珠工房ダイス展第2回を、4コマ執筆後即座に電車に乗り行ってきた。
中は見目麗しいダイスと、昨年よりさらに芸術性の増したダイスが所狭しと並び、その奥で聖母のように珠さんが、微笑んでいた。
普段は人混みに押されて会話や解説の届かない世界、その中に囲まれ、幸せそうな、運営の久遠さんと珠さん、対称的に、描けども作れども一向に成果の上がらない自分は、この空間の居心地に違和感すら感じた。自分はもっと他に運営するべき他があるのではないか、だ。
堅苦しいことは一旦傍に起き、また3Dの勉強を始めることにした。今日で無事に本一冊分が履修でき、次なるまた厚い本が待ち構える。
成長過程で人は評価しない。成長しきったと思しき場面で、ようやく人は作品を眺めるのだろう、そう自分に言い聞かせていたが、それは対象物をモノと見るか生き物と見るか、その違いではないだろうか。
モノ、として捉えると、出来上がったそのものに対する評価が上がる。いわゆる数値として目に現れやすい方はこちらだ。
一方で「生きもの」を見る目は、その成長過程や、成長して勝ち得たであろう小さな目標に向けて評価する。
小さな赤ちゃんを溺愛するように、栽培する植物に双葉が出るような、その目線の先には「成長したらどうなる」の期待が含まれ、現段階では「応援の意味」でのいいねはあれど、作品としての評価は表れにくいのではないか。
そんなことを自分に言い聞かせながら、また食費をそこそこに、頑張ることにした。
6月からは運気が上昇する、成長の時期はそれこそ5月で終わったはず、そんな言葉がふと頭によぎったが、そのまま進むことにした。
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