2022年4月21日木曜日

自分のキャスを聞く

15分だけ思いの丈をしゃべるだけの ツイキャスライブが、すでに600話近く溜まった。

学生時代、そして社会人時代、偉い人がどれほどカッコ良い言葉を話そうと聞く時間は5分が限界だった。その反省を活かし、余計なことをなるべく喋らないよう、そして努めて明るく昇華しよう、と、それでも悲しい気分のときは自虐も重なるわけではあるが、継続できるようになった。

好きなことから、見えない相手に伝えたいこと、それを意識すると、自分の中の考えが整理される。好きなことを言葉で紡ぐうちに、自分の伝えたいことがだんだんと見えてくる。その過程に15分という縛りを設けなければ延々と思考の迷路にハマってしまうのだ。


ダラダラしゃべるだけのツイキャスライブやTwitterでのスペースは極力聞かない。それは聴く側に立った時の「まとまりは各人の脳内で」に集約される感覚が苦手だからだ。

相手と対面で会話しながら、気持ちを読んだり相槌を打ったり、とは違う、何か我慢のような、読みづらい場の空気を読む必要があるからだ。


それらを踏まえ、自分のキャスは自分で聞いて自分でも楽しめるように配慮されている。配信者の中には自分の声を極力嫌う人もいると聞くが、画面の向こうに自分の声を発する別の誰かがいる感覚はとても不思議で、トークに魅了されてもそれが自分自身という感覚が今ひとつシンクロしない。


だから、言葉遣いの荒い話し手や、横柄な態度のMCがどうしても聞くに堪えず、どれだけ有用な情報だったとしても、言葉を通した人間性のようなものが透けて見えるからか、即座に通知を切ってしまう。


言葉の一つとっても栄養であり、勉強である。

相手に伝えることを意識しなければ、言葉の紡ぐ川などすぐによどんでしまう。

今は比較的穏やかな心持ちだから、気持ちの面でも割とスッと整えられるのだろう。


こんな日は作業が捗るもの。夜からの集中力は計り知れなかった。

ゲームマーケットまで残すは1日、参加の是非は不明だが、自分も参加の立場に立ったつもりで明日も普通通り頑張ろうと思う。

努力は姿となって見えるはずである。


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