昨夜眠りながら、夏に向けた新刊のアイデアを練っていた。
ゲームマーケットカタログ2022春の角刈書店さんのインタビューで「自分の欲しいもの」という言葉が引っかかった。自分が読みたくなる本、それは大枚を叩いても欲しい一冊であり、自分が動かなければ決して世に生み出せない作品である。
言うが早いか、早速データをプロットし、少しずつ夏新刊「ボードゲーム帝国」の単行本の制作を立ち上げた。あと1ヶ月でどこまでできるのだろう。
北海道やゲムマ春の購入は、手持ちの資金の関係で「必ず買います!」と宣言できない。
そうなると「こいつをいくら振っても金は出さない」と判断されたのか、サークルの方からも次第に去っていく。
悲しいけれど、応援応援と声高に叫んでも「飯にならない声のどこが嬉しいのか」と投げかけられる、それが現実であり、誰かが「金が人間関係を選別する」と話した言葉の通りになっているようだ。芥川龍之介の「杜子春」冒頭にもそんな物語があっただろうか。
もう一つ、若い製作者が「ボードゲーム問題集」なるドリルのようなものを春に頒布されることがわかった。ここではクリエイターなどを紹介しないし、私の作品と比較することもしない。1年以上頑張って練り上げた本の単価のほぼ倍額を提示するそのドリルも、適正だと思う人が手に取れば良いだけの話だ。
私は少ない額かもしれないけれど、手に取った方が満足されるような、そんな作品を目指したい。
「値段が安いと甘く見られる」は、ネット上でよく見かける言葉ではあるが、私は最近になってその言葉に疑問符を投げかけるようになった。
詳しくはまだ頭の中でまとまりきれないけれど、安い価値の中に、無限の楽しみが眠っているのであれば、その次につながるのではないかと考えているからだ。
それは4コマも、当日の動画クイズも然り、安いことを馬鹿にすることなどできないし、それは逆の目線、高いだけの楽しみを提供できる自信があるか否か、で、考えるべきではないかと最近は思うようになった。
答えはわからないが、自分は自分のポリシーで頑張ろうと思う。そういえばちょうど、ポスターの宣伝文を募集で呼びかけるツイートにも疑問を呈したばかりだった。
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