夢は言葉に出すもの、と言われている。
それは言葉に出して周りに聞いてもらうことで、周りの目を気にし、自ずと体が動くようになるから、と聞いたことがある。
決意表明、のようなものだろうか。
先日から、「ボードゲームカフェでボードゲーム限定クイズ会」の夢を動かし始めた。
お世話になるコロコロ堂に出向き、ゲーム会がしたい旨を店長に伝えた。
どうなるかはわからないが、そのための問題も作り始めた。
帝国の本を作り始めた。
挿絵を描き、もうあとワンアクセントで完成という領域に達している。
自分の場合、どうやら言葉にすることで、自分自身に言い訳をつけないよう動くようだ。
チラシもそうだし、4コマもそうだ。
宣言するまでもなく、体がどこかで「聞いて」いるのだろう。
その声の指示に従い、時に無理をしながら、それでも体の声に忠実に動いている。
楽しい、楽しくない、そんな考え方の先にある「体が動く感覚」こそ、楽しみの根源ではないかと考えた。
先ほどのキャスで、リスナーに「30過ぎてから本当に楽しみが仕事しか無くなった」と嘆く人間を数多く見てきた、と話した。
その人間の娯楽が「部下をいじること」だったので、よく覚えている。
対人の交わりが、他人を貶すことでしか無くなったような年上などごまんとツイート上にいる。
自分の手を動かしながら、創作に楽しみが見出せる自分は幸せなのかもしれない。
もっと体の声に忠実にならなくては。
そんなことを、クイズ予選の最中に考えた。
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