先ほど「謎解きは贅沢品」という言葉を目にした。
謎解きやパズルは、時に発想力を求められ、そして解き終えた後に見る問題は、1度目に感じた感動とは別の「パターン認識」に落とし込められてしまうのだという。
そう考えると、自分が今作成しているボードゲームのクイズは、なんて贅沢品ではないかと思う。
一度解く機会が与えられた後は、記憶力と瞬発力の勝負となる。
肝心のその一問が、ものの2秒もかからないうちにボタンを押されることもある。
動画クイズもしかり、何日もかけて制作した問題が、ものの5秒で解かれてしまうことなどザラにあり、また、5秒で解かれるほどの問題ほど「美しい」とされる見方もできる、いつまで経っても正解に導けない問題が逆に「相性の良く無い問題(でも脳ではちゃんとパターンを覚えてしまわれる)」とされる。
前回の本は333問収録、価格は800円。一問あたり約3円にも満たない。
それを解き、脳内に知識をインプットされると、もうそこに3円の価値はなくなる。
その3円の問題を作るために、何ヶ月という時間をかける。
自分はことさら「周りがすぐに思いつくような問題」をなるべく仕入れない(例えば「ラテン語で農民→アグリコラ」「スコットランドヤードで、チケットを→「タクシー」など)、だから1問の裏にかかる労力は計り知れないし、裏面であるが故にそれは決して表には見えない。
お金が絡むなら良い方で、イベントでは無料の動画クイズをここぞとばかり放出する。それは周りからすればデジタルサイネージのように「広告のような目に入るもの」と捉えがちだ。だから時間どころかお金がかかっているようにも見えない。
何度も遊ぶ前提のボードゲームやイラスト集とは、本当に違う。ひょっとすると、単価当たりではマーダーミステリーよりも高い単価ではないだろうか。
仕方のない話だと思う。それは陰陽道の「陰」の部分であり、決して表には見えない魅力の一つでもあるからだ。
高級品を作る自分が貧しい生活を送るのはとても皮肉な話だけれど、いつかその「高級品」が皆に通じることを信じて、今日もまた高級な一問を作成する。
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