大阪なかもずの全紹介noteを書き終え、感謝の言葉が待っているかと思いきや、「承認欲求を貰おうと必死」などの冷たい言葉に従事された。ねぎらいの言葉など、ハナから期待しないほうがよかったのだ。
4コマを描き、noteを書き、それを見た周りが「継続は力なりですね」と声をかける。
嬉しいことはたしかだが、そう思うのであれば自分がやってみればいい、と、心の中で返す。
人間のモチベーションは、期待される報酬が少ないことで心を乱されると聞く。
それは実際に、ここ数日の体調の変化からも自覚できている。
4コマに至っては、900日以上も更新を続けながら、単行本を売る以外の収入は0円だ。
周りに「描いて」とお願いされても、基本は無料で奉仕する。
どれだけ頑張ろうとも、ここまでのお金は0円。今の手持ちで生み出される作品を、これから価値が生み出せるよう、頑張ること、その面に目が向けられるか否か、ではないだろうか。
報酬がなければ頑張っただけ無駄となる。承認欲求云々の、その手前の話だ。
「今の自分の頑張りに、誰もお金を投げることはない、それでもあなたは頑張れるか」
そこでのモチベーションが維持できるか否か、そこまで踏み込んだ人は自分以外にいない。
もっとこの気持ちを掘り返せば、それこそ「出来上がったものにしかお金を支払えない」などの面も生まれるが、あまりに続けると気持ちまで暗くなってしまう。
明日も無料で頑張る。
無料だから、「何そこまで本気になってるの」と馬鹿にされる。
幼少時代からこうだったし、大人になっても結局周りから頑張りは冷やかされ笑われるだけだ。
それでも、ほんの僅かな評価だけをもらい、また頑張ろうと思う。
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