2022年6月10日金曜日

笑う自覚

 昨日から新刊の制作に手をつけ始めた。

とりあえず4コマを敷き、そこに一話ずつ、コメントとともに並べるつもりだ。

前作を超える、そのためには、今まで以上に自分に負荷をかけなければならない。

3Dに、イラストに、単に画力が向上しただけでは、買い手の衝撃などない。

昼間にそんなことを考えた。

もちろん作品を期待させる方への、何重にも工夫されたエンディングは楽しみではあるかもしれない。

自分の作品に、それを求められるとすると、どうだろう、できるだろうか。

そろそろおまけ漫画などにも手を入れて、驚きが実際に形となるように頑張らなくては。

笑う笑うと自分は口にする。笑う本人は、本当にその自覚がない。

いじめの加害者が、パラハラ上司が、「そんなつもりじゃなかった」と言い訳する、あれに似ている。

笑った自覚のない人間が、「誰が笑うんだ」と冷やかす。

笑われる姿を見返すためには、一にも二にも、泥臭い努力を成し得たあとだ。

成果としてどんな形となるかはわからない。その上、自分もそろそろ限界だ。

それでも、できうる限りの歩みは止めたくはない。

それは限界というものが、自分の眼の前からどんどん先へと向かうからではないだろうか。

そしてその先にこそ、周りが驚くような内容として、生み出される、そう信じる。

涙は出るが、それでも頑張る。


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