであれば、昨日の話題ではないが、4月からさらに問題制作を加速させなければならない。

去年はなんやかや500問以上の問題を制作、ボツになった問題なども含め1000問は突破しただろうか、それでも大きく取り上げられることもなかった。

どれだけ努力を重ねても、立ち回りが上手い人間には、やっぱり叶わない。努力を傍で眺め評価する人間など、本当に存在するのだろうか。

気持ちは落ち込むが、それでも前を向き、次に次にと自分の体を向けることにした。気落ちするだけのことを自分はやっているのだ、何もことを起こさなければ気落ちすることすらできなかったではないか、そう言い聞かせることにした。

努力賞でお客は評価しない、辛いけれどこれが現実である。

しかしながら、この感染症禍の2年間、本当に外出を控えて創作に没頭し、貯金が尽き果てるまで本を買い創作にささげたことは、必ず小冊子の中に眠っているものと信じる。

見えない箇所での努力は、いざ他の誰かが真似をしようと手をかけたところで、その深さや難しさに引き返すことだろう。

見えない箇所の努力は、真似されることすら凌駕するのだ。

辛いこと悲しいことは、最後に笑うことで喜劇となる。努力家だったチャップリンの言葉を背に、明日また最後の追い込みを行う予定だ。

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