千葉ボドゲーン万博を明日に控え、今日は作業を詰め込まず、ボーッと海外のクイズ番組動画などを見ながら過ごした。
海外なので当然のごとく英語だ。何を言っているか一言も聞き取れない。しかしながら、そのシンプルなルールと、クイズ(と巨額の賞金)を通じた解答者の息遣いは表情から読み取れる。
クイズをスポーツのように感じるからかもしれない。楽しさの軸とはまた別の、本当に勝負するからこその顔だ。スポーツなので、ドラマのような展開がないことも多く、それはそれでヒューマンドキュメンタリーのような、その人の表情で伝わるものを視聴者も感じ取るのかもしれない。
昨日「体験を与えるには」をしばらく考えた。
自分のできることなど、クイズに動画を流すこと程度だ。先に挙げたように、クイズを楽しくするも、競技制のように捉えるも全くの自由だ。自分はそこに楽しさを持ち込んだに過ぎず、それは真剣に知識を勝負する人間にとって邪魔なものかもしれない。
自分は「ボードゲームのクイズを「楽しんでもらう」方へと舵を切った。
新潟で、そして今夜の「暮しとボードゲーム」の配信で、おそらく難関な知識を求められるクイズイベントが開かれることかと思う。
自分は後で視聴する方へと流れたが、楽しみ方は固定できない。もう一度書くが、私は「楽しさを見つける」方へ、言うなれば、誰もが面倒でやりたくなかった領域へと、進もうかと思う。
その苦しみは、きっと誰かの気持ちに引っかかるものと信じる。
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